気付いたら邪教の教祖でした。辞めたい。 作:雷来でんぐり返し
その日は良く晴れた良い天気だった。外ではその青天の下、子供達が走り回り、花屋の花壇に植えられた花達が楽し気に風に揺れていた。
思わず時の流れに身を委ねたくなるような。そんな穏やかな一日の始まりであった。
だがそんな外の時の流れと隔離された空間では、今日もまた邪教が怪しく活動を開始していた。
「教祖様、次はこちらを。」
その部屋は教会における最奥の部屋であった。教徒達の中で教祖室と呼ばれるそこは現在二人の人間が静かに手を動かしていた。
一人はイスタニア教代表とも呼べる仮面の男、教祖であった。
もう一人は上位神官であり、教祖代理でもあるカリンであった。眼鏡の奥に光るその眼は今日も知的な輝きを秘めていた。
そんな教団ツートップとも言える二人が同じ部屋にてそれぞれ机を前に座り作業に没頭していた。
机の上には何種類もの書類が束となって置かれていた。そしてそれら書類の内容を素早く読み込み、得意の演算によって最適解を導き出し必要項目を記入するカリン。
その紙の内容は多岐に渡った。教団が行う仕事というものの八割が布教活動である。しかしその内負担になる仕事は二割の内容、各方面への交易、商易の取引であった。
教団は主神の素晴らしい教えを説くことを目的にして設立されているが、そのための手段として様々な方面とのやり取りが必要になる。
中には活動資金を稼ぐ為、本格的な商会と同じように物品の取り扱いを行うこともある。
要は教団の運営は大変であると言うことだ。そして現在教祖室にて二人が行う作業は残り二割にあたる仕事であった。
王都における布教活動と地方での布教活動での入信者の数の比較。教徒が過激な活動を行ってはいないかのチェック。
それらを分割して行い、書類に記す。そしてその書類が束となって届けられ、ここ本部に仕事が回ってくるわけだ。
多量のメールチェックに近い作業である。しかしここ最近勢いを増し、教団の規模が大きくなっている事も相重なってその量は大量になっていた。
流石にそれをたった二人で行うことはできない。よって上位神官の中ではこれらの作業が分割して行われている訳だが、その作業の締めに教祖によるサインが必要であった。
そのため、今この場にいる二人は既に完結された仕事の確認及び最終工程の完了を行なっていた。
右に積まれている書類に目を通し、必要なら加筆、修正をして左にいる教祖の机へと流す。それがカリンの行う仕事であった。
普通以上の働きをするカリンであるが、それでも積まれている紙束が急速に消えることは無い。
カリカリとペンの運ばれる音のみが響く室内。苦痛にも感じられるかもしれないこの時間をカリンは嫌いではなかった。
こう言った地味な活動がいつか教団を大きくする為に繋がると理解している事と、何より重役を教祖より任せられていると言う事実が彼女のモチベーションを上げていた。
「教祖様、こちらも。」
同じような台詞だが、それだけでも二人の間での意思の疎通は十分であった。
「ええ、有難うございます。」
カリンが差し出した書類を受け取った教祖は短く礼を告げてその書類に目を落とす。
上位神官は基本全員教祖様バカであるが、カリンもまた同様のバカであった。
この短い感謝でいちいち喜び、その度仕事の効率を上げているのだからその入れ込み具合も相当だろう。
そんな時間が何時間も過ぎる中、教祖室の扉が叩かれる。
「どうぞ。」
三回のノックを聞いたカリンは教祖に顔を向け確認をとる。教祖がそれに対し頷いたのを確認してから部屋に入るよう扉越しの人物に声をかける。
「失礼します、教祖様。担当の業務が終わりましたので、確認の必要な書類を届けに参りましたわ。」
扉の向こうから姿を覗かせたのはカリンと同じく上位神官の一員であるエーデルであった。
一礼しそれから部屋へと入室。そして話していた書類の束を提出用の机の上へと乗せると、改めて教祖へと向き直り口を開いた。
「教祖様のお仕事はお済みでしょうか?そうでなければ私が手伝いますわ。」
そう言い彼女はにっこりと微笑んだ。その言葉に対して少し考えるように間を置いた後、教祖は答える。
「確かにまだやるべき仕事は多いですが、安心してください。自分の手で負える範疇です。」
そう言って教祖はエーデルからの助力を断った。
一方言われたエーデルは少し残念そうにしてから「そうですか。」とだけ残し肩を落とした。
彼女も同じく教祖様バカである。エーデルが手伝いを申し込んだのも教祖の手伝いになりたい事と、またその仕事ぶりを褒められたいからである。
その算段が崩れてしまった為残念そうにするのであった。
「ああ、勘違いをしないで欲しいですが、エーデル、貴女からの助力提案は嬉しかったですよ。これからも期待に応えられるように努めますね。」
教祖は一度エーデルの方を見てからそう言い加えると再び机の上の紙へと視点を移した。
「!…うふふ、有難うございます。教祖様。」
言われたエーデルは嬉しそうに微笑むとそれから部屋を出る訳では無く、そのまま教祖室の隅に備えられた魔導加熱機の方へと移動し、そのまま慣れた手つきでお湯を沸かし始めた。
そのままお湯が沸くまでの間に何処から取り出したのかティーポットやカップを人数分用意し、手早くティータイムの準備を始める。教祖室の中で。
その様子を見たカリンは小さくため息を漏らす。業務が終わり次第教祖室にてティータイムを始める事がいつもの流れであった。
無論、教祖の邪魔になるのなら即刻止めさせるべき案件ではあるが、とうの教祖は何も言わず業務を継続。口を出すつもりは無いようだ。
「…毎回の事ですが、止めなくてよろしいんですか?」
カリンは一応止めなくて良いのかの確認を取るため教祖へと小さく話しかける。
「別に構いませんよ。それに彼女がいれば私の作業も捗りますしね。」
「そうですか…いえ、それなら構いません。」
その言葉を受けてカリンはそれ以上の追求を止め、再び自分の作業に戻る。
そしていつの間にやらその会話を聞いていたのか、やけに誇らし気な表情を浮かべたエーデルが紅茶の注がれたティーカップを二杯持ち、二人の近くに立っていた。
「ふふ…それは嬉しい限りですわ。是非とも作業効率を上げてください。」
そう言って手に持つカップをカリンと教祖の机の上に置くと、自身はそのまま室内に設置された来賓用のソファへと腰を掛けて恒例のティータイムへと移った。
無言で作業を進める教祖と教祖代理。その同室で優雅に紅茶を飲む一応の部下。
なかなかにカオスな様子が展開される部屋であったが、教会ではいつも通りの日常であった。
そこからはペンを走らせる音に加えて仄かに漂う茶葉の匂い。そしてそんな匂いに釣られたのか、エーデルの来訪に続いて扉から再び音が響いた。
「教祖様。」
それに対し間髪入れず教祖へと声を放つエーデル。入室の許可の確認であった。
エーデルからの呼び掛けに教祖はまた頷くと、それから入室許可の言葉がエーデルから放たれた。
そして教祖と短い言葉での意思の疎通ができたのが嬉しかったのか、エーデルは誇らし気な、ドヤ顔でカリンと教祖の方を見る。
私はアイコンタクトだけで可能でしたが。心の中で心の狭いマウントを取るカリン。
「失礼します!」
そんな二人の静かなマウント合戦を切り込むよう、元気の良い声が扉が開くと同時に聞こえてきた。
長い銀髪を忙しなく揺らす、エーデルの妹であるブルーメルであった。
「今日も午前のお仕事が終わったので報告に…って!お姉様!先にいらしてたのね!」
姉であるエーデル同様、右手に何枚かの紙束を持ち、空いた左手を自身の驚きに開いた口元に寄せ覆うブルーメルであった。
「ええ、ブルーメルもお疲れ様ね。それと、淑女たる者あまり大きな声を出さない事よ?」
…淑女?カリンは教祖様に関わる事だと淑女のしの字も見せない少女に疑問の視線を送る。しかしそれは本人には届かない。
エーデルからの言葉に慌てて大きく開いた口を閉じるブルーメル。
「ああ、私ったらダメね!これからは気をつけるわ!お姉様!後教祖様、これが終わらした書類ですわ!」
全く理解してない声量の元気の良い声で答えるブルーメル。それから部屋内部の教祖の近くまで歩み、手に持つ書類を渡した。
「おや、貴女ももう仕事を終わらしたのですね、ブルーメル。有難うございます。」
ブルーメルから書類を受け取りながら礼を言う教祖。その言葉にニコリと元気に笑って返すブルーメル。
それから不意に教祖の腕がローブの下から伸び、ブルーメルの銀髪を流すように撫でる教祖。
その頭部の感触に思わず閉じた口を開いて嬉しそうに目を閉じるブルーメル。
そしてその二人の姿を口を開き表情を迫真に固めて見つめる淑女。
この姉妹はお互いに教祖に対する情熱も思いやりも等しいのに何故か結果として扱いに差が出る。そして決まってエーデルはその結果に表情を氷塊のように暗くする。
流石にこのままの空気はエーデルに対して居たたまれないため、わざとらしく咳払いをして話を変えるカリン。
「こほん…教祖様、お取り込み中申し訳ないのですが、本日の予定について話しておきたい事が。」
その言葉を受けた教祖は撫でる手を止め、カリンの方へと視線を移そうと頭の向きを変える。
それに対し撫でられていたブルーメルは「あ…」と惜しげに声を上げて離れていく手を見つめる。
「おや、これはすみませんね。それで話とい…う…の…。」
ブルーメルの方からカリンの方へと頭を動かしながら話す教祖であったが、その内容は途中から途切れ途切れになる。
「教祖様?」
その様子を不審に思ったカリンが声を掛けると、ハッとしたように身体をピクリと動かした教祖は話を続ける。
「い、いや、何でもありませんよ。それより、話しておきたい事と言うのは?」
本当に何だったのだろうか。
教祖の行動に若干の疑問を覚えながらもカリンは話を続ける。
「本日午後に行われる騎士団からの視察ですが、その相手が騎士団長と副団長という事でして、疑いを深めないためにもこちらから伺うべきだと考えるのですが…。」
そう、今日は前回の地下室での会議にて決定した騎士団の視察が行われる日であった。
普通、相手から申し込んできた視察ならばこちらから出迎える必要は無い。
しかし予定される視察団員が騎士団における重役の騎士団長とその副団長である。
この二人がやってくるのならば、こちらも相応の用意をするのが吉である。
「ああ、そうでしたね。それでは此方も向かう準備をすべきでしょう。」
その意図は教祖も読めていたらしい。これだけの重役がやってくると言う事は、イスタニア教団はそれなりに疑われているという事だ。
そのため不用意に口を滑らせてしまうような末端の神官が迎えに行っては裏目に出る可能性がある。
「はい、ですから予めこちらから出向かう者を教祖様含めて三名、決めておきたいのですが。」
そこまでの人数は要らないであろう。しかし、少しでも間違えば教団と騎士団が真っ向からぶつかり合う可能性だってあるのだ。
ここは慎重に内情を深く知る上位神官の中で決めておくべきだ。
「成程、となると後二人ですか…。」
そう言って仮面の顎に位置する部分に手を当てて考える教祖。
そんな教祖の姿に先程から同じソファに座る嬉し気な妹の隣で死んだ目をしていたエーデルに光が戻る。
そう気付いたのであった。その話の結末に。
今回の件は教団の中でも過去を見ない重大な要件であった。つまり、この視察は絶対に失敗が許されない。
そんな状況で求められる人材の能力はズバリ二つ。
一つは予測される高度な話し合いや鎌の掛け合いに対応できる頭脳の持ち主。
一つはこちらの心情や内情を簡単に悟られない冷静な精神の持ち主である。
これらの条件を総合して人選をすれば自ずと選ばれるのは…。
自分である。二人の少女が不敵に笑みを浮かべた。
一人はこの状況の好転に気付いたエーデル。もう一人はこの状況になるよう巧みに話を運んだカリンであった。
最早完全に選ばれる事を確信した二人は眼鏡を得意気に指で持ち上げ、優雅にその手に持つカップを口に運んだ。
そして自分たちの華麗な仕事振りに教祖から褒められる姿までを幻視し始めた。
「…そうですね。ではこの二人を連れていく事にしましょう。」
教祖は二本の指を立ててそう言った。
「ブルーメルとオングリュークにしましょう。」
パリン。二つのガラスが割れる様な音が響いた。
一つは眼鏡を持ち上げるその指が盛大にずれ、レンズを砕く音。
もう一つは口にまで運んでいたカップがその手を離れ、床へと落ちていく音。
「「は?」」
二人の声は綺麗に揃って発せられた。
「え!私でいいの!教祖様!」
部屋には嬉しそうに驚くブルーメルの声が大きく響いた。
おまけの一言紹介コーナー。
教会の上位神官の序列は意外にも働きぶりではなく単純な戦闘能力で決められている。作者の最推しはアイナである(要らない情報)
イスタニア教団幹部の中で見たい過去話は?
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エーデル&ブルーメル
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アイナ
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そんな事より話進めろや
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続きません