気付いたら邪教の教祖でした。辞めたい。 作:雷来でんぐり返し
仄暗い明かりが怪しく光る。広い部屋にはいくつもの長椅子が設置されていた。正面の壁には覆うような大きなステンドガラスが見え、それは翼の生えた人型のナニカが模されていた。
ぱっと見の外観、それから内装は教会そのものである。昼時であるというのに一切の光が差し込まないそこは一層不気味に見えて仕方なかった。
そしてそんな内部の様子をさらに不気味なものへと昇華させるのが教徒達であった。揃って紫色のフードを深く被って椅子に並んで腰掛けていた。それが誰も動かずに座り続けているのだから並ぶ全てが人形と言われても違和感は持てないだろう。
壁掛けのランタンの光だけが不気味に揺れては影を動かす。そんな心霊愛好家も真っ青になるような光景がただひたすらに続く中、音が響き出した。
カツカツとなる音は教徒達が見つめる正面やや右の扉からだった。まだ開かれない扉の奥から足音だけが微かに、だけれどもだんだんと大きく音を響かせていた。
誰かが現れようとしているのだ。そしてそれは教徒達、彼ら彼女らにとって待望の人物であった。
規則的に鳴り続けていた音は唐突に消え、それから少しの間をもって扉が開いた。木製のその扉は木の軋む音を伴ってゆっくりと開いた。
そしてその開いた扉から現れた人物もまた、目の前の不気味な光景を加速させた。
まず目につくのはその顔だろう。いや顔と呼べるものはそこには無かった、何故ならそこに見えるのは確実な人工物、仮面であった。
波紋のように揺れる紋様が刻まれたその仮面の左目の部分には縦に伸びる楕円状の穴が開けられていた。しかし不思議とその穴の奥は見えなかった。深淵を思わせる闇で塞がっているかの様だった。
確認できないのはその顔の輪郭だけでは無かった。体全体が赤黒いローブで覆われていた。大きすぎるそのローブはどこからが脚なのか、腕と肩の境目はどこであるのか、一切を隠していた。顔も身体も隠したその姿は最早人であるかも分からなかった。
だがそんな事を気にする者はその場には一人もいなかった。むしろ、その人物を待ちかねていたかの様に全員の顔が向けられる。教徒達の顔は皆深いフードで覆われている。しかし彼らの隠された目線の先は確実に仮面の人物に注がれていた。
それらの視線に応える様子もなく、仮面の人物は教会内部の講壇へと歩を進めた。その教会ではステンドガラスの少し下、床より僅かに浮いた位置に設置された講壇は間違いなくその場で一番の注目を集める場所と言っても過言では無いだろう。
そしてその場所まで足を進めたその人物は講壇上に立つと首をゆっくりと左右に揺らした。今いる教徒達の数を確認しているのであろうか。だがその見渡した先にはいくつもの紫の顔が並ぶだけであった。
それから少しして、ようやくその仮面の奥から声が響いた。
「やあやあ皆さん。本日はどうも沢山のご足労有難うございます。」
聞こえた声は予想外であった。いや、予想外というよりは不恰好。厳格な声でも嗄れた老人の声でも無く、正に若い青少年の様な声であった。
「さて、本日は神官を代表して私から教徒である皆さんに我らが主神の教えを説く日でしたね。」
だがその声に特徴は無かった。明るく談笑をするかのように話すその抑揚には一聞爽やかな姿を幻視するかもしれないが、それは間違いなく幻視でしかない。その声には姿同様に輪郭が無かった。
霧か霞か、掴めないどころか忽ち消えてしまいそうなそんな声であった。
その人物は神官を名乗った。場所は教会であることから仮面の男はこの教会で神の教えを説く人物であるようだ。
「ここにいる皆さんはご存知であると思いますが、我らが主神イスタニア様は我らにその加護と神託をお与えになります。そして我らはその崇高な教えと加護を未だ自由を知らぬ者に広める事を目的としています。」
言い表せられない熱がその場にはあった。その空間には仮面の男の声のみが響いており、他の音は一切の動きを潜めていた。だがその沈黙には多大な熱がある事だけが確かで、全員が不自然な程その男の声に耳を傾けていた。
「しかし我らイスタニア教は敬虔な信者は居れど、その数は未だ多くはありません。そうです、未だに自由を知らない哀れな子羊が溢れているのです。」
男が語る内容は胡散臭さに溢れていた。自身の信じる宗教の素晴らしさを語り、その思想を他の信者へと伝播させ、またそれを増やす。
さらには説いているその教えとやらも自由や解放と言った人の欲を煽動する内容であった。これでは神官と言うより詐欺師であろうか。だが、今その場には男の声の持つ破滅的な魔力に取り憑かれた者しかいないのだ。
「さて今私の話を聞いている信者の皆様の中にも最近イスタニア様の名を知ったと言う方も多いのではないでしょうか。それも無理はありません、何分この活動自体いまだ日が浅いものですから。」
二年と少し。それがこの宗教、イスタニア教の開宗からの年月であった。この国には数多の宗教があり、その中でも多くの信者の数を誇るメジャーな宗教がある。それらと比べると些かその規模も教徒の数も少ないが、この国の歴史的に見ても二年でここまでの敬虔な信者を増やすのは珍しい事であった。
今男が話すこの教会は所謂本部に当たる建物だ。今日来れていないだけで他にも宗教活動を行なっている教徒達もいる訳だから、イスタニア教の信仰の広まりは決して侮れるものでは無いのだ。
「だがそれでもいいのです。皆さんが我らの教えを広めるも広めないも我らの自由、イスタニア様がお与えになった自由なのですから。」
この宗教で強調したい内容は自由であるらしい。男はそれからも宗教や主神であるイスタニアの歴史を語り、そこに説くべき教えを混ぜて話した。
「と言うわけです。話も長くなりましたが、これで今日初めて訪れた方にもご理解頂けたのではないでしょうか。」
男は目の前で列をなし座る何人もの教徒達を再び見渡し、それから話を締め括った。
「ではこれにて最後に…おっと私が誰かを話しておいた方がいいでしょうか。」
頭を下げ、講壇から降りようとする男はまだ自分の存在を知らない者に向けて言葉を発した。
「私はこのイスタニア教を開宗したその一人、教祖にあたる人物と言えばいいでしょうか。それでは」
男は教祖を名乗った。二年でここまで従順で敬虔な教徒を育んだ者、その根源とも言える人物。それが教祖であった。
「我らにイスタニア様の『自由』があらんことを。」
最後にそう言い残すと男は再び礼をし、その場を歩き出した。その歩みが始まると同時に教会には一際大きな音が響く。波のさざめきを思い起こさせるその音は掌が奏でる合唱。拍手であった。
パチパチパチパチパチパチパチ…
その音は男が扉を潜り抜けるまで続いた。今まで一切の身動きを行わず人形の様に静止していた人間が一斉に動き出した様。そこから男の影響力、求心力が伺えると同時にこの教会に満ちる狂気を感じ取る事ができるだろう。
そうここは正に邪教。欲の解放と自由の謳歌を目的とした闇の宗教であった。
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そうここは正に地獄。俺の監禁と仮面の生活を強制させる闇の宗教であった。
ああああああ!緊張したあああああぁ!辞めてええええ!
俺は迫り来る拍手の群れを背後にそそくさと元来た道を戻るのであった。無駄に長くて暗い廊下を早歩きで進みながら漸く緊張で揺れていた心臓が平静を取り戻した。
いやあ、何回やっても慣れないわ、あれ。ていうか人が多すぎる。おかしいぞ、二年前とか道端の木箱の上に乗って路上勧誘するだけだったのに。あいつらなんか全員お揃いのフードで顔隠してずっとこっち見てくんだよ。怖いよ。なんだよそのローブ、流行ってんの?
路上でやってる頃も全員に無視されてそれはそれでメンタル折れそうだったけど。それにしたって怖い。
てかこの教会自体怖いんだよなぁ。頼んでもないのに全体的に装飾が禍々しいし、暗いし。暗すぎて毎日一回は何処かに足の指ぶつけるんだよ。明かり増やせ。
しかしこれで今週のノルマは終わりだ。毎週一回は今の演説をしなきゃいけないのが辛いけど、逆に考えれば週に一回だけでいいのだ。そう考えると楽な気がしてきた。
俺は自分の右腕に付けている腕時計を見た。時計の針は丁度昼時を指していた。
今日はこれから他の神官達と会議があったはずだけど…行きたくねぇ…。どうしよう、時間ギリギリまで部屋の中にいようかな。
そう思って自室というかほぼ半分俺専用の寝室になってる教祖室に行こうと足を向けようとした時。
「お疲れ様でした教祖様。」
唐突に俺の後ろから声が聞こえた。落ち着いていた心臓ちゃんが飛び出しそうになるのをなんとか抑える。
だ、誰だよ!毎回ビビるんだよ!平気で音消して近づかないでくれ。俺の心臓ちゃんは繊細なんだ。
そう心の中で文句を言いながらも口にはせず、ビビり散らかした驚きの表情のまま振り向く。
そこには紫の長い髪をサイド三つ編みにしている、怒ると怖そうな感じの切れ目美人のカリンが居た。
この人は俺がこのなんちゃって宗教を開く準備をしてる頃、『猿でも分かる宗教の開き方』の本を図書館で探してる時に出会った元司書さん。今は教団で俺の補佐という名ばかりの実質的な教団トップを務めてるすごい人。
この人が黒と言ったら黒、白と言ったら白になるのだ。頭がすごくキレて魔術も氷魔法に精通してる、俺が手も足も頭も上がらない俺の上司的な人だ。ここの教団の運営とか八割がカリンによる計画である。
「ああ、カリンでしたか。ええ、今日も無事に終わりましたよ。そちらはどうでしょうか?」
形ばかりとは言え一応俺が教団のトップなので上から目線で接することになってる。正直カリンが本気になれば俺は三秒で氷像になってしまうので怒らせないように細心の注意を払わなければならない。
「はい、こちらも準備は済ませて幹部は既に招集が終わっております。」
あ、眼鏡クイってした。て、え?もうみんな居るの?俺さっきまで演説してて予定の時間までまだ結構あるけど。
えー、まだ行きたくねぇ。ていうか時間は守ろうよ。早ければいいってものじゃないよ。君。
「おや、そうですか。いつもの事ながら貴女は仕事が早いですね。」
皮肉の意味も込めて俺はそう返事をする。この人を怒らせたら俺は死ぬのだが、多分俺は馬鹿。しかしカリンは俺の皮肉に気付かなかったのか、わかった上でスルーしたのかは分からないが、怒った様子は見せなかった。
「お褒めに預かり光栄です。ではこちらの方へ。」
えっ、本当に今から行く感じ?一回部屋に戻らないと不味いんだけど。
今朝方、と言ってもほとんど昼だったのだが寝坊してしまって慌てていつもの衣装(謎ローブと仮面)に着替えてそのまま講壇に向かったから何時も付けておくペンダントを忘れてしまったのだ。
お陰で今日は久しぶりの
とは言え、流石に寝坊して忘れ物があるので取りに帰りますとは言えないよなぁ。よし、適当な事言って部屋に一旦戻ろう。
「いえ、私は先に済ませておく用事があるため先に行っててください。先んじて取り掛かっていた仕事がもう少しで片付きそうなので。」
まぁ、そんなものは無いんですけどね。そもそも三日前くらいにカリンから渡された書類の確認が終わってないのは内緒ね。
「そうですか。分かりました、その旨皆にも伝えておきます。では私は先に向かいますね。」
そう言うとカリンはその場で一礼し俺に背を向けてから廊下の角を曲がっていった。
いやー、何とかなったぜ。俺は一人になった事に安堵し、ほっと一息つく。考えれば一人になる事なんて久しぶりの事かもしれない。
一人きりになった廊下で誰も居ない静寂に少しばかり浸る。
っとそんな事してる場合じゃなかったわ。早く部屋に行かないと後で何言われるか分かったものじゃない。
俺はカリンが向かっていった先とは反対の方へと廊下を曲がっていった。
主人公
ひょんな事から主教を開こうと決意。最初はなんちゃって宗教でいいやとか考えていたのに、周りの神官達が気付いたら宗教を大きくしていた。しかも邪な方向に。近いうちに何かと理由をつけて辞めようと考えてる。
好きな食べ物は苺ジャム乗りの食パン