世界を救った聖剣の担い手さん   作:ラスキル

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Lapse of memory

———碧い瞳が開いた。

 

少女は、朝の光を浴びて起き上がる。

 

「████?」

 

████の名を呼んだ。

そうすれば、いつものように「おはよう」といって頭を撫でてくれる。けれども、待てど待てど現れない。

食事でも作っているのだろうか、と天幕を出て姿を探す。

居ない。

どこにも居なかった。

少女は山中を駆け回った。入り江、頂上、木の上、麓の村。その全てを駆け回っても、痕跡一つすら見つからない。

どこかへ出掛けたのか。それならば一言自分に残すはずだ。

何度も何度も名を叫んだ。

それでも答えてくれない。どこにも居ない。まるで最初から、存在しなかったかのように。

・・・いや、そもそも。

 

「わたしは誰を探しているのだろう」

 

そう口にして、思わず手を当てた。

違う、思い出せ。

 

『アタランテ』

 

頭を叩いて、必死に思い出す。あの瞳の色も、髪の色も、声も、笑みも、まだ覚えているのに。

 

「・・・どうして!」

 

名前だけが思い出せない。

嫌だ、嫌だと少女は喚いた。

少女にとって、『ソレ』は家族であり、身近な異性でもあり、理想でもあった。

 

「████!!」

 

もう一度叫んだ。

答えはない。

何がいけなかったのか、捨てられてしまったのか。考えても、考えても答えは出ず。

夜が来て、朝が来て、陽が落ちて、月が登って、何度も何度も繰り返して。

そうして名前も、顔も、声も何もかも忘れてしまった。

それでも、誰かが居た、育ててくれた、その証明を首に巻かれたチョーカーが果たしている。小さなルビーが、その記憶を押し留めていた。

 

「・・・つき」

 

あの月夜に一緒にいてくれると約束した。

けれども「ソレ」はホラを吹いたのだ。

 

「・・・嘘つき」

 

宝石を握りしめながら、少女は立ち上がる。

 

「嘘つき」

 

少女は孤独になった。

 

 

 

———赤い瞳が開いた。

 

荒れた海の音が響いている。

ここはトロイア。

神々の寵愛を受ける国。そして、神の怒りを買った国。

青年は、項垂れながら海の上に浮かび、神からの試練を待つ。

 

『随分とまあ、アルテミスの試練に手間取ったね』

 

その様子を一柱の神が面白おかしそうに眺めていた。

試練はこの神が与えたものではない。

 

『内容は知らないが、随分とやつれた。そんなにまで苦しいものだったのかい?』

 

青年は「さあ」と短く答えた。

試練はあったのだろう。しかし、何を為したのかまでは覚えがない。必要ないと、忘却したのだろう。

けれども、ぽっかりと胸に穴が空いてしまったように何かを失っている。それがなにかは分からない。

どうでもいいことではあるが。

 

『まあいいさ。ワタシは君を見届けるだけだからね。今回も身体を張って貰うよ。』

 

トロイアの国の人々は、神々———アポロンとポセイドン———に願い、城壁を築かせたのにもかかわらず、なにも支払わなかった。これによりトロイアはポセイドン神の怒りに触れた。そこで、送り込まれたのが青年———メラニオン———である。

 

『これじゃあペルセウスの再演に過ぎないがね。まったく、「ヘラクレス」という新たな英雄を売り出すのには些か味が薄い。いいかい、君の立ち回りにかかってるんだ。派手に・・・死なないぐらいに足掻くんだ。ここで、終わるにはいかないんだろう?』

 

メラニオンは、身体を変化させる。

何者でもない。何にもなれない、彼だからこその擬態能力である。

胴体は生々しい魚のようになり、頭部は犬のような怪物となった。怪物はグルグルと喉を鳴らし、崖上を見上げた。そこには哀れな生贄である、王女が縛り付けられている。

怪物は海上から飛び上がり、生贄の前に躍り出た。

今にも噛みちぎってやろうと、襲いかかった瞬間。

 

———それは現れた。

 

その体躯からして人の域を超えており、神が彫り上げた彫像とでもいうべき外観だ。筋骨隆々とした伊丈夫ではあるが、その筋肉繊維の一つ一つに、神気ともいうべきものが満たされているようだ。

怪物は確信する。これが、ヘラクレス。偉大なる大英雄になる男。

自然と後ずさってしまう。

嗚呼、勝てない。

この男に牙を剥けば殺されるのは自分であり、この男が何をしようと、その行いはきっと正しいことなので受け入れるしかない。

それでも、と。

怪物は唸り声を開け、英雄と対峙することを選ぶ。

 

———私には為すべきことがある。

 

ヘラクレスは剣を構え、怪物に挑む。

・・・結果は言うまでもない。

 

 




次回はアルゴー船の冒険。

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