森の奥では、村のおさであるヤーが儀式に参加する若者達を集めて講義を始めるところだった。異性に関する深い知識を若者に披露し、求愛の儀にそなえた心構えをさせるには、うってつけの機会だ。恋の秘訣や駆け引きを手解きするには、なんといっても長年の経験がものをいう。
ヤーがコホン、と咳を漏らし、それから、おもむろに切り出した。
「みんな、よく聞きなさい。経験豊かなこの儂が、達人の知恵を授けてやろう。ははっ」
同じころ、少し離れた儀式の木の下では、プリアが年頃の娘達を集めて運命の瞬間に向けて準備をさせていた。手にした花束から一本ずつ花を抜いて女の子達に配ると、全員を見渡しながら強調した。
「みんなに成功の秘訣を教えるわ。男の子達の宙返りにうっとりしても、慌てて追いかけたりしてはダメなの。肝心なのは、最初は気のないふりをして、焦らすことよ」
娘達はくすくす笑った。
求愛を受ける側の心構えを要領よく説明すると、プリアは締めくくりの言葉を口にした。
「きっと、生涯忘れられない素敵な一日になるわ。どうか、いい思い出を作るのよ」
一方、森の奥では、ヤーの講義が山場にさしかかっていた。
「宙返りで失敗したら・・・そん時はそん時だ」
少年たちは大きくうなづいた。
ヤーは少年たちの緊張を解きほぐすように言い添えた。
「失敗しても・・・気にすることはない。女どもは覚えちゃいない」
今度はアランの出番だ。美しく、綺麗な毛並みをした巨大な狼に姿をかえ、ジニーを背にしてドラマティックに登場すると、この島で一番恐ろしい着物———女の子のもとへ、少年たちを案内する態勢を整える。
「さあ、みんな乗って。女の子達が待ってる。遅れちゃまずい。いいとこ見せるんだろ?」
ヤーは立ち上がると、少年達を鼓舞する。
「さあ行ってこい! 胸張って! 顔あげて!」
そしてアランの方へ顔を向けると、
「アラン、頼むぞ! 自慢の我が子よ!」
それだけ言って、少年達を送り出した。
「任せてよ。ヤーとわたしが付いてればバッチリさ」
アランは、少年達を背中に乗せて見せびらかしながら、儀式の木まで行進していった。女の子達の前まで来ると、高らかに宣言する。
「やあやあ、お嬢さんがた、お待たせしたね! 色男がよりどりみどり!」
もじもじしたり、ぎこちなく笑ったりしている女の子のグループを前に、少年達は自分を売り込み始める。
ジニーも真っ先に自分をひけらかそうとして、アランの背中で威勢よくジャンプした。
「ねえ、みんな、見てよ! ぼくの得意技見せてあげる!———ぅわぁぁッと!」
大声を上げると、アランの背中で激しく飛び跳ね、その挙句に足を滑らせて落っこちそうになった。
「もう、ジニーったら。うふふっ」
儀式の場から少し離れたところでは、ヤーとプリアが若者達の恋の成り行きを面白そうに眺めていた。スーリャも家族の側でその様子を見ている。
少年達が儀式の木によじ登ると、枝から垂れ下がる何本ものツルにそれぞれぶら下がる。それから、ツルを前後にゆすったり、宙返りをしたり、勇ましく喚いたり、大声で口説き文句を叫んだりして、しきりに女の子の気を引こうとする。
一方、女の子達はプリアの指示に従ってそっけなく気のないふりをした。守備よく女の子の心を射止めたければ、少年達は、目一杯頑張らなければならないだろう。
ジニーは、いいところを見せようと焦っていた。あらかじめ頭の中で練り上げたシナリオでは、まず、颯爽と宙にジャンプして、片手でカッコよくツルを掴み、もう片方の手を振って女の子達に自分をアピールすることになってた。
ところが、のっけからヘマをしてしまったのだ。宙に飛び上がったもののツルを掴み損ねて低木の茂みに転げ落ち、捩れた枝に絡まってしまった。
「わわっ! 失敗だ! ちくしょう!」
ジニーは罵り、枝から必死に抜け出そうとした。
幸い、すぐ近くにいたアランが救いの手を差し伸べた。
「ジニー、急げ! 出遅れちゃうぞ!」
「なんの、主役は遅れるもんさ!———うっひょーう!!」
アランは絡まった枝を咥えると、儀式の木の方向めがけて、ジニーの体を吹っ飛ばした。ジニーは宙を舞ったすえに、ツルを掴んだものの、大きく揺れるツルにメチャクチャに振り回されて落ちそうになりながら、なんとか女の子達にウインクしてみせた。
アランは呆れて首を振り、天を仰いだ。他の少年達は、根気よく自分をアピールし続けた。そしてついに、女の子達も気のないふりができなくなった。花を加えて、ツルからツルへと飛び移りながら自分とピッタリ気の合う少年を選び始めた。
古くからのしきたりに従い女の子達は、それぞれ自分が選んだ少年に花をプレゼントした。こうして第一ステップが終わると、いよいよ本格的な求愛の儀が始まった。
そして、またもやジニーはツルに絡まって動きが取れなくなり、結局は求愛の儀からはじき出されてしまった。緑の木々の間に消えていくカップル達を、虚しく指を咥えて見送るしかなかった。
「可哀想に。またジニーが一人だけ残ってしまった」
「・・・いいえ、二人よ」
アランの胸の内は複雑だった。一方では、幸せなカップルの誕生を自分のことのように喜び、もう一方では、羨ましさと切なさが込み上げてきて、胸が締め付けられそうだった。
ふと、アランは一人ぼっちのまま項垂れているジニーに気がついた。ジニーは、パートナー探しを諦めてツルから降りてきたところだった。
「心配するなよ、ジニー。また、来年があるさ」
アランは親友を慰めた。
「いいんだ、一人の方が気楽だもん。大きな家が欲しいとか、女はわがままだし」
ジニーは頑張って微笑もうとしたが、強がりを通すのは無理だった。笑顔は引き攣り、泣きっ面に近くなった。そのままとぼとぼと歩き出すと、深い森の中へ入っていった。アランは、親友の後ろ姿が消えるまでずっと、その背を見送った。
プリアが、そっと傍にやってきた。
「可哀想なジニー、まだ春は来ないのかしら? 嬉しいはずの求愛の儀も、カップルになれなかったあの子には、辛すぎるかもしれないわね」
プリアは力なく呟いた。
「すぐに立ち直るよ。ああ見えても、ジニーはわたしよりも芯が強いんだ」
アランは答えた。プリアは、大きくなった我が子に労わるような眼差しを向けた。
「アラン、貴方も儀式に参加してもいいのよ? きっといい子と出会えるはずなんだけど・・・」
アランは微笑む。
「いいの、プリア。わたしは・・・ほら、他の人とは違うし」
他の人間とは違う力。アランは自分の姿をしっかりと持てなかった。誰かの姿を借りないと生きていけない。誰でもない、誰にもなれない妖精の攫い子。
そうして、この数十年生きる中で実感した。自分は異常なのだと。
狼の姿のままアランは儀式の木を見上げる。その上では、カップル達が沈む夕陽をうっとりと見つめていた。
「それに、わたしは今のままで幸せさ。これ以上望むなんて、贅沢すぎる」
アランとプリアは儀式の木の向こう側に広がる、波穏やかな海面を見渡していた。鮮やかな夕陽が沈み、はるか先の水平線は赤から暗い夜空へと変わっていく。絵のような光景をうっとりと眺めているうちに、どちらからともなく、自然に大きなため息を漏らした。
間も無く、この美しい景色は破壊される運命にあった。その瞬間は、刻一刻と近づいていた。
しかし、若いカップル達が誕生した夕べが、平和な島の風景の見納めになるとは、まだ、誰にもわかるはずなかった・・・。
———それは、満月の夜と共に落ちて来た。
宇宙から落ちてきたセファールはどのような被害をもたらしたのか。きっと、恐竜が絶滅した原因とされる巨大隕石ぐらいの被害が出たのかも。それは大袈裟すぎでしょうが、島一つ程度が沈むぐらいの被害は出たのでしょう。
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