世界を救った聖剣の担い手さん   作:ラスキル

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アルテミスの試練【子育て】

アテナ、アレス、デメテル、へファイストス、ヘルメス、ヘスティアの6神の試練を終え、青年は一息を吐く。

どれもこれも、大変なもので下手をすればただでは済まぬものだった。その試練もあと半数。

ため息を吐く。少し疲れた。

ふと上を見上げる。赤い瞳に映る綺麗な満月。あの日と変わらずこちらを見下ろしている。幾千年経とうとその輝きが失われることはない。

青年は月に向かって手を伸ばす。そうすれば、あの光に届く気がして。けれど、その手は空をきった。

そりゃそうか、と少し笑った。

さて、月の明かりがあるうちに食事の用意をしよう。いくら死なないといっても腹は空く。

 

オリュンポスの神々が支配するこのギリシャの地で数千ぶりに吸う地上の空気を味わいながら、青年は生きていた。

 

『———メラニオン』

 

頭上から声がする。

ああ、そういえばそんな名前を貰ったなと思い出し、空を見上げる。名を忘れられた青年は、偽りの名を与えられた。それが「メラニオン」。今の彼の名だ。

空を見上げるとそこには月の女神アルテミスがいた。彼女の愛弓である銀の弓に腰を下ろし、メラニオンを見下ろしていた。不思議なことに、彼女の腕には毛布に包まれた小さな赤子の姿があった。

 

「これはアルテミス神。今夜はいい月夜ですね・・・ところで、その赤子は? 仮にも貴方は処女神ですから、ないとは思いますが。よもや、悪い男にでもひっかりました?」

 

『・・・その不敬、今は許しましょう。まったく、地上に来てから態度が二倍増しになったわね貴方』

 

今にも「射殺す」と言った視線を向けながらアルテミスは地上に降りてくる。赤子を刺激しないようにゆっくりと。メラニオンは目を丸くした。神が人間を気遣うなんて。

 

『これが、わたしからの試練です。しっかりと育てなさい』

 

そう言って、赤子をメラニオンに手渡す。

アルテミスからの試練はこの赤子を育てろということだろう。これまでの試練と比べれば、まさに赤子の手をひねるほど楽なものではあるが、

 

「どうしたんです、これ」

 

『捨てられてました。男児を望んだ王に、必要ないと。ただ女というだけで。悲しいものです。まだこんなにも小さいのに』

 

珍しいことではない。

この時代は力がものを言った。この赤子の父親は一国の王であり、その王は男児を望んだ。国を代表する“英雄”を欲していたのだ。か弱い女児ではその可能性は限りなく少ない。だから捨てた。それだけの話。

まあ、それは置いといてと、アルテミスは言う。

 

『ですから、育てて私の信者にしなさい』

 

「・・・えっ」

 

聡明と言うべき女神から予想外の言葉が聞こえる。

 

『最近、アフロディーテがうるさくて。『純情ぶって男と交わらないどころか、愛も恋も知らないなんて、神生200%損してるわ。純潔とか貞潔とか、結局それって自分が綺麗なままでいたいっていう我儘でしょう? 覚悟のない女神の言い訳よ」って、だから処女の信者を増やしてやろうと思うのです。ええ、やはり信者の数がものを言いますから。』

 

神は大抵、暇だ。

頭の悪い軽口を言い合うこともある・・・かもしれない。

 

「それは、この子が決めることかと思いますが」

 

『いえ、その点は心配ない。貴方が、この子をこの私が救ったことを毎日のように吹き込めば、必ずや私を信仰しますし、私も時々様子を見に来ますから』

 

信者の数が多ければ正しいのか、と疑問に思ったが

 

「承りました、必ずや貴方の信者に育て上げようではありませんか」とにっこり。

 

すぐに済むならそれでいい。

数年ぐらい適当に育てて、信仰心さえ植え付ければいい。その間に、別の試練を掛け持ちでもしようかとメラニオンはほくそ笑んだ。

アルテミスはメラニオンに赤ん坊を差し出し、月の海へと消えていった。

ふっ、と笑みを消し赤ん坊を見つめる。

赤ん坊は目をあけ、不満そうに身をよじらす。先ほどまでの女神の腕とは違い、メラニオンはぎこちなく、不器用な抱き方だった。

 

「なによ、不満ありげな顔して。まるで、自分が一番不幸ですって顔してる。いいじゃないか、まだマシだぜ。捨てられてそのまま獣の餌ってのも珍しくはない」

 

赤ん坊にはなにを言っているのかさっぱりだ。

 

「憐れな子。お前は親の愛を知らずに育つのでしょう」

 

けれど、目の前の男が自分を愛してくれないのは確かだ。だから悲しい気持ちになって、涙が溢れてしまう。

 

「なっ・・・ごめっ、そんな。なにも泣くことないだろう」

 

おー、よしよしとなんとか泣き止ませようとするが、火のついたように止まらない。

さて、困った。

ここで泣き止ますことができなければ、永遠とこの騒音を聴くことになる。

面倒だ。いっそのこと喰ってやろうか、と邪な考えがよぎるが、それでは意味がない。

どうしたら・・・どうしたら・・・。

 

『———あ た ██に、今、 』

 

ああ、そうだと。

いつだったか、子守唄を歌ってあやしてくれた人が、いた、気がする。

優しく、紡ぐように歌い出す。

自然と抱き方もまるで親が子を愛すように優しいものになる。

ノイズ混じりの記憶の風景を思い出しながら。

 

「———あなたを守るために、今。つよくなろうかなしみの影のわたしに。

 

 喜び歌ってくれ、た。

 

 そして今、光さす・・・あい、をしるあなたはわたしの・・・」

 

不器用な歌は、そこで止まる。

 

「続き、つづき、は・・・思い出せないや」

 

まるで望郷するような表情で赤子に声をかける。どうやら涙は引っ込んだらしい。赤ん坊はあどけない表情でメラニオンを見ている。メラニオンは思わず微笑みで返す。

 

『———ねえ、██。知ってる? 赤ちゃんはね、愛がなきゃ育たないのよ』

 

・・・愛すものか。

脳裏の声に反論する。

緩んだ顔を元の沈んだものに戻す。

 

「・・・愛すものか、お前など」

 

月を背にし、赤子を抱き上げる。

包んでいる毛布には名前が刺繍してあった。律儀なものだ。どうせ捨てる子供に名前などつけなければいいのに。いや、捨てたのは父親であるなら、母親の方には少しは情があったのかもしれない。

 

「わたしはお前を愛さない。わたしはただ、自分の願いのためにお前を育てる」

 

———アタランテ

 

それが赤子の名であり、後にギリシャに名を馳せる麗しの狩人となる英雄だ。

 

 

【数年後】

 

ここはどこかの山。

その暗い森の中。生い茂る木々の上に少女はいた。

 

少女はじっと身を潜めている。

その背には月の女神から授けられた弓を背負っている。少女はまだ幼いながらも狩人だ。普段は鹿や小さな獣を狩って暮らしているが、今日の獲物は違う。もっと大きく、恐ろしいものだ。

 

「!」

 

来た。少女は弓を構え今か今かとその時を待つ。

ズシン、ズシン、とソレが一歩進むごとに森が震え、巨大な体が木々を薙ぎ倒していく。

ソレは巨大な熊だった。通常の個体よりも数倍は大きな体を持ち、その眼は神の化身のように赫く爛々と輝いている。

 

少女は弓を振り絞る。

狙いはただ一点。頭の中心、脳天だ。

あの獣が真下に来た瞬間、狙いを定め矢を放つ。

 

しかし、

 

「グルルルゥ・・・ッ」

 

矢は確かに巨大熊の脳天に直撃したものの、貫くまでには至らなかった。

熊は矢の方向から少女の位置を捉え、勢いよく———少女が潜んでいた木を———薙ぎ倒した。

こうなればもはや立場は逆転してしまう。

狩る側から狩られる側へ。

少女は一目散に後方へ走り出す。兎にも角にも距離を取らなければならない。

足の速さには自信がある。けれど、幼い少女の歩幅ではすぐに追いつかれてしまうのも時間の問題だ。

熊の牙が迫る。すぐ後ろまで迫っている。

一か八か、少女は矢をつがえバッと振り向く。もう一度、この至近距離で矢を撃ち込む。精一杯、込めれるだけの力を矢に乗せ、放つ。

けれど、無駄だった。矢は分厚い毛皮に阻まれ、突き刺さったのものの脳に至ることはなかった。

熊は牙を剥き出し、その巨大な腕を振り下ろし少女を組み伏せた。

 

「くぅッ・・・」

 

少女は果敢にも睨みつけるが、それが最後の意地だった。

熊は大きな口をあけ———

 

『ふふっ、狙いが甘いね』

 

ニヤリと笑った。

少女を押さえつけていた腕を離し、大きな熊の姿から人の姿へと変化していく。

この熊は本物の熊ではなく、アタランテの育ての親である“メラニオン”が変身した姿だ。彼はアタランテに狩りを教えるためにこうして練習相手になっている

 

「大きな動物は大抵頭の骨が分厚い。自分より強い相手を倒したいなら頭を狙わないことだ」

 

頭に刺さった矢を抜きながら意地の悪い笑みを浮かべる。

アタランテはムッとしながら

 

「次は絶対勝てるもん!」

 

と、威勢よく言ったものの、メラニオンの額から流れる血を見てハッとしたように顔色を変えた。

 

「い、痛くないのか? 死んじゃわないか?」

 

「ははっ、お前の矢ではわたしを殺すことはできぬ・・・なんだ、次は勝つんだろ? 躊躇してしまえば死ぬのはお前だ、アタランテ」

 

メラニオンは傷をひと撫でする。すると、あっという間に傷は消えてしまった。

アタランテの心配をよそに、本人は気楽そうだ。

 

「それに、この山にはわたしの他に強い獣はいない。アルテミス神のような狩人になりたいのであれば、それなりの場数は踏む必要がある。わたしより優れた練習相手はそういないぞ?」

 

「わ、わかってる。わかってるけど・・・」

 

アタランテにとってはメラニオンは大切な存在なのだ。その存在をいくら練習とはいえ、傷つけるのは憚れる。

その様子を見て、アタランテの側に近づきそっと抱き上げる。そうして、安心させるように抱きしめる。

父親に捨てられた赤子は、優しい少女に成長した。

“愛さない”

そう決心したメラニオンも、アタランテの成長を見守るにつれ随分と絆されてしまった。

 

「・・・そうだな。少しやり方を変えようか。今度また、ケイローンにでも聞いてこよう。あれは弓の名手でもあるから」

 

流石に1人では子育ては厳しかったのか、メラニオンは時々ケイローンのもとへと教えを乞いにいくことがあった。半神半人であるケイローンは様々な知識を有し、数々の英雄の師でもある。メラニオンもその噂を聞きつけ、子育てのアドバイスでもと思ったが、教えの中でなにか得るものがあったのか、子育て以外にも自分が気になったものであれば教えを乞うという貪欲さを見せた。

 

「わたしも行く! また1人で留守はいやだ!」

 

「ん〜、だめだ」

 

「なんで!」

 

「あれは教えたがりだからなあ。お前も連れて行けば、余計なことも教えかねん」

 

下手をすれば、自分のとこに預けてみないかなどと言われかねない。それは困るのだ。あくまでこれは自分の試練なのだから。

 

「うぅ〜、でも、でも!」

 

それでもアタランテは不満そうに腕の中で暴れる。

一体どうしたのかと、メラニオンは疑問に思う。

 

「・・・一人じゃ、寝れないもん」

 

「この前は三日ほど空けていたがお前、その時はどうした?」

 

「・・・夜寝ないで、お昼寝いっぱいしてた」

 

いくら成長したとはいえ、まだまだ指で数えられるほどの年齢だ。普通であれば、これくらいの子供は親が付きっきりで面倒を見るだろう。

自分は親ではない。決して、その一線は越えてはならない。だが、アタランテをこれ以上に寂しくさせるのは気が引ける。

 

「わかった。なら、次に行く時は月が登るまでには帰ってこよう」

 

「ほんとうか? 遠いんじゃないのか?」

 

ここからケイローンの住処までは山二つを越えるほどの距離がある。

けれど、メラニオンは自信をもって答えた。

 

「心配することはない。わたしはなんたってギリシャ随一の俊足だからね。この程度の距離、あっという間に走り抜けてしまうとも」

 

「ほんと? ほんとの、ほんと?」

 

「ああ・・・ほんとさ」

 

だから大丈夫だ、ともう一度だきしめる。

本当に自信があるのは逃げ足だけれど、この子のためならどこまでだって駆けてみせるのだ。

 

 

「あははははっ」

 

「こら、ちゃんと拭けてない」

 

狩りの練習を終え、二人は住処に戻る。

手狭な天幕だが、二人で暮らすには十分な広さだ。狭い空間にはケイローンから受け取った課題の数々に狩りの道具、メラニオンがアタランテのために作った玩具などが所狭しに転がっている。

食事を終えた二人は水浴びを終え、今は体を拭いている最中だ。

 

「もういい! 乾いた!」

 

「まだ、髪を拭けてないだろう」

 

「う〜いいの! めんどくさい!」

 

「せっかく綺麗な髪なんだ。ちゃんと手入れしなきゃもったいない」

 

アタランテの金色と緑色が混じった髪を櫛でとかしながらメラニオンは言う。それでも、アタランテは不満気に口を尖らせる。長く無造作に伸ばされた髪は、煩わしくてしょうがなかった。麓に住む女たちのようにオシャレに興味はないので尚更で、いっそのこと全て切り落としたいぐらいなのだ。

 

「メラニオンは、私の髪が好きなのか?」

 

「うん?・・・ああ、好きだよ」

 

「ふーん、そうか。なら、早くやって」

 

その言葉を聞いてアタランテは大人しくなった。心なしか、頬を赤く染める。メラニオンが自分のことを好きだと言ってくれたのが嬉しいのだ。

でも、とメラニオスは話しかける。

 

「そろそろ一人でできるようにならないとね」

 

「いい、メラニオンがやってくれるもん」

 

「そうともいかない。わたしがいつまでも側にいられるとは限らない。だから、お前が一人で生きていくために必要なことは教えてきたつもりだ。狩りの仕方も、読み書きだって名前ぐらいは文字で書けるようになっただろう?」

 

「・・・・」

 

アタランテは俯いて黙ってしまった。

なんでだろう。どうしてそんなことを言うのだろう。幼い少女には、メラニオンの言葉は残酷なものにしかならない。先ほどまでの高揚はすっかりと冷めきり、ただただ悲しくてしょうがない。

 

「いずれは一人で生きていかなくちゃならない時が来る。だk」

 

「やだ! ずっと一緒に居てよ!!」

 

それ以上は聞きたくないと、アタランテは言葉を遮る。少女の目には涙が浮かんでいた。

しまった、と気づいた時には遅かった。早すぎた、まだ年端もいかぬ少女なのだ。

 

「まだ教えて欲しいこといっぱいあるし、メラニオンが居ないと寝れないの! 狩りだって、ご飯だって・・・一人じゃできない」

 

失敗した。

メラニオンは後悔する。ここまで入れ込むつもりはなかった。どこで間違った。予定していたように、ただ月女神の信者に育ててやればよかったのに。

 

「(わたしは、この子に何を与えてしまったのか)」

 

わからない。

 

『愛がなきゃ育たないのよ』

 

わからない。

 

「どうすれば、一緒に・・・あっ・・・そうだ、大きくなったら———」

 

必死に縋ってくるその姿が、どうしようもなく哀れで、いつかの自分に似ていて、

 

「・・・そうだね。もし、覚えていたらそれもいいかもしれないな」

 

だから、わたしはまた嘘をついた。




メラニオン:青年のような、老人のような。実年齢は16と10,000歳ぐらい。

アルテミス:まだオリオンと出会ってない頃の聡明?で真面目?な女神。次からはぶっ壊れてスイーツ(笑)な感じになっている。

アタランテ:アルテミスは救いの神で、メラニオンは育ての親。自分は本当の親に捨てられたことを知っている。だから、一人になるのを恐れている。


ギリシャ神話は割とにわかなので適当に。これからも読んでいただけるなら嬉しいです。感想や評価をお待ちしてします。
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