魔王を倒したらパーティメンバーに殺されるようになった ~死な安だからそれでもOK?~ 作:あとらすR
パーティーメンバー三人から逃げる。魔王を倒す旅で慣れたとはいえ、森の中は木の根や凹凸があちこちにあって走りにくい。しかしほとぼりが冷めるまで逃げないと勇者ジョークが滑ったせいで殺されかねないからね。蘇るとはいえやっぱり痛いんだ。
そうして森の中を奥へと進むとやがて大きな足跡を見つけた。俺の掌がすっぽりと収まってなお余りある大きさのその足跡はギルドから討伐依頼が出されていたオーガのもので間違いないだろう。
魔王は俺達が倒した。しかしそれで世界が平和になってはい終わりというわけにはいかなかった。魔族領に撤退できる魔物たちは組織的に撤退して依然戦力を残しているし、そうでなかった魔物たちはこうして森の中に逃げるなどしてゲリラ戦を仕掛けてくるようになった。彼らはまだ諦めていない。いずれ魔王が復活し、再び彼らの時代が来ることを。
さてどうするか。三人を待ってもいいが、その間に何かが起こらないとも限らない、とそう考えたところで甲高い悲鳴が響いた。
女性の悲鳴、恐らくうら若き乙女の悲鳴だ。地元の住人ならこの地に立ち入らないとは思うが、この森の奥地には貴重な薬草の自生地がある。危険を冒してでも、と考える可能性はゼロではないだろう。
全力の身体強化を掛けて地面を蹴りだす。一足で世界が変わり、森の木々が視界の端を流れていく。
「いってええ!」
ついでに蹴りだした足も折れた。しかしあとで何とかしてもらえばいい!
加速した世界の中で、数秒と立たずその光景は目に入った。うずくまる女性にオーガがその棍棒を今にも振り下ろさんとしている。
タイミングよく木を蹴り軌道修正、折れた足はもはや砕けたがこれでオーガへの直撃コースだ。
「まああてえええ!」
一瞬でも気を引くために叫び声を上げた。オーガの注意が逸れてこちらを向いたことで今にも振り下ろされようとしていた棍棒が止まる。
急速に迫りくるオーガの顔面。鋭い牙と横に広がった強面なそれが視界いっぱいに広がった。
「あ、待ってこれキス」
ズドンと顔面と顔面がぶつかり、そのままオーガとともに吹き飛んでいく。生臭いにもほどがあるオーガと盛大に口づけを交わしたまま。
地面に長い長い抉れを残しながら止まった俺はオーガが態勢を立て直すより早く背中の聖剣を抜き放ち、その喉元に突き立てる。
「ファーストキス返せやこらー!」
鈍い音が響く。それは聖剣がオーガを刺し貫いた音……ではなく、聖剣がその中ほどから真っ二つにへし折れた音だった。オーガがぽかんと目を見開く。俺も開いた口が塞がらない。
一瞬の静寂、そして吹き飛んだ剣先が意志を持っているかのように宙を舞い始めた。
『いったー! おまえもう少し丁寧に扱えんのんか!』
年老いた男のようなしわがれた声ががなり立てる。この聖剣は
今まさに枯れ枝のようにぽっきりと折れたが。
「そっちこそ聖剣のくせにこんなあっさり折れるなよ! そこらへんの木の棒でももっと頑丈だぞ」
『何を言う! お前の扱いが悪いんじゃよ!』
「繊細な扱いを求めるほど脆くなっちゃってまあ! その御大層な名前をいっそカリとでも改名したらどうだ!」
『エクスカリバーじゃ! 言葉の意味は分からんが絶対悪口じゃろうそれ!」
「グルルルル……」
『「あ……」』
俺が今まさに下敷きにしているオーガが怒りをむき出しにして唸る。棍棒は吹き飛んだ際にどこかへ落としたようだが、その丸太のような腕は血管が浮き上がり、拳は怒りに震えている。
俺は静かに、無事な片足で飛び退った。
「えーと、許してもらえたりは……しない? いやほらこの聖剣あげますから、ね? こんなにも金ぴかできれいな剣、他にありませんよ?」
『いやあ、この勇者の命で許してもらえんかのう。ほら、これでもおぬし等の親玉の仇じゃし。わしみたいな折れた剣そこらへんで拾えるのと大差ないからの」
「グオオオオオオ!」
「『ダメかあ』」
怒り心頭と言った様子のオーガに言葉は通じていないようだ。交渉は一瞬で決裂した。
さて、勢いのままに飛び出したはいいものの三人が来るまでは時間を稼がなければどうしようも。
そこまで考えた俺の視界をオーガの拳が埋め尽くす。殴られた、と思った瞬間には俺は意識を失っていた。
目が覚める。意識が飛んでいたのはどれくらいだろうか。まだ頭がぼんやりとしている。右の視界が赤い。頭から血が出たか。
体を起こそうとして、全身に激痛が走る。うるさいくらいに危険信号を伝えるそれを無視して何とか立ち上がった。
これは多分、全身の骨が粉々になっているだろう。寸でで聖剣を差し込んで防御していなければ、きっとそのまま死んでいた。
聖剣は根元から砕け散ってかけらが辺りに散らばっている。この戦闘ではもう使い物にならないだろう。
(どうすっかな……)
のろのろと視線を上げた先には、俺を追いかけてきたのだろうオーガがあと数歩で俺を血祭りにあげるだろう距離にいる。
そして視界の端では先ほどの女性が涙を流してこちらを見ていた。目を見開いて、俺の無惨な有様に驚きを隠せないようだ。
(戻されちまったか……)
これでは女性から距離を取った甲斐もない。まったく情けない限りだ。
「どうして……」
小さく声が聞こえた。女性が漏らした、か細い声。
どうして俺はこんなに弱いのか。魔王がいなくなり、勇者の資格も失ったから。
どうしてまだ戦うのか。戦いは終わっていないから。
「死んでも、守りたいんだ」
人の命を助けたいって人間が、この身の命の一つくらい賭けられずしてなんとするんだ。
柄しか残っていない聖剣を腰だめに低く構えてオーガを見据える。
オーガの拳が届く距離まであと二歩。
一歩。
零。
その瞬間足を踏み出す。いや、力の入らないそれはよろけたといった方が正しいかもしれない。
オーガの拳が迫りくるのを死に際の集中力でスローモーションのように見ながら、悟る。
俺の剣は届かないし、オーガの拳のほうが速い。致命傷だ。
それでも。
三人はちゃんと間に合ってくれた。
「《
「
今にも俺を葬り去ろうとしていたオーガの腕は二の腕で断ち切られ、その屈強な肉体は吹き付けた颶風によって千々に切り裂かれる。
「よいしょお!」
そして気の抜ける可愛らしい掛け声とともに振りぬかれたメイスが、オーガの頭を血霞へと変えた。
うーん、皆俺より強いなあ。
頭を失ったオーガの体はくずおれ、重い音を立てて地面へ倒れこむ。討伐完了だ。
「はは、まったく自慢の仲間だよ」
朦朧とする視界の中、オーガが動かないことを確認するや否や俺に三人が駆け寄ってくる。どんな顔をしているのかぼやけて全然わからないけれども。
「心配かけてごめんなあ」
「はーいちょっとちくっとしますね」
ん? どうしてメイスで俺をホームランしようとしてらっしゃ。
「えぶしゃ!」
「はっ!」
悪い夢を見ていたような気がして飛び起きる。見覚えのある天井、オーガ討伐の際に拠点と決めた村の宿屋の天井だ。
『よう相棒、遅かったな』
エクスカリバーの声が響く。辺りを見回せば、ベッドの傍にエクスカリバーが立てかけられていた。鞘から抜いて状態を確認してみれば、曇り一つない美しい刀身が露わになる。
自己修復は無事に終わっていたらしい。
『お三方のお出迎えだぜ』
ノックもなしにドアが開かれ、三人が部屋に入ってくる。
「三人とも、おはよう。無茶してご『かちゃ、かちゃかちゃ』ん?」
なんということでしょう。アカリの姿が一瞬ぶれたかと思うと、俺は首輪でベッドに繋がれ、両手は手錠で拘束されているではありませんか。
「レイさん、いつもいつもいつも無茶するあなたを見て私たちが何を思うかお分かりですか?」
アメリアはいつも通りの可愛らしい笑みを浮かべている。ただそこからすさまじい圧を感じるのは気のせいだろうか。逃げたい。今すぐここから脱兎のごとく逃げ出してしまいたい。
しかし俺は知っている。こういうときに逃げる素振りを見せると女性というものは油を注がれた火のごとく怒りの炎を燃え滾らせるのだと。
だから誠心誠意、正面から謝る一手に尽きる。
「そうだな……いつも失敗して後始末させやがって? 本当にごめん」
「その脳みそもう一回叩けば治りますかこのあんぽんたん」
早口の罵倒が心に刺さる。そして物理的にもメイスの先端が胸に軽く突き当てられている。痛い。
「レイ、君はいつもバカだ。どうしようもないほどのバカで昼行燈で向こう見ずで人の心も知らないで前しか見てないバカだ」
「そんなにバカって言わなくても」
「いいや言うね。いつまで経ってもダメなところを直さない人間を表すのにこれ以上の言葉はないだろう?」
「……確かに」
ぐうの音も出ないほど簡潔な定義を示されては反論のしようもない。彼女のじっとりとした目が心に刺さる。ついでに杖の先から微弱な電流が手に放たれていて痛い。
「……だから私たち、またこうするの」
ごとり、と足に鉄球付きの足枷が付けられた。今の俺はさながら牢に捕らえられた罪人のような有様だろう。
「……レイが私たちのことちゃんと見てくれるまで何度でも何度でも」
「好きにさせてもらうよ。レイだって好きなように無茶をするんだから、僕達にもそれくらいいいだろう?」
「大丈夫です。あなたはもう何もしなくてもいいんです。私たちにすべて任せてください」
部屋の空気がやけに粘っこく重みを纏ったかのような錯覚。これも彼女たちの気持ちの為せる業だろうか。
そんな空気を軽く砕くようにこんこんとドアがノックされる。どうぞと入室を促せば、部屋に入ってきたのはあの時助けた女の子だった。
「あ、あの、これ私が作ったポーションです。少しでも勇者様の御力に慣れればと思って……」
そういって彼女はベッドの横のテーブルにいくつか青色の液体が詰められたガラス瓶を置く。
「それで、その……」
恥ずかし気に顔を隠す少女。その頬は桃色に染まっており、恥じらうように目を泳がせている。
ほほう、これは……。
「命を助けてくださり、ありがとうございました!」
綺麗な礼を決めて部屋を飛び出した少女に声をかける暇もない。三人にも見送られた少女は見事にこの部屋に満ちた空気をものともせずに打ち破っていった。いやあ、すごいな。
「また一人、俺のファンを作っちゃったなあ」
後頭部を掻こうとして、手錠に阻まれる。人を助けて感謝されて、しかもああまで初々しい反応を見せられてはそれだけで助けた甲斐があったというものだ。
あっぱれあっぱれ!
で済めばよかったんだけどなあ……。
ギギギ、と油の切れたブリキ人形のようなぎこちなさで三人の首がこちらに回る。その瞳には光がなく、口元は感情が死んでしまったかのように結ばれている。
これは感情が限界を超えてしまって逆に冷静になったというやつかな、なんてどうでもいいことを考えて。
されど現実は変わらない。
「また他の女性をたらしこんでますね」
「へえ、そんな余裕があるんだ? この期に及んで?」
「……私たちの事しか見えなくなるくらいその身に、心に刻んであげるの」
「……オテヤワラカニー」
魔王を倒しても、平穏な日々はまだ遠いようです。
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