五条兄妹   作:鈴夢

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邂逅、幕間

 

┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

"―――消えたあの子の行方"

 

 

 

 

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「((…………面倒だな。))」

 

 

 

 

四方八方から突き刺さる視線。

五条悟は見飽きた光景に深いため息を漏らした。

 

 

 

気怠そうな悟のため息がその空間に響いた時、1人の老人が痺れを切らしたかのように声を上げた。

 

 

 

 

「一体何時になったら"貴様の妹"を引き摺り出せる?」

 

 

それは悟にとって挑発とも取れるようなムカつく発言だった。四方八方に散る"老人共"は気味の悪い障子扉のようなもので意図して姿を見せることも無い。

 

"好き放題言いやがる癖に、お前らは姿ひとつ見せない"

 

しかし悟でさえその老人達に対し安易に楯突くことは無かった。

 

勿論理由があるからこそ―――

 

 

 

 

「((何度来ても気に食わねぇ。……直ぐにでもコイツらを殺してやろうか―――))」

 

 

 

 

 

 

 

呪術師を統制する最高機関として日本国政府内に設置されている機関。保守派が中核となっており位置付けとしては国のトップの機関―――

 

―――"呪術総監部"

 

 

 

呪術総監は"禪院家・五条家・加茂家"の指名に基づき、内閣総理大臣が任命するもの。呪術高専学長への指揮権を有し、緊急時にはすべての呪術師に対して直接指揮監督を行うことも可能。言わずとも非常に強い権力を有しているのは間違いない。

 

また、呪術規定に背いた術師に対しては死刑、封印、拘禁―――様々な懲罰を下すことも可能だった。

 

 

特級術師"夏油傑"

五条の血を有する"五条洸"

 

 

2人の離反、呪詛師認定は呪術総監部にとって危険分子でしかない。下手をすれば国家さえも揺るがされる事態に発展し兼ねないからだ。

 

 

 

 

「"五条家の汚点"。呪術界きっての最悪の事態――」

「"見つけ次第、即処刑"。その執行人は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――"五条悟"、貴様だ。」

 

 

 

 

総監部の老人たちの台詞に対して何一つ表情を変えぬまま真っ直ぐとただただ前を見据える悟。

 

恨みさえも感じるほどに、恐ろしいほど鋭い目付き。

 

瞬きのない猛獣のような青い目で相手を睨み続ける。

 

 

 

 

 

「あー……ハイハイ。ていうか、わかってると思うけどさ?俺でさえ実の妹の呪力を気取ることも出来ないわけよ。」

 

「「…………」」

 

「だからもう少し待って欲しいんだよねー……って何年も経ってるんだけど。……ね?おじいちゃん達?」

 

 

表情とは裏腹にあっけらかんとした呑気な声色は余計に老人たちを挑発するようなものだ。

……歳を重ねても変わらないその性格。相変わらず人を小馬鹿にするような性格は健在だった。

 

 

 

「……"アレ"の術式が分からん以上、このまま放置は許されん。」

「六眼を持つ貴様でさえ手に負えないのは分かってるんだぞ?」

 

 

 

五条家相伝の術式を持つ兄妹。

悟の"無下限呪術"、"六眼"。洸の"無下限呪術"……そして謎に包まれた"緋眼"。呪術界の上層部がそれを知らない訳もなく、兄妹での若干の術式のズレも分かっていた。

 

絶対的、無敵な悟の無下限呪術を突き破る……無効化することができる洸の無下限呪術。京都校との交流会での異質な呪力の探知。

 

幼少期には悟に大怪我を負わせる程の"兄妹喧嘩"があった事も把握していた。

 

現代最強の術師を脅かす"実の妹"の存在は未知数なのだ。

 

 

 

 

 

 

「ンなの分かんないでしょ?本気で兄妹喧嘩すれば俺にも勝機はある。九分九厘負けるのは"僕"かもしれないですけど...」

 

後頭部を右手で擦り、呑気に笑顔をうかべる。サングラスで隠された瞳の鋭さは相手には全く伝わっていないだろうが変わらず恐ろしいものだった。

 

 

 

 

「……ま!その前に!本気で兄妹喧嘩なんて仕出かしたらこの国が吹き飛ぶだろうけどね?おじいちゃん達も気をつけないと巻き込まれるよ?はははっ!」

 

「「ッ……」」

 

五条兄妹の本気の兄妹喧嘩。

 

単独で国家転覆が可能な兄

術式の全てが謎に包まれている妹

 

兄の無下限呪術を破ることが出来る五条洸の存在はイレギュラー中のイレギュラー。

呪術総監部が黙って見過ごすわけもなければ"五条洸"を唯一抹殺できるであろう"五条悟"を手懐ける他ない。

 

 

そんな総監部の老輩達は五条悟の意地悪い薄笑いや皮肉混じりの台詞に対し、何も言い返すことは無かった。

 

 

 

 

 

 

「((―――保身馬鹿、世襲馬鹿、高慢バカ……相変わらず"総監部"は馬鹿しかいねぇな。野暮な年寄りばっかりで吐き気がする。))」

 

 

次々と皮肉が出てきそうな片側に歪んだ唇。

誰にも聞こえないほどの小さな声で悟は最後に呟いた。

 

 

 

 

 

「…………"腐ったミカン"共……」

 

 

 

 

 

 

 

 

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――2011年 9月

 

 

 

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西武新宿駅PEPE前 喫煙所――

 

 

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人々のざわめきや、車の音がひとつに入り混じって、都会特有の開放的な音を作り上げていた。

 

にしても最近の都内は喫煙者にとって肩身が狭すぎる。禁煙推進なのか何なのかハッキリとは知らないが年々喫煙所の数も減っている気がした。というより確実に減っていた。

 

 

 

「……………はぁ……マジか。」

 

工事中の札が貼り付けられたトタン壁。せっかく煙草を嗜もうなんて考えていた矢先にコレだ。

 

―――確か、数年前に夏油に再会した時はまだ存在していたはずなのに―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「硝子先輩。」

 

 

煙草が吸えないことに絶望していた家入の背後で懐かしい声がした。

 

それは甘く澄み切った艶のある声色。

怖気だつほど澄んだ音色は"誰かさん"と似た声をしていた。

 

 

手にしていた煙草を無意識に地面に落とすとゆっくりと背後へと振り向いた。

 

 

 

"硝子先輩"なんて呼ぶ人物はこの世で1人しか居ない。

 

 

 

そう。

かつて、愛していた可愛い後輩。

 

笑い顔が可愛い……私の―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ひか、…る……?」

 

 

 

頭に驚愕の色が浮かんだ。

息が詰まるほど驚きを隠すこと事が出来ない。

 

 

 

悟と同じ白銀の髪の毛。陶器のように白い肌、白いまつ毛、矯正された顔。

 

緋眼―――

 

 

 

「こんにちは。硝子先輩。」

 

 

彼女は穏やかに微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

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――新宿駅 西口

但馬屋珈琲店――

 

 

 

 

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昭和の時代から続く老舗喫茶店。新宿の騒騒しい雰囲気とは打って変わって別世界に居るようだった。

 

焙煎された珈琲の香り。流れるのは穏やかなクラシック調の音楽。年季を感じる店内のウッディな雰囲気。

 

 

空調と換気扇の音、時々コーヒーカップとソーサーがぶつかる音が響く店内。

 

その一番端の窓側の席に洸と硝子の姿があった。

 

 

 

 

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「お久しぶりですね。先輩。」

「久しぶりだね。」

 

 

煙草を吸い、気持ちが少し和らいだ気がした。

目の前で何食わぬ顔で微笑んでいるのは紛れもなく数年前に消えた"五条洸"だった。

 

 

「((……近くに術師の気配は無い。夏油の呪力の残穢も何も……洸の単独行動か―――))」

 

 

吸い終わった4本目の煙草を灰皿に押し付けながら周辺の気配を吸い込む。何か罠にハメられているわけでもなさそうだ。……というか、今自分を陥れる理由はないだろう―――

 

 

家入の視線は灰皿から洸へと異動した。"お久しぶりですね"という台詞以外、彼女は口にしていない。ただただこちらを見て微笑む。その姿は少し変化があった容姿を除けば高専時代のものと何ら変化はなかった。

 

緋眼白髪。幼さが残る顔。

 

学生時代は自分と同じボブヘアだったが今は胸元まで長く伸びたロングヘア。黒のスキニージーンズに白いTシャツというラフな服装だった。

 

 

 

 

 

 

「……硝子先輩。今何やってるんですか?」

 

彼女を観察していたその時、洸がついに口を開いた。

 

 

「大学生。」

「……今年の春卒業でしたもんね?確か進学したいって言ってた事思い出しました。医学部目指すって。」

「うん。そうだよ。」

 

 

よくそんな事まで覚えているものだ。

医学部を目指していることはほんの一瞬、何気ないシーンで呟いたことしかないはず。長く一緒に過ごしていた同級生の悟でさえも覚えていなかったというのに。

 

なんというか……"変わらないな"。

 

 

 

 

「それで?洸は?」

「私?」

「人のこと聞いておいて自分は話さないはないでしょ?」

「……なんて答えようか悩んでます。」

「悩んでるなんて、呪詛師認定された離反者がよく言うよー……私だって一応身構えてるんだけど?」

「硝子先輩を手にかける訳ないじゃないですか?」

「あの夏油と組んでんだ。何が起こるか分かんないでしょ?」

「……はは……」

 

 

家入の言葉に対し、苦い笑みを微かに頰に含んだ洸は視線を落とした。

 

手元に落ちる視線。そしてアイスコーヒーをストローで掻き混ぜる仕草を繰り返し、その場を濁すかのように誤魔化した。

 

グラスの中の氷がからりと音を立てて動く。小さく溶けていく氷がブラックコーヒーを更に薄めていく。

 

 

言い表せないが……どう例えれば良いだろう。

 

目の前にいるのは洸で間違いないはずなのに"洸じゃない"みたいだった。雰囲気も、話し方も、ありとあらゆるものは変化していないと感じているはずなのに何かが違う。

 

心ここに在らず、それに近いのかもしれない。だからこそ家入は分からなかった。

 

 

 

 

 

「洸。笑うの下手になったね。」

「…………」

「夏油に何吹き込まれてんだ。」

「…………」

「"非術師を皆殺しにして術師だけの世界をつくる"……あんただって分かってるでしょ?意味わかんねーって。」

「…………」

 

 

 

合わない視線。視線を適当に泳がせる洸。

 

そんな時、家入は覚悟を決めたかのように言葉を投げかけた。

 

 

 

 

 

「一応聞くけど……洸さ、人殺してんの?」

 

 

 

家入の言葉に緋眼が瞬く。

稲妻のような迅速な驚愕が目に表されているようにも見える。

 

――だがしかし、その中で幼さが残る少女の表情。どんなに鋭い赤を宿していても変わらない本音。

 

家入の脳内でかつての彼女の姿が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

┈┈┈

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肌を突き刺す程に強い冷気が漂う冬の時期―――

 

 

 

 

 

 

 

「……硝子先輩。」

「んー?何?洸。」

 

 

2人は分厚いマフラーに顔を埋め、温かい缶コーヒーを片手に若干濡れたベンチに腰掛け、身を寄せ合っていた。目の前の校庭には雪ではしゃぐ4人の男子生徒。(うち1人ははしゃぐというより仕方なく……といった様子。)

 

そんな愉しげな声が轟く昼間に隣に座る洸は珍しく改まった様子で呟く。

 

 

 

「……私…高専(ここ)に来て良かったって思えるようになって来ました。」

 

 

顔の半分がマフラーに覆われていてハッキリと表情は分からない。だがその声色から嘘偽りはないと考える。

 

 

「へー?あんなに嫌がってたくせに。この前まで。」

「あ、兄のことは嫌いですよ?」

「別にそこは聞いてないでしょーー……がっ!」

「……わっ!もーー……先輩……」

 

コツンっと洸の頭を指で弾くと少女の赤い瞳が喜色を浮かべた。

 

そして天を仰ぐように空を見上げると、再び呟くかのように言葉を続ける。

 

 

「……自分が何をすべきか。"何の為に生きていく"のか……」

 

 

 

 

天を仰ぐ彼女の横顔はうつくしかった。

真っ白な銀世界に肌と髪が同化し、瞳だけが炯々と光り、輝く。

 

 

顔の半分を覆っていたマフラーを手で引き、艶のある唇が露になる。

 

そして視線は家入へと向けられた。

 

 

 

 

「―――やっと分かった気がするんです。」

 

 

眼光は異常に鋭く、強烈に何かを訴えているようだった。らしくない真面目な顔。コロコロと表情が変化する彼女の心情ははっきりと分からない。

 

そんな顔をする彼女を見たのはそれが最初で最後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーーーい!硝子!洸!」

「君たちも一緒に雪合戦しないかい?」

「洸!勝ったら先輩たちがラーメン奢ってくれるって!」

「…………((早く戻って報告書……))」

 

 

校庭で無邪気に戯れる4人。(1人は……以下略)

こんな寒い中わざわざ雪合戦なんて頭がおかしいとしか思えない。

 

 

 

 

「やるわけねーだろクズ共。」

「ラーメンだけじゃやる気が起きない!他も追加してくれるなら考えまーーす!」

「……え?嘘でしょ、やんの?」

「やります!それに合った対価があるなら。」

 

 

洸は嬉しそうに目を輝かせるとベンチから立ち上がり校庭へと駆け出す。

 

そして4人の前で仁王立ちになると意気揚々と声を上げた。

 

 

 

「私達1年が勝ったら!今週の土曜日のお休み、全員で辛いもの巡り参加、しかも全部先輩達の奢りで!」

 

 

「「「…………」」」

 

 

静まり返る一同。

すると今度は兄の悟が負けじと洸の前へと立ち向かう。

 

 

 

「んじゃ!俺ら2年が勝ったら先2週間の任務の報告書作成をオマエらが担う!あと年明けまでパシリな?」

 

 

「「「…………」」」

 

更にややこしい事になってきた―――なんて五条兄妹以外の4人は頭を悩ませる。

しかしこの兄妹、1度言ったら何も聞き入れないクレイジー兄妹だ。

 

 

 

「まずいよ七海。洸との辛いもの巡りはまずい……」

「しかも何故洸さんの条件で私達も戦わないといけな」

「ということで!建人!雄!勝つよ!」

 

 

 

「パシリねー悪くない。ちょうど煙草補充係探してたんだよね。コンビニ行くのにも寒くてヤンなるし。」

「報告書を丸投げするのは酷だけど……後輩育成の為にも悪くないね。いい提案だよ悟。」

「ぜってぇ勝つ!!!ボコボコにしてやろーぜ!!」

 

 

┈┈┈┈

 

 

 

 

 

愉しかった時。

あの時、あの凍える程に寒かった日の記憶の中。

無邪気に笑う洸の笑顔と

真面目に天を仰ぐ洸の顔が

 

 

脳裏を巡った。

 

 

 

 

 

 

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「……なんて。洸が人を殺すなんて無い。」

 

家入の囁くような小さな声。

その言葉はハッキリと洸の耳に届いていた。

 

 

「何故そう思うんです。」

「そうとしか思えないよ。"あの洸が"人を簡単に殺るわけないね。ていうか無理、絶対。」

「……」

 

 

洸は家入の事を理解できなかった。

呪詛師と認定され、今は追われている側の人間だと言うのは事実なのに。

 

余裕の笑みを頬に滲ませる家入が理解できなかった。

 

 

 

 

「…ところで…五条悟(あの人)は何やってるんですか。」

 

「高専の教師。教員免許無いけど。」

「教師?あの人が?冗談ですよね。」

「本当だよ?……ま、最悪どう転んでも"五条家当主"ってのは変わらないし、いくらでも後ろ盾がある人はいいよねー。」

 

 

あの悟が教師になるなんて有り得ない。

現代最強の術師と言われている人物が"高専の教員"なんて。寧ろ上がそれをよく認めたものだ……実の父親も。

 

何かしら条件はあるのかもしれない。

意地の悪い呪術総監部があえてそうさせたのか……それも理解不能だった。

 

 

 

「((……呪詛師、教師、医師を目指す先輩……))」

 

 

洸の脳内に様々な人物の顔が浮かんだ。

普段はそんなことを考えることはないのに、家入に会った事によってなのか次々と顔が浮かんでしまう。

 

 

―――となると、気がかりなのは同級生のあの人だ。

 

親友を亡くし、もう1人の友も去った後―――

 

 

 

 

 

 

 

「………建人……」

 

 

それは声にならないの程の控えめなものだった。家入に聞こえているかも分からないほど弱々しいもの。自分が七海のことなど聞く権利は無い。最悪な別れ方をした事も、彼の気持ちを全て壊したのは間違いなく自分なのだから。

 

……だが、気になってしまう。

 

 

 

 

 

 

「……七海。あんたが居なくなってから直ぐに高専辞めてったよ。その後は知らないけど、五条はたまに連絡取ってるみたいだね。」

 

 

洸の呟きは聞こえていなかった。だが分かっていた。

彼女が何を気にして、何を心配しているのか。

 

 

"高専を辞めた"

……心のどこかでほっとした自分がいた。

 

きっともう会うことは無いだろう。敵対することもない。何より灰原のような死を遂げる可能性が無くなったことに安堵した。

もともと七海は頭が良い。呪術師よりも向いている仕事はいくらでもあるだろう。命を懸けて呪術師をやるよりも、彼には幸せになって欲しいと願っていた。

 

 

 

「ハハッ!何その顔?もしかして罪悪感とか?」

「それは無いです。」

「嘘だね。」

「…………」

「笑い方は下手くそになったのに、動揺してるような顔は変わんないね。」

 

新たに煙草に火をつけ、椅子にもたれるように背を預けると気怠そうに煙を吐き出す。

白いモヤが天井へと消えていくのをぼんやりと見つめる家入はその体制のまま洸に問いかける。

 

 

 

 

「……あんた、何がしたいの?」

「…………」

「非術師を皆殺し。夏油の意味わかんねぇ計画にあんたも"かむ"つもり?」

「…………」

「自分の生い立ち……五条の存在、灰原の死。洸の"何かを変えた何か"。」

 

 

 

家入の鋭い視線が漸く洸へと落ちる。

 

 

「夏油の傍に居る理由、……本当の目的は何なの?」

 

 

 

得心のいかないような生真面目な家入の表情と声色。

 

 

しかし洸は下手に嗤うだけ。

濁すような下手な笑顔は夏油の影さえ感じてしまう。

 

 

「………………」

 

 

洸のグラスは水滴を纏い光っていた。

 

更に溶けかかる氷。ひとつひとつの破片は身じろぎしはじめ、おたがいの氷結からカラッと音を立てて離れる。

 

 

それでも彼女は嗤うだけだった。

 

 

 

 

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「――あ、五条?アンタの妹見つけたよ?………そう、新宿。……ヤダよ、殺されたくないもん。」

 

 

都会の騒がしい音に目眩がしそうだった。

家入は片方の耳に手を当て、携帯電話から聞こえる声に集中する。

 

 

 

「追いかけることも出来たけどその行動が"あの子を危険に晒す可能性が高い"って考えた。」

 

 

 

久しぶりに再会したのだが、全くもって分からなかった。彼女の状況も考えも、何もかも。

ただ分かるのは背後にいる夏油の存在。下手に動けば自分はともかく洸に影響するかもしれない―――

 

 

 

「何を考えてるか分からない。夏油が洸をどうするつもりなのか……何も分からなかった。」

 

 

電話相手の男は何も喋らなかった。

変わらない事実にため息すら漏れない。

 

 

 

「……でも、あの子は生きてたよ。少し笑い方が下手になってたくらいで後は変わってない。ムカつくくらい"あんたに似て綺麗だった"。」

 

 

それだけを言い残し、家入は携帯を閉じる。

 

 

そしてふと洸が消えた方向へと視線を向けるも、既に彼女の姿は無かった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

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冬至に近づいてゆく十一月の脆い陽ざし

 

 

 

山中に佇む大きな和の屋敷。

色付いた山々の景観はうっとりするほど美しく、無意識にため息が漏れてしまうほどだ。

 

 

「……はぁ…………」

 

 

 

カラマツの落ち葉の雨が陽をはじきながら降る。

 

乾いた落ち葉の音を足許にまといつかせていると懐かしい人物が屋敷の門前に姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――"兄の次に嫌いな人物"。

 

 

兄に似た風貌、自分にも似た風貌。

白銀の髪は美しく靡き、黒い瞳が静かにこちらを見据えていた。冷酷な瞳はコントラストを失っているかのように生気が無い。昔から変わらない―――

 

 

 

 

「……何の用だ。」

 

 

 

兄とは違う威厳と恐ろしさ。会話をすることさえ恐怖だった過去。

 

しかし何故だろうか。離反者、呪詛師として呪術界から白い目で見られているからか分からないが不思議と今はなんの感情も現れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父様。」

 

 

 

 

"実の父親"

五条洸という存在意義をことある事に語った父。

 

しかし今は何も言わない。"何用だ"と。まるで突き放すような冷たささえ感じる。

 

 

だが何故か分からない。

父はここに来る事を分かっていたかのように待っていたのだ。誰にも感じ取ることの出来ない洸の呪力。それは父親も同じはずだった。ここに来ることなど想像すらつかないはずなのに……

 

 

 

 

 

「お久しぶりです。父様。」

「答えろ。何の用だと聞いている。」

 

一定の距離を保ち、洸は姿勢よくその場に立つ。父親は門に体を怠そうに預け冷たい視線でこちらを見据え続けるのみ。

 

 

 

「私の眼、術式について……"カラクリ"を教えて欲しいんです。」

「…………」

「お願い、父様。」

 

乾ききった秋の冷たい風が間を吹き抜ける。

木々の揺らぐ音だけが響く穏やかな空気。そんな中でも父親の表情は一切の変化を見せなかった。

 

少し間を置いた後。呆れに近いため息と共に漸く口を開く。

 

 

 

「……もう想定はついてるんだろう?」

「大凡は。」

 

 

"分かっている。大体は"

 

だがそれをあえて口にしないのは洸の意地なのか、何を想ってなのか。昔から持っている劣等感が邪魔をしているのか、それは誰にも分からない。

 

それは父親も同じ気持ちだったのかもしれない。

 

ほんの少しだけ、娘に同情していたのかもしれない。

 

娘の"哀れな"術式に。

 

 

 

 

「―――お前が現れた事は総監部には伏せておいてやろう。屋敷の者にも同様に。悟にもだ。」

「ありがとうございます。」

「悟に言ったところで面倒な兄妹喧嘩が起きかねん。それを止めることも……もう今の俺には難しいだろうな。」

 

もともと感情が見えない父親の表情が微かに揺れる。今の自分は弱ったと、昔のように息子と娘を容易に扱うことは出来ない事は分かっていた。

 

 

 

「それに、見つかったところでお前は即処刑だ。総監部から通達も五月蝿い程に出されている。」

「分かってます。」

「…………」

「……ですが。万が一バレた場合……父様が危険なのでは?」

「…………」

「総監部が無茶苦茶なのは百も承知です。あの人達なら、相手が"前"五条家当主でも容赦ないかと。」

 

 

ここに来た事。

それを逃がしたこと。

報告せず、隠蔽し、なにかの間違いでそれが総監部にバレてしまったら―――

 

 

 

きっと、父親も何らかの処罰を与えられてしまうのは確実だ。そしてそれを兄の悟は擁護することも止めることもしないだろう。

 

もしくは……兄は本気で自分を殺しに来るかもしれない。

"兄の責任だ"とか言いながら。そうなれば兄妹喧嘩は免れないのは確かだろう。

 

 

 

 

 

「別に構わん。」

「…………」

「もう当主ではない。死のうが生きようが役目は終えた。あとは悟が担えばいい。」

 

 

突き放すような台詞。

やはり父親は娘の事など大して何も思っていないのだろう。

 

どんな時も、いつも次に出る言葉は兄の事ばかりだった。溺愛している訳では無いがそれに近い感情をいつも兄に対しては持っていたに違いない。

 

私は……あくまでも"道具"だった。

 

 

「((……結局……私の存在は"そんなもの"…))」

 

 

禪院に売られたあの時。

謎の男に救われ、この屋敷に戻ってきた時の事。

 

父親は顔色ひとつ変えず、何も言わず、傷を負った娘に対し謝ることも慰める言葉も口にすることは無かった。寧ろ、なぜ戻ってきたのかと絶望しているようにも見えた。

 

結局のところ自分が禪院に売られた理由は未だに分からない。しかしそれを今更聞こうとも思わない。なにか理由があったにせよ、洸は心底あの時のことを恨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「……"洸"。」

「……はい…」

 

 

ぞっとするほど低い、押しこもった父親の声。

何となく、兄の面影を感じた。声色も佇まいも、やはり血の繋がりは本物だ。

 

……"やっぱり嫌いだ"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洸の赤が困惑に揺れた。眉を引き寄せ、無意識に唇を噛み締める。

 

 

 

"実の父親からの初めての謝罪"

初めて哀れみの視線を向けられた。

 

 

 

父親の顔に浮かぶ"悲しみ、切なさ、困惑、憐れみ"。それらの表情がいっぺんに水煙のように拡がって、弱りきった老人のように老け込んでしまったように見えた。

 

 

「……ッ……」

 

 

両手を強く握りしめ、溢れ出る感情を必死に押さえ込んだ。

 

 

何故、私という存在を認めない――

何故、ずっと本音で話してくれないの――

何故、私を売ったの――

何故、突き放すの――

 

 

何故、何故、何故、……何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故

 

 

 

"何故……今それを言うの?"

 

 

 

 

 

 

 

「洸。」

 

 

 

 

そして父は語り始めた。

 

 

 

彼女の術式を、兄妹の隠された因果関係を。

緋眼と六眼、無下限呪術。

 

 

彼女の"呪い"を、全てを―――

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

そして廻る。

洸の緋眼は前を見据え続ける。

 

 

自分の役目を、やるべき事を。

"果たせ、自分の役目を理解するの―――"

 

 

 

 

 







いよいよ次の章から劇場版0編突入です。

兄妹マジ喧嘩書きたいし、七海とも夏油とも……あんな事やこんなこと書きたいんです。
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