世界を救った聖剣の担い手さん   作:ラスキル

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霊基第三をイメージ。設定はあんまり考えてない。


Lapse of time

『大きくなったら・・・わたしと———』

 

月夜の晩に、少女と交わした約束を思い出す。守れるわけのない、忘れるつもりの、偽りの約束を。

青年はじきに少女のもとから去る。

もともと、少女を育てていたのは試練のためであり、それが終わればなんでもない他人でしかないのだ。本当であれば、ある程度成長すればすぐに離れるつもりではあった。

それができないのは・・・

 

「なあ! 起きろよ、メラニオン。おい、早く続きを話せよ!」

 

———赤い瞳が開く。

 

赤みがかった白髪をもつ青年は目を覚ました。

どうやら冒険話を話してる最中に眠ってしまったらしい。話を聞かせていた、金髪の少年———イアソン———が不満そうに体をゆすっていた。

さて、どこまで話していただろうか、と顎に手をあて自分が話していたホラ話を思い出す。・・・いや、実際のところホラでもなんでもなく、自身の経験———オリュンポスに囚われていた頃の話———をおもしろおかしく脚色して話しているだけなのだが、聞き手側にはただのホラ話だと思われてしまうので、結果的に言えば彼は「ホラ吹きのメラニオン」と言われるようになってしまった。

 

「———というわけで、わたしはついに冥界から帰還したのだ。これは、その時にくすねた宝剣さ」

 

とはいえ、子供にはこのホラ話は大変人気であり、実際のところこの話を聞いていたイアソンも目を輝かせて聞いている。

 

「うわー、かっこいいなその剣!」

 

違った。わたしの話ではなく、メラニオンの手にあるただの剣に興味があったらしい。所詮、子供にとっても愉快な作り話にしかならないのだろう。

 

「そうだろう? なんてたってかのへファイストス神が鍛えた剣だからね。価値もさることながら振えばなんと光が放出され・・・」

 

「さっき、冥界で盗んだって言ってなかったか?」

 

「・・・ふむ、そうだったかな」

 

と顎をさすりながらメラニオンはとぼける。

 

「んだよー。またホラ話かよー」

 

イアソンに話した話は適当に組み合わせながら作った正真正銘ホラ話だったので反論の余地はない。しかし、この剣は確かにへファイストスから受け取ったものであることは事実である。

不満そうにイアソンは頰を膨らませる。少年にとっては心躍らせる冒険譚だったのだ。それが、ただのホラ話だと分かれば心底ガッカリといったところか。

まあ、メラニオンのそれは今に始まった事ではない。

この胡散臭い笑みを浮かべる青年はいつだって、顎をさすり

 

「安酒みたいな夢はあっただろう?」

 

とホラを吹く。彼は全てがでまかせの愚者だ。

 

「けっ、安っぽすぎる夢だ」

 

「むむっ、酒場では意外と人気なんだけどなあ」

 

「安っぽい!安っぽい!俺の夢に比べれば、うんっっと安っぽすぎるぐらいにはな!」

 

両手をめいいっぱい広げ、自身の夢の壮大さをイアソンは語る。

 

「俺は王になる!」

 

青い夢だ。

と、のちのメラニオンは笑い飛ばした。叶うはずのない、子供が抱く夢だと。

それでもイアソンはそれがさも当然だと、自身たっぷりに宣言した。いずれは、この馬小屋を出て王位を継ぐのだと。

 

「それは、なぜ?」

 

「我が父の悲願、アイソンが子である俺の責務だからだ」

 

「では問うてやろう」

 

今のメラニオンは、それを子供の戯言とは流さず、目を細めイアソンに問うた。

 

「お前はどんな国を創りたいのだ?」

 

「どんっ な  国?」

 

「そうだ。お前も王になる者ならばその展望を述べられるだろう?・・・かのアイソンのように」

 

赤い瞳がイアソンを見据える。

どんな国、と問われてもイアソンは即答することはできない。それもそのはず、少年にとってのゴールは王になることだったのだ。それから先の展望など考えたこともなかった。

赤い瞳に自分の姿が映った。

 

「・・・俺の国には、無意味に争う者などいない! ケイローンが俺にしてくれたように全ての人に字を教えよう!」

 

それが始まり。

 

「王の話を理解し、判断を違えず、常に正しい道を進むことができる。そんな勇を持てる智を与える!そう、それが俺の———」

 

それが、神々の手で踊らされ続けた者達の始まりだった。

 

 

———赤い瞳が開く。

少女が駆け寄ってくる音が聞こえる。赤子を預かって何年もの月日が流れた。子供の成長とは早いものだ。

歳はまだ十一か十二といったところだが、その美貌と狩りの腕前は大人と遜色なく、それ以上とも言えるほどであった。年相応に背も伸び、少女は山に棲む鹿よりも速く駆けれるようになった。

美しい金と深緑が混じった髪は風になびくと、まるで獅子のたてがみのよう。

 

「見ろ、メラニオン! 今日は大物だ。こんな大きな猪を仕留めた!」

 

少女———アタランテ———は担いでいた大きな猪をメラニオンの前に見せびらかす。狩りの腕に関しては、メラニオンを既に越していた。

アタランテは頭をメラニオンに近づけ、チラチラと物欲しそうに見る。

メラニオンは微笑んで、少女の頭を撫でてやる。

側から見れば、二人は親子のようであった。

愛さない、とメラニオンは決めていたがそれはもう難しかった。

ある日、はたと気づいたのだ。

アタランテの仕草、成長、その全てを見てきた。見てきたからこそ、アタランテの幸せを願った。

———どうにも私は、親としてこの少女を愛してしまったらしい。

だからこそ、少女の約束を守ることはできないな、と達観していた。

———好きだ

と、少女が口にすれば、青年も好きだと返す。

それはあくまで親としての言葉。それ以上も以下もない。だから、少女の恍惚とした表情に気づかない。

二人は絶望的な程までにすれ違っていたが、確かに幸せだった。

 

「すまない。髪が乱れてしまったな」

 

「んー、構わない。もっと」

 

「そうか」

 

わしゃわしゃと撫で続ける。

とはいえ、これでは時間が過ぎるばかりなので頃合いを見てやめる。アタランテの残念そうな顔を見ると、心が痛むが我慢である。

猪の身体を持ち上げ、食事の支度を始める。

そうだ、と、アタランテが仕留めた猪を食べ終わったころメラニオンが切り出した。

 

「麓の町で今夜祭事をやるらしい。露店も出るようだから、見てきたらどうだ」

 

「祭事?」

 

「うん、何か欲しいものがあれば買っておいで。服とか、指輪とか、可愛らしい人形もあるだろうから」

 

「・・・メラニオンが作ってくれるから別にいらない」

 

むむっとメラニオンは困り顔になる。

この年頃の少女であれば、それらしいものを求めるものだと考えていた。アタランテの身の周りの物はほとんどがメラニオンが与えたものだった、それが悪かったのかもしれない。

思い返せば、この少女にしてあげたことは一人で生きていかせるためのことばかりだった。もう少し、何かできることがあったのではないか。

 

「お前も背が伸びたし、その服もだいぶ擦り切れているだろう? この際、新しいものを買っておいで。私の縫ったものよりも丈夫なはずだ」

 

少女の袖を指さして言った。不慣れな裁縫のせいか、それとも山中を駆け回ったせいかあっという間にボロボロになってしまう。その度に新しい服を縫ってやるのだが、どうせなら店で買える、丈夫でそれでいて年頃の少女が着るような服を与えたい。けれども、他のものは固執しないのに、メラニオンから貰ったものは別なのか、アタランテは拒む。

 

「でも・・・せっかくメラニオンがくれたものだし、まだ着れる」

 

いじらしい態度にメラニオンは自然と声が和らぐ。

 

「わかった。それはまだ着てもいい・・・けど、それよりも着心地の良いものはある。別に物じゃなくてもいい。食べ物でもいい」

 

「いい。一人なら行きたくない」

 

ああ、そうかと。アタランテの言葉を聞いてようやく理解した。

 

「なら、そうだな。私は、お前と・・・お前と出かけたいのだが、付き合ってくれないかな」

 

「・・・わたしと一緒にか?」

 

「うん、一緒に」

 

まだこの少女は子供だ。

なら、親代わりである私が側にいた方がいいのだろう。少女の不安を察してやれなかったのは反省だ。

 

「一緒に・・・ふふっ、一緒にか」

 

この関係は偽物だ。

親としての愛・・・それも結局真似事に過ぎず、対価なしには発生しなかったのかもしれない。

青年が少女に求めるものは成長であり、愛ではない。

それが真実。

 

———ああ、それでも

 

「私の望みを叶えてくれないか?」

 

本当は何の繋がりもなくても

 

「うん! いいぞ!」

 

今はただ、この少女が愛おしい。

 

 

町までは徒歩で移動した。狼に姿を変え、背に乗せてやっても良かったのだがアタランテが拒んだのでやめた。

町の明かりを目指して並んで歩く。

少し暗くなってきた夜空。聞こえてくる談笑の声。祭事だからということもあってか、陽気な音楽に酒が楽しめる雰囲気だ。

 

「そういえば、これは何の祭事なんだ?」

 

アタランテが質問をする。

このように規模が大きいのであれば、さぞ名のある神を祀るものなのだろうか。それとも、何かの祭日なのだろうか。

メラニオンは顎をさすりながら答える。

 

「・・・誰も知らないし、覚えてないんだ」

 

けれど、今日はめでたい日。それだけが伝わっている。

町いちばんの学者も、昔話を語る老人も、理由は知らない。

何かが救われたのか、神々が遠い昔に定めたのか、誰も彼も分からないけれど笑顔で祝うのだ。

それをさも当然のことのようにメラニオンは言った。アタランテもそういうものなのだと受け入れる。

 

二人はまず大きな衣料品店に入った。天井から床までずらりと服が吊らされている。専門職の手縫いのようで、どれもこれも華やかなものだ。店に入ると、店主が笑顔で歓迎してくれる。

 

「これも似合う、これも似合うわね」

 

店主は娘に話かけるようにアタランテに服をあてがう。

困ったように視線を向けてくる少女の代わりに、メラニオンが話す。

 

「それは派手すぎる。この子はどんな色でも似合うが・・・どうせなら、この髪色と同じものがいい。それでいて身軽で、走りやすいものを」

 

「注文が多いね。じゃあこれは? お父さん」

 

「いいね。この子は成長が早いから、これよりも少し大きめの物もいくつか。あとは、そうだな、私は外で待っているから下着も見繕ってやってくれ」

 

店主はおもむろにアタランテの胸を触ると、うん、と頷いた。

 

「そうね、このぐらいの歳なら必要だもの。ほら、こっちにおいで」

 

奥の部屋に手を引かれ連れて行かれる。不安そうにこちらを見てきたが大丈夫だと手を振り自身は店の外に出た。

できれば少女自身の好きな服を選んで欲しかったが、興味がないというのであれば仕方ない。

けれども、

 

「似合ってたなあ」

 

ポツリと、誰にいうのではなく漏らした。

新緑の服に身を纏ったアタランテの姿を思い返す。

メラニオンは口元に手を当てて覆う。こんな顔、他の誰かに見られたくなかった。

 

「たくさん買ってくれてありがとね! また来てよ」

 

店主に見送られ買い物が終わると、夜はさらに深まりそれに伴って賑やかさも増してきた。

 

「まるで星が落ちてきたみたいだ」

 

アタランテが物珍しそうに祭りの明かりを眺めていた。

この時間からは人も続々と集まってくる。

 

「ほら、私の側に」

 

万一、はぐれてしまっては困る。優しく少女の手を握った。

少女の頰は赤い。けれど、それは恥ずかしさとは、まったく別の紅潮だった。

少女は手だけではなく、身体まで青年に身を寄せた。

二人は賑やかな町を見て回る。

まず目についたのは、飲食の屋台だ。肉の炙りや、果物を扱う屋台、各地から収集された酒を一杯から販売する酒屋。

どこも美味しそうな匂いで客を呼び寄せている。二人は時折、目が惹かれたものを購入した。食べ歩きながら祭りを堪能する。

ほろ酔い気分の人々は陽気に歌い、それに合わせて詩人が即興で唄を奏でる。楽しそうな雰囲気に人が募り、場に乗じて酒場の専属の踊り子たちが店先で踊って小金を稼ぐ。

思わずそちらに足が進みそうになるが、ぐいっと袖を引かれる。

 

「むぅ・・・」

 

「あははっ、悪かった」

 

少女の腕を掴む力が強くなる。

苦笑いをし、残念に思いながら歩を進める。

歩き進めていくと食品を扱う店は減り、今度は宝石や民族小物を取り扱う露天商がずらりと並ぶ。人の数の多さはそう変わらないが最初の華やかで賑やかな通りと違って落ち着いた雰囲気だ。

アタランテは宝石や小物を見ても特に興味を引かれる様子もなかったが、一つの店の前で足を止めた。

 

「何か欲しいものでもあった?」

 

「ううん・・・」

 

否定するように首を振るが、瞳はそこを見続けている。腕を引いて無理やり気味に見に行かせた。

 

「いらっしゃい」

 

店主が愛想よく言う。地面に置かれた煌びやかな敷物の上に、硝子箱に入った宝石が並んでいる。本物の鉱石なのかはメラニオンには分からなかったが、他の店よりは細工が凝っており気品があるように感じた。

アタランテは商品をじっと見て観察してから、今度はメラニオンに目を向ける。それを何度も繰り返す。

一体どうしたのかと、メラニオンはたじろいでしまう。

 

「どうした?」

 

「メラニオンの瞳がある」

 

アタランテは宝石を指さした。

まっすぐ伸びた指先にあるのはルビーのチョーカーだ。確かにそれはメラニオンの不思議な色合いの赤い瞳に似ていた。小さな瞳の、輝きのある一品だ。他の宝石より一際美しく硝子箱の中で咲き誇っている。

 

「きれい・・・」

 

何度も、口の中で反芻する。

 

「なんだいお嬢ちゃん。それが気に入ったのかい?」

 

店主がにっこりと笑ってアタランテに話しかける。

 

「いい目をしてるなあ。これはな、ここらじゃ中々採れない大粒のルビーを加工したんだ。希少だから値は張るけど、気に入ったんならお父さんに頼んで見たらどうだい?」

 

チラリと店主がこちらに視線を向ける。

流石は商人というべきか、メラニオンの腰にかかる小袋の金に気がついているようだ。確かにいい値をするが、買えないほどではない。小袋の中から金を取り出そうとした時、アタランテが口を開いた。

 

「メラニオンは父親ではないぞ?」

 

「おっと、それは悪かった。ご兄妹だったか」

 

「兄でもない」

 

身体の体温が冷めていくのが感じられた。

———嗚呼、なんてことだ。

二人のやり取りの横でメラニオンは固まってしまった。

自分は本当の親でもない、お前は捨てられたと教えたのは自分だ。だから当然のことで。

———嗚呼、親代わりなんて

この十数年間で、それが当然のことだと思ってしまっていた。自分の尺度で、勝手に。

———とんだ思い違いだったのだ

メラニオンが羞恥の念に陥る中、店主がこちらに話しかけてくる。

 

「なあ、人様の趣味に口を出すわけじゃないけどよ、こんな小さな子相手はなあ」

 

ジッとこちらの出方を伺ってくる。

あらぬ誤解を抱かれているようだが、思考がうまく働かない。

 

「アンタ、この嬢ちゃんの何なんだ?」

 

———私は、この子にとっての何なんだろうか

これ以上は考えたくなくて、会話を拒むように金を硝子箱に叩きつけた。

 

「ちょっと、アンタ困るよ。商品が・・・」

 

「一つ買うよ。アタランテ、好きなものを選ぶといい。何でもいい」

 

怒っているような、悲しんでいるような、低い声音で言う。

アタランテは目を瞬かせる。

 

「好きなもの?」

 

「・・・そうだ・・・お金の心配はいらない・・・。何か選びなさい。自分の好きなものを、何でも」

 

押し付けたくはない。

だから選ばせよう。この子の人生は、この子の物なのだから。

アタランテは硝子箱を再度見て、やはりルビーのチョーカーを指差した。

 

「じゃあ、これがいい」

 

堅い表情のメラニオンに気圧されつつも、店主は笑顔で『毎度あり』と言ってチョーカーを手渡した。かなりいい値だったので、少女の心配よりも儲けの方が勝ったのだろう。

チョーカーを受け取るとメラニオンはアタランテの手を引きすぐその場を後にした。祭りは夜が更けるにつれ盛り上がりを増していく。人混みの中では、歪な二人もただの雑踏の一部だ。

人混みに慣れてないアタランテは視線を右往左往泳がせ歩くのが遅れる。途中で手が外れて、離れ離れになった。

 

メラニオン・・・!

 

騒がしさの中で、今にも消えそうな声が聞こえた。どれだけ人がいようと、たとえ姿さえ見えずとも、メラニオンがその声を聞き逃すことはない。

初めて名前を呼んでくれた時からずっと、その声色は耳に焼き付いている。慌てて元来た道を戻って傍まで駆け寄った。

 

「アタランテ・・・」

 

焦って息を乱しているメラニオンを、アタランテが不思議そうな顔で見る。その手には、チョーカーがしっかりと握りしめられている。

 

「メラニオン、これ、どうすればいいのだろう」

 

握りしめていたチョーカーを見せてきた。

 

「・・・つければいいよ」

 

「むっ、でも失くしてしまうかも」

 

メラニオンはため息を吐く。

 

「つけたいと思った時につければいいんだよ。・・・お前の、碧い瞳となら、本当は同じ色の方が似合うのかもしれないが・・・」

 

その言葉を否定するように、アタランテは首を振る。

 

「ううん! これが一番「好き」なんだ」

 

ずっと前から好きなんだと、手にしたチョーカーを首に付けながら言う。

 

「メラニオンの瞳と同じ色だ」

 

嬉しそうに言葉を紡ぐその様子に、メラニオンは一瞬息が止まる。

———お前は、どうして、そこで

この瞳を「好き」と言う。

私にとっては愚行の証。醜悪に成り下がった罪の証に過ぎないのに。

この赤い瞳を見るたびに、あの恐怖が、忌々しき巨人の姿が浮かんでしまうというのに。

だと言うのにこの人間は、どうして・・・

紡がれた言葉で、視界がぼやけてしまう。

それも、一瞬、たった一瞬に過ぎない。すぐに瞳は明瞭さを取り戻し、沸き上げかけた何かを打ち消す。

———違う。消えろ、消えろ。こんな感情を抱いてしまわぬように。

 

「貸しな・・・」

 

もたもたと、チョーカーを付け外ししているアタランテからチョーカーを取り上げ、代わりにつけてやる。

 

「メラニオン、ありがとう」

 

明るい声で。

 

「ありがとう」

 

重ねて言われる。ドロリと胸が焼け爛れた感触がした。

———これ以上はいけない。進めなくなってしまう。

ここで、この感情を受け入れてしまえば今までの全てが無駄になってしまう。はるか昔からの願いを捨てることはできない。

———それを抱く資格が無い。

今の自分は、どう足掻いても人間ではないのだから。

 

 

———赤い瞳が開いた。

赤い瞳には、すやすやと寝息を立てて眠る少女の姿が写っていた。少女の額に手を当てる。

 

「わからない。わからない」

 

何度も反芻する。

私はこの少女に、何を期待していたのか、何を欲していたのか。

まあ、もうどうでも良いか。

 

「・・・私は、お前の親代わりにはなれなかった」

 

この関係は偽物。

赤い瞳の青年には進むべき道があり、この少女にも少女なりの幸せがある。

だから終わりにしよう。

こんな関係など、最初から無かったのだ、と。

少女の額に手を当てながら、自身の額にも手を当てる。

無かったことにするには忘れることが手っ取り早い。だが、片方だけが忘れるだけではダメだ。それでは意味ない。互いに忘却する必要があるのだ。

青年は互いの額に「忘却の魔術」を刻み込む。

青年は魔術師ではないが、見よう見まねで扱うことはできる。

 

「さようなら哀れな子。・・・どうか、幸せに」

 

それが青年が少女にかける最期の言葉。

結局のところ、最期まで二人の想いが通じ合うことはなかった。

 

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