夏の暑さが息苦しい日だった。
明日人たちイナズマジャパンの出場するアジア予選が行われるのは、日本の首都、東京に位置する『FFスタジアム』。ちょうど『代表発表会』の行われた場所と同じ会場だ。
明日人がバスを降りた駐車場からでもわかるほど、『FFスタジアム』は観客たちの熱気で包まれていた。
「うおぉ……!」
「どうした? 明日人」
感動が口から漏れ出てしまったようで、隣にいた氷浦に心配されてしまう。
明日人は焦りながら、手を振って、
「ううん! なんでもない! 熱気がすごいなぁって」
「あー、確かに。超あっちいよな。溶けちゃいそう」
氷浦がキリッとキメ顔で明日人の方を向いた。明日人は氷浦の言いたいことを理解してしまい、少し寒気を感じる。
『氷浦だけに……?』じゃねーよお前、そんなキャラじゃないだろ。
心の毒舌をしまい、明日人は再びスタジアムに目をやる。
昨日、円堂に答えをもらったとはいえ、流石に緊張が収まることはなかった。
「ここから始まるんだ……」
イナズマジャパンの仲間たちの隣で改めてこの大舞台にやってきた実感を噛み締めながら、明日人は静かに呟く。
「……そうだな」
「フン、そんな緊張で今日戦えんのかよ……!」
氷浦と違い、灰崎は強がりながら明日人に言葉を投げかけた。明日人はそんな灰崎を見逃さない。
「灰崎、膝ガックガクじゃない?」
「──そんなことねぇよ!」
明日人の表現は流石に冗談だが、灰崎は確かに小さく震えていた。武者震いというやつだろう。イナズマジャパンも全員、緊張しているようだった。
ここからいよいよ、『FFI』が始まる。アジア予選は一度負けたら、そこで脱落。明日人の緊張が高まり、高まり高まりタカマリたかまり高まり……
「…………あ」
「「あ?」」
「──ちょっとトイレ行ってくる!」
下に来た。
「先行くなら置いてってくれて良いから!」
明日人は氷浦にそれだけ伝えてスタジアムに駆け出した。
「ええ!? ちょっ、待……っ! 鞄持っとこうかーー!」
「大丈夫──ッ!」
──FFスタジアム。
駐車場から最も近い場所にあるトイレを利用した明日人が手をハンカチで拭きながら、入り口から出る。時計を見ると、集合時間にはまだ余裕があった。
「ふぅ……、よし、行くか!」
明日人が人を避けながら、スタジアムの中を突っ走る。
『FFI』の関係者と思しき人物や観客がスタジアム内には溢れかえっていて、マップを見ながら出ないとまともに進むこともできない。
そんな明日人が曲がり角を走り抜けようとした瞬間、
「──うわあ!」
「……ん?」
一人の男にぶつかりかけてしまった。明日人は咄嗟に躱すと、勢いのままに転んでしまう。
「──ご、ごめんなさい!」
「ああ、別に構わな……。へぇ……」
先端に行くにつれて黒に変わる赤髪の少年が明日人のジャージを見た直後、ニヤリと笑い、明日人に手を伸ばした。
ありがとう。と言い、手を引かれながら立ち上がった明日人は自身の後頭を掻きながら、「ごめんごめん」と失態を誤魔化すように笑う。
「構わねえよ。……ところで、お前『イナズマジャパン』だろ?」
「え──?」
突然の問いかけで理解に時間がかかる。
明日人は思考を回転させるうちに、赤髪の少年の来ている赤いジャージに気がつく。
今、この会場で『赤』という色が示すものはたった一つ。
「韓国代表──!」
「そ。オレ様が『レッドバイソン』の十番。ペク・シウ様って訳だ」
明日人と眼前で腕を軽く広げながら不敵に笑う少年、ペクを試合開始前に妙な縁が巡り合わせた。
一方、他のイナズマジャパンたちは、駐車場から離れスタジアムへの進入を始めていた。
円堂と鬼道を先頭にずらずらと選手たちがロッカーへ歩く。
「以前に来た時も思ったけど、やっぱり複雑な作りですよね」
「そうか? 俺はそんなことは感じないが」
「帝国と比べるなよ。佐久間」
坂野上や佐久間たちが、そんな雑談をしながら歩いていると、
「おい、鬼道。あれ……」
ふと豪炎寺が向かいの廊下から歩いて来る同年代の赤いジャージを着た集団に気がつく。
「……! もしや、イナズマジャパンのみなさんでしょうか……!」
集団の先頭を歩く側面を刈り上げた青髪の少年が、こちらに気がつき近づいてくる。鬼道と豪炎寺は既にその人物が何者で、この団体が何かを理解しており、警戒心を露わにする。だが──、
「ああ! 俺たちがイナズマジャパンだ! 俺はキャプテンの円堂守。お前は?」
「「──円堂!!」」
豪炎寺と鬼道が円堂の無防備な態度に声を荒げる。
「どうしたんだよ? 自己紹介しただけじゃないか」
「円堂、お前まだ気がついていないのか……?」
「何を?」
「この者たちが誰か、だ!」
「誰って……、俺たちのファンだろ?」
豪炎寺たちが円堂の答えにずっこける。相手の集団もこれには多くの者たちが苦笑いしていた。
「円堂……、お前というやつは……。いいか? 彼らは今日の──」
「──僕たちは今日、あなた方と対戦する韓国代表『レッドバイソン』。そして、僕がキャプテンのソク・ミンウです。今日の試合であなた方と戦えること、光栄に思います」
「……そういことだ」
鬼道の言葉を遮るように、先頭に立っていた青髪の少年、ソクが胸に手を当て、口を開いた。
「韓国代表……れっ、ど……、ええっ!? 今日戦うあの!?」
「はぁ……」
全身で驚倒する円堂に鬼道と豪炎寺が頭を抱えた。
「何だか思っていたより礼儀正しいですね……?」
「確かに、韓国代表というから身構えていたけど……」
「何だか気持ちが楽になってきました」
坂野上がアフロディと小声で会話をしながら、ソクのことを選手たちの背後からチラッと覗き見た。すると、ソクはすぐにこちらに気がつき、微笑みを向けた。
「あ、あの人強そうですね……!」
「そうだね。元々、手を抜くつもりはないけど」
アフロディが僅かに口角を上げた。坂野上も軽く頰をつねって緊張を取り戻した。
イナズマジャパンのそんなやり取りを視界の端で見ていたソクが感心しながら表情をなごませた。
「円堂守、亜風炉照美……。中々侮れないチームだというのは本当なようですね」
アフロディは突然、自分の名が呼ばれ困惑した様子でソクに向き直った。どうやら、韓国内でもアフロディの実力は有名らしい。アフロディはチャンスウの件といいどこから漏れたのだろう、と疑問に思うが、自分は昨年大事件を引き起こしたのだから、調べればその程度すぐにわかるのか、と納得する。
ソクが不敵な笑みを溢した。そして、円堂たちに宣言する。
「日本の皆さん、お気をつけて。このチームには彼がいる……」
ソクの煽るような忠告に豪炎寺たちがムッと目つきを変えた。
「俺たちだって負けない! 全員、勝つために誰にも負けないくらい特訓をしてきたんだ!」
同じ時間、違う場所で、ソクと同様の言葉を口にしたペク・シウに明日人が宣言する。
ペクの赤い髪が揺れた。そして、ペクがふっと笑う。
「──まあ、せいぜい轢かれないように地面の芝でも掴んでることだな。『レッドバイソン』には『
明日人は視線の先にたたずむペクの双眸を見つめる。
アイツとは誰か、そんなことはどうでもいい。ペクの口から発される一言を待った。
そして、二人の『闘牛』は、同時に言い放つ。
「「勝つのは俺たちだ。イナズマジャパン」」
「「「──……!」」」
その力強い宣言にイナズマジャパンたちの想いが重なる。
「ああ! 俺たちだって負けるつもりはない!」
円堂はいつもの笑顔で、ソクたち『レッドバイソン』に宣言した。
◇◇◇
──客席の一角。
「うわぁ〜、なんだか緊張してきちゃいました〜」
『星章学園』のマネージャー、音無春奈は『帝国学園』に所属する不動明王と共に、イナズマジャパンの試合を観戦しに明日人たちと同じく『FFスタジアム』に訪れていた。
「今日に関しちゃただの観戦だ。気楽にしていい」
「でも、私、一応『強化委員』ですよ!? ここで負けちゃったらどうしよう……。それにお兄ちゃんも『イナズマジャパン』ですし……」
「……なら、大丈夫だろ」
不動は適当に音無に言葉を返すと、隣で音無や周囲の観客たちがキャーキャーと騒いでいるのを気にも留めず、これから始まる試合に意識を集中する。
「鬼道有人……、お手並み拝見といこうか」
『帝国学園』で嫌というほど聞かされたその名の主、不動自身も興味があった。
──別の客席。
眼鏡を掛けた男はチケットと比較しながら、席についた。席に座ると男は持ってきた鞄からすぐにカメラを取り出す。そして、顔を上げた。
「おー! 結構良い席が取れたじゃないか! やるなぁ、俺!」
感動した様子で独り言を口から漏らす。
「さてさて、どうなるかなぁ『イナズマジャパン』……!」
「──『イナズマジャパン』の勝敗の行方。初戦に関しては『彼』に頼ってしまうことになるでしょうね」
隣の幼女が話しかけてきた。
彼女の友達……らしき人物はどこにも見当たらないが、まさか自分に話しかけているとは思わず、男はその幼女の言葉を咀嚼しながら、カメラを試合開始直前のコートに向けた。
「なら見せてもらおう。日本は革命の旗になりうるのか……」
「……なんで無視するの?」
「えっ?」
──スペインの空港。
「おい、クラリオ」
空港についたクラリオとベルガモがスーツケースを引いて歩いていると、ふとベルガモがクラリオを呼び止めた。
「日本からの中継だってよ」
そう言って、ベルガモは自分の携帯をクラリオに渡した。
◇◇◇
アジア予選第一試合。
『イナズマジャパン』VS『レッドバイソン』──
試合開始直前、アップの時間を終えて、イナズマジャパンがベンチの趙金雲の下に集合した。
「では、スターティングメンバーを発表しますよ〜」
遂にスタメンが発表される。大会の規模が規模だけあって全員が真剣な眼差しを趙金雲に向ける。明日人もそれは同じでドキドキしながら発表の瞬間を待った。
「──ペク」
『レッドバイソン』の監督がベンチを離れるペクを呼び止めた。
ペクは不遜な態度を崩すことなく応じると、ベンチを立った監督の下に一旦戻る。
「この試合、わかっているな?」
「…………ああ、わかってる。まあ、使わなくとも勝てるだろ」
「あまり傲慢になるなよ」
「大丈夫だっつの」
ペクは笑みを崩し、低い声で監督に言い返した。
『イナズマジャパン』と『レッドバイソン』。両チーム、スターティングメンバーがコートに入場した。試合開始までの時間は僅か。選手たちは各々のポジションにつく。
『さぁー、日本VS韓国。ある意味因縁とも呼べる戦いに身を投じる選手たちが、コートの中で今か今かとその時を待っています! というわけで両チームのスターティングメンバーを見ていきましょう!』
[イナズマジャパン]────
FW豪炎寺 FW灰崎
MF基山 MF鬼道 MF亜風炉
MF稲森
DF風丸 DF万作
DF吹雪 DF岩戸
GK円堂
[レッドバイソン]────
FWシウ
FWドンヒョク
MFジウォン MFジフン
MFミンウ MFスンジン
DFユファン DFドユン
DFソア DFヨンウ
GKレウォン
コートに立った明日人が前方を見ると、『レッドバイソン』の先頭には先程会ったばかりのペク・シウが不敵な態度で『イナズマジャパン』の選手たちのことを選定するような目で見ていた。
「ペク……、やっぱり出てきた……!」
「知り合いか?」
「はい、さっき知り合った程度ですけど」
「そうか、奴はソク・ミンウと並んで『レッドバイソン』の中でも注意すべき人物だという話だ。できることならば、なるべくその対策を取りたかったが……」
「監督の『三歩縛り紅白戦』毎日午後中やらされましたもんね」
「ああ」
鬼道はらしくもなく不安を露わにした。
だが、確かに初めのミーティング以降まともに『レッドバイソン』の話を趙金雲や他の選手間としあえていない。
明日人もまた少し不安を感じる。
(でも、あの特訓をし続けたってことは、俺たちが今まで通りのサッカーをしていけば、勝てるってことなのかも……)
明日人は自分にそう言い聞かせ、迫る試合開始に備えて、軽く呼吸を整えた。
「よし! 楽しもっ!」
明日人は頰を叩いた。
ピ──────ッ!!
『さあ、試合開始! 両者、どのような試合を展開するのでしょうか!』
審判がホイッスルを吹き、イナズマジャパン側からのキックオフで試合が開始される。
豪炎寺が灰崎にボールを渡し、灰崎が鬼道にボールが渡った。
鬼道はボールを持ち、果敢に攻め上がる。
豪炎寺と灰崎はその先を走り、明日人が後方で逃げ道を確保、サイドには基山とアフロディ。
この陣形が序盤の基本陣形。指導役の鬼道を中心に敵のラフプレーを回避しつつ、全体のラインを上げることが第一段階。
ペクが鬼道にアプローチを仕掛けた。
「稲森!」
鬼道からのバックパス。想定通りの挙動に明日人は一人で軽く頷く。
そこからは、さらに作戦通り、明日人から基山、基山から鬼道、鬼道からアフロディにボールを渡し、明日人にまたボールが帰ってきた。
「ソア、ヨンウ……」
明日人がソクを躱した瞬間、何かをソクが呟く。
明日人は疑問に思いながらも、鬼道へのパスを出した。
「ナイスパス! いなも──」
「──今だ!」
「「ホーントレイン!!」」
ソクが叫ぶと同時に、相手のDF4枚のうちCBの二人が鬼道に突進。パスを止めたばかりの鬼道には避けられない。
「──ドレッドホーン!!」
十時に猛進する二人を止めることもできず、鬼道の身体が宙に弾かれる。
「……っ! オーバーライドか……!」
鬼道が着地すると同時に、ソクにパスが回る。
明日人はソクと対峙する形でポジションを取った。
(どうする……? 右か左か……!)
明日人はそんな考えを浮かべながら、ソクを観察し続ける。しかし、ソクは明日人に臆することもなく、突っ走ってくる。
「まさか──!」
クラリオの時に感じたモノとほぼ同等の既視感が明日人の思考を瞬時に駆け巡った。
「うわぁあっ!」
明日人はソクのドリブルに弾かれるギリギリを躱し、先に進むことを許してしまう。
焦って戻る明日人に視線も向けずにソクはペクともう一人のFWを自分の元へ呼び込んだ。
「来るぞ──!」
遠くから鬼道の叫び声が届く。明日人もその瞬間に今から何が起こるのかを理解した。
ソクたちが眼前のDF陣へ加速し始める。
「──特攻!バッファロートレイン!!」
「ゴス!? ゴス!? ──がああっ!」
闘牛を想起させる超速の突撃が、岩戸の巨体を空中に弾き飛ばした。
岩戸がフィジカルで負けるというあまりにも理解し難い光景に明日人が口を半開きにしていると、ソクからペクへボールが回ってしまう。
ペクが岩戸のいなくなった隙をついて先へドリブルで攻め上がる。
「まずい……!」
明日人が思わず声にする。
ペクの正面でゴールを守護する円堂はペクのドリブルを見つめ続けた。
「もらったッ!」
ペクが足を振りかぶった瞬間、そよ風がペクの前髪を揺らした。その直後──
「──スピニングフェンス!!」
「……──ッ!」
直後、五本の竜巻がペクを襲う。叫ぶペクの声が竜巻にかき消される。数瞬後、竜巻の中心から五人の人影が飛び出し、一つに収束した。
竜巻に吹き飛ばされたペクが着地し、『イナズマジャパン』VS『レッドバイソン』の一度目の攻防が終わる。
「『もらった』? まだまだ始まったばかりだぜ?」
「……へぇー、中々やるじゃねぇか」
奪ったボールを蹴り出す風丸の一言でペクの双眸に火がついた。
狼煙というか竜巻。
『ドレッドホーン』
→『レッドバイソン』の使用する必殺技『ホーントレイン』と『ホーントレイン』を重ねることで放たれるオーバーライドブロック技。十時に挟み込んだ相手へ超速で突進し、ボールを奪い取る。オリジナル技第一号。