気付いたら邪教の教祖でした。辞めたい。   作:雷来でんぐり返し

7 / 10
今日のお話は少しシリアスかも。けど次回は教祖視点でコメディに戻す予定だから許してね。続きません。後前回のタイトル少し変えました。

追記
とんでもない編集ミスがありましたが直しました。もしミスに気づいた方がいたら作者を指差して笑ってください。


コマリ・イルダートベルンの憂鬱

 「ブラファール。貴方と我々だけでの対話を希望したい。」

 

 その一言は理外の選択であった。

 

 教団を疑う騎士団。その団長と副団長が揃って教団の教祖との対談。

 

 「…囲って嬲りますってか?」

 

 オングリュークは冷静にそう言った。そんな物騒な発想をしなくても、と思うかもしれないがそう考えても無理のない提案であった。

 

 「そう言った意図は一切ない。が、そう言っても信頼をしては貰えないだろう。」

 

 コマリは自身も無理のある話だとは思っていた。しかし、隣に座る精神をすり減らしているライラを見る限り、ここで押し通せなくては今日の成果は無に等しいであろう。

 

 無理を承知で押し切る。

 

 自分たちはまだ、有力な情報を一つも手に入れていないのだから。それがコマリの出した最適解であった。

 

 しかしそれが通る相手でも無い事を理解していた。ブルーメルはじっと此方を見つめ、オングリュークは言葉による難色を示していた。

 

 「良いでしょう。」

 

 そんなお互いの意見が拮抗し合う中、その均衡は崩れた。

 

 それは意外にも、教団側における頭でもある教祖、ブラファール本人からの声であった。

 

 これにはコマリやライラ、隣に座る側近の二人も含めて全員が驚いた表情を浮かべる。

 

 「…教祖様、本当にいいの?私は断然反対よ。」

 

 ブルーメルが不安そうな眼差しで教祖へと問いかける。オングリュークも同様の意見で静かに教祖の表情を伺う。

 

 「ええ、確かに危険な提案でしょう。だから条件を付けたいと思います。」

 

 教祖はそう言うと手を開き、その掌をコマリ達に見せて条件とやらを話す。

 

 「五分。これが対談に応じる時間です。」

 

 その言葉にコマリは考えるように顎を引く。

 

 これは駆け引きの一つなのだろう。騎士団と言う立場になって何度もこういった駆け引きに応じる様になったコマリは経験からそう結論出した。

 

 此方の要求を一度飲み込む事で今後の話し合いや視察にて主導権を握る算段なのだろう。

 

 つまりこれが正真正銘のラストチャンス。

 

 「…分かった。その条件で対談を望みたい。」

 

 勝負に出たのだ。五分と言う短い時間では何も分かるまいと。

 

 教祖は覗くことすら叶わない暗黒の眼で此方を見て、それから開いていた掌を閉じた。

 

 「…有難うございます。では早速始めましょうか。」

 

 教祖のその声を聞いたブルーメルとオングリュークは最後まで心配そうに視線を教祖へと向けるが、その視線に教祖が心を変えることは無かった…

 

 渋々と言った様子で立ち上がったオングリュークは入口の方へと移動し、部屋の外に移った。

 

 「…教祖様、やっぱり私は不安よ。何かあったら直ぐに呼んでちょうだいね?」

 

 そう言うと、ブルーメルは掴んでいた教祖の腕を離してから、部屋の外へと歩いて行った。

 

 「…さて、これで貴女達の満足行く状況になったでしょうか?」

 

 扉の向こうに消えていった二人を確認してから、教祖はそう言葉を告げた。

 

 「ええ、協力に感謝する。それでは時間も惜しいから、早速。」

 

 ここからは時間との勝負である。何としても尻尾を掴まなくてはいけない。

 

 コマリは横に座るライラにアイコンタクトで指示を出す。

 

 ライラはその視線を受けて大きく頷き、それから先程までの恐怖を振り払う様に深呼吸をした。

 

 「…では最初に私の能力(・・)について説明しておく。」

 

 能力。そう言ったライラの言葉にも教祖は一切の動揺を見せずに続きを促す。

 

 やはり此方が能力を行使する事まで見抜かれていたようだ。しかしここから先の光景は騎士団の中でも数少ない者しか知らない。

 

 故に教祖にとっては未知の領域。

 

 「『聖者の天秤』…それが私の能力の名。」

 

 ライラは一つずつ確認するように話す。

 

 「この能力は条件を満たして一人を対象として発動することが出来る。発動中対象者の背後には天秤が出現し、対象者の嘘を検知すると天秤は傾き、その傾きが一定に達すると天秤は対象者へと罰を与える。」

 

 ライラは自身の持つ能力、『聖者の天秤』についての説明を続ける。

 

 「…成程、大層便利な能力ですね。これが『聖者の天秤(疑いを確実なものに変える方法)』ですか。」

 

 ライラの話を聞き、コマリも同様の感想を抱く。

 

 コマリは事前に知っていた事ではあるが、『聖者の天秤』は便利過ぎる能力であった。

 

 真実を正しい事と考える騎士団との相性は良く、その能力を買われライラは副団長と言う地位に至っていた。

 

 要は確実に成功する尋問の様なものだ。情報の整合性や虚偽の可能性を考慮する事なく決定できるその能力は、正に『疑いを確実なものに変える方法』そのものであった。

 

 「ですが少々疑問が残りますね。対象者が黙秘をした場合はどうなのでしょうか?」

 

 教祖からの疑問にもライラは迷わず言葉を返す。

 

 「その場合も天秤は傾き、対象に罰を与える。」

 

 その言葉に教祖は困ったように唸り、それからもう一つを尋ねた。

 

 「ふぅむ…念の為、その罰の内容を聞いても?」

 

 ライラはその言葉に少し考える素振りを見せ、それからゆっくりと答えた。

 

 「…術者の任意の罰を与える。そしてその罰には際限は無く、確実に実行される。」

 

 「…成程。」

 

 教祖はその言葉の意味を正しく理解したのか、顔を俯かせ溜め息を溢す。

 

 そう、際限無く確実に罰は実行される。この言葉は額面通りの意味であり、望むのならばあらゆる行動の強制が可能になる。

 

 それは人の命すら弄ぶ能力であった。とてもじゃ無いが聖者を名乗るとは思えない。しかし聖者とは救いの手を差し伸べるものではなく、等しく均す者を指すのだ。

 

 そう考えればこの能力は聖者を名乗るに相応しい能力であった。

 

 「…だが同時に制約が複数存在する。対象者と術者への攻撃行為は一切禁じられ、対象者の記憶や知識に無い問いに対しては天秤は働かない。また発動中の能力は術者が自分の意思で停止させるか、術者への物理的な接触により解除される。そして」

 

 ここからがこの能力の重大な点であった。

 

 「発動条件は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そこまで話したライラは再び深呼吸を行うと再びその名を声に出した。

 

 「『聖者の天秤』」

 

 最初にその名を呼んだ時には何も変化のなかった室内に、瞬間、大きな天秤が現れる。

 

 対象者である教祖の両手には手錠を模した光の輪が繋がれ、その鎖の先は背後の天秤へと繋がれていた。

 

 その光景は即ち、能力の成功を意味していた。

 

 「…手荒な真似をしてすまないとは思っている。だがこうする事でしか私は真実を見抜けそうに無い。」

 

 その言葉はコマリの本心から漏れ出たものであった。彼女は仮にも清く正しい騎士団のその長だ。

 

 その精神は騎士の模範とも言える程澄んでいなくてはならない。

 

 しかし、そんな彼女が現在行なっている行為は尋問そのものであった。

 

 団長からの指示であるとは言え、実際に能力を行使するライラも顔色は優れなかった。

 

 「…いえ、構いませんよ。先に手荒な真似をしようとしたのは此方です。これ位受け入れましょう。」

 

 しかし天秤により量られている教祖はその事実に動揺を見せなかった。

 

 まるで想定済みであるかのように。

 

 通常であればその絶望的な状況に泣いても可笑しくない中、不気味な程静かな教祖にコマリは言い表せられない恐怖を感じる。

 

 「…では早速質問を行わせてもらう…ブラファール、貴方の真の目的とは何だ?」

 

 ライラが尋ねるその質問は先程と同じであったが、状況が大きく異なる。

 

 その重過ぎる程の質問に教祖は少し考え、それから声を出す。

 

 「…イスタニア様の素晴らしい教えを未だ知らぬ…」

 

 その言葉が最後まで告げられるより早く、教祖の背後で音が鳴った。

 

 ガゴン。何かが外れるような、どこか歯車が噛み合う様な音に教祖は自身の背後を確認する。

 

 そこには最初とは異なる姿勢で、その秤を片側に揺らした状態で止まる天秤の姿があった。

 

 勿論、秤の上には何も乗ってはいない。まるで教祖の言葉が重みになったかの様に天秤は傾いていた。

 

 「…理解して貰えただろうか。これが最後まで傾く事無くこの話し合いを終えたいものだ。」

 

 コマリの言葉に教祖は黙り込む。本当に嘘が通用しない事を理解したのだろうか。

 

 恐らく、その先にまで気付いたのだろう。コマリはその直感で、目の前の男はこの能力の真の恐ろしさを理解したと、そう感じた。

 

 『聖者の天秤』。その能力の恐ろしさは嘘を吐く事で行われる罰にあった。

 

 罰には何ら縛りが無く、それは強制的に(・・・・)行われる。それは際限が無く、だ。

 

 例えば質問に対し、何が起きても本当の事を言わぬ者がいるとする。

 

 その場合罰が実行される訳だが、騎士団側がその者に対して命令する罰は死などでは無い。

 

 『今から行う質問に正確に、嘘なく(・・・)答えろ』。これである。

 

 この命令は『聖者の天秤』の作用によって何の滞りも無く実行される。

 

 つまりこの能力の真の恐ろしさは文字通り確実に成功する(・・・・・・・)尋問にある。

 

 幾ら対象者に命を懸けてでも情報の秘匿をしようと考える者がいたとしても、それは叶わない。

 

 何故なら本人の意思と関係なく自分が知っている情報が口から漏れてしまうから。

 

 これを未然に塞ぐためには能力の発動前に舌を噛み切って自害を行うしか無いのだが、能力の正体を知る頃にはもう既にその者の背後には天秤が現れる。

 

 つまり嘘を吐くという選択すらも奪う。それがこの能力の本質であり、全てであった。

 

 この事に気づける程聡い者はそう多くは無い。現に能力の持ち主であるライラは団長によりこの提案をされるまで気付くことは無かった。

 

 しかし、とコマリは目の前で俯き思考する男に思う。

 

 この男はその事にも既に気付いているであろう。ここまでの高度な駆け引きを行ってきた教祖に対し、コマリはそう結論付けた。

 

 「さぁ、再びの質問だ。ブラファール、貴方の真の目的を教えてもらおうか。」

 

 その言葉に、教祖は少しの間を置けると、顔を上げ答えた。

 

 「…私は現状のこの世界に不満を抱いています。そんな世界を変えたいのです。」

 

 天秤は動かなかった。どうやら嘘を吐いている訳では無いらしい。

 

 「現状の世界…か。もう少し詳しく聞こうか。」

 

 コマリはようやく手にした教団のその情報に、思わず湧き上がるその達成感を抑え、更なる情報を求めた。

 

 「この世界は私にとって狭過ぎるのです。まだ見ぬ扉と言いましょうか。その先に私は進みたい。今あるこの世界。その全てが崩壊してでもね。」

 

 コマリはその言葉に深く思考をする。

 

 やはりこの教団は裏に何かを秘めている。自由や欲の解放と言った謳い文句は空の偽物。いや、教団が抱える思惑の一部であると考えた方が正しいかもしれない。

 

 世界の改変。それはこの国に収まる問題では無いが。天秤は嘘を許さない。

 

 目の前の男は世界を本気で改変できると、滅ぼしてでも変える事ができると信じているのだ。

 

 どうしてそう思うのか。理由。計画。過去。そして主神イスタニアの正体とは、本当に存在するのか。

 

 聞かねばならない事は山程ある。しかしその全てを聞き出すことは不可能であった。

 

 コマリはチラと部屋内部の時計を見る。能力の説明を行ったこともあり、時間は押している。

 

 もし時間になり外で控える側近達が入室してきた際、この現場を見られては不味い。

 

 『聖者の天秤』の解除方法は二つある。一つは本人の、ライラの意思により解除を行うことと、他者からの物理的な接触だ。

 

 部屋に入ってきたブルーメルかオングリュークに接触されては能力が解除されてしまう。

 

 この五分と言う時間設定がコマリ達の動きを封じていた。

 

 コマリは思う。どこまでも思考尽くしな男であると。

 

 目の前でこの状況に諦観しているかの様に見えるこの男も、その仮面の下には予定調和なこの状況に笑みすら溢しているかもしれない。

 

 ここからは出来て三回程度。質問を慎重にかつ素早く行う必要がある。

 

 コマリは先を急ぐように、その上で冷静に質問を投げかけた。

 

 「それではその目的を達成するために現在貴方が考えてる手段や方法を教えて貰おう。」

 

 一つ、計画と手段の説明。

 

 「勿論この考えは世間一般的に称賛されるものではないでしょう。その為周りを欺き、その上唐突に行動を起こす必要があると思いますが。その全容に関しては私は存じていません。」

 

 教祖はスラスラとその言葉を告げた。しかしコマリはその言葉に疑問を覚えた。

 

 それは、計画の全容に関して教祖が理解をしていない部分だ。

 

 その口振ではまるで世界を改変する目的を実行しようと計画する他の者(・・・)がいる様であった。

 

 「…その全容を知っている。貴方の目的を達成する協力者とは誰なんだ。」

 

 その言葉に教祖はゆっくりと重いものを持ち上げるようにその口を開いた。

 

 「…イスタニア様です。あのお方は私の願いを知り、私に天啓を下します。私は全てあの方の思考を参考に、欲望を解放するのです。」

 

 口から出たのは教団が信仰する神、イスタニアの名であった。

 

 また適当な意見を言ってるのかと天秤を注視するも、天秤は最初の質問以来動きを見せていなかった。

 

 それが表す意味は一つ。

 

 イスタニアは存在する神である。正確には教祖が考えるイスタニアは実際に存在し、彼に言葉を囁いているのだ。

 

 これが本当に神であるのか、空想であるのかを判断することは、天秤には出来なかった。

 

 それは『聖者の天秤』の唯一の弱点であった。本人が信じている内容は真実として扱われる。

 

 それが意味する事は、対象者が狂人や、それこそ狂信者であった場合は正しく作用しない。

 

 しかしコマリの眼には目の前の男が理性を持たぬ狂人には思えなかった。

 

 その事に気付いたのはライラも同様であったようで、困惑の感情を顔に表していた。

 

 それもそのはず、もしかするとこの危険思想を持つ教団の真の主人は神そのものである可能性が高い。

 

 コマリが覚えてる神とは、二年前の神言祭での土地神ウルテミスであった。

 

 あのような存在が騎士団と真っ向とぶつかり、勝利する姿は描けなかった。

 

 しかし今は戦慄し固まっている場合では無かった。

 

 質問は安全を考慮してあと一度。

 

 コマリは一度目を閉じ、それから声に出す。

 

 これから紡がれるのは騎士団騎士団長としての言葉では無い。その許可を事前にライラより受け取っていた。

 

 「オルター・フィギュラスと言う青年の名を知っているか?」

 

 コマリ・イルダートベルンと言う少女の言葉であった。

 

 その名前を告げた途端、教祖はその動きを止めた。

 

 ピクリと、呼吸も、身体の揺れも、目線を動かすことさえも。

 

 先程からどの様な質問に対しても深く反応を示さなかった教祖が、今初めて動揺を見せたのだ。

 

 「…どう言うことでしょうか?」

 

 しら切るつもりだろうか。しかし天秤が動かない事を見るに、心からの疑問である事が伺える。

 

 コマリは懐から白く波紋の刻まれた片目だけ(・・・・)が切り抜かれている仮面を取り出した。

 

 「これはオルター・フィギュラスがその姿を消す、二年前(・・・)に最後に残した痕跡だ。」

 

 知らぬとは言わせないぞ。その言葉は、目の前の赤いローブを纏い、左目のくり抜かれた(・・・・・・・・・)奇妙な紋様の仮面をつける男に向けられた。

 

 「……あぁ、そうか。」

 

 それから長い沈黙を経て、そろそろ天秤も動きを始めようとする頃、教祖は小さく声を出した。

 

 それは呟くように小さな声であったが、やがてその様子は大きく変わる。

 

 「は、はは…ハハハ。アハハハハハ!!」

 

 それは笑い声へと形を変えた。今まで平然と感情の動きを見せなかった男の突然の叫ぶ様な笑い声だった。

 

 その声にライラはびくりと体を跳ねさせ、コマリは遂に頭が可笑しくなったかと動揺を表情に見せた。

 

 「な、何が可笑しいのだ…。」

 

 尋ねたのはライラであった。目の前の男に恐怖しながらも必死に言葉を出すライラの問いかけに、教祖は笑いを抑える。

 

 「ハハ。いやぁ、すみませんね。私とした事が、大きな過失。いや思い過ごしをしていました。」

 

 そう語ると、教祖はその右手を仮面へと移動させた。

 

 「そうでしたね。まさかそこまで忘れているなんてね…。どうぞこれが貴女の望む

 

 そう言って教祖はその仮面をゆっくりと取り____

 

 

_________

 

 

 コマリ・イルダートベルンは小さな家庭に生まれた普通の少女であった。

 

 だが自分は父親の姿を見た事が無く、幼い頃から母親の姿のみを見て育ってきた。

 

 男手のいない家庭であったが、そこまで不自由に思うことは無かった。

 

 母親は昔冒険者として第一線を活躍する凄腕の剣士であったらしい。現在はそれとは関係の無い飲食店の従業員として働いている。

 

 そしてコマリは、たまに母親が見せるその剣筋が好きであった。

 

 美しく強い。休日に母が運動と言って振るう木刀の太刀筋を眺める事が好きであった。

 

 コマリは母のそんな姿に憧れて、剣を振るう様になった。

 

 母親は反対ではあったが、普段から真面目に賢く自分の言いつけを守るコマリからの願いに断る事が出来なかった。

 

 コマリは冒険者時代剣の天才と言われた母親から見ても自分以上の才能があった。

 

 教えた技術はみるみると覚え、教えていない事も自己鍛錬で覚えて行く。

 

 母親譲りの素晴らしい剣の才能であった。

 

 コマリはそんな自分の才能を自覚し、より高い実力と剣技を手に入れて行き、何時しか夢を抱く様になっていた。

 

 「お母さん。私、将来騎士団に入りたい!」

 

 幼い、少女の夢であった。女子らしくは無いが、コマリはそれ程に剣を好み、その上剣と共に生きて行きたいと感じたのだ。

 

 幼子の夢は応援するべきである。それが叶うかは別として。

 

 「…ダメよ、コマリ。騎士団は…騎士は、剣を持つ事は、ダメなのよ。」

 

 コマリの母はそう理解していながらも、応援の言葉を放つことが出来なかった。

 

 コマリはその言葉に大きなショックを受けた。今まで自分を一心に育ててくれた大好きな母が自分の夢を否定する事に。

 

 理由を尋ねた。どうして自分は騎士団に入る夢を持っていけないのか。

 

 母は答えた。(それ)は女が持ってはいけない物であると。

 

 意味が分からなかった。聞いても母は答えてくれないし、それでも駄目の一点張りであった。

 

 小さな、絶望であった。母の姿を追って育ってきたコマリにとってその否定はまるで夢と母を天秤に掛ける様な行為であった。

 

 迷った幼いコマリは、母の方に天秤を下ろした。

 

 騎士団にはならない。今の母と同じよう、剣を持たない道を生きよう。

 

 心に大きな棘を残しながらも、コマリはそう決めた。

 

 決めたその手で、普段から稽古に使用していた母の物より小さな木刀を仕舞おうとしていた時であった。

 

 「ごめんくださぁぁい!」

 

 母と自分だけの世界であった家の扉が、唐突に叩かれた。

 

 それは来訪者であった。姿は自分と同じくらいの年齢の少年であった。

 

 コマリは同世代の男子と関わる事が少なかった。そのため、扉を開きその姿を見た時、どうすればいいのか困惑していた。

 

 「え、えっと。」

 

 言葉を詰まらせるコマリに、少年は優しく微笑んで言葉を返した。

 

 「あ、初めまして、だよな。俺、オルターって言うんだ。君の名前は?」

 

 自分の名前。コマリ。そう口に出そうとした時、背後から母が現れ、少年の用事を聞き出した。

 

 少年の名前はオルター・フィギュラス。訳あってイモンベルトへやって来たが、住む場所も寝る宿もないらしく、ここに住み込みで剣を教えて欲しいと話した。

 

 何処から聞きつけたのか、母が問い掛けるとオルターは冒険者ギルドのおじさんから、と答えた。

 

 母は額に手を当てながら、そのおじさんの悪口を言うと、少年の方を見た。

 

 まだ若い、コマリと同じ位の年齢の少年だ。放っておくことの出来なかった母は、取り敢えず一晩泊める事を許した。

 

 「いやぁ、なんとかなったなぁ。あ!そう言えば聞くの忘れてた。君の名前って、何?」

 

 オルターは嬉しそうに呟くと、再びコマリに名を尋ねて来た。

 

 「…コマリ・イルダートベルン、です。」

 

 今度はしっかりと告げれた自分の名。それがコマリ・イルダートベルンとオルター・フィギュラスの出会いであった。

 

 オルターは結局一晩だけで無く、母の温情により何日も泊めてもらった。

 

 当然、母はオルターの望む剣術の指導を嫌がった。

 

 しかし、家に来て以来街に出て仕事を探し、若い身でも出来る仕事に精を出しながら手に入れた給料を宿代として渡すオルターの姿に折れたのか、母は渋々剣術の指南を開始した。

 

 最初はコマリが何年も前に終わらした素振りの仕方からだった。オルターはお世辞にも才能があるとは言えなかった。

 

 コマリが一日で習得した剣筋を覚えるのに何週間を必要とするし、力の使い方が下手で直ぐにバテてしまう。

 

 自分と違って剣の才能が無い。しかしそれでも母から剣の指導を受けるオルターに、コマリは羨望の眼差しを向けていた。

 

 その様に思う様になったのはオルターが来てから数年が経った頃であった。

 

 口下手で会話が苦手な自分にも明るく優しく話しかけてくるオルター。コマリはオルターの事が嫌いでは無かった。むしろ、今まで会ってきた人の中で母を除いて好意を抱く初めての相手であった。

 

 「オルターは、いいな。」

 

 コマリはある日、夜月明かりがよく自分達の姿を照らす中、オルターにそう言った。

 

 「いいなって、何が?」

 

 全く分からないと言った風に答えるオルターにコマリは話した。

 

 自分は母から剣を持つ事を禁止されている事。自分はオルターより剣が上手い事。夢が母に否定されている事。それでも母が好きで、剣をやめた事。

 

 気づくとコマリの目からは涙が溢れていた。不器用な少女は自分の思いをそこで初めて吐露した。

 

 「っぐすん…私、オルターよりも剣上手なのに…オルターより…上手なのに…。」

 

 「いや、そんな俺と比較しなくても…俺も泣くよ?」

 

 自分の才能を同世代の少女に否定されて割とマジで傷つくオルターであったが、コマリの話を聞いてしばらく考えると口を開いた。

 

 「…じゃあさ、なればいいじゃん、騎士。」

 

 オルターはコマリにそう言った。しかしとコマリは言い返す。母は決して許してくれないと。

 

 「あー、確かにね。アカリさん俺に教える時も嫌そうだったし、多分、トラウマがあるんだろうね。」

 

 俺、そう言うの経験上分かるんだけど。オルターは続けた。

 

 「アカリさん、いい人だよ。多分嫌がらせとかじゃなくて、本気でコマリの事大好きだから言ってるんだよ。」

 

 そんな事、自分にだって分かっていた。母は何か大きな理由があって自分から剣を遠ざけたいのだ。

 

 「でもさ、だからこそ、コマリはもっと真剣になるっていうか、本気でぶつかり合うべきだと思う。」

 

 オルターの目が、どこか遠くを見つめるように細まる。

 

 「俺にもあったんだけどね、そう言う事。アカリさんも本気、コマリも本気で騎士になりたいならさ、一回本気で話し合った方がいいと思う。」

 

 その結果どうなっても、ね。オルターの言葉には重みがあった。その表情にコマリは流れていた涙を止めてオルターに向き合う。

 

 「…でも、きっとお母さんには反対されるし、もしかしたら嫌われるかもしれない…。」

 

 コマリは未だ一抹の不安を抱えたままであった。

 

 オルターはそんな不安そうに表情を曇らせるコマリに笑顔で向き合い、話した。

 

 「じゃあさ、そうなったら俺、全力でコマリの味方するよ。大丈夫、俺は将来百戦錬磨の冒険者になる男だから。」

 

 にっと笑うオルターはやけに自信に溢れており、その姿にコマリは自然と笑みが溢れる。

 

 「何それ。」

 

 それからコマリは家にて母と将来について話し合いを行なった。

 

 無論母は猛反対。しかしコマリも今度は折れない。自身の夢の丈を存分に語る。

 

 娘の思ってもなかった情熱に動揺する母であったが、最後には約束通り援護に来てくれたオルターの言葉もあり、渋々と了承をした。

 

 「…もうっ、分かったわよ!いいわコマリ、明日からあなたにも稽古よ!その言葉が嘘じゃ無いことを証明なさい!」

 

 その言葉に、コマリはオルターと手を合わせ喜んだ。

 

 それからコマリは久しぶりに木刀へと手を触れた。

 

 随分と触っていなかった木刀は、やや小さく思えたが、コマリの胸の中は喜色で埋まっていた。

 

 それから母の指導をオルターと受けながら、街の教会や図書館にて勉強もした。

 

 コマリはその覚えの良さは剣だけでなく勉学にも通じた。本人の性格も相まって、勉強にも剣にも弛まぬ努力を続けた。

 

 それからしばらく経って、コマリはイモンベルト騎士団入団の試験を受けた。

 

 剣術、勉学、心意気。あらゆる観点で採点される試験を受けたコマリは、その結果を教会へと向かって受け取りに行っていた。

 

 「おめでとう!コマリちゃん!これ、騎士団の人、合格だって言ってたわよ!」

 

 渡された紙面にはコマリの名と合格の文字が綴られていた。

 

 溢れそうになる達成感と喜びを押し留めて、それを溢れさせないよう家まで走って帰る。

 

 この喜びをただ、分かち合いたかった。

 

 コマリの脳裏に浮かぶのは一人の少年。突然家にやって来て、稽古を受けるといつも組み手でコマリにボコボコにやられる、いつも優しくて、少し情けなくて、でも自分の未来を簡単に変えてくれた一人の少年。

 

 「オルター!!これ、合格だって!」

 

 この時間、オルターは家で本を読んでいる。何を読んでいるかは分からないが、最近になって熱心に読み始めたのだ。

 

 そんなオルターが読書をしているであろう部屋の戸を勢いよく開け、その喜びを解放するコマリ。

 

 しかし、そこにオルターの姿は無く、いつもオルターが読んでいる本を置いている場所には一枚の白い何か。

 

 「なんだこれ…仮面?」

 

 禍々しい仮面であった。コマリはそれを元置いてあった場所に戻すと、部屋の中でオルターの帰還を待った。

 

 オルターは自分と同じ年齢であるが職についている。もしかしたら今日は少し長引いているのかもしれない。

 

 コマリは待ち続けた。日が暮れ、夜が訪れ、母が帰ってきて、オルターの場所を尋ねても首を横に振る母。

 

 それでも待った。翌日になってあまり眠れなかった目を擦って家中を探し、それからオルターの職場にも向かった。

 

 しかし、どこにもオルターは居なかった。

 

 オルターは消えてしまった。 

 

 コマリは気付いてしまった。その事に。途端に溢れる涙を抑えられなかった。

 

 泣きに泣き、目も赤く腫れて、涙が枯れて、それでも泣いて。

 

 オルターは帰って来なかった。コマリの手には、渡せないままの合格用紙と白い仮面のみが残っていた。

 

 

 

________

 

 

 

___その顔を覗かせた。

 

 短く切り揃えられた黒髪、それ以外に特徴が上がらない程パッとしない顔。

 

 特別優れているとも思えないその容姿であったがコマリはその顔を忘れることは無かった。

 

 「っ_____」

 

 何かを言う言葉も出ず、不自然な程静かな、声にならない悲鳴が上がる。

 

 オルター・フィギュラスですよ。」

 

 仮面を外した教祖は、変わらぬトーンでそう言った。

 

 湧き上がるこの感情は何だろうか。

 

 やっと再開できた事に対する感動か?待ちに待った男の登場に喜んでいるのか?それとも、この衝撃にまだ理解が追いついていないのか?

 

 感動はどこかに飛んで、喜びはあの日に置きわすれたままで、コマリの優れた判断力はこの状況を正しく理解していた。

 

 これは怒りであった。

 

 「っ貴様ぁぁあぁぁぁぁああぁ!」

 

 隣に座るライラは驚く、それは二重であった。

 

 普段怒りの感情を見せない団長のはち切れんばかりの怒りの表情と、その身のこなしの素早さにであった。

 

 コマリの右手は剣の柄へと握られていた。剣先は素早い太刀筋で目の前の男、教祖へと向かって行き、その喉元を掻き切る

 

 事は無く、寸前で止められた。

 

 コマリはこの状況下でも冷静な判断を維持していた。感情に任せて剣を振るっても解決はしない事を。

 

 目の前の男は誰だ?コマリはその青い瞳の男を睨みつける。

 

 その顔は確かに自分の知る少年の、少し成長したであろう姿であった。

 

 教団による洗脳。全く別人が顔だけを模している。そもそもが幻術である可能性。

 

 様々な想定が出来ても、どれにも確信が持てなかった。

 

 ただ、コマリに分かった事は一つ。

 

 今目の前の男を殺すことでは解決はしない。

 

 手に持つ剣の柄に力を込めるが、理性がその手を動かさない。

 

 「やめてください。」

 

 男が声を放つ。コマリに対してのものだろうか。

 

 そう考えるコマリとライラの背後から、不意に声が聞こえた。

 

 「はい、分かりましたわ。教祖様。」

 

 儚い、オルゴールが奏でる音楽の様な美しい声だった。

 

 「っ!!」

 

 コマリは直ぐ様その身体を翻し、テーブルの側から離れる。それは長い戦闘を経てコマリが手に入れた戦闘センスによる危機感だった。

 

 背後を取られた。音もなく、気配も無く。

 

 コマリはその事実に戦慄し、そしてその実行犯へと視線を向ける。

 

 そこに居たのは、美しい見た目の少女であった。

 

 数分前部屋を出た少女、ブルーメルとその容姿は似ていた。

 

 長い銀髪はブルーメルと異なり頭部で結ばれており、何より纏う雰囲気が別であった。

 

 ブルーメルが剥き出しの狂気を放つ様であったが、こちらは別。

 

 その少女の目には強い理性があった。そしてそれを覆い隠す程の憎悪と冷徹な光があった。

 

 「…能力の解除は、本人の意思による解除と」

 

 少女が立っていたのは先程までコマリが座っていたソファの後ろ、つまり逃げ遅れたライラの後ろであった。

 

 ぽん。少女の白い手がライラのその肩に触れる。

 

 「術者に対する物理的な接触…で、合ってますわね?」

 

 顔をライラの肩に乗せ、耳元でそう尋ねた。

 

 「っ…!……!」

 

 ライラは、動く事が叶わなかった。まだ経験の少ない彼女はその場で抵抗する術を持たなかった。

 

 コマリが視線を少女から教祖へと向けると、その背後に存在していた天秤は消えて、その顔は再び仮面で覆われていた。

 

 「あと、言って無さそうでしたけど、距離による制限もありそうですわね。」

 

 それだけ言うと、少女はライラの肩の上から顔を移動させ、未だ座る教祖の方へと歩く。

 

 「教祖様、お疲れ様でした。けれど、本当に良かったのかしら。教祖様のお声がなければ一瞬で消してましたのに。」

 

 少女の言葉に教祖はゆっくりと顔をあげると答えた。

 

 「…ええ、構いません。有難うございました。エーデル。」

 

 エーデル。名前を呼ばれた少女は嬉しそうに顔を綻ばせると口を開いた。

 

 「うふふ、お褒め頂き、光栄ですわ。」 

 

 エーデルがそう言うと教祖は立ち上がり、こちらへと一言かける。

 

 「…今日はもう視察はいいでしょう。互いに、消耗しすぎました。」

 

 そう言うと教祖はエーデルと呼ばれた少女を後ろに連れ、部屋の扉へと向かい、その姿を消した。

 

 静かな、暗すぎる沈黙が部屋には訪れた。

 

 目の前で何が起きたのか。ライラは未だ理解できずにソファに乱れた息で座り続けていた。

 

 コマリは天を仰ぐ。

 

 まだ、自分は何も知らなかったのかもしれない。

 

 謎渦巻く教団の事も。あの日の少年がどのように姿を消したのかも。

 

 ただ、脳裏にはあの日の月明かりが淡く輝いていた。




エーデルちゃん優しい。

おまけ

コマリ・イルダートベルン…幼少からの剣の才能を開花させ、色々あって騎士団騎士団長になる。黄金の髪をポニーテールに縛る美人。美人だから凄むと怖い。真面目な性格で何かと多才。歴代騎士団長の中ではだいぶ若いが、歴代の中でもトップクラスの腕前と仕事っぷり。訳あって一人の少年を探しているけど、まだ見つかってないらしい。どこにいるんだろうね。好きな食べ物は母の作ったアップルパイ。

後急にアンケートしてなんやねん、みたいに思った方いると思いますが、物語に一区切りついたら誰かの過去編やろうかなと。ここに無い方々は作者の方で出したいタイミングがあるので。

後々、感想ありがとうございます。めちゃ嬉しいですね。最近気づいたんですけど感想に対するGoodは1日5回しか出来ないらしいです。皆さんの感想楽しく見てるのでこれからもお願いしますね。

イスタニア教団幹部の中で見たい過去話は?

  • エーデル&ブルーメル
  • イゴ
  • アイナ
  • そんな事より話進めろや
  • 続きません
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