2006.04
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人間の憎悪や後悔等の負の感情から生まれる呪い。それは"呪霊"という化け物となって人間を襲う。
それが生まれ持って"見える"者達……"呪術師"
呪術師は呪術を用い、絶え間なく溢れ出る呪いを日々祓って、祓って、祓う。
――元々"見える"人間として生まれたことに何も思うことは無い、が……
なぜ、私はこの家に生まれたのか。御三家と呼ばれる家系に生まれてしまったのか。
そして、"現代最強の呪術師"と呼ばれる兄を持ってしまったのか。
そんな私は、最強の兄に対して劣等感以外の言葉は浮かんだことがなかった――
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――2006年4月
呪術高専 東京校――
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桜が咲き乱れ、全山、雲の林のように見える中に、松の緑が混じっているのが、ことさら春めいて美しい。
静かに淡く咲く桜、石畳の床に敷かれた桃の花弁、頭上で心地良い音を鳴らしながら揺れる枝。
そんな情緒豊かな景観が広がる
「――今年の新入生。私ら2年と同じで3人なんだってね?」
珍しい型の学生服を纏い、片手には学生らしからぬ"煙草"を手にした黒髪ボブヘアの少女が口を開く。気だるそうに学生鞄を背負い、ゆらゆらと煙草を手元で揺らしていた。
「らしいね?可愛い後輩ができるなんて、私はとても楽しみだよ。」
その隣で足並みを揃えて歩く高身長の青年。隣の少女と同じく、珍しい型の制服を纏っていた。変形学生ズボンの総称でもあるボンタンを履き、耳には割と大きめな黒いピアス。
明らかに校則違反どころでは無い姿なのだが、この高専ではそれが普通らしい。
「"あんた達"みたいなクズが居ないことを私は願ってるよ。」
「酷いな"硝子"。"悟"はともかく私は――」
刹那、背後からバタバタと不規則な足音が2人の鼓膜を叩く。2人は振り返らずとも駆けてくる人物が誰であるか容易に想像ができた。
白髪サングラスの青年。2人に比べ制服はあまり変わった型では無いがモデル並みの長身と脚の長さ。そして矯正された顔、サングラスの下に隠された美しい碧眼。間違いなく街中を歩けば全員が振り返る容姿だろう。
「――あぁん?んだよ"傑"、言っとくけどお前も同類だからな?」
「すっごい地獄耳。聞こえてたの?"五条"」
「バッチリ聞こえてるっての。」
背後から突進するかのように2人の肩に両腕を引っ掛け、ど真ん中を陣取る青年。
――"五条悟"
「あれ?悟、起きたんだね?」
「ったくよー置いていくなよな!」
「私が何度も叩き起こしたのに、起きなかったのは悟だろう?」
呑気な笑みを口元に零し、どこか大人びた口調と印象を感じさせる青年。
――"夏油傑"
「どうせ昨日も遅くまでゲームでもしてたんでしょ??」
「正解!昨日は傑と桃鉄〜。ちな20年。」
「暇なんだなオマエら。」
煙草を齧るように口に含み、現れた青年に何の動揺も見せることも無く表情一つ変えない少女。
――"家入硝子"
3人は呪術高専の1年……いや、正確に言うと今日から2年だ。しかも同学年の生徒はたった3人。
五条、夏油、家入のみ。
だからこそ男女関係なく距離感がバグっているのかもしれない。
「それはそうと悟。いよいよ今日から私達も先輩だ。」
「だから何なんだよ。何も変わんねえだろ?」
「いいかい?これからは先輩として……」
「あーー!うるせぇうるせぇ!朝からンな話やめろよな!」
夏油の生真面目な言葉にウンザリだと肩を落とす五条。そんな相手にため息を漏らすも"いつも通り"の対応に誰も何も咎めることもない。
そしてそんな2人に絡まれる家入は煙草の煙を吐き出したと同時に"新入生"の話へと戻す。
「新入生の3人のうち1人は女の子だって聞いたけど、ヤニ仲間になってくんないかな〜。」
「煙草なんて吸うわけねえだろ?ていうか、絶対吸わせねぇよ。」
「五条にそんな権限ないでしょ?」
「はぁ?あるに決まってんだろ?なんだって、俺の可愛い"妹"なんだから――」
五条の当然の"妹"ワードにピタリと脚を止める2人。つられるように五条も動きを止めると両隣の夏油と家入を交互に見つめた。
「「……は?」」
抑揚のない平坦な抜けた声。
2人は目をまん丸とさせ"何をそんな冗談を"なんて言いたげな表情を浮かべていた。
「ん?俺言ってなかったっけ?」
そんな2人とは真逆に五条はヘラヘラと呑気な笑顔を浮かべ2人の前へと足を踏み出す。そしてクルリと振り返ると、どこか自慢気な正々堂々とした口調で声を上げる。
「新入生の1人は"俺の妹"だって。」
「「…………」」
"何を言っているんだコイツは"――
変わらず酷薄で白けた顔の2人。
明らかに自分の発言に引いているような、全否定を見せる様子を五条は直ぐに感じ取った。
「その顔、さては俺を疑ってるな?」
「……いや、今までの"アレ"は悟の妄想じゃなかったのかい?」
「そうそう。"アレ"――」
2人が口にする"アレ"。
その過去の出来事を脳裏に浮かばせ、再生した。
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「あぁん!?もう1回言ってみろ!クソガキ!」
寮の廊下に響き渡る五条の荒れた声。
「俺の"妹"って自覚があるならもう少し行動を弁えろ。俺も
校庭で轟く五条の叫びに近い声。
「――あのな?"兄ちゃん"だって心配事の一つや二つあるわけよ?お前はそれを無下にするのか?上等だ!今すぐ勝負だクソガキ!家で震えながら待ってろ!!――ってまた切りやがったなクソガキ!」
携帯に向かって怒鳴り散らし、最終的には任務を放棄し、高専を抜け出そうとした所を夜蛾正道に連れ戻される五条――
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「いやいやいや、待て待て待て!今までの俺のあの行動が妄想だったらヤバいだろ!?」
あんな姿やこんな姿を夏油と家入は冷めた目で見ていたのかと思うとある意味恐ろしい。というより、どれだけ自分が違う意味で"ヤバい奴"だと思われていたのか。
「だって、未だに五条の家の事なんて全く知らないし。そもそも直接話さなかったじゃん?御三家で危ない家系だってのは知ってるけど。」
「その通り。それに悟に妹がいるなんて想像できないだろう?てっきりひとりっ子かと。」
「我儘箱入りのお坊ちゃまが孤独の果てに"ヤバい妄想"を創り上げてるって…夏油と話してたんだよね。」
「うんうん。」
「…オマエら……俺をなんだと思ってんだ…」
五条悟は呪術界では有名な御三家"五条家"の人間。彼の特別な呪力、そして青い瞳に秘められた"六眼"。彼が生まれてから呪霊が年々力を増すなど、世界の均衡が変わったと言われている程だ。
だが同期の夏油と家入にとって、五条悟を特別視している訳では無い。飄々として掴みどころがなく、無駄に軽いノリで周りを振り回し、顔は良いくせに性格は"クズ"。軽薄で不遜な性格。
だからこそ"妹がいるなんて大嘘だ"と今でも心の中で呟いていた。
「ていうか、五条の妹って事は五条の女バージョンって事で……」
「………悟の妹…」
顔を見合せ、今度は嫌そうな顔をする2人。その理由は明白だ。
顔良し、スタイル良し。しかし性格は生意気で"クソ"。容易に想像出来てしまう自分たちが恐ろしい。
そんな2人を目の前に冗談抜きで真面目な表情へと変化する五条。口元は笑っているがサングラスに隠された碧眼は笑っていない。彼にしては珍しい、その顔はどこか寂しさを感じさせるようなものだった。
「まっ、妹つっても母親が違うんだ。異母兄妹ってヤツ?…だからお前らが心配せずとも全部が全部俺に似てるわけじゃねーよ。」
「「……」」
ため息混じりの吐くような台詞。そして五条は2人に背を向け再び歩き始めた。
「――俺にとっては大切な妹だけど、"アイツ"はどうだかな…」
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「((――嗚呼、帰りたい。))」
都内の奥地"
東京郊外の場所に大きな山二つ分の巨大な敷地を有しており、敷地内には荘厳な寺社仏閣が並べ建てられ、外部からは私立の宗教系学校と認識されているかなり特殊な学校だ。
「((寮生活だし、学校なんて初めて通うし、聞いた話だと同級生は私を含めて3人で女の子は居ないとか……しかもここには私の"天敵"が――))」
心の中で文句を唱えながらも仕方なく学校の門を潜る"白髪の少女"。その瞳は恐ろしい程に赤く、しかし恐ろしい程に美しかった。
シワひとつない黒い制服を纏う少女――"五条洸"
今日から呪術高専東京校に通う生徒。だがここに入学することは正直望んでいたことではなく、御三家出身であることから入学が決まっていたようなものだ。
まあ確かに、普通の学校に通える訳でもないし、だからといって実家にこもりっきりなのもどうかと思う。せめて同じ系列校の京都校に行くのも手だったのだが……絶対的権限を持つ"兄"がそれを許さなかったのだ。理由は数え切れない程あるが故、心配性なのか何なのか――
「さっさと歩かねえと入学式間に合わねえぞー?初日から遅刻する気?不良ぶってんのー?兄ちゃん悲しいなー…"
刹那、嫌いな男の声が辺りに轟く。同時に洸の顔が一気に曇ると気配を感じる方向へ視線を移す。
「………最悪。」
ボソッと本音を零したその時、音もさせず、一瞬で目の前に現れたのは同じ髪色を持つ男。自分は差程身長は低くないが、ゆうに190を越えているであろう男を見上げるのは気分が良くない。それは相手が相手だからかもしれないが。…見下ろされるのが苦痛だ。
「ん?何?今最悪つった?」
「……」
「おっ!制服似合ってんじゃん?届いたら写メ送って〜ってメールしたのにさ?お前ガン無視だし。」
「本当に遅刻するからさっさと退いてよ、"悟兄"。」
「おっと!ここでは俺は大・先・輩って事を忘れずに。調子乗るとシバキ倒す――」
「………は?」
ムカつく兄の言動に本気で嫌そうな顔をする洸。眉間に皺を寄せ、完全な軽蔑の瞳を向けるとそれを察した五条は誤魔化すように洸の肩を雑に叩く。
「――ってのはウソウソ!そんな怖い顔すんなって?なんなら兄妹久しぶりの再会だしハグ……」
「…ちょっと待って!もしかして――」
瞬時に嫌な予感を察知した洸。しかし相手のほうが上手だった。
容易に体を抱きかかえられると目まぐるしく景色が変わっていく。例えようの無い出来事にクラクラと目が回ってしまう――――
「――あー、この子が五条の妹。」
「想像以上の美人さんだ。」
椅子に座り、余裕を見せる家入と夏油が視界に入る。
「………」
「凄い!瞬間移動か何かですか!?」
教室の壇上に立つのは何故か頭に"誕生日会"を思わせるような三角帽子を被らされた2人の男子生徒。日本人らしからぬ金髪の無口な青年――"七海建人"
キラキラと目を輝かせテンションのやたら高い見た目は普通の青年――"灰原雄"
よく見ると"本日の主役"と記されたドンキで売ってそうなタスキも掛けられていた。
「入学初日からギリギリの登校とは…いい度胸だな。」
そして最後に、締めくくるように台詞を放ったのはやたらと見た目が厳つい男性――高専教師"夜蛾正道"
「いや〜、俺の妹がすみません。俺の妹なもんでほぼ俺なんで…」
「いい加減降ろして!」
五条の頬を加減することなく無理やり両手で押し込むと床にやっと脚を付ける洸。五条はニヤニヤと嬉しそうに笑みを零すと夏油の隣の空いた椅子へと腰を下ろす。
「……っ」
そして改めて皆の視線が一気に自分に集まると慣れない状況に顔を赤く染めていく。女の子らしいというか、年頃の子らしい姿に先輩三人衆は同じような顔でニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「へぇ〜カワイイ。五条妹。」
「悟の妹にしては表情が正直というか、豊かというか…というか悟の妹まんまだね?」
「でしょ〜、小生意気だけどカワイイのよ〜」
ムカつく兄とドンパチしたい気分だがここでそれはマズイ。それに先輩らしき2人の姿を見る限り既に五条が好き勝手自分のことをベラベラと話している可能性も――
「新入生が全員揃ったところで…改めて自己紹介!」
ガヤガヤと盛り上がる3人を前に空気を変えるかのような野太い夜蛾の声が教室内に轟いた。そして男の鋭い視線が洸に突き刺さると反射的に口を開く。
「ご…、五条洸、です。」
「あぁん?聞こえねーよ!」
「うるさいなあ!もう!"悟兄"は黙って――」
洸が不意に口にしたワードに再びニヤつく三人衆。そして"しまった"と後悔を露わにする洸…
「聞こえた?夏油。」
「ああ、ハッキリと聞こえたさ。」
「「"悟兄"」」
「〜〜〜〜!!!」
正に"穴があったら入りたい"状況。更に顔を真っ赤にする洸は慌てて両手で顔を覆う。
「悟!傑!硝子!静かにしろ!」
「何で俺も?何も言ってねえじゃん!!冤罪!」
終息つかない教室内。
すると容赦なく夜蛾のゲンコツが五条の頭上に落とされると静まり返る残る2人――
そして新入生の3人は壇上に並ぶと改めて自己紹介を始めるのだった。
「五条洸…です。」
「七海建人です。」
「灰原雄です!!!」
初々しいスリーマンセル。
全くタイプが違う3人に既視感を浮かばせる先輩三人衆はどこか嬉しそうだった。
「な?俺の妹、俺に似て美人だろ?」
心の底から喜びを見せる五条悟。
しかし壇上から兄を見据える妹の赤い瞳は冷酷なものだった。
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