五条兄妹   作:鈴夢

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百鬼夜行――壱

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――2017年 12月25日

深夜未明――

 

 

 

呪術高専東京校 "??????"

 

 

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じっとりと汗ばんだ体。

長い白銀の髪の毛はだらりと垂れ、壁のように顔の周りを覆う。

 

そして頭の中には例えようのない疲労と倦怠。まるで雪曇りの空のようなどんよりした影を落としていた。

 

 

「((……体が動かない……重い……怠い…………))」

 

 

目をまわした時のような奇妙なものが永遠に続いているような感覚。それに足が鎖を引きずっているように重いし動かない―――それもそのはずか。なんせ今自分の体は椅子にしっかりと縛られていた。両足には特殊な呪札が込められた鎖、恐らく手首に巻かれているものも同じだろう。

 

 

「……ッ…………」

 

その女はだらりと落ちた上半身を持ち上げる。すると霞む視界の先の人影が"緋眼"にはっきりと映った。

 

 

 

 

「おはよう。」

 

 

 

猫撫で声に似た艶っぽい、甘ったるい声。

 

 

 

「……洸。」

 

 

全身黒ずくめの見慣れた男の姿"五条悟"。

 

憎いほど美しい碧眼が落ちぶれた自分を見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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――12月24日 百鬼夜行当日

日没前 新宿"南改札"付近――

 

 

 

 

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一般人完全退避後の新宿の街は気味が悪いほど静まり返っていた。

帳が降ろされた区域内には黒い服を纏った高専の呪術師やOB達、現役の生徒までもがありとあらゆる場所に佇む。

 

 

 

「さぁって。僕の妹は何処かな〜……」

 

 

 

そして夏油の家族達の姿――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……1人、面倒くさそうな奴がいるな。」

 

最前線に立つのは特級術師の五条悟。夏油の仲間と思われる呪詛師をひとりひとり目視すると明らかに異様な雰囲気を漂わせる異国人の呪詛師を見つけた。

 

視線がぶつかり合う2人。

異国人の呪詛師――"ミゲル"。前もって聞かされていた五条悟という人物を確認すると表情を変えることなくじっと見据え続ける。

 

 

「……成程。アノ包帯ガ"洸"の。」

「ええ、他は私たちで引き受けます。頼みましたよ?ミゲル。」

 

ミゲルの横には菅田の姿もあった。

悠々と腕を組み、冷静さを保ったまま余裕を浮かべ、いつもの様に品のあるワンピースと高いヒールを履きこなす。

 

 

 

 

「嫌ナ役回リダ。」

「仕方ないでしょう――」

 

 

 

菅田の目付きが鋭いものへと変化していく。帳の外を照らしていた夕陽の明るい色が徐々に消え、日が落ちていく。

 

そして刹那、ジワジワと辺りに現れる無数の呪霊達――

 

 

 

 

「……だって……"あの()"――」

 

 

女はその言葉と共に眉間にくっきりと皺を寄せ、得心よいかないような不穏な表情を浮かべたのだった。

 

 

 

 

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――同時刻 新宿"ゴールデン街付近"

 

 

 

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「――ねぇ、ラルゥ。やっぱり洸姉が居ないんだよ。」

「姉様……何かあったのかな。」

「ンもう!しっかりしなさい!洸ちゃんは傑ちゃんから別のお願いをされてるかもしれないでしょう!?」

 

「「…………」」

 

ゴールデン街の細道を歩く3人。姉妹はいつもの溌剌とした顔を厳粛に曇らせ、その背後では呆れたようなため息を漏らすラルゥの姿があった。

 

今から戦が始まるというのに――姉妹は手を繋ぎ、悲しそうに眉を顰める。

 

 

 

「……今日の朝……夏油様悲しい顔してた。」

「姉様が何か言ってたの。でも何話してたかは分からなくて……」

「洸姉も……見たことない顔してて……」

 

 

 

 

――姉妹の脳裏に浮かぶのはアパートの玄関に立つ2人の姿。

 

こっそりと居間から覗き込むもボソボソと話すふたりの会話は全く聞こえない。

いつもと違う2人の表情。夏油の大きな体が洸を抱きしめ、洸も応えるように優しく腕を回していた。まるでその世界だけ時が止まったかのように動かない。だが壁にかかっていた電気時計に目を移すと針は間違いなく動いていた。……奇妙だった。

 

 

 

 

見た事のない、2人の笑顔――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いい?美々子、菜々子。私たちは私たちで成すべきことを果たすのよ。」

「「…………」」

 

 

「"しゃんと"なさい!!」

 

 

ラルゥは意気揚々と声を上げ、背後から姉妹の背中を強く叩く。そして2人の手を強く握りしめると細道の先に広がる大通りに視線を向けた。

 

 

「傑ちゃんも洸ちゃんもきっと大丈夫。私たち家族を誰よりも想ってくれてる2人でしょう?」

「……ラルゥ……」

「…ん……そうだよね。……」

 

 

この状況がどのように転じても"あの2人"は自分たちを捨て駒のように扱うことは無い。きっとそれぞれに自分たちが知る由もない何かを抱えているのだ。

ならば……私たち家族が信じなくてどうする。夏油と洸を護るのも私たち家族の役目だ――

 

 

 

「――いざ、開戦よ。」

 

 

 

3人の視線の先に映る、ゴールデン街の大通り。

多数の黒い影、感じる複数の呪力。

 

 

 

 

今まで抑えに抑えてきた自分自身にさえ訳のわからない烈しい力が、火山の爆発のように3人の胸に噴き上げるのだった。

 

 

 

 

 

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――同時刻

京都タワー 131m地点 ――

 

 

 

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「はぁ〜〜物々しい雰囲気やなぁ〜……」

 

 

京都の街を一望できる京都タワー展望台――の更に上。塔の先端部分のスペースに姿を現すのは禪院直哉。柵に腕を乗せ、のらりくらりと視線を動かす。

 

 

 

 

目の前に広がる美しい景色。南北の通りと東西の通りが垂直に交わる碁盤の目。美しい自然と長い歴史に育まれた京都の街を守るための"新景観政策"によって建造物の高さも低い為"全てが見通しよく確認できる"。

 

 

一般人の姿はなく、確認できるのは黒ずくめの呪術師のみ。皆、戦闘態勢へと入っていた。

 

本来であれば自分もあの場所にいたのだろう。だが、今回の件に関して禪院家は無関与。手出ししないにしても観覧するのは自由だろう?なんて呑気に考えていた。

 

 

 

「少し冷いけど観戦するんにちょうどええ場所や。でもせっかくなら……べっぴんさん引き連れて一緒に…」

 

 

顔から力を抜かせ、ヘラヘラと幼子のように頬を緩ませたその刹那――

 

 

 

 

 

 

 

「……へぇ。相変わらず趣味悪いね。」

 

 

強い風が吹き荒れると同時に直哉の鼓膜に甘く澄み切った懐かしい声が飛び込んだ。

 

 

「――ッ!?」

「"直哉(アンタ)"」

 

 

日没迫る夜空を背に、女は呆気に取られる男を見下ろす。柵に器用に乗せられた両脚、風に靡くスカートの裾、腰に差した妖刀の気配、ゆらゆらと揺れるのは結われた長い白髪、真っ赤に染った"瞳"――

 

 

直哉の目の前に現れたのは"五条洸"だった。

 

 

「なっ!……あ…………」

 

 

狼狽の色が男の顔に動く。

あまりにも突然の出来事に喉が塞がり、暫く何も言う事ができなかった。

 

 

「何?その素っ頓狂な顔……」

「なっ、なっ!なンでココにおんねん!?オマエは東京やて呪術連のヤツらが口揃えて言いよったで!」

 

京都に居るはずがない人物。

五条洸は最前線の新宿に現れると誰もが予想していたそれもそのはず。新宿には五条悟が居るのだから。

 

 

「マジでオマエ……何しにきッ……ぐッ!!」

「お願いがあるんだけど、イイ?」

 

洸は柵から降りると容赦なく直哉を押し倒し、男の口を手の平で抑え込む。妖しげに嗤う洸を見上げる直哉は彼女の赤い瞳に呑み込まれる。

 

 

「――東京に今居る禪院の関係者……」

「……ン……ぐ……」

「アンタの部下"(ヘイ)"の人間でもいい。」

「……ッ……ぷはっ……!……いや、なんやねん!待ちいや!ホンマに意味わからんって!状況についていけん!」

 

 

相変わらずイカれた女だと直哉は声を荒あげる。突然現れたかと思えばとんでもない馬鹿力に押し倒され、挙句の果てには意味のわからない"お願い"……

そもそも人に物を頼む態度か!?と、あの直哉ですら胸中で叫んでいた。

 

 

 

「で?お願い出来る?」

「……ッ…………」

「アンタにしか頼めないの。……直哉。」

 

自分に跨る女は呪術界で恐れられている"離反者、呪詛師"、現代最強"五条悟"の妹で無下限呪術を扱う御三家の長女。そして"元"婚約者。

 

悪魔的な……しかし天使のように美しい女。

 

まるで咲いたばかりの白い百合の花のような楚楚とした艶かさを持ち合わせ、白い肌に浮かぶ真紅の瞳は"六眼"の青と比例する輝きを放つ。

 

歳を重ねても変わらない姿、言動。人の心を丸ごと吸いとってしまうような恐ろしい女――

 

 

「――ええで。何考えとるんか分からんけど……洸に協力したる。」

「さすが。元婚約者サマ。」

「これで"また"貸しひとつや。相応のもので返してもらわんとなあ?」

「分かってるよ。」

 

満足いく返答に洸はニッと口元で笑みを零す。そして立ち上がるとそのまま直哉の手を引き、2人はタワーの頂上で向かい合った。

 

 

「それともうひとつ。手伝って欲しいの。」

「あァ?」

 

 

 

 

 

 

「"観戦"だけじゃ……つまらないでしょ?」

 

 

洸はトントンと直哉の胸元を指で突く。

すると男は立ち向かうことも出来ず、かと言って逃げ出すこともできない状況に途方に暮れていた。

 

だが、どこか愉しげな悦びのような奇妙な笑みを密かに零す――

 

 

 

 

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――"さぁ、新時代の幕開けだ"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"闇より出でて闇より黒く その穢れを禊払え"――」

 

 

 

 

 

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――日没後

京都 "祇園花見小路"――

 

 

 

 

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街を闊歩する呪い達。

 

月夜に照らされる無数の妖の大行列。

その地獄絵図は正に百鬼夜行――

 

 

 

『――いま なンじですかあアァ』

『みぢかいはりはあ ジュういちいぃイ゙イ゙』

『コロシテええぇええ あげルゥうううぅう』

『――――――』

 

 

迫り来る不気味な呪霊達は容赦なく呪術師達を"鏖殺"していく。轟く悲鳴、血飛沫、バタバタと忙しない足音。

 

祓っても新たな呪霊がとめどなく襲い掛かる。かれこれ30分は走りっぱなし、呪力を放出しっぱなしだった。

 

「っ……祓っても祓っても湧いて出てくるぞ!」

「ただの呪霊といえど階級が違いすぎる!」

「俺ら3、4級の術師だけじゃ間に合わな――」

 

 

大型の1級呪霊が大きな口を開く。

……"ここで死ぬ"と誰もが諦めたその時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前らァァ!!さっさとここから逃げろ!」

 

突如目の前に現れたドレッドヘアが特徴の強面な男。筋肉質の巨体が容易に呪霊を叩き付ける。

 

「あなた達!八坂神社で控えてる術師と合流して!」

 

同時に現れたのは巫女服を纏った女性。男と同じく怯む様子もなければ仲間を率先して誘導する。

 

 

「東堂……さん」

「歌姫さん!」

 

呪術高専京都校3年、1級呪術師――東堂葵

 

呪術高専京都校教員、準1級術師――庵歌姫

 

 

 

 

「――数も階級も異常過ぎる。既に負傷者が溢れてるわ。」

「上級呪霊ばっかりじゃねぇか!ははははっ!!!やり甲斐あるぜ?」

 

「まだ余裕よね?葵。」

「応!!」

 

 

闊歩する呪霊を前に2人の術師は頬に挑むような笑みを浮かべていた。

 

 

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『"加茂"君!東側から大型の呪霊6体が迫ってる!』

『ッ!!誰か援護に来れないか!?こっちが持ちそうにない!』

 

 

無線を飛び交う仲間たちの声。既に余裕はなく、全員が焦りの色を見せ始めていた。

 

 

 

『"真依"ちゃん!そっちから行けない!?』

「こっちも呪霊に行く手を塞がれてるわ!"桃"!」

 

 

呪術高専京都校2年、3級呪術師――禪院 真依

 

 

 

 

「((ヤバい状況。さっきまで全員で固まってたのに気づいたらバラバラに……))」

 

 

自分勝手な行動が多い東堂はさておき――同じ京都校の仲間"加茂、西宮、メカ丸、三輪"とはできるだけまとまって動くようにしていたのだ。しかし、次々と現れる呪霊に気を取られ全員がちりじりになってしまっていた。

 

だが幸いにも竹箒を自在に操る西宮の付喪操術 (つくもそうじゅつ)のお陰で空から状況は常に伝わってくる。呪霊の数、現れる方向、付近の呪術師達の動き……。空からの援護が無ければ既に自分たちは死んでいた可能性が十分に高い。

 

それほどに厳しい状況が続いていたのだった。

 

 

 

 

『ッ加茂君!私が直ぐに行く――ッ!?っ!!ぐっ!!!何この呪霊!!』

 

 

真依の耳に飛び込む西宮の焦りの声。僅かに呪霊の音声が聞こえると無線を付けていた他の仲間たちは動揺の色を見せる。

 

 

 

『西宮先輩!?』

『何ガアッタ!?』

『わっ、私とメカ丸で急いで援護に――ッ!』

『――ッ……ガッ――……ッ!』

 

 

三輪とメカ丸の声が聞こえたと思えば、今度は無線の音声に雑音が混ざる事態に。恐らく2人も何かしら呪霊の影響を受けているに違いない。

 

 

「っ!!皆!?返事をして!!!」

 

真依は必死に呼びかけるも誰も応答が無い。

 

有るのはこちらへと更に迫り来る呪霊の大群――

 

 

 

「……ッ!」

 

咄嗟に銃を構えるも混乱見舞われた真依は酷く手を震わせる。こちらへ迫る呪霊に照準が上手く合わない。仲間たちの安否や自分の生命の危機に冷や汗を額から流す。

 

 

「((……マズイ……構築術式が……間に合わない!))」

 

 

真依の構築術式。生得術式で、己の呪力を用いて無から物体を作る事ができる特殊なものだった。しかし呪力消費が激しく、術者本人の体への負荷は非常に大きかった。

"1日1発の弾丸"を生成するので手一杯――しかし今日のこの戦闘にて既に無理をしているのは明白だった。

 

 

 

「ッ……しまっ――!!」

 

 

身体中が麻痺し、両脚の力が抜けると力なくその場に座り込んでしまった。動くことも、銃を再び構えることも困難。必死に頭では体を動かそうとしているのに思うように全く行動に移せない現実――

 

 

 

 

 

 

「((……死ぬ――))」

 

 

 

更に迫る呪霊。不気味な気配が真依に襲いかかろうとしていたその時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっっっっわ!!」

「ッ!?」

 

 

 

目に見えぬスピード。

気づいた時には自分の体は何者かに抱き抱えられ、先程まで迫っていた呪霊の大群との距離が一気に開く。

 

真依は自分を軽々と抱き上げる人物を見上げた。それは昔から大嫌いな男。チャラチャラとした金髪に、狐目の"クソ野郎"――

 

 

 

 

 

「……何で……"貴方"が此処に……」

「京都校も落ちぶれたなァ。皆弱すぎちゃう?クソ程役ん立たんやんけ。」

 

この夜で1番大嫌いな従兄弟――禪院直哉。昔からこの男に弄ばれ、虐げられてきた経験を持つ真依からしてみれば"今のこの状況"は有り得ないものだ。自分の命を、このクズ男に救われた。受け入れたくない現実だが今は感謝する他ない。

 

 

 

 

「ちょっと待って……禪院は誰1人関わらないって聞いたけど」

「御託はエェ。怪我してんねんやから"三歩後ろに下がっとき"。真依ちゃん。」

 

直哉は自分の背後に隠すように真依を地面へと下ろす。視線はこちらへ向いていないが、その表情は気味が悪いほどに愉しそうだった。

 

 

「洸ーーー!ほな頼むわー」

「……?」

 

 

今度はワクワクと声を跳ねさせる直哉。何者かの名前を呼び、得意げに片手を上げる。

 

その後、1秒にも満たない瞬間。

上空から何かが落下すると共に呪霊の大群が砂煙に覆われた。

 

 

「…何なの…ホントに……」

「ハハハッ…相変わらずはっやいなぁァ。」

 

 

ほんの一瞬、真依の視界に赤い閃光が走った気がした。そして砂煙が舞う先に人影が薄らと確認できる。呪力は感じないが何者かが迫り来る呪霊達の前へ立っていた。

 

 

 

「あの呪霊の群れを1人で……」

「あんなん余裕やろ。俺でもイけるわ。」

「……何者……?呪力も何も感じない…」

「ホンマにつっよ、惚れ惚れするで。」

 

真依の問いに一切反応を見せない。直哉は得意げに両腕を組み、砂煙の中で行われているであろう戦闘を見据えていた。

 

 

 

 

「((……何考えとるか知らんけど、相変わらず無茶苦茶なお嬢さんや。"せやから好き"なんやけどなぁ。))」

 

 

美しい月の下にて、激しい太刀音と呪霊の叫喚の声とが、ひっきりなしにあがって来る。

 

 

――赤い光と共に。

 

 

 

 

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――更に時は過ぎ

京都府 中心街 "烏丸通"―――

 

 

 

 

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「……もう……無理だ…死ぬ………」

「ぁあっ……あぁあああああ!!!」

「助けてぇぇぇぇええええ!」

 

 

 

術師達の悲鳴が轟く。

あまりの呪霊の多さに戦意喪失する者や、気が動転して狂ったように逃げ惑う者。

 

京都中心部は正に地獄絵図と化していた。

 

予め"この日"に備えていた呪術高専の術師達でも圧倒的な呪霊の力に圧倒されていたのだった。

 

 

「……ッ!」

 

 

そしてその時、怯える仲間たちの目の前に"一級術師"の姿が現れる。その人物の登場により、まわりの術師達は安堵の表情を浮かべるのだった。

 

 

「なっ……七海さん!」

 

 

呪術高専東京校OBの呪術師。"七海建人"。

 

サラリーマンのようなスーツに、独特な形の眼鏡、金髪の七三分けがトレードマークの男――

 

 

 

 

「貴方たちは後方に下がってください。私が相手をします。」

 

 

迫り来る大量の高等呪霊達。しかし怯む様子もなく仲間たちを退避させ小さくため息を漏らすほどに余裕を持っていた。

男はその場でジャケットを脱ぎ捨てると背中に隠していた武器を手に取る。それは呪符を刀身に巻き付けた鉈のような珍しい武器。

 

 

「((大したことは無い。……一気に叩く。))」

 

 

術式"十劃呪法"の使い手。そして肉弾戦を主体の戦法をとる完全なパワー型。いとも簡単に呪霊達を倒していく姿は圧倒的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ものの数分。

辺りを囲んでいた呪霊を一掃したその時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"貴方"はてっきり東京(向こう)かと思いましたが――」

 

武器を手にしたまま独り言のように呟く七海。

 

 

「五条さんの相手ができるのは貴方だけ。…"あなた方も"馬鹿じゃないはずです。何故京都(こちら)へ?」

 

「――自己判断だよ。"建人"。」

 

 

七海の背後に佇む低層ビルから女性の声が響き渡る。久しぶりに聞いた彼女の声……学生時代よりも若干大人びた声質に七海は珍しく眉を顰めた。

 

 

 

 

 

 

「ねえ建人、今日何の日か覚えてる?」

「…………」

「建人だけだよ、毎年律儀にメールくれてたのは。……今年はまだ来てないけどね?」

 

 

女性はビルの端に腰を下ろし、握っていたスマートフォンを懐へと収め、ぶらぶらと脚を揺らす。こちらに背を向けたままの七海を見下ろし、女性は微かに笑みを浮かべていた。

 

 

闇夜に光る緋眼。風に揺れる白銀の髪。黒い服を纏った――

 

 

「――ごめんね。」

「……洸――」

 

 

 

 

 

 

七海が彼女の名を読んだその時。洸はビルから飛び降りると凄まじいスピードで七海に妖刀を振り翳す。

 

その行動に対し、七海は一切動かない――

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!」

 

七海の背後に迫っていた呪霊に刀身を振り下ろす洸。

 

 

「……後ろ。危なかったよ?」

 

笑顔を浮かべ、くるりと振り返る洸。

悪戯そうな表情は"あの兄"と瓜二つ――

 

 

 

 

 

 

「……ッ……貴女こそ」

 

 

 

そして今度は洸の背後に現れた呪霊を七海が祓う。

 

 

「…油断しすぎです。」

 

「気づいてたよ?それくらい――」

 

 

 

向かい合う2人。その間の距離はたったの数メートル。じっと互いの容姿を確かめ合う2人の視線は心做しか嬉しそうにも見えた。

 

 

懐かしいこの景色。

互いの背中を護り合ったあの時のように。

 

 

 

「……京都に放たれた呪霊の数は凡そ1000。その内特級が大体30、1級2級で400強、あとは雑魚。」

 

「今……貴女は"どちら側"ですか。」

「負傷者は応急処置程度だけど対処済み。あとは"助っ人"が加われば問題ナシ。」

「…………」

「私はここから南、京都駅方面に。建人は北側、今出川駅の方に向かって――」

 

七海の問いに答えることなく洸は言葉を発し続けた。その表情は真剣そのもので妙な気迫さえ感じる程に。

 

 

「祇園の方の特級は片付けた。京都校の子達の所にはせいぜい2級くらいの呪霊しかもう現れない。あとは何とかなるでしょ?……歌姫先輩も居るし、1級の東堂って子も。」

 

 

相変わらず自分の言葉に反応を見せない七海は半ば強引に目の前の洸の腕を掴む。

 

同時に交わる視線と視線。

美しい赤は七海をじっと見上げた。

 

 

「……どういう風の吹き回しです?」

「気紛れ。」

「そんな言葉で片付くとでも?」

「そうは思ってない。」

「…………ッ……だったら……」

 

無意識に力が篭もる七海の手。それは僅かに震え、混乱する七海の胸中が簡単に視えてしまいそうだった。

 

そんな相手の手を包むように自身の手を乗せる洸。

 

久しぶりに触れる彼の大きな手は、学生時代に比べて更に逞しくなっている気がした。

 

 

「建人。ごめん、本当に……」

「…………」

「ごめんなさい。」

 

 

 

洸の顔に、様々な感情が含まれた表情がいっぺんに水煙のように拡がっていく。その表情は10年経った今でも一切老け込むことなく、幼ささえ漂わせる不思議なものだった。

 

苦しみ、哀しみ、困惑、動揺――

そんな感情に染まり切る彼女の美しい姿を本気で嫌える訳が無い。

 

特に……七海にとっては――

 

 

 

 

「……謝って済むような事では無いです。」

「…………」

 

 

 

 

 

「"後で"必ず――全て話してください。」

 

 

七海の大きな手は洸の肩へと移動する。

華奢で細い彼女の骨格は一切変わっていない。その感覚が手から伝わると、改めて目の前の彼女は間違いなく"洸さん"だと本能が理解した。

 

 

 

 

 

 

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※※※※※※


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2023.11.19
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