五条兄妹   作:鈴夢

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宣戦布告

 

 

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―――2017年 12月3日

午前11時24分―――

 

 

"呪術高専東京校"――上空にて

 

 

 

 

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「((……嗚呼、帰りたい。))」

 

都内の奥地"筵山麓(むしろやまふもと")の山間に位置する"呪術高専東京校"。

 

 

―――なんて、覚えのある台詞を脳内で約10年ぶりに再生する洸。入学した当日も同じような感情を抱いていたことを思い出した。

 

今日という日を待ちわびていたはずなのに、ついにこの場所に来てしまったことに嫌気がさしてしまった。怠い訳では無いのだが……これから起こるであろう事態にため息を漏らす。

 

 

「……どうしたんだい?洸。」

「別に何でもないよ。」

「そんなに身構えることないよ?今日の目的は宣戦布告……そして乙骨憂太への接触だ。」

 

 

鳥型の呪霊の上に立つ2人。

視線を落とせば広大な山々の景色。その中に姿を現す呪術高専東京校―――

 

 

「殺し損ねた兄に会うのが怖いかい?」

「それはないよ。」

「……じゃあ七海?」

「…それもない。」

 

興味が無いと言わんばかりの無表情。しかし僅かに視線が揺らぐ。夏油がそれを見逃す訳がなかった。

 

 

呪術師という道から1度は逸れた七海。だが再び彼は一級術師として戻ってきたのだ。

その理由が"彼女"にある。

 

七海が洸の事を思っていた事。

夏油はそれを当時からハッキリと理解していた。

 

時折見せる彼らしくない表情。

洸だけに向ける視線、空気。

灰原を慕っていた洸に嫉妬の色を向けていたことも―――

 

 

夏油は全て"分かっていた"。

 

 

 

 

 

「ま!気楽にいこうじゃあないか。」

 

「…………」

 

 

「期待しているよ?洸。」

 

 

夏油の柔い声色の中に込められた覚悟。

洸はちいさく頷くと空を舞うように呪霊から飛び降りた―――

 

 

 

 

 

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同時刻―――

呪術高専東京校 正面ロータリー

 

 

 

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透き通るような淡い水色の十二月の空。

穏やかな午後―――

 

 

 

 

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「…………」

 

 

 

 

「ん?どーした?憂太。」

「…えーーっと……

なんかちょっと嫌な感じが……」

 

 

「気のせいだ。」

「気のせいだな。」

「おかか。」

 

「えぇ〜!ちょっと皆ぁ!!」

 

 

 

 

「だって憂太の呪力感知超ザルじゃん。」

「まぁ、里香みたいなのが常に横にいりゃ鈍くもなるわな。」

「ツナ。」

 

 

 

 

 

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「――いまだ夏油と洸の動向はつかめん。やはりお前の杞憂じゃないのか?」

「"学長"。残念ながらそれは有り得ないです。直接現場を確認しました。」

 

 

昨日の出来事。

1年で唯一の二級術師である狗巻に指名の依頼が入ったとある任務。そしてこの任務に、狗巻のサポートとして乙骨もついていくこととなった。

 

 

場所は"ハピナ商店街"。

ほぼシャッター街となっており、大型ショッピングモールを誘致するために解体する計画が進行。それなりの呪霊が待ち構えていたのは予想の範囲内だが妙なことが起こったのだ。

 

高専関係者が張ったものでは無い帳が現れ、商店街内に狗巻と乙骨が意図的に閉じ込められたのだ。

 

そしてそこに残されていた"もの"

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――"僕"が傑の呪力の残穢を間違えるわけないでしょ?」

 

 

微かに残っていた"夏油傑"の呪力の残穢。

……となるともうひとつの可能性も考えられる。

 

 

 

「……そこに"洸"も居た可能性は?」

「知っての通り、僕は昔から"(アイツ)"の呪力を掴むことができない。…だけど……"分かる"。」

 

 

間違いなく彼女も居たこと。

確定では無いが悟は分かっていた。必ずあの場所にいたと。

 

 

 

「んー……傑…、洸――」

「ッ……」

 

 

刹那、2人の瞳が何かを感じとったのか機敏に反応を見せた。

 

 

「ガッデム!!噂をすればだ!」

「………」

「校内の準一級以上の術師を正面ロータリーに集めろ!!」

 

 

夜蛾は悟の返答を聞く間もなく部屋から飛び出した。

 

それもそのはず。高専内に複数の怪しい呪力が侵入してきたのだ。

 

うち1つは夜蛾も悟もハッキリと分かる――夏油傑のもの。きっと洸も居るに違いない、

 

 

 

「――兄妹喧嘩は御免だよ、洸。」

 

 

悟は平坦な声で呟いた。

 

 

 

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中央ロータリーを仲睦まじく、愉しげに歩く4人。

 

しかし、何かが上空から現れたその時。

それぞれの表情が驚きと困惑に包まれた。

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

突如現れた白い髪の女。

ラフなカジュアルなデニム、Tシャツ姿。ゆらゆらと揺れる結われた長い髪の毛。腰に差した日本刀。

 

 

そして不気味な程に女から呪力も何も感じないのだ。此処に現れたという事は何かしらの関係者。呪術を扱う者だというのは確実だろう。

 

ただただこちらを見すえる不気味な気配。

"本能がこの女に近づくな"と言うように警告を鳴らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「…何もんだ?見たことない奴……だよな……」

「………何か…見た事あるような気も…」

 

違和感を抱く真希とパンダ。

 

炯々と光る赤。

その瞳は静かに4人を捉える。

 

 

「明太子?」

「え?パンダ君あの人と知り合い?」

「なわけねぇだろ。パンダに女の知り合いなんて―――」

 

 

"誰かに似ている"

 

見た目も、雰囲気も……

誰だ……何者だ。

 

誰しもがそんな事をグルグルと巡らせていたその時。

女の更に後ろに鳥型の巨大な呪霊が舞い降りた。

 

複数の妙な呪力。

"3人"は即座に対応すべく体勢を整えた、

 

 

 

 

「…やっぱり関係者…じゃねえよな?」

「見ない呪いだしな。」

「すじこ。」

 

「わ〜!でっかい鳥!」

 

 

呪具を構える真希

手にグローブを装着し構えに入るパンダ

隠されていた口元を露わにする狗巻

……現れた呪霊を呑気に見つめる乙骨……

 

 

 

 

 

 

 

 

「…変わらないね…呪術高専(ここ)は。」

 

 

袈裟の男、夏油も同じくしてロータリーへと降り立つ。

 

 

「どうだい?久しぶりの母校は。……いや、洸はそうでも無いね?この前来たばかりだ。」

 

 

洸の横へと並び同じく4人を穏やかな表情で見据える夏油。すると背後の呪霊の口から"家族達"も降り立つ。

 

 

 

「うぇええ〜 夏油様ぁ、洸姉…本当にココ東京ぉ?…田舎くさぁ」

「菜々子、失礼。」

「えーっ?美々子だってそう思うでしょ?」

 

 

"美々子、菜々子"。

 

 

「んもぅ!さっさと降りなさい!」

「だってぇ〜――――」

 

上半身裸でハート型のニプレスを付けた、筋骨隆々の呪詛師。"ラルゥ"

 

 

異彩を放つ白い女、袈裟の男、制服姿の少女2人……オカマ。

凸凹であべこべ過ぎる謎の集団―――

 

 

 

 

 

「…何だ…アイツら…」

 

呪具を握る手に無意識に力が篭もる。

真希は呪力を感じなくとも彼らが"一筋縄でいくような奴らじゃない"と雰囲気を感じ取っていたのだ。

 

とくに……袈裟と白い女。

 

 

 

 

「あーー!パンダだ!かわいい〜〜!!」

「菜々子、あんまり"それ"使わないの。」

「別にいーでしょ?洸姉。術式は使わないからさ?」

 

 

菜々子は持っていたスマートフォンを躊躇することなくパンダに向け何度も撮影し始める。

 

"そんな異様な光景"。

高専にたったこの人数で侵入した彼らは恐れることなく躊躇することなく自由に行動していることさえ不気味だった。

 

 

 

 

「オマエら何者だ!侵入者は憂太さんが許さんぞ!」

「こんぶ!!」

「憂太さんに殴られる前にさっさと帰んな!」

 

「えぇっ!?ちょっ!皆勝手に―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、目に見えぬスピードで乙骨の前に現れる大きな影―――

 

 

 

 

 

 

 

「はじめまして、乙骨君。私は夏油傑。」

「えっあっ……はじめまして……?」

 

夏油の手が乙骨の手を強く握り締め、握手を交わす。咄嗟の出来事にパンダ達は驚きを隠せない。

 

 

 

「「「((早い!!!))」」」

 

 

乙骨と夏油から少し距離をとる3人。

ただならぬ気配を夏油から感じていたのだった。

 

 

 

 

「……乙骨憂太君。君はとても素晴らしい力を持っているね。私はね、大いなる力は大いなる目的のために使うべきだと考える。」

 

「?」

 

「今の世界に疑問はないかい?一般社会の秩序を守るため呪術師が暗躍する世界さ。」

 

 

つらつらと早口で語り始める夏油。

一体何のことを話しているのか?自分に何を伝えたいのか全く理解が追いつかない乙骨。

困惑気味で微かに首を傾げながら乙骨は目の前の男を見上げることしか出来ない。

 

 

 

「……つまりね。強者が弱者に適応する矛盾が成立してしまっているんだ!なんって嘆かわしい!」

 

「は……はぁ……」

 

「万物の霊長が自ら進化の歩みを止めてるわけさ!ナンセンス!そろそろ人類も生存戦略を見直すべきだよ!」

 

 

 

夏油はぞくぞくと躍るような気分だった。わざとらしいリアクションを見せつけ、目は興奮に輝く。

 

そしてその傍ではじっと覚めた視線で夏油を見据える洸が立っていた。

傍から見れば、やはり"異様"だった。

 

 

 

「だからね、君にも手伝って欲しいんだ。」

「…何をですか?」

 

乙骨は男の様子にゴクリと息を飲み、力強く掴まれたままの手を振り払うこともできないまま問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"非術師を皆殺しにして呪術師だけの世界を作るんだ"。」

 

 

夏油の言葉に4人は体を強ばらせた。

理解不能、イカれた台詞。

常人には全く思いがつかないであろうその台詞―――

 

 

 

「((何…))」

「((言ってんだ?))」

「((…………))」

 

真希、パンダ、狗巻。

不思議なものを見せつけられたように茫然として、声すら出せない。それぞれの眉間に胸騒ぎめいた黒い影が漂う。

 

 

 

 

 

 

「さ。乙骨君。私達と共に―――」

 

 

 

 

 

 

「"僕"の生徒に……イカれた思想を吹き込まないでもらおうか?」

 

 

 

 

現れた男の声が明瞭に聞こえ、辺りに響き渡る。

芯のある整った声。そして同時に四方八方に現れる高専の呪術師の姿。見覚えのある顔がちらほら確認できる。

 

洸は無意識に腰に差していた刀に手を添えた。

 

 

 

 

「悟ー!久しいねー!」

 

 

乙骨の肩に腕を乗せ、のらりくらりとした満面の笑みを零し、かつての親友"五条悟"に手を振る夏油。

男は至って動揺することも無く、むしろ余裕しか見せなかった。

 

 

 

「まずその子たちから離れろ "傑"」

 

「へぇー、今年の1年は粒揃いと聞いたが。……なるほど、君の受け持ちか。」

 

夏油の大きな黒い瞳がギロリと動く。

捉えるのは悟の生徒達の姿。

 

 

「特級被呪者、突然変異呪骸、呪言師の末裔――」

 

 

乙骨、パンダ、狗巻―――

 

 

「そして……"禪院家の落ちこぼれ"。」

 

 

小馬鹿にしたような意地の悪い笑みを真希へと向ける夏油。真希は耐えられず呪具を容赦なく構えると荒々しく声を上げた。

 

 

「っ!テメェ!」

 

「発言には気をつけろ。君のような猿は私の世界には要らないんだから。」

 

「ンだとっ!?ふざけんじゃねぇ!!」

 

 

 

―――"禪院真希"

洸はハッキリと見覚えがあった。といってもまだ幼かった頃の彼女だが。

 

呪いも見えず、呪力もなくこの世に生まれてきた彼女。しかも運悪く"禪院"に生まれてしまった彼女。

 

家族たちに蔑まされ、苦しんでいたあの時の姿。それを救おうと無意識に駆け出した"あの時"の出来事が無意識に脳裏に浮かぶ。

 

「…………ッ……」

 

鞘に乗せられていた洸の手が微かに動いたその時―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい。夏油さんが言ってることはまだよく分かりません。……けど――」

 

 

乙骨憂太は夏油の手を振り払う。

 

 

 

「―――友達を侮辱する人の手伝いは僕にはできない!!!」

 

 

自制できないほど震える怒りを持ったような乙骨から感じる。先程まで弱々しく丸くなっていた青年が嘘のようだった。

乙骨は睨み殺しでもしそうな眼つきで夏油を見据えていた。それは、まるで燃える火の塊のように見えた。

 

 

洸はその姿を見て何故か安心していた。

……理由は、ハッキリ分からない。

だけどホッとしていた。

 

 

 

 

 

「………フゥ…すまない。君を不快にさせるつもりはなかった。」

 

乙骨から離れ、洸の隣へと移動する夏油。

2人の正面には悟の姿があった。

 

 

 

「じゃあ一体どういうつもりでここに来た?――なぁ洸?兄ちゃんに理由を話してくれる?」

 

「…"宣戦布告"だよ。"お兄ちゃん。"」

 

洸の言葉に回りの呪術師達は更に警戒を強めた。

 

しかもその面子が準1級以上となればかなりの戦力。四方八方を囲まれた夏油一派に、もはや逃げ場は無い。

 

 

 

 

 

 

「今……あの女"お兄ちゃん"って……」

「ああ、間違いなくそう言ったな。」

「おかか。」

「えっ!?五条先生の……妹さん?」

 

 

悟と同じ白い髪、白い睫毛

 

青と対比する赤い瞳

 

目鼻立ち整った美しい顔

 

 

 

"間違いなく五条の血を持つ者としか思えない"

 

 

 

 

「へぇ〜宣戦布告ね?……ていうか、この前の兄妹喧嘩マジで殺されるかと思ったよー。」

「………………」

「ははっ、相変わらずそーいうのは無視すんのねー。久しぶりの再会なのに相変わらず冷た。お前。」

「………」

「……"洸"。」

 

 

 

洸の表情は一切揺らがない。

しかし……遅れて現れた人物の姿が目についたその時、

全身がひやりとして、心臓は電撃を受けたような衝動を感じた。

 

 

「…………」

 

 

悟の斜め後ろ辺りで立ち止まるスーツの男。自分を真っ直ぐと見据える男の視線。10年振りの再会―――

 

"七海建人"

 

 

 

身なりも大きく変わっている相手に洸は微かに動揺を見せた。そしてこちらを見据える強い視線に対し、自らも鋭い睨みを突きつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「傑、洸。分かってると思うけどお前たちには総監部から通達が出てる。」

 

「即処刑…だったかな?本当に総監部は血も涙もない連中だね?」

「それ相応のことをしてきたんだ、当たり前だ、」

 

「ハハッ……御三家、五条の血を持つ長女。死刑執行人はその実兄になるかもしれないのに。酷いものだ。」

 

 

夏油の手が洸の頭へと乗せられる。

そして慈しむように優しく頭を撫で、サラリと結った髪の毛に指を通した。

 

 

昔とは違う2人の距離感。

それを目の前にして顔には一切出さないものの、悟の心情は怒りに近いような何かが溢れていた。

 

 

 

「……ここでお前達を逃がすつもりは無い。」

「へぇ〜そっか。……ま!とりあえず目的は果たさせてもらうよ?」

 

 

 

その場の空気を一変するように夏油は大きく手を叩いた。

そして同時に、意を決した様な真剣な面持ちに変化すると力強い声で"宣戦布告"する。

 

 

 

 

「お集まりの皆々様!耳の穴かっぽじってよーく聞いて頂こう!」

 

 

夏油の声が更に轟く。

 

 

「来る12月24日!日没と同時に我々は"百鬼夜行"を行う!場所は呪いの坩堝"新宿"!呪霊の聖地"京都"!各地に千の呪いを放つ。下す命令は勿論"鏖殺(おうさつ)"だ!」

 

 

呪術師達は表情を歪め、各々が体勢を整え始める。正に一触即発だ。

 

 

 

「……地獄絵図を描きたくなければ死力を尽くして止めに来い。―――思う存分……"呪い合おうじゃないか"」

 

 

 

夏油の悪魔のような不敵な笑み。

 

それを皮切りに双方が動きを見せた。

 

 

 

 

 

 

「"七海"。」

「分かっています。」

 

 

「"洸"。」

「分かってる。」

 

 

 

動く2つの影。

それは互いの主を守るかのように、凄まじいスピードで互いの呪具がぶつかり合った。

 

 

 

「くっ……」

「……ッ……!」

 

 

鉈のような呪具、そして妖刀。

凄まじい力が互いから放たれると辺りの空気に一気に緊張感が走った。

 

 

「((何て力だ!…明らかに高専に居た時と違いすぎるッ…))」

 

 

洸の力に表情を歪める七海。男に余裕は一切見られない。予想以上の彼女の力。元々とんでもない力を持っていたのは間違いないが"ここまで"変化していることに驚きを隠せない。

 

七海との体格の差は歴然。

光も華奢とは言えない体つきをしているが"一体どこからそんな力が出てくるのか"と不思議で堪らない程だった。

 

 

 

 

「……建人。」

「洸さん。」

 

約10年振りに交わる目と目。

久しぶりに彼女の声で呼ばれた自分の名。

 

 

「…お願い。今は下がって。」

「貴女を此処で逃がすとでも?」

「今ここで闘いたくない……建人。」

 

その言葉と共に洸の額に悲痛な曇りが広がっていく。

 

相手の同情を引くような"狡い"顔―――

 

 

 

 

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"―――建人!"

 

 

 

 

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―――10年前の、あの頃の、花のように可憐な笑顔を零す洸の表情が重なってしまう。

自分の名を呼ぶ声が………脳内にいやに響く。

 

 

 

「((……っ…………洸―――))」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――っ!七海!下がれ!!」

 

 

 

刹那、柔い可憐な洸の面影を真っ二つにするような鬼気迫った悟の声が大きく響いた。

それに即座に反応する七海は慌てて身を引くと、夏油の術式によって現れた呪霊達が次から次へと現れ始める。

 

 

 

 

「悟……君も酷い事をするものだねー。」

「傑……」

 

 

洸を胸の中へと抱き寄せ、呪霊を操作する。

 

 

「七海を使って洸を止めれば……彼女が素直に引き下がるとでも思ったのかい?」

「お前もだ、傑。七海が動くとわかった時、直ぐに洸に指示を出したな。」

 

 

悟と傑の睨み合い。

それは周りの呪術師たちが思わず後退するほど恐ろしいものだった。

 

 

 

「……君は残酷だ。洸と七海の関係性をわかった上でやってるのかい?だとすれば最低だ。」

 

 

夏油の胸に収まる洸の表情が僅かに困惑に揺れていた。そんな妹の姿に、悟は荒々しいものが疾風のように心を満たす。

 

僅かに垣間見える"洸の本心"に胸が締め付けられそうだった。

 

 

 

「それに彼女は変わったんだ。もう君の隣を、君の後ろを着いて回るような健気な妹じゃない。」

 

「……はは……どうかな?」

 

 

悟は必死に平然を保つ。

しかしその心情は酷く荒れ果てていた。

 

 

 

「……何?」

「勘違いするな。洸と僕は"血の繋がった兄妹"だ。」

「…………」

「"俺"の妹なんだよ。……傑。」

 

 

 

久しぶりに聞く一人称。そしてその台詞に、夏油は無意識に憎しみに満ちた目を突き刺す。

 

傑も同じく、七海が過去の洸を思い出した時のように過去の悟の姿を脳裏に映した。

 

 

……なんの根拠もない"最強"だなんて口にし、ケラケラと呑気な笑みを浮かべる悟。

適当で、何に対しても"なんとかなる、どうでもいい"と思っているような素振り。

 

しかし、妹となれば話は違った。

洸が高専に来たあの日から"五条悟の違う姿"がやたらと目につくようになった。

 

 

どんなに手を振り払われても、鬱陶しいと連呼されようがお構い無し。どんな時もその青い瞳に洸が映っていた。

 

嗚呼……何だったかな。そうだ。

"棣鄂(ていがく)の情"と喩えた気がする。

 

仲睦まじい兄妹の情愛。

どんなに離れても、いがみ合っても

結局は血の繋がりが全てを繋ぐ。

 

 

 

 

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"……俺さ、アイツのためなら何だってできるんだよねー……"

 

 

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実の妹に刃を剥かれようと、睨まれようとも、決して壊れないその絆が憎い。

 

そしてそれを自信満々に、意気揚々と口にする男が……

 

 

―――"嗚呼、憎い"

 

 

 

 

 

 

だから奪った。

だから壊した。

 

 

……だが、……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……"傲慢"だよ。君は……本当に。」

 

 

 

更に増える呪霊達。

まるでそれは彼の憎しみの強さを現しているようにも見える。

 

 

 

 

 

「……洸は私のだ。」

 

「…………」

 

 

 

夏油は消えそうな声でそれを呟き、洸と共に踵を返す。共に現れた鳥型の呪霊の元へと向かう2人に直ぐに迫ろうと悟が動き出すも、呪術師や生徒たちが惑う声が聞こえ始め、ピタリと足を止めたのだった。

 

 

 

 

 

「賢明な判断だ、悟。…お仲間や可愛い生徒たちが私の間合いだよ?」

 

「……ッ……」

 

 

 

遠ざかる妹の背中。

顔は見えない。

 

 

 

 

「それでは皆さん……戦場で。」

 

 

夏油に引かれ呪霊の中へと消える洸。

 

その瞬間、ほんの一瞬だけ、微かな赤い瞳が悟を捉えた。

 

 

 

 

 

 

「……洸。」

 

 

 

妹の目は何の邪心も虚飾もない、純粋なうつくしい瞳だった。澄んだ眼差し、心をのぞき込むような赤。

 

 

深く隠された感情がきらきらとひらめくような目―――

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あぁぁぁぁぁあぁ!!!クッソがぁぁぁ!」

 

真希の叫び声がロータリーに大きく響いた。

その傍らでは疲れた顔で反転術式を使う家入の姿。

 

 

「…真希。動かないで。」

「ちゃんと言うこと聞けよー?真希。」

「しゃけしゃけ。」

「ぼっ、僕も手伝います!家入さん!」

 

 

夏油一派が去り、放たれた呪霊達を一掃した高専の呪術師達。幸いにも命を落としたものは居なかったが負傷者は多数。

 

大した数の呪霊では無かったがこの短時間でこの被害。

 

夏油達のいう"百鬼夜行"とやら―――恐らくこれ以上の被害が出るのは十分に想像が着く。

1000の呪い……それはあくまでも概算に過ぎないだろう。京都と新宿に放たれる呪霊達は更に恐ろしいものに決まっている。

 

 

 

 

「マジで何なんだよアイツら!クッソ!ムカつく!!!」

「まっ真希さん!落ち着いて……」

「落ち着いてられるかよ!こっちは"あんなこと"言われて苛苛してんだよ!」

 

 

"禪院家の落ちこぼれ"だなんて真希にとってはそれ以上の蔑まされる言葉は無い。"ぜんいん"というワードだけでも虫酸が走るのに、しかも相手は全く知らない男だ。余計に腹が立って当たり前だった。

 

そんな荒れ狂う真希を横目にパンダは傍に立っていた悟に声をかける。

そしてあの2人について、何か知っているのだろうと分かっていた。

 

 

 

 

「……悟、何か知ってるんだろ?」

 

「あぁ。―――中心にいた袈裟の男は史上最悪の呪詛師"夏油傑"。因みに僕と同じ特級だ。」

 

リーダー格と思われる袈裟の男。

やはりあの雰囲気は只者ではなかった。

現在、特級術師は悟、乙骨、九十九、……そして夏油の4名。

 

あの悟でさえも容易に手出しできなかった理由はそれなのか。……いいや、それだけじゃない。

パンダはもう1人の白い女を脳裏に浮かべた。

 

 

 

「あの白い女。妹ってのは本当なのか?」

 

目隠しをしている悟の表情は上手く読めない。だが、微かに感じる微細な感情にパンダは敏感に気づく。

 

 

「うん、そうだよ?―――実はさぁ〜?この前の大怪我はアイツに負わされたんだよね〜。」

 

「えぇ!?本当に!?この前のですか!?」

「うん、マジマジ。大マジよ〜憂太。」

 

 

数ヶ月前に"あの五条悟が負傷した大事件"。

まさかその首謀者が妹だったとは誰が想像できただろうか。

 

 

 

 

 

「……へぇ。私も久しぶりに会いたかったな"洸"。」

「え?家入さん、あの女のこと知ってるんです?」

「そりゃ勿論。10年ちょっと前、あの子も真希と同じこの学校の生徒だったんだから。」

 

「要するに、僕の妹でもあるし後輩でもある。硝子の後輩で……そんでもって―――」

 

 

悟の視線がとある男へと向けられると同時に、全員の視線が同じく一点に向けられた。

 

 

 

 

 

「―――七海の同級生って訳。」

 

 

悟の台詞に全てが繋がる。

 

先程ぶつかり合った2人の姿も傍から見ると少し"変だった"。ただの関係性では無い雰囲気。その2人の間だけ違う空気を纏っていた気がしていた。

 

 

 

 

 

 

「……ゴメンねー七海。」

「何がです。」

「何って、洸だよ。」

「貴方が考えていることは大体分かっていましたよ。だから最初から動きやすい位置に居たんです。五条さんからのサインがあれば、直ぐに彼女を止めようと考えた迄ですよ。」

 

 

淡々と、無表情のまま七海は言葉を並べるのみ。何を考えているのかは誰しもが理解不能。いつも通りの七海だった。

 

 

 

「はぁ……七海相手なら多少はアイツも怯むかな〜なんて思ったんだけど。ダメだったね。」

「やっぱりそれを考えていたんですね。相変わらず性格が悪……」

「冗談冗談!たまたまだって、七海。」

 

ケラケラと陽気に笑う悟に深いため息を吐く七海。

 

七海と洸が同級生、それ以上の関係は不明。そんな夏油と洸の事を漸く理解し始めたパンダ達は形容できない妙な表情をしたまま悟を見据えていた。

 

 

 

「……しっかし"12月24日"ね〜。本当に性格悪いよ、傑。」

 

 

気だるそうにポケットに手を突っ込み曇り空を見上げる。だらりと首を落とし、やりきれない疲れたため息を盛大にわざとらしく吐くと、最後にある言葉を呟く。

 

 

 

 

「よりによって"アイツの誕生日"。……最悪だっての。……本当に…」

 

 

 

 

怒りとも落胆ともつかない感情が無性に入り交じる。

 

 

そして隣で立ち尽くす七海も同じ感情を胸の内で濁していた。

 

赤く光るあの目が。微細な本音を漏らすようなあの赤が―――

 

 

 

 

 

酷く胸を揺さぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

作者コメント、、

 

 

いよいよここまでたどり着きました。

いつもコメントやお気に入り登録、DMや熱いメッセージなどなど本当にありがとうございます!

 

ところでところで……洸の術式にそろそろピンと来た方とかいらっしゃいますか?

 

 

次話もお楽しみに。。

 

 

 

 

 

 

 

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