五条兄妹   作:鈴夢

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百鬼夜行――弐

 

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未明―――

――東京都立呪術高等専門学校

 

 

 

 

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星が瞬く音も聞こえてきそうなほどの静寂。

 

しかし、その美しい夜空とはコントラストのように荒々しい光景が広がっていた。

 

崩壊した建造物。

数々の血痕の後。

複数の高専関係者の屍。

 

歪な呪力の残穢―――

 

 

 

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「――ハハッ……素晴らしい……本当に素晴らしいよ。正に世界を変える力だ……ッ!」

 

 

高専の建造物の間を縫うように歩く男の姿―――"夏油傑"

 

 

「……"里香"さえあれば、せこせこ呪いを集める必要も無い……ッ……」

 

 

欠損した片腕をもう片方の手で押さえ込み、壁をなんとか伝いながら前へと進む。乱れる呼吸、額に流れる冷や汗。地面には真っ赤な鮮血が彼の足跡を残すかのようにとめどなく滴り落ちていた。

 

―――その傷は乙骨憂太との戦闘で負ったもの。

 

 

 

「次だ!次こそ手に入れる!」

 

 

明らかな"敗北"。だが男の興奮は止まない。

 

下手をすればこのまま死に至る状態にも関わらず、夏油は不気味な程な活力に溢れ、未だに自身の野望を声高らかに挙げていた。

目は炯々と光り輝き続け、感情の潮が尚上昇していく。

 

 

 

「ははっ…………ッ……はァ…………ふ……」

 

 

刹那、昂っていた男の瞳が瞬時に色を変えた。興奮に震えていた表情は一気に落ち着きを取り戻したかのように無に近い者へと変わり、必死に動かしていた両足はピタリと止まる。

 

"人影が斜め前ろから月光を受けてこっちに来る"

 

近づく"親友"の気配。

彼が現れたという事は積みを意味する。

それほどに強く、決して敵わない存在―――

 

 

 

「――遅かったじゃないか、"悟"。」

 

 

現れたのは五条悟だった。

 

月夜に照らされる彼の姿は相変わらず美しい。目隠しが外された蒼い瞳はじっとこちらを見据え、それはうっとりとしてしまうほどに―――

 

 

「君で積むとはな。……"家族たち"は無事かい?」

「揃いも揃って逃げ果せたよ。"1人を除いてね"。」

「……そうか…」

 

 

仲間の安否を確認した後、夏油は溜息を漏らしながら地面へと座り込んだ。力なく壁に上半身を寄りかからせ、ふと空に浮かぶ美しい月を見上げたのだった。

 

 

 

 

「……それにしても悟。"あの2人"を私にやられる前提で乙骨の起爆剤として送り込んだな。」

「そこは信用した。オマエのような主義の人間は若い術師を理由もなく殺さないと。」

「……クックックッ……"信用"か――」

 

"信用"だなんて、この状況下でよく言ったものだ。突拍子のない親友の台詞に無意識に笑みが溢れる。

 

悟は容赦なく切り札として生徒を夏油に送り出したのだ。乙骨が本気で夏油と殺り合うための……云わば"覚醒"に近いもの。新宿から高専へ送り込まれたパンダと狗巻。乙骨の大切な仲間をあえて傷つけさせ、其の反動で乙骨は本当の力を発揮したのだ。

 

……まさか……それを"信用"したなんて。どこまでも天晴れな男だ。

 

 

 

「……実の妹を半ば強引に攫った私のような人間にまだそんなものを残していたとはね?」

「それは(アイツ)の選択でもある。……で、何か言い残すことはあるか?」

 

 

悟の声色が一段と冷ややかなものへと変化した。相変わらず表情からも台詞からも悟の感情は一切読めないが"妹"と口にした時、微かに男の表情が揺らいだ気がした。

 

 

そしてどうやら、悟の口ぶりからして…"私は此処で殺されるらしい"。

 

 

 

 

「―――誰がなんと言おうと"非術師(さるども)"は嫌いだ。……でも別に高専の連中まで憎かったわけじゃない。」

 

 

夏油の瞳は深く隠された感情が時々閃くよう艶を見せる。

 

 

「ただ、この世界では 私は心の底から笑えなかった。」

「…………」

「だが……何故か"あの子"のそばに居ると心地良かった。不思議と頬が綻ぶんだ。」

 

 

光り輝く丸い月から傍らに立つ悟へと視線が移された。静かにこちらを見下ろす彼の蒼に、無意識に"彼女"の緋を照らし合わせた。

 

 

「天真爛漫で溌剌とした彼女。それは正に私の"光"そのものだった。……君と同じ美しく澄んだ瞳で見つめられると愛おしくて堪らなくなる。甘くて柔い、あの声が鼓膜を叩く度に喩えられない多幸感を感じた。」

 

 

"狡い"と。何度思っただろうか。

妬ましい、悔しいと。

あの光が。眩しいほどに純粋で、染まりにくいあの娘の事を―――

 

 

 

 

……結局、兄妹の繋がりには適わなかった。

 

 

 

 

 

「私にとって彼女は眩しかった。とてもね。」

「……以上、か?」

「それとあとひとつ。"洸は非術師を誰1人殺していない"。」

 

傑の台詞に僅かに反応を見せる悟。

それは一体どんな感情なのかは分からなかった。

 

 

「……だが、今までのお前の計画に加担したのは事実だ。」

「どうか、彼女を許してあげて欲しい。」

「残念だけどその権限は僕には無いよ。」

「…………頼むよ、悟。」

「………」

 

"頼むよ―――"と、困り顔のまま愛想笑いを浮かべる傑に悟は何も言い返せなかった。無茶苦茶な事をしておいて、寧ろ妹の離反のきっかけを作った傑にその言葉を言われるとは驚きだった。なんせ、洸は傑を裏切ったも同然なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「―――傑。」

 

 

彼の名を呼んだその時、悟の口元は傑に向けて何かを告げる。

 

 

「……ッ……」

 

 

 

悟の言葉に大きく目を見開く。

 

 

 

 

 

「―――"最期くらい……呪いの言葉を吐けよ"。」

 

 

意地悪な光を湛えた、呆れたような笑み。くしゃっと頬に皺を寄せ、微かに眉を顰ませたそれは―――

 

間違いなく、親友"夏油傑"だった。

 

 

 

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同時刻―――

―――京都 烏丸通り

 

 

 

 

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予想以上に被害の少なかった京都の街。

しかし所々から黒煙が舞い上がり、壮絶な戦いがあったことがひと目で理解出来た。

 

黒スーツの術師達が駆け回る中。少女は動揺ひとつ見せずスマートフォンを片手に静かに立ち尽くしていた。

 

 

 

 

「―――もしもし?菜々?」

 

新宿に居る"家族達"―――通話相手はその1人の菜々子。

 

 

『ッ……洸姉!』

「怪我してない?無事"退避"出来た?」

『こっちは何も……それより!今どこなの…ッ………洸姉は……どうなっちゃうの……』

「私は大丈夫。皆無事なら良かった。」

 

菜々子の様子から退避は出来たのだろう。きっと何か起こっていればもっと感情的になっているに違いない。ただ泣きそうな菜々子の声を聞いた時、ギュッと強く胸が締め付けられそうになってしまう。

 

 

「菜々子。私は…」

『洸ね…』

 

『ちょっと代わりなさい!菜々。』

 

刹那、洸と菜々子の声を遮る女性の声が電話口から飛び込む。恐らく、家族の中で一番憤怒しているに違いない存在。

 

 

『洸。』

「……"真奈美"さん。」

『貴女、最初から私たちを逃がすつもりだったの?』

「……え?」

『とぼけないで。計画と違うじゃない!得体の知れない変な奴らも現れて……そもそも貴女は東京じゃなくて京都に居る。一体何?何なの!?』

 

怒って当然だろう。

新宿で共に戦うはずだった洸。この百鬼夜行で1番の強敵である五条悟を相手にするはずだった洸がそれを投げ出し、挙句の果てには計画外のことを行ったのだ。"得体の知れない変なやつら"、それは禅院家の人間だ。意図的に家族達に手を貸すように指示を出したのは間違いなく洸だった。

 

 

「……家族を護るのは当たり前ですよ。」

『夏油様を裏切った癖にッ!』

 

真奈美の爆発する感情に洸も微かに眉を顰める。

 

 

『ちょっと!落ち着きなさいよ!真奈美!』

『ラルゥ!離して……ッ!……誰よりも大切にされていた貴女が!……その貴女が夏油様を裏切ったのよ!』

「…真奈美さ」

『これで夏油様に何かあったら……ッ……あんたを一生恨むわよ!洸!!』

 

失望と怒りを含ませた噛み付くような声。それは凄まじく怨念を感じる程に凄まじいものだった。

 

 

『とにかく今直ぐこっちにッ!――』

『いい加減になさい!!……ッ悪いわね。洸ちゃん。』

「ううん、ごめんなさいラルゥ。」

 

遠のく真奈美の声。痺れを切らしたラルゥが引き剥がしたのだろう。微かに電話口の奥から真奈美の嗚咽と宥める家族達の声が聞こえる。

 

 

『……洸ちゃん。貴女を直ぐに助けに行くわ。」

「私のことはいいから。とにかく今は逃げて。」

『何を言ってるの!貴女"も"居なくなったら…』

「夏油と連絡は?」

『…連絡は既に途絶えてるわ。……恐らく傑ちゃんは……"もう"……』

 

 

百鬼夜行の失敗―――それは洸にとってあくまでも"計画通り"だった。しかし夏油の生死に関しては……

 

 

 

 

 

 

 

「……ラルゥにお願いがあるの。」

『何かしら?なんでも言いなさい。』

 

意を決した様な真っ直ぐな洸の声。ラルゥはそれを直ぐに読み取ると顔色を変え、電話口に食いつく。

 

 

「アパートの居間の箪笥、最下段の引き出し。そこに私と夏油の口座の通帳があるの。他にも教団のものとか……」

『ちょっと待ちなさい、どういうつもり?』

「……多分、高専側は直ぐに私と夏油のあらゆるものを凍結させる。その前に急いで全部抜き取って。隠せるものは隠して。」

『………』

「全て奪われる前に使えるものは直ぐに使って。少なくとも、私と夏油のそれがあれば何も困らないはず。生きるために使うの。」

 

 

自分でも驚く程に冷静な声だった。

この後、自分の身に起こることは大体想定している。そしてそれに抗うつもりもなければ全て受け入れるつもりだった。恐らく、もう家族たちには会えないだろう。

 

 

 

「家族をお願いね。ラルゥ。」

『………っ………』

「その代わり"次会った時"は私を助けてね?」

『……分かったわ。約束する。』

「ありがとう。」

 

『……また必ず、皆で一緒にご飯を食べましょう。』

「うん。」

『絶対よ?約束しなさい。』

「…………うん。」

 

 

果たせないであろう約束。それに対して自分は安易に頷くなんて最低だ。

だけど心の底からほっとしていた。家族を護ることが出来た。それは自らが"裏切った"という行動に対してのせめてもの報いだったのかもしれない。

 

 

 

「((……良かった……みんな無事に逃げ果せた……))」

 

 

スマートフォンをポケットへと戻し、空を仰ぐように見上げた。キラキラと光る夜空の星たち。こんなにも美しい夜空を見上げたのはいつぶりだろう。晴れ晴れとした気分だった。もう終わったと―――

 

 

 

 

「かっこえェなぁ〜。ヒーローさまさまやん。」

 

乾いたやる気のない拍手を弾かせながら背後から現れたのは直哉。それとなりに呪霊の影響を受けたのか見た目はボロボロだ。

 

 

「怪我してるよ?」

「カスっただけや。大したこと無い。」

「……腕貸して。」

「だからエエってゆーてるやんけ!」

「…………」

「…………ッたく……ボケ……」

 

 

他者を治す反転術式が直哉の左腕に注がれる。瞬く間に傷口は塞がり、痛みが消え去っていく感覚。

 

懐かしい光景―――かつて、交流会の個人戦でボコボコにされた時のことを呑気に脳裏に浮かべていると不意に洸は穏やかな口調で口を開いた。

 

 

「"ありがとう"直哉。」

 

視線は合わない。

じっと傷口を見つめながら彼女はそう言った。

 

 

「後でクソ親父らにシバかれるん嫌やわ〜」

「私に脅されたって言いなよ。"そうするしか無かった、殺される"って。」

「ンなダッサイこと言わんわボケ。」

「……まあ事実だもんね。」

「あぁん?もいっかい言うてみ?」

 

相変わらず小生意気な事を言う口。

ムカつく奴だと思っているが、内心は懐かしいこの感じがとても気分が良い。

 

結局彼女が何を考えているのか分からないが……しかし彼女がいなければ京都は更に屍で溢れ地獄絵図だったに違いない。だが……事は簡単には進まないだろう。なんせ総監部に目をつけられているのだから。

 

 

 

「……それより。…洸。」

「ん」

「はよ逃げ。追っ手が来る。呪霊の気配はほぼ消えとる。」

「…………」

「オイ……はよ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……五条洸。」

 

 

 

自分のを呼ぶ皺がれた老人の声。

その声には聞き覚えがあった。

 

 

「今晩は"楽巌寺学長"。」

 

禿頭で耳、鼻、口にピアスをつけ、白い顎髭と眉毛を伸ばし、着物を着た、物々しい雰囲気をたたえる老人。

 

呪術高専京都校学長―――"楽巌寺嘉伸"

 

 

 

元より呪術界の保守派筆頭であり、そのため呪術界の改革を目指す五条悟とは折り合いが悪いとは風の噂で聞いたことがあった。寧ろその妹である五条洸、嫌われて突然だろう。威厳ある声色からは恨みさえ感じる。

 

 

 

 

「―――洸。今直ぐ呪具をその場に置いて。」

 

 

後に少し遅れて現れたのは"庵歌姫"。数年前の姿とは変わっており、顔に大きな傷跡が刻まれていた。

 

 

刹那、続々と現れる高専側の呪術師達。京都校の生徒や補助監督、数々のOBの姿―――

 

もちろんその中には"七海"の姿もあった。

 

 

 

「……はい。この通り―――」

 

洸は直哉から少し離れると腰に差していた妖刀を鞘ごとその場に投げ捨てる。ずっしりと重厚感のある音が周辺に響くと、低級術師達は緊張しているのかゴクリと息を飲み込む。

 

 

 

「洸。総監部から貴女を"即東京校へ移送せよ"との指示が出てるの。…大人しく従いなさい。」

「勿論です。"歌姫先輩"。」

「……っ……」

 

 

余裕のある笑み、先輩と呼ぶその声。全てが"五条悟(あの男)"と全く同じで恐怖さえ抱く。そして同時に、可愛い後輩だった洸の姿に哀しい色さえも浮かんでいた。

 

 

 

「いや、ちょい待てって!洸は―――」

「直哉。貴様にも聞くことは山ほどあるぞ。」

 

洸の前に立ち塞がる直哉。

しかしそれを容赦なく言葉で遮るのは楽巌寺だった。

 

 

「…ぁあん?何やと?クソジジイ。」

「直毘人も扇もカンカンじゃ。理由は分かるであろう。」

「うっさいなァ。たかが"(ヘイ)"を使うただけやろ。しかもオレは筆頭や。権限はオレに有る。」

「"使い方"に問題があったのだと……そこまで言わんと分からんのか貴様は。」

 

 

"それはそうでしょうね"とその場にいる全員が思うことだろう。直哉は洸に手を貸した。それがどのようなものであったとしても加担したということに等しい。下手をすれば禪院の人間にも害が及んでいたかもしれないのだ。

 

 

「禪院直哉を脅したのは私です。"炳と躯倶留隊(くくるたい)、東京に身を置いていた禪院の人間に指示を出せ"と。……従わないとアンタを殺すって言ったんです。彼は何も悪くない。」

「ッ!?おま……何ゆーて……!」

 

前に立つ直哉の肩に手を伸ばし1歩踏み出す洸。目の前に立ち並ぶ呪術師たちを前に全く引く様子も無かった。

 

 

楽巌寺と対峙する洸。

昔からこの老人に疎まれているのは分かっていた。だからこそ何も思わない。恐怖も何も―――

 

 

 

「……(貴様)と禪院の関係。全く把握してないわけがなかろう。上手く利用したつもりだろうがここまでじゃ。」

「あくまでも駆け引きですよ。……それに、私も利用されてきたんです。別に構いませんよね?」

「……ッ……((このクソガキめ……))」

 

 

口調も動作も、全てが五条悟なのだ。滲み出る余裕が余計に腹立たしい。しかし彼女のバックグラウンドを知る楽巌寺はそれを全て否定は出来なかった。まるでその気持ちを分かっていての発言に彼女の利口さを感じる。

 

 

やはり侮れない……この兄妹は―――

 

 

 

「……"七海"。お前は共に東京へ向かえ。」

「…………」

「こやつが癇癪を起こさんように見張るんじゃ。」

「…………」

「良いな?」

 

「……承知しました。」

 

 

まさか"その役目"を彼に担わせるなんて―――

 

七海と洸の関係を知る者は楽巌寺の言動に微かに困惑を見せた。

 

 

 

 

 

「――ッ…………」

 

 

 

刹那、グラりと傾く洸の身体。

京都の上級術師が数名、妙な術式を発動させると視覚と聴覚が霞んでいく。

 

 

「―――ッ!!」

 

僅かに聞こえる直哉の声。

そして身体を抱き上げる大きな手と腕。

 

 

「………………」

 

 

眼鏡で覆われた瞳から感情読み取ることは出来ず、洸は力なく彼を見上げたまま意識を手放したのであった。

 

 

 

 

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―――12月25日 深夜未明

呪術高専東京校―――

 

 

 

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「……へぇ。やっぱり禪院(アレ)は洸の仕業か。」

 

「はい。彼女が禪院直哉に依頼したと。」

 

敷地内地下の通路で向かい合う2人。

五条悟、七海建人。

 

 

「目的は百鬼夜行に参加していた仲間の離脱、か。」

「それだけではないです。彼女は今回の件に関して、はなから高専側に……」

「うーーーん。……てか傑も分かってたっぽいし?洸が百鬼夜行を妨害する事。」

 

「……はい?」

 

 

訳が分からないと言わんばかりの気の抜けた七海の返答。首謀者である夏油もわかっていたという事実……更に訳が分からない。

 

 

「ね?わっけわかんないでしょ?それを知って傑はワンチャン里香を手に入れようとした。」

「…………」

「ま、本当に憂太から里香を奪っていたら結果は変わっていただろうけど……」

 

もし、夏油が乙骨から里香を奪い"呪霊操術"で大暴れしていたら―――様々な予測はつくが"この結果"は変わらなかったかもしれない。

 

 

 

「……それで?洸さんは。」

「今から僕が尋問に。総監部の爺さんたちも既に動いてるよ?こんな真夜中に元気だよね〜おじいちゃんたちさ〜……」

「…………」

「もう逃がさないって感じだよね?おじいちゃん達は何がなんでも僕の妹を殺したいらしいよ?……しかもお兄ちゃんの手でね?」

 

 

悟はそう告げるとヒラヒラと手を振りながら踵を返す。

 

その背を目の前に、七海は1人険しい顔を浮かべていたのはしるよしもない。

 

 

 

 

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じっとりと汗ばんだ体。

長い白銀の髪の毛はだらりと垂れ、壁のように顔の周りを覆う。

 

そして頭の中には例えようのない疲労と倦怠。まるで雪曇りの空のようなどんよりした影を落としていた。

 

 

「((……体が動かない……重い……怠い…………))」

 

 

目をまわした時のような奇妙なものが永遠に続いているような感覚。それに足が鎖を引きずっているように重いし動かない―――それもそのはずか。なんせ今自分の体は椅子にしっかりと縛られていた。両足には特殊な呪札が込められた鎖、恐らく手首に巻かれているものも同じだろう。

 

 

「……ッ…………」

 

その女はだらりと落ちた上半身を持ち上げる。すると霞む視界の先の人影が"緋眼"にはっきりと映った。

 

 

 

 

 

「おはよう。」

 

 

 

猫撫で声に似た艶っぽい、甘ったるい声。

 

 

 

「……洸。」

 

 

全身黒ずくめの見慣れた男の姿"五条悟"。

 

憎いほど美しい碧眼が落ちぶれた自分を見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

「ははっ!堕ちたもんだね〜。」

「…………」

「そんな怖い目で睨みつけんなよ〜……ていうか、自分の状況分かってんの?お前。」

 

 

グイグイと椅子ごと迫り来る悟。背もたれ部分に両腕を乗せ、まるで子供のように燥ぐ兄の姿は色んな意味で恐ろしい。

 

 

 

「で、本題ね?残念だけどお前死刑。」

「…………」

「何か言えよ。お前死ぬんだよ?」

 

ツンっと洸の額を指で突く悟。

表情ひとつ変えることなく、真っ直ぐと突き刺すような視線が向けられ続けていた。

 

 

 

「……夏油は。」

 

この状況で、まさか他者の心配?なんて悟は脳内で呟く。しかし洸は分かっていただろう。夏油が既に死んでいることなんて。

 

「死んだよ。僕が殺した。」

「……そっか。」

 

「あのさぁお前。どういうつもりでこの10年過ごしてきた。」

「どういうつもりって?」

「矛盾しまくりだろ。傑と離反して、非術師を陥れた挙句、今回はその傑を裏切るような事をした。」

「…………」

 

「禪院家を利用したのもお前。しっかもよりによって直哉を使って……傑の仲間の逃亡を計った後に高専の術師達に手を貸した。」

「さぁ。」

「すっとぼけんなよ〜クソガキ。あんまり調子乗るなよ?」

 

 

室内に悟の呑気な声が響く。

……と思ったその時。悟は椅子から立ち上がると、椅子を容赦なく蹴り飛ばし一気に空気が凍りつく。普通の人間なら悟のその行動に恐怖に震え、動揺していたに違いない。しかし洸は表情ひとつ変えることなく、自分の胸ぐらを掴む兄をただただ見上げていた。

 

 

「……いいか洸。お前をここで生かすか殺すか、全部僕の胸三寸で決まる。」

「…総監部は私を殺したがってる。生かすか殺すかなんて、貴方にその権限はないでしょ?」

「僕の権力なめてる?」

 

冷ややかな声色は変わらない。胸元のシャツが破れるのではないかと思うほどに強い悟の力に苦しさを感じ始める。

 

 

「……ッ生きるか死ぬか…なんて…どっちでも良い……」

「…へー…」

「この命に執着も未練も無い。"術式"も……"縛り"も―――」

「………………」

 

 

"術式"と"縛り"―――縛りというワードを洸から聞くのは初めての事だった。

奇妙な引っかかりを覚える悟。その瞬間に洸の襟元から手を離せば投げ捨てるような台詞をわざとらしく吐いた。

 

 

「あっそ。じゃあ死刑ね。」

「はい。」

「…………え?マジでいいの?」

「……死刑って言ったの貴方でしょうが……。」

 

 

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"……洸が待ってる"

 

 

 

"……七海……"頼んだよ"……洸を……ッ……―――"

 

 

 

 

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―――数時間後

 

 

 

 

 

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部屋中に貼り付けられた札。

床には無数の蝋燭。

 

そして、ぼんやりとした灯りに照らされている"離反者"の姿。

 

中央に置かれた椅子に縛り付けられ、その人物は真っ直ぐとこちらを見据えていた。

 

久しぶりにこちらを見つめる赫い瞳はどこか疲れをも感じさせる色彩を放ち、妖艶ささえ感じてしまう。

 

 

「……"建人"」

「…………」

 

 

白銀の女性は目の前に現れた人物の名を読んだ。昔と何も変わらない声色。だが、女性を見下ろす男の瞳は眼鏡越しでも感じる程にどこか冷酷で哀しい気もした。

 

 

「呪術規定5条に基づいて、貴女を"秘匿死刑"にすると。」

「想定内だよ。そもそも私は"呪詛師認定"されてるんだから。夏油先輩もあの人に殺された。それと同じ。」

「……………」

「心配しないで?…大丈夫だよ。建人。」

 

 

柔い声。静める穏やかな声。

ずっと探していた彼女の声。

 

 

「……納得…いかないんです。」

 

 

女性の言葉を聞く気なしに反発する七海。1歩、また1歩と近づくと床の蝋燭が煽られ揺れていた。

 

 

 

「建人」

「だって貴女は!……そもそもこちら――」

「落ち着いて。らしくないよ?」

「……ッ……」

 

七海に最後まで言葉を言わせなかった女性は真剣な顔をして彼を見上げた。その台詞に言葉をつまらせ、珍しく唇を噛み締めた。

 

 

「ふふっ……本当に変わらないね建人。昔から何も。」

 

縛られた体を伸ばし体を動かせる範囲で拗らせる。そして頭を垂らし俯くと女性はか細い声で呟いた。

 

 

 

 

「……"雄が待ってる"。逝けるなら本望。」

 

 

この世に居ない青年の名。

同時に七海の表情が一気に曇ると、咄嗟に女性の肩に手を伸ばした。

 

 

「……"洸"…」

 

「建人はまだ来ちゃダメだよ。……ね?」

 

 

ゆっくりと顔を持ち上げ優しく笑った。

"五条洸"も昔から何も変わっていなかった。

 

 

 

「私は向こうで……青春の続きを夢見てる。」

 

 

光る赫い瞳。

捉えるのは青春の続き。

脳内に永遠に残る青春物語。

 

 

 

洸は笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ッ…」

「……?」

 

 

七海の大きな影が洸の元へと近づく。

そして特殊な呪力を発する捕縛具を外していく彼の行動に洸は大きく目を見開いた。

 

 

「ね……何…」

「貴女を逃がします。」

「止めて、そんなの望んでない。」

「貴女はそうでも、私は望んでいません。」

 

解除された呪具。

しかし洸の体は特殊な力によって通常通り動かず、1人で歩くことさえままならない。

 

そんな彼女の体を容易に抱き上げた。

 

 

 

「……建人、お願い止めて。」

「…………」

「建人!」

「行きますよ。」

「ッ……」

 

横抱きにされた体が七海の走る動きと同時に規則良く揺れる。明け方ということもあるのか幸いにも人気は全く無かった。というよりこの時間帯に洸の事を任されていたのは1級術師の七海だった。

 

まさか、そんな彼が変な行動を起こすなど……

 

 

 

 

 

 

「ここから逃げたとしても追われるのは確実だよ。」

「貴女の呪力は誰にも掴めない。問題ありません。」

「そういう事じゃなくて!……私のことじゃなくて……こんな事したら建人がッ―――」

 

 

暫く走り続け、漸く地下から脱した2人。

目の前の裏口の扉から出れば広大な森林が拡がっている。ここから逃げ出せば、運がよければ洸は逃げられるだろう。

 

 

 

「もう懲り懲りなんです。」

「…………」

「貴女を失いたくない。」

「…何言って……」

「"生きてください"。」

「……ねぇ、建…」

「灰原と約束したんです。何があっても貴女を護ると。」

 

止まっていた足が再び動く。

そして七海は扉のドアノブに手を伸ばすと冷たい冬の風がいっきになだれ込んだ。

 

 

「待って!止まって!駄目!!」

 

 

 

"嫌な予感がした"

そしてそれを七海も理解していた。

 

 

"覚悟の上だった"

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なーにやってんの。」

 

 

扉の先。森林の入口で佇むのは今1番出会いたくない人物。

 

 

「七海。」

「五条さん。そこを退いてください。」

 

 

まるで七海が起こす行動を全て分かりきっていたかのような状況だった。きっと七海だったらこの時間帯を狙って行動を起こす。しかもルートも完璧。表から逃げる馬鹿は居ないだろうが……あまりにも分かりやすいと。

 

もしかしたら、彼女の兄なら逃がしてくれるかもしれないなんて事も頭にあるのかもしれないが。

 

 

 

「ねぇ七海。僕聞いたよね?"マジで殺すかもしれないよ"って。」

「はい。」

「"いーの?"ってさ。あの時お前は何も答えなかったけど……それは否定と同じだよね?」

「…………"はい"。」

 

対峙し合う2人。

洸はそんな兄を目の前に七海のジャケットを強く握りしめ懇願した。

 

 

「……建人離して。」

「………」

「お願い。私も今身体がまともに動かない。……変な気は起こさないで……」

 

此処で殺り合う。しかしその結果は明白だ。

まともに体が動かない洸を抱え、あの五条悟を相手にするなど絶対に不可能なのだ。特級と一級。大した差には等級で言えばあまり感じないが特級は全くの別物。1人で国家転覆が可能な術師に適う訳がなかった。

 

 

 

「へぇ〜。僕相手に喧嘩売るつもり?」

「建人……」

「私から離れないでください。」

「……お願いッ……止めて……!」

 

 

 

洸の手に更に力が籠る。必死に懇願する彼女に視線を向けることなく、ただただ七海は目の前の悟を強く睨みつけていた。

 

―――血を流す親友の姿なんて見たくない。よりによって自分の兄が……唯一の親友を傷つける姿。だがこの事態は自分が引き起こしたのだ。最低最悪なのは、諸悪の根源は自分じゃないのか?

 

……ぐちゃぐちゃな感情に……洸は数十年ぶりに恐怖で身体を震わせ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、悟が手を前に出すと、空間を裂くような大きな音が鳴り響く。

 

 

「そんな君たちに朗報だよーーーーん!!」

 

「……?」

「ッ……」

 

 

 

ニヤニヤと嬉しそうな表情が目隠しをしていてもはっきりと分かる。頬と口元が明らかに意地の悪さを滲み出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死刑は無ーーーーーーし!」

 

 

「「…………」」

 

 

力が抜けるようなふざけた呑気な声。

そして告げられた内容とのコントラストに頭の理解が追いつかない2人はその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

「いやいや〜〜、いいね〜!感動したよ!」

「「…………」」

「かつての親友同士……しかも七海に至っては洸の事好―――」

 

その先の言葉は吐かせまいと、七海は体から強い呪力を放出させ、相手を黙らせる。

 

 

「ぶっ飛ばしますよ五条さん。」

「ごめんって〜。……ていうか間に合ってよかったよ〜!今の今までおじいちゃん達を鎮めるのに必死でさぁ?その前に逃げられちゃったら全部パァだし?」

 

もし話がつく前に逃げられたら元も子もなかっただろう。洸を逃がした罪に問われる七海。そして再び離反者として追われる洸。七海の異変に気づいた時はさすがに悟も慌てたらしい。

 

 

 

 

「ね?言ったでしょ。洸。」

「…………え?」

 

七海と洸の側へと近寄る悟。

両手をポケットに入れたままその場で屈むと、ニッコリと口角を持ち上げた。

 

「―――(お前)の為なら、なんでも出来るって。」

 

 

 

明け方近くの青黒い薄明かり。

暁の爽やかな薄明が東の空に星々のまどろみを消し去っていく―――

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

洸の術式、縛り……予測ついた?

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