五条兄妹   作:鈴夢

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a beautiful red

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――早朝 4時

 

 

 

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「―――ッ!!!」

 

 

 

滅多に焦りを見せない、冷静沈着な家入。

そんな彼女が焦りの顔を浮かべ、部屋着のまま寮の廊下を走り抜けていた。

 

向かう先は悟の部屋。

普段から鍵さえ掛けられていない部屋には容易に入ることが出来た。

 

 

 

 

 

「五条!」

「………」

「…ッ…五条!起きて…」

「…ンだよ……硝子。」

「はぁ…はぁ……っ…はぁ…」

 

 

ベッドに転ぶ悟。その傍らで荒い息を吐く硝子。

 

"こんな早朝から何事だ"と言わんばかりにぐったりと眠そうな視線を向けた。

 

 

「……ん?どした?」

「…洸が」

「洸?あのバカがどうかした…」

「………っ…」

 

「…硝子?」

 

 

硝子の暗い表情に即反応を見せる悟。

 

ベッドから勢いよく上半身を起こすと傍らで唇を噛む硝子の形を揺さぶった。

 

 

 

「………居なくなった。」

 

 

呟かれた台詞に一瞬何のことか読み込むことが出来ず2人の間に沈黙が流れた。

 

青く光る瞳は俯く硝子を捉え、肩を掴む手から力が抜ける。

 

 

 

 

 

「――――――は?」

 

 

眠気が一気に吹き飛ぶ程の衝撃。

声にならない抜けた声が静かな部屋に響いたのだった。

 

 

 

 

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――10分後

夜蛾正道 自室にて――

 

 

 

 

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「…止められなかったのは…私の力不足です。」

 

 

朝陽が漸く昇り始めた頃、部屋に集まる4人。

夜蛾、悟、家入――

 

そして雨に濡れた七海の姿。

そんな彼はどこか意気消沈しているような、力が抜けているような、まさに魂が抜かれたかのような不気味さを放っていた。

 

 

「ったくよー…あンのバカ()。」

 

「…………はぁ……」

 

「……うん、外傷は無し。催眠みたいなものだね。大丈夫。」

 

その傍では呆れた声を吐く悟、夏油に続き姿を消した洸にため息を漏らす夜蛾、そして外傷の有無を確認する家入。たまたま任務帰りだった七海はその疲れもあるのか酷く精疲力尽していた。

 

 

「……はっ。アイツいっちょ前に妙な術式使いやがって。一体どこでそんなの覚えてきやがったんだっての。」

 

謎の催眠らしき術に襲われた七海。

高専の入口付近の木陰に倒れていたらしい。

 

見つけたのはこれから任務に繰り出そうとしていた補助監督。しかしその時、既に洸の姿はなく、勿論残穢も何も残っていなかった。

 

"洸が居なくなった"という事実を語ったのは七海。

彼はその時のことをハッキリと覚えていたのだった。

 

 

 

 

 

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じめじめと薄ら寒いわびしい雨。

夏から秋に移り変わるこの時期の雨粒は吃驚するほど冷たく、肌に落ちる度に体温が下がっていく。

 

冷えきった体、濡れた制服。

"彼女"の感情を表したかのような冷酷な空模様――

 

 

 

 

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「……ッ!!」

 

 

 

"嫌な予感がした"

 

 

任務明けで疲れ果てた体。

だが、今そんなことを言っている場合じゃない。

 

必死に四肢を動かし、"彼女"の気配を追いかける。

 

 

 

「………………」

 

 

視線の先で光る微かな白銀。

高専入口の威厳ある木造の門構の前に傘もささず、ぐっしょりと水分を含んだ部屋着姿の彼女が居た。

 

雨に濡れた彼女の後姿。それはまるで亡霊のようだった。

 

痩せ、窶れ、溌剌とした以前の様子は皆無。全てに絶望し、弾力を失った彼女の心――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――洸さん!」

 

 

今にでも倒れてしまいそうだった。疲れで両脚は縺れそうになり、ただただ呼び止めることしか出来ない。

 

 

 

必死に、必死に手を伸ばす――

 

 

 

 

 

 

「……くっ!…………はぁ……はぁ…………」

「………」

 

 

何とか門の手前で彼女の左腕を掴む。

しかし彼女は振り向くことなく、その場に立ち止まるだけ。

 

 

 

 

 

「……何故……ッ………"何も言ってくれなかった"んですか!?」

「………」

「何か言ってください!」

「………」

「"洸"――!!」

 

 

彼らしくない。怒号に近い大声。

しかし相変わらず彼女は背を向けたままだ。

 

 

 

「……ッはぁ……はぁ………」

「………建人…」

「何処に行くつもりですか……っ」

「…………」

 

 

 

 

 

七海の問いかけに対し、ゆっくりと彼女は振り向いた。

 

彼女は笑顔をつくる。精一杯自然に。でも、精一杯やることで、既にもう自然ではなかった。

 

気のない微笑。芝居がかった引き攣った頬。

 

雨に濡れた彼女の顔は泣いているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

「……"ごめんね"」

 

「………………」

 

「"もう傍に居られない"―――」

 

 

その言葉に、表情に。自分の中で何かが壊れていく。

 

一気に闇に突き落とされるような、悪夢に堕とされるような。

七海の体に負の感情が襲いかかる。

 

 

「…洸……行かないでください。」

「風邪ひくよ。…」

「夏油さんのところに行くんですか!?」

「うん。そう。」

 

全く否定すらしない。

平坦なその台詞に七海は更に絶望した。

 

「堕ちたらダメです……ッ……貴女は……そんな」

「堕ちるか堕ちないかは私が決めること。」

「っ……」

「建人」

「……洸…さ……」

 

 

刹那、七海の手が洸から抜けるように離れるとその場に膝を着く。振り続ける雨に打たれながら、七海は必死に彼女の赤い瞳を見つめ続けた。

 

 

「((……何だ……急に…………体が……))」

 

 

目眩と眠気のような感覚。視界が霞んでいく。

 

 

「…………建人。」

「……待って…………行く、な…………ひか、る……」

 

辛うじて下半身には力が残っていた。上半身の全ての力が抜けるのも時間の問題かもしない。膝立ちのまま、ゆらゆらと上半身が揺れていた。

 

 

「…………」

 

 

そんな時、彼女もその場にしゃがみ込む。

そして華奢で冷たい手が七海の頬に伸びると霞む視界の先に赤い瞳がハッキリと映し出された。

 

 

「…………――"て"――」

 

何かを話しているのに聞こえない。

唇の動きを見ようにも瞳から目が離せなかった。

 

 

「((……何を…………言って――))」

 

 

 

 

彼女の最後の言葉を聞くことが出来ないまま、七海は意識を手放した。

 

 

 

 

 

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七海は酷く後悔していた。

あの時の洸の姿を思い出す度に酷く目眩を起こしそうになる。

 

何故止められなかった。

また失ってしまった。

 

自分は何故……こんなにも弱いのか――

 

 

 

 

 

 

「……ッ………」

「七海。」

「……また…私は……」

「お前が気に病むことじゃねえ。…灰原の事も、洸もな。」

「…………」

 

 

同期の2人を失った七海。

それは自分の責任もあると強く自負していた。

 

もっと強かったら、もっと他に何か手を尽くすことができたはずだと。

 

洸が苦しんでいたのは分かっていたのに踏み込むことが出来なかった。日々荒んでいく彼女を見ていたはずなのに、――――いいや、逸らしていたのかもしれない。

 

あの"五条洸"が堕ちるなんて。考えたこともなかった。

 

 

「ッ……洸さん……」

「七海。暫くお前は休め。」

「…………はい。」

 

 

夜蛾の大きな手に支えられ、ふらふらと部屋を後にする七海。

あんな憔悴する彼を見たことがない。

 

それほどに"洸"の存在は大きかったのだ。

 

 

 

 

 

「……馬鹿野郎だ。アイツは。本当に……。」

 

 

怒りさえも感じる悟の声色。

その隣で硝子は眉を顰め、苦しそうに俯いたのだった。

 

 

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どんよりとした雨の空気。

真昼間だというのに外は薄暗く、やけに体も怠い。

 

いっその事、晴れ晴れとした秋空が広がっていれば少しは気分もマシだっただろう。

 

 

 

 

 

――夏油と洸が消えてから暫く経った。

悟の心情が晴れることは無かった、

 

 

 

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「………………」

 

 

 

バタバタと忙しない足音が徐々に近づいてくる。体術訓練の道場の端に気怠そうに寝転ぶ五条はその足音の主を直ぐに理解した。

 

 

 

 

「―――五条!洸の事!!」

 

 

雑に扉が開く音。響き渡る女性の声。荒い息を吐き、慌てた様子で現れたのは"庵歌姫"。

 

どうやら別件でたまたま東京校に来ているらしい。普段は滅多に悟に自ら近寄ることは無いのだが、なぜか今日は目の前に現れたのだった。

 

 

 

「ちょっと!起きなさいよ!洸の事、話し――」

「マジだよ。俺の妹が騒がせて悪い…」

「あんた何やってんの!?夏油の次は洸!」

「真昼間からギャーギャーうるせーよ歌姫。」

「……ッ…」

 

 

寝転んだまま何食わぬ顔で話し続ける"異様"な五条の姿。そんな姿を目の前に、歌姫は珍しくいつにも増して険しい顔つきで五条を睨んでいた。

 

 

「ん?"先輩付けろ"のクダリはねーの?」

「……五条…アンタ。…何でそんなにヘラヘラできんの?」

「あ?」

「実の妹が、あの洸が!人殺しの夏油と一緒に居るって分かってんの!?」

 

 

耳を塞ぎたくなるような説教に近い歌姫の言葉。全てのワードが悟にとっては苦しいもののはずなのに、それを聞いた今でさえ当の本人は顔色ひとつ使えることなく薄笑いを浮かべている始末。

 

とうとう頭がイカれたか?

親友と妹が去った今、最強の五条悟は頭が漸くイカれたのか――

 

 

 

「――はぁ……」

「なっ…何よ…ごじょ…」

 

 

 

刹那、立ち上がった五条は目の前の歌姫の両肩を掴み、これでもかと言うほどに強く揺さぶる。そして自分よりも背丈の低い相手の顔に自身の顔を思いっきり近づけると、怒りに狂ったような恐ろしい表情で声を荒あげた。

 

 

 

「…ッお前は俺の妹だろ!?血を分けた兄貴を置いて……お前もそっち側に行くのかよ!?」

 

「ちょっ!!五条!!落ち着い―――」

 

突然の荒れた相手に驚きを隠せない歌姫。本気の台詞と表情に恐怖さえ感じるほどだ。

 

…やはり、妹を失った思いはあの五条悟をも狂わせる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…って、俺が言うと思った?」

「……え…」

「はははっ!ビビりすぎだっての!ウケるー、すげー間抜け面。ブス〜。」

「っ……」

 

 

"ふざけるにも程があるわよ、こいつ……"

 

 

 

のらりくらりとした適当な会話。

波長も合わなければ理解に苦しむ悟の言動。

 

まるでこの状況を何とも思っていないと言わんばかりの様子に気味悪ささえ感じていた。

 

実の妹が離反した。

姿を消した。しかも呪詛師に堕ちたあの夏油と一緒にいるのだ。どう考えてもマズイ状況。親族ならば、兄であるならばもっと慌てるなり、絶望するなりするはずだ。

 

しかし、目の前のこの男は笑っていた。

 

 

 

 

「……俺、任務明けなんだわ。せっかく東京に遊びに来たお前と戯れたいところだけどやる事も多くてさー。……ふぁ〜……ぁ……」

 

怠そうに体を伸ばし、挙句の果てには呑気に欠伸まで。凝った首を解すかのようにグリグリと回す仕草を見せ、再び呑気に口角を持ち上げた。

 

 

 

「別にアンタと戯れに来たわけじゃないわよ!」

「へー、さみしー」

「アンタが落ち込んでると思って。ついでに顔見に来てやったんでしょ。この私が!」

 

「…落ち込んでねぇよ。ガキじゃねぇんだから。」

 

 

突き放すような冷たい台詞。

そして歌姫と視線を合わすことも無く、横を通り過ぎると道場の戸に手をかけ再び口を開く。

 

 

 

 

「……歌姫。」

「なっ……何よ……」

 

 

今度は恐ろしく落ち着いた平坦な声だった。

たまに放たれる生真面目な悟の声色。芯の通った低い声に落ち着いた様子――

 

 

 

「何にせよ、それなりの状況下に陥った時は俺が洸を祓う。」

「祓うって……アンタ、洸を」

「"祓う"。マジ喧嘩よ?……例え、アイツにぶん殴られようが目ん玉にぶち抜かれようが――」

 

 

 

悟は振り返ることなく、若干肩を落としつつも言葉を続けた。

 

 

 

「…"兄貴の責任"だ。さすがに俺でもそれくらいは分かってる。」

「……ッ…」

「悪かったな歌姫。アイツのこと可愛がってくれてたのによ。」

 

 

歌姫と洸は仲が良かった。交流会では一時犬猿の仲にまで発展するかと思いきや、思いの外"ウマが合った"らしい。歌姫が東京に来る度、もしくは任務で関西方面に洸が向かった時は必ず歌姫の元に会いに行っていたことも知っていた。

 

洸にとって、硝子も歌姫も掛け替えのない"先輩"だった。

 

そして…そのように思っていたのは洸だけでは無い。

 

 

 

 

「……本当に……大バカよ。洸……」

「アイツ、お前のことめちゃくちゃ好きって言ってたよ。俺の悪口の波長が合うって。」

「なんかそれ嬉しいようなバカにされてるような気もするけど……」

 

 

歌姫の瞳が揺れる。

離反していく仲間の存在が歌姫をも苦しめる。

 

呪術界では当たり前のことなのに。明日明後日、自分の身さえも無事であるかなど分からない。

だが自ら望んで離反していく者……夏油、洸……。彼らが一体何に苦しめられその道を選んだのか。

 

考えるだけで胸が締め付けられそうだった。

 

 

 

「……じゃーな歌姫。」

「…………」

 

 

なんの感情も感じられない平坦な声はその場から踵を返し去っていく。

 

自分がここまで焦っていたのが阿呆らしい程に、あの男は笑っていた。

 

……馬鹿らしい――

 

 

 

「……何よ、当の本人はピンピンしてんじゃない。」

 

涙は出ない。……だが――

 

 

 

 

「……何があったのよ……洸…………」

 

 

 

悲しくてやるせない思いが心にのしかかってくる。

 

 

 

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積み重ねられた本の数々。

それは埃を被り始めており、部屋はやけにむさ苦しい。

 

妹が愛でていたであろう花瓶に刺さった一輪の花。それも哀しそうに萎れ、枯れた葉が床に何枚も落ちていた。

 

 

「………………」

 

それを拾い上げゴミ袋に入れていく。

カサカサと乾いた音が響く度に哀しさも増していく。

 

 

 

 

 

 

「――――洸。」

 

 

不意にベッドに放置されたままの制服に視線を向けた。1年前、高専に入学したての頃のパリッと糊のかかった状態とは大きく違う。

シワが目立ち、褪せていた。ボタンも年季が入ったような艶を放っては怪しく光る。

 

 

初めての制服姿を見た時の事――

あの時の愛想のない顔。だが恥ずかしそうに唇を窄める可愛らしい妹の姿が脳裏に浮かぶ。

 

 

 

「……兄ちゃんのせいだよな。…悪い。」

 

 

 

その表情は腹に一物を隠してじっと抑え込んでいるようなものだった。

 

 

 

「お前の言う通りだった。…俺が…お前や傑と向き合っていれば―――」

 

 

制服の次は部屋の本棚に置かれた写真立てが目につく。それは意図して伏せられており埃を被っていた。

 

 

悟はそれをそっと持ち上げ、飾られていたであろう写真に視線を向ける。

七海、洸、灰原―――3人でアロハシャツを纏った写真だった。1年前の沖縄での出来事。木製の写真立てに大切に飾られているそれは洸の宝物だったに違いない。

 

しかし、その過去でさえ"伏せたい"ほどに苦しんでいた。

 

 

 

 

 

初めてできた親友、想い人。

沢山の思い出――"青春"。

 

 

 

 

 

 

満面の笑顔で映る妹の姿を見るのは胸が痛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……五条、入るよ。」

「…ッ……」

 

 

部屋の入口からノックの音と共に家入の声が耳に飛び込む。悟は慌てて写真立てを元に戻すと、何食わぬ顔で片付けを再開し始めた。

 

 

「…………」

 

そんな彼の背中を見据える家入。

手際よくゴミ袋に妹の私物を廃棄していく兄の姿は見ていて苦しいものがある。

目を逸らしてしまいたいほどに……

だが悟を1人でこの部屋に居させるのも家入にとっては苦しかった。

 

 

 

 

「手伝う?」

「……いや、大丈夫だ。」

「………」

 

家入は悟の背後に腰を下ろす。

既にローテーブルの上は片付けられており何も無かった。

 

テーブルに肘をつき、家入は彼の後ろから言葉を放つ。

 

 

 

「夏油の次は洸の部屋の整理。私ら学生にやらせるなんて高専もクソだね。」

「……仕方ねーだろ。ただでさえ人手不足。勝手に去っていった奴らの部屋の後始末は俺たちの責任でもあんだろ。」

「………そうだね。」

 

 

 

「ねえ、栞無かった?」

「あ?栞?」

「白い花のプラスチックっぽい硬い栞。」

「……ん?見てねーけど……何?」

「………………いや、何でもない。」

 

 

綺麗な白い花が嵌められていた栞。

肩身離さず、いつも洸が大切に扱っていた栞。

 

 

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"硝子先輩!見てください!"

 

――ん?栞?

 

"雄から貰ったんです。綺麗ですよね?"

 

 

 

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「((……洸。))」

 

 

灰原から贈られた綺麗な栞。

ここに無いということは――そういう事なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ。硝子。」

「ん?」

 

 

そんなことを考えていた時、悟は手を止め口を開く。

相変わらず背は向けられたままだった。

 

 

 

「俺。洸の為なら何だってやってきたんだ。」

「…………」

 

「ちいせぇ時から生意気で強がりで、素直じゃなくてさー。昔っから俺と目が合う度に逸らされてた。会いに行っても完全拒絶。酷いもんよ。」

「予想通りめちゃくちゃ嫌われてんじゃん。昔から。」

「あーうるせー!黙って聞けっての!」

 

 

ガサガサとゴミ袋の音を鳴らしながら勢いよくこちらに振り向く悟。

その顔はいつもと何ら変わらない表情をしていた。自分が放ったふざけた言葉に呆れているような顔。

 

家入はじっと悟を見つめる。

 

 

 

「……それでも、俺にとっては血の繋がった妹なんだ。可愛くて憎たらしくて、たまにぶっ飛ばしたくなるくらい――」

 

 

徐々に感情が含まれてくる声に表情。

家入はそれを見逃さない。

 

 

 

「でも、洸の事を愛してる。兄としてな。」

 

「……兄としてじゃないとマズイでしょ。」

「お前なー、さっきから変なツッコミ入れんなよ。人が真面目に話してんのに。」

 

 

"下手くそな笑い方"

まるで自分は余裕ですなんて訳の分からない自信たっぷりの"偽りの顔と声色"。

 

 

 

――どこまで不器用なんだ、この兄妹は。

 

 

「本当に手が掛るわ……夏油も洸も……あんたも」

「はぁ?」

「今の今まで真面目に話してこなかっただろーが、"お前が。"」

「…っ………」

 

 

ヘラヘラ、ヘラヘラと馬鹿らしい。

そんな台詞を家入は胸中で呟く。

 

 

 

「バレバレなんだよ。七海にも、歌姫先輩にも夜蛾先生にも冥さんにも。チャラチャラ適当に話してんの。」

「…………」

「本当は泣き叫びたいくらい苦しんでるんだろ。……ん?」

「……何言って」

「私まで騙せると思うなよ、五条。」

「…………」

 

 

家入は分かっていた。

本当は今すぐにでも任務そっちのけで洸を捜索して連れ戻したいと。そう思うのは当たり前だ。血を分け合った兄妹なのだから。

 

だがこの男は卑屈な所があった。

自分を強く見せるところ、冗談を口にしては適当に回りを振り回す。

 

滑稽な男だ。

 

 

 

「で?"兄として洸の事を愛してる――"……話の続きは?」

 

トントンと半ば雑に五条の背中を叩く家入。

変わらず背を向けたままだが、そこは何も突っ込む気は無い。

 

どんな顔をしているかなんて、だいたい想像がついていた。

 

 

 

「……あいつがさ俺をどんなに拒絶しても。禪院に売られそうになった時も、家に縛られて一切外に出られなかった時も――」

 

悟の脳内を巡るのは昔の洸の姿だった。

 

会う度に避けられ拒絶され、必死に助けを求めてきた禪院家での出来事も、懸賞金の事もあって非力で外に出られない洸のいじけた顔も。

 

 

 

「……良かれと思って高専に連れてきた事も…俺にとってはアイツを救い出す鍵になるって思ったんだ。……だけど結果がコレだ。」

 

 

制服姿で嬉しそうに七海や灰原と楽しそうに過ごす姿。青春を謳歌し、この世界はこんなに素敵な場所だったと実感していく妹の変化も――

 

 

 

 

「結局、アイツにとって"俺"っていう存在が悪だった。」

「…………」

「俺がいる限り、洸は不幸なんだ。」

 

 

"結局"、自分という存在が悪の根源だ。

様々な縛りが与えられていた妹の人生に全て自分が関わっている事実。

良かれと思って、妹の為になると思って、ここからの人生の良い分岐点になると勝手に思い込んでいた自分の傲慢さに悟は苦しむ。

 

 

 

「…………」

 

 

珍しく喉を詰まらせるような弱々しい声。

そんな時、家入は悟の背中に自身の背を預けるとぽとりと呟く。

 

 

 

「……えー?私はそうは思わないけど。」

「………」

「そうやって思い込みすぎるから洸はアンタと距離を置いてたんだよ。」

 

家入はポケットから煙草の箱を取り出すも1本もストックが無いことに気づく。

波打つ感情を少しでも抑えようと煙草の煙を吸い込もうと思ったのに……仕方ない。

 

 

 

「……洸。最初来た頃に比べたらよく笑うようになったよ?ふざけたことも出来るようになって、お前と一緒に並んで歩くようにもなった。…最初なんて、お前の事避けるように行動してたのに。」

「………」

「全部が全部悪だと思ってない。たまにお前を見る瞳が期待と尊敬で光ってた気がする。…あくまでも私の憶測に過ぎないけど。」

「………」

 

 

高専に来た頃なんて酷かったものだ。

兄と顔を合わせる度に拒絶はするし、そもそも一緒の空間にいることが苦痛だと言わんばかりの言動ばかり。他者を受け付けず、拒絶するのが当たり前の子だったのに。それでも、高専での眩しいほどの出来事が彼女を変えていったのた。

 

それを作ったのは兄の悟だ。

 

少なくとも、ほんの少し、ほんのちょっと……ほんの数ミリかもしれないか妹の洸は理解しているに違いない。

 

"自分を理解してくれている唯一の血縁者だと"――

 

 

 

 

 

 

 

「それに、今のところ洸が非術師に手をかけたとかネガティブな情報はない。あるのは非術師を殺しまくってる夏油と一緒にいるって事だけ。」

「…………」

「だけど……"離反者、裏切り者、呪詛師"。今後、洸にそんな名前がついて回るだろうね。それは仕方がないことだと思う。」

「…………」

「おーい。いつまで黙り込んでんの?お兄ちゃん。」

 

 

何を言っても沈黙し続ける悟に痺れを切らした硝子は容赦なく彼の体を掴むと無理やり視線を合わせる。サングラスをしている彼の目元の感情は読み取る事は出来ないが、心做しか顔に色が戻った気がした。

 

 

 

「腐っても兄妹、だろ?」

「……硝子…」

「兄貴が信じてやらなくてどうすんの。実の妹なのに。」

「…ははっ…………あーー刺さるわー……硝子に言われると余計にさ。」

 

微かに頬が緩む。

それにつられて硝子も呆れたような笑みをこぼした。

 

 

 

「私は洸を信じてる。あの子は馬鹿じゃない。お前より賢い。」

「…はっ!ムカつくけど――"そうだな"。」

 

 

硝子の手が悟のサングラスへと伸びる。

それをゆっくりと外すと美しく光を放つ青い瞳が現れた。

 

 

 

「考え方を変えればいい。少なくとも"夏油には洸がついてる"。そう思えばいい。」

「………」

「見張りがいると思えばいーじゃん?…で、もし本当に洸も夏油と堕ち続けたその時は………」

 

 

迫る硝子の顔。

青い瞳を睨むように、彼女の瞳が掴みかかった。

 

 

 

 

「"お前が祓え、五条"。」

「………」

「"お前の責任だ"。」

 

 

 

本気の声、言葉。

悟の心の奥に眠っていた感情たちを奮い起こさせるような芯のある硝子の様子。

 

 

刹那、悟はニヤリと妖しげな笑みを零すといつもの様に呑気な声を上げたのだった。

 

 

 

 

「へー。硝子の方が洸の事分かってんじゃねーの?」

「そりゃ、お前より愛してるからね。洸の事。」

「たッはーーー!実の兄を目の前にそれ言うか?ただでさえ嫌われて"おセンチ"になってるってのに…俺。」

「何が"おセンチ"よ。なら最初っから強がるな。」

「……言うじゃん、硝子。」

 

 

いつもの笑みを向け硝子の額を指で突く。漸く"戻ってきた"悟の姿に硝子も同じく妖しげな喜色さえ感じる笑みを浮かべる。

 

 

 

「私らは私らで出来ることをやるしかない。」

「……ああ。」

 

「いつか、五条と洸が再会して分かり合えた時。この時のことを笑い合えたらそれでいいだろ。」

 

「へっ。いー事言うじゃねえの?硝子。」

「煙草、3カートン奢れ。」

「5倍にして奢ってやるよ。」

 

 

傍らのゴミ袋に煙草の空箱を投げ入れる硝子。そして2人は再び向かい合った。

 

 

 

「俺は何があっても、洸を守る。」

「うん。」

「傑も連れ戻す。」

「…じゃ、私がアンタを治し続けてやるよ。」

 

 

恐れ入らぬ得意顔。

頬には挑むような笑み。

自身に満ちた空気を纏う2人。

 

 

 

 

 

 

 

「頼んだ。硝子。」

「任せな。五条。」

 

 

2人は奮い立たせる言葉を吐き、コツンと拳と拳をぶつけ合ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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"元"盤星教が本部として利用していた広大な施設。

そこに集う人々――

 

 

 

 

薄暗い廊下に響く二人の男の声。

 

 

呪詛師"夏油傑"

 

韓国籍の元刑事"孔時雨"

 

 

「……盤星教は解体されはずだが?」

「別の団体でも根っこは同じさ。表向きは居抜き見てぇにしてるがな。――嫌か?」

 

「いや。呪いと金が集められればなんでもいいさ。」

 

「――にしても、本当にその格好で出るのか?」

「いいだろう?ハッタリは大事だ。」

 

 

夏油の見慣れない姿。それは変わった服装だからだろう。

 

僧侶が纏う衣服"袈裟"。

左肩から右脇下にかけて、衣をおおう長方形の布。法衣――しかもよりによって"五条"袈裟だなんて。皮肉なものだ。

 

 

 

刹那、2人の男は背後の女性に視線を向ける。

 

 

「"君"も何か言ってやってくれ。」

 

「袈裟の提案をしたのは彼女ですよ?……ね?

 

 

 

 

 

――洸」

 

 

 

 

 

 

背後に立つ人物。"五条洸"。

 

 

「"ぽくて"いいじゃないですか?ただでさえガタイも大きくて見た目も怖いし、僧侶ならそれなりによく見られるでしょ?」

 

「ってことですよ?悪くない提案でしょう?孔さん。」

「…………はぁ」

 

 

 

3人はこの施設のホールへと向かっていた。

そのホールには何千もの人々が待ち構えている。

 

 

ホールへと続く薄暗い長い廊下。

洸は2人の男の背を前に顔色ひとつ変えず、無を貫き続ける。

 

 

 

「夏油様……」

「……洸姉様」

 

 

舞台袖で控えていた2人の少女が目を輝かせながら2人の名前を呼んだ。

 

"枷場美々子"

"枷場菜々子"

 

双子の姉妹。

 

夏油があの旧村で救い出した"視える側の人間"だ。

確定の年齢は分からないが6.7歳辺りだろう。

 

 

「よく見てなさい。」

「……美々、菜々。」

 

2人の頭部を優しく撫で、舞台へと向かう夏油。

美々子と菜々子の傍で立ち止まり、2人の肩に手を乗せる洸。

 

 

「洸、君も来なよ。」

「私はいい。ここに居る。」

「……そっか。――――揃っているな?」

 

洸も舞台に立てと言いたいのだろうがそれを拒否した。半ば残念そうに眉を下げる。

 

そしてその傍らでは孔が耳打ちをした。

 

「各支部長、代表役員、会長……その他 太客おそろいで。」

「うん。良いね。……それじゃ行こうかな。」

 

 

袈裟姿の夏油は躊躇することなく舞台へと消えていった。

マイクのハウリング音が鼓膜を叩くと洸は反射的に目を細める。

 

 

「あーあー……皆さんお待たせしました。それでは手短に。」

 

 

 

マイクを片手に壇上で語る夏油。

 

 

 

「今、この瞬間からこの団体は私のモノです。名前も改め、皆さんは今後私に従ってください。」

 

 

 

 

 

――"反対多数"――

 

 

 

 

 

「……困りましたねぇ――そうだ!園田さん!宜しければ壇上へ!」

 

 

客席のひとりの男を指名する。

 

 

「そう!あなたです!」

 

 

 

なんの疑いもなく舞台に現れる中年の男。

好意的な笑顔を満面に浮かべる夏油の前に立ったその時――

 

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

「……わっ!」

「夏油様の呪霊……」

「「かっこいい……」」

 

 

呪霊によって生々しく殺害される男。それを喜ぶ双子の姉妹。

 

 

 

 

 

「ははっ……容赦ないねーアイツ。」

「…………」

「……ね?五条洸さん。」

「…………」

「君はこれからあの男と組むんだろ?」

「…………」

「あの五条家のお嬢さんが……呪詛師とこんな事するなんて。呪術界が怯え、震えるのは間違いないな。」

「…………」

「五条悟も黙ってないだろうな。妹さん?」

 

孔の言葉に何も反応を見せず、ただただ舞台の上で自由に殺戮を行う夏油を見据える洸――

 

 

 

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

舞台上では生々しい肉片が飛び散る音と共に、真白な障子に花を撒いたような鮮血が飛び散った。

 

 

 

 

 

 

 

「さて……改めて――」

 

 

 

"猿は嫌い"

 

 

 

 

「私に従え」

 

 

 

"それが私の選んだ本音"

 

 

 

「猿ども」

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

不意にポケットに入れている栞を握りしめる。

心を落ち着かせるように、そっと目を閉じ、深呼吸をする……

 

 

そして再び、瞼が持ち上げられた。

 

 

五条洸の赫い瞳――

 

それは深く隠された感情が時々きらきらとひらめくように光を放っていた。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

――五条兄妹――

"懐玉・玉折編"――[完]

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感想、続々お待ちしてます!

 

続編もお楽しみに!

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