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――2018年 10月31日 22:30
渋谷駅構内――
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壁や床が所々派手に破損した渋谷駅構内。
つい先程までこの場所で大きな戦闘があったのだろうか。
近くのトイレからは水道管が破損したのか微かに水音が鼓膜を叩く。
……しかし、今はそんなことを考えている余裕など"3人"には無かった。
制服姿の青年を前に深々とひれ伏す双子の姉妹。
そしてその横では単眼の特級呪霊が同じく頭を垂れていた。
3人は"青年姿の男"を前に身体を震わせ、恐怖に満ちていた。
「――私たちはもう一本の指の在処を知っています。……"そいつ"を殺してくれればそれをお教えします。」
姉妹の1人が真っ直ぐとした声で懇願する。
「だから……どうか――」
「"面を上げろ"」
少女の声を遮るように発せられた男の声。
喜怒哀楽が掴めない、低い平らな声は余計に恐怖を与える。
「「……ッ……」」
双子の姉妹は男の指示通りゆっくりと顔を上げる。"自分たちの願いを聞き入れてくれる"……なんて甘い事を考えながら。
姉妹の瞳に映るのはニヤリと怪しげに笑う男の顔。
その顔には特長的な模様が浮かび上っており余計に気味悪さを感じる。
刹那――――
「――ッ!!!」
男から放たれた目に見えぬ速さの打撃音が轟き、姉妹たちが居たはずの背後の壁に大きな傷が入る。
―――それよりも"彼女の方が早かった"。
「え……!」
先程まであの男の前で座り込んでいたはずの姉妹。
「っ……"姉様"……」
黒髪の少女は自分を抱える"姉様"を見上げた。
「――ほう。…まさか貴様に此処で再会できるとは。」
不気味に、嬉しそうに笑みを零す男。
その視線の先には姉妹を抱え、こちらを見据える"白銀"の女が映る。
「"五条洸"」
その名を呼ぶ男の声が、微かに興奮に揺れていた。再会を悦ぶかのように歓喜に満ち溢れる。
「洸姉!」
「姉様!!」
体に抱きつく双子の姉妹。
洸はそれに応えるように自らも抱きしめ返す。
「美々、菜々……よかった。」
「ぅ……ッ……洸……姉」
「"やっと会えた……"……ねえさま……ッ」
涙する可愛い妹達。
"あの日以来"の再会だからこそ、様々な感情が渦巻いていた。
「……ごめんね。2人とも。」
親のように"あの男"と守りきった双子の姉妹。
美々子と菜々子。
「((………この呪力……まさか本当なのか!?))」
未だに男の前で片膝をつき、跪く火山頭の呪霊"漏瑚"。
五条洸の登場に驚いている反面、彼女の呪力の気配に驚きを隠せないのか単眼を大きく見開いていた。
「……そうか。"そういう事か"。」
漏瑚の前で立ち尽くしていた"男"は再び歩き出す。
本来ならば、自分に指図する美々子と菜々子を真っ二つにしていたはずなのに突如として現れた五条洸に妨害されてしまった。
……しかし、今はそれよりも"愉しい"。
「((眼の色。それにこの呪力――))」
姉妹との再会を悦ぶ洸を見据える。
「……成程、…貴様の"カラクリ"が分かったぞ。」
数メートルに縮まる互いの距離。
洸はこちらへと歩き続ける男を警戒し、即座に立ち上がれば姉妹に視線を落とした。
「美々、菜々。直ぐに逃げて。」
「でも…姉様は?」
「そうだよッ……私と美々子は洸姉と一緒に!」
「今は逃げて。地上に行けば高専の関係者も居るはず。直ぐに保護してもらって――」
焦りと哀しみの顔を向ける2人。
しかし洸はそれを無視し、2人の背を押すと"早く逃げろ"と促した。
「「ッ……」」
後ろ髪引かれる思いで姉妹は駆け出す。
離れていく2つの足音。洸は安堵したように小さく息を吐くと目の前へと迫る男をただただ見据える。
……見た目の元は"兄の受け持つ可愛い生徒"。
だが今は違う。呪いの王が目の前に居る――
「頭が高い。今直ぐにひれ伏せ。」
「………」
「聞こえないのか?ん?貴様があの姉妹の代わりに真っ二つに成るのか?」
男の大きな手が洸の顎を強引に掴んだ。
しかし女は怯まない。
"茈の瞳が王を睨む"
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2016年 10月――
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カーテンの隙間からあまく光が差す。
長く住み続けているアパートの一室。
キッチンに立つ洸。そしてその両隣に立つ双子の姉妹、美々子と菜々子。
「ねぇ、洸姉。」
「ねぇ、姉様。」
「ん?何?」
同時に、同じ声。まるでステレオサラウンドかのように耳に飛び込む姉妹の言葉。
洸は卵を菜箸でかき混ぜながらそんな姉妹に視線を向けた。
「洸姉のお兄さんって、」
「どんな人?」
「どうしたの急に。今までそんな事聞いてこなかったのに……。」
「だってぇー気になるし。ねー?美々子。」
「うん。夏油様が"親友"だって言ってたから。」
2人の言葉にピタリと手を止める洸。
まさかあの夏油が2人にそんな事を話すなんて予想外だった。今の今まで口にしなかったのに。
「……あの人が?」
「うん。親友だって。さっき屋上で話してたんだよ?」
「その時の夏油様、優しい顔してた。」
「そうそう!」
つい先程、夏油と姉妹は3人で穏やかな時間を過ごしていた。街が見渡せる低層の屋上。夏油の長い髪の毛に櫛を通す菜々子。その傍らで見守る美々子。
どうやらその時に話題が出たそうだ。
「で!?どんな人なの?」
「教えて?姉様。」
「ちょっとー危ないよ?オムライス作ってるんだから。」
グイグイと両側から迫る姉妹。
まるでその姿は傍から見ると親子にも、仲の良い三姉妹にも見えてしまう。
刹那、菜々子の手が洸の腕に絡みつく。
「夏油様の事、もっと知りたいんだ。」
「美々と菜々の方が私より沢山話してるでしょ?」
「違うよー。洸姉ばっかり狡い。私たちももっと知りたい。」
「狡いって……何でそうなるのよ……。」
確かにここ最近、ここ数年前。
洸と夏油は行動を別にすることも多く、圧倒的に美々子と菜々子の方が夏油と関わることが多かった。
しかしそうではない、と姉妹は言い切る。
共に過ごす時間は少なくとも、洸と夏油には特別な関係性があると分かっていた。だからこそ"狡い"のだ。
「「だって、私達よりお互いのこと分かりあってるもん。」」
双子が同時に洸を見上げた。
ジリジリと詰め寄る圧に、洸も根負けしてしまう。
「うーーーん。」
「ね!お願い!洸姉!」
「夏油様、後少しで戻ってきちゃうし。」
姉妹に阻害されながらもオムライスを作る手を再び動かす洸。幼子のように懇願する2人の姿は何年経っても変わらない可愛い姿だった。
姉妹は必死なのに、洸はそんな姿を見て思わず笑ってしまう。
「……そうだなー……。"顔以外最悪最低な人"」
洸にとっての兄、五条悟とは―――
「……え?」
「それだけ?」
「私の兄、五条悟は"顔以外最悪最低"。以上。」
脳裏に浮かぶ兄の姿。
顔は悪くない、それは認める。父親に似て目鼻立ちがハッキリしているし、妹の自分でさえも兄のことは"美しいひと"だと思っていた。
人を小馬鹿にするような巫山戯た顔、不意に見せる真面目な顔―――時たま見せる、妹だけにしか見せたことの無いような心配そうな……笑顔に哀しい顔も全て。
ムカつくが"綺麗なひと"だとは思っている。
"それだけは"
「ええぇぇぇぇぇぇえ!!ウソ!もっと他にあるでしょ!」
「もっと詳しく教えてよ?姉様。」
「って言われても……それが事実なんだよね。」
ふわふわトロトロに仕上げた卵を器へと移していく。相変わらず菜々子の手は洸の腕にまとわりついており"もー!真面目に答えて!"なんて言われる始末。
「だって、洸姉と五条悟は私たち姉妹みたいに血が繋がってるんでしょ?"きょうだい"なんだから。」
「……まあ厳密に言うと腹違いだから半分なんだけどね?」
トントンと皿を動かし、温かいチキンライスの上に卵を上手く乗せながら洸は2人の言葉に応える。
「腹違い?」
「母親が違うってことよ、菜々子。」
「……"五条"って有名な御三家なんだよね、確か。……なんか複雑なこと聞いちゃったかも。……ごめん洸姉。」
"そういった家系"あるあるの話。
妾、即ち愛人―――美々子と菜々子がそこまで詳しい訳では無いが、何となく"タブー"であると言うことは理解していた。
洸の生い立ちはかなり複雑だと夏油から微かに聞いたことがあった。
名門家に生まれたことによる苦悩。自分たちが知りえない苦痛。
今更ながら"無理に聞き出そうとし過ぎたかもしれない"と姉妹は後悔の色を見せた。
「別に何も思ってないよ?」
「……でも、ごめんなさい。」
「もー……美々子まで。―――ほら、お皿運んで?」
洸の指示通りテキパキと動く姉妹。居間の真ん中に置かれたテーブルに温かい料理が並べられていく。
そして再び洸がキッチンへと戻ると、姉妹もついてまわるようにピタリと引っ付いた。
そして菜々子が口を開く。
「……ね、洸姉。お兄さんの髪の色は?」
「私と同じ、白色だよ。」
つんつんと自分の白銀の長い髪の毛を指差し、笑顔で応える洸。
すると今度は美々子が口を開いた。
姉妹は交互に"彼女の兄"についての質問を投げかける。
「眼の色は?」
「蒼」
「身長は!?」
「確か……190くらい?結構高いよ。」
「性格は?」
「クズ。」
「好きな物は?」
「甘いもの。」
「嫌いな物は?」
「アルコール。」
「趣味、得意なものは?」
「特にコレってなかったと思うよ?なんでも出来たから。強いて言うならゲーム?」
問に対し、テンポよく答えが返ってくる。
すると姉妹は洸を挟んで顔を見合わせると同時にとある質問を投げる。
「「―――強い?」」
「"自称最強"」
ハッキリと即座に応える洸。
そしてもう一度、最後に姉妹はある質問をするのだった。
「「お兄さんのこと、好き?」」
「……うーん。……ん?……って……」
顎に手を添え首を傾げる洸。
悩みに悩んでいる様子だが、姉妹の質問内容で不意打ちを喰らった感覚に陥った洸は漸く目を覚ましたかのように大きく目を見開いた。
顔以外はクソ、なんて言っていたくせに。
―――実の所、本心は違うのかもしれない。
「ッぷ…はははははっ!!ウケるー!洸姉!」
「姉様、お兄さんのこと最低って言う割にはなんでも知ってるのね?」
「ちょっ……違う!今ご飯作ってて意識がそっちに飛んでたの。」
慌てて弁明する洸。
しかし姉妹は変わらず豪快に笑い続けていた。
まんまと乗せられてしまった―――姉妹の悪戯に洸は頭を抱えていると次第に姉妹の表情は穏やかなものへと変化していく。
そして変に改まった菜々子はちいさく深呼吸すると落ち着いた、生真面目そうな声で言葉を続けた。
「あのね、洸姉。―――血の繋がりっていうか……勿論私たち"家族"はそういうのは関係ないけど。」
「やっぱり"きょうだい"にしか無い何かがあると思うんだ。」
「…………血の繋がり、きょうだいね。」
自分の身体を巡る真っ赤な血液。
全てでは無いものの、ほとんど同じ液体が洸と悟に廻っていた。血を分け合った"きょうだい"。似た顔つき、同じ髪色、対比する瞳の青と赤。
「……血の繋がりとか、そういう堅苦しいのを気にしないのは夏油様で。だからこそ、私と美々子みたいに"きょうだい"が居る洸姉にこういう話して見たかったんだよね?」
「うん。それに夏油様の親友って繋がりもあるから……姉様に聞くのが1番だよね。」
「((……お兄ちゃん、ね。))」
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過去の出来事。
兄の姿が浮かんだ。
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"人々の寝静まった真夜中"
なかなか寝付けなかったあの頃。
入学して間もないあの頃。
洸が高専敷地内をふらふらと徘徊していたその時。
―――自動販売機の前で携帯を片手に立つ兄を見つけた。
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「あー、親父?ひっさしぶり〜!生きてるー?―――絶好調なの?残念……」
父親と連絡を取る悟。
「洸なら楽しそうにしてるよ。やっぱ東京校に入れて正解だったわー。京都だったらどうなってたか。…やっぱ俺、洸の最強の兄貴だわ。―――は?べつに調子に乗ってねぇし……」
のらりくらりと適当に話す兄に一喝入れたのだろう。
容易に父親の台詞の内容に想像が着く。
「……俺との事?そりゃもう毎日バッチバチよ?俺の事が嫌いなのは相変わらずだし。毎日顔合わせれば殴り合い。いっつも俺がボコボコにしてやってるけど?」
……いや、嘘をつくな、嘘を。
殴りたい気持ちはあるが殴り合いには発展してないし、ボコボコにされた記憶もない。むしろボコボコにしてやってるのは自分だ。
"どうせ適当に、ある事ないこと言うんだろう"
洸はそんなことを胸の中で呟くとため息を漏らし、ゆっくりとその場から踵を返そうとした。
だがその後の兄の言葉は洸の足を自然に止めたのだった。
「……けど"良いんだ"。
洸がそばに居るってだけで……何か分かんねーけどすげー良いんだ。」
ピクっと肩を跳ねさせる洸。
柱の影からそっと顔を覗かせ、悟の表情を伺う。
らしくない声色と台詞、それは間違いなく兄の本音だった。
「洸は強い。親父が心配しなくてもやっていけるって―――」
悟の頬が緩む。
「洸がこの先、どの道を選ぶにしても
……俺は洸の味方だ。何があってもだ。それは絶対変わんねぇーよ。」
ベンチに豪快に腰を下ろし自信満々に声を上げる悟ら、
そんな兄の姿に、洸は初めて頬に紅をさした。
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「……((基本クズだけど、何だかんだ優しい人だったな。))」
離れている時間が長いほど、色々と思い出してしまう。
そう言えばこんなこともあったな、とか。
昔は、あの時は余裕がなくて、ただただその場その場のことをふと巡らせる事しか出来なかったけど……
「……歳を重ねて、離れてるからこそ考えさせられるものはあるかも。」
「それってどういう意味?姉様。」
グイグイと美々子も菜々子と同じく腕を引っ張る。
「私より器用で、なんでも出来て、……とにかく私は目の敵にしてたし。小さい頃は本当に大嫌い"だった"。」
溶き卵が入っていたボウルを流し台へと下ろし水を流し入れる。落ちていく水を静かに見据えながら洸は言葉を続ける。
「……でもね。色々過去の出来事を振り返った時に、色んなきっかけを作ってくれたこととか、自分の人生の折り返し地点には兄が居た。―――」
蛇口を捻り水を止めると砂時計のように規則的にぽたぽたと落下する水滴。静まり返る空間に音を鳴らしながら、しずくがダイヤモンドのように光っては水に消える。
「"良い時も悪い時も"……全部あの人が居たかな。」
全てのきっかけを与えてくれた兄。
勿論良いことばかりでは無い。
親友の離反を止めきることもできず、最強という言葉にに呪われ、哀れと思うこともあった。
あの六眼を持っても妹の全てを見透かすことも出来ず、結果が今現在―――
好き?嫌い?
美々子と菜々子に問われた事。
正直のところ"分からない"。
というより、好き嫌いで測れない関係性なのだ。
「"好き嫌いで喩えられない関係"―――」
「「…………」」
そして、自分を見上げる姉妹に笑顔を向ける洸。
何となく曖昧に濁された気がしてならない姉妹はムスッと頬を膨らませた。
「えー!なんかつまんなーい!分かりにくい!」
「難しいよ……」
「ていうか、そもそも美々と菜々みたいに良い関係じゃないよ?私の"きょうだい"は。」
「「…………」」
「五条悟…、夏油様の親友であって」
「洸姉のお兄さん……」
「そ。それ以上でもそれ以下でもない。私の"お兄ちゃん"は―――」
刹那、鼓膜に飛び込むドアの開閉音。
密閉されていた部屋の空気がふっと動く。
「――んー……。いい匂いだね?」
玄関に佇む大きな影。
いつものスウェットをダルっと着こなし、姉妹に櫛で整えられた長い髪の毛はいつもよりもツヤを放っていた。
「「夏油様!!」」
先程までしんみりとしていた姉妹の表情がパッと花を咲かせ彩る。
「そんなに仲良く3人でくっついて、何の話しをしていたのかい?」
「えぇ〜秘密〜!」
「夏油様には言えない秘密の女子トーク!」
「ははっ、狡いなー……だけどそれは邪魔できないね?」
キッチンに立つ3人に近づく夏油。
半ば羨ましそうに視線を落とす夏油の表情は誰よりも穏やかなものだった。
「はーい!お昼ご飯。野菜スープも今からあっためるから。」
パンっと乾いた音を鳴らす洸の両手。
すると姉妹は居間のテーブルへと掛け出すと先程並べた4つの器を嬉しそうに見つめた。
「今日もめっちゃ美味しそう!」
「姉様のオムライスが1番好き!」
「ほら、2人とも手洗って来なよ?」
「「はーい!」」
仲睦まじい姉妹。
満面の笑みと明るい喜色混じりの声が洗面所へと消えていく。
キッチンに残る2つの影。洸と夏油。
野菜スープの鍋を温め直す洸の背後で男は静かに口を開いた。
「……へえ。"きょうだいにしか分からない繋がり"か。」
落ち着いた声色。感情は読み取れない。
「聞いてたんだ。」
「聞いていたよ。」
「地獄耳。」
「洸の放つ言葉ならなんでも耳に飛び込んでくるんだ。」
洸の項をじっと見下ろす夏油。
ポニーテールに結われた白銀の髪の毛。白い褪せた丸首のTシャツの隙間から首に纏う"首輪"が見えた。
「はぁ……妬いちゃうな。」
「…何年言ってるのその台詞。」
「…………」
夏油の指が洸の首輪に触れた。
輝きを放つ石がキラキラと揺れる。
そしていつものように腕が伸びた。
「"きょうだい"……ね。」
「ちょ……苦しいんだけど……相変わらず……」
「"私は君を愛してるよ。"」
「スープ……注げない……」
「"悟よりも、絶対に。"」
"マジでいい加減にして欲しい"なんて脳内で呟く。
いちいち一つ一つの挙動が大きいし、苦しいなんてもんじゃない。
耳にかかる吐息も絡みつく大きい手も腕も、既に慣れている事なのだが心地いいものでは無い。
夏油から滲み出る嫌な気配。嫉妬や憤怒、それはいつまで経っても変わらない―――
「あーーーっ!また夏油様と洸姉がイチャイチャしてる!」
「ちょっ……ちが……う!苦し……」
「夏油様!姉様が苦しがってるよ?」
美々子と菜々子の手が夏油の腕を引き、洸から引き剥がす。
「ただの抱擁なんだが……」
――――"狡い"
「ていうか!夏油様も手洗ってよ!」
「洗わないとお昼ご飯抜き!」
「……はいはい。うちの娘たちは煩いね?」
―――――――"狡い"
洸から引き剥がされる夏油は姉妹の言うことを素直に聞きいれ居間から離れる。
「あー……助かったよ美々菜々。」
「洸姉ばっかり狡い!!」
「菜々子、姉様も望んでるわけじゃないし。」
「でも狡いもん!美々子もそう思うでしょ?」
「……少しだけ……思う。」
「ほら!美々子もそう思うって!」
「……あのねぇ、2人とも……」
まるで親子喧嘩だ。
娘達が母親に口答えするような。
そしてそれに"参った"と言わんばかりの疲れた顔。
「私とあの人はただの先輩後輩だった訳で、2人が思ってるような関係でもなんでもないの。」
「先輩後輩っていうのも狡い。」
「……菜々ってば、もう。」
ツーンと口を尖らせる菜々子の両肩に触れると困ったように眉を下げる洸。
そんな姉妹の反応を見ていると、どれだけ夏油がこの2人に愛されているのかが明白だ。
「菜々、そんな私のことは嫌い?」
「別に……そーいうことは……ないし。」
「美々は?」
「嫌いじゃないよ、絶対。」
なんとも言えないような、ムスッと不貞腐れたような顔はたまらなく愛おしさを感じていた。
夏油に勝ることは無いだろうが、同じく姉として慕ってくれる2人の姉妹。
夏油に救われた姉妹。
恐らくは離反のきっかけのひとつにもなったであろう姉妹。もし、この2人がいなかったら。夏油が違う選択肢を選んでいた可能性もある。
―――"可能性"なんて。
私は何を考えているのだろう。
「ん。喧嘩はそこまでだよ。」
ふわりと漂う夏油の匂い。
その大きな体は姉妹を優しく抱擁した。
「げ、夏油様!」
「ツ…………」
「美々子、菜々子。私は君たちの事も愛しているよ。」
艶のある声が優しく姉妹を包む。
愛おしくてたまらないと、互いが擦り寄る姿。
「ね?洸。」
「……」
「私たちは"家族"なんだ。」
ニコッと嗤う。夏油の顔。
洸も応えるように口元を緩ませる。
「((……全く。家族家族って……))」
「((私に対しては、まだ疑念を持ったような目を向ける癖に―――))」
「((ま、……しょうがないか。))」
かぞく
きょうだい―――
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「あのような貧弱な人間を守って何になる?」
「……」
「答えろ、五条洸。」
顎を掴む男の手に更に力が加わる。
強引に更に引き寄せられると呪いの王の気味の悪い薄笑いが目の前に現れた。
「……あの2人は私の大切な家族。護る責任が私には有る。」
「家族、か。」
「…………」
「だから、貴様は―――そうか。
……やはりそうだ……ククッ……ハハハハハッ!!!」
轟く笑い声。
洸はただただ無表情で男を見上げるのみ―――
「……何がおかしいの、"宿儺"。」
「五条洸。……いいや、違うな……そうだな――」
"両面宿儺"は興奮にじっとしてはいられないような顔つきで見下ろしていた。
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