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―――2017年 6月中旬
午前7時53分―――
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「はっ……はっ……はっ!」
忙しない様子で廊下を駆け抜ける青年。
額からは汗が滲み、まるで恐ろしいものにでも追い回されているのでは?なんて傍から見ると思ってしまうほどに青年は慌てた様子だった。
「―――ッ!ねぇ!!"みんな"!」
勢いよく扉を開け現れる青年に3人の視線が集まる。
珍しく慌てふためく青年の様子にそれぞれが困惑の表情を浮かべていた。
「……んだよ"憂太"。朝からうるせーぞ?」
「そんなに慌てて何かあったのか?」
「ツナツナ。」
呪術高専東京校"1年"
禪院真希
パンダ
狗巻棘
そして1人だけ白い上着の制服をまとった黒髪の青年。
"乙骨憂太"―――
「えーっと……ッ…お早う………はぁ……ッ、遅刻……ギリギリ………」
「まだ
「落ち着け憂太。深呼吸深呼吸。」
「しゃけ。」
酷く息を荒らす相手に決して態度を崩さない3人。"また何か慌ててるな?"なんてあっけらかんとしたそれぞれの態度。
乙骨はそんな3人の表情を見据え"え?気づいてないのかな?"なんて言いたげに困惑した様子を見せ、呼吸を落ち着かせた後に本題を口にした。
「って、遅刻のことじゃなくて―――……昨日の夜中、すごい音しなかった?」
「は?音?」
「なんだそれ。」
「こんぶ?」
"何訳の分からないことを言ってるんだ?"と言わんばかりに困惑の表情を各々が浮かべていた。
昨夜、そんな音も気配も微塵に感じていない3人は余計に乙骨の言葉に眉を顰める。
―――と、その時。
パンダが思い出したかのように声を上げた。
「あー!そういえば西側の建物が殆どぶっ壊れたとかで正道が騒いでたな。」
「は??私聞いてねぇけど?」
「しゃけしゃけ!」
「まあ幸いにも"あっちの方"は使ってない古い建物ばっかりだし、何も無かったとは思うが……」
どうやら朝早くから東京校の学長でもある夜蛾がバタバタと忙しなく動いていたらしい。あくまでもパンダも詳しい内容は聞いておらず、老朽化でぶっ壊れたのか、もしくは何らかの事件があったのか―――しかし一切自分たちに害は及んでいる様子もなく大したことは無かっただろうと予想していた。
「つーかあのバカは?そろそろ始業時間だってのにまだ来ねぇし。」
「悟の事だ。どうせ遅刻だろ。」
「しゃけ。」
「えぇっ!?今日も五条先生遅刻!?」
「あのバカ目隠しが時間通りに来ると思わねぇ方がいいぞ?」
「まっ……真希さんその言い方……」
担任である五条悟がホームルーム開始時刻になっても現れないのは日常茶飯事だった。しかしまだ高専に転入して間もない乙骨にとってありえない事態。まともに時間内に現れたのは片手で数えられるくらいだろう。
「……もしかして、何かあったんじゃ…」
「おい。さっさと席に着け。」
刹那、乙骨の言葉を遮るドスの効いた低い声。そして背後に佇む大きな影―――
「お!"正道"!」
「おっ、おはようございます!」
「何で"学長"が?悟はどうしたんだよ?」
「しゃけしゃけ!」
現れたのは夜蛾正道。
しかし彼は学長。朝から1年の教室に用事は無いはずだ。それに"席に着け"なんて、明らか何か理由があって現れたに違いない。
「……今日1日、悟は不在だ。」
「「「…………」」」
特にそれ以上理由も話すことなく、ただただ悟は現れないということを告げる夜蛾。そして教卓へと向かうと席に座る4人へと視線を落とす。
「"不在"?緊急の任務か何かか?」
「違う。」
パンダの問いに真っ先に否定する。
任務でなければ……一体理由はなんなのか。
「んだよ。今日は朝から体術指導だって昨日意気込んでたクセによー、サボりか?」
「しゃけー……」
真希と狗巻の言葉に何も発する事のない夜蛾。
サングラスで目元は見えないものの表情は険しいものだった。なかなかその理由を発さない相手に4人は不信感や疑問をふつふつと浮き立たせる。
「…ん?正道?」
「悟に何かあったのか?」
「こんぶ……?」
「………学長?」
全員が得心のいかない"?"の表情。
さすがにそこまでの反応を見せられては何も隠す訳にもいかない。ましてや目の前にいる生徒は悟の教え子、受け持っている担任でもある。
「……はぁ…………」
4人の視線に耐えられず、ついに重い口を開く。
「"重症を負った"。一先ず今日一日、医務室で硝子が診る。」
「「「―――ッ!?」」」
夜蛾の言葉に驚愕の色が浮かぶ。
唖然として身動ぎすらできない4人はただただ狼狽したような妙な瞬きをするのみだった。
「……"あの悟"が?」
「はぁ!?なんだよそれ!どういう事だ!」
「しゃけ!」
「今今お前たちに話せることは無い。とりあえず"脅威は去った"。変わらず普段通り―――」
一旦その脅威とやらは無くなったらしい。どんなに問い詰めようとも夜蛾がそれ以上口を開くことは無かった。
"あの五条悟が重症"
転入したばかりの乙骨でも悟がどれだけ"ヤバい"人物なのかは周りの反応や話を聞く限り直ぐに理解していた。
現代最強の術師、無下限呪術の使い手で触れる事さえできない―――
「((―――あの人が……あの五条先生が……重症?))」
乙骨は力なく肩を落とし呆然と口を開けたまま前を見据える。まるで空間全てがスロー再生される映像を見るような感覚だった―――
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時は遡り―――
―――深夜1時過ぎ
"呪術高専東京校 教員室"
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暗闇にゆらりと揺れる人影、赤い光―――
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黒いTシャツ、黒いパンツ、背負われたリュック。
そして傍らには呪具が収められているであろうケースが置かれていた。物色するように辺りを一通り確認して回ると目当ての"ファイル"を見つけた。
「((……名簿は予想通り。教員室の補助監督の棚。))」
背丈の高い棚。分厚いファイルを手に取るとパラパラと捲り始める
「((……へー……高専関係者ってこんなに居るんだ。御三家も含めたら凄い数―――))」
夏油の指示。高専関係者リストと呪具の奪取。
数ヶ月前から起していた洸の入念な計画が幸をなし、今のところ大きな弊害にも襲われることなく進んでいた。
ファイリングされた1枚1枚の書類。見慣れない名前や、かつて世話になっていた補助監督の名前。中には後輩の"伊地知"の名前も記載されているのを確認した。
「((伊地知を補助監督に推したのは"あの人"だろうな。私も同意見だし―――))」
懐かしい名前をふと見つけるとその時の出来事などが脳裏に浮び上がる。
いつも悟に弄ばれていた伊地知を宥める自分。顔を見合せる度に金の話になる冥冥。何故か不思議と波長の会う歌姫。会う度に鋭い視線を向けられる楽巌寺―――
「……っ…………」
パラパラと頁を捲っていたその時、比較的真新しい頁に見覚えのある名前が記されていた。それを目にした時、思わず手が止まり息を詰まらせた。
「嘘……」
"一級術師 七海建人"
彼は既に高専から離れ、呪術師を辞め、一般企業に勤めていると数年前に家入から聞いていた。
しかし何故、彼の名前がここにあるのか分からない。
親友の死、親友の離反。
そんな出来事が彼の心を呪術師というものから遠ざけたはずなのに、なぜ彼は一級術師として舞い戻ってきたのか。
「((……何で……建人の名前が―――))」
雷を受けた様な衝撃。
頭の中が痺れ、目の前の現実が受け入れられない―――
「"七海。戻ってきたんだよ"?」
「ッ!?」
刹那、教員室の出入口から響く声。そして人の気配。
洸はその声に聞き覚えがあった。
何年経っても変わらない、血を分け合った"実兄の声"―――五条悟。
「"おかえり"」
「…………」
扉を閉め、ゆっくりとした足取りでこちらに向かって歩き始める悟。薄暗闇でまだハッキリと姿は見えないが大きな黒い影がこちらに向かっているのは確実に目視できた。
「真夜中にこんな所で何してるのかなー?」
「…………」
「ここは教員以外立ち入り禁止。……あ!ちなみに"僕"は教師だから大丈夫。」
「…………」
呑気な声色も昔から変わらない。
唯一"俺"から"僕"に一人称が変わったことくらいか?
「追放された身。しかも単身で高専に来るなんて相変わらずお前は怖いもの知らずだよねー。"昔から変わんないよ"―――」
洸はリストをリュックへと入れその場から立ち上がった。足音は更に近づいており、気がつけば目の前で男は立ち止まった。
「何の用だ"洸"。」
部屋の空気を緊張させる悟の低い声。
呑気な声色から一転して変化したそれは恐ろしいものだった。あっけらかんと、適当な印象を持つ悟の普段の声とは全く違う。……洸は分かっていた。
"本気でキレている時の声"
「ちょっと用があって。でも、もう帰るから安心してよ。」
しかし、キレた悟に洸は一切怯まなかった。目の前に立つ背丈の高い大男。見慣れない上下黒っぽい服に目元は包帯で覆われ、表情はイマイチ掴めない。だが間違いなく"キレている"。
「……そのケース。中に入ってるのは
洸の足元を指さす悟。
簡単には開くことは難しいであろう厳重なケースには彼の言う通りの物が収められていた。そして腰には特級呪具の"村正"。かの有名な妖刀。ここ数十年、誰も持ち出したことがないと言われている強力な呪具だ。
「さすが。よくわかったね。」
「マジでどうやって"忌庫"に侵入した?」
「……秘密。」
東京都立呪術高等専門学校の呪物などを保管してある倉庫―――忌庫。ありとあらゆる特級呪物などが保管されており、位置的には高専の地下、空性結界の迷宮の上にあたる。
1000もの扉を開き続け正しいルートではないと辿り着けない"迷宮"。しかし彼女はいとも簡単に侵入に成功しており忌庫を守る忌庫番をどう相手にしたのかも不明。
悟の表情が若干険しいものへと変化していた。
「しかも禪院家が管理している游雲は最近忌庫に入れられたばかりだ。その情報もどこから手に入れた?」
「禪院とは案外良好な繋がりがあるから、私。」
「……ま、だいたい予想はついてるよ。"そいつ"を咎めるつもりも無い。お前がなにか吹っ掛けたんだろ。」
「吹っ掛けたなんて人聞きが悪いよ。ちょっと助けてもらっただけ。」
「"直哉"だな。」
「さあ?」
「アイツがタダでお前に情報を渡すとは思えないけど…"ナニを代償にしたか"……」
「…………」
洸は悟を見上げたまま口を紡ぐ。
冷めきったその表情はハッキリと悟の目隠しの奥の六眼映っていた。
「バレないようにコソコソ動いてたみたいだけど残念だったね?洸。」
「何が?私はこのまま帰るんだけど。」
「帰す訳ないでしょ。10年も行方を眩ませてた妹が、離反者が目の前に居る。手足もぎ取られてもお前を拘束する。」
その時、悟の大きな右手が洸の左肩に触れる。
そしてゆっくりと耳元に顔を近づけると囁くように言葉を発した。
「……ていうか、先に呪具持ち出せば場所が丸わかりって分かるよね?呪力が籠ってるのにさ?」
「…………」
「僕より賢いお前がそんなミスしないはずだ。お前の呪力察知は誰も出来ない。だったら最後に呪具を持ち出してさっさと消えるのが得策だ。」
「…………」
「―――ワザとだろ?……ん?」
半ば挑発とも取れる悟の声色とセリフ。その言葉と同時に悟の手に力が加わったことを敏感に察知した洸は持ち前のスピードを活かして直ぐに動き出す。
ケースを手に取り、教員室の窓を派手に割ればあっという間に姿を消した―――
「((……逃げた―――訳じゃないな。))」
悟の口元が微かに弧を描く。
そして洸を追うように彼も教員室から姿を消すのだった。
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―――2006年 7月中旬
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真っ白な入道雲が沸き立ち、
初夏の空が青く澄んで絹のように光る。
ギラギラと暑い陽の光は2人の白銀を照らしていた。
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「……悟兄」
「………洸…」
向かい合う2人。
カラッとした熱い風が吹き抜け、重々しい雰囲気が漂っていた。
真っ直ぐと向けられる碧眼と緋眼。一体今から何が繰り広げられるのか―――
「ねぇ、何?この"果し状"って。殴り書きで汚いし。」
「読んで字のごとく"果し状"だ。」
「……はぁ……」
寮の自室の扉の隙間から入れられていた一枚の紙。
筆ペンらしきもので"果し状"なんて入れられており、今日この時間、この場所に来いと殴り書きで記されていたのだ。
「……もしかしてこの前の演習の事、まだ根に持ってるの?顔面にダイレクトパンチ決めた時のやつ。」
「ちっげーーよ!それも少しあるけど違う!」
「今日この後、建人と任務なんだけど……早く行かないと補助監督―――」
刹那、悟の人差し指が洸を差し、意気揚々と大声で叫び散らした。
「お前!俺の部屋から勝手に"FF12"のソフト盗っただろ!!!」
「…………はい?」
ぽかんと呆気に取られる洸。
どうやら春に発売したばかりのゲームソフトを"盗られた"事による果し状らしい。
「ははーん、その顔、惚けやがって!いい度胸だな?」
「いや待って。貸してって言ったら二つ返事で応えてくれたのは悟兄だよ。」
「……は?」
「"どーぞどーぞ"って。任務帰りの車の中で言ったよ。」
「…………」
「誰かさんは"うわの空"で携帯ゲームしてて忘れてるみたいだけど。……悟兄。」
ふとその時の事を巻き戻すように脳裏に浮かべる悟。"……やばい、確かに言われてみればそんな瞬間があったような……"と思い出すと徐々に焦りの表情へと変化していく。
「……はぁ……マジで人の話ちゃんと聞いてよ、悟兄。」
「…………」
「返事は。」
「……スミマセンデシタ。」
その場に土下座し、地面に頭を擦り付ける悟。
そんな滑稽すぎる姿に、妹の洸は可笑しそうにクスクスと頬を緩めていた。
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広大な演習場での記憶――
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「なあ、反転術式のコツ教えろよ。」
「……"ひゅー"とやって"ひょい"。以上。」
「何でお前も硝子も同じこと言うんだよ……感覚馬鹿。」
「感覚値も大事なんだよ?私も硝子先輩も感覚タイプだし。多分。」
―――反転術式を教えろと口煩い兄を黙らせるために何度もこの場所に呼びつけたことも。
「五条兄妹!チキチキ!無下限ぶち抜きゲーム!!」
「……悟兄。"チキチキ"の使いかた間違ってるよ。」
「いいんだよ!面白そうな名前だったら!」
「((……馬鹿。))」
―――空いた時間にお互いの無下限呪術をぶつけあった事も。
「……お前、今日の任務の"アレ"は何だ。」
「アレって?」
「すっとぼけんなよクソガキ。反転術式使えるお前が前に出るなんて頭おかしいだろ?そんなに死にてぇの?」
「それはこっちのセリフだよ。あの時に私が出なかったら悟兄の下半身吹き飛んでたよ?死んでたのはそっち。」
「生意気なこと言うんじゃねぇ。貧弱野郎。」
「事実を言った迄なんだけど?最弱兄貴。」
「……そんなに自信満々に言うなら、改めて力比べだ。洸。」
「いいよ、真剣勝負ね―――」
―――事ある事に揉めに揉めた兄妹喧嘩。
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瞼を閉じ、天を仰ぐ洸。
「………………」
蒸し暑い深夜。
風は止み、空一面をおおった薄い雲が、月の輪郭をかすませていた。ようよう近寄って来る夏の温かさ、生温さが、地面に広がる土からも、もやになって立ち上る夜。
心地悪すぎる初夏の蒸し蒸しとした空気は今の自分の心情の様だった。手に持っていたケースがやたらと重く感じる。不意にそれを落とすように地面に降ろすと、背後からの人の気配を感じ取り瞼を持ち上げた。
「お前なら"此処"を選ぶと思ったよ。」
「…………」
背後に視線を向けると"兄"が立っていた。
目元を覆っていた包帯を外し、美しい蒼が月明かりに照らされ光り輝く。
久しぶりに真っ直ぐとそれを見つめていると不思議と吸い込まれそうになってしまう程に―――恐ろしい程に美しい碧眼。
「よくこの鍛錬場で兄妹喧嘩したよねー?」
「…………」
「高専の最西端。生徒と教員の宿舎からも離れてるし何をしても基本的に人外被害は出ない。」
「…………」
「相変わらず、お前は優しいよ。本当に―――」
近いはずなのに同じ極の磁石が反発し合っているような距離感。向かい合った2人、視線と視線をぶつけ合う2人。
流れる沈黙……
――その時、洸は片手を前に出し"印"を結んだ。
そして呪文を唱え始める。
「"闇より出でて闇より黒く……"」
月明かりでぼんやりと光っていた夜空が黒く、暗く染まっていく。膜のようなものが広がり、兄妹を隠すように覆っていく。
「へぇー"ガチ兄妹喧嘩"って訳か。いいねー悪くない。」
悟の頬が愉しそうに微かに緩む。
「――"その穢れを禊ぎ祓え"……」
"帳"
最も簡単な結界術。そして外から中を視認できないようにする術。補助監督などの呪術師としての素養がない人でも、呪力を扱える人物であれば使用することができる術でもあった。
使用する際には洸が放った言霊――"闇より出でて闇より黒くその穢れを禊ぎ祓え"と唱える。
すると真っ黒な液体状の物が範囲を覆い、帳の外側にいる者たちからは中での出来事が視認できなくなるのだった。
「((……この帳、普通のものと違うな。))」
レベルの高い術師の場合は、帳に対して効果を付与することも出来る。
「((電波……副次的効果は何ら変わらない。だが術式効果は違う。))」
帳の中と外は、基本的には行き来は出来ない。しかしときには"○○は入れる"、"△△は出られない"というような条件をつけることは可能だった。
「オーケー……僕とお前以外の侵入は不可。んで、外からの解除もそんな簡単にいかない仕様になってるっぽいね?」
「兄妹喧嘩でしょ。第三者の介入は不必要だよ。」
「いいのー?そんな危険なことやっちゃってさ?僕と2人っきりって意味わかってる?」
「勿論。」
「…………((マジで単身で来やがったな。狙いはなんだ――))」
洸の言動。それから様々な考えを巡らせるがやはり理解できない。呪具とリストの強奪。人外被害が出ない場所での戦闘。そして実兄の悟と2人だけの空間――
「お手並み拝見……と行こうか?洸。」
「…………」
「僕もお前もこの10年でどれだけ強くなったか……楽しみだね?」
「――っ!」
2人は同時に動き出した。
互いの距離を離すように、それぞれが直ぐに後退し身を翻す。
「……ふーー……」
洸の手が腰に差さっていた妖刀に伸びる。
腰を落とし、刀を構える姿勢へと体勢を整えた。
「お前が刀なんて扱えるわけないでしょ?しかもそれ、妖刀だよ?」
「…………っ!」
「((……特級呪具だぞ?村正を初見で扱うなんて無理――))」
鞘から刀身が現れる。裏表揃った大きく波打つ独特の波紋が妖しく光っていた。
そして呪力を込める。
「……う……」
まるで刀に全てを持っていかれそうになるような感覚。それほどに強力な呪具なのだ。
「((ほら、やっぱり無理だ。噂程度だが村正は使用者の呪力を吸い取り、それを何百倍にして発散させるもの。だからこそハイリスク、下手をすれば使用者が死ぬ。――使い慣らすか、乙骨憂太のように膨大な呪力を常に循環させられる人間しか――))」
村正特有の強力な呪力を感じる悟。
苦しそうに眉を顰め、吸い取られる呪力に表情を歪める洸。――だが妙な事が起こった。
「……なっ……」
妖刀村正の呪力が消えたのだ。
正確に言うならば……洸の視えない呪力がそれを超え、覆ったのか。
「((どういう事だ!?あの妖刀の気配が失くなるなんて……))」
悟の六眼にもハッキリとそれは映っていた。先程まで刀身を覆っていた怪しい光は消滅し"何も見えない"。勿論、洸の呪力も何も――
「はぁ…はぁ…………ふー……」
「はは……バケモンかよ、お前。」
「六眼持ちが何言ってんの。――いくよ?」
目に見えぬスピード。
赤い瞳が閃光のように暗闇を走る。
建造物は呆気なく破壊され、悟の術式が爆裂する度にとんでもない爆発音と衝撃が体を揺さぶった。
悟もそれに応戦するように必死に打撃に耐えるも久しぶりの妹との戦闘に半ば混乱しているような様子もあった。
「((……蒼も赫も効かない……当然か。))」
"術式順転 蒼"
"術式反転 赫"
洸自身も扱える技でもあるそれは通用しない。
「((……となれば"茈"……
――いや。下手をすれば僕も死ぬか――))」
10年振りの再会。妹の能力は未知数に近い。
下手に動けば帳が耐えられず周りを巻き込む可能性も。そして自分も死ぬ可能性――
「((……変わらず……ムカつくほどに可愛い妹だよ。本当に――))」
親友と共に消えた可愛い妹。血を分け合った妹の姿は相変わらず美しかった。こちらを見据える赤い瞳は更に鋭さを増し、恐怖という感情さえも沸き上がるほどに。
「ッ……くっ…((なんつースピード!))…」
「はっ……はぁっ!((オートマの無下限。だけど私にはほぼ関係ない。))」
刀身が悟の右太腿を擦った。鮮血が飛び散ると、悟は久しぶりに感じた痛みに眉を顰める。
洸の呪力を纏った妖刀は悟の無下限を呆気なく貫通。洸の無下限、悟の無下限。貫通させられるのはやはり洸だけだった。
「…………ハハ……さすが僕の妹だね。」
「……手を引くなら今の内だよ。」
「言っただろ?手足もぎ取られてもお前を拘束するって。」
「…………」
睨み合う2人。
洸は刀を構えたまま、じっとその場から動かない。
「ね、洸。教えてよ。」
「…………」
「最初から手、抜いてるよね?」
「何で?」
「さっきの一突き、僕の心臓を狙えたはずだよ?」
「どうだろ。」
「ていうか、わざと狙えるようにしてやったんだ。でもお前はそれを避けた。」
激しい攻め合いの中。
悟は何度か隙を見せていた。急所に刀身が貫通するように、それらしく動いていたのだが……
間違いなく洸は自分を"殺りに来た訳では無い"。
となれば理由は一体何なのか。
「傑に頼まれたものは恐らく"リストと呪具"。お前の呪力は誰にも察知できないし、間違いなく高専に潜入させるのに適した人間だ。」
「…そうだね。」
「あとは……僕を戦闘不能にさせられたらラッキーって感じだろ?それなりに重症を負わせるか、もしく殺すか、どちらか2択だ。」
悟は顔の前で人差し指と中指を立て生真面目な表情で口にする。
「リストは戦力調査。呪具は単純に武器の確保。……で、僕の足止め。」
「……悟兄が現れることは想定外だった。」
「だったら逃げればいいだろ?呪具がある分リスクはあるけど、お前の脚力とスピードならなんら問題ない。」
「…………」
「わざわざ手の込んだ帳まで降ろして、明らかに何かあんだろ。」
悟が1歩1歩こちらへと歩み寄ってくる。
刀身を向けられているというのに、警戒すらせず洸に近づき続ける。
「"察せ"……って事で間違いない?洸。」
"この行動全てで何かを察せ"
……これから起こるであろう危険な"事"を伝えに来たのだろうか。
しかし真意は分からない。洸がそれを口にするとも思えない。
「マジで何してんだよ、お前。」
「…………」
「リストの名前見て動揺してた癖に。七海がどんな思いで戻ってきたと思ってんだ。」
「……それは……」
洸の瞳に初めて動揺が走った。
ほんの一瞬だけ、昔の幼い体の震えを感じた。
「僕の事はさておき。洸は七海を殺せるの?」
「ッ!」
「傑と組んでるってのはそういう事だ。初めてできた親友を相手にお前はこれから"殺し合い"をする事になる。」
「………わかって…」
「わかってないよ。1mmも。そもそもお前の行動が無茶苦茶すぎる。覚悟ができてない証拠だ。……本当に"何も変わってない"ね、お前。」
刀身に触れ、鋭いそれを握り締める悟の大きな手。
無下限は貫通し、真っ赤な血液がぽたぽたと地面に落下していく。
「僕のことも殺せないくせに。……無理でしょ?」
「……はっ……」
「だったら戻ってこい。その覚悟も無いなら妙な行動は慎め。"ド下手くそ"」
「……ッ……」
「というより……お前はそもそも"こっ"――」
悟が言葉を続けようとしたその時。
「ッ……が……はっ……」
妖刀村正は悟の体を貫く。
「はっ……クソ……ガキ……」
口から血液が垂れ落ちるも悟は笑っていた。
嘲笑うように"やりやがったな"と言わんばかりに興奮に近い表情。
「((……さすが特級呪具。洸の呪力を纏った刀身――そう簡単に傷は塞がらない……やられた――))」
洸は容赦なく刀を引き抜くと怒りに塗れた顔をしていた。単純に悟の挑発らしき台詞にのってしまった洸。興奮したように激しく肩を上下させ、息を荒らげる。
「……あなたに……私の苦しみも意図も分かるはずがないよ。」
「……ッ……ひか、る……」
血に塗れた刀身を振り、そのまま鞘へと戻す。
膝を着いて倒れ込む兄を見下ろせばそのまま背を向け離れていく。
「じゃ、運がよければまた会おうね。」
「…………は……ぁ……」
帳に触れたその瞬間、黒い膜は消滅し美しい月が現れた。
「…………っ」
早く逃げなければ自分の身が危険だ。
しかし洸は立ち止まり、背後へと視線を向け戻す。
「――ごめんなさい……"お兄ちゃん"――」
「……なっ……!」
悲しげな表情を浮かべた赤い瞳。
そしてその瞬間、風が吹き荒れたと同時に姿を消した。
洸の残穢も何も残っていない。
不気味な村正の呪力だけが悟の体を纏うように遺されたのみ――
「……洸…………マジで……、おま……え、……」
悟は遂に崩れ落ち、地面へと体を叩きつけた。
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