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―――2018年 1月29日 月曜日
午後15時―――
"呪術高専東京校 グラウンド"
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霜冷えのする寒い風が吹き募る一月下旬。
希薄で澄んだ冬特有の光が降り注ぐ午後。
グラウンドでは容赦なく互いを叩き合う女性と少女の2人の姿。相手の動きを容易に"いなす"白髪の女性と長物を片手に必死に食らいつくポニーテールに眼鏡姿の少女―――
「……遅い!」
「ッン!?ぐ!!!」
少女の隙を見つけた瞬間。相手が持っていた呪具に掴みかかり馬鹿力で地面に叩きつける。
決して遅くはない少女の動き、しかし簡単に隙を突かれ眼鏡の少女からは苦痛に歪む表情が浮かんだ。
「まっ、真希さん!?」
「真希!!」
「明太子!!」
グラウンドの脇で2人の様子を見ていた3人(うち1体?)は"まさか"と言わんばかりの吃驚した表情で思わず声を上げた。
強靭で非常に卓越した近接戦闘術や戦闘センスを兼ね揃えた彼女さえ敵わない……白髪の女性の存在。
「…はい次。"乙骨憂太"君。」
「ヒッ!!あっ、は、ハイ!!
次に対峙し合うのはどこか気弱そうにも見える黒髪の少年。大きな瞳はどこか白髪の女性と近いものもあり、"そういえば遠縁の親戚だった"と改めて感じさせられるものがあった。
「頑張れー憂太!」
「しゃけ!ツナマヨ!!!」
「ぶっ潰せ憂太!負けたら承知しねぇからな!!」
「わっ、分かってるよ!」
観戦者たちの応援(半ば罵倒らしきものも聞こえるが)に再び身震いする乙骨。彼もまた呪具である刀を手に取り、グラウンドの中央へと走り向かう。
「よっ、よろしくお願いします!!」
「こちらこそ。」
ニッコリと穏やかな笑みを浮かべたと思えば容赦なく打撃を加える。それに必死に食らいつく乙骨からは余裕を感じることは無い。
"強い"
誰しもが心の奥底でその言葉を唱えていた。
「……ちっくしょー……あンのクソ女……。」
「しゃけ。」
「真希。"先生"だぞ。」
真希の言葉に釘を刺す"パンダ"。疲労しきった真希を心配する"狗巻棘"。
そして気に入らないとばかりに真希は更に声を荒あげる。
「認めるわけねぇだろ!!離反者だぞ!離反者!」
「ツナツナ!」
「"元"な。それでも今は高専の教員だ。文句ばっかり言ってると、また悟に叱られるぞ。」
「「…………」」
冷静なパンダの言葉に静まり返る2人。確かにパンダの言う通り今は呪術高専の教員だ。噂によると次の2年の担任を受け持つとか、そんな話まで飛び交っているほどに既に"彼女の信頼度は回復していた"。
それに暴言を口にしたとしていい事は無い。彼女の兄に何を言われるか容易に想像がつく。
「真希、棘。…嫌う気持ちもわからんでもないが、"洸"が居なかったら
「……チッ…」
「……しゃけ……」
約ひと月前に起こった夏油一派による渋谷での"百鬼夜行"。元は彼女も離反者だった。しかしあの時起こった出来事は誰しもが予想しえなかったこと。実際、彼女に救われたのだ。
「それに"悟の妹"だ。」
「……だからこそいけすかねぇンだっての。」
3人の視線が再びグラウンドへと向けられる。
一切の隙のない身のこなし、五条悟とどこか似ているその姿。白髪、長い睫毛、大きな色のある瞳、弄ぶような余裕の笑み。
"禪院"真希にとって気に入らない要素ばかりを兼ね揃えた相手。いけ好かないに決まっている。
"五条"家とは昔から色々あるのだから。
「ところで真希は洸と面識は無かったのか?」
「………面識?…」
「"禪院"と"五条"。全く接点が無い訳ないだろ?」
パンダの問いに眉を顰める真希。
なにか思い出したくないような、そんな様子だ。
「知ってんよ。"ある程度"は」
「ある程度?」
「すじこ?」
「……あの女が、少なくとも
真希の瞳が変化する。同情を浮かべつつ軽んじる眼。どこか自分と似た境遇を持つ相手の全てを嫌いになれない事実。
自分の記憶の片隅に"あの女に救われた記憶があること"も否めなかった。
「―――うっ!うわぁああぁあ!!」
「トドメ―――」
乙骨の上に跨る洸。奪い取った刀を振り下ろそうとしたその時―――
グラウンドに予想外の大きな呪力が現れる。
それはあの"夏油"でさえ敵わなかった―――
『―――憂太をォ゛イジメルナァァ゛ァ゛!!!!』
特級過呪怨霊 "祈本里香"
現 "リカ"
乙骨が嵌めている里香の遺品の指輪を通してリカと接続する事でリカの完全顕現、乙骨本来の術式の使用、リカからの呪力供給が可能になる。完全顕現時はリカの戦闘能力が跳ね上がる他、呪力の高出力指向放出も可能となる。
言わば"チート"みたいなものだ。
「りっ里香ちゃん!?大丈夫だから!相手は先生……」
『ユ゛ルサナイィイイイ゛!!憂太ァァァア゛』
そんな圧倒的存在を目の前にしても"洸"の表情は一切変わらない。口角がニッと持ち上がり赤い瞳は炯々と光っていた。
「…この子が"噂の里香ちゃん"。」
赤い瞳が"リカ"を捉える。
必死に押さえ込もうとする乙骨を横目に一切引くこともない。
そんな"五条洸"という存在にリカの力が小さくなっていくのだった。
『ヒッ……ぅ……リカ……"あかきらい"……』
「……え!?里香ちゃん!?どうしたの、?」
『カエ、゛……カエル…リカ…カエル』
「待ってよ!里香ちゃん!!」
「「!?」」
"あかきらい"と呟き、乙骨の背後から消え去る"里香"。彼女は大の"赤好き"だと思っていたのだが……
"あのリカ"が自ら恐怖に戦き姿を消すなど有り得ない。
「はい、仕切り直し。」
「ウソでしょー!?里香ちゃん!」
「ほら!余所見しない!!」
「グハッッ!!!!」
弾け飛ぶ乙骨の体。
パンダと棘は冷や汗を流しながらその光景を見守っていた。
「……んで、あの女の術式の正体……秘匿案件の呪力……」
「どういう事だ……?」
「しゃけ!!」
「"五条洸"は六眼持ちの最強の五条悟の妹であって、未だにその力は知られてねぇんだよ。……クソ……。」
真希の脳内に残る彼女の記憶。
"喜怒哀楽"のどれか一つだけでは表わし得ない、不思議に交錯した感情―――
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―――2003年 10月
禪院家 本家邸宅 "松の間"―――
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「ッざけんな!!有り得ねぇだろ!!」
「…悟兄……」
「お前は下がってろ!」
「…………」
酷く声を荒あげるのは五条悟。弱冠14にして既に呪術の全てを開花させたと言ってもいい程に成長を遂げていた。
広大な立派すぎる広間の中央で悟は妹の手を引き、自身の背後へと隠す。
それを冷めた目付きで見据える威厳漂う老人達、そして禪院家
「……オイ、クソ親父。当主はほぼ俺だろ?決定権は俺にあるだろーが!」
「悟、帰るぞ。」
「洸も連れて帰るに決まってんだろ!?」
「また迎えに来る。1週間だけだ。」
「頭イカれてんのか!?
青い瞳が目の前の男達に向けられた。
荒れるその様子に2人の老人は呆れ顔で口を開く。
「ちと、荒れすぎだな?」
「心配せずとも、大切に"扱わせて"もらう。」
「はぁ!?何言ってやがる!洸は物じゃねぇだろ!」
禪院家 26代目当主 "禪院直毘人"
禪院直毘人の弟 特別一級術師 "禪院扇"
そしてその2人の背後で薄気味悪い笑みを浮かべる青年。"禪院直哉"、その兄2人。
「次期当主とならば、"多少の事"でも妥協が必要な事もある。受け入れなければならない時がある…そうだろう?"五条悟"。」
「禪院と五条。長年啀み合う関係はもう終わらせようと……
「ッ…父様!」
刹那、洸が纏う着物の袂を強引に掴むの実の父親。父の顔を見上げるも視線は合わない。冷めきった表情に洸も何も言葉を放つ事が出来なかった。
「"直毘人"、"扇"。頼んだぞ。」
冗談なのかどうかもわからなかった。いいや、本気だ。父親は自分を禪院に売る気だ。父親の体温を感じさせない、冷気が含まれているような声。無造作に掴まれた父親の大きな手の温度から全てを悟った。
―――こういう運命なのだ。
「渡す訳ねぇだろ!!」
「悟。」
「ッ!?」
堪らず悟の手が再び伸びる。妹を渡さまいと必死だった。だが叶わなかった―――
父親が瞬時に見慣れない掌印を結ぶ。同時に兄は膝から崩れ落ち、意識を手放した。
ぼんやりと遠くを見るように青い瞳から光が消えていく。光を無くしていく青い瞳は最後まで妹の姿を映していた。
「((……洸………))」
"あの兄"が力なく倒れる事など見たことはない。しかし現当主の父親には敵わないらしい。それはまだ悟が未熟だからか理由は分からない。一瞬の油断と隙がこの結果を生んだのだった。
「悟兄!?」
倒れる兄に必死に手を伸ばすもそれもまた"叶わない"。扇にその腕を掴まれ男たちに行く手を阻まれる。
「では―――」
「待って!父様!!」
「…………」
悟を担いで広間から出ていく父親。顔は見えない、見えるのは見慣れた広い背中だけ。
「"行かないで!!父様!!"」
"行かないで"―――この言葉がまさか自分の口から飛び出すとは思わなかった。こうなる事は分かっていた、いつか自分は必ず利用されると。五条家の長女として、六眼を持たない自分の存在は"こうして"扱われるのだと。
"分かっていたことじゃない……五条洸―――"
「直哉。丁重に持て成すんだぞ。」
「言われんでも分かっとるわ。ボケ。」
「…全く………」
直毘人は相変わらず態度も愚痴も悪い息子に呆れていた。しかし扇と同じく、五条の血を引く女を手に入れたことに優越感さえ感じていたのだった。
「あーー、兄さん達。アンタらは洸ちゃんに触ったらアカンで?……"躾ならええけどな"?」
「は?お前何言うとるん。」
「調子に乗るなよ、直哉。」
「ただでさえお前は真希と真依を――」
弟の発言に納得いかないと口を開くのは直哉の兄達。そんな
「調子乗っとんのはお前らや、クソ兄貴共。弟より出来の悪い兄に譲るモノなんか無い。さっさと首括って死ね。」
「「ッ……!」」
兄達は必死に我慢している様子だった。ここで更に直哉に口を開けばどうなるか分かっている。"弟は自分たちよりも強い"、その事実は曲げられないホンモノだ。いずれ直哉が次期当主として禪院を率いる―――口出ししない事が最善策だろう。
「ウチのやり方で持て成したる。……ええやろ?洸ちゃん。」
「…………っ……」
「そんなビビらんといてやー?…少なくともウチにおる"出来損ないの双子"よりかは丁重に扱ったるわ。」
洸の腕を掴む手に力が入る。メキメキと音を鳴らして骨を折るのではないかと不安になるほどに強い力。
「……直哉。」
「あぁん?なんやねん。"出来損ないの双子の親父"……」
扇の顔が酷く歪む。
自負している事を易々と口にする直哉を今すぐ殺してやりたいと思う程に。
「……少々口が過ぎるぞ、直哉。」
「すんまへん、ついつい本音が出ただけや。……気ぃ悪うせんでな?扇サン。」
「………」
歪んだ兄弟関係、歪んだ親子関係。
全てが歪で気味が悪い。この家系には温かさとは無縁だ。飄々と、冷たく残酷。弱肉強食……そして男尊女卑。
少なくとも自分も父親との関係は冷め切っていたが親子という絆は全く消えている訳では無いと思っている。
そして何よりも腹違いの兄―――悟の存在。無鉄砲で無茶苦茶でどうしようもない兄だが根は優しい人だ。少なくとも
今この瞬間、こんなにも兄という存在が恋しくなったことは無いだろう。
「まあまあ、"たった1週間"や。お試し期間っちゅーことや。気楽に過ごしたらええ。」
「……嘘」
「は?なんや?」
「………………」
1週間なんて建前だ。
きっとうまく自分はこのまま禪院に飼われる。
負けてはいけない。心を病むな。
そうすればきっと……"帰れる"。
「楽しくなりそうやなぁ……次期当主の"奥サマ"。」
「((……絶対…コイツらに落ちるものか……))」
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その日の晩。
屋敷の中庭の真ん中で幼い少女たちの声が響いていた。泣き声、何かに怯え、苦しむ声――
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「
「―――何って……見て分からん?」
幼い少女の体を踏みつけるのは直哉。その傍らではもう1人の少女が顔を腫らし、座り込んでいる姿が確認できた。
「う…………ぅう……!」
「おねえちゃん!!」
「……ま……い、……にげ、て……」
和装姿の双子。
彼女たちが例の"出来損ない"の姉妹。
真希と真依。禪院の相伝術式を持たず、姉の真希に至っては呪霊すら見えないらしい。
"禪院の男達に弄ばれるには十分すぎる理由だった"
「"躾"。……遊んどるだけや。」
グリグリと真希の頭を踏み付ける直哉。それは不気味な程な笑顔を浮かべており、洸でさえその異様な光景に恐怖する程だった。
「ッ……おねえちゃん!!」
「まい……、……ま、……ぃ」
傍らで姉を呼ぶ真依。逃げろと言われても姉の傍から離れることは無かった。しかし助けることも出来ず、直哉に反発する力を持たない彼女たちは耐えるしか方法は無い。
洸は無我夢中で駆け出す。縁側からそのまま中庭へと飛び降り、足袋を汚しながら直哉の元へと走った。
「…止めて、直ぐに止めて。」
「は?」
「いいから止めて。」
「洸にその権限はないやろ?五条家から来た"ただの"お客様や。」
「…………」
「なんやねん、言い返せるなら言い返してみい?……ほら、あぁん!?」
「…ッく……!」
直哉の手を掴み反抗するも今度は逆に襟を掴まれる始末。着物の襟元が大きく形を変えるほどに力が加わり、声を荒あげる直哉の姿は恐ろしいものだった。
まるで悪魔だ。心の奥底に邪悪な悪魔を飼っている……この男――
「……"許嫁"。……だったら、……私も禪院家に口出しする権限くらいあるでしょ?」
「…………」
「とにかくッ…直ぐに2人から離れて!」
反発する洸の姿は双子の姉妹にとって圧巻だった。この屋敷内の誰もが抗う事ができない相手にも関わらず、白髪の少女は容赦なく直哉に噛み付く。
周辺で恐る恐る様子を伺っていた女中達でさえも身震いするほどに恐怖の瞬間だったのだ。
"この後、どんな目に遭うかも知らずに"
「……おねえ…さん?」
真希は不思議そうに2人の様子を見上げていた。徐々に頭に乗せられていた直哉の足から力が抜けていくと"やっと終わった"と安堵する。そして直ぐに妹の真依の元へと逃げるように向かうと恐ろしく変化していく直哉の様子に身を震わせたのだった。
「……はっ……はは……ククッ……」
「何?」
「"それ"が聞きたかってん。キミの口……から!!!」
「…っあぁ!!!」
直哉の拳が洸の顔を容赦なく殴る。あまりにも咄嗟すぎて、早すぎて反応が追いつかなかった洸はその場に座り込み、口の中に広がる血の味に眉を顰めた。
"無下限"は使わない。こんな下衆相手に使ってやるものかと、洸は真っ向から直哉の暴力を受け止めたのだった。
「えぇ眺めやなぁ……ホンマに……」
「……ッ……けほっごほっ……」
「かわいそうに……口切ったんか?血ぃ出とるで?」
「…頭……イカれ過ぎじゃないの……アンタ……」
「"アンタ"やない。"直哉様"やダボカス。」
「……ぅ…………」
直哉の右手が洸の顎を掴み、親指を無理やり口の中へと捩じ込む。舌を捏ねるように口内で何度も押し込まれると血が混じった涎がダラダラと溢れ出した。
「舌、なんぼでも引きちぎったるで?洸ちゃん。」
「う……ぁ…………」
「ちぎってもお得意の反転術式使ったら生えてくるやろ?……次、アンタ呼びしたら容赦なく洸の舌噛み切ったるわ。」
「――――はぁっ……ッゲホッ!ゲホッ!」
そのまま振り払われると地面に両手を付き、何とか耐え忍ぶ洸。ジンジンと殴られた箇所は熱を帯び痛みに眉を顰める。
「真希ちゃん、……真衣ちゃん。」
「「……っ……」」
「大丈夫だから。ここから離れて…」
「で、……でも……」
「まい!はやく!」
「後で……その怪我、治してあげるから……」
「「……ッ……」」
洸の芝居掛かった笑顔。姉妹はその偽りの笑みに敏感に反応を示す。背後で嗤う狐目の男、洸に伸びる手は酷く興奮していた。
「正義のヒーローやん。かっこええわあ〜涙が出そうや。」
「…………」
「でも、その分自分に全部ふっかかってくるんやで?分かっとる?」
「ぅ……!」
引き上げられる襟。目の前には大嫌いな男の顔。
「ほら、殴ってみ?オレのことボコボコにしてもええ……"できるモンなら"。」
"――できるなら、今すぐぶっ飛ばしてやりたい。"
「ここで洸ちゃんが大暴れしたらどうなるやろなあ〜。六眼のお兄サンも"あないな"態度で、妹もそーんな態度やったら………」
何か見透かすような嫌な笑い。
「全部ぶち壊しやん?」
「――ッ!!!」
容赦なく振るわれる暴力。
頭を、顔を、腹を、――体全身に落ちる男の拳、蹴り。
男は嗤っていた。
漸く手に入れた欲しかったものを弄ぶ子供のように。
"地獄だ"
「無下限使えばええのん。そういえば反転術式も使えるんやろ?だったら余裕余裕……傷ついても治せばええ。」
「……ぅッ……」
「ほら、あの双子の代わりに遊んでくれるんやろ?」
直哉が指さす先には互いに手を取り合う姉妹。ボロボロに傷つく洸の姿に怯えている様子が見て取れる。
幼い子供に手を出すなど有り得ない。外道だ。この男は狂っている。この
「ズッタズタに壊して、俺にボロボロにされて……逃げれんようにしたるわ。」
直哉の体に、抑えることの出来ない凶暴の血が焦けただれたように渦をまく。
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――耐えろ、耐えればいい
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「ほら、食べ?」
「…………ッ……」
「オイ。俺が食えって言ったの聞こえんかった?」
「……ん……」
"まるで飼い慣らすように"
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「かわいいなぁ……ホンマに。洸ちゃんがこうやって傍におるのが夢みたいやわ……」
「…………」
「今日は何しよかなあ。……そうや。紅葉も綺麗やし、散歩でもせーへん?」
「…………」
「……なんや、その眼。」
「…………」
「ムッかつくわぁ……所詮"なんも出来ひん"赤い目やのに。」
時たま優しく触れる手でさえ、全て気味が悪い。その偽りの笑顔の裏の狂気が分かるからこそ無意識に全てを拒絶する。
「――その目、抉り出したろうか?」
「うぅッ――!!!」
心が破壊されていく。全てが壊れる。
自分という存在が消えていく。
狂ってる――
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「――――なぁ、あの子ヤバいんやないの?」
「警察呼ぶ?」
「でも……なんか変やで?そっとしとこ……」
「立派なええ着物着てはるし…ええとこの子やろ?」
道行く人々の視線と哀れみの声が突き刺さる。
しかし誰も彼女に近寄ることは無い。
「……はぁ……ッ……はぁ……」
一体どれだけの距離を駆け回っただろう。無我夢中で山中を駆け下り、時には足を躓かせ派手に山道を転げ落ち、身体のあちこちが痛む。
与えられていた着物は汚れ、嫌に光を放つ高価な髪飾りだけが美しいままだった。
「((携帯も何も無い。………))」
あの屋敷から逃げ出してきた。
今思えば滑稽だ。まさか自分が禪院の仕打ちに耐えられなくなり全てを投げ出し逃げるなんて。
「((まともに反転術式も機能しないし、傷も―――))」
着物の生地が厚かった事が不幸中の幸いだろう。意外と生傷は少ない。
直哉に傷つけられたものは別としてだが……
「((とにかくもう少し離れないと。))」
休んでいる場合では無い。できる限り遠くへ逃げよう。
下手をすれば禪院家最強の術師が揃う
洸は人目を避けるように、できるだけ目立たない様に行動を再開する。
「((……あの人は無事だろうか。私を逃がしたなんて知られてしまえば酷い目に会うかもしれない。))」
洸の脳裏に鮮明に残っているのは禪院扇の妻……双子の姉妹の母親だ。
彼女に助けられた――
……いいや、正確にはあれは助けたというのでは無いはず。
五条という姓を持つ自分を嫌ってのことだろうか、除けたかったとしか思えない。恐らくは部外者が禪院の敷居を跨いだことに嫌気を指していたのか……もしくは―――
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「……真希と真依に関わるのはやめてください。"五条洸"さん。」
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"男尊女卑"に支配され、呪力を持たない出来損ないの娘達と比べて劣等感を感じていたのか―――
「((……とにかく何とかして連絡を……でも……待って…………))」
"どうすればいい?"
電話番号は?そもそも連絡手段は?
どうやって家に帰ればいい?
そもそもお金も持っていない。
土地勘もなければ知り合いなんて疎か…
―――私、何も出来………
仕方ない。そのように育てられてきたのだから。今更ながら自分が箱入りだということを恨む程に。
「ん……ぐ…………痛…」
左手首に巻き付く赤い紐。それは血管を締め付けるように強い力が加わっており殆ど感覚すら無い。呪力を縛る不可思議な呪物。相変わらず趣味も気味も悪い奴らだ。
錆びれた山道を抜け、人気が増えてきた街へと降りた洸。やっとここまで来ることが出来た……しかし体は既に限界だった。まさか自分がここまでやられるなんて予想外すぎる。
「…………駄目……体が……」
フラフラと覚束無い足――
「((歩けない………寒い―――))」
視界がボヤけ"ここまでか"と諦めかけたその時。大きな人影にに体をぶつけ、洸は力なくその場に膝をついた。
「……すみません。私が前を――」
半ば遠のいていく意識を必死に叩き起し、ぶつかってしまった相手に謝罪を述べる。赤い瞳はその人物を捉え、相手と視線が交わう――
「アァ?何だテメェ…」
「………ごめんなさい………」
明らかに苛立ちを含んだ低い声。口調からしてかなり面倒な人物にぶつかってしまったと後悔した。
洸は目元を擦り、相手をしっかりと捉える。
自分を見下ろす大きな体。黒髪で"口元に傷がある大男"。
「…ッ!?…"お前"――」
「――?」
男は稲妻のような迅速な驚愕を目に表し、目を大きく見開く。呆気に取られたような頓狂な表情に加え、言葉がなかなか出てこないのか暫く無の時間がふたりの間に流れる。
じっと座り込む洸を見下ろす大男。見た目とは裏腹に気怠気なTシャツ、スウェット、サンダルというラフな服装。しかしどこからが漂う"覇気"のようなもの。
この男は一体何者なのか。
「――"お嬢さん"。こんな所で何してる?そんな着物で彷徨くような所じゃないだろう。」
「え、……えっと……((まずい、通報なんてされたら……))」
「それに傷だらけだ。…………ん?」
男は洸の異変に気づく。左手首から感じる妙な気配。着物の袖から覗く不気味な呪物が目につくと男は面白可笑しそうに笑いを零した。
「ハハッ!"そーいう事"な。…………相変わらず"アイツら"は趣味が悪ぃ…」
「?」
「ホラ、手貸せ。」
意味は分からないが洸は何となく愛想笑いに近い微笑を浮かべ男を見上げ頷いた。すると刹那、男の筋肉質な大きな手が洸の左手を掴み、勢いよく引きあげる。
男は面白いものを見るように笑っていた。
「凡その状況は分かった。助けて欲しいか?」
「……あの……」
「もし助けが欲しいなら、その頭についてる髪飾りを寄越せ。……着物は汚れちまってるから諦めるか……」
「…貴方、先程から……何をボソボソと仰って――」
全くもって理解が追いつかない。目の前の男はまるで全てを理解したように自分に対処していく。しかし男からは何も感じることが出来ず、洸はされるがまま、言われるがままだ。
「あと"ソレ"な。――我慢しろよ……」
「……ッう!?」
"ソレ"と指さしたのは左手首に巻き付く呪具だ。男は容赦なくその紐を引き契ると反動で紐が食い込み、ほんの一瞬痛みが走る。
しかしこんな痛みなど安いものだった。この呪具さえ取れればある程度自由が利く。
「一体どうやって……」
「行くぞ。」
「えっ!ちょっ……」
「駅までお前を連れていく。……イイもん手に入れたしな……」
男は光り輝く髪飾りを空へと投げるように弄ぶ。先程まで自分の頭部に飾り付けられていた豪華絢爛な髪飾りはいつの間にか男の手に渡っていたのだった。
まあアレは元々自分のものでもないし、そもそも直哉から渡されたものだ。必要ない。
「置いてくぞ。」
「まっ、待ってください!」
足早に歩き出す男について行く洸。相手が何者かは全く分からないが今は彼を頼るしか無さそうだ。とにかく今は禪院から逃れることが出来れば十分だ。
「((――この女。もう傷が消えた。……反転術式…早い…))」
後ろをついてくる少女を時たま確認する男。先程まで目立っていた生傷はあっという間に癒えており、早い治癒能力に驚いていた。
「((間違いなく"持ってる側の人間"。だが六眼は持っていない。禪院に売られ都合よく扱われた可哀想な奴。……お前も俺と似たような境遇か――))」
彼女に対しての観察と好奇心。
男は形容できない妙な表情を浮かべていた。
ふとポケットに収めた髪飾りを手に取る。"コレ"よりも価値ある少女の存在。後ろについてまわる少女はどんなものよりも価値ある存在。連れ去るなら絶好のチャンスだ。なんせ"この少女は金になる"。
……だが不思議と手を出せなかった。
それは自分と似た、妙な境遇があったからなのか……。むしろ自分がこの少女に手を差し伸べているのだ。
「((……俺もお前も都合のいい"伝家の宝刀"ってヤツか。……なんて、俺も随分弱ったな。嫁と子供が居るからか――))」
脳裏に浮かぶのは家で待つ妻と最近生まれた息子の存在だ。荒んでいた生活に一輪の花が咲いたようだった。だからなのかは不明だが、何故か自分は"実家"に顔を出そうだなんて考えが浮かんで今ここにいたのだ。
――しかし、やはりやめておこう。
それをこの少女が改めて気づかせてくれた。
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午後15時過ぎ――
――京都駅 新幹線 八条口前
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「――このまま東京行きの新幹線に乗ればいい。着いた後は残った金でどうにかしろ。」
「……ありがとうございます。」
深々と頭を下げる少女と腕を組み上から見下ろす男の姿。
そんな中、行き交う人々の中で立ち止まる2人組はやたらと目を引く。ガタイが大きい男と白髪の異彩を放つ少女――あまり長居はできないだろう。早く行かなければ助けてくれたことが全て無駄になるかもしれない。
だが洸は恩人とも言える相手を知りたかった。しかしここに来るまでの道中でも頑なに男は自分のことを話さない。
「しっかし切符の買い方もわからねぇなんて、一体どこのお嬢さんだっての。」
「……何度か訪れた事はあるのですが殆ど車移動で、新幹線も数回しか……」
「難儀だな、本当に。」
ため息混じりの呆れた声。その言葉に洸自身も恥ずかしさを覚えるほどだった。何も出来ない自分がここまで情けなく感じるのは初めての事だ。
「じゃ、俺も暇じゃないんでな。達者で――」
「あの……貴方の名前を教えて頂けませんか?」
「別に名前なんか教えなくていいだろ。」
「でもお礼を……」
洸は無意識に男に手を伸ばす。
だがそれは容易に振り払われた。
「髪飾りが幸を成したな。それが無かったら"お嬢さんを売り飛ばす"ところだった。」
「そんな冗談を――」
男は薄ら笑いをうかべ少女に背を向け歩き出す。
洸はその薄ら笑いに既視感があった。
"禪院家の男たち特有の不気味な雰囲気――"
「万が一、次会った時は……間違いなくお前を狩り殺す。――――"五条洸"」
「――っ!?」
去り際に呟かれた言葉と"自分の名"。再び男を目で追うがあっという間に人混みに紛れ消えてしまった。
刹那、目まぐるしく行き交う人々を掻き分けながら洸は男を追う。しかし見つけることは出来なかった。
「((何故…私の名を。それに呪力は感じなかった……でもあれを"呪物"と把握して容易に扱って―――))」
不思議なものを見せつけられたように茫然とする洸の表情。あの男の正体が知りたいと思う手前、こちらに向かってくるいやな気配を感じ取ると洸は慌てて改札を潜った。
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「……まさかあの娘にも会って……お前らにもこんな所で会うなんてな。今日は厄日か?」
「――"甚爾君"」
京都駅に集う禪院家の関係者達。
そこには禪院扇の姿も有り、物々しい雰囲気を醸し出しては一般人は勿論のこと一切寄り付かなかった。
「相変わらず悪趣味な事しやがって。禪院家は五条家の奴らに頼らねぇといけねぇまでに落ちぶれたらしいな。……ザマァねぇぜ。」
「……甚爾……貴様。」
「残念ながらお嬢さんは消えた。諦めろ。」
扇は表情を変えるは無かったが生意気な相手の台詞に大きく感情を揺るがされる。
"甚爾"と呼ばれる男――目の前の禪院の関係者を小馬鹿にするような発言を繰り返し、嗤っていた。
そしてその男が持っていた髪飾りに視線を向けた直哉は少しずつ表情が壊れていく。
「((……洸……あのクソアマ。よりによって甚爾君に――))」
直哉はこの男に憎しみという感情を抱いていた。しかし同時に憧れという感情も。
だが今はグチャグチャだ。この男が洸を逃がした。この男がいる限りこの先へは進めない。
やられた――――
「……おっと……早く帰んねぇと
のらりくらりと余裕そうな様子を見せる甚爾に更に苛立ちを膨らませる直哉。その時、扇を押し退け 甚爾の元へと足を踏み出した。
「ッ!!"禪院"甚爾!!オマエ――」
怒りを顕に直哉は甚爾に手を伸ばす。
しかし相手の圧倒的な"オーラ"にほんの手前で体を硬直させたのだった。
「――もう"禪院"じゃねえ。今は"伏黒"だ。口には気をつけろよ、クソガキ。」
立ち去る甚爾を誰も追わない。"追えない"が正しい。
まるで強力な磁場で遮られ近寄れないのだ。
違う世界に生きる者たちが持つ独特のオーラを放っている。表情は相変わらず形容できない無の表情。嗤っていてもいつ牙をむいてくるか分からない凄み。黒い迫力が内面から滲み出ているのだ。――向き合っているだけで胃が締めつけられる。
――"呪力がない惨めな男"
元、禪院の名を持っていた甚爾という男。
しかしアレは違う。人を圧倒するとんでもない力を持っている。
直哉はそんな男の背中が見えなくなるまで、じっと瞳に写し続けていた。
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――時は再び現在へ
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「――――ムカつくんだよ、マジで。」
真希は尖り声で言い放った。
しかしそう言いながらも自身の眼を、洸は捕えて離さないあるものがあった。
それは憧れなのか、嫉妬なのか……ハッキリとは分からない。
「……完全に八つ当たりだな。真希の。」
「しゃけしゃけ。」
「っるっせぇなあ!テメェら!!」
なんとなく真希の心情を読み取ったパンダと棘はコクコクと頷き面白がっていた。真希はツンケンとした態度で言葉を放つことも多いが分かりやすい。きっと五条洸という存在を知ったそこまで悪だとは思っていないのだろう。
自分にとって恩人に等しいのだから。
「あーーー!クッソーー!!おい!洸!もう1回勝負しろ。」
「……え?真希――」
「やられっぱなしは性にあわなねぇからな。次こそテメェをボコボコにしてやんよ!」
「でも次はパンダ……」
「パンダと棘は後回しだ。もう1回やれ!!」
呪具を片手に再びグラウンドの中央へと向かおうとする真希。
そんな時、グラウンドにムカつく呑気な声が響き渡った。
「学生諸君!お疲れサマンサ〜!!」
「「――ゲッ……」」
陽気に手を振り現れた白髪目隠し男――五条悟。真希と洸は嫌そうな表情を浮かべると同時に声を上げた。
「しゃけ〜!」
「お!悟!」
「ご……五条先せ――」
「乙骨君?……余所見しない!!」
「ゴフッ――」
悟に気を取られ、呪具である刀をそっと地面に向けると容赦なく洸の蹴りが御見舞された。
「「"既視感――"」」
以前、真希にも同じような不意を突かれたのに、再び同じ状況に一同は既視感を浮かべていた。
そして"あの夏油"を圧倒したとは今の姿から到底想像ができない。
「ハハハハッ!!いい感じにボコボコにされてるじゃないのー?どう?僕の妹、強いっしょ?」
「ほぼチート級だな。悟と同じで無下限あるし。」
「しゃけしゃけ。」
「…………」
強いでしょ?という問いかけにパンダと棘は納得した様子で頷く。
しかしその傍ら、悔しそうに眉を寄せる真希に悟は敏感に気づいた。
「ん?どうしたー?真希。」
「……やっぱり"お家柄"だな。」
「えー?そう?」
「…………」
悟は真希の顔を横から覗き込み、微かに口角を持ち上げたら、
「んー……ま!そう捉えられても仕方ないよねー?僕達、顔も良いからさ〜。才能は置いとい…」
「六眼が無くても洸には才能があったんだろ。それと恵まれた環境……」
「"環境"…ねー……」
「あっ……いや、……それは違う……か。悪い。」
ついつい漏れた本音。嫉妬心。
だが環境という言葉が出た時、真希は自分の発言が良くないことだったと自負した。
悟はそんな真希の微細な本音と表情を直ぐに読み取ると真面目な声色で言葉を続けた。
「――真希。あいつは自分で"強く成ったんだよ"。自分の運命を切り開くためにね。」
「…………」
「本気出されたら、僕も1発グーパンノックダウンさ。」
「…………はっ……何だそれ。意味わかんねー……」
真希の視線に映る洸の姿。
微かに残る、感じる――昔の表情。
自分と妹を護った決して大きくは無い背中――
「……やってやんよ、」
奮い立つ彼女の心臓。
新しい勇気が泉のように湧き動いた。