気付いたら邪教の教祖でした。辞めたい。 作:雷来でんぐり返し
その代わりじゃないけど今回クソ長いです。後今回最後の方だけちょっとグロいです。苦手な方はブラウザバックか最後の方だけ飛ばしてね。
特に意味はないけど続きません。
「『疑いを確実なものに変える方法』ねぇ…。」
俺に代わってコマリからのヘイトを引き受けたオングリュークがそう言う。
俺は現在教祖としての職務をしっかりと果たしているのか、その疑いをかけられている訳だが。
しかしオングリュークが言うように俺が疑われる根拠など無いのだ。いや、事実として仕事はサボりまくっている訳だけど。
だが俺の無能さなんてどうでもいい話だ。何故なら俺が無能と言う真実を知る者は教団の中でも一握り。俺のこれまでの経験から考えてカリンとエーデルのみである。
エーデルは俺の無能っぷりに嫌悪し、今にでも俺が獄中に移行することを望んでいるだろう。
だが教団における最高権力者はエーデルではない。いつも教祖代理と言う仮の衣に身を包む、カリンこそがイスタニア教の真の頂点。絶対的権力を持つのだ。
カリンが白といえば白。カリンが良しとすればそれは無実。カリンが魚といえばその日の献立は魚類。
俺の中で古代より伝わるこの不文律は今も揺らぐ事なく胸中に存在している。
つまり俺がどれだけ無能であり、部下から多くの反感を買うような史上最悪の教祖だとしても、カリンが俺に対して傀儡としての利用価値を見出すのなら、俺はいつまでも偉そうにしていられるのだ。
俺の事を常に射殺さんと見ているエーデルでさえもカリンに逆らう事は許されない。つまり、俺の仕事に関する情報はカリンによって流出が固く禁じられているはずだ。
そんな情報体制の中、教団内でもトップシークレットである俺に関する情報を騎士団側が手にしているとは考え難い。
唯一エーデルから漏れ出る可能性もあるが、それだったらこんな質疑応答のような回りくどいステップを挟まないはずだ。
俺に対する職務怠慢の疑いは事実だろう。しかし、それを裏付ける証拠は未だ無し。
俺は目線と僅かな身体の動きで互いに牽制し合うオングリュークとコマリを見てそう結論づけた。
やべぇ、今俺すごい頭がいい気がする。標的が自分からオングリュークに移って思考に余裕が出たのかもしれない。
『そうね。貴方にしては良い読みですわ。恐らく騎士団側に正確な情報は流れてないはずよ…今のところはね?』
イスタちゃんがそう言い俺の意見に賛同してくれる。やはり騎士団側の発言は単なる疑い、ハッタリの様なものだろう。
そう考えると途端に心に余裕が戻る。俺は詰んでなどいなかったのだ。むしろ風向きは良好と言っていい。
先程まで向かい風の様に思えた会話の流れは、唐突にして逆向きに変わる。
この
「…話を戻そうか。ブラファール、貴方は何か別の、真なる目的の為に動いてるのではないか?」
暫くオングリュークと睨み合っていたコマリが再び視線を俺に移す。
以前の俺であったらその全てを貫く様な真っ直ぐな瞳に圧倒され、怯えていただろう。
だが今の俺は一味違う。オングリュークが稼いでくれたこの時間で俺は平静を手にしたのだ。
「…いいえ、それは勘違いか何かでしょう。我々はただの宗教団体に過ぎませんから。」
俺は手先を一瞬たりとも震わせる事無く堂々と答えた。最早ウィニングランに等しい。
コマリは俺の発言に少し意外そうな表情でこちらを見つめて来た。
まるで震える子羊から動じる事ない亀に変化した様に。俺の様子の変貌に面食らったのだろう。
やはり俺の結論は正しかった。騎士団からの疑いはただのハッタリ。恐らく『疑いを確実なものに変える方法』とやらも方便でしか無いのだろう。
フッ、甘かったなコマリ。伊達に二年間近くハッタリで教祖やって無いんだよ。嘘に関して俺の右に並ぶものは居ないのだ。
『うーん。本当にこれで終われば良いんだけどねぇ…最近は騎士団の動き…と言うかその周りの動きも怪しい事ですし。』
なんかイスタちゃんが不穏な事言ってる。でもこのまま知らぬ存ぜぬで通せば解決じゃないの?
俺がそう疑問に思っていると今度はコマリでは無くその隣、ライラさんが口を開いた。
「…その言葉だが、私には嘘に聞こえてならないな。」
最早俺の立場は揺らがず、このまま終わるかと思った話し合いはライラさんによって再開された。
「二年前からだ。魔物の増殖が露骨に増えてきたのは。」
ライラさんは立て込む様に言葉を紡ぐ。その内容は魔物が二年前から増えていると言う、今この話し合いに何の関連性があるかも不明な内容であった。
そういえばここに来る前イゴが魔物が増えてて大変だったとか、そんな事を言っていた気がする。
俺は魔物とか全然見たことも無い本の中の存在だけど、それがどうして俺の職務怠慢に繋がるのだろうか。
俺は不思議に思いながらも言葉の続きを待った。
「そしてこれは、イスタニア教の勢力が拡散を始めた時期でもある。」
へー、そうなんだ。偶然だね。なんかそう言われると縁起が悪く感じちゃう。
『あら、どうして?』
だってまるで俺が宗教開いたから魔物が増えたみたいじゃん。
…ん?もしかして俺その事で疑われてる?いやいや、俺が宗教開いてどうやって魔物を増やすんだよ。流石に気の所為だよな…。
俺はそう思い、話すライラさんの顔を凝視する。
眉は吊り上がり、その瞳は真っ直ぐにこちらを見ていた。いや、見ると言うより睨むだろうか。
まるで魔物の増加の犯人を見つけたみたいな疑心の表情。そんな顔でこちらを見つめるライラさんの姿があった。
…もしかしなくても、俺魔物増加の真犯人として疑われてる?
…いやいやいやいやいや!流石に暴論でしょ!
「…はて、なんの事でしょうか。」
俺はまさか自分が疑われている訳は無いと、否定の返事を柔らかにライラさんへと告げた。
「っ!良い加減にしろ!貴様らが何らかの糸を裏で引いている事は分かっている!私達は今すぐにでも貴様のその胡散臭い仮面の下から本性を暴く事が出来ー
そして俺の返事が原因だったのだろうか、封を切った様に俺への疑いの声が漏れ出てくる。
その声の真剣さに確信する。今俺は本気で疑われているのだ、魔物を世の地に放った犯人として。
だって熱量が半端じゃ無いもん。マジギレじゃん。ちょっとだけ心臓止まりそうになっちゃったよ。
ここはどうするのが正解か…もしかしてとんでもない勘違いが起きているのでは無いだろうか?
俺はただ仕事を放棄して他の神官に仕事を放り投げているだけなのに。
だと言うのに今にも殴られそうな雰囲気である。怖い。
取り敢えず暴力は反対です。俺が負けるから。
そう思い俺は慌てて「誤解です!物理的なのはやめて!」と叫ぼうとした時だった。
「ねぇ、さっきから貴女、誰に向かって話をしているの?」
隣から冷気を纏った氷の様な温度の声が響いた。
その声はよく聞く少女の声であった、だが俺はそれがブルーメルのものだと気付くことは無かった。
違い過ぎるのだ。今まで明るく純粋な陽気を放つブルーメル。そんな彼女が出した声が耳に入った途端、嫌な汗が首筋を伝うのが分かった。
隣に座っているのは間違い無くブルーメルだ。だけれども、俺の脳内は危険信号で溢れかえっていた。
恐る恐る、俺はゆっくりとブルーメルの方へと顔を向けた。
表情は全くの無であった。整った少女らしい美しさを持つその相貌も、全くの感情の色を見せないものだから人形の様な不気味さを思わせた。
しかし真っ先に注目するのはそこでは無い、その瞳だ。
綺麗な色の瞳だと、以前にブルーメルを褒めた事があった。何の節だったか、それは忘れたが俺の記憶にはその言葉に嬉しそうにするブルーメルと憎悪の炎を向けるエーデルが残っていた。
本心からそう思った。美しいと。だが、今再び見つめるその瞳に美を感じる事が無かった。
いや、感じないと言う表現は適切じゃ無いだろう。上書きである。美しいと感じる以上の感情、恐怖が上回ったのだから。
「_____!?」
俺は声にならない悲鳴を上げその場で気絶しそうになるのを何とかして堪える。
それから白目を剥いた目を戻し、再び心してからブルーメルの表情を見る。
そこには少し首を傾げて相変わらず底冷えした狂気の光を放つブルーメルの姿があった。
怖過ぎ…やっぱりブルーメルもエーデルの妹だったのか…?この姉妹は恐怖から生まれて恐怖を喰らって生きたりしてない?
今までのギャップからだろうか、普段から怖いエーデルの四倍くらい増した恐怖が俺を襲う。
しかしその視線の先は俺では無い。普段エーデルが俺に視線を向けてくる様に、ブルーメルにはその目を向ける憎悪の対象がいるはずだ。
俺は視線を辿りその先を見る。
「ーーっ!!」
そこには先程までの激昂の姿とは大きく様子を変えた、全身を小さく震わせ固まり、紡ぐ筈だった言葉を失った口だけを開くライラさんが居た。
可哀想。俺は最初にそう思った。
だって側から見てる俺でさえ四倍エーデルクラスの恐怖を味わっているのだ。その視線を直に受けているのだ。十六倍エーデルは硬い筈。
むしろ強靭な精神だ。俺だったら失神して三日は起きられず悪夢に魘されてるね。
俺はそう思いライラさんに同情の視線を向けるが、俺はライラさんの隣に座るコマリの異様な雰囲気に気付く。
こちらは怯えていると言う訳では無かった。むしろその雰囲気は懐かしくも恐ろしくあった。
身体から余分な力を抜く、それは気を抜いたからでは無い、目の前に確かな敵を見出したからだ。
恐らくコマリとの試合を最も行った俺だから分かる。見えた三秒後の光景は一つ、地面に伏してその後ろ姿を眺めている光景だ。
斬られる。俺は経験と本能で悟る。そして今はあの頃の様な組み手とは違う。彼女の腰に備わっているのは命を奪う得物だ。
俺は慌てて今度はブルーメルの方を見るが、こちらも同じく殺意の籠った異質な空気を感じる。
あかん、死ぬ。
その事に気付くと俺は急いで口を開いて言った。
「ブルーメル、有難うございます。」
俺はぶつかり合う狂気と覇気の中、震える声を何とか絞り出す。
その言葉にブルーメルはその瞳の狂気を収め、無であった表情を変え、少し悲しそうな顔で俺を見上げた。
「教祖様…。」
それは口惜しい様な、不満がある声色だった。
あ、危ねぇ…!この娘本気でやる気だったのか…いやどうやるのかは知らないし、コマリがブルーメルに負ける様子も想像できないけど…。
可愛い顔して恐ろしい事を考えやがる…怖い。初めてブルーメルに恐怖した。いつもはあんなに可愛らしい少女だったのに…。
血には逆らえないのだろうか…やはり悪魔嬢の血筋なのか?
だとしたら俺は言葉を選ばなくてはならない…今はまだ純粋なブルーメルだが俺の本性に気付かれたら最後、あの視線は俺に向けられる事になる。
俺はミンチな未来を想像して、震える腕でブルーメルの頭を撫でる。
「ブルーメル、貴女の思いやりを私は嬉しく思います。ですが、ここは話し合いの場です。今は少し抑えて、そうで無いと…」
きっとブルーメルにも悪意があった訳じゃ無い筈だ。俺への疑いに腹が立って怒ってくれたのだろう。
だが只今好感度最低であるコマリを怒らせらば最後…
「ここに無惨な死体が出来上がる事になりますからね。」
俺という名のな。そう言って俺はコマリに懇願するように視線を向ける。
許してください!まだ幼いんです!若気の至りだったんです!
心の中で必死に土下座をして頼み込む。これでダメならリアル土下座で格の違いを分からせなくてはいけなくなるな。
「…先程は部下が無礼を行い、申し訳なかった。」
コマリはそう言い頭を下げる。良かった、どうやら怒りは収まったらしい。
「いえいえ、此方こそ少し度が過ぎましたね。ほら、ブルーメルももう怒っていないですよね?」
依然俺の命の危機が続いている事に違いは無かった。どうやら情報がハッタリでもいざとなったら俺を切り捨てる覚悟は本物らしい。怖い。
俺はようやく通り過ぎた一難の気配を感じてホッと胸を撫で下ろす。
それから五人の間に気まずい沈黙が降りる。
ブルーメルはまた無表情で、心無しかさっきよりむすっとした態度で座ってるし、オングリュークは見ないうちにもっと姿勢を崩して態度悪くしてるし、コマリは怖いし、ライラさんは若干怯えちゃってるし。
どうしよう、ここから会話を切り出せる気がしない…こうなったら主導権をイスタちゃんに渡して会話を進めてもらうしか…。
『いやよ。私が話してるところ見られたく無いもの。』
嫌だったらしい。じゃあ仕方ないね。
「…一つ、提案を良いだろうか。」
停滞する会話の中、少し目を瞑り、それから意を決する様に目を開いたコマリがそう言った。
提案。少なくても俺にとって利のある選択には思えないが、果たして俺に選択権はあるのか。
断った途端兜割られるかもしれない、慎重に選択しなくては。
俺はコマリからの提案に耳を澄ませる。
「ブラファール。貴方と我々
なるほどね。俺とコマリ達だけでの対話ね。
俺はコマリの言わんとする意思を察し…察し…さっし…さ…?
どういう事?俺は心の中で何度もその言葉を再生するが理解できなかった。
だって俺、今対話してるし、わざわざ俺一人に絞る必要ある?
…え、もしかして今までのは軽いお遊びでここからが本番の尋問って事?
「…囲って嬲りますってか?」
そうなの!?怖すぎだろ、騎士団!
俺がオングリュークの言った言葉に騎士団の深淵を想像していると返すようにコマリが口を開いた。
「そう言った意図は一切ない。が、そう言っても信頼をしては貰えないだろう。」
コマリはそう言ったが、俺の心の靄は晴れなかった。果たしてこの提案を受けた上で俺が生き残っていられるか…五分五分ってとこか?
『知ってるかしら、五分って半々ってことよ?十割の言い換えでは無いわよ。』
知ってるわい。なんでイスタちゃんは俺が無事に帰れない前提なんだよ。
いやでもさっきの感じだと俺を孤立させた途端問答無用で斬りかかることも…いや流石にないと信じたいけど。
でもなー冷静に考えて俺側にメリット無いしなぁ。ここは断って良い気がする。
俺の中での結論は否決。俺はコマリからの提案を丁寧に断ろうとした。
しかしその瞬間、俺の脳内に稲妻が如き閃きが走る。
メリットがないなら、作ればいい。
俺は脳内の否決の文字をひっくり返し口を開く。
「良いでしょう。」
回答はもちろん、了承でだ。
俺の返事にオングリュークとブルーメル、そして何故かコマリも驚いた表情を浮かべる。
もしかして断られる前提での提案だったのだろうか。
「…教祖様、本当にいいの?私は断然反対よ。」
ブルーメルが俺を見上げるようにそう言う。その表情は先程の狂気を孕んだものではなく、純粋な心配を告げてくるブルーメルが居た。
「ええ、確かに危険な提案でしょう。だから条件を付けたいと思います。」
俺は掌を広げ、五本の指を立てる様にして話す。
「五分。これが対談に応じる時間です。」
そう、これが俺の考えた最強の交渉術。一度相手の提案を呑むことでこちら側に有利な条件を強制で付けると言う常識破りの一手!
『割と常套手段ではあるけれど、まぁ、合格点かしらね。』
イスタちゃんからの評価が良いのか悪いのか分からん。まぁでも合格って言ってるし大丈夫だろう。
「…分かった。その条件で対談を望みたい。」
少し悩んだ末、コマリはその首を縦に振ってそう答えた。
その瞬間、俺の勝ちが確定した。
五分で出来る事など多そうで少ない筈だ。むしろ五分でこの地獄の対談を終わらせられるのならお釣りが来るレベルかもしれない。
最悪五分間適当な返事で誤魔化せば何とかなるだろうしな。口八丁のプロフェッショナルとは俺の事よ。
むしろ今まで何か険悪な雰囲気だったけど、その原因の八割であろう無愛想ズが居ないだけで柔らかな話し合いになる可能性もある。
天気の話とか、むしろ過去を懐かしむ間に五分など過ぎ去るだろう。多分。
「…有難うございます。では早速始めましょうか。」
俺は思わず笑みが溢れそうになるのを我慢し返事を返す。
やはり今日の俺の頭は冴えている。途中ハプニングはあったが、ゴールはすぐそこであった。
「…教祖様、やっぱり私は不安よ。何かあったら直ぐに呼んでちょうだいね?」
最初に席をオングリュークが立ち、それからブルーメルは不安そうにそう言うと部屋の外へと歩みを進めた。
小さな気遣いだが嬉しく思う。やっぱりさっき俺が見たブルーメルは幻覚か何かだったのだろうか。
パタンとブルーメルが過ぎた後に扉が音を立てて閉じる。
この場には一見すると二対一の構図が出来たわけだが、俺にはイスタちゃんがいるので実質イーブンだ。
時間も加味して俺優勢と言っても良いだろう。この状況で俺の怠惰を暴くことも、魔物増加の犯人に仕立て上げることも不可能だろう。
「…さて、これで貴女達の満足行く状況になったでしょうか?」
この数年間、確かに剣で勝ったことは無かったが、俺は知将として成長したのだ。
くくく、ここまでうまく事が運ぶと逆に恐ろしいな、自分が。
「ええ、協力に感謝する。それでは時間も惜しいから、早速。」
勝ちを確信する俺であったが、対面するコマリに焦りの色は見えなかった。
少し不思議に思っていると、今度はコマリの隣に座るライラさんが口を開く。
「…では最初に私の
…え?能力?何それ?
能力。その言葉に俺は違和感を覚える。この期に自己紹介でも始める気なのだろうか。
『いいえ、多分違うでしょうね。能力は生まれつき魂に刻まれる神の権能が如き才能。この国では神の祝福とか言われるけど、私達は全く関与してないのに時々能力持ちが生まれるのよ。』
へぇーそんなのがあったのか。え?じゃ俺にも能力あるの?
『いえ。残念ながら貴方には才能が無い様ね。私の加護で満足してちょうだい。』
無いのか…いや、良いけどね。別に。能力って響きにワクワクしてたりしてないしね。どうせ足がちょっと速くなるとか、寝付きが良くなるとかその程度なんでしょ?
別に要らないし…いらないし…。
俺が突然の情報に喜怒哀楽を彷徨っているとその能力の説明とやらがライラさんの口から説明される。
「『聖者の天秤』…それが私の能力の名。」
か、カッケェ…。
何か凄い神々しそう。正義のパワーが高まってそう。
「この能力は条件を満たして一人を対象として発動することが出来る。発動中対象者の背後には天秤が出現し、対象者の嘘を検知すると天秤は傾き、その傾きが一定に達すると天秤は対象者へと罰を与える。」
あ、なんだ別に光の剣が出てきたりとか、凄い魔術が使えるとかじゃ無いのかぁ。ちょっとがっかりである。
能力という位だからもっと派手でカッコいいやつを期待したのに。
何か説明は長いけど要は嘘発見機でしょ?大した事な…………
……………あ…あのイスタちゃん、ちょっと聞きたいんだけどさ。
『何かしら?』
えっとぉ……神様パワーで能力防げたりぃ……。
『しないわね。能力は
…そっかぁ…罰…嘘をついたら罰ねぇ…。
「…成程、大層便利な能力ですね。これが
…あ、やばい。今頭の中に絶望が顔を出してきた。
ま、まだだ!希望は断たれちゃいない!
俺は一度深呼吸をしてから望みを掛け質問を口にする。
「で、ですが少々疑問が残りますね。対象者が黙秘した場合はどうなのでしょうか?」
黙秘権!怠惰なる罪人にも許された唯一の権利!
「その場合も天秤は傾き、対象に罰を与える。」
黙秘権?そんなものは無かったよ…あ、絶望が身体まで出てきた…。
…いや、まだ!まだあるから!
俺は薄れゆく希望の中、それでも言葉を続けた。
「ふぅぅぅ…念の為、その罰の内容を聞いても?」
一週間甘味抜きとか、それくらいなら俺我慢できるから。土下座とかでもさ、ほらやりますよ。
「…術者の任意の罰を与える。そしてその罰には際限は無く、確実に実行される。」
「…ナルホド。」
死じゃん。罪状の確認と共に刑罰執行じゃん。
嘘ついても詐欺行為の疑いとかでアウト、嘘つかなくても職務怠慢罪でアウト。前門にも後門にも天秤じゃん。
…あ、絶望が手を振ってる…。
ま、まだだぁ!終わっちゃ…終了しちゃいない!一縷の望みが…!
「…だが同時に制約が複数存在する。対象者と術者への攻撃行為は一切禁じられ、対象者の記憶や知識に無い問いに対しては天秤は働かない。また発動中の能力は術者が自分の意思で停止させるか、術者への物理的な接触により解除される。そして」
き、キタァ!一縷の望みが本当に来た!
な、なんだよ。制約があるならそう言ってくれよぉ。びっくりしちゃったわ。もしかしたらこれから
いやぁ、早く言ってよね!確かに条件が簡単だったら唯のインチキだもんな。いやぁ、焦ったわぁ。
「発動条件は対象者がこの能力を正しく認識している状態で能力名を声に出す事。」
「『聖者の天秤』」
絶望する俺に向かい、ライラさんは短く再びその名前を呼んだ。
その直後、俺の背後からゴウっと音が鳴ると同時に俺の手首を違和感が襲う。
手首を見ると光で出来た手錠の様な物がいつの間にやら装着されていて、何処かへと鎖で繋がれている。
鎖も同様光で構成されており、その鎖の道筋を辿るよう首を回すと、背後には大きな天秤が出現しており、これでもかと存在を主張してくる。
…詰んだか?終わりなのか?
「…手荒な真似をしてすまないとは思っている。だがこうする事でしか私は真実を見抜けそうに無い。」
コマリが申し訳なさそうな表情でそう告げる。その声色は俺に対する能力が正しく発動した事を俺に伝えていた。
「…いえ…構いませんよ…先に手荒な真似をしようとしたのは此方です…これ位受け入れましょう…」
俺は声帯から何とか声を絞り出してそう返事をする。
ここから俺が生き残るルートってなんだろうか?コマリが実は極度の恥ずかしがり屋で、今までの言動が全部照れ隠しで俺への好感度が高い可能性とか?
『恥ずかしがり屋の域を超えてないかしら。』
いや、もうそれかこの場所に噴火した岩石が落ちてくるくらいしかないだろ!
『術者と対象者への攻撃行為は無効らしいわよ。落石が攻撃行為と判断されるかは別として。』
じゃあもう無いじゃん…終わりじゃん…。
絶望に倒れ込みそうになったが、それを俺の手首に繋がれた光の拘束具が許さない。
そのまま無慈悲にも尋問は始まった。
「…では早速質問を行わせてもらう…ブラファール、貴方の真の目的とは何だ?」
今度はライラさんの口から再度同じ質問が飛ばされる。
「…イスタニア様の素晴らしい教えを未だ知らぬ…」
一応抵抗として先程と同じ旨の答えを告げようとする。しかし俺が言葉を言い切る隙も与えず背後から大きな音が聞こえてきた。
背後の天秤から音が鳴ったのだろうか。音の正体を探るべく振り向くと、そこには先程より少し傾いた天秤があった。
どうやら能力は正しく作用しているらしい。泣きそう。
「…理解して貰えただろうか。これが最後まで傾く事無くこの話し合いを終えたいものだ。」
コマリがそんな俺を見て釘を刺すようにそう言った。
「さぁ、再びの質問だ。ブラファール、貴方の真の目的を教えてもらおうか。」
コマリは身を乗り出し、机の上に両手をつけるようにしてそう言った。
…ちなみにだけど、ここから入れる保険ってあるかな。
『さぁ、どうかしらね。神にでも祈ってみたら良いんじゃ無いかしら?』
今神様に縋ってるんですけどね。
俺は思考を巡らす。俺の人生がかかってると言っても過言ではない一瞬だ。様々な可能性が一瞬にして試行されるが、結論は一つだった。
…運に頼るしかねぇ!もう俺の仕事の内容と関係のない事だけが質問される可能性に賭けるしかない!
いっそ清々しくなった様な心地であった。嘘をつく必要がないのならありのままを語るまで。ここまで簡単な作業があっただろうか?
俺は諦めて真実を語るべく口を開いた。
「私は現状の
俺が決して誰にも漏れないよう守ってきた情報がスルスルと口から流れていく。
一周回って心地良いくらいだわ。クソが。
「現状の世界…か。もう少し詳しく聞こうか。」
コマリが俺の言葉に関心を示してそう言った。
そんなに良い情報でも無い気がするけど…俺が教祖辞められないのがそんなに面白いのか?
『私は面白いと思うわ。』
うるさいよイスタちゃん。てか今ピンチなんだから手助けしてよ。神様パワーとかでさ。
『出来なくは無いけどねぇ…如何にも怪しくて仕方ないのよね。』
怪しいって何がなんだろうか。イスタちゃん以上に怪しい存在ないと思うけど……あ、念話切れた。イスタちゃん拗ねたな、これ。
イスタちゃんも消えて、人数不利も背負った俺は観念して追加の情報を出す。
「
何か自分で言ってて俺屑過ぎるな。何か段々罪悪感湧いてきたぞ……いやでもまだ俺には有名冒険者になって年上の優しくて包容力のある笑顔の可愛いお姉さんとお付き合いするって言う夢があるしなぁ。
まぁ今獄中手前の状況だから扉潜る前に鉄格子潜らないといけないんだけどね。
「それではその目的を達成するために現在貴方が考えてる手段や方法を教えて貰おう。」
俺が内心自虐をしていると、コマリが続いての質問を投げかけてくる。
手段と方法か…ぶっちゃけあんまり深く考えてないんだよな。教団を抜ける方法、イスタちゃんに相談してるけど顔を隠せとか、身分を伏せろとしか言わないんだよなぁ。
どれも目標から程遠い気がするけど、取り敢えずセカンドライフである冒険者登録するときに正体がバレていない方が良いと言う解釈をしている。
「勿論この
計画も立ててないって、俺の考え甘すぎるのでは?
「…その全容を知っている。貴方の目的を達成する協力者とは誰なんだ。」
コマリは驚いた風に、深く凝視して尋ねた。あまりの俺の無計画ぶりに驚いたのだろうか。凹む。
「
俺の言葉に、今度は分かりやすく驚愕の表情を浮かべるコマリ。横のライラさんも信じられないものを見る目を向けてくる。
そんなに驚く事でも…と思ったが、確かに大事なセカンドプランを全て神頼みにするのは傍から見たら頭おかしい奴だよな。
俺はちゃんとイスタちゃんが居るって知ってるけど。いやでも俺教祖なんだから
俺が思考の無限ループに陥ってると、コマリは目を一度閉じ、それから口を開いた。
これ以上何を聞かれるのだろうか…それより全然仕事について聞かれないな。もしかして俺生還の道あるのか?今の所教祖を辞めたい愚痴を言ってるだけだし。
「オルター・フィギュラスと言う青年の名を知っているか?」
重々しく告げられた言葉は俺の脳へと伝わり、一周まわってから俺の元に動揺をもたらした。
???????????
え、いや俺。俺だけど、それ。
唐突に俺の存在が俺へとコマリの口から教えられたことにより困惑が止まらなくなった。
…高度な駆け引きだったりする?これ?
全速で脳を回して考えるが結論が出ないどころか謎が深まるばかりだった。
俺は俺で…いや俺って俺なのか?いや俺は俺で…でもコマリは俺の事聞いてきて…???
モラトリアって意味の分からない領域に飛び出そうとしてる俺を必死に理性で呼び止める。
はっきりと言って意味が分からないが、兎にも角にも情報が足りない。
「…どう言うことでしょうか?」
俺がそう問いかけると、コマリは不意に懐へと手を伸ばす。
いよいよ斬られるかとビクリと体を揺らす俺だったが、コマリの手に握られていたのは剣ではなく白い薄い何かであった。
急によく分からない物を取り出したコマリは続けて話す。
「これはオルター・フィギュラスがその姿を消す、
そう言って机の上に白い物体を置くコマリ。その形は楕円であり、仮面であった。
さらにその仮面には左目に微妙にダサい不気味な紋様が浮かんでおり、その姿を見た途端、俺の脳に記憶が蘇る。
こ、こいつは……イスタちゃんお手製仮面プロトタイプ2号!?
ど、どうしてそれをコマリが…それは微妙に形が合わずにイスタちゃんに内緒でこっそり処理したはず…。
て言うか、何?俺の残した最後の痕跡?なんで俺が失踪したみたいな雰囲気になってるんだ…?
そもそも俺を探してるみたいな口ぶりだけど、肝心の俺はここに……
……あ。
俺は自分の顎に手を当て、それから気づく。
二年前、手紙で別れを告げてから初めて再会したあの日。確か俺はいつもの格好だったはずだ。つまり教祖モードで、当然仮面も着けていた。
そして今日も仮面をつけている。当然俺はイスタちゃんの助言のもと仮面を外すようなミスを侵してはいない訳だが。
今までの記憶がパズルのピースが嵌まっていくように繋がる。
妙に距離感があったのも、俺に対する好感度がゼロに近かったのも、こんな尋問を受けてるのも。
全部、
「……あぁ、そうか。」
気付くと声になって漏れ出ていた。そうだ、全てはすれ違いだったんだ。
再会したと思っていたのは俺だけで、コマリからしたら俺はよく分からん邪教の教祖。
「は、はは…ハハハ。アハハハハハ!!」
声は笑いへと変わっていった。そうだ、こんなに間抜けな話は無いからだ。
俺は笑いながら心の中で大きく息を吸って叫ぶ。
仮面のぉぉぉ!!バカァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
ああああああ!!何でそんな事に気づいてないんだよ!馬鹿か!俺は馬鹿か!馬鹿だったわ!!
俺はあの日仮面を外さずウキウキで話しかけていた自分を愚かに思うよ。アホだよ。
だがそう分かれば話は早い。
「な、何が可笑しいのだ…。」
俺が一際自嘲の笑いを一通り終えると、その様子があまりに異常だったからか、ライラさんがドン引きした表情で訊ねた。
「ハハ。いやぁ、すみませんね。私とした事が、大きな過失。いや思い過ごしをしていました。」
本当にアホだなぁ、俺。まぁ、でもこれで解決するなら全然セーフか、将来的には笑い話にでもなるだろう。
そう考えると今度は胸に明るい、本当の意味での再会を喜ぶ感情が湧いてくる。
そうだ、これからが俺とコマリの真の再会。
俺は仮面の縁に指を掛けると、それからゆっくりと指を引いた。
「そうでしたね。まさかそこまで忘れているなんてね…。どうぞこれが貴女の望むオルター・フィギュラスですよ。」
俺は全力の笑顔でコマリの方へと向けた。剣先が俺の元にやってきた。
「っ貴様ぁぁあぁぁぁぁああぁ!」」
耳に聞こえたのは珍しい声。出会った時から聞いたことの無い、全力の怒りの声。
コマリの声が弾ける様に耳を劈いた。その声と急激な圧に俺は反応できずにその場に座り続ける。
瞬間、景色が揺らぐ。見えるのはあの日より幾分も美しくなったコマリとその剣筋、そしてそれが全力で俺の喉元に向かって来ている景色。
何もかもの理解が遅れる。景色の流れが遅くなる。頭の中にこれまでの記憶が溢れる。これが走馬灯なのだろうか。
時間がゆったりと感じられても、俺の身体の反応速度は上がらないし、この攻撃に対応することも出来ない。
濃厚な死が剣先に込められていた。散り行く俺が最後に思ったのはただ一つ。
なんで????????
____________
揺れる木と木の間を縫って進む。
走って走っては声を上げる。
「マナーー!!いるかーー!!」
森の中で無闇に大声を出すのは危険だ。眠っていた魔物や魔獣。若しくは夜行性の生物に獲物として襲われる可能性があるからだ。
俺は当然それらと戦う術を持たない。当然、本来ならこんな夜の森を一人で何の準備も無く走り回る訳も無かった。
だけどまだ見つかっていないのだ。
俺はうるさく疲労を訴える心臓の動きを無視して走る。息がきれても、それでも必死に声を上げる。
「マナぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
返事は返ってこなかった。マナが見つからないのだ。
家で喧嘩して、母さんと父さんにマナを見つけてくると言ってから、もう一時間が経過する頃だった。
村は狭くはないが隠れる場所など僅かだ。隅から隅まで探して、他の人の家に行ってないか、嫌そうな顔をされながらも回った。
結果として、村の中にマナは見つからなかった。その事に気づいた時、嫌な汗が首筋を伝った。
嫌な想像が溢れて、森を走り回る今も止まらない。
魔物に襲われているかもしれない。何処か危険なところに一人で行って怪我をして動けなくなってるかもしれない。
そんな想像を振り切って、無事に笑っているマナの姿を想像して嫌な想像を掻き消す。
それでも勝手に脳は想像を始める。最悪の未来を。
もうマナが魔物に見つかっていたら。息を切らして痛みに悶えていたら。今にも消え入りそうな声で助けを求めていたら。
もしマナが、死んでしまっていたら。
「っ!!!」
そこまで考えて体が急に浮遊感を纏う。ドンっ!地面に体が叩きつけられた音から遅れて膝や腕から痛みが伝わってくる。
「ッチ!!くそっ、こんな事してる場合じゃ…。」
時間が惜しい、無理に走り出そうとしたが膝の痛みが俺にそれを許さなかった。
もう一度立ち上がって、それからまた尻餅をついて。三回それを繰り返した。
それから仕方がなく、足の痛みが引くまで少し休むことにした。
最悪走れなくても良い。歩ければ探すことは出来る。
俺は歯痒い思いを胸にしまいながら、その場に座って足の痛みが引くのを待った。
それからしばらく、痛みが少し引いてきた頃だった。
そろそろ再開をしようと立ち上がった時だった。
ふと、遠くに僅かな光が見えた。明らかに人のいる痕跡。それがマナのものである根拠なんて何も無かったが、それでも何かのきっかけになれば十分だった。
まだよろける足で光へと近づく。段々と光は大きく、明るい地点へと近づいていった。
それから遠目だが、数人の人影が見えた。大きさから大人であろうか。
声を出して存在を知らせようとした時だった。
「あああぁぁ!!?ガッ!!」
甲高い、悶える叫び声が聞こえた。
俺はその異様な声に思わず身を潜める。魔獣だろうか、どちらにしろ今の状態で見つかったら俺に抵抗する手段はなかった。
「っるせぇぞ!早くガキ黙らせろ!」
集団の中から一人の男の声が聞こえた。
内容は平和的ではなくむしろその逆、そのたった一言だけで状況を大体でも察するには十分だった。
それから俺の中で一つの濃厚な仮説が浮かぶ。先ほどの甲高い叫び声は人、それも子供のものであると言う仮説だった。
考えれば、こんな森で野営するのもおかしな話だ。この森には大したものは無い、少なくとも馬車を連れて採るような素材もなければ街道にも近くない。
普通、こんな森を経由して移動はしない筈だ。立てられた仮説が徐々に膨らみ出していく。
人攫いだ。俺は目の前の集団に対しそう印象を抱く。
きっと俺の住む街じゃなくて、王都に近いところから攫って、移動ルートとしてここを通っているだけだろう。
王都での犯罪の増加は村にも伝わっていた。
確定した訳じゃない。これらは俺の推論でしか無かった。だが、近づくのにはリスクがあった。
俺は足を負傷していて、相手は集団の大人。
もし仮に相手がそういった輩であった場合、俺に出来る手段などはっきり言って無い。
幸いこちらの存在はバレていないのだ。音を殺して逃げればいい。
俺はそう思ってその場を離れる事にした。
しかし脳裏に可能性が過った。それは今自分が探している人物に関してだった。
逃げ出した足が止まる。俺は立ち止まってもう一度集団の方を見る。
馬車が二台。布が被さっていて中は見えないし、もう先ほどの様な叫び声も聞こえない。
もしあの中に、あの馬車に子供がいたとしても俺は気づかない。知るには近づく必要がある。
喉に詰まっていた固唾を飲む。そんな可能性があるかは不明だ。もしあったとしても、俺に出来ることは変わらない。
俺は自分が可愛い。自分に危害が加わるのが恐ろしくて、何事からも逃げたり嘘で乗り切るのが定石だ。
時々情けなくなるけど、その事をギルドから来た冒険者のお兄さんに言ったら「それは冒険者として一番大事な才能だよ」と褒められたりした。
それ以来この性格も少しだけ好きになれた。俺は格下の弱い魔物になら強く出れるし、だったら他の魔物が格下になるよう俺が強くなれば問題は無いと思ってた。
でも目の前にあるのは確実な脅威。逃げるに相応しい相手だ。
行くな。無駄だ。諦めろ。
理性がとめるその声を俺は聞いていた。それでも足が止まることは無かった。
音を殺して、木々の間を隠れるように進む。
正面からはダメだ。馬車の方へ回り込んで、それからこっそりと確認をすれば…。
そんな机上の空論以下の理想に従って、俺は少しずつ近づく。
幸い集団はこちらにまだ気づいてない。馬車までの距離は近づいてる。
一歩、一歩。少しずつ近づく。
遠くで見ていた馬車が徐々に大きくなっていく。後八歩、七歩、六歩。
五歩。そうやって足を動かした瞬間だった。
「がっ!?」
ガンっ!!鈍い音と共に頭に激しい痛みが走った。
急激な痛みに肺から空気が漏れ出て口から妙な息が出る。
ジンジンと大きくなっていく痛みは俺に思考の余地と身体の制御を奪っていく。
「おい、ガキ逃げてんじゃねぇかよ。」
見張りがいたのだろう。自分が失敗してからその事に気づいた。
考えれば当たり前の事だ。冷静な思考を失っていた。
「はあ?誰も逃しちゃいねぇよ…おい、そのガキ見せてみろ。」
「あ?じゃなんでいるんだよ…特別顔が良い事は無いな。」
じゃあいいか。俺を殴った男はそう言うと俺の足の方へと移動した。
ガツ、ガツ、ゴォ。
頬が地面と擦れて熱を持ち、痛みが襲う。
その痛みに意識が薄れていくのを感じた。
「ま……な……。」
俺はそう言うと、完全に意識を失った。
____________
「やめてください!!」
暴力反対ぃぃぃぃ!頬が、頬が擦れちゃってるでしょぉぉ!!
俺はトラウマの経験から思わず叫んで目を開く。
瞼を開くと目の前にはとんでもない形相でこちらを睨んで歯を食いしばるコマリがいた。
ヒェッ!!
意識が飛びそうになるが、コマリの剣を持つ手が動かず、自分がまだ生かされている状況に僅かに安堵し、持ちこたえる。
なんで俺はこんな究極ピンチ状態なんだっけ……記憶が曖昧だ。
そもそもなんで俺は寝てたんだ、こんな意味不明な命の危機に。
記憶を辿って、それから思い出す。
俺は仮面を取って真の再会を喜ぼうとしたら斬りかかられたんだった。
どう言う事だよ。
状況を整理して、それでも意味不明な状況と今もなお残り一センチくらいまでに迫った喉元の剣に恐怖が募るばかりだった。
「はい、分かりましたわ。教祖様。」
殺意と緊張感の張り詰めた部屋に、聞き覚えのある少女の声が響いた。
「っ!!」
そしてその声が聞こえると同時に目の前で剣を突き立てていたはずのコマリは一瞬にして姿を消した。
コマリの姿が消えたことで、目の前の光景がクリアになって見える。
先程まで俺が尋問を受けていた相手、つまりは今ライラさんが座っている騎士団側のソファの後ろに俺を見送ったはずのエーデルが立っていた。
意味不明であった。
そして目の前の意味不明は俺を置いて更に加速をする。
「…能力の解除は、本人の意思による解除と」
何時の間にか現れたエーデルは薄く微笑みながらそう言うと、その手をライラさんの肩へと置いた。
「術者に対する物理的な接触…で、合ってますわね?」
その言葉と同時に俺の手首に纏わりついていた光の鎖は一瞬にして霧散する。
背後を見ると巨大な天秤も消えており、どうやらエーデルが『聖者の天秤』の解除をしてくれたようだ。
俺は解放された事による喜びより、突然現れた嘘みたいな登場をしたエーデルによって嘘みたいな状況で助けられた事実に困惑を覚えるばかりだった。
「あと、言って無さそうでしたけど、距離による制限もありそうですわね。」
エーデルはそう言いながら俺の方へと歩いてくる。普段はエーデルの一挙手に警戒と恐怖を感じている俺だったが、流石に今回ばかりは困惑が上回った。
なぜエーデルが能力の詳細を知ってるのかも分からんし、なんで俺は生きてるのかも分からん。
もしかしてこの光景は夢なのか?じゃあさっきのは夢の夢?
最早現実と夢の区別すらつかない俺に向かって近づいてきたエーデルはにこりと微笑んで口を開く。
「教祖様、お疲れ様でした。けれど、本当に良かったのかしら。教祖様のお声がなければ一瞬で消してましたのに。」
いや怖いよ。なんだよ消すって、何を消す気だったんだよ。
頭の中で情報が混ざりすぎて更に混乱する。
「…ええ、構いません。有難うございました。エーデル。」
状況を何一つ理解出来てはいないが、取り敢えず助けてくれたであろうエーデルにお礼を言っておく。
「うふふ、お褒め頂き、光栄ですわ。」
…これ本当にエーデルか?もうなんか別世界に来たみたいな話の方が納得できるんだけど。
妙に優しく、後笑顔が可愛いエーデルに俺は一周回って未知の恐怖を覚え始めた。
もう全部が恐ろしくなった俺は、一旦落ち着くために深呼吸をする。
…ふぅ。よし、今はとにかく生きている事を噛み締めよう。なんで斬りかかられたかとか、エーデルの事は一旦忘れような。
「…今日はもう視察はいいでしょう。互いに、消耗しすぎました。」
俺は部屋を出る前に部屋の中で未だに戦闘体勢で構えているコマリにそう言った。
「っ……。」
当然返事は無かった訳だが、コマリも同様に困惑している事が伝わった。
…なんだこれ。この空間で唯一平静保ってるのが一切関係の無いエーデルなんだけど。
俺は色々言いたい事があったが、それを飲み込んでエーデルと共に部屋を出るのであった。
_____________
「ああああ!惜しい!もうちょっとで
午後の日差しが降り注ぐ騎士館、その屋根の上に居座る軽装の男は悔しそうにそう呟いた。
男の手には双眼鏡が握られており、覗いていたのは男の位置からやや下の2階。その一室の窓、来賓室であった。
ここ数年で一気にその活動範囲を広げているイスタニア教。そして土地神であるウルテミスを信仰する騎士団。
その長が両者ぶつかり合うとの情報を聞いて派遣をされたと言うのに肝心の収穫は副団長の能力の情報くらいであった。
「騎士団長との接触だって言うから闘う姿くらいは見れると思ったんだがな、運がねぇな。」
男はそう言って手に持っていた双眼鏡を投げ捨て屋根の下へと飛ばす。
「…なんて報告すっかなぁ…そろそろ
男はこれからの仕事の報告を想像して、それから文句を言われる自分の姿を幻視してため息を吐いた。
それから考えるのも嫌になって男は屋根の上に寝転び仰向けになり、空を流れる雲を眺めた。
いっそこのまま眠ってしまおうか。そうすれば少なくてもこれから寝てる間は幸せなままだ。
堕落的な思考に耽って時が過ぎるのを感じているところに声がかかる。
「おーーーい!そこにいる筈のお前!何者だ!どうやってそこまで行った!」
徐々にウトウトと、眠りに意識を落とそうとした矢先、その呼び声に意識は完全に覚醒する。
「…っるせぇなぁ…。」
男は起き上がると頭を掻きながら下から呼びかける者の正体を確認する。
屋根の上から覗き込むと丁度真下に兜とライトアーマーを着込む騎士らしき人物がいた。
どうしてこの場所がバレたのか。確実に死角になる場所を選んだはずだったのに。
そう思ってその騎士を注視してみると騎士の右手には先程男が投げ捨てた双眼鏡があった。
大方、投げ捨てた双眼鏡で上にいることがバレたのだろう。
「…つくづく運が悪いな、俺。」
逃げるか。それが一番楽であろう。そう思って逃げ出そうと踵を返す男であったが、不意にその足を止める。
「…いや、そっちの方がいいか。」
そう呟く男の表情は厭な笑みが溢れていた。
「お、おい!もう姿も覚えているぞ!早く降りて、状況を説明しろ!それから…」
何時になっても降りてくる素振りを見せない侵入者に段々と痺れを切らす騎士。
仕方なく増援を呼ぼうかと考えていた所、その声は聞こえた。
「よお、言われたから降りてきたぜ。」
聞こえてきたのは騎士の背後。その声に驚き振り返ると、確かに屋根の上に見えた男がそこに居た。
だが問題はそこではない。つい先程までずっと屋根の上にいたはずのその男が数秒間の間にどうやって自分の後ろに移動をしたのか。
「お、お前、いつの間に!?」
そこで初めて騎士は危険を感じた。得体の知れない目の前の侵入者に対しての恐怖だ。
男は薄着で武器や暗具を仕込んでいるようには見えなかった。とにかく武力による制圧。それから事情を問いただせばいい。
騎士は判断して腰に備えている剣へと手を伸ばし柄を握る。
(………?)
そこで初めて違和感を覚えた。騎士になるべく何度も構えた剣、違和感はそこであった。
剣が構えられないのだ。間違いなく自分は柄を握っており、後は鞘からそれを取り出すだけだと言うのに。
何かがおかしい。騎士はそう思い自分の剣へと目を向けた。
「は?」
そして眼下に広がるその景色に騎士は自分の正気を疑った。
手首から下に感じる妙な重み。体が自由に動かない違和感は当然であった。
その手首から下が切り落とされていたのだから。
切り落とされているという表現は適切では無かった。騎士の手はまだ体の一部であるのだから。
皮一枚。それが騎士の現在の腕と手を接続する唯一の接点であった。感じていた重みは神経の通わなくなった己の手であった。
「ぁあ…?あ、ああああああああああああああああ!?」
叫び声と共に騎士は慌てて切り落とされた方の腕をもう片方の手で押さえ始める。
しかし片方の腕が触れたことによる振動がトドメとなった。
ブチリ。皮が剥がれる音だ。腕と手を繋いでいた最後の要素が今、儚くも消えてしまった。
騎士道精神などもう自分の右手と比べればちっぽけなものだ。目の前の侵入者から目を離し、恥も外聞も捨てて泣き叫ぶ。
無くなった自分の手を思って、膝を曲げ倒れ込む、何とか切断された手を拾い上げようとする。
「だから、うるせーよ。」
ぐらり、視界が揺れる。地面を見ていたはずの自分の視界は壁を見て、それから空を見上げる。
騎士が自分の身体の喪失に気づくことは無かった。
男は頭と身体に二分された人間だったものを見て呟く。
「何だよ、
持ち主の血で染まった剣を適当に投げ捨て、それから亡骸が落とした双眼鏡を拾うと男は再び厭な笑みを浮かべた。
「やっぱ俺は運がいいぜ。」
その言葉を最後に、その場にはただ一つの遺体だけが残った。
おまけは後日追加する予定です。許してください。
イスタニア教団幹部の中で見たい過去話は?
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エーデル&ブルーメル
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イゴ
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アイナ
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そんな事より話進めろや
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続きません