冷汗をかく者、目を丸くしている者、口を半開きにして硬直する者、各々が個性ある反応で目の前にいる選手、クラリオがこの場にいる現実に驚いた。
だが、明日人は、
(クラリオさん……? ……誰?)
全く知らない人で困惑していた。
だが、それも一瞬。その男の立ち姿から受け取れる貫禄や闘気、覚悟は、無知な明日人でも感じ取ることができた。誰かに聞く必要もなく、明日人は自分たちの目の前に立つこのクラリオという男が、自分の望んでいた“世界で戦ってきた選手”なのだろうと理解する。
「──と、言うわけで、“スペシャルゲスト”のスペイン代表『無敵のジャイアント』キャプテン、クラリオ・オーヴァン君です♪」
趙金雲に紹介を受けると、クラリオは明日人たちに軽くお辞儀をした。
そんな礼儀正しいクラリオの態度を見た明日人はワクワクが止まらない。
「スペイン代表……、世界の選手……!」
「願いが叶ったな」
氷浦の言葉に明日人は「ああ」と頷く。
(この人は、一体どんなサッカーをするんだろう……!)
キラキラした目でクラリオを見つめる明日人。クラリオにそんな視線を向けている人物は、この場に明日人以外いない。
クラリオが異質な明日人の視線に気がついたのかチラリとこちらを見た瞬間──、
「はい、では皆さん、クラリオ君にお手合わせ願いますよ♪」
黙って全員の様子を見ていた趙金雲が、手を叩いて自分やクラリオに注目を戻す。
趙金雲の言葉にイナズマジャパン全員がハッとした。
明日人や円堂は勢いのままに飛び跳ねていってしまいそうなほどに喜び、鬼道や風丸たちは不満そうな表情に変わる。
「お手合わせ? 監督、俺たちは十九人、そちらはクラリオただ一人。どう考えても勝負になりようがないはずです……!」
鬼道が不満を抱える選手たちを代表して、趙金雲に訴えると、趙金雲はいつもと同じように高笑いをした。
(全員で戦うことになってる前提なんだ……)
一瞬そんなことを考えてしまった明日人の思考を遮るように、趙金雲が「どうしますか?」とクラリオにわざとらしく問いかける。
「私は相手が何人であろうと関係ない。すまないが、私たちは急いでいるのでなるべく早く済ませて欲しい」
クラリオは、彼の後方で面倒そうに待機中の人物と確認を取るように視線を交えながら趙金雲の問いに答える。趙金雲が「では、全員でやらせていただきましょう♪」と言ったので、イナズマジャパン全員は驚愕から来る「えーーーーっ!?」という叫び声を合宿所に轟かせた。
明日人たちがポジションに付くと、クラリオはすでにボールに足を置いていて、準備完了、といった様子だった。
一応、ポジションについて話しておくと、FWが五人、MFが六人、DFが六人、GKが二人といった具合。意外と自然な形でコートに全員が立てていて、明日人が感心していると、クラリオの側近と思われる人物が「これで出ても審判気が付かないんじゃねーの?」と面白がりながら笑った。そんな態度に佐久間が「アイツ……!」と、不満を露わにするが、鬼道がそれを宥める。
「本当にやるつもりなのかな……」
明日人が呟くと、「流石にポジショニングさせておいてやらない訳はないだろ」と、氷浦が明日人に言う。明日人もそれが分かっているため、「だよなぁ……」と、返事を重ねた。
「ま、どんだけ俺たちが舐められているんだって話だけど……」
「それは違うと思います」
氷浦のぼやきに一星が割って否定する。明日人が、どうしてそう思うのかを尋ねると、一星は一度頷き、明日人たちに語り始める。
「恐らく、僕たちが甘く見られているのではなくて、クラリオは
一星の視線が、クラリオに向けられる。明日人と氷浦もそれに釣られるように視点を移した。
「それに、あの人はそんな自信も納得できるくらいの凄みがあります。実際、僕もほんの少しだけ、この人数で掛かっても勝てないんじゃないかって思わされていて……」
一星が明日人たちにもう一度向き直り、明日人と目が合うと「あっ……」と口から声を漏らす。
口を半開きにして呆気に取れていた明日人が、首をぶんぶんと振って一星に詰め寄る。
「一星って物知りなんだな……!」
「あはは……。僕あまりサッカーに詳しいわけではないので、知識というよりパッと見ての推測ですけどね……」
「それでそこまで読み取れるなんてすごいな」
明日人と氷浦の言葉に一星が照れながら笑う。
だが、気が緩んでいてはダメだとすぐに思考を改め、明日人たちは元のポジションに戻った。
「……こんな有利な条件で負けたらお笑いだな」
明日人の耳に小声でそんな言葉が入り、明日人は驚いて振り向くが、そんなことを言う人がいるわけない、と、気を引き締め直す。
少し静かになった。
吉良が握った拳で骨を鳴らし、基山が深呼吸をする。剛陣は意味もなく屈伸運動をずっと続けていて、万作は腕のストレッチをしていた。他にも各々がそれぞれの行動をしながら開始を待機していた。
明日人も軽く目を閉じた。
(どんな状況でも、これが世界の選手と初めての勝負……。勝ちたい……!)
ふと趙金雲がクラリオに視線を送ると、クラリオが軽く頷く。そして──、
『ピーーーーーーーーッ!!』
趙金雲が開始のホイッスルを鳴らし、クラリオが軽くボールを前に転がす。そして、円堂が、
「みんな行くぞーーっ!!」
円堂はそう言うとグローブをつけた手で拳を握り、両手を合わせる。
ドリブルを開始したクラリオ。それに対して、FW陣がクラリオの前方に立ちはだかる。だが、そうなることがクラリオにわかっていないわけもない。
クラリオは、その巨体からは想像できないような細やかで繊細なボールタッチでスラスラとFW陣をかわしていく、シザーズを重ね、ルーレットを試し、逆足にボールを移す単純なフェイントを使ってみたり、クラリオ自身も色んな手段を試すようにしながら、豪炎寺、吉良、剛陣、佐久間、灰崎、とFW陣を突破した。
「何だと……ッ!?」
鬼道が驚愕の声を上げる。いくらディフェンスの練習をする機会の少ないFW陣とはいえ、ここまであっさり抜かれてしまうとは想定していなかったのだろう。
次にクラリオが相手をするのは、明日人たちMF陣。明日人はクラリオのテクニックに警戒しながら、基山、氷浦、一星と共にクラリオを囲い込む。
「今だ!」
基山の掛け声で、クラリオのボールを四人が狙う。これならば、クラリオも先ほどのボールタッチは意味がない。明日人がクラリオのボールに触れかけた瞬間──、
「「うわああああっ!!」」
クラリオの正面を塞いでいた明日人と基山は、何か大きな衝撃にぶつかり弾き飛ばされてしまった。二人はそれがすぐに、クラリオのフィジカルによる正面突破で起こったものだと理解し、戦慄する。
「レベルが違う……」
基山が呟く。少し考えれば、クラリオの体格から察せたはずだと基山は反省するが、それと同時に、気がつけていたとしてもどうしようもなかったということも理解してしまう。
そして、クラリオは最後の壁となるDF陣を前にして立ち止まった。
「「「……!?」」」
鬼道や豪炎寺のような元雷門中の強化委員たちだけではない。他の選手たちでも、いや、世界のサッカーを少しでも知る者たちならクラリオの行動が何を意味するかくらい理解できる。
「よっしゃ、来い!!」
円堂が不敵に笑いながら、グローブをパチンと叩く。
クラリオがボールを持ち上げ、空に放られるボールを何十、何百、何千と蹴り付ける。クラリオの行動の意味、すなわち、必殺技を放つということ。それも世界の中でもトップクラスに位置するクラリオの十八番。
クラリオの蹴りにより、整形されていくボールが宝石のように輝きと硬度を極限まで高められていき──、
「ダイヤモンドレイ!!」
破壊的な威力を持つ必殺シュートに変貌し、円堂のいるゴールを直接狙う。DF陣は、落ちることのない回転力によって生み出される突風によって近づくことすら叶わず、吹き飛ばされてしまった。
円堂は自分のピンチを改めて理解し、自分の最高の必殺技で迎え撃とうと、身体を捻り心臓に気を溜める。これで敵う威力なのか、円堂から見ても微妙なところだ。だが、昨年のリベンジを、この一年で自分がどこまで強くなれたのかを試したかった。
そして、──、
「イナビカリダッシュ!!」
そしてその瞬間、稲森明日人が『ダイヤモンドレイ』に追いついた。イナズマジャパンの他の選手たちは唖然とし、円堂は驚いたもののすぐ、ニッと笑った。
「アイツは……!」
「俺が突破したばかりのはず……」と続けようとした言葉が、クラリオの口から出てこないほど、明日人のそれは衝撃的な行動だった。
(世界のトップ選手相手に……! まだ何も出来ていない……!)
明日人は勢いをそのままにターンをして、『ダイヤモンドレイ』に足を突き出す。その瞬間、円堂の目には『ダイヤモンドレイ』が止まったかのように映った。
「──うわああああっ!!」
しかし、その直後、一瞬で明日人は弾き飛ばされてしまい、円堂が構えていた必殺技を放つ。
「──風神雷神!!」
円堂の背後に現れた一体の魔神が二体に分裂。それぞれ右手と左手を突き出し、ボールの回転を抑え込む。
「うおおおおおおおおっ!!」
発生した風と雷がクラリオのシュートに反応し、激しい衝撃波を起こす。視界に閃光が散り、その場の選手たちは目をくらませた。
そして、選手たちが次に目を開けると、
「ハァ……ハァ……ハァ……、取った。……取ったぞ! クラリオ!」
──ボールが円堂の両腕の中に抱えられていた。
「すごい……、すごいです! 円堂さん!!」
短時間で二度も弾き飛ばされたばかりの明日人が、人工芝の色が写り真っ黒になった半身をそのままにして、円堂の下に駆け寄る。円堂はフラつきながら明日人のことを受け止めた。そして、円堂が「お前のおかげだ」と明日人を褒めると、明日人は嬉しくなって笑ってしまった。
他の選手たちも続々と円堂の下に集まってきて、すごいすごいと明日人と円堂に駆け寄ってくる。
趙金雲は笑っていた。
「負け前提でのお話だったのですが……、彼らには驚かされますねぇ……♪」
「…………」
久遠は特に趙金雲の言葉に反応することもなく、一人の選手のデータを眺めていた。
クラリオは元の厳しい表情を戻し、円堂たちに話しかける。
「流石だ、円堂守。そして、イナズマジャパン。貴方たちはきっと更に強くなれる。次に会う時が楽しみだ」
「ああ! 次にお前と戦う時は俺たち全員がもっと強くなってる!」
もみくちゃになりながら円堂が答えると、クラリオはフッと小さく微笑んで、待機していた一人を連れてコートから去った。
クラリオが去って、イナズマジャパンたちとその関係者らがコートに残った。
イナズマジャパンの面々も興奮が収まってきたようで、鬼道を中心に冷静に自分たちの現状を分析し始める。
戦えたのは円堂だけで、それも明日人の抵抗があったからだということ。
クラリオを世界のレベルとするのなら、恐らく全員がそのレベルに到達出来ていなかったこと。
少し考えれば、皆、自分たちの実力が足りていなくて、クラリオを止められたのも偶然のものだと気がつく。イナズマジャパンの表情が暗くなる。だが、そうでない選手が一人。
「──どうしたんだよ、みんな! まさか怖気付いたんじゃないだろうな?」
円堂が前向きな明るい声で全員に訴えかける。誰かが「そうなるのも仕方がないです……」と口にする。円堂の表情が一度曇るが、すぐに顔を上げて、再び口を開けた。
「確かに、あのシュートを見て不安になって絶望しそうになるのもわかる……。だけど、なんだかワクワクもしてこないか?」
「ワクワク?」
明日人の言葉に円堂が大きく頷く。
「クラリオみたいな相手が世界にはきっとまだいる。そんなやつらとこれからたくさん戦える! ってさ!」
円堂の言葉で全員の表情に光が差す。明日人は円堂も自分と同じようなことを思っていたことに嬉しくなって「俺もそう思います!」と前に出て言葉を返す。円堂が「だろ?」と明日人に笑った。
イナズマジャパンのメンバーたちはそんなやり取りに勇気を貰ったのか続々と顔を上げ、表情が明るく変わる。
「確かに凄まじい実力差だったが、以前ほどの差じゃないな」
「あぁ、俺たちのこれから次第じゃ十分追いつくことはできる」
豪炎寺と鬼道が円堂の底なしの前向きさに呆れながら、円堂の言葉を肯定する。
その言葉に続くように続々と、他の選手たちも、
「ああ! 俺たちなら行ける!」
「まだ始まってすらいませんしね!」
「このままでは野坂さんに顔向けできない」
と、いうようにそれぞれが己を奮い立たせ始めた。
そして、円堂が、
「みんな! 世界を相手に、サッカーやろうぜ!」
と、全体に叫ぶと、「おう!」とイナズマジャパンの選手たちの声が重なった。
それはイナズマジャパンの想いが重なった瞬間で、改めてイナズマジャパンが集結した瞬間でもあった。
◇◇◇
「──クラリオ」
コートから離れ、駐車場に呼んでおいたタクシーにクラリオが乗り込むと、同じように乗り込んだベルガモが何やら気に食わない様子で、クラリオに話を切り出した。
クラリオが「どうした」と返事をすると、ベルガモは問う。
「お前、なんで本気でやらなかった?」
「……アレは、私の全力の『ダイヤモンドレイ』だった。それが何か──」
「──違ぇそうじゃねぇ。去年はともかく今のお前にはもう一つ『
ベルガモの問いは、正しさと誤り、相反する二つの意味を含んでいた。クラリオがそれを使えば、イナズマジャパンたちの実力が世界レベルであるかどうかをより正確に測ることができる。しかし、そうなると、イナズマジャパンたちは実力差に精神を折られてしまうかもしれない。
ベルガモもそれくらい理解しているはず。その上でこの質問をしたということは、ベルガモは心配しているのだろう。
イナズマジャパンが自分たちを誤認して、愚かな行いをしてしまう可能性があるということを。そして、自分たちとの再戦をする以前に世界の舞台から姿を消すことになるということを。
クラリオはそこまで考えてやると「大丈夫だ」と、反論を繰り出す。
「あの者たちの最大の強さは『諦めない心』だと、昨年の私は推測していた。だから、以前と同じように『ダイヤモンドレイ』を使った。奴らが私を、世界を諦めていないかを確かめるために」
「……で? その実験まがいな確認の結果はどうだったんだよ」
何故、クラリオが彼らにそこまで感情を向けられるのか理解ができず呆れながら更に問いを重ねる。
すると、クラリオは不敵に笑った。ベルガモがその表情に目を丸くする。
「──想像以上だったさ。昨年に見た円堂守だけではない。豪炎寺修也や稲森明日人。イナズマジャパンは今後、確実に世界レベルに成長する」
ふとクラリオがベルガモに目を向ける。
流れ行く窓の外の風景が全くベルガモの意識に入らないほどの決意が、クラリオの表情から感じ取れた。ベルガモもニヤリと笑みを浮かべる。
「私たちも迎え打つ準備を進めなくてはならない」
◇◇◇
それぞれの決意を胸に、彼らのプロローグが終わる。
ここから、“世界への門”が開かれる。
今回最後の方誰が主役なんだかごちゃごちゃしてしまった。申し訳ない。