もう少しだけ長生きさせる予定。
今までのお話を少し混ぜながら書いていくつもりです。
捻くれるちょっと前のお話。
取り替え子
昔々、人が神様に支配されていた頃。人間達の言語がまだ一つだったずーっと昔のこと。
ある小さな村に不思議なことが起きた。この頃、妖精達が騒がしく村人は悪戯でもされるのかと思い、家に引きこもっていた。この時代、まだ神秘が濃かったせいか、人間達よりも強大な存在が至る所に闊歩していたのだ。
「あなた・・・こっちに来て」
プリアは夫であるヤーに呼びかけた。
ヤーは警戒気味に家から出てくる。
「何だ?」
「赤ちゃんよ」
プリアは夫に背を向けたまま答えたのち、ゆっくりと体を回し、両腕に抱いた赤ちゃんを見せた。
驚いたことに、プリアとヤーの家の前に赤ちゃんが置かれていたのだ。
捨て子、ではない。
ヤーは恐怖の声を上げた。
「チェンジリングだ! 取り替え子に違いない・・・」
チェンジリングとは、妖精による子供の取り替えのことである。人間の子供が何かの間違いで妖精の国へ連れ去られ、親の元へは妖精の子が置かれる・・・そういう場合もあれば、単に妖精が興味本位で連れ去ることもある。
取り替えられた子供は、普通であれば人間の世界に戻って来ることはない。もし、戻ってきたなら、普通の人間ではない。何か特殊な力を持った異常者なのである。
「でも、あどけない人間の赤ちゃんよ」
プリアは動じることもなく、言葉を返した。母性愛に似た感情が込み上げてくる。チェンジリングには違いない。どんな力を持っているのかは分からないが、今はまだ、可愛い赤ちゃんなのだ。
「すぐに大きくなる。そいつが普通の人間に育つわけないだろう。いずれ私たちに牙を剥く、もしかしたら喰われるかもしれない!」
ヤーは言い張った。
「まあ!そんなのあんまりよ。本気で言ってるの?」
「いいかい、プリア、そいつは危険なんだ! 早いとこ、始末しなければならない」
ヤーは、頑固に繰り返す。
プリアは、赤ちゃんの澄んだ瞑らな瞳を覗き込んだ。危ないどころか、無邪気で、とても愛らしい。
「・・・ごめんなさいね、赤ちゃん」
プリアは優しく声をかけた。それから夫に赤ん坊を突き出すと、ヤーは両手でぎこちなく受け取った。
「分かったわ。あなた、自分で始末して」
プリアは軽い調子で言い添えた。
「え!?」
ヤーは不意を突かれてたじろいだ。あやうく、赤ん坊を落としそうになった。プリアは、そっけなく夫に背中をむけ家の中に入っていく。ヤーは何とか動揺を抑えると、キッパリとした口調で告げた。
「いいとも、任せなさい」
辺りを見れば、騒ぎを聞きつけた他の村人が見守っている。ヤーは赤ん坊を高く上げ、地面に叩きつけようとした。勢いよく叩きつければ即死するに違いない。
「早くすれば。急がないと、殺されちゃうわよ」
プリアが後ろで揶揄う。
ヤーは何やらモゴついた。皆に注目されているのを意識したせいか、急に落ち着かない気分になった。赤ん坊までもが、あどけない表情で自分をジッと見つめている。その空いた口からはだらっと涎が垂れてきた。
無理だ。小さな命を、自分の手にかけて殺すことなど、ヤーにはできない。
「ほら・・・」
ヤーは躊躇いがちにいうと、赤ちゃんをプリアの手に戻して、家の扉を閉めた。
「だいじょうぶよ、あなた。この子は普通の人間のように育てるから」
プリアは夫の背中に声をかけた。
ヤーは不安げにうなづき、プリアが抱く赤ちゃんを覗き込む。
「・・・よく見れば、まだ歯が揃ってすらないのか」
「本当ね。まだ小さくて、愛おしい子」
「私たちで、育てるのか」
プリアは微笑むと、
「ええ。大丈夫よ、ヤー。見てよ、こんなに可愛い顔してるじゃない。私たちを襲うと思う?」
◇
「グルルルルゥーッ!!」
怪物の大きな唸り声が響くと、子供達は怯えて散り散りになって逃げ出す。子供達が目指すのは森の奥だ。
怪物が一歩進むごとに、地面が揺れ、大きな足で荒っぽく木を押し倒し、枝をへし折る。
子供達は一目散に逃げ出す。森の中を駆け回り、懸命に走っていく。ところが、一人の少女が途中で躓き、転んでしまった。ヤーとプリアの娘、スーリャだ。
怪物が、すぐ後ろまで迫ってきている。スーリャは慌てて起き上がると、怪物から逃げようとして、近くの高い木によじ登った。
けれど、木などなんの役にも立たなかった。怪物の背丈は十メートル近くもあった。スーリャを捕まえるには、首を伸ばすだけで十分だった。
スーリャはやけになって木から飛び降りた。
が、怪物はスーリャの体を、空中でパクッと口に入れた。たちまちスーリャは大きな口の中に消えた。はみ出しているのは少女らしい足だけだ。懸命にバタバタ動かしている。
怪物は目を細めると、その足をズルズルと吸い込んだ。それから、隠れていた子供達の元に歩き、歯を剥き出して唸って見せると、子供達は怖がって身をすくめた。
と、不意に、怪物の口の中から、キャーキャーと喚き声が聞こえる。
「だして! 早くだしなさいってば! 暗いじゃないの!」
スーリャがしきりに叫んでいる。
怪物は、ごろごろと口の中でスーリャを舌で転がしたかと思うと、
「ブファーッ!」
と、いきなり声を出し、小さな少女を地面に吐き出した。
「ウゲーッ! ベッ、ペッ・・・喉に手を突っ込んだな!」
怪物は顔を歪めて文句を言った。
スーリャは、パッと立ち上がった。怪物の涎でぐっしょりと湿った服が、ぐしゃぐしゃになっている。
「すっごい、おもしろかったわ!」
スーリャは興奮気味に叫んだ。からだが涎まみれになるのは、ごめんだけれど、怪物ごっこはとても楽しい。
もちろん、この怪物は本物の怪物ではなく、プリオとヤーが自分の子供のように育て始めた赤ちゃんが、十数年たって、成長した姿なのだ。「アラン」と名付けられ、これまでずっと彼ら夫婦から家族同然に愛されてきた。
アランは、姿形を自由に変えることができる魔術を生まれながらに使えた。アランは、その力を悪用することなく、子供達との遊びや村の手伝いに使った。今だって、怪物ごっこというスーリャが発案した遊びを楽しんでいる。
「こいつをやっつけろ!」
いきなり、スーリャが喚き、アランの背にジャンプした。
他の子供達も、アランの背中や、大きな足や、太い尻尾にしがみつくと、じゃれたり、くすぐったりし始めた。
「わーお。助けてくれ! 子供達の逆襲だ!」
アランはくすくす笑いながら叫んだ。
子供達のくすぐり作戦はしつこく続けられた。アランはお腹がよじれるほど笑い転げ、悶え、のたうちまわる。もうだめ! 腹の皮が痛くなってきた。
「助けてえ! 三対一は卑怯でしょう? よしてよ、弱いものいじめはみっともないぞ!」
すると、突然、アランの体がするすると縮み、元の人間の姿になって崩れ落ちた。地面に仰向けで倒れ込むと、口から舌を出し、間抜け顔でだらんとぶら下げた。
子供達は信じられない、と言った顔つきになった。
スーリャはアランに近づき、心配そうに覗き込む。
「アラン・・・? 死んだふりでしょ?」
「・・・嘘さ!」
アランはにんまりして、パッと目を開けた。
子供達は楽しそうに、甲高い笑い声を上げると、アランの周りで飛んだり跳ねたりしてはしゃいだ。
それが、世界が終わる前の日常の一幕。
楽しかったあの頃のお話。
プリアとヤー:心優しき夫婦。アランを実の子のように育てる。
スーリャ:プリアとヤーの子。アランの妹。活発で、明るく、元気な子。村一番の美人・・・になる予定。
アラン:チェンジリングで妖精に攫われた子?突如、プリアとヤーの家に置かれていた。体を組み替える魔術を使える。名前は覚えなくて結構、どうせコロコロ変わる。
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