五条兄妹   作:鈴夢

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晩夏の夜、打上花火

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2017年12月3日――

――午前11時25分

 

"呪術高専 東京校"

 

 

 

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透き通るような淡い水色の12月の空。

ぼんやりとした太陽の光、冷たい風。そしていつも通り静まり返っている呪術高専東京校。

 

 

 

 

昔から何も変わらない――静かな風景が広がる景観を校内の窓から見渡す2人。夜蛾正道と五条悟の姿があった。

 

 

 

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「――いまだ夏油と洸の動向はつかめん。やはりお前の杞憂じゃないのか?」

「"学長"。残念ながらそれは有り得ないです。直接現場を確認しました。」

 

 

昨日の出来事。

1年で唯一の二級術師である狗巻に指名の依頼が入ったとある任務。そしてこの任務に、狗巻のサポートとして乙骨もついていくこととなった。

 

 

場所は"ハビナ商店街"。

ほぼシャッター街となっており、大型ショッピングモールを誘致するために解体する計画が進行。それなりの呪霊が待ち構えていたのは予想の範囲内だが妙なことが起こったのだ。

 

高専関係者が張ったものでは無い帳が現れ、商店街内に狗巻と乙骨が意図的に閉じ込められたのだ。

 

そしてそこに残されていた"もの"

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――"僕"が傑の呪力の残穢を間違えるわけないでしょ?」

 

 

微かに残っていた"夏油傑"の呪力の残穢。

……となるともうひとつの可能性も考えられる。

 

 

 

「……そこに"洸"も居た可能性は?」

「知っての通り、僕は昔から"アイツ()"の呪力を掴むことができない。…だけど……"分かる"。」

 

 

間違いなく彼女も居たこと。

確定では無いが悟は分かっていた。必ずあの場所にいたと。

 

 

 

「んー……傑…、洸――」

「ッ……」

 

 

刹那、2人の瞳が何かを感じとったのか機敏に反応を見せた。

 

 

「ガッデム!!噂をすればだ!」

「………」

「校内の準一級以上の術師を正面ロータリーに集めろ!!」

 

 

夜蛾は悟の返答を聞く間もなく部屋から飛び出した。

 

それもそのはず。高専内に複数の怪しい呪力が侵入してきたのだ。

 

うち1つは夜蛾も悟もハッキリと分かる――夏油傑のもの。きっと洸も居るに違いない、

 

 

 

「――兄妹喧嘩は御免だよ、洸。」

 

 

悟は平坦な声で呟いた。

 

 

 

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――"あと何度、()と同じ花火を見れるかな"

 

 

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パッと光って咲いた 花火を見ていた

きっとまだ 終わらない夏が

曖昧な心を 解かして繋いだ

この夜が 続いて欲しかった

 

 

"打上花火"――米津玄師

 

 

 

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2006年 9月中旬――

 

 

 

 

 

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"星漿体 天内理子 護衛任務失敗"――

 

 

 

やはり、洸の嫌な予感は的中したのだった。

天内理子は突如現れた男に殺された。しかも驚くことに"高専内"で。

高専結界に入り込み、圧倒した人物――

 

 

呪力を持たない"天与呪縛"の男。その男に兄も夏油先輩も"殺されかけた"。

――いいや。正確に言うと"兄は一度死んだ"。

 

あの時"自分に湧き上がる呪力の塊"がそれを事実だと認めたのだから――

 

 

 

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「――夏油先輩?」

 

 

洸の声が車内に響く。後部座席の左隣に座る夏油は呼び掛けに応じることなく外に視線を向けていた。

 

運転席では補助監督も同じく、夏油を不思議そうにミラー越しで見据え"一体どうしたものか……"とかなり心配な様子。

 

洸は壊れ物に触れるかのようにそっと夏油の肩に手を伸ばし"トントン"と優しく叩く。

 

「…………」

「……夏油先輩。着きましたよ?」

「…………」

 

虚ろな瞳。何を考えているのか一切分からない無音の男。全く反応がないのは不気味だった。

らしくない、"夏油先輩らしくない"――

 

 

「夏油先輩!!」

「っ!?」

 

再び洸の声が車内に響く。今度は更に大きく、尖った声。容赦なく耳元で叫ばれたせいかさすがに夏油も反応を見せ、心配そうに自分を見つめる隣の少女に視線を向けた。

 

 

 

「……どうしたんです?」

「…ごめんね。ちょっとぼんやりしていただけだよ。」

「…………」

「さ、行こうか?予定より遅くなったし……みんな心配しているかもしれないからね。」

 

向けられたいつもの笑顔。

しかしどこか"違う"。

 

人の良い笑顔の裏に空白が視える。

"抜け落ちているんだ"。

 

 

「先輩。夜眠れてますか?」

「うん。眠れているよ。」

 

高専内へと続く石畳の地面を横並びで歩く。

 

「食事はどうです?ここ数日で痩せたような気もします。」

「問題ないよ。この前、悟に連れられて激甘パンケーキを食べに行ったんだ。」

「…………」

「ハハッ、本当だよ?そのせいか暫く甘いものも受け付けなくて……」

「……先輩……やっぱり変――」

 

 

"変"と言う洸の台詞に止まる足。

ワンテンポ遅れて足を止めた洸は夏油よりも少し前に出るような形で停止した。突然のことに動きが着いていかなかった洸はそっと背後へと視線を向ける。

 

 

「――先輩?」

「"優しいね"。洸ちゃんは。」

「……ッ……」

「君のそういうところ。堪らなく"好き"なんだ。」

「先輩……少し休ん――」

 

 

夏油の手が洸へと伸びる。

その大きな掌は少女の頬に触れると、まるで慈しむような視線が落ちてきた。

 

自分よりも背丈が高い夏油。彼から放たれる妙なオーラにただただ見上げることしか出来なかった。

 

――空虚で哀しいはずなのに……それでも夏油の瞳は優しかった。

 

 

 

「……ありがとう。」

 

 

彼は"ぽとり"と感謝を述べたのだった。

 

 

 

 

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それから、洸は日々"彼を追った"。

 

 

 

 

 

"夏油先輩の様子がおかしい"

 

ただの夏バテだと、時折疲れた様子で口にするのは嘘だろう。あのふざけた兄は"そうめん食いすぎた?"とか本当にムカつく事を口にしているのだが……

 

 

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「ぁあ?気の所為だろ?てかお前何?傑の事好きなの?浮気じゃん。」

 

――論外。

 

 

 

 

「夏油はいつもあんなだよ。洸が気にすることないし、何かあったとしても私と五条に任せな。」

 

――少し異変に気づいているも"大した事ないよ"と口にする硝子先輩。

 

 

 

 

「夏油さんの様子?……うーん……いつも優しくて、変わらないと思うけどなぁ……」

 

――夏油を常に尊敬している灰原でさえ何も気づいていない。

 

 

 

「気にしすぎです。……それよりも、洸さんも疲れているように見えます。他人より、まずは自分のことを見るべきです。」

 

――"貴女の方が浮かない顔をしている"と逆に洸を心配する七海。

 

 

 

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……誰も夏油先輩の異変に気づいていない。

気づいてるのは私だけだ。

 

いつもと変わらない口調、声色。穏やかな笑顔。

 

しかし時折見せる色のない瞳。どこか心がぽっかりと抜けてしまったような表情。

 

私だから気づいているのかもしれない。人の顔色に敏感な私だからきっと分かるのだろう。

 

嫌な才能だが今はこの才能に感謝していた。どんな些細な言動でも相手の状況を汲み取ることが出来る。なんとなく相手が考えていることも……分かってしまう。

 

 

 

 

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――2007年 8月

 

 

 

 

 

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目まぐるしく季節を駆け回り、気がつけば1年経った。高専で過ごした"1年目"。呆気ないようで一つ一つが忘れられない濃い出来事が多かった。

 

 

任される任務も日々難易度が増し、時には身の危険を感じるような任務に出くわすことも度々。

 

そして自分自身が最も希薄だった人間関係にも大きな変化があった。

 

 

"冥さん"と遠方任務に赴くことも。

"歌姫先輩"とはたまに顔を合わせ、互いに"五条悟"の愚痴を言い合うこともしばしば。

"夜蛾先生"からはしょっちゅうぬいぐるみを貰うことも増えた。

"伊地知"っていう後輩もできて、いつも可哀想なくらい兄に弄られては私が助ける始末。

"直哉"は変わらず鬱陶しいほど連絡が来るが以前よりも上手くいなせるようになった。

京都校の"楽巌寺学長"には何故か目をつけられ、顔を合わせる度にゾッとしてしまう。

 

 

 

"建人と雄"とは呪術高専東京校きっての"最高のスリーマンセル"だなんて言われる程に関係性も良く、3人がお互いに今まで以上に尊敬し合える仲までに成長した。どんな時でも、いつも3人一緒だった。

 

だが、2年に上がった頃には1年の頃のような楽しい事は明らかに少なくなっていった。理由は明白。昨年、災害が頻発したせいか呪霊が多く湧き、今まで以上に多忙な日々を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

そして、

 

 

 

 

―――"兄は最強に成った。"

それは同じく夏油先輩も。"2人は最強に成った"。

"特級術師"という名誉とも不名誉とも取れる称号を手にした2人。そんなふたりの傍に、そっと寄り添う硝子先輩も変わらずだ。変わらない3人の距離感。しかし単独任務が増えたことによって先輩たちもバラバラとした日常を送らざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

そんな中でも、私は片時も夏油先輩を心配しない日は無かった。1年経っても夏油先輩はあのままだ。なにかに思い悩むような、時折彼のことを怖いとも感じてしまうほどにまで。

 

 

そして妙な違和感をも感じる。

 

 

夏油先輩の手が、瞳が。

まるで私の心を撫でるように掴んでくる。上手く例えられないが――いつもどこかで私を視ているような気がしてならない。

 

そして、それを不快とも思わない自分が居た。

 

不思議だった。

 

 

 

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「ねぇ。なんでアンタ(直哉)ここ(東京校)に居るの?」

「お。久しぶりやなあ。洸。」

 

高専内に置かれている呪具庫に居たのは憎き"禪院直哉"。相変わらず呑気に薄気味悪く笑っていた。しかし完全にそれに慣れてしまった自分が居た。

一昔前はこの男に嫌な思いばかりさせられてきたのに、1年前の交流会でフルボッコにしてからは鬱憤が晴れたのか"何も思わなくなってしまった"。

 

 

「……理由を聞いてるんだけど?」

「洸を捕まえに。」

「真面目に答えてよ。アンタの気配がして思わずここまで走ってきたんだけど。悪さしてないか。」

「へぇ。嬉しいなァ。――」

 

 

重要呪物や呪具が保管されている"忌庫"とはまた違い、関係者であれば立ち入ることが出来る呪具庫が東京校には存在する。

そんな場所に無断で立入ることはまず不可能なはずだから、何かしら正当な理由はあると思うのだが……

 

"相変わらず面倒だ、この男。"

 

 

 

 

 

 

 

「――ウチ(禪院)が貸しとる呪具を見にな。管理も仕事のひとつや。」

 

和装姿の直哉を横目に。洸はなにか思い出したかのように掌にポンっと拳を添えた。

 

 

 

「……あ!そうだ。この前"游雲"使ったんだけど傷が入っちゃって……」

「はぁ!?オマエ!アレが幾らか知っとるんか!?」

「……1億くらい?」

「5億や!5億!やから東京校に貸したくないんじゃボケ!」

 

武器庫内に直哉の呆れた怒号に近い声が響いた。当の本人は何の気なしに微笑を浮かべるのみ。金銭感覚が狂っているというか、そもそもこの少女に普通の感覚が無いことくらい百も承知なのだが。

 

 

"あーーーー"と天を仰ぐ直哉。

そしてふと真横に立つ洸に視線を落とすと大きな紙袋を肩からかけていることに気づく。

 

その紙袋から覗くのは洋服では無い素材のもの。質の良さそうな浴衣の生地を確認すると洸を覗き込む。

 

 

「なんやそれ、浴衣?」

「見ないでよ。てか近づかないで。」

「冷たっ!ホンマに可愛げが無い女やなー…まあそういう所が好きなんやけど。」

「……………うわぁ……」

 

 

この期に及んでまだ"好き"なんて。あまりにも酷い執着に洸は完全に引いていた。気味が悪いと顔を青ざめさせ、隣の男と距離を取る。

 

 

「ムッかつく顔やな!!相変わらず"兄妹揃って"口は悪い。ホンマにムカつくで…」

「でもまだ好きなんでしょ。懲りないね。」

「いつか心変わりせんか毎日祈っとるわ。」

「ナイナイ。絶対ナイ。DV男は却下。」

 

殴るわ蹴るわ、この男は暴力の塊だ。口も悪い、基本的に全てにおいてクズ。クズ以外の言葉が浮かばない程にクズ。いい所と言えば……本当に強いて言えばそれなりに顔は整っているくらいだろう。

 

そんなことを考えながら苦い顔をしていた時。直哉は腕を組み直すと武器庫の棚を目の前にため息を漏らした。

 

 

「……洸。オマエ高専出たらどないすんねん。」

「そうだねー。……結婚して幸せな家庭を築くとか?」

「まさかオレ…」

「なわけないでしょ。人の話聞いてた?」

 

"聞く気ある?"なんて小言を挟みつつ隣の男を肘で突く洸。今思えばこの距離感が異様だ。呑気に2人で冗談を言い合えるほどになった"奇妙な関係性"。

 

 

そんな時、のらりくらりと呑気に口元に笑みを零す直哉の横顔を見上げる。ふと自分も彼に対して気になっていたことを口にした。

 

 

 

「ねぇ。…なんで高専辞めたの?」

「必要ないからや。俺には合わんかった。」

「もしかして1年前の交流会、まだ根に持ってる?フルボッコにした時の事。」

「ンなわけないやろ。別の道を見つけただけや、そんだけ。そもそも通う必要ないんやし――」

 

 

 

まあ確かに。同世代の人たちと共同生活なんて彼にとって不向き過ぎる、分かりきったことだ。協調性の欠片もない彼が同期生だったとして……いいや、想像もしたくない。

 

何故高専に入ったのかは――だいたい分かってはいるが聞くのは止めておこう。

 

 

 

「せや。まだ洸の術式の正体教えてくれんの?」

「アンタに教えるわけないでしょ。」

「ええやん別に。もうボコボコにされた側なんやし、それくらい教えろや。」

 

直哉は唯一、洸の術式を目の前で見た人物である。そして身をもってそれを体験した。

 

 

茈色に変化した瞳

溢れる呪力

ずば抜けた力

 

"あの目は一体何なのか"

六眼とは違う……似ているようで違う―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………私も分からないんだってば。それにあの人()も知らないし。」

「嘘やろ。絶対。」

「もーー!とにもかくにもアンタに教える気ないから!」

 

 

これ以上話すことは無い、と言わんばかりに声を上げ踵を返す洸。呪具庫の出入口へと向かう洸の後ろ姿をじっと見据える直哉。再び薄笑いを浮かべながらそんな彼女を追いかけた。

 

 

 

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「ほんならな、洸。」

 

暗い呪具庫から明るい外へと抜ける洸。出入口の重厚な木製の扉に背中を預け、直哉は彼女に手を振るう。

 

呆気ない別れに疑問……怪しささえ感じてしまう。今までなら首でもとっ捕まえて殴られそうになっていただろうに。

 

どこか落ち着いた様子の相手に、洸は立ち止まると振り返る。

 

 

 

「気味が悪いんだけど。」

「サヨナラの挨拶しただけやんけ。警戒しすぎやろホンマに……」

 

呆れ笑いを頬に滲ませる直哉。気怠そうに扉に体を預けたまま腕を組み直すと先程よりもハッキリと視える洸の姿に眉を顰めた。

 

 

「なんかお前、痩せたな。」

「アンタと違って忙しいんです。必然的に痩せちゃったんだよ。」

「あんま無理すんなや。」

「…………」

 

想定外すぎる台詞に今日一眉を引き寄せ、苦い顔を浮かべる洸。絶対にそんな優しい言葉にも下心的な、裏の言葉が隠れているのだから。真に受けるのはご法度だ、気味が悪すぎる。

 

 

 

「何……本当に……何企んでんの?」

「俺が心配してやってんのに……ンならせいぜい苦しんでさっさ死ね!!ボケカス!」

「本当にクズ!やっぱ嫌い!さようなら!!!!!」

 

 

"一瞬でもすこし良い奴かも"なんて思った自分を殴りたい気分だ。弱ったものだ、こんな男にそんな感情を抱くなんて。疲れすぎている証拠だろう。

 

 

イライラとした足取りで武器庫から離れる洸。歩幅からして早くこの場から立ち去りたいというのが丸分かりだ。

 

 

「……ホンマに。相変わらず美人さんで可愛いやっちゃなー……洸。」

 

 

直哉は変わらず背を預けたまま、木漏れ日に当たる洸の後ろ姿を見えなくなるまで見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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―――同日 午後16時36分

 

 

 

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「わざわざ見せに来てくれたのかな?嬉しいよ。……とても似合ってる。」

 

 

高専内、生徒の憩いの場。

自販機前が立ち並び、ちょっとした長椅子が置かれた場所にラフな部屋着姿の夏油と浴衣を纏った洸の姿があった。

 

夏油は目の前で嬉しそうに跳ね回る洸を穏やかな視線で見つめていた。

 

 

「へへっ、ありがとうございます。」

「"花火大会"。ずっと前から楽しみにしてたよね、洸ちゃん。」

 

「はい!今日のために浴衣も新調して、任務も報告書も終わらせたんです。雨予報も晴れ予報に変わって、建人も雄も今日はお休みで。」

「うん。毎日頑張ってるご褒美だ。洸ちゃんは運を引き寄せるね。」

「そんなこと……」

「事実だろう?私は、洸ちゃんの頑張りは誰よりも知っているつもりなんだが……」

 

夏油は不思議だ。一つ一つの言葉が心地良くて、擽ったくなるような妙な幸福を感じる。言葉が上手いというか、相手か気持ちよくなる言葉を巧みに使う。

良くも悪くも、この人は人を落とす天才かもしれない。

 

 

 

 

 

「…ほら、洸ちゃん。せっかくだから回って見せて―――」

 

半ば恥ずかしそうに、言われた通り夏油の前でくるくると回る洸。カラン、カランと下駄の音が響くと不思議と心地良さを覚え、無意識に頬が緩んでしまう。

 

 

 

 

 

洸らしい白花色のシンプルな浴衣。

兎と月の柄が入った金茶色の綺麗で品のある帯。

 

白い肌と白い髪の毛がまるで溶け込むような彼女にピッタリの浴衣だった。白に浮く"緋色の瞳"。それもまた、彼女の異彩な美しさを引き立てる。

 

―――成長した彼女。

高専に来て、一緒に過ごすようになって1年。たった1年だが著しく変化していた。

時々自分を見透かす瞳も、身を按じる台詞も、優しい笑顔でさえも全てが妖艶で兄の悟とはどこか似ているようで違う。

 

彼女特有の"何か"。

あっけらかんとしているのに腹の奥では何を考えているのか。それは残酷なことかもしれないし、違うかもしれない。

"雲心月性"もしくは"幽愁暗恨"

相反した存在。だからこそ彼女をもっと知りたい。

 

 

 

夏油の黒い瞳に彼女がハッキリと映り込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――"狡いね"」

「え?何か言いました?」

 

 

ボソッと呟かれた言葉は洸には届いていなかった。ピタリと立ち止まる洸は不思議そうに首を傾げ、相手に問いかける。

 

 

「……君は賢くて強い。それに綺麗だ。」

 

長椅子からゆっくりと立ち上がると洸は相手の影に覆われてしまう。身長が遥かに高い相手に見下ろされる感じはあまり好きでは無い。それは夏油であってもだ。

 

 

「えっと…ありがとう、ございます?―――急にどうしたんですか……?」

 

逆光になっていて夏油の顔が見えない。歩み寄ってくる高身長の男に反射的に後退する洸。

 

 

 

 

 

 

 

「君は……私と――」

 

 

 

夏油の手が伸びる。1寸先まで近づく大きな掌に洸は大きく目を見開いた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「洸ーーーー!!!準備できた!?」

「すみません、遅くなりました。」

 

 

「……あっ!建人!雄!」

 

刹那、背後から飛び込む聞きなれた2人の声。洸は勢いよく背後へと振り向けば2人の元へと駆け寄った。

 

 

 

 

瞬時に手を引っこめる夏油。表情は穏やかで優しい笑顔。いつもと変わらない"夏油先輩"だった。

 

 

「や。3人お揃いで浴衣。良いね。」

 

 

"や"、と右手を挙げ七海と灰原の姿に変わらず笑顔を向ける。2人も洸と同じように浴衣を纏い、揃って並ぶ3人の姿に微笑ましさを感じていた。

 

 

 

「夏油さん!お疲れ様です!!」

「お疲れ様です。任務帰りですか?」

 

「任務は今朝終わってね。さっきまで特級術師の九十九さんが来てたんだ。少し話を。」

 

「え〜!すごい!いいなあ〜!」

「灰原。九十九特級術師がどんな方か――」

 

 

夏油の近くに寄る2人。

他愛のない話をしている姿を少し離れたところから見つめる洸。

 

 

……さっきの夏油はなんだったのか?ただの杞憂だろうか。少しだけ怖いと思ってしまった自分が居た。

 

 

 

 

 

 

 

そして、本当に"なんとなく"、この人を独りにしてはいけない気がした。夏油の笑顔が今はやたらと胸を疼かせる。背中にヒヤリと寒気がするこの感じ、"嫌な感じ"。

 

洸は手に持っていたカゴ巾着をギュッと強く握り締めると3人の元へとゆっくり歩み寄った。

 

 

 

「…夏油先輩。よかったら一緒に祭――」

 

「……誘ってくれて嬉しいけど少し疲れてるんだ。それに3人の方が愉しめるだろう?先輩がいると気を使って好き勝手もできないだろうし……」

 

洸の突然の台詞に顔を見合わせ不思議そうにする七海と灰原。彼らも"なんとなく"、変な雰囲気を感じ取っていた。だが口にすることは無い。

 

 

 

「―――"ありがとう"。洸ちゃん。」

 

 

 

夏油の艶のある声、言葉、持ち上がる口角。

その残響がうっすらと鼓膜に残り続けていた。

 

 

 

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―――同日 午後18時

 

 

 

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繰り返される御祭り特有の囃子。同じ旋律の執拗な繰り返しは気分を高揚させた。

 

白熱灯をぶらさげた所狭しと並んだ屋台からは威勢のいい呼び声と、美味しそうな匂いがあふれている。

いつもは夜に飲み込まれているこの街が、この日だけは闇に逆らって光を放ち続け、人々の浮かれた笑い声が響き渡っていた。

 

 

 

「((―――綺麗。))」

 

 

 

危険な日常をも、ほんの一瞬忘れさせてくれるような非日常。洸は人混みを掻き分けながら前を歩く2人の青年の背中をどこか寂しそうに追いかける。

 

 

 

 

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今か今かと打ち上がる花火を待つ。徐々に人々が河川敷に集まり始め、洸達も同じく腰を下ろす。

 

 

 

 

「……私も2人と一緒に明日からの遠方任務行きたい。」

 

 

そんな中、不服そうに呟く洸。

彼女を挟んで腰を下ろす2人はそれぞれが困惑したような笑みを零すと続けて言葉を放った。

 

 

 

 

 

「何言ってるんです。"一級術師"さん。」

「建人ー?それ嫌味?」

「違うよ洸!僕達は尊敬してるんだよ?」

「…………んーー……」

 

"そうじゃないんだよなあ"なんて呟くと残りのりんご飴を口に運ぶ洸。変わらず不服そうで、飴を砕き割る音が3人の間に響いていた。

 

 

 

「そもそも、明日からの任務は洸さんのような一級術師が向かうようなものじゃないです。低級相手ですよ。」

「僕と七海だけで十分だし、寧ろ僕達は洸を心配してるよ?」

「その通りです。洸さんは単独で別任務でしょう?」

 

「………ん…」

 

 

"だからそうじゃない……"再度心の中で呟く。

 

 

 

「……もっと2人と一緒に居たい。」

 

 

彼女から漏れた本音。

最近、3人揃ってゆっくり話す間もないほど忙しく、余計に彼女の言葉が2人の胸に刺さっていた。

 

 

「洸……」

「…………」

 

それはきっと2人も同じ事を考えていたからかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「―――今が堪え時でしょう。徐々に呪霊の数も落ち着いてきていると耳に挟みましたし。」

「夏休み明けが怖いけどね?でも七海の言う通り、多少は楽になるかも。」

 

気休め程度に過ぎないが、どこか寂しそうな彼女を宥める2人。

 

 

「落ち着いたら、また3人で出掛けましょう。」

「夜な夜な桃鉄もしたいし!マリパも!あとは洸の爆買いの手伝いもね?」

 

「じゃあ火鍋屋巡りも!?」

 

そんな時、キラキラと目を輝かせながら交互に両隣の2人に視線を移す洸。ケロッとテンションが上がった洸の姿に2人はぽかんと口を開けたままだ。

 

 

「……あー、それは……」

「遠慮させてください。」

 

「もー!いいじゃん!」

 

「洸さんと火鍋屋巡りをして健康に過ごせた日は無いので。」

「……せめて連休だったら…イケるかも…」

「灰原、余計な事を言わないでください。変に期待を持たせるのは良くないですよ。とくに洸さん相手には。」

 

「どーいうことーー?建人……」

 

ツンツンツンツンと執拗に七海の頬を突く洸。それを隣で笑う灰原。

 

久しぶりのこの愉しい感覚に3人とも不思議と笑顔が滲み出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――あ!りんご飴無くなっちゃった。まだ花火大会始まってもないのに。」

 

何も付いていない棒を目の前に掲げ、嘆く少女。相変わらず食べるのも早ければ大食いだ。

 

 

「なら僕が追加で買ってくるね。他に何か欲しいものある?花火打ち上げまでまだ時間あるし。」

 

「……私は大丈夫です。」

「あー……えっと!じゃあ……。焼きそばとたこ焼き!あとかき氷!串焼き!!」

「全部さっき食べたものじゃないですか?」

「うん、二巡目。」

「……まあ、洸さん痩せすぎですし。問題ないと思いますが。」

「へへへ〜。2人といると不思議と食欲が湧くんだよね〜!……ということで!雄!宜しく!!!」

 

「了解!!2人は場所取り宜しくね!!」

 

 

嬉しそうに満面の笑みを零しながら立ち去る灰原。そんな彼を目で追うと洸と七海は真っ直ぐと目の前に流れる川の姿をじっと見据えていた。

 

 

 

聞こえるのは色んな人の騒がしい声。少しずつ河川敷に集まる人の量も増えてくるとあと少しで打ち上がる花火に期待値が高まっていく。

 

2人は暫く、それぞれか静かに考え事をしていた。特に会話を挟むこと無く数分間。そんな時、洸が先に口を開いた。

 

それはやけに粛々としていて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「建人。あのね。伝えたい事があるの。」

「………何です…」

 

 

洸は3角座りのまま、手元をいじらしく触る。何か言いにくそうな、照れ隠しのような手の動き。

そんな指先を通して、少女は告白した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……雄に"好き"って告白したいんだ。」

「…………」

 

洸の視線が右隣の七海へと向けられた。

しかし七海は前を見据えたまま表情を変えることもない。

 

彼の手に僅かに力が加わった。

 

 

「((……そうだ。そうに決まってるじゃないですか。))」

 

 

 

 

"自分なわけが無い"

ほんの一瞬、期待した自分が馬鹿だった。

 

 

洸が好きなのは灰原だ。

日々の言動を見ていればそんなの分かりきっていたことだと。

 

何を今更…

 

 

 

 

 

 

 

「明日の遠方任務から帰ってきたら伝えようかなって。」

 

「いいんですか?任務の後で。」

「え?」

「別に今伝えればいいじゃないですか。協力しますよ。―――」

 

変わらず七海の視線はこちらに向かない。洸は七海を覗き込むように視線を向けるが交わることは無かった。

 

 

 

「伝えることを後回しにするのはやめた方がいいです。……"私達"に必ず明日が来るという確約は無いのですから。」

 

その"私達"はだれを指しているのか。

 

 

「…何言ってるの?"私達"は強いし、そんな事……」

「貴女は強い。それは間違いないです。」

「そんな言い方。」

「事実ですよ。洸さん。」

 

 

漸く七海の瞳が洸の赤を捉えた。

 

 

 

「貴女なら何があっても大丈夫でしょう。」

 

 

間違いなく彼は微笑んでいた。しかし、彼の印象的な眼差しのせいで、桜の花びらのように、脆く繊細な表情に見えた。

 

 

「……洸さん。」

 

七海の左手がそっと洸へと伸びたのだった。

それは髪を撫で、サラッと指を通す。

 

 

 

 

「私は……貴女の事が。」

「……?」

 

 

大きな掌が柔い頬に滑る。

その手は温かくて、熱をも感じて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「七海ーー!洸ーー!」

 

 

刹那、灰原の声が背後から飛び込むと反射的に手を離す七海。自分の顔を隠すように口元を手で覆うと、頭を抱え込み俯いていた。

 

「……建人……?……あ!雄!こっちだよ!」

 

「暗くなってきて人も増えて来たし2人が見つからなくて―――へへ!ただいま!!!」

 

 

両手いっぱいに食べ物を抱え込んだ雄が戻ってきた。再び洸の左隣に腰を下ろすと満面の笑みで2人へと視線を向ける。

 

 

 

「これ焼きそばとたこ焼き。先にかき氷食べちゃいなよ?」

「ブルーハワイ〜、さすが分かってる!雄。」

「…………」

 

 

変わらず口元を手で覆ったままの七海。それを敏感に察知した灰原は洸越しに背中を突く。

 

 

「どうしたの?七海。」

「……別に、何も。」

「…………」

「…たこ焼き、ありがとうございます。いただきます。」

 

「ちょ!建人要らないって言ってたじゃん!」

「………食べたくなりました。」

「もう!私にも残しておいてよー!」

 

 

心ここに在らず。ぼーーっとたこ焼きを口に運ぶ七海。

 

そんな相手の様子を灰原は分かっていたのかめずらしく意地悪そうな微笑みを浮かべては目の前の河川敷に視線を移す。

 

 

 

「……分かりやすいな〜。七海。」

 

あの七海が。

わかり易すぎて滑稽だよ。と……

 

 

 

 

 

 

 

┈┈┈

┈┈┈

 

 

 

 

 

よく晴れた夜空を覆い尽くす、巨大な菊型の花火。手を伸ばせば届きそうなほどの近さ。光の玉が一瞬のうちに視野いっぱいにまで広がってゆく。きらきらとした火の粉が今にも顔面へ降りかかってきそうだった。

 

横に目を向けると"洸"が瞳を大きく開けて空を見つめていた。花火が赤や緑へと色彩を変えるたびに、菊や滝が空一面に広がるたびに、洸の頬は様々な色に変化していった。

 

 

 

┈┈┈

 

 

 

2人の青年の腕に彼女の体温を感じた。

 

 

 

 

「洸?」

「ッ…………」

 

 

「暫くこのままで―――いいでしょ?」

 

 

洸の両腕が両隣の親友の腕に絡みつく。浴衣の衣擦れの音が僅かに耳を掠め、普段とは違う状況に3人はどこか緊張していた。

 

 

 

 

 

「……ね。建人、雄。」

 

 

「何?」

「何です?」

 

 

 

パッと花火が開く。

同時に洸の顔がパッと華やぐ。

 

 

 

 

「大好きだよ。2人とも。」

 

 

花火の音にかき消されそうなほど小さな声だった。だけどハッキリとその言葉は2人に届いていた。

 

 

 

 

 

「僕もだよ、洸。」

「……私もですよ。」

 

 

洸を挟む2人はそっと真ん中の彼女に寄り添うように頭を傾ける。そして目を閉じた。

 

 

「((洸と七海と―――))」

 

「((彼らとこれから先も―――))」

 

 

2人の青年の脳裏に浮かぶ大切な2人の姿。

 

 

 

「((……建人、雄―――))」

 

 

 

2人の腕を掴み、うっとりと酔いしれるように目を閉じる。2人の力強くて大きな腕が心地好い。2人の体温が喩えられない程の安心感を感じさせてくれる。

 

鼓膜を叩く打上花火の音。

 

 

ずっと、ずっと…この時間が永遠に続けばいいのに―――なんて。

 

 

 

 

 

「((……"離さないで"……"もう少しだけ、このままで。"))」

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

はっと息を飲めば 

消えちゃいそうな光が

きっとまだ、胸に住んでいた

手を伸ばせば触れた、あったかい未来は

 

ひそかに二人を見ていた

 

 

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

微かに聞こえる花火の音。

男は長椅子に座ったまま、じっとその音に耳を澄ませていた。

 

 

 

しかし、その胸中は真っ暗で闇におおわれ始める。どす黒い何かが心臓を潰すように、胸が苦しい、辛い。

 

 

 

「………誰のために……」

 

 

祓う 取り込む

祓う 取り込む

 

 

……その繰り返し

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

……ブレるな。

術師としての責任を果たせ―――

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

"あの時"の非術師たちの拍手が

嫌になるほど耳に残っていた。

 

徐々に遠くから響いていた花火の音が聞こえなくなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

「……猿め。」

 

 

 

 

濁った目に、不気味な光を湛えた男がそこに居た。

 

 

 

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