「さあ、みんな、おふざけはおしまい。ほら、アランも起きなさい」
森の木陰から声が響いた。
声の主は、花束を手にしたプリアだった。アランが成長し、青年になった今も、依然変わらず魅力的だ。
「みんな忘れたの? 今日は求愛の儀がある日よ。熱烈なキスシーン・・・見逃したくないでしょう?」
“求愛の儀”は、若い男女が、愛する夫や妻を選ぶ儀式だ。家庭を作り、子供を育て、この村で一族を繁栄させるためには欠かせない行事だった。
「いやよ、ママったら! キスなんて、つまんない」
スーリャは不服そうに口を尖らせた。幼いスーリャは、求愛の儀にちっとも興味がなかった。
「平気さ、プリア。ここでキスシーンを実践するから。んーまっ、んーまっ」
アランはふざけて、スーリャと他の子供達をまとめて抱え込むと、体を大きな狼に変え、唾だらけの口で音を立ててキスをした。スーリャにも評判が悪い、大量の唾だ。
子供たちはキャッキャッと笑いながら、森の中へ逃げ出した。スーリャもくすくす笑いながら母の背に隠れる。
「アラン、あの子達に嫌われちゃったみたいね」
プリアはアランを揶揄ったのち、優しく微笑みかけた。
「ううっ! 憎たらしい悪ガキ達めっ! 子供は嫌いさ、もう、うるさくって」
アランは真顔を装い、唸ってみせた。
「ふふっ、ちょうどいい時間だからジニーの様子を見てらっしゃい」
プリアはスーリャを抱いてスタスタ歩きながら、後ろのアランに声をかけた。
「ジニーは新しいセリフを練習中よ。決め手になる殺し文句が生まれるのを期待しましょう」
◇
アランはジニーの姿を探しに行き、なだらかな砂浜にいるところを見つけた。ジニーは、アランと歳の近い青年だ。求愛の儀に参加できる年頃を迎えている。アランは、砂浜を見渡す森の外れに立ち止まると、ソワソワと歩き回っている親友をしばし観察した。
ジニーはお調子者だし、髪の毛がボサボサで少し見てくれが悪いせいか、損な役回りをすることが多い。でも、根は照れ屋で、純情で、憎めないやつなのだ。親友のアランには、うわべだけではつかめないジニーの本当の姿がよくわかっている。
ジニーは、好きな女の子を想像しながら、予行練習をしている最中だ。
「なあ、かわい子ちゃん」
ジニーは姿のない女の子を相手に、やっとの事で捻り出した口説き文句をおさらいしてみた。
「ぼくのお嫁さんになってくれたら、君のお婿さんになってあげる」
そこで足を止めると、自分のセリフについて考えてみた。
「女の子のハートを撃ち抜く殺し文句だ。くぅ〜! 痺れちまう」
深く息を吸うと、続きのセリフを口にする。
「お嬢さんがた、ぼくは、誰よりも女の子に親切な若者さ。ユーモアだってあるし、性格もバッチリ。どうかな? 楽しくおしゃべりなんて」
ジニーは自分のセリフに酔い、有頂天になって踊り出した。
「よし、決まった!」
「うへぇー。冗談でしょう? 熱でもあるんじゃないの? 悪い病気にでもかかったみたい」
アランは森を出ると、砂浜にいるジニーの方へ歩きながら話しかけた。ジニーは狼の姿のアランに一瞬、ギョッとしたが、アランだと分かるとバツの悪そうな表情を浮かべた。
「だってさ、一生に一度の大切な儀式だもん・・・」
ぼそぼそと呟くと、アランの背に飛び乗った。
アランはくすくす笑いながら言葉をついだ。
「すっかり色気づいちゃって。さあ、行こう。ヤーの勇気づけの話を聞いておきなよ。きっと、タメになるさ。元気もりもり、勇気百倍だ」
「あー、ワクワクするね・・・カビの生えたアドバイスが楽しみだ」
「あら、馬鹿にしちゃあいけないぞ」
アランはジニーを背中に乗せたまま、話しながら森へと引き返し始めた。
「若い頃はモテたらしいよ。女の子たちから、引っ張りだこだったって自慢してた」
「あのヤーが?」
「そうさ!」
「まさか! それこそ冗談だろ」
アランとジニーは、“儀式の木”を目指して進んでいく。求愛の儀は、島の中心地の巨木の上で繰り広げられるのだ。
村は小さな孤島に存在しており、その中心に立派に立つ、力強くどっしりと大地に根を張った儀式の木は、昼下がりの暖かな日差しを浴びて、キラキラといつも以上に光り輝いているようだった。
「なあ、アラン? キミも参加したらどうだい? ボクさ、キミがいてくれたら、きっと・・・」
ジニー:お調子者の若者。アランの親友。今夜開催される求愛の儀に参加予定。
次回:求愛の儀。
そのひ、日常が終わりを告げる。
感想とかあったらすごい嬉しい。今後の内容に役立ちます。