五条兄妹   作:鈴夢

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順接
2009.12


 

 

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――2009年12月24日

午前10時26分――

 

 

 

 

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朝といってももう10時ばかり。陽の光は狭い部屋の隅々にまで透明な冬の明るさを投げこむ。

 

希薄で澄んだ冬の光は心地よかった。

 

炯々と煩いほどに眩しい夏の光より幾分もマシだ。

 

 

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「……洸…お早う。」

 

 

「おはよう。」

 

 

畳の部屋の真ん中に置かれた炬燵。傍らには石油ストーブ。外の寒空が嘘のように部屋の中は暖かい。

 

のんびりと読書を嗜んでいた洸は気怠そうに起きてきた人物に目をやる。

 

ダルっとしたスウェット上下に寝癖だらけの伸びた髪の毛。トレードマークの黒いピアス――"夏油傑"。

 

男は欠伸をすると寛ぐ洸を見下ろした。

 

 

「…あれ?美々子と菜々子は?」

「もうとっくに登校したよ?起こしたがってたけど止めといた。」

「別に構わないのに。」

「帰ってきたの朝方でしょ?さすがに起こせないよ。――ご飯用意するね。」

「…ありがとう。洸。」

 

洸は炬燵から出るとキッチンへと向かう。味噌汁を温め直し、炊飯器から昨日の晩の残りの白米を器へと盛り付けていく。そしてフライパンを加熱すると手際よく卵焼きを作り始めた。

 

 

「………………」

 

炬燵に入り、机に肘を乗せ、彼女の背後をじっと見据える夏油。見慣れた光景だが毎回見る度に何とも言えない多幸感に包まれる。飽きない。不思議だった。

 

暖かい部屋、味噌汁の香り、卵が焼ける音。

全てが新鮮で"幸せだ"。

 

 

 

 

 

「美々子と菜々子。明後日から冬休みだよね?」

「うん、そうだよ。そろそろお昼ご飯の作り置きも準備しておかないと……」

 

 

"子供を持つ親は大変だ"……なんて不慣れな事も多いが以前よりは慣れてきた。夏休みに比べればかなり楽なものだが彼女たちが成長するにつれてやることも増えてくる。

 

 

今日は買い物も多めに、間食も準備しないと……

 

夏油の朝食を準備しつつ、そんなことを頭の中で考えていた時、大きな影が自分の体にくっつくように抱擁してきたのだった。

 

 

 

 

「…………」

「……どうかした?」

「いや……2人が長く家にいると、なかなか"こんな事"もできないから少し残念なんだ。」

 

 

大きな手、太くて長い腕が執着するように体に絡みつく。首元に顔を埋められると擽ったくて堪らないと何度も言っているのに……だんだんと適応してくる自分も不思議なのだが。

 

 

 

「何言ってんだか。そもそもあまり家にいないでしょ?最近。」

「まあ、確かにそうだね。」

「ほら危ないから離れなよ。お味噌汁注げない。」

「…………」

「…もーーー……」

 

呆れ顔を浮かべながら力ずくで自身の腕を抜くと温まった味噌汁を器に注ぐ。

 

まるで大きい子供だ。

……何度も言うが、この状況に慣れてしまった自分が不思議だった。

 

 

 

 

「ね。洸。」

「ん?」

「今夜、久しぶりに洸の部屋で一緒に眠ってもいいかい?」

「……美々と菜々が許さないんじゃない?」

「大丈夫。先に2人を寝かせれば問題ない。」

「それでこの前、朝から大変だったでしょ?"夏油様が洸姉とイチャイチャしてるー"とかある事ないこと言われて。」

「あの2人も"そういう事に"敏感な年頃になってきたからね。」

 

 

美々子と菜々子は夏油の事を心の底から信頼しているし、大好きで堪らないのだろう。

なんせ、自分たちの命を救ってくれた恩人でもある。"あの旧村"で疎まれていた自分たちを保護し、ここまで育ててきたのだから。

 

私みたいな"女"が夏油と抱き合っているのなんて見てしまったら阿鼻叫喚だろう。

 

 

 

「美々と菜々。あなたが私に取られちゃうってヤキモチ焼いてるの。」

「別にいいじゃないか。それでも。」

「嫌だよ。そもそもあなたと私は"そういう関係"じゃないし、私は美々菜々が大事なの。」

「………"そういう関係"…か……」

「そう。」

 

天地がひっくりかえっても夏油と洸が恋人になることも、"そういうコト"をする関係になるのは有り得ない。普段のスキンシップからして、夏油がそれをどう考えているのかは正直分からないが。

 

 

 

 

 

「はい、早くご飯食べてね。もう少ししたら買い物行かないとだし、今日はクリスマスイブだし……。美々菜々、今日はオムライスが良いって――ッ!」

 

 

突然の感触に持っていた器がひっくり返りそうになるほど体を跳ねさせる。陶器のように白く、細い首筋に柔らかい感触。――"まてまてまて、悪ふざけが過ぎるぞ。"

 

夏油の唇が、厚ぼったい艶のある唇が。

洸の首に接物するように吸い付く。

 

 

 

 

 

 

「……洸。」

「ちょっと!ッ…」

「…………」

「首!やめっ」

 

 

その時、洸の体に見えない膜のようなものが現れると夏油は"彼女に触れられなくなった。"

 

"無下限"

五条家相伝の術式――

 

 

「何するのいきなり!お味噌汁溢れちゃったし。」

「ポケット。」

「……え?何」

「エプロンの前ポケット。」

「?」

 

背後でにこやかに微笑む夏油は先程の行為を全く悪びれる様子もなく"ほら、ポケットの中"と指を指しながら洸を促す。

 

そんな彼の言動に不思議そうに首を傾げ、言われた通りエプロンの前ポケットに手を伸ばす。

 

 

 

 

「……ん?何コレ……」

 

 

ポケットに入っていたものを取り出す。そこに入っていたのはアクセサリーだった。見た目とチェーンの長さからしてネックレスだろう。シンプルに石が一つだけついたシルバーのネックレス。

 

 

「……ネックレス?…」

 

 

それを手にすると背後に立つ彼を見上げた。

ぽかんと理解が追いついていない洸の表情にクスクスと可笑しそうに笑みを零すと漸く口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「"誕生日おめでとう"。洸。」

 

 

 

朗らかな優しい口調と満面の笑み。嘘偽りを一切感じない様子。

彼の台詞で"今日は自分の誕生日だった"と思い出したのだった。

 

 

 

 

「付けてあげるよ。ほら、おいで。」

「…別にいいのに。」

「酷いなあ。素直に喜んでくれてもいいじゃないか。」

「ネックレスなんて……首輪のつもり?」

「うん。そうだよ。」

 

 

夏油に促され、美々子と菜々子の部屋へと向かう。ピンク色の縁の全身鏡に移る自分と夏油。首には美しく光を放つ小ぶりの石がついたネックレス。

 

首輪のつもりならとんでもない変態だ。

 

 

 

「首輪だなんて、冗談で言ったんだけど本気?」

「ああ。勿論。」

「………………」

「心配しなくても、猿から集めた金で用意したものじゃないよ?高専時代の口座から引き落とした金で買ったんだ。」

「論点そこじゃないんだけど。」

 

 

とことん"こういう事"には話が通じない男だ。

 

 

 

「はははっ。洸に贈るものを猿の穢れた金で用意するわけが無いよ。」

「………………」

「……ほら、似合ってる。」

 

 

"ね?"と両肩に彼の手が置かれると2人は全身鏡を見つめた。首元で光る石はキラキラと反射し、ただの安物では無いことはハッキリとわかった。

 

 

 

「洸も19歳か。」

「…うん。」

「出会った時はあんなに幼かったのに。…まあ、今も大して変わらないけどね。」

「童顔って言いたいんでしょ?」

 

 

くるっと背後に顔を向けると夏油は面白がるように笑を零し続けていた。こんなに嬉しそうに笑う彼を久しぶりに見た気がした。顔色も良いし、得意の乾いた嘘の笑い声は聞こえない。

 

ありのままの、昔から変わらない"夏油先輩"がそこに居た。

 

 

 

「変わらず……ずっと"可愛い"って事だよ。」

「………………」

「その呆れ顔も変わらないね?可愛い。」

「……本当に人たらし。あなたも変わらないね。」

 

 

鏡に映る2人の姿。

離反した今、微かに感じるあの時の気配。

何も変わっていないはずなのに、立場は大きく変化していた。

 

 

なんだかそれが、不思議と苦しく感じてしまった瞬間だった。

 

 

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夏油と洸が離反して2年と少し。

2人は双子の姉妹と共にひっそりと、特別豊かでも貧しくもない生活を送っていた。

 

そして盤星教を母体にして新たに設立した宗教団体を呼び水に、信者から呪いと資金を集める事も今のところ滞りなく成功。組織はさらに大きくなることは間違いないだろう。

 

 

今現在は志を同じくする本当の"家族"たる呪術師達を集めている最中。

 

一体、夏油はこの先何を興そうとしているのだろうか。

 

――それは一番傍に居る洸でさえ、未だにハッキリと分かっていなかった。

 

 

 

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「――これで一通り買い物は終わったかな。」

 

 

 

 

華やかなクリスマスイブ当日。師走の街は慌ただしい。

そして嫌になるほど人も多いし、行き交う人を避けながら歩くのも面倒だし、とにかく人混みが苦手だ。昔はそうでも無かったのだが……

 

 

 

郊外の小さな商店街なのに今日はまるで大都会に居るのではないかと錯覚してしまうほどの人の量。これは呪いもたくさん生まれそうだ。

 

 

 

 

「ケーキは駅前のとこで買って帰ればいいよね。」

「いいんじゃないかな?美々子も菜々子もあのお店のケーキがお気に入りみたいだしね。」

 

「…ケーキOK。美々菜々のクリスマスプレゼントもOK。オムライスの材料――」

 

両手にはたくさんの買い物袋。

特売の多いスーパーをハシゴしては吟味し、いかにコスパ良く買い揃えられるかが重要だ。

まさか自分が"庶民的"な生活にここまでハマってしまうとは。というより、案外愉しいだなんて考えていた。

 

 

 

 

「洸。そっちの紙袋も持つよ。」

「別にこれくらい大丈夫。さすがに持たせすぎ…」

「いつも君に任せっきりなんだ。今日くらい甘えてよ。」

「………重いよ?」

「私の力を舐めないで欲しいね。少なくとも洸よりは力持ちさ。」

「…………」

 

「洸。」

 

 

隣を歩く夏油には既に荷物を持たせているのだ。プレゼントの入った紙袋に2軒分のスーパーの買い物袋。美々子と菜々子の冬休みの"しのぎ"にと購入した食材がたくさん。

 

彼とは長く一緒に過ごしているが未だにほんの少しだけ頼りきれない部分もあった。それは学生時代の名残なのかもしれない。かつて任務報告書を提出する時に、快く全てを引き受けてくれていた"夏油先輩"にそんな事はさせられない!なんて意気込んでいたあの頃の癖――

 

 

 

「……じゃあ、こっちの袋。お願い。」

「うん。素直でいい子だ。」

「…………」

 

 

荷物を手渡された夏油は心做しか満足気だった。単純に洸に頼られることが嬉しいのだ。

 

夏油の心中にも、過去の彼女の姿が浮かぶ。

 

自分は無理して、滅多に弱音も吐かず、誰も見ていないところでバレないように涙を流すようなタイプ。それが洸だ。強がるくせは彼女の実の兄の影響もあるのかもしれない――――あぁ、だがそんな彼女でも人目を気にせず涙を流したこともあったな。

 

 

"想い人が。灰原が死んだ時"――

 

 

 

 

 

ふと、洸の赤い瞳が天を仰ぐ。

口から漏れる白い息がフワッと宙に浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

「……今年も終わっちゃう。」

「早いね。あっという間だ。」

「………………」

「ん?どうしたんだい?」

「…………」

 

 

ゆっくりとした足取り。

徐々にそれは歩くのをやめ、思いに耽けるようなぼんやりとした表情を浮かべたまま空を見上げ続けた。

 

 

 

「洸?」

 

心配の色さえ感じる夏油の声が彼女の名を呼ぶ。

 

しかし反応はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………((本当、あっという間))」

 

 

 

 

 

 

 

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――2006年 12月24日

 

 

 

 

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「はいはーい!!皆様!!ちゅうもーーーく!!!!」

 

 

 

"放課後の教室"に集まる生徒数名。

黒板を背に、教卓の前に立つ少女とその兄。

 

無理やり被せられたパーティーハット、ふざけたデザインのサングラスに"本日の主役"タスキ――既視感。

 

 

 

 

 

「今日は!我が高専のアイドル!俺のスーパーハイスペック☆シスターの爆誕祭!」

「悟兄、恥ずかしいから止め……」

「ハッピーーーーバースデーーーー!洸!!!」

 

 

悟の浮かれ声と共に教室内に弾ける破裂音と色とりどりの紙吹雪。当の本人は突然の状況に驚き、耳を塞ぐもクラッカーを手にした仲間たちは嬉しそうに笑みを零し、洸を盛大に祝った。

 

 

 

「洸ちゃん。おめでとう。」

「おめでと、洸。」

「洸!おめでとう!!!」

 

 

夏油、家入、灰原。

 

 

「皆さん、ありがとうございます。」

 

兄の恥ずかしい前振りはさておき、こうやって仲間たちに祝ってもらえるのは正直嬉しい。若干恥ずかしい気持ちもあるが、今は嬉しさの方が打ち勝っていた。

 

雑だが、誕生日会らしく飾り付けられた教室。普段は勉学のために使っている机は中央に集められており、菓子やケーキが並べられていた。

 

"初体験"だった。色とりどりの鮮やかな幸せ。不思議と胸が高鳴っていく。

 

 

 

「ヤガセンも今日は午後からいねーし、今日は1年の教室を自由に使わせてもらうぜ〜」

「……となれば……夏油、酒。」

「硝子、本当にここで飲むのかい?」

「当たり前でしょ。てか持ってきてるじゃん?準備いーねー」

「後々"買いに行ってこい"って言われるのが目に見えていたからね?……洸ちゃんには飲ませたらダメだよ?」

「はははっ!下戸の妹にさすがに飲ませないよ。」

 

 

夏油の傍らに置かれていた紙袋から酒瓶が姿を現す。しかも"魔王"だなんて、渋すぎるチョイス。

色とりどりの包装がされた可愛らしい菓子達に紛れ、相変わらず家入と夏油はとんでもない事をするのだから……

 

 

「にしても"七海は任務で不在"…残念だったね。」

「洸の誕生日!クリスマスイブに任務入れる上がクソなんだよマジで!俺がいつか改革してやんよ?イベント時には任務絶対禁止令。」

「五条のワンマン高専経営、案外悪くなさそうじゃん。」

「酒と煙草は認めねーからな?硝子。」

 

 

何日も前から計画していた今日のイベント。その輪の中に、勿論七海の姿もあったはずなのだが急遽任務で参加できなくなってしまったのだった。

 

 

 

「――七海。洸のお祝いしたいって言ってたのに。残念だなあ。」

 

洸の隣の椅子に腰掛け、コーラを片手にため息を漏らすのは本日の主役の親友でもある灰原。その表情は残念そうに眉を下げ、瞳には哀しい色が漂う。

 

 

「仕方ないよ?急に入った任務だし。しかも冥さんとの共同任務でしょ?結構大変そうだよね。」

「仕方ないかー……。まあ、また別の日に3人で仕切り直そうよ?」

「うん。そうだね、雄――」

 

余ったひとつの椅子。

洸はそれに視線を落とすと僅かに残念そうに口を尖らせたのだった。

 

 

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同日 午後23時56分――

 

 

 

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楽しく愉快な誕生日会を終え、入浴を済ませ、課題を終わらせ――

 

ベッドにごろごろと寝転ぶ洸。

 

携帯電話に収められた誕生日会の写真を見返しながら、徐々に訪れる眠気に耐えるように目を細める。

 

 

「((楽しかったな。誕生日会。))」

 

 

2年の先輩たちが用意してくれたケーキや菓子。夕飯はオードブルに油っこいものばかり……

時たま写真の端に映る"魔王"の酒瓶。先輩たちとの写真や灰原とのツーショット写真。兄と映るのを本気で嫌がるような表情を見せる洸の写真や家入に抱きつく洸の写真。 なんとなく、間の空いたような、恥ずかしそうにピースサインを見せる洸と穏やかに微笑む夏油との写真――

 

 

そして悪ふざけで悟が考えた企画"パイ投げ"

 

兄妹の真剣勝負!だなんてよく分からない謎企画だったのだが――写真にはハッキリと洸が持つ紙皿が悟の顔面目掛け、クリームたっぷりのパイが命中しているものがあった。無下限同士の衝突。悟の無下限を容赦なく突破ったこの企画は大いに盛り上がった。

 

まあその後は説明しなくても容易に想像が着くと思うが、兄はガチギレし"魔王"をヤケ飲み。下戸の兄は大人しくなり静寂が訪れた……という謎だらけの誕生日会だった。

 

 

「((……建人、居て欲しかったな。))」

 

もしこの場に彼がいたら絶対もっと楽しかったに違いない。

 

先輩達の無茶な行動に一喝する姿。悟の五月蝿い行動に逐一ツッコミを入れる姿。"食べ過ぎですよ"なんて洸の大食いを心配そうに見つめる姿――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッわ!!」

 

ぼんやりと写真を見返していたその時、携帯電話から通話を知らせる着メロが流れる。

 

そして画面に映る発信者の名前。

 

 

洸は驚きながらも嬉しそうに笑を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――建人!?」

『…よかった。起きてたんですね。』

 

電話相手は特徴的な低音の声の持ち主。親友の "七海建人"だった。

 

 

「うん、起きてたよ?」

『寝ていたらどうしようかと心配でした。この電話で起こしてしまったら……と。』

 

 

 

"起こしてしまったら申し訳ないから、また改めて直接伝えよう"――という判断ではなく

 

"どうしても当日に直接伝えたい"――彼の行動からそんな気持ちが伝わってきた。

 

生真面目な七海から考えて珍しい行動だった。

 

 

 

 

『誕生日…おめでとうございます。』

 

 

彼の穏やかな声が鼓膜を擽る。

いつもはどこかぶっきらぼうな、希薄そうにも感じる彼の言動もあるのだが……。

電話口の彼は気恥しそうな、いつもとは違う様子さえ感じてしまう。

 

 

「ありがとう、建人。……ていうか任務は?」

『既に冥さんと祓いましたよ。今は迎えを待ってるところです。』

 

 

冥冥との共同任務、突然の依頼。しかも七海指名の任務だと言うこともあり、洸はかなり心配していたのだ。だが無事に終わったらしい。声の雰囲気からしても大きな怪我もしていないだろう。洸はそっと胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

『――何とか間に合いました。24日に……』

 

 

 

刹那、部屋の置時計に目を向けると日付が変わっていることに気がつく。日付は変わって25日。みんなが喜ぶクリスマス当日だ。

 

 

 

 

『今日は"メリークリスマス"ですね。』

「ふふっ。確かにそうだね?――建人、メリークリスマス!」

 

 

洸の声が喜びで光り、弾け飛ぶ。大した会話では無いのだがそれだけでも嬉しかった。

 

滑り込みの誕生日の言葉、そしてクリスマス。――誰よりも先に、彼女にクリスマスの祝いの言葉を伝えられたことに微かに悦びを感じていた七海。

 

そんな七海は口元を綻ばせ、密かに笑顔を零していたのだった。

 

 

 

『……来年こそ。当日に一緒に祝いましょう。』

「うん!約束ね!」

『はい。約束です。』

 

 

 

 

 

 

 

洸はふと窓の外を見据えた。

 

いつの間にか高専には白い雪が降り注いでおり、儚げな銀世界へと誘われていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

――"その約束は叶わなかった"

 

 

 

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「「洸姉!誕生日おめでとう!」」

 

 

小さなクラッカーの破裂音とともに双子の姉妹の元気な声が部屋に響く。炬燵机にはクリスマス用と誕生日用のホールケーキが2つ乗っており、洸特製のオムライスも良い香りを漂わせながら置かれていた。

 

そして夏油含め4人はパーティ用の三角帽子を被っており、いつもとは違う賑やかな光景が広がっていたのだった。

 

 

「ありがとう。美々、菜々…」

 

「まだお礼ははやーーい!」

「私と美々子からプレゼントがあるの……」

 

洸の言葉を遮り、姉妹はゴソゴソと赤い袋を洸に手渡す。決して綺麗な包装とは言えないが2人の愛情がしっかりと込められた贈り物に自然と笑顔が漏れてしまう。

 

 

「今、開けていい?」

 

「開けて開けて!!」

「すぐに見てほしいの!」

 

"早く早く!"とせがむ姉妹を横目に、洸はリボンを解いていく。歪なリボンの形さえ愛おしい。"洸姉様"とカードに書かれている文字さえも、全てが愛おしくて堪らない。

 

そんな嬉しさを滲み出す洸を夏油は優しく見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「ん?マフラー?」

「そう!しかも手作りなんだよ!?」

「菜々と2人で頑張って編んだの!」

 

 

袋に入っていたのは赤い毛糸で編まれたマフラーだった。それは洸の瞳と同じトーンの赤色で、引き込まれるほど美しく発色していた。

 

 

「バレないように学校に持ってったりして、たまに夏油様に直してもらったりして〜!ね!菜々子!」

「うん!そうだよね!美々子!」

 

 

ところどころ目落ちしたマフラーは2人が頑張った証拠だろう。直したという夏油も全て直さないとこが彼らしい。頑張って2人で作ったというその気持ちが何よりも嬉しいのだから。

 

 

「私は殆ど手は加えてないよ?美々子と菜々子は器用だからね。」

「「へへへ〜っ!」」

 

 

「ありがとう2人とも。凄く嬉しい...」

 

 

ニコニコと微笑む3人。洸は目を細め、ウットリとするような笑顔を向けると赤いマフラーを優しく抱きしめる。

 

 

 

――嬉しかった。

まるで薄闇の心の内に一筋の光が差し込むかのように、じわじわと胸が暖かくなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、洸姉。」

「……ん?どうしたの?美々。」

 

 

向かいに座っていた美々子は突然炬燵から出ると洸の側へと寄り、しがみつくように洸に抱きつく。

 

 

「美々子、洸姉の事大好き!」

 

 

「あー!狡い!!菜々子も好きなのに!」

 

そして菜々子も同じく炬燵から飛び出すと美々子とは逆方向から洸に抱きついた。擦り寄ってくる2人の柔い頬と体温が心地良い。

 

 

 

「私も2人が大好きだよ。美々菜々。」

 

 

洸は2人に応えるように同じように抱きしめた。ぎゅうぎゅうと密着する3人は嬉しそうに笑みをこぼし続ける。

 

 

 

 

 

「いいね。私も混ざろうかな?――――私も君たちのことを愛しているよ。」

 

 

そして更に、その3人を包み込むように夏油の大きな腕が覆い被さる。密着する4人はまさに幸せの塊だった。

 

 

「皆でぎゅーーっ!」

「ぎゅーーっ!!」

 

 

幸せな光景、幸せな笑い声。

これまでの不安や焦躁はどこにか行ってしまって、悪夢から幸福な世界に目ざめたように幸福だった。

 

この気持ちが永遠に続けばいいのに。

しかしそれは不可能だ。

 

 

 

哀しい過去、離反したことによって失った物の数々。

 

罪悪感とささやかな充足感とが交錯して、洸の気持ちは常に斑だった。

 

 

 

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窓に冬の夜が執拗に貼り付いている――

 

 

 

夜も深け、時刻は23時を回っていた。

賑やかだった居間や電源の落とされた炬燵。キッチンは綺麗に片付けられており、いつもの丁寧な生活が映っていた。

 

襖で仕切られた和室が2つ。

美々子と菜々子の部屋。そして洸の部屋。

 

夏油がいない日の夜は洸は姉妹と共に眠り、逆に彼がいる日は必ず姉妹は夏油と眠っていた。

 

 

 

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――襖が擦れる音。近づく足音。

布団に入ってくる大きな影。――

 

 

 

 

「洸。」

 

 

 

狭い敷布団に入り込む夏油。横向きで眠っていた洸を後ろから抱きしめるように包み込む。

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 

特に暖房をつけていない部屋はひんやりと冷たく寒い。洸の体温で既に温まっていた布団の中はびっくりするほど心地良い。

 

 

 

「――洸は暖かいね。」

「そりゃこれだけ引っ付いてれば暖か…」

「起きてたのかい?」

「今起こされたの。あなたに。」

「...ごめんね。」

 

 

 

さらに強くなる抱擁。

心做しか彼の声がいつにも増して弱々しかった。

 

 

 

 

「いつもありがとう。」

「急にどうしたの。」

「…………」

「……?」

 

 

抑揚もなければ、まるで独り言のように呟く夏油。

 

"いつもありがとう"という言葉はしょっちゅう彼から言われる言葉だ。その言葉には様々な意味がある事はもちろん理解しているし、うるさいほどに感謝を言われるものだから聞き流してしまいそうになるほどだった。

 

 

 

そんな彼に特に反応を見せない洸。ただただ、夏油の抱擁は強くなっていくばかり。

こんなにも抱きしめられるとさすがに苦しくて眠れないレベルだ。無意識にも程がある馬鹿力。

息苦しささえ感じる抱擁に、ついに洸が声を上げる――

 

 

 

 

「ちょっと...苦し...」

「もっと洸を壊したい。」

 

 

弱々しい声色から打って変わって、今度はびっくりするほど低くて艶のある声――

 

 

 

「..."犯したい、洸をこの手で汚したい"。」

「何言って.....げと」

「できるなら..."君を囲ってどこにも行けないようにしたい"。」

「…..…は…」

「"好きなだけ甘えさせて、どろどろに陶酔させて...君を落としたい"。」

 

何を言っているんだこの人は――

 

 

「無理だよそれは。」

「断言できるのかい?」

「断言できる。」

 

 

洸がハッキリとそれを口にした瞬間。

夏油の手が強引に洸の体を掴むと仰向けに転ばせ、その上に彼が跨った。

 

ほんの一瞬の出来事に目を丸くする洸。

この光景は昔見た事がある――

 

 

 

 

 

 

「でも実際、私は君を高専から離反させることに成功させてるんだけどね?」

「………それは」

「私は、洸の弱いところを誰よりも分かっているよ。」

 

頬に伸びる大きな手、表情は暗くてはっきり見えないが鋭い彼の瞳だけは確認できる。

 

 

 

刹那、彼の唇が左耳へと近づく。

 

 

「私無しでは生きていけないくらい……突き落としてやりたい。」

「……ぅッ!?ッ……」

 

 

 

それと同時に下半身に伸びる彼の手。厭らしく撫でる大きな手は熱をも感じるほど熱い。――なんて呑気なことを考えている場合では無かった。

 

 

 

「ちょっ……止めて……美々菜々に見られたら!」

「眠ってるから気づかないさ。」

「そんなの分からな……」

「特殊な術を使った。朝まで2人は目を覚まさない。」

「なに……!?」

「君が泣き叫んでも……"たとえ"甘い声を跳ねさせたとしても――」

 

 

圧倒的な体格差と力の差。

普通の人間であればあっという間にこの男に組み敷かれるだろう。――犯される。今から私はこの男に弄ばれるのか?

 

 

 

――"ふざけるな"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッ……!」

 

「だったら好都合。いい加減にしないと四肢を吹き飛ばすよ……"夏油"。」

「………はは…」

 

ムクっと体を起こすと彼女は目の前の男を睨みつけた。

 

 

炯々と光る赤い瞳。

彼女を覆う無下限。

――触れられない、彼女との間。

 

 

夏油は弾かれた体に眉を顰めると不機嫌そうな顔を見せる。

 

 

 

「"そういう事はしない"。それに私はあなたに堕ちた訳じゃない。」

「…………」

「私が選んだんだ、この道を。私の選択なんだよ。」

 

「……ははっ……はははは!」

 

 

大きな笑い声が部屋中に響く。隣の部屋では双子が眠っているのに――ああ、そういえば彼女たちは起きないんだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

「何笑ってんの。本当にやめてよね?こういう……」

「"そういうところ"……本当にそっくりだよ。」

「…………」

「悟に。」

 

 

意地悪そうに妖しく笑う夏油にほんの一瞬殺意が湧きそうになった。

その名前を出されると"奇妙な気分"になる。わざとらしい男の台詞に洸は更に目を細めた。

 

 

 

「…………」

「……ああ……ごめんね。少し意地悪しすぎたかな……」

 

 

解かれた無限。力なく座り込む洸を再び抱きしめる意地の悪い男。

 

 

 

「……今日はたくさん抱きしめさせて。」

「……」

「洸……、洸――」

 

 

 

馴れ合った男女の感じで肌を寄せるふたり。

 

夏油の突拍子のない言動に何度も左右されてきたが本当にこの男も意地が悪すぎる。

 

優しくて余裕のある笑顔を浮かべるくせに腹の底は真っ暗で底が見えない。それにでさえ慣れてしまった自分もきっと心の奥底は真っ暗闇だろう。

 

光っているのは赤い瞳と彼から贈られた"高価な首輪"だけだった。

 

 

「洸は柔い。いつも甘い匂いがするんだ。」

「……甘い?」

「そう、甘い。」

「………すー」

「自分で匂っても分からないよ?これは私しか分からない匂いだ。」

「変態。」

「なんとでも言ってくれ。」

 

 

夏油の腕の中に綺麗に収まる体。

洸はそっと彼の胸元に耳を当て、心音を鼓膜に刻んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

「……洸と過ごす幸せを知ってから、私は毎日が愉しくて仕方ないんだ。」

「……うん。」

「いつか、全てが消えるとして……君がいればそれでいい。」

「私は絶対御免だから。」

「はははっ!言うじゃないか。さすが最強の妹は違うね。」

 

 

 

 

くだらないジョークで笑い合えるこの瞬間が……私にとって堪らない時間なんだ。

 

 

 

 

「君はずっと……私の光だ。」

 

 

暗闇の中で光る彼女。唯一の陽の部分。

 

 

 

 

「愛してる。洸。」

 

 

 

 

彼は目を閉じ、強く彼女を抱いたまま、そっと耳元で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――23時20分

 

 

洸の携帯が1件のメールを受信――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"誕生日おめでとう"

 

 

 

 

 

かつての親友からのメッセージは開かれぬまま

 

洸は夏油の腕の中で目を閉じた。

 

 

 

 

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