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――2018年 8月3日 金曜日
午後13時過ぎ――
"呪術高専東京校"
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「"ヒッカルーーーン"!おまた〜!!」
「虎杖。マジでその呼び方やめろ。」
「……ていうか居ないし。呼ばれたのは私達なんだけどー??」
とある人物の教員室に呼ばれたのは通称"新生1年ズ"。
虎杖悠仁、伏黒恵、釘崎野薔薇
しかし肝心の当の本人は不在の様子。普段その人物が使用しているであろうデスクには上着が無造作に置かれており、恐らくは先程まで居たはずなのだが……
「さすが"五条先生の妹"って感じ。呼び出したこと絶対忘れてるでしょ。血は争えないわねー。」
「居ないなら一旦引き返すぞ。」
「え〜っ!待ってようぜ?どうせ直ぐ戻ってくるだろうし……」
「賛成賛成。何か面白いものないかな〜」
「なっ……お前ら勝手に入るな!」
スキップしながら室内に入り込む虎杖と釘崎。それを止めようにも彼らが聞く耳を持つはずもない。
伏黒は盛大なため息を漏らすと"仕方なく"教員室に入り、2人が何か粗相を起こさないかと目を見張っていた。
そして予想通り、2人は容赦なく物音を立てながら様々なところに手を伸ばす。
「――うっわ意味不明な本ばっか。何コレ、大奥義書?術士アブラメ……リン……?の聖なる魔術の書……中身全部英語だし!」
「なーなー!こっちにはめっちゃ可愛い花の図鑑とかあるぞ?めっちゃ分厚い!」
「不気味なのか頭がいいのか、意外と乙女なところもあるわよねー?"洸先生"って。」
「ナナミンも同じようなこと言ってたっけな〜。"無駄に賢くて博覧強記だけど中身は五条悟"だって。」
「それ、すっごい悪口に聞こえるのは私だけ?」
次から次へと棚から私物を取り出しては語り合う2人。伏黒はそれをいい加減阻止しようと手を伸ばす。
「おい!まじで勝手に触るな……って――」
ふと、伏黒の瞳に"ある物"が映り込む。
デスクの上に置かれた写真立て。濃い木調の額縁は色褪せ、所々傷も有り年期を感じる。
「ん?どーした?伏黒?」
「なになにーーー?……ん?"コレ"って……」
ピタリと伏黒の動きが止まったことに違和感を抱いた虎杖と釘崎。その視線の先に2人も目を向けると"見慣れないアロハシャツ姿の男女3人組"が写った写真に微かに興奮を見せた。
「この金髪……ナナミン!?てか何でアロハシャツ。」
「真ん中の女子って洸先生…よね?赤い目に白髪……」
「………洸さんの昔の写真…」
白髪の少女を真ん中に両脇に青年2人。
どこか不機嫌そうだが微かに笑みを浮かべる七海。その隣で満面の笑顔で両脇の青年の腕を引く五条洸。
そしてもう片側でピースサインを向ける青年――――
「ならさ、この右の男誰?」
「いかにも普通って感じね…他2人が異様過ぎるせいだろうけど…」
「あー!分かった!"猪野"さんじゃね?」
「アンタ馬鹿?だとしたら歳が違いすぎるでしょーが。」
「確かに。」
勿論、虎杖と釘崎は知るはずもない。
しかし伏黒は悟から聞いた事がある。
七海と洸、もう1人の同期生の存在――
「……この人。」
「何?伏黒知ってんの?」
「教えなさいよ!」
「………………」
"黒い短髪の青年"
なにか知ってそうな伏黒でも実際にこの青年に会ったことは無い。
でも知っている。この青年の事を。
決して、洸さんの前では持ち出せない事―――
「あんまり"その人"のこと、洸さんの前で言うなよ。」
「「?」」
2人は思いっきり首を傾げ"なんの事やら"といった面持ちで伏黒を見据える。
「……君たち、人の部屋で何やってるんですかー?」
そしてその時、教員室の扉が開くと白髪の"女性"が現れた。
「うげ!来た!忘れてたくせに!」
「ヒカルーーン!待ってたぜー!」
「すみません洸さん。コイツらが勝手に物漁ってました。俺は止めたんですけど。」
「「伏黒!?」」
「いや事実だろうが。」
虎杖、伏黒、釘崎。
同じ学校の制服を着たスリーマンセル。
「……ふふっ」
"既視感"に思わず笑みを零してしまった。
伏黒は建人……虎杖は雄で野薔薇は私か――なんて。
いつの時代も青い春は廻るんだ。
「なーなー!ヒカルン。この写真っていつの?」
「あー……それね。私が君たちと同じ歳の時だよ。高専1年の夏――となるとちょうど12年前……」
「「じゅうにねん!?」」
あまりにも前の歳月に虎杖と釘崎は口を揃えて声を上げた。
しかし……気に食わない……なんて思いつつ、釘崎は眉間に皺を寄せ洸をじっと見つめた。
「………じーーー…」
「何?野薔薇。」
「12年経ってもツヤッツヤの肌。それにその顔、美形…ていうか童顔。」
「へ?」
「本当に30手前!?五条家ってなんなのよ!狡い!」
「……って言われてもね……」
いくら歳を重ねても"五条兄妹特有の矯正された顔"は全くもって劣化していない。というか綺麗すぎる。
身長も学生時代からほんの少し伸びたのか、正に突くところがないほどに見た目も良ければ隙もない。
"五条家って何なんだ……"
「ヒカルンの学生時代の話聞きてぇよな〜」
「私も〜」
「……虎杖、釘崎。いい加減に――」
「良いよ別に。気にしないで?恵。」
部屋のソファに座り込む虎杖と釘崎。それを必死に止めようとする伏黒。
洸は"気にしなくていい"と伏黒の肩を叩くと穏やかな笑顔を見せる。
「この時期になると……私も思い出すんだよね。」
椅子に腰掛け、背後の窓に視線を向ける。
「あの
"青い夏"の記憶――
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目的や理由のざわめきからはみ出した
名付けようのない時間の場所に
紙飛行機みたいに ふらふら飛び込んで
空の色が変わるのを見ていた
遠くに聞こえた
遠吠えとブレーキ
一本のコーラを挟んで座った
好きなだけ喋って
好きなだけ黙って
曖昧なメロディー 一緒になぞった
"記念撮影" 藤原基央――
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――沖縄 那覇空港
午後13時過ぎ――
"星漿体" 天内理子
同化まで残り 約28時間――
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その後、拉致犯は取引場所に沖縄を指定。
直ぐに天内を連れ、悟と夏油は沖縄へ向かうと翌日の午前中には呆気なく黒井を無事救出。拉致犯は非術師の盤星教の関係者。尋問も行われ一件落着。
そして現在――
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空港をひたすら練り歩く3人組。
怪しい気配が無いか、呪霊や呪詛師、その他"天内の危険を脅かす"阻害物が無いか――
そして白銀の少女は不機嫌そうに口を尖らせていた。
「――いいなぁ。夏油先輩たちは今頃"海水浴"。」
「洸さん。今は任務に集中してください。」
「僕達もここで美味しいものでも食べようよ!いいよね?七海!」
「……ハァ……」
3人の真ん中に中立するように立つのは七海。両側から呑気な台詞が鼓膜を叩く度に眉間の堀が深くなっていく。恐らく自分が居なかったら2人は任務を投げ出して沖縄の街へと繰り出しているに違いない。ここは自分がしっかりしなければ。
「予定では15時の便で東京に戻るのですよ?そろそろ海水浴も切り上げて空港に向かってくるでしょう。」
「にしても結構大変なスケジュールだよね?その足で高専に行って、明日の日没には天元様と同化……」
「そういえば星漿体の天内さんの懸賞金っていつ取り下げなんだっけ?」
「明日の11時。それまでは"私達も気が抜けないね"。」
「どの口が言ってるんです。洸さん。」
この少女は……相変わらず呑気というか何なのか。
昨日、護衛対象である天内理子を1人で護りきったなんて事を耳にしたが本当にその呪術師なのか?と疑う程に呑気な少女だ。
そして自分達も、その護衛任務に携わることになったのだが――
「…どう考えても1年に務まる任務じゃない。」
「僕は燃えているよ!夏油さんにいいとこ見せたいからね!」
「大丈夫大丈夫。東京より沖縄の方が
沖縄の方言を巫山戯て使う洸の様子に七海の表情は更に険しくなった。そして微かに感じる彼女の"兄"のような言動は不快感さえ増す。
「洸さん。真面目に事を考えてください。それに五条さんが言いそうなこと言わないでください。」
「あの人と一緒にしないでくれる?」
「…………((殆ど一緒ですよ。))」
ムスッと不機嫌そうに再び口をとがらせる洸。その時、彼女の両腕が七海の右腕を強引に掴むと何度も何度も揺さぶった。
「あーー!海で遊びたい!美ら海水族館行きたい!国際通り!」
そして同じく七海の左腕を掴む灰原。
「ソーキそば!タコライス!!海ぶどう!サーターアンダギー!」
まるで幼子のように騒ぎ立てる声が両側から聞こえると七海の表情は更に険しくなっていく。
制服姿の一風変わった3人組が空港ロビーで騒ぎ立てるのはやけに目立つし、できれば早々とこの場所から立ち退きたい―――
「………((全く……この方たちは―――))」
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そして2時間後――
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「建人!雄!コレ見てよ!」
「うおおおお!でっかい魚だ!」
「捌いたら何人前かな?」
「100人前くらい??」
「えー?もっとじゃない?」
"沖縄 美ら海水族館"――
キャッキャッ!!と相変わらず騒ぎ立てる2人。
七海は大水槽にへばりつく2人の背後で冷めきった視線を向けると本当に嫌そうに顔を歪めていた。
「……洸さん、灰原。落ち着いて行動を……」
「「建人(七海)ーー!次行こう!!」」
「………………ハァ……」
水族館に響く嬉しそうな男女の声。平日ということもあり人も少ないのが幸をなした。土日で人が沢山居たとすれば間違いなく彼らは迷子になっていたに違いない。もはや母親のような気分だった。
「((……にしてももっとマシな服を選べばよかった……))」
制服は悪目立ちしてしまう。
補導されてしまえば厄介な事になりかねない―――ということで先程服を調達したのだが……
「((灰原と洸さんにのせられてアロハシャツを選んだ自分を恨みます…))」
七海はふと自分が纏っている青地のアロハシャツに視線を落とした。ショートパンツにサンダル。傍から見れば完全に"浮かれている奴"。
灰原は赤地のアロハシャツにショートパンツ。洸は黄地のアロハシャツに同じくショートパンツ姿。
洸が童顔なのは仕方ないが少なくとも"大学生の観光グループ"に見えるかもしれない。寧ろそう見えなければ困る、補導だけは絶対に勘弁だ。
「建人ー!!ほら!次!早く!時間無くなるよ!」
「七海の好きなペンギンも居るよ!早く行こう!」
「……誰がいつペンギンが好きだと言いましたか?」
「もー!ほら!行くよ!」
全く急ぐ様子のない七海に痺れを切らした洸はついに行動に動く。七海の側へと走り寄り、強引に手を掴むと先へ行くようにと引っ張った。
「ッ……」
「時間無くなっちゃう!この後は国際通りも行きたいし、海も行きたいんだから!」
「…………」
手を引かれるがまま灰原と洸へついて行く七海。見慣れた光景だが"今日"は少し違った。
―――なんとなく"愉快"な気がしないでもない。
七海の頬が微かに緩む。
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夏の勢いに溢れた青い空。
光る、世界が光る。輝く、炯々と。
幸せな時がこのまま永遠に続いて欲しい。
まるで夢物語に飛び込んだようだった。
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名付けようのない時間と場所
君は知っていた 僕も気づいていた
終わる魔法の中にいたこと――
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―――同日 20時過ぎ
沖縄県内 某リゾートホテルにて―――
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部屋の扉を空けた瞬間、洸と灰原は吸い込まれるようにベッドへと大の字で飛び込んだ。
清掃されたばかりの真っ白でシワひとつない整ったシーツが一瞬で大きく乱れる。何となく背徳感をも感じるその行動は"宿泊先"の醍醐味のひとつかもしれない。
だが今日は任務でもなければ完全な"旅行"だ。呪いを祓うことも何も考えなくていい。(一応少しは任務のことも頭には入れているが。)
「うーー、歩きすぎて食べすぎて遊びすぎて疲れちゃった。でも幸せ。」
「僕も〜。」
「お2人とも。そこで寝転がっている場合じゃないですよ。」
「「―――へ?」」
ベッドから上半身を起こし、ふと背後で立ったままの七海に視線を向ける2人。そして灰原と洸の呑気な声が室内に響いたその瞬間―――乾いた機械音のようなものが鼓膜を叩いた。
「……この写真。夜蛾先生に提出しますね。」
七海の手に握られていたのはフィルムカメラ"写ルンです"。
シャッター音を聞いた2人は金縛りに襲われたかのようにピタリと動きを止める。そしてくるりとした大きな黒目がちのカメラの眼はこちらをじっと覗いていたのだった。
「それだけは本当にやめて。ていうか卑怯!」
「そうそう!アロハシャツ着て楽しんでる七海も同罪だからね!」
「こっちにだってやり返せる"ブツ"はあるからね。ねー?雄。」
「そうだそうだ!」
「…………((ああ言ったらこう言う……))」
笑ったことなど一度もない、というような真顔。決して怒っている訳では無いのだがさすがに一日中"この2人"に振り回されると疲労感が溜まりきっていた。
今後一切、絶対に3人での遠方の任務はお断りだと七海は心の中で唱える。
「そもそも。私たちは"先輩方"に感謝しなければいけないんですよ。分かってますか?」
ため息混じりの台詞。七海は肩にかけていた荷物などを部屋の隅に起き揃えると未だにベッドで寝転ぶ2人を見下ろす。
「――夏油さんが僕たち1年のために"今日1日呪霊を空港に張ってくれてる"お陰だよね?」
「""君たちもせっかく沖縄に来たんだ。楽しみなよ""なーんて優しすぎる…夏油先輩。」
「それにホテルも用意してくれた五条さん。優しいよ?本当に。」
「普段はロクデナシなのにね?」
「………………」
言いたい放題の洸に呆れ顔の七海。
とくに洸に関してはそのままの"五条悟"を見ているようだった。誰よりも生真面目で人間味のない人だと思っていたが大間違い。高専に入りたての初々しさは一体どこへ行ったのか?というよりあれは嘘だったのか、もしくは今目の前にいる五条洸は偽物なのでは?と疑うほどに今はクズすぎて呆れるほど。
……まあ、強いて言うならば自分と灰原には唯一心を許しているのかもしれないが、それさえも分からなかった。
「そーだ!さっき国際通りで撮ってもらった3人の写真。
「は……止めてください絶対に。……五条さんだけには!?」
「洸!送信ボタン!!!」
「灰原ッ……離してください!」
「そうしーーーん。」
「洸さん!!」
洸の親指が送信ボタンを押し込む。送信先は悟をはじめ夏油、家入、そして何故か禪院直哉……
洸をセンターに両脇には七海と灰原が写った写真。最近の携帯のカメラ機能は侮れない。七海が微かに笑っている表情さえ鮮明に写っているのだから―――
「はい。送信完了。」
「………………」
「もう私たちも怖いものナシ!」
満足気に携帯の送信完了画面を向ける洸。七海は絶望したかのようにベッドに項垂れ、その傍らではガッツポーズを決める2人の姿があった。
しかし、あの七海がここまでやられっぱなしな訳が無い。本人もそれを許すはずがない。
「―――ちょっ、建人!?また何勝手に撮ってんの?盗撮!」
「仕返しです。それに買ったのを忘れて結局放置していたのはどこの誰ですか。」
「くっ……私……ッ」
「十分に有効活用させてもらいますよ。まだまだ残り枚数は残ってますから。」
ニヤリと余裕の笑みを浮かべる七海。それを悔しそうに見ると洸は傍らの枕に手を伸ばした。
「ぐーーっ……こんのーーー!!」
「…………」
「ナイス!七海!交わすの上手いね!」
これも"あるある"だろうか。学生が修学旅行などで行う鉄板行事"枕投げ"。
こんなことをする彼らはまだまだ子供だ。普段死と隣り合わせの子供たちとは到底思えない。
「……洸さん。今無下限使いましたね?反則です。」
「女子の顔面狙ってくる建人が悪いッ!?……っ痛ぁあ…………ちょっと!雄!!」
「ごっ、ごめん!洸!七海を狙ったんだけど交わされて……ぐはっ!!―――」
室内に響く"3人"の喜色の声。
くだらない事なのに……きっと私たちは今後どこにいても、歳を重ねても今日この日を思いだして笑ってしまうだろう。
「最高だよ!建人!雄!―――」
"そうであって欲しい"
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―――翌日 "護衛3日目" 深夜1時
ホテル近辺 砂浜―――
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深夜に鳴るのは穏やかな波の音。
聴いているだけで直ぐに眠ってしまいそうな程に心地よい音に白髪の青年はぼんやりと青い瞳を光らせながら地平線を見据えていた。
砂浜の感触、少し湿った空気。
月明かりに照らされた水面は規則的な皺を寄せ、繰り返し打ち返す。
青い瞳は確実に"削られていた"。
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「―――護衛、代わろうか?」
刹那、背後から少女の声が飛び込んだ。
青い瞳の主、五条悟―――男は座り込む自分を見下ろす赤い瞳を見上げると半ば嬉しそうに笑みを零した。
「あぁん?何言ってんだクソガキ。」
「クマヤバいよ。ブス。めっちゃブス。」
「うるせぇよ。ブス。」
「悟兄の方がブスだから!」
「お前の方が何百倍もブスだっての!ブス!」
"世界一くだらない兄妹喧嘩"(硝子談)
誰もが振り返るであろう美形兄妹の世界一醜い喧嘩は今日もくだらない。
「…徹夜続きでしょ。」
「余裕だっての!桃鉄99年やった時の方がしんどかったわ!」
「……嘘つかないでよ。私には分かってるよ。夏油先輩も気づいてるんじゃない?」
「あー、うるせーうるせーー。ガキは早く部屋に戻んな?」
早く帰れと悟に促されるも珍しく洸から隣に腰を下ろす。悟はそれを横目で見ると僅かに頬を緩ませた。
「油断したら駄目だよ。」
「誰に言ってんの?お前。」
「五条悟さん。自称"最強"の。」
「"通称"だ、バーーカ。」
「…………」
「一丁前に無下限使うなっての。お前一昨日使いすぎて死にかけてただろーが。」
容赦なく頭をグリグリと触られることを予想していた洸は一瞬無下限を発動させる。しかし悟の言う通り"無理をしすぎた"。僅かに頭痛を感じると直ぐに解除し、悟の手を物理的に自らの手で振り払う。
「それで、天内さんは?」
「ピンピンしてるよ。おセンチな様子もねぇし、アグレッシブすぎてビックリだわ。」
「……よかった。」
「んで?お前らは?少しは楽しめただろ?」
「……まぁ、うん。そう。」
「礼を言え!礼を!悟お兄様に!」
「お礼を伝えるのは夏油先輩!!悟兄はホテルとっただけでしょ?」
「なぁ〜〜にぃ〜〜??めっちゃいい部屋取ってやっただろ?オーシャンビューーの!クソガキ3人には勿体ねぇっての!!」
「ホテル代は返すし!これでチャラ!絶対に貸しは作りたくないの!」
「素直にそこは受け取れよ!かわいくねぇなあ〜、ブス!!恩知らず!」
しかし相変わらずの酷い言われようだ。
だがこれが兄の最大限の愛情……なのだろう?
そんな呑気な会話の途中。
洸は人が変わったかのように真剣な顔つきをすると、隣に腰を下ろす悟を見据えた。
「―――明日、私と建人と雄は東京着いたら直ぐに別任務だし。でも夜蛾先生に言ったら変えてもらえ…」
「何言おうとしてんだよ。心配いらねぇって。高専に着けば高専結界もある。
洸曰く"念の為自分たちも天内の護衛につく"という事だろう。しかし悟は問題ないと言い切った。
「ねぇ、私も念の為…高専に…」
「だーかーら。心配要らねぇって!そもそも懸賞金も明日の午前中には取り下げられる。もう呪詛師共も追ってこねぇよ。」
天内の懸賞金の取り下げまで残り僅か。となれば呪詛師達は近づかないだろう。あの宗教団体もそもそもは非術師で手の打ちようがないだろうし、Qに至ってはほぼ壊滅状態だ。敵さん達も余計な犠牲を払いたくないだろう。
「……でも、やっぱり変だよ。同化は日没なのに午前中に懸賞金が取り下げられるなんて。」
「しつけぇなーーお前の考えすぎだ。俺も傑も居るんだし、隙ひとつ作らせねぇよ。」
「その"隙の無さ"が怖いんだよ。」
「………あ?…」
一向に引かない洸に半ば苛立ちの様子を見せる悟。言う事に何もかもピンポイントで突かれるような発言に眉を顰める。
「私だから分かる。"お兄ちゃん"みたいなタイプは緩急つけて偽物のゴールを作って惑わせれば容易に堕とせる。……もし私が堕とすなら"そういう策を練る"。」
「なにお前。俺をいつか殺す気?」
「"もしも"の話だよ。……そもそも六眼持ちの人間にかなうわけないでしょーが。」
「……ふーーん。」
気に入らないとばかりの返事。
そして本気で捉えていないだろうな、と妹は察するとそれ以上口にすることを諦めた。
「心配すんな。何も起こらねぇ。」
「…………最強様が言うなら信じますよ。」
「はいはい。……んじゃお開きだ、お開き。」
「まだ来たばっかりなんだけど。」
「早く部屋に戻ってやれよ。七海と灰原が寂しがるぞ〜?―――」
悟はゆっくり、のらりくらりと立ち上がると怠そうに体を引き伸ばす仕草を見せる。合わせて洸も立ち上がればショートパンツについた砂埃を手で払った。
そして悟が立ち去ろうと踵を返した時、ふと男の口からとんでもない台詞が飛び出した。
「あ、お前さ。」
「なに。」
「灰原の事、好きだろ。」
「……は」
不意打ちすぎる謎発言。
というよりかはあながち事実なのだが"なぜこのタイミング?"と体を固まらせた。
「せいぜい頑張れよ〜!ま、禪院の
「ちょっ、何言って……」
「んで七海かー……恋のトライアングルは辛いねぇ〜」
「悟兄!?」
実の兄に自分の恋愛話を弄ばれるほど嫌な事は無い。寧ろ兄はこの男だ。絶対嫌だ、死んでも嫌だ。ネタにされて仕舞えばここで終わり―――
「いい恋しろよ?洸。」
「ッ……」
悟を追いかけ、肩に手を伸ばしたその瞬間。耳元に悟の口元が近づくと嫌に"イイ声"が耳を掠める。艶のある低音はまた七海とは違う声。
教えて欲しい、なぜこんなにも声がいい人達が高専に多いのか……
「兄ちゃんはお前の幸せを願ってる。」
「近いって……離し…」
「"愛してるよ"。洸。」
「〜〜〜〜ッ!!!!」
"ぞわぞわ"と嫌な寒気が全身を巡る。
しかしムカつくほどにいい声に腰を抜かされるなんて最悪だ。
砂浜にぺたりと座り込むと洸は両耳を押さえ、顔を真っ赤に火照らせた。
「うんうん!青春青春!兄ちゃん嬉しいぜ〜」
ヒラヒラと手を揺らし、その場から立ち去る悟。洸は兄の後ろ姿をじっと見すえ、暫くすると星空を見上げた。
ぼんやりと火照るような感覚は不思議だ。
幸せだった今日一日の出来事が脳裏に浮かぶと無意識に笑みが溢れてしまうほどに。
「青春はいつの時代も廻る。俺と同じように。」
悟は一瞬背後へと視線を向け、空を見上げる妹を見たその時。晴れ晴れした微笑みを口角に漂わせたのだった。
そして、妹の幸せを誰よりも願った。
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迷子のままでも大丈夫
僕らはどこへでもいけると思う
君は笑っていた 僕だってそうだった
終わる魔法の外に向けて
今僕がいる未来に向けて―――
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