気付いたら邪教の教祖でした。辞めたい。 作:雷来でんぐり返し
俺の出身、と言うか生まれ故郷はとっても田舎な場所だった。家の辺りは畑に覆われて、その畑を挟んだ先にお隣さんの家がある。
村の〇〇さんが結婚したらしい、〇〇さんの息子が村を出て王都に稼ぎにいくらしい、昨日〇〇さんが妻と大喧嘩して一日中帰って無いらしい。
そんな小さな事からどうでもいい事まで、あらゆる出来事が噂として一夜にして伝播する。驚くほど平和な村であった。
盗難や暴行といった犯罪が発生しない程治安が良好で、だから誰も家の戸に鍵を閉めない様な、内輪で完結され大きな変貌が存在しない村だった。
俺はそんなよくある村のよくある家庭に産まれた一人の男児。長男だった。父さんも母さんも良くニコニコと笑う穏やかで優しい人だった。二人ともこの村で産まれ育ったらしく、村の様子を反映したかの様な夫婦だった。
俺はそんな二人が好きだった。悪いことをすれば当然の様に叱って、良いことをすれば褒めてくれる。家族で囲う食事は暖かく、穏やかな光景であった事を覚えている。
何事もなく俺の背は伸び、心も体も成長を続けた。いや、正直ここら辺の話は俺が実際に覚えてる訳じゃない。母さんや父さんが話した俺と家族の様子でしかない。
幼少の記憶と言うものは存外曖昧なもので、特定の出来事を思い出す事ができても連続した日常として覚えとくことは困難なのだ。
そんな俺の記憶が安定した頃、物心がついた頃と言うのだろうか。今でも思い出せるその日々には常に一人の少女がいた。
俺の妹、マイアナだった。
「マナ、行くよ。」
マナ、俺がよく口にしていた妹の呼び名だった。妹は俺と違って母さんと父さんと似てよく笑う子供だった。
髪色は綺麗な薄い茶色で、そこも母さんと父さんに似ていた。
何か見つける度に嬉しそうに声を上げ、俺にそのことを説明してきた。
「お兄ちゃん!今日ねー」
お兄ちゃんと、マナは俺の事を呼んでいた。何時も元気で話すマナを両親は愛した。そして俺はそれ以上に溺愛していたと思う。
お互いに遊び相手になり、泥だらけになって家に帰る。それだけで十二分に楽しかったのだ。
特に俺はマナ以外に歳の近い遊び相手話し相手が居なかったものだから初めての遊び相手に嬉しくて仕方なかった。
マナの方も、嫌っている様子はなかった。他の兄妹がどの様なものかを知らないが、俺達は喧嘩をすることの無い仲の良い兄妹だったと思っている。
それからの日々は色濃く俺の記憶に残っていた。
かくれんぼをしてマナのことが全く見つからず夕方になって泣きながら俺が帰ると家のテーブルの下にマナが隠れて寝ていた。
お宝を見つけると意気込むマナと一緒に近くの森に遊びに行き、現れた蛇から逃げ帰った事。
父さんにプレゼントをしようと二人で花で栞を作ろうと考えて茎だけの栞ができた事。
思い返せば何時も楽しくて、そこにはマナの姿があった。
永遠に続くかのように思えた日々は、時間と共に変わって行った。
俺の歳が15になる頃、村における成人の年を迎える昨年だった。俺とマナは人生初めてで最後の兄弟喧嘩を起こす事になる。
まあ、喧嘩と言ってもお互いを貶しあったり、手をあげたりすることはなかった。
言うならば意見の相違だろうか。お互いに譲れない意見があったのだ。
議題は俺の今後についてだった。俺には夢と言うか、心意気があった。
村には祭りがある、年に一度の豊作を祈る祭りだった。
俺は祭りが好きだった。正確には祭りで出会う人がだ。
その日は毎年村の外からも村出身の人が帰ってくる。その中には色々な話を、冒険を持っている人がいた。
普段話す事無い両親以外の大人の話。自分が村を出た理由だとか、何があったのかとか。その人達は俺にも話をしてくれた。
その度俺は夢想した。村の外の世界を、時折やってくる荷物を乗せた馬車。その荷台に乗って何処か遠くに行く事を。
この村から出ていくことを。
俺は家族が好きだし、妹のマナを溺愛していた。けれども村のことが好きな訳ではなかった。
きっと他の村にもある、しきたりと言う奴だ。法や犯罪が存在しない平和な村にも、犯してはいけない
俺はそれが嫌で、幼いながらに嫌気が差していた。だから村の外の人達からの話は俺に行動を促す起爆剤になった。
そのことに関して明確な日程と計画を決めるため、俺は母さんと父さんにその旨を話した。
母さんと父さんは村で育った人間だ。村の外への興味が無いわけではないが、それでも二人にとっては村とそれ以外の世界には大きな壁があった。
未知の世界に自分の息子を送り出す覚悟。俺は誰かの親になった事があるわけでは無いが、きっと二人にはそう言った類の葛藤があったのだろう。
俺の意見を聞いての二人の反応は芳しいものではなかった。
しかしそれ以上に難色を示していたのが妹であるマナだった。
この話は母さんと父さんにだけ話そうと思って夕食時話があると二人に伝えた。この時の会話を聞いていたマナが部屋に向かわずこっそりと陰で俺の話を聞いていた。
「だからっ!私はお兄ちゃんが居なくなるのなんて許さないからっ!」
「さっきから言ってるだろ!俺はもう心に決めてるんだ!」
多感な時期だったのだ。俺もマナも。お互い何年もの間を共に生きてきた兄妹だった。仲の良い、不和のない兄妹だった。だからこそ、人生史上初の兄妹喧嘩に戸惑って、戻り期も止め期も失ってしまったのだ。
お互いヒートアップする声と心を止めることが出来なくなってしまった。今まで衝突する事のなかった俺達の喧嘩に、母さん達は目を見開いて掛ける言葉を探しているだけだった。
そんな話し合いとも呼べない言い合いも底が尽き、いよいよお互いに
先にしびれを切らしたのはマナの方だった。
「お兄ちゃんなんてもう知らない!」
そう言うとその場を駆け出し足を玄関へと向けて家を飛び出した。その姿に慌てて席を立って声によって静止を呼びかける母さん。
しかし一瞬たりとも止まる様子を見せないマナは何処かへと姿を眩ませ、見えなくなってしまった。
次いで、突然の行動に反応が遅れた父さんが走って玄関口へと向かう。
そのまま扉の外で辺りを見渡した父さんは項垂れて家へと戻ってきた。見失ってしまった事を申し訳無さそうに話す父さん。
それから家の中には重苦しい沈黙が訪れた。本当ならば二人も今すぐにマナの事を追いかけたいはずなのだ。しかしそれを苦い顔をして俯く俺が妨げる。このまま放っておける空気では無かったのだろう。
「…俺が、探してくる。」
はじめに声を上げたのは俺だった。家を出たマナを見つけること。それは、俺がやるべき事だったはずだ。
椅子から立ち上がり、玄関へと向かう。心配そうにして此方を見る母さん達に声を掛ける。
「大丈夫、わかってるよ。…マナとも、しっかり話をして分かってもらうから。」
俺はそう言って、暗い夜道を駆け出した。
そうしてこれが、俺と家族の決別。
マナとの最後の会話になるのだった。
____
「あの、ですから今朝は遅刻しそうでして…」
「だーめ♡」
拝啓未だ再会できぬ母さん父さん妹、僕は怪しい邪教の一室で逆さ吊りに遭いながらも元気にやっています。
週一のノルマである演説を終えた俺は廊下でカリンと別れて自室(教祖室)へと向かった。それから辿り着いた部屋の扉を開けると次の瞬間逆さ吊りになっていた。
説明されても訳が分からないと思うが言葉通りの状況であった。それも全部、
俺を宙吊りにした犯人はというと、今も俺のベッドの上に腰掛けて逆さ吊りになっている俺をニコニコと眺めている目の前の女なのだが。
一見するとその美貌に思わず心を囚われそうになる程の美しい女性。流れるベージュ色の髪は夜空に浮かぶ星々を想起させ、見つめられると吸い込まれてしまいそうになるその黄金の眼差し。
だが騙されるな。この美貌はきっと獲物を誘き寄せるための餌のようなものなのだ。
「あらあら、人の容姿を餌呼ばわりとはレディに対する扱いとしては合格点はあげれないわね。」
いやそもそもレディって歳じゃな…嘘嘘嘘嘘!冗談ですから許してください!それ以上締め上げられたら立てなくなりますぅぅ!
「全く…もう少し女心を理解しなさいな。」
女心…深くは突っ込まない様にしよう。
「わかりましたからそろそろ降ろしてもらえると有難いのですが。」
今俺の目の前にいる女性はそもそも人ではないのだが。彼女は所謂神。っていうか俺が作り上げたこの宗教で崇拝されている神様本人であった。
なんで俺が主神であるイスタニアご本人と話せてるのかとか、どうしてこの宗教を開くことになったのかとか。語れば長くなるので割愛するが、今はお互い共同関係にある相棒的な存在だと思ってもらえれば良い。
ま、相棒と俺の間にある実力の差とかは気にしない方針で頼む。てかイスタさん、そろそろ逆さの状態の弊害で頭に血が昇ってきたから解放してもらいたいのだが。
「もう、仕方ないわね。次から
そう言うとイスタちゃんは指をヒョイっと回して、俺の足を拘束していた触手をどこかへと消した。
そして急に足の支えを失った俺は地面に頭から激突すると思って目を閉じたが、俺の頭を強い衝撃が襲うことはなく、代わりに柔らかな感触が顔面を包んだ。
何事かと思い目を開くと目の前には肌色のクッション。もといイスタちゃんのお膝があった。
見上げると相変わらず胡散臭く笑うイスタちゃんが此方を見下ろしていた。
「はぁい♡」
え、今さっきまでベッドの上に居たよね。どういった原理で瞬間移動をしたのだろうか。
だが相手は神であった。どうせ俺如きが考えても仕方ないのだ。
それから俺はイスタちゃんに軽く礼を告げてから立ち上がり、目的の神体を探す。
えーと、確か俺は寝る前に首から外していたから、ベッドの近くに置いてあると思うんだが。
部屋の中のベッドを中心に見渡すと、ベッド横の丸机の上に紫に鈍く光る禍々しいペンダントが置いてあった。俺の探していた目的の物だ。
相変わらず呪われそうな光り方してるな。思わず持つのを躊躇しそうになるそれを手に取ってから首へと回してつける。
『呪われるなんて、失礼しちゃうわね。』
そしてペンダントを首につけたと同時に何処からともなく声が聞こえた。音は聞こえないのに声だけが脳に響く不思議な感覚だが、もうこれにも慣れたものだ。
原理は分からないがこれをつけるとイスタちゃんの声が俺にのみ聞こえる様になるらしい。後、さっきまでこの部屋に居たはずのイスタちゃんはもう既に姿を消していた。
そんな風にイスタちゃんと念話をしてから腕の時計を見る。時刻はあれから十分ほど経っており、結構な時間会議をすっぽかしてる事になる。
仮にも彼等の上司にあたる俺が大遅刻なんて許されるのだろうか。下手したら激情したみんなに血祭りにあげられるかもしれない。ここ邪教っぽいし。
『この宗教を開いたの貴方だけどね。』
いや、気づいたら思ってたのと違う方向に行ってたんだって。なんとなくで組織した教団運営のみんなが優秀すぎた。なんなら俺抜きでも成立するレベル。
『それは貴方が三日前に渡された仕事を終わらせていないのが悪いと思うけど。』
うるさいよイスタちゃん。俺はこの教団の代表として他のみんなには出来ない仕事があるのだ。例えば今日の演説とかね。
『でも先々週の演説はカリンって娘が代わりでやってたじゃない。』
あー、あれか。俺が布教活動で地方まで行ってる時か。いやでも、実際に神の声聞けてるのは俺だけだし。
『自由と欲の解放とか、私一度も言ってない気がするけど?私のはただ好きに生きればいいじゃないって言うモットーみたいなものですわ。』
…うるさいよイスタちゃん。って言うかこんな不毛な言い合いしてる場合じゃない。
早く会議室に向かわないと俺の命が危うい。今まで一度も欠席した事無いから急に休みでもしたらどんな報復があるか分かったものじゃない。
俺は逆さ吊りになった時に顔から落ちた仮面を拾い、付け直すと部屋の扉を開いて地下の会議室へと向かった。
どうでもいいけどイスタちゃんお手製のこの仮面、左目しか空いてなくて見えずらいんだよな。多分毎日足の指ぶつけるのは視界の悪さもあると思う。
____
結局三回くらい道に迷いました。無駄に複雑なんだよな、教会。
何とか辿り着いた地下室を前にして俺はその扉に手をかける。
「…たすると…真っ向から…潰す…なりかねないわねぇ〜。」
そしてその手は唐突に聞こえてきた声により止められた。その声はどうやら会議室がある扉の向こうからであった。扉から距離があるのか途切れ途切れになって聞こえたが、おおまかな内容は察せられた。
え?潰すって何?俺の知らない間に何が起きたの?
普段の会議なら予算の使い方がどうたらこうたら、布教活動地域の拡大が云々かんぬんとか、みんなが話す内容をぼけーっと聞いて、それにカリンが対策を講じるから俺はそれにGOサインを出すだけなのだが。
今聞こえた内容からして普段通りでは無い。よくよく考えると今日の会議いつもより早いし、俺抜きで先に何か特例的な話し合いが行われていてもおかしく無い。
潰すって、何をだよ。今聞こえた声からアイナのセリフだと思うんだけど。あの六人の中で一番穏やかと思われるアイナが潰すとか、どうなってるんだよ!
『どうなのかしらね。もう少し深く考えればわかるんじゃ無いかしら。』
え、イスタちゃんはこの状況分かるの?深く考えるか…。
瞬間、俺の脳内細胞が黄金の輝きを見せる。
早めの予定で始まった会議。上司(俺)抜きでの話し合い。普段から会議中も頷いているだけの俺。
パズルのピースが揃い、俺は結論を出した。これは…。
「部下のみでの上司の愚痴を言い合う集まり…?」
あり得なくは無い。よくよく考えたら俺って無能だし。そのくせ偉そうにしてる形だけの上司って、みんなから見て苛立つ要素しかなくないか?
再び時計を見ると会議開始から既に結構な時間が経過しており、その間俺に関する愚痴大会が行われていたのなら、今ごろその大会も佳境、ヒートアップして思わず温厚なアイナまでもが「潰す」と話していてもおかしくは無い!
ひぇぇ…怖いよぉ。この扉開けたくないよぉ。
「よ……い…。」
今の声はイゴのもだろうか。いや「良い」ってそれ、完全に同意示してんじゃん!俺イゴにだけは好かれてると思ってたよ!まさか嫌われていたとは。泣きそう。
『ふふふ…。』
何笑ってんだよ!イスタちゃん!今俺史上最もピンチな状況だよ!
今はまだ口で文句を言う程度で済んでいるが、この話し合いがヒートアップして実際に俺をボコボコにする計画でも組まれてしまったら最後、今日が俺の命日になる。
「…そこで、…この騎士団からの…を受けるか否か、もしくは…代案を募りたく…しました。」
騎士団?なんでそこで騎士団が出て来るんだよ。て言うかこの会議提案したのカリンだったのか…。
もしかして職務怠慢って騎士団からしたら大罪だったりする?前に騎士団長さんから布教活動について気を付けるよう注意されたけど、あれってこの事態を指していたの?
不味いですよ!俺はまだ牢獄の中で寝食を過ごしたく無いぞ。まだ俺にだってこの教団を辞めて冒険に出るって言う夢があるんだ。こんなところで止まるわけにはいかない。
しかしどうしたものか、難しい問いであった。この騎士団からの罰を受けるなら俺は牢獄行き。逆に受けなくても今この場にいる六人からリンチにあってミンチへと姿を変えることになる。
選ぶに選べない内容。こればかりはいくら今まで誤魔化して有耶無耶にして来た俺にも簡単に決められる内容では無かった。
頭を捻り悩んでいる俺に一筋の天啓が降りる。
『別に騎士団は貴方の働きを普段から見てる訳では無いのでしょう?あの六人は誤魔化せなくても部外者の騎士団ならごまかせるのでは無いかしら。』
…天才か?それだよ!それ!そうだ、何も俺の牢獄行きが決定した訳では無い。俺は法律にも詳しくないが、きっと今までこの仮面と口先だけで何とか騙してきた俺だ。
騎士団すら欺いて俺は社会的一命をなんとか取り留める。それから機を伺って教団から脱退。そのまま俺という無能が居なくなった教会は本格的にカリンの支配体制へと変わり、教団のみんなも幸せ、俺も辞めれて幸せ。
やべぇ…自分が恐ろしいくらい完璧な筋書きだ。よし、そうと決まったらさっさと騎士団の人と話をつけよう。
俺は扉の取手にかけられ止まっていた手を動かし、その戸を開いた。
そしてそれと同時に食い入るように声を上げた。
「受ければいいじゃ無いですか。」
その声に気づいたのか、全員が驚いた顔を浮かべてこちらを見る。
フフフ、まさか聞かれていたとは思うまい。隠れて話すと言うことは少なからず負い目があると言う動かぬ証拠!
さぁ、お前らは自分たちの愚痴が張本人に聞かれていたと言う状況に口を開くことすらできまい!
そう思っていた俺の思考とは裏腹に俺から見て斜め右前に座っていた長い銀髪が美しく流れる美少女、ブルーメルが声を上げた。
「教祖様!!」
心底嬉しそうに声をあげるその姿は正に天真爛漫な可愛らしい少女。かわいい。
そしてそんなブルーメルに続いて次に声を上げたのがイゴであった。
「…!教祖…。」
こちらは声こそ大きく上げはしないが、その頭についている獣のような耳がピコピコと動いて、嬉しさをアピールしていた。かわいい。
この様子から見るに、二人はさほど俺の事を嫌っていないのかもしれない。よかった。やはりメンバーの中でもまだ幼い印象を受ける二人だ。まだ憎悪を覚えるような精神では無いのだろう。
先ほどの会話でイゴの方はアイナの意見に賛同していた気がするが、あれは空気を読んだと言う奴だろう。やはりこんな地獄にも救いはあったのだ。
そんな二人の様子に俺は和む。しかしそれも束の間の平穏。机を挟んでブルーメルの反対側、姉であるエーデルがこちらを見ている事に気づいた。
表情は笑顔である。その可憐な姿と儚くも美しい表情からなる笑顔は見るものを虜にするものであった。
しかし、俺は知っていた。妹のブルーメルとは違いエーデルは俺の事を内心毛嫌いしていることを。
「…うふふ、随分遅い登場でしたわね。教祖様。」
ヒエッ…怖い。これは会議に余裕で遅刻する俺への皮肉だろうか。
「え、ええ。少し急用がありましてね。」
俺は仮面の下、冷や汗をダラダラ垂らしながら答える。
きっとあの笑顔の裏には「あ?無能のクセして遅刻とは随分良いご身分だな。あ?」みたいなメッセージが隠れてるに違いない。怖い。
全員が内心不平不満を溢れさせているその元凶である俺の登場に自然と室内の雰囲気が怒りと嫌悪に変わる。
やべぇ、来て早々だけど逃げてぇ。
俺がエーデルの笑顔に戦慄しその場で立ち尽くしていると、奥の方でアイナが動き出したのが見えた。
「教祖様〜取り敢えず此方に腰掛けて、それからお話しましょう〜。」
そう言うアイナは普段俺が座ってる一番偉そうな椅子を引いてその側で立っていた。
エーデルからの皮肉攻撃を受けてる俺を見かねての行動だろうか。優しい、好きになりそう。
けど俺は知ってる。あのどう考えても優しいお姉さん的な雰囲気を纏うアイナが何度か俺を殺そうと画策していることを。話しているとそんな様子をおくびにも出さないのだが、時折悪魔の片鱗を見せて俺を搾り殺そうとしてくる。
きっと殺意とかは無いんだろうけど種の性という奴だろうか、何度かそういった類の夜の誘いをされたことがあるのだ。
だがその豊満な肉体に理性を失い誘いを受けたら最後、文字通り枯れ切った死体となって見つかるのだ。
サキュバス怖い。触れると火傷程度じゃ済まないことを俺は知ってるんだ。
『あの娘、どうにも近しい匂いを感じるのよねぇ』
あとイスタちゃんはアイナがお気に入りらしい。何かと贔屓して俺のことを贄として差し出そうとする。やめて欲しいです。
「そうですね、アイナ。心遣い感謝します。」
俺が感謝を告げるとアイナは一瞬目をパチリと開いてからその表情を笑顔へと変えて此方を見つめてきた。
可愛い。好きになりそう。
これ以上見てると俺の理性が持ちそうに無いので目を逸らしてさっさと自分の席に移動する。
アイナも俺が席に着いたのを確認してから元いた椅子に向かい歩き、そのまま席に着いた。
これで俺含めこの教団の運営メンバーが揃ったわけだ。そう思い全員の姿を一度見ようと目線を動かすが、俺から見て斜め右前、つまりブルーメルの対面に座るエーデルが滅茶苦茶怖い表情で此方をガン見してくる。
その迫力に思わず白目剥いて倒れそうになるのを必死に抑える。え?やっぱり俺今日死ぬの?今からエーデルに八つ裂きにされて殺されるの?
何とか堪えて正面を見るよう努めるが、俺の座る場所はお誕生日席みたいなところなので、嫌でも真顔で睨みつけてくるエーデルが視界に映る。
基本全員こっちを見てるのだがエーデルだけ目力が半端ない。怖い。
誰か助けて。そう思い各メンバーに懇願の目線を向ける。
俺から見て円を描いて右側から、イゴは何が楽しいのかずっと耳をピクピク動かしてじっと俺の方見ている。かわいい。
エーデルは変わらずこの世の全てを呪うかの様な目で此方を見てる。怖すぎ。
アイナはニコニコしてる。何かいいことでもあったのだろうか。
オングリュークは両腕の肘を机の上に置き、その掌の上に顎を乗せて気だるげに話を聞いている。クソッ、オングリューク。お前は俺の味方なのか?それともエーデルと同じく俺をボコボコにしたいのか?
ブルーメルは頬を膨らませて何か悔しそうに俺を見ている。かわいい。
カリンは何かを思考するかのようにじっと手元の書類に目を落としている。あ、メガネクイってした。
そして全員を見渡した俺は結論づける。助けを求めるのは無理だ。
そして豆腐メンタルの俺は視線に耐えきれず下を向いてやり過ごす事にした。
「そうですか…その上で視察を受け入れると言うことですが…本当に宜しいのですか?できれば理由もお聞きしたいのですが。」
下を向いて俯く俺にカリンがそう話す。
え?視察?なんの話だろうか。しかも俺が許可したみたいな言い方だけど…。まぁいいや、視察って要は見学のことだろう。そんなのいつ来てくれたって構わないしな。
てか下向いたことで気づいたけど俺の席の前に何かの紙が置いてある。一番上には『イスタニア教の活動に対する視察要請』って描いてあるが。入信届的な奴かな?
そこら辺の仕事は全部運営のみんなに投げてるからわかんねぇや。
『そうやって仕事をまともにこなさないから恨まれるんじゃなくて?』
ぐぬぬ。確かにその通りなのだが。
そもそもここまで規模が大きくなるとか考えて無かったし。仕方ないし。
『言い訳だけでは現状の打破はできないわよ。』
確かに…。よし、ではここらで教祖らしいことでもして俺の有用性をアピールしよう。そうすればエーデルも俺に対する評価を改めざるを得ないだろう。
俺は顔を上げ、それから一発カリンにビシッと答えようと息を大きく吸い、それから話そうと口を開いた。
「そうですn「あら?教祖様の決定に不満がありまして?教祖様が全くの考慮なしで受けることも無いでしょう?」…。」
そしてそんな俺の決意は喰い気味に答えるエーデルによって妨げられた。
これは「考え無しに話してんじゃねえよタコ。」みたいな皮肉が籠ったセリフだろうか。凹む。
もう完全に対抗心を失った俺は仮面の下静かに涙を流してエーデルを見る。
俺の失意に気づいたのかエーデルは勝ち誇ったかの様な表情で此方に目線を向けてくる。これがマウント勝利という奴だろうか。
「ってもよぉ、流石に今回のことはもう少し慎重に考えた方がいいんじゃないか?教祖サマ。」
そしてそんな俺に助け舟を流してくれたのは意外にもオングリュークであった。
オングリューク…お前、この状況で俺に発言権を与えることで名誉挽回のチャンスをくれるのか?
オングリュークからのこのパスは予想外だったのか、先ほどまで自信満々な表情であったエーデルは面白くなさそうにオングリュークを見つめていた。
朗報 オングリュークいい奴だった。俺はこのチャンスを逃さぬよう、エーデルが口を開くよりも早く言葉を紡いだ。
「そうですね、オングリューク。貴方の言い分はもっともです。ですが。」
それから俺は両腕を広げ、如何にも尊大な感じで続きを話す。
「そもそも、我々は間違った事などしてないのです。我らの、イスタニア様の教えを理解しろとまでは言いませんが、それを否定される道理など無いのです。」
そう、これが教祖としてのベストアンサー…完全に決まったな。俺は目を閉じ、完璧な仕事を終えた余韻に浸る。
これはどこからどう見ても迷える子羊を導く完璧な教祖ムーブ。
ああ、目を閉じたままでも分かる、今ごろ悔しそうに顔を歪ませているエーデルの姿と、俺の回答に感動し目を潤す他のみんなのメンバー。
俺は自信を持って目を見開き、それから周りの様子を見渡した。が、そこには俺の想像と全く違い、みんながみんな口を尖らせて難しそうな顔をしていた。
唯一俺に賛同してくれていたのは何度も首を縦に振るブルーメルだけであった。
…え?俺の言葉全然響いてなくない?もしかして的外れなこと言いました?
動揺する俺を置いて、アイナが俺に苦言を申し出る。
「確かにその通りだと思うけど〜もしもって時はどうするつもりなのかしら、教祖さま。」
も、もしもですか?いや、別に入信断られた位でそこまで考える必要ある?
そしてそこに追い討ちのようにイゴが言葉を重ねる。
「何か秘策…あるなら教えてくれ。」
秘策…?え、何、どう言うこと?君たち普段からこんな張り詰めた空気で宗教勧誘してたの?そりゃ増えますわ、信徒。
勿論秘策なんてものが用意されている訳もなく、俺は取り敢えず分かっているフリをするため顎に手を当てる。
……不味い、全然思いつかない。今まで行き当たりばったりな勧誘しかしてなかったし。俺の愛読本『猿でもわかる開宗』にだってそんなことは書いてなかったぞ。
行き詰まった俺は一縷の望みをかけてオングリュークへと援護要請の視線を送る。
だが頼みのオングリュークは難しい顔をして眉間に皺を寄せるのみ。いよいよ詰みが近くなってきた。
くそ…こうなったらやるしかねぇ…!
俺は一呼吸分深呼吸をし、それから口を開いた。
「そうですね…勿論、秘策と言えるかは別として分かりあう術は持っていますよ。安心してください。」
秘技、ハッタリ!この技はその場を凌ぐために嘘とも本当とも判断がつかない曖昧な答えをする事でその場での追求を避ける技だ。
ていうかこれ以上追求しないでください!お願いします!許してください!
俺は懇願の視線を必死になってカリンへと送る。結局この場の支配は実質的なリーダーであるカリンに委ねらているのだ。
頼む!カリン!いや、カリン様!
俺は神にでも祈るように心の中でカリンに向かって呼び掛ける。
そしてその祈りが通じたかは不明だが、一つ息を吐いて肩を下ろしたカリンが口を開いた。
「そうですね。…教祖様がそこまで言うならばこの視察、受ける事にしましょう。」
やったああああああ!今日も生き残ったぞおおおお!
俺は内心スキップをして駆け回り、やっと終わった今日の会議に胸を撫で下ろす。
「そうですか。理解してくれて嬉しい限りです。では、早速この紙に了承のサインをしますので届けに行ってくれるとありがたいのですが。」
心からの感謝をカリンへと告げ、そしてこの場所からさっさと逃げるため俺は例の紙を手に取り立ち上がる。
「あ、はい!教祖様、私が行くわ!」
そう言ってブルーメルが手を上げ紙の運搬を立候補してくれた。
ありがとうブルーメル。俺は未だ入信届をどう処理すればいいのかわからないのだ。
ひとまず入信届に教祖である俺のサインをするため、自室へと向かうことにした。俺はブルーメルについて来るよう言い、それから部屋を後にした。
扉を潜るその間際、再びエーデルからあの恐ろしい視線を向けられたような気がしたので早足で地下室を上がる。
「教祖様〜、ちょっと速いわ。」
と言うブルーメルの声にハッとなり速度を緩める。
「ああ、すみませんね。」
そう言うとブルーメルは嬉しそうに顔を綻ばせ俺の元に駆け寄ってきた。すまんな、君のお姉ちゃん怖すぎるんだ。
「ううん。別に気にしてないわ!それより、教祖様はやっぱりすごいわ!騎士団からの視察をああも簡単に受けちゃうなんて。」
嬉しそうに話すブルーメルに俺も連れられて笑顔を浮かべそうになるが、その言葉に表情が固まる。
え?騎士団からの視察?
何を話しているのか。ブルーメルの言葉がどうもしっくり来なかった俺はもしやと思い手に持っている用紙に目を落とす。
『イスタニア教の活動に対する視察要請』こちらは先ほど読んだ通りだったが、読み進めると思ってるのと違う文章が目につく。
そして最後まで見た俺は自身の過ちを悟るのであった。
…イモンベルト騎士団騎士団長コマリ・イルダートベルン。最後の送り主の名前を見て、俺は天を仰いで後悔をした。
結局地獄かよ…。
「?教祖様、どうかしたかしら?お腹が痛いの?」
横に立つブルーメルの的を外した気遣いだけが虚しく俺の心に響いた。
おまけ
教祖(主人公)から見た上位神官達の印象。
カリン…真の支配者。俺はこの人に利用される駒であり、何度も失態を拭われている。美人で頭も良くて魔術も出来る隙の無い人。いつ切り捨てられるかとビクビクしてる。
エーデル…お姉ちゃんの方。人形みたいに整った顔立ちで将来的にも美人さんになるんだろうなぁ。多分俺の事滅茶苦茶嫌い。特に俺がブルーメルと話したり遊んでると無表情で睨んでくる。怖い。
ブルーメル…妹の方…姉同様綺麗な銀髪と顔立ちの美少女。何故か俺を慕ってくれてる。昔居た俺の妹みたいで元気で純粋でかわいい。きっと虫も殺せない優しい子。
オングリューク…話すことが少ないけど、いつも気怠気な雰囲気をしてるクールガイ。俺が夢の中で想像する理想の自分みたいだと尊敬してる。あと俺と違って面倒臭がっても仕事はできる。すごい。
イゴ…かわいい。犬みたいに撫でたり話してると尻尾とか耳を振ってくる。運営の中では一番仲良いと勝手に思ってる。今は幼さを残す美少年だけど将来は滅茶苦茶イケメンになってそう。そのままの君で居てくれ。
アイナ…正直滅茶苦茶タイプ。サキュバスの末裔らしく艶かしさを纏う綺麗な桃色の髪から姿を覗かせる角が個人的に可愛いと思ってる。でも本人は無自覚にかもだけど俺の事を搾り殺そうとしてくる。サキュバスと交わったら最後死ぬまで精気を吸い取られるって本に書いてあった。
おまけのおまけ
作者が適当に思いついた時のこいつらの設定
カリン…頭良い紫髪眼鏡っ子
エーデル…銀髪姉妹の姉の方。当初は吸血鬼設定を入れようか悩んでやめた。
ブルーメル…妹の方。作者は二次元だとこんな感じの天真爛漫娘が好き。
オングリューク…悲しい男。ダウナー系男子。挑戦してみた枠
イゴ…他キャラの癖が強かったから単純な性格のショタ。
アイナ…乙女系サキュバス
こんな感じの思いつきで書いてるので続きません。後作品を投稿するのはこれが初めてなので読みにくいかもしれないけど許してね。
イスタニア教団幹部の中で見たい過去話は?
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エーデル&ブルーメル
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イゴ
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アイナ
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そんな事より話進めろや
-
続きません