五条兄妹   作:鈴夢

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"―――可愛い娘"














両面宿儺

 

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月が氷のように冴え返った真夜半(まよなか)――

 

 

 

「百葉箱!?そんな所に特急呪物保管するとか馬鹿すぎるでしょ。」

 

 

青年の声が夜の校庭に轟いた。

 

 

『アハハ!でもお陰で回収も楽でしょ?』

『……いや…"恵"の言う通り本当に馬鹿だと思う。』

 

 

青年――"伏黒恵"。

右耳に当てたスマートフォンの受話口からは呑気な男の声と心配そうに声を曇らせる女の声が遠くの方から微かに聞こえる――

 

 

 

 

 

 

 

 

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―――記録

 

2018年6月 深夜

宮城県仙台市 "杉沢第三高校"

 

 

 

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「――無いですよ。」

『『え?』』

「百葉箱空っぽです。」

 

 

目の前には空っぽの百葉箱。

特級呪物が有るはずなのだが……現物は無く、微かな残穢だけが残されていた。

 

特級呪物の紛失、完全に行方不明という絶望的なこの状況。しかし受話口先の男――"五条悟"は変わらず呑気に笑みをこぼしていた。

 

 

『マジで?ウケるね?』

 

『……ウケるどころじゃないでしょ。』

 

悟の巫山戯た台詞に反し、呆れた様子で呟く女――"五条洸"。

 

 

「"洸先生"の言う通りです。マジでぶん殴りますよ。」

 

 

『それ回収するまで帰ってきちゃダメだから。』

『特級呪物が無くなってるんだよ?悟兄。私も向か……』

『だいじょーぶ!恵なら1人でやれるっしょ?とりあえず頑張ってね〜!』

『ちょっ!さと…………』

 

悟の何も考えていないような発言の後、間を置かずに電話を切られてしまった。会話は一瞬にして消滅。研ぎ澄まされた鉈を振り下ろして、電話線を断ち切ったみたいにプツリと音が途切れる。

 

 

 

「((……今度マジで殴ろう。))」

 

 

伏黒は感情の持っていき場のないまま、手に持ったスマートフォンをしばらく茫然と眺めていたのだった。

 

 

 

 

 

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"――これが私の運命(さだめ)"

 

 

 

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『五条兄妹』――― "始まり"編

 

 

 

 

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「――ちょっと!ねぇ!ねぇってば!」

「ん?なぁ〜に?」

 

伏黒との通話をさっさと終わらせ高専内の廊下を歩く悟。緊急事態だと言うのに呑気すぎる。下手をすれば大事な生徒をも失い兼ねないし、一般人にも被害が及ぶかもしれないのに。

 

洸はそんな呑気にも程がある兄の背後を追うように駆ける。

 

 

「恵の派遣先の特級呪物。行方不明ってヤバすぎるよ。」

「見つければ問題ないでしょ〜?大丈夫だって。」

「万が一、"アレ"が何か分からない非術師とかに触られたりしたら最悪だよ。」

「"万が一"ね?そもそも呪物から呪力は常に放出されるんだし見つけることくらい恵なら余裕でしょ?」

「……"見つけること"はね?」

 

伏黒が派遣された先に有る特級呪物(アレ)。そんじゃそこらの低級のものでは無いのだ。何も問題なく見つけることが出来ればそれはそれで良い。だが万が一、他者の手に渡ってしまったら……

 

 

 

「ま!僕達たまたま明日仙台に派遣されるし?用事が終わったらついでに寄ろうよ?その高校。」

「…………」

「んな怖い顔しなくたって大丈夫だよ?僕達は僕達でやること終わらせて、そんでもって直ぐに恵の所に行こう!!」

 

 

相変わらず。この男は歳を重ねても緊迫感がない。一緒にいると苛苛するのは私だけではない筈だ。

 

 

 

本当に"取り返しのつかないこと"が起こってしまったらどうするつもり――

 

 

 

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――"そして今に至る"……のだが。

 

 

 

 

 

「恵!大丈夫!?」

「今どういう状況ー?」

 

 

 

例の特級呪物が行方不明だと告げられた翌日の夜。杉沢第三高校に現れた悟と洸。

 

2人の目の前には明らかに怪我を負った伏黒。半壊した建造物。そして――洸の視線の先に映る青年の姿。

 

 

 

「……((あの子は……?))」

 

 

見慣れない"薄茶色のツーブロックの短髪頭の青年"

 

瞳は点に近い三白眼で、髪と同じ色を宿していた。

 

 

 

 

「"五条先生"!"洸先生"!」

 

ボロボロの姿で混乱していた伏黒は驚いた様子で声を上げた。この状況下で現れた悟と洸、それはまさに予想外の救世主の登場だった。

 

きっと呪術界隈の人間ならば誰しもが思うだろう。何があっても、何が起ころうとも、自分の身に命の危険が迫っていたとしても、この兄妹が揃えば怖いものなど一切無い。

 

 

 

「や!」

「恵。直ぐに治癒を―――」

 

ヒラヒラと手を振る悟を他所に洸は直ぐに伏黒の元へと駆け出した。どうやら激しい戦闘があったのだろう。半壊した建物に呪霊の気配……そして伏黒から感じる呪力の力は底をつきそうな程に弱々しい。恐らく無理をしたに違いない。

 

 

「いやー、来る気無かったんだけどさ〜?さすがに特級呪物が行方不明となると上も五月蝿くてねぇ。(こいつ)も五月蝿いし?観光がてら馳せ参じたワケ。」

 

「……五月蝿いは余計だし。任務放って観光してたのは貴方だけね?」

「なーに言ってんの?お前も楽しんでたでしょ?観こ……」

「五月蝿い。」

 

 

洸の手当を受ける伏黒の脳裏にこの兄妹が観光している情景が浮かび上がる。半ば呆れた様子で2人にジト目を向け小さく息を吐いた。

 

 

「ハハッ!ってか恵ボロボロだね〜?2年のみんなに見せよ〜っと!」

「……ッ……やめてくださいマジで。」

 

乾いたシャッター音とともに向けられるスマホのレンズ。その行動に"マジでデリカシーのない人"だと改めて感じさせられる。

 

横目で悟を見据える洸の赤い瞳もどこか据わっているように見える。寧ろ仙台まで悟に振り回されながら任に就いていた洸には尊敬しかないと伏黒は考えていたのだった。

 

 

「……洸先生。多分もう大丈夫です。出血は止まりました。」

「うん。オーケー。……それで見つかった?特級呪物――」

 

 

座り込んでいた伏黒の腕を掴み、その場に立ち上がる2人。そしてふと、傍らでじっと立ち尽くす青年に視線が向けられた。

 

 

「……あの〜……ごめん。"俺それ食べちゃった"。」

 

 

青年は自身を指さし"ヤバそう"というような焦燥感に駆られた表情を露わにした。まさか"食べちゃった"なんて言葉が青年の口から吐き出されるとは……青年が食べたというシーンに出くわした伏黒はともかく、悟と洸は想定外すぎるその言葉にピタリと体の動きを静止させる。

 

 

 

「「……マジ?」」

 

「「マジ。」」

 

悟と洸。伏黒と青年。

それぞれが声を上げるとほんの一瞬沈黙が訪れる。

 

まさか、まさかの最悪の展開だ。洸が想定していた"万が一"が最も最悪な状況で発生してしまった。あの特級呪物が悪意を持って奪われるならともかく、まさか取り込むなんて有り得ない。

 

 

――"アレ"を取り込むなんて

 

 

 

 

「ん〜……ははっ本当だ混じってるよ。」

「…完全に受肉してるの?」

「うん。してるねコレは。僕の目に狂いは無いよ。」

「……うーーん。」

 

「ッ……」

 

青年の傍に近寄る兄妹。まじまじと観察するように見つめられると青年は僅かに後退した。しかし洸は興味深そうに更に彼に近づく。

 

 

「君、体に異常は?」

「特に……何も。」

「何も、か。」

 

 

目をぱちぱちと瞬きをする青年は本当に何も異変は無いらしい。擦り傷や打撲は多少見られるも伏黒程大きな怪我はしていないし、様子を見る限り本当に何もない。

 

そんな青年を不思議そうに観察する洸の隣に再び悟が並ぶ。青年より遥かに背が高い悟は彼を覗き込むように屈むと落ち着いた口調で問いかける。

 

 

「"宿儺"と代われるかい?」

「スクナ?」

「君が食った呪いだよ。」

「あぁ……うん。多分できるけど。」

 

なんら問題ないと頷く青年。本当にあの呪物を取り込んだのかと怪しくなるほどに普通だった。しかし彼から感じる微かな呪力は間違いなく"宿儺"の気配だ。

 

 

「"代わる"って……何するつもり?悟に――」

 

 

一体何をするつもりなのか?

洸が疑念の瞳を隣の悟に向けたその時……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーーーっし!!洸!」

「……何((……嫌な予感。))」

「ジャンケンしよ!負けた方が宿儺と勝負ね?」

「は?」

 

何を言い出すこの男。

"スクナ"って……間違いなくあの"宿儺"なのだが。やはりぶっ飛んでいる。妹の自分が思うのも何だがぶっ飛びすぎだ。しかもジャンケンで決めるなどふざけるにも程があるだろう。

 

 

 

「五条先生!この状況で何言っ」

「ハイハイ了解。やればいいんでしょ?」

「洸先生!?貴女も何考えてるんですか!?」

 

兄妹の会話に焦りと驚きの混じった声を上げる伏黒。

しかし、洸もどうやら満更でも無いようだ。悟の意図を察したのか……本当に愉しんでいるのかは不明だが"この兄妹は意図して何かを起こそうとしている"。

 

 

向かい合う兄妹。それぞれ右手に拳を作り、真剣に構えの姿勢に入った。

 

 

 

 

 

 

「「最初はグー!ジャンケンッ――」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ポンッ!!」」

 

 

轟く兄妹の声。

1発で勝負がついたその様子を伏黒は呆れた様子でじっと見据えていた。

 

 

 

「((……マジで何しに来たんだこの"兄妹"。))」

 

 

 

 

悟はパー。洸はグー。

その結果に一喜一憂する兄妹の姿は滑稽だ。

 

 

 

 

 

 

「はい!!!洸の負け〜!」

「ちょっと待って!絶対ズルしたでしょ!」

「してないしてない!する訳ないっしょ〜??この六眼に誓ってマジでしてないよ?」

「分かりやすい嘘つかないでよ!」

 

今更だがこの2人は呪術界きっての最強兄妹。そんな2人が目の前でジャンケンをして言い争っている。このような光景は日常茶飯事ではあるのだがやはり信じられない。

この2人が本気を出せば国家転覆さえも容易いのだから

 

 

 

「はぁ……オーケー。それじゃ君、10秒経ったら戻ってきて?」

「え……でも……」

「大丈夫。私強いから。」

 

グーーッと思いっきり力強くその場で屈伸をすると人差し指を青年へと向ける洸。そして自身の左手に掛けていた紙袋の存在に今更気がつくと思い出したように目を見開き、傍らの伏黒へとそれを手渡した。

 

 

「ごめん恵。これ持ってて?私と悟兄のなんだけど。」

「……これは?」

喜久福(きくふく)

「…………」

「赤い包装のやつは"期間限定"且つ"数量限定"の激辛バージョンのやつだからね?大切に扱ってよ?」

 

 

手渡されたそれはまさかの兄妹の土産だった。

 

五条兄妹は地方出張に派遣された際に必ずと言っていいほどお互いの嗜好品を買い漁っていたことは知っていた……が。

 

 

「((この兄妹、土産買ってから来やがった!人が死にかけてる時に!))」

 

 

特級呪物が行方不明、且つ受け持つ生徒の危機にも関わらず何処までこの兄妹は呑気なのか?というより意外と妹の方も兄と同じく呑気だということに今更ながら気づく。洸と出会った頃、彼女はここまで自由奔放では無かったはずだ。どちらかというと兄の悟とは正反対で"まさかあの兄の妹?嘘だろう"なんて思っていた時期もあったのだが。―――最近は十分に納得出来る。

 

 

 

「あ!ちなみにお土産じゃないからね?帰りの新幹線で私と悟兄で食べるの……」

 

 

 

刹那、洸の背後に迫る影―――

 

 

 

「っ!?後ろ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ッと……危ない危ない。」

「!?」

 

 

体、顔……姿は変わらないが不気味な模様が浮き出ている青年。間違いなく姿形は"あの"青年なのだが全くもって普通の人間らしさを感じない。とんでもない力とスピード。不気味な呪力の気配に青年らしからぬ妖し気な笑み。

 

 

洸に殴り掛かる体勢のまま固まるのは青年に取り憑いた"宿儺"そのものだった。

 

 

「生徒と兄の前なので……少しカッコつけさせてもらいますよ?」

「くっ……!!」

 

 

吹き飛ばされる宿儺。そして同時に洸の馬鹿力が込められた蹴りや拳が容赦なく襲いかかる。宿儺は交わすことも出来ないまま、反撃しようにも"何故か触れられない"―――

 

 

「((……この女、おそろしく速い?……いや、違うな。))」

 

宿儺は洸と距離をとると静かにこちらを見据える緋眼の女を見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「((……待て……この女――))」

 

 

 

 

 

 

"陶器のような白い肌。揺れる白髪。真っ赤な瞳"

 

 

 

 

"……この俺に、躊躇することなく近づくあの小娘―――"

 

 

 

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"この女を知っている"

 

 

 

 

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宿儺の脳裏に浮かぶのは過去の記憶の一部。霞んだような、靄に覆われた記憶だった。ハッキリとは未だ思い出せない。しかし五条洸を前にして宿儺の表情が不敵な笑みへと変化していた。

 

 

 

「……ククッ……全く……いつの時代でも厄介なものだな?呪術師は。」

「何笑ってるの。」

「だからどうという話でもないが―――ッがハッ!!」

 

再び打ち込まれる洸の打撃。床にメリメリとヒビが拡がると同時に体を地面に叩きつけられ、思うように力が発揮できない宿儺の表情は微かに歪んでいた。

 

 

 

「……7、8……」

 

 

カウントする洸の声は無慈悲だった。

 

 

「9」

 

 

妖しげな笑みと少し上がった口角。官能的にも感じる赤い視線とが、射るように宿儺を圧迫する。不思議と洸の瞳を見つめると、高く空の上へ引き上げられるような興奮に襲われたのだった。

 

 

 

 

「……そろそろかな?」

 

 

"10秒経ったら戻ってきて―――"

その約束通り宿儺に受肉された青年は自らの意思で再び戻ろうとしていた。

 

 

 

「((クソっ!まただ乗っ取れない。この虎杖とかいう小僧……何者だ……!?))」

 

 

眉間に皺を寄せ苦しそうに表情を歪める宿儺。完全に受肉は成功したはずなのに何故か体を上手く乗っ取ることが出来なかった。

 

 

「((……まぁ良いだろう。代わりにいいものが見られた―――))」

 

 

青年の体から模様が消えていく。

鬼気迫ったような青年らしからぬ表情は消滅していき、少しずつ穏やかな顔つきへと変化していった。

 

 

 

「―――おっ!大丈夫だった?」

「うん。大丈夫だよ。問題ナシ……」

 

 

声も何もかも青年の本来の姿だった。宿儺の気配は微かに彼から感じるが"今は"間違いなく青年だった。受肉されたというのに自分より他人を心配する彼は思った以上に"いい意味でヤバい人間"かもしれない。

 

 

 

「ていうか凄い。本当に制御できてる。」

「これは驚いたねぇ〜。」

 

 

再び青年の前に並ぶ兄妹。

顎に指を添え、興味深そうに観察するその姿はまさに怖いもの知らずと言ってもいいだろう。今は制御できているにしてもいつどこで、何が引き金となって再び宿儺が現れるかは分からない。しかし青年のあっけらかんとしている様子を見る限り大丈夫そうだ。

 

 

 

 

「でも……なんかうるせーんだよな。」

 

「それで済んでるのが奇跡だよ?君。」

「ホントホント!よく生きてるよね〜?マジでさ。」

 

 

―――さて、本題だ。

この兄妹がわざわざ此処に現れた理由。(観光は一旦置いといて……)

 

 

 

ほんの一瞬、和やかだった兄妹の雰囲気が変化する。それは張られた弦のような、重苦しい緊迫感を漂わせ……

 

 

 

 

 

「……洸。」

「うん。」

 

悟の呼び掛けに反応する洸。するとその瞬間、洸の人差し指が青年の眉間を突く。

 

 

 

「……ぇ……」

 

 

脱力するように気を失うとその場に倒れ込む。それを軽々と悟が抱き上げると伏黒は"一体何が起こったのか"と言わんばかりの混乱した視線を2人へと向けた。

 

 

「洸先生、何したんですか?」

「何って、気絶させたの。」

 

ニッコリと微笑む洸。その表情で軽々と気絶させるなど恐ろしいものだ。悟のたった一言で全てを理解し、行動を起こした彼女。まさに血の繋がった兄妹だからこそできる技であった。

 

 

 

「これで目覚めた時、宿儺に体を奪われていなかったらこの少年には器の可能性が有る。」

「宿儺の器なんて驚きだよね〜?レアキャラだよ。」

 

 

史上最強の"呪いの王"と称される存在である"両面宿儺"。

 

呪術全盛の平安時代に、当時の呪術師たちが総力を挙げて宿儺を討伐しようとしたが、誰も敵わず敗れていた。そして死後、その力のあまりの強大さに遺骸である20本の指の死蝋は呪物と化し、それすら1000年間に渡って誰も消し去ることがでなかったのだ。

 

そして現代――特級呪物として20本の指が残っており、そのうちの一つをこの青年が虎杖悠仁が取り込んだことによって彼を器に受肉する形で復活を遂げた。

 

 

となると……この青年の行先はひとつのみ。

 

 

 

「ではここで恵に質問です。彼をどうするべき?」

「仮に器だとしても呪術規定にのっとれば"虎杖"は処刑対象です。」

「その通り。イタドリくんは処刑対象になるね。」

「……"でも"」

「ん?でも?」

 

 

青年―――虎杖は処刑確定だ。

中身の宿儺は受肉している。だとすれば一緒に殺してしまえば蘇ることは無くなる。

 

残念だが……呪物を取り込んだからには死んでもらうしか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……でも……死なせたくありません。」

 

 

伏黒の口から飛び出したもの。それはまさかのこの青年を死なせたくないという言葉だった。派遣された日数から考えても虎杖との交友関係は大したことは無いはずだ。しかしそれでも"死なせたくない"と思わせる何かが虎杖にはあるらしい。しかも相手は伏黒だ。こんな珍しいことがあるか?

 

彼の顔には、固唾を吞んでいるような真剣な色が表れていた。

 

 

 

「それは恵の私情?」

「はい。私情です。何とかしてください。おふたりなら何とかできるでしょう。」

「ふたりってより……この人ならできるかもね?一応私の処刑を揉み消した人だし。ね?」

 

 

伏黒と洸の視線が悟へと向けられる。

 

 

 

「くっくっくっ……仕方ないなぁ〜」

 

 

 

嬉しそうに緩む頬。隠されている目元から感じるのは愉しんでいるような、面白そうにしている悟の姿。

 

 

 

「―――可愛い生徒の頼みだ。任せなさい。」

 

 

 

 

 

 

 

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翌日 午後16時過ぎ―――

―――東京都立呪術高等専門学校

 

 

 

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地下通路に響く2人の足音。

1人の手には軽食が乗せられた盆。それは虎杖のために用意されたものだった。

 

 

昨夜のあの件から約1日が経過。仙台から帰還した洸、悟、伏黒、虎杖。伏黒は意外と怪我の状態が悪く、暫くは安静にする必要があると医務室で家入の治療を受けていた。

 

そして宿儺を取り込んだ"虎杖悠仁"。彼に関しては総監部の指示の元、高専内の地下深くで捕縛されており、秘匿処刑の執行を待っていたのだが―――つい先程、新たな指示が降りたのだった。(尚、今回もまた悟の力が加わったのだが……)

 

 

 

 

 

「――"どうせ殺すなら。全ての宿儺を取り込ませてから殺せばいい"なんて……人の心は無いの?貴方には。」

 

「ひっどいなぁ〜!お兄ちゃん頑張ったんだよ?褒めてよね。」

 

 

結局、処刑を止めることは出来ず"執行猶予"がつけられたのだった。もちろんその件に関しては洸も重々承知していた。宿儺を取り込んだからには仕方の無いこと。呪いの王と言われ、大昔から宿儺に手を焼いていたのは洸も理解していたことだった。であればここで根絶やしにするのが正しい。

 

だが、まさか全ての呪物を取り込ませてから殺すなんて、酷いことを考えるものだ。

 

 

 

「……ていうか、本当に上のおじいちゃん達は臆病だよね?直ぐ殺せなんてさ。未だに私のことも警戒してるし。」

「ま、今回は状況が悪すぎるからね?なんせあの"宿儺"だ。日に日に呪いは強まってるし現存の術師じゃ封印が追いついてないのも事実。」

「全ての指を取り込ませて最終的に"少年の中に居る宿儺ごと殺す"。"今すぐ死ぬか取り込ませて死ぬ"か……あの虎杖とかいう少年はまだ若すぎる。残酷だよ。」

 

 

まだまだ若い青年だ。しかも生粋の善人だと洸は虎杖を分析していた。両親は他界しているらしいし、最近は祖父を亡くしたらしい。そしてあの伏黒が彼を助けたいと口にするほどなのだ。

まだ虎杖の事を理解している訳では無いが、善良な人間が呪いによって、しかもこちらの都合で殺されるのは気分がいいものではなかった。

 

 

 

「へぇ〜優しいね〜?そんな事思ってるんだ。」

「少なくとも悟兄よりは人の心を持ってるつもりだよ。」

「前は僕を半殺しにした癖によく言うよ。」

「…まだ根に持ってるの?」

「そりゃ勿論。あの時の僕のプライドったらズタズタよ?実の妹に心臓スレッスレのところ貫かれて三日三晩苦しんだ僕の気持ち…」

「ゴメンって本当に。」

 

 

ピタリと足を止める洸。少し遅れて悟も足を止めると、わざとらしく口元を尖らし背後の洸に向けて表情を歪めた。

 

そういえばそんな事もあったと。ここ1年以内の出来事だが"私は目の前の兄を半殺しにした"なんて。

 

兄と再会し、改めて行動を共にするようになって約半年。自分は本当にとんでもない相手を殺しかけたんだと心の奥底では恐ろしい気もしていた。

 

 

 

「それじゃ虎杖(あの子)のところ行ってくるね?空腹だったら可哀想だし。」

「間違っても捕縛封印外したらダメだよ?七海が洸にしたみたいに。」

「……する訳ないでしょ。」

 

 

……全く、この人は。

あまり思い出したくない出来事を安易に掘り返すのだから。

 

盆を持つ洸の手に微かに力が籠る。

本当に……"あの時"は恐ろしかった。

自分のせいで七海を巻き込み、下手をすれば共に倒れていたかもしれない。

 

 

 

もう決してあのような事を"建人"に背負わせたくなんて―――

 

 

 

 

 

 

 

「―――ていうか代わろうか?あの子のお世話。この後七海とご飯行くんでしょ?」

「様子見に行くだけだし大丈夫。……ていうかなんで知ってるの?」

「そりゃあ七海から連絡来たからね?"洸さんを高専外に連れ出します"って。」

「別に言わなくていいのに。」

「一応お前は元離反者だし、半年経ってるけどさすがにまだ自由奔放に放り出す事は出来ないよ?逃げたりしたら即死刑だし。」

「そんな簡単に死刑って言うのやめてよ。憂太の時もそうだったって聞いてるし……今回のあの子もそうだし。」

 

 

…死刑がそもそもどういう意味なのか分かっているのかこの人は。

 

人の生死をなんだと思っているのだこの人は。

 

 

 

 

「……で、何?その気持ち悪い笑い。」

「べぇっつぅにぃ〜〜」

「………………」

 

その刹那、ニタニタと不気味な程に笑みを浮かべる悟の表情。実際の感情以上に大げさな表情を作る相手の気味の悪い嗤い方に洸は若干寒気を感じつつ、嫌そうに兄を見上げた。

 

 

 

「あ!七海の家なら外泊オッケーね?」

「いや、日付変わる前には戻ってくるよ。明日の朝は真希と体術指導の約束あるし。」

「………ふーーーん…」

「…何よ…」

 

一歩後退する洸。それに迫るように一歩ずつ歩み寄る悟。

 

 

「……洸って"そういう"の疎かったっけ?」

「"そういう"の?」

「いや分かってるよね絶対。僕と似て性格悪いし。」

「………はい?…」

 

 

凡そは何が言いたいのか理解していた。しかし洸はそれを表に出すことなく、誤魔化すように適当に声をあげるのみ。というか性格悪いは余計だ。

 

 

「七海だったらいいよ?」

「……何が」

「その先も言わせないと分かんないの〜?恥ずかしがり屋だねー全く。」

「………………」

 

 

わざとらしい言い回しに若干苛立ちつつ、洸はしっかりと再び盆を掴むと微かに眉を顰めた。

 

 

「今更だけど、お前は絶対に禪院家に渡さない。直哉なんて以ての外。最近はお前が手懐けてるから問題ないだろうけどそこは五条家当主として許さない。」

「ナイよ、絶対。」

「へぇ〜、"そこは"全否定なんだね?」

「…………」

「へぇええぇ〜〜〜そっかぁ〜〜!!」

 

 

「…………」

 

 

お調子者の跳ねた声色についに洸の堪忍袋の緒が切れる。小鉢などが乗せられた盆をゆっくりと床に置くと、そのまま洸の手が悟の襟元に大胆に伸びた。

 

 

額に青筋をむくむく這わせる。

そして今にでも噛みつかれそうな怒りに満ちた表情で見上げられると悟は僅かに背筋を凍らせる。

 

 

 

「……だからやめてよその顔。」

「ちょっ!待って!暴力反た――」

 

 

拳が捻ったその瞬間。

洸の拳が悟の頬に命中したのだった。

 

 

 

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兄との戯れはさておき。洸は古びた物々しい扉に触れ"あの部屋"へと足を踏み入れた。

 

 

 

「((……久しぶりに来たけど……やっぱ嫌だな、此処。))」

 

 

正式名称は不明。高専の地下に有る特殊な部屋。それはかつて、自分が捕縛されていた場所だった。

不気味な呪札、無数の蝋燭―――そして中央に置かれた椅子に佇む虎杖悠仁の姿。

 

どうやら眠っているらしく、大口を開けたままぐったりと上半身を仰け反らせていた。

 

 

 

「……おーい。もしもーし……」

「………くかー…」

 

「寝てるし……まあ仕方ないか。……引き継ぎだけ残して私はもう出よ…」

 

 

 

 

 

無理やり起こしても可哀想だと盆を片手に踵を返そうとしたその時―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――"オイ、小娘"。」

 

 

 

 

 

背後から飛び込む声。その音は洗練された力強い低音。

 

たった一言の低い含み声だが、それは自信に満ち満ちた高圧的な口調とも感じ取れた。

 

 

 

 

「……え?……って、虎杖君…じゃない……誰?」

「恍けるな。」

「…んーー?」

 

洸はわざとらしく振り向き、再び虎杖の元へと歩み寄る。彼は間違いなく眠っているのに彼から声がする手明らかに違う人物の声なのだが。

 

 

 

「……へぇ〜。自由が効かないって可哀想だね?"宿儺さん"。」

「ハッ!此奴を乗っ取るのも時間の問題だ。」

「何言ってんの。乗っ取ったとしても私が止めるよ。」

 

 

虎杖の両目尻の下の一対の小さな溝にギョロっとした不気味な目玉が現れる。これは皺ではなく、どうやら宿儺の指を飲み込んだ時に生前は顔が2つあった宿儺の影響で、外見が部分的に変化して目がもう一対開眼したらしい。

 

その瞳は人間の瞳と何ら変わらず不定期に瞬きをしたり、微かに感情さえも感じ取れるほどに蠢いた。

 

 

 

 

「……貴様、五条ヒカルと言ったな?」

「うん?そうだよ。」

「…………」

 

 

洸の名を聞いたと思えば今度は静まる宿儺。暫く何かを考え込むかのように沈黙が続く。

 

相変わらず虎杖は起きる様子もない。ただただ彼の目の下の皺がぎょろぎょろと蠢くだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……"俺はお前を知っている"。」

「"呪いの王"に知られてるなんて嬉しい。……何処かで会いましたっけ?」

「正確に言うと"お前では無い"……が。」

「よく分からないし、用事あるからもう行きますね。」

「おい、話を聞……」

「さようならー。」

 

 

洸は話が長くなりそうだと察すると、この後の用事を優先する為にさっさとその場から姿を消した。いつもは兄に向かって人の話を聞け言うくせに、まさか呪いの王にそれを突っ込まれるなんて。

 

 

 

……しかし、全くもって呪いの王が考えていることは理解に苦しむ。宿儺は本来人間であり、カテゴリーで括るとすれば呪詛師なのだが呪霊以上に理解に苦しむ存在でもあるのかもしれない。

 

 

 

「((間違いない。"あの娘"――))」

 

 

 

 

宿儺の脳裏に過去の出来事が巡る。

 

 

 

 

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――????年 ‪

 

 

 

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満開の八重桜が、雲ひとつなく晴れ上がった空を背景に、時折花びらを散らせてくる――

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

「――"裏梅"。」

「はい。"宿儺様"。」

 

 

美しい桜の樹を目の前に、縁側に佇む大柄な男―――通称"両面宿儺"。

 

そしてその傍らでは従者らしく跪く未成年のように見える小柄な体格の人物―――"裏梅"。赤が混ざった白髪のおかっぱ頭のその人物は"宿儺様"を相手に緊張の色を見せていた。

 

 

 

 

「……不味い。質が落ちたな。」

「ッ!申し訳御座いません!!」

 

 

ゴロッと宿儺の手元から投げ出されるのは人間の臓物らしき肉片。その肉片は庭の小さな池に放られると不気味に赤く染まっていき、小池を住まいとしていた魚達が食いついていた。

 

 

 

 

「未だ足りん。柔い女子供の肉は無いのか?」

「直ぐに調達して参ります。」

「男の肉は要らん。……良いな?若い女子供の肉だ。さっさと連れてこい。」

「御意に。」

 

 

裏梅は着物の裾を翻し、慌ててその場から姿を消した。その場に残った宿儺は気だるそうに縁側に横たわると、静かに花弁を散らせる桜の樹を見据える。

 

 

 

「((……つまらん。))」

 

 

 

呪術全盛の今世。

呪いの王とも例えられる程に恐れられている呪詛師"宿儺"。本名を知るものは誰も居ない。外観が仮想の鬼神「両面宿儺」と似ているからとその名で呼ばれていた。

 

呪術師たちが総力を挙げて宿儺を討伐しようとしたが、誰も敵わず敗れ続けており、宿儺は退屈な日々を過ごしていたのだった。

 

 

"天上天下唯我独尊"―――己の快・不快のみが生きる指針としている非常に奔放で残忍な性格の持ち主。

 

 

"強さで決まらない序列は退屈だ"と口にし、自身が"強者"と認めた相手には強く興味を持つが、逆に"弱者"とみなした相手は一方的に痛めつけて楽しむ。人間の特に弱い女子供を殺すことを悦楽としているほか、特に人間を食すことを最大の喜びにして趣味嗜好としている。

 

 

 

「((何奴も此奴も弱い。弱すぎる。……何か面白いものは―――))」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!!!いっ……たぁあああああ〜!!!」

「……?」

 

 

 

舞い落ちる花弁をぼんやりと見据えていたその時。素っ頓狂な少女らしき声が屋敷に響き渡る。声が聞こえた方へと視線を向けると塀から落下したと思われる人影が微かに視界に映り込んだのだった。

 

 

 

「……ッ……痛……脚擦りむいちゃった。」

「…………」

「誰か―――」

 

 

木陰から姿を現す"少女"。纏っていた淡い桃色の着物は若干汚れており、一体どうやってこの塀を登ったのか……というより、なぜ正面から入ってこなかったのか謎だ。

 

 

辺りを警戒しつつ中庭へと足を踏み入れる少女。すると縁側で肩肘を立て寝転ぶ宿儺と視線が交わった。

 

「―――ッ!」

「…………」

「あの……此処の御屋敷の方ですか?」

「…………」

「山中で迷子になってしまって……勝手に屋敷内に入ったことは謝ります。あの……それで――」

 

 

目をキョロキョロと泳がせながら恐れることなく少しずつ宿儺と近づく少女。

 

 

 

「((……歳は8……9…といったところか?))」

 

 

纏っている着物の質は悪くない。しかしパッツンと切られた髪の毛は砂埃や葉が引っ付いていたり"あべこべ"だ。

 

 

「((呪力は感じない。……何の能力も持たないただの非力な人間か……――つまらん。))」

 

「あのっ!…えっと……その……」

 

 

美人というよりは、仔犬か栗鼠(りす)のような感じの娘。少し距離が離れているせいかハッキリと顔つきは確認できない。

 

しかし漂う甘い匂い。ちょうど腹を空かせていた宿儺にとっては好都合だった。

 

 

「((……腹を裂いて贓物を抉り出し、余すこと無く食い尽くしたい。肉も柔いだろう。微かに甘い匂いが漂う。……美味そうだ……))」

 

 

唾を飲み込むと不自然なほど大きな音がした。それほどに目の前の少女は不思議と魅惑的だった。少女の細い首に噛み付く想像をしただけで余計に腹が空いてくる。

 

 

「もっと近くに寄れ。」

「……え……」

「さっさと来い、小娘。」

 

少女は宿儺の言葉に戸惑いながらも少しずつ距離を狭めていく。妖艶ささえ感じる低く重みのある男の声。少女は無意識に本能的に宿儺の命令に素直に従う。

 

 

「顔をよく見せろ。」

「……っ……」

「……ほう。」

 

 

 

縁側から伸びる大きな手が少女の顎を掴む。そしてじっと顔を近づけると矯正された顔を持つ少女を見つめた。

 

 

 

例えるなら……そうだな―――

"桜がパッと咲いたようなあどけない少女"

 

 

美しいものしか見た事がないと言わんばかりの純粋な光を放つ赤い瞳。甘やかされた、愛らしい少女のような、引っ掛かりのない美しさ。

 

 

「((珍しい赤い瞳。髪の色も白銀とは……))」

 

 

呪いの王でさえも目を奪われる。

そこらに居る子供とは明らかに違う風貌。呪力などは感じなくとも、纏う空気は不思議と吸い寄せられるものがあった。

 

 

「小娘。名は―――」

「うわぁ!凄い!貴方は腕が4本も有るのですか!?」

「……な」

「目も……目の下に小さい目が有りますね?もしかして面か何かを付けられているのですか?」

「おい、おま……」

「何かすごいお力を持っておられるのですか!?」

 

「…………」

 

 

"人の話を聞かん小娘だ……"

興奮する少女を目の前に呆気に取られる宿儺。そんな自分に情けなささえ感じてしまう。

 

 

 

「……貴様。俺が何者か知らんのか?」

「え?」

「"呪いの王"――腕4本、目は4つ、口は2つ。異形の見た目をした呪詛師……」

「?」

「((……普通ここまで話せば分かるはずなのだが。この娘正気か?))」

 

 

少女の様子を見る限り本当に分からないらしい。泣く子も黙る忌み子、呪いの王、人喰い、呪詛師―――誰もこの山に近づくこともなければ術師さえも最近は現れなくなった。

 

しかし山を降りた街では宿儺の話で持ちきりのはずなのだ。気まぐれで人を殺し、女子供を喰らう鬼畜だと。

 

知らないはずがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……申し訳御座いません。実は外に出たのが今日が初めてで……外で何が起こっているかも何も……」

 

少女は丁寧に頭を下げ、自分の無礼を許して欲しいと言わんばかりに跪いた。

 

幼さを感じる少女から感じる育ちの良さ。先程まで子供のようにはしゃいでいたと言うのに、一瞬で人が変わったかのような言動を見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――小娘。名は?」

「人の名前を聞く前に自分の名前を名乗ったら如何ですか?」

「…………((生意気な小娘だ。絶対喰い殺してやる。))」

 

 

 

 

 

 

 

"―――しかし、"まだ喰わなくても良い……""

 

 

 

 

「"両面宿儺"。」

 

「……りゃ……りゃうめん?スクナ?……代わったお名前ですね……」

「俺の事はどうでも良い。さっさと名乗れ小娘。」

 

 

宿儺の表情が愉しげなものに変化していく。まるで玩具を貰った子供のように心を踊らせるような……例えようのない悦び。

 

人を喰らう時とは違う多幸感。

 

 

 

 

 

 

「私は、……私の名前は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"五条"―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

"あの瞳の因果。五条家に伝わる隠され続けている事実"

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

「ッく……クックックッ……」

 

 

 

1000年振りに目覚めた宿儺の嗤い。

 

 

「久方振りに愉しめそうだ。……不自由だが悪くない。」

 

 

 

部屋の中の微かな歓声は滑稽な残響となってこだましたのだった。

 

 

 

 

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