五条兄妹   作:鈴夢

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兄妹と深夜の青春

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『洸。お前五条家の長女として――』

 

『お前の術式には――』

 

『当主の――』

 

 

 

五条家の人間たちの声が嫌になるほど脳内を駆け巡る。

 

 

 

『五条悟の――――』

 

 

 

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「――ッ!?」

 

洸は闇の中に目を覚ました。嫌な凶夢の名残は、"ドッドッドッ"と激しく高く心臓に残る。

 

じっとりと汗ばんだ背中の感触に気分も悪く、ベッドから体を起こすと慣れない景観に深い溜息を漏らす。そして不意に傍らの携帯電話を開き時刻を見ると22時を廻った頃。思いの外、全く時間が経過していない事に再び深い溜息を漏らした。

 

 

――今日はとにかく疲れた。早く眠りたくて晩御飯も口にすることなくシャワーを浴び、布団に潜り無理やり瞼を閉じた。少しずつやって来た睡魔に漸く取り憑かれた頃に現れた悪夢。

 

 

時折、ぐるぐると重く訪れるしめった悪夢が襲いかかる。多い時は週に4、5回。少なくても週に一度は必ず悪夢に苛まれる。

 

その度にとんでもない疲労感に取り憑かれると眠れなくなる――負の連鎖だった。

 

 

「…ちょっと外の空気でも吸いに行こう。」

 

このままでは眠れないと考えた洸は部屋着のまま自室を飛び出し、高専敷地内の夜の散歩に出る事にしたのだった。

 

 

 

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春の夜は、闇の色合いや風の感触が柔らかく、少しも寒くない。無駄な不快な音もなければ有るのは自然の静寂のみ。そんな空気に包まれている高専内は不気味にも感じるが今はとにかく心地良かった。

 

 

「生徒数に見合わない校庭の広さ……」

 

 

適当にぶらぶらと宛もなく散歩をしていた時、やたらと広く整備された校庭にたどり着く。その一辺に広がる階段に腰掛け、春の夜の静寂に瞼を閉じた。

 

 

 

「((…落ち着く。))」

 

 

 

 

――微かに漂う桜の匂い。甘すぎない柔い香りが洸の鼻を掠めると不思議と先程の悪夢なんて忘れてしまった。

 

 

あるのは静かな空間。

 

…ただそれだけ。

 

 

 

それだけで良かった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何の用。」

 

鋭く尖った少女の声。

背後から迫り来る気配を即座に察知した洸は瞼を閉じたままその気配に言葉を投げつけた。

 

 

 

「相変わらずトゲトゲしてんねー、お前。」

「………」

「久しぶりの兄妹の再会だってのに、その態度はクソすぎ。マジで死刑。」

「………」

「…無視すんなっての!」

「ッ!?」

 

現れたのは兄の悟。そして突如右の頬に冷たい感触が走ると声にならない小さな悲鳴を上げ、右隣に腰を下ろす兄を睨みつけた。

 

 

「兄ちゃんの奢りー。」

「…何コレ。」

「コーラだよ!コーラ!!飲んでみ?飛ぶぞ?」

「飛ぶ?」

「万年緑茶とか上品な飲み物しか飲まねぇお前には刺激が強いかもな?」

 

差し出された赤い缶を受け取り、それを不思議そうに見つめる洸。そんな妹を横目に勢いよく缶の蓋を開け、ごくごくと喉を鳴らしながら飲み干していく悟。

 

半分ほど飲みきったところで左隣の洸の顔をのぞき込むように身を乗り出す。

 

 

 

 

「んで?最近どーよ。」

「別に、何も、普通。」

「かーーーっ!つまんねぇなお前。」

「本当に何も無いし。…ま、強いて言うなら"今日は疲れた"……以上。」

「……ふーーん。」

 

視線は合わない。赤い瞳は絶妙に伏せ目で手元のコーラを見つめるのみ。それをつまらなそうに青い瞳は追っていた。

 

「禪院の奴らは?"あれから"何もされてないよな?」

「"あれから"何も無いよ。直哉(アイツ)からはたまに連絡があるけど相手にしてないし。」

「オッエーーー……どんだけ直哉(アイツ)、お前に執着してんの?引くわー。キモ。」

 

 

2人の言う"あれから"とは。

実は数年前、御三家交流という不仲のくせに意味不明な会合を持ちかけてきた禪院家。加茂家も含まれた会合が行われた際に、洸も五条家の長女として参加したのだが……

 

 

禪院家(アイツら)がお前をかっ攫おうとした時、マジで全員皆殺しにしてやろうと思った。」

「懐かしい。」

「"懐かしい"って…お前、俺があの時居なかったらどうなってたか分かってんの?」

 

不気味に笑う禪院直哉の顔が無意識に脳裏に浮かんだ。

 

 

 

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突然、妹の姿が見えなくなった。元々昔から洸の呪力を掴む事だけが出来なかった悟にとって悲劇的な出来事だった。会合に参加している他の五条家の者も禪院家も加茂家もそれに気づいていない。気づいていたのは兄の悟だけだった。

 

 

 

――何となく感じる嫌な予感。そしてその元凶となるであろう男の呪力を辿り、悟はとある部屋へたどり着く。

 

 

 

 

「"禪院直哉"。」

「…堪忍堪忍。そないな怖い顔せんと、冗談やって…」

「は?」

 

 

 

 

禪院の屋敷の一室。

人気の無い奥の小部屋の障子を勢いよく開けると洸と直哉の姿があった。しかし、誰がどう見ても明らかに異様な光景――

 

 

「ッ…痛…」

「洸から直ぐに手を離せ、さもなければ殺す。」

 

壁に追い込まれた洸。当時長かった髪の毛を直哉に掴まれ押し付けられていたのだった。容赦ない力加減に痛みを感じていた洸の顔は苦しげに歪み、悟は憤怒に震える。

 

「ちょっとムカついてん。ただの喧嘩や、喧嘩。」

「懐に隠してる呪具も出せ。」

「………」

「聞こえねぇのか?屋敷ごと吹っ飛ばすぞ。」

「…ハァ……チッ…」

 

 

洸から手を離し、悟の指示に従う直哉。懐から取り出した紐状の特殊な呪具を乱雑に投げ渡す。

 

 

「…趣味の悪い呪具だな。」

禅院(ウチ)が保有しとる最高級の呪具や。」

「だとしたら簡単に持ち出すことはできないはずだ。"誰の指示だ"。」

「嫌やなあ。たまたま持ち出しとっただけやで?」

「コレ、術式効果を相殺する呪具だな?」

「ええ代物んやろ?」

「コレを使って洸に何するつもりだった。」

「何ゆうてんの?たまたま持っとったって…さっき言いましたやん?」

「………」

 

 

常に薄笑いを浮かべる狐目の男。五条相手に怯む様子も見せることなく、何を言っても聞き入れる様子もない。

 

チャラチャラとした金髪ピアスという洋風的な容姿がやけに鼻につく。気味の悪い空気を纏う直哉に腹を立てても面倒なだけだ。直ぐにでも殺してやりたいが、ここでそれを起こしてしまえば何が起こってしまうか容易に想像がつく。

 

こっちが一歩引くしかない。それが賢い行動だろう。

 

悟は直哉に目もくれず、怯えた様子で壁にもたれ掛かる妹の傍へとすぐに向かう。

 

 

「――洸。怪我は?」

「何も無いし、大丈夫。」

「着物が乱れてる、それに髪も…直ぐに直してやる。」

「本当に大丈夫だって。自分で直すし…」

 

悟に手を引かれ、立ち上がる洸。青い瞳が妹の体に危害が加えられていないか必死に確認していると、再び呑気な関西弁が鼓膜を叩く。

 

 

「良かったらこの部屋使うてください。鏡もあるし、不便は無いはずや。」

「…さっさと出て行け。俺がお前を殺す前に。」

「堪忍な――」

 

畳が擦れる音。そして障子に触れる乾いた音が響くと同時に直哉は捨て台詞を吐いて姿を消した。

 

 

 

「これからも仲良うしてや?"洸ちゃん"。」

 

 

その言葉に青い瞳は更なる殺気を浮かばせた。

 

ろくでもない禪院家だとは分かっていたが"マジでろくでもない連中ばかり"だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…"ソナイナコト"あったな〜…」

「本当に他人事だな、お前。」

 

カタコトの関西弁と共に呑気な台詞。完全に過去の出来事たど割り切っている洸の様子にあの悟が引く程だった。

 

 

「マジで禪院直哉には警戒しろよ?」

「分かってるよ。大丈夫。」

「………」

 

"大丈夫"なんて信用ならない言葉。だが悟はこのことに関してこれ以上何も口にする事は無かった。

 

 

 

 

 

「てかお前さ、俺が送ったメール見た?」

「…さっき時間だけ確認して。…そういえば部屋に置きっぱなしだった。」

「やっぱり見てねぇと思った。1回お前の部屋の前まで行ったけど物音しねぇし、寝てると思って諦めたんだけど。」

「よく私の居場所分かったね?そもそも寝てたと思ってるなら余計見つからないはずだし。」

「そりゃー血が繋がってるからな。分かるもんなんだよ、兄ちゃんは。」

「……へー…。」

 

 

"何言ってるんだ、このバカ兄貴"と言わんばかりのジト目を隣の兄に向ける。しかしその横顔は普段の兄らしからぬ真面目なもので、不思議と目を引かれたのだった。

 

 

 

 

「実はさ?今俺の部屋に1年と2年全員集合して新入生歓迎会やってんの。で、野郎4人で桃鉄勝負。」

「何年?」

「今夜は特別に50年。」

「50年って…朝までかかるパターンじゃ…」

「お前、コーラ知らねぇ癖に桃鉄知ってんのウケんだけど。」

「……煩い。」

 

悟の頬が微かに緩む。

グラウンドの薄い照明に照らされる洸の照れたような横顔に嬉しさを浮かばせたのだった。

 

 

 

 

「で?来る?野郎だけじゃなくて硝子も居るし。話したがってたぞ?アイツ。」

「………」

「何?ビビってんの?」

「別にビビってなんて…ていうか何も言ってな…」

「"洸"」

 

刹那、艶のある低音の声が間近で響き、何故かゾクリと背筋を震わせた。

 

 

「ここは実家じゃねぇし、お前の好きにすればいい。」

「…まるで実家が悪いみたいな言い方。」

「ずっと囲われてるよりかはマシだ。お前も…ほら、アレだアレ。」

「?」

 

手元の空になったコーラ缶が術式の効果でクシャッと音を立て、一瞬で縮まると勢いよく立ち上がる悟。そしてさっきの真面目な声が嘘のように、あっけらかんとした抜けた声がグラウンドに響き渡った。

 

 

「そう!青春!別名アオハル!」

「あ、あおはる……」

「今しかない青春ってのをお前にも味わって欲しいんだよ。洸。」

「せいしゅん…」

 

そしてあっという間に両手首を強く引かれ、強引にその場から立ち上がる洸。少し温くなったコーラ缶は未開封のまま握られており、若干水滴が地面に垂れ落ちていた。

 

「俺はここに来て後悔はない。傑と硝子、他にも京都のヤツらとか、おっかねぇ担任とか、補助監督も――」

 

 

悟の大きな手がブンブンと上下に揺れ、洸は若干戸惑う様子を見せる。

 

 

「…それに、こうやってお前と近い距離で過ごせる。血の繋がった妹と自由な場所で繋がれる。」

「………」

「俺さー…お前の兄ちゃんの癖にお前のこと何も知らねえし。好きな物とか、やりたい事とか、夢とか―――なんならお前の術式自体も。」

 

「………」

 

「…"浮かれてんだよ"、この俺が。」

 

 

見たことの無い兄の微笑み。

照れ隠しのような微細な感情の動きに妹の洸はふわりとした柔い表情を初めて向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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――午後23時過ぎ

呪術高専寮 五条悟の部屋にて――

 

 

 

 

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「や。洸ちゃん。」

「ようこそー、クソどもの溜まり場へ。」

「こんばんは!洸さん!」

「…………」

 

決して広くない室内に溜まる4人の生徒。床やローテーブルにはスナック菓子や飲料(一部酒)、食べかけのカップラーメン等が転がっており"青春"なのかは分からない異次元な光景に洸は目を丸くさせていた。

 

「あっ、悟。キングボンビーひっついて借金まみれで大変なことになってるけど頑張って。」

「はぁ!?俺が居ない間は進めんなって言っただろーが!傑!」

「50年の桃鉄なんて、止まったら終わらないだろう?代わりに硝子が操作してくれたんだ。」

 

プレステのコントローラーを手に持ち、口には相変わらず煙草。ゴロゴロと五条のベッドに転がりながらだるそうに操作するその姿にいやな予感を感じていた。

 

 

「――"五所川原の揚げ鯛焼き屋"売却して少しは借金減らしてやったぞ。」

「待て硝子!五所川原の揚げ鯛焼き屋の収益率500%って知って…」

「私が知るわけないじゃん?とりあえず借金ヤバいから売却…」

「硝子ーー!!」

「悟!落ち着いて!」

 

 

 

ギャーギャーと騒ぎ立てる先輩三人衆、通称"さしす"。その傍ら、静かにコントローラーを握りしめ桃鉄に勤しむ同級生が目に入る。

 

 

 

 

「洸さん、ポテチ食べる?コンソメの大袋!」

 

"ここ座りなよ!"と自分の隣を指さす"灰原雄"。入口付近で立ちっぱなしもアレだし…なんて考えをめぐらせ、洸は指された場所へと向かい、腰を下ろす。

 

「灰原…こんな時間にその量を食べたら明日後悔しますよ?」

「分かってないな〜七海は!この時間に食べるからこそ旨みが増すんだ。…ほら、七海も…」

「私は結構です。それより早く桃鉄を終わらせて明日の初任務に備えなければ―――」

 

右隣に灰原。そして左隣には生真面目な青年"七海建人。

 

入学式…というより新入生歓迎会で自己紹介し、今日はそれとなく会話をしただけだった。

そもそも同年代の友人がいた事の無い洸にとって、異性は更にハードルが高い。恐らく、これから長い付き合いになるであろう七海と灰原に対し、未だに緊張は抜けなかった。

 

 

「ポテチの他にもカップ焼きそばもあるよ?なんならちょっと高めのカップラーメンも!夏油さんが大量に買い込んでくれて…」

 

 

「―――カップラーメン?焼きそば…」

 

 

 

 

 

 

「「「!?」」」

 

灰原に差し出されたカップラーメンを手に取り首を傾げる洸。それを目にした一同は驚きのあまり静まり返り、言葉を失った。

 

 

「五条…さん。カップラーメンの存在は?」

「……カップラーメン。」

 

思わず七海が洸に問いかける。しかし反応は鈍く薄い。これはガチで"温室育ち箱入りのお嬢様―――"

 

 

 

「さすが兄妹。1年前の悟と全く同じ状況だね。」

「ウケる。"血は争えない"って本当じゃん。てか五条家ヤバすぎ。食生活どうなってんの?」

 

既視感。

1年前の悟をまんま見ていると口にする夏油と家入。箱入りお坊ちゃまの彼もかつてはカップラーメンの存在を知らず同期の2人は度肝を抜かれたのだった。

 

 

「あの…食べてみたいです。」

「カップラーメン?」

「はい。…実は晩御飯食べ損ねて…お腹がすいてきたので…」

「なら私が作り方を教えましょう。灰原、その間私の桃鉄の操作を頼みます。」

「任せて!七海!!」

 

洸が手にしていたカップラーメン(細かく言えばカップヌードルのシーフード味)を七海は受け取ると部屋の隅のキッチンへと向かう。洸も七海を追うようについて行くと事細かに作りかたを伝授されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「思っていたより、素直で可愛い子じゃないか。」

「ね?今日のアレを見た限りだと取っ付き難い子かなーなんて思ったけど。大丈夫そう。」

「洸さん。仲良くなれそうで安心しました!」

 

肩を並べて初めてのカップラーメン作りに勤しむ2人の背中を目に夏油達は正直な思いを口にした。

 

 

「そりゃそーだろ。俺の妹なんだから当たり前。」

 

「悟。俺の妹発言ばかり煩い。」

「シスコンだ、シスコン。」

「僕も妹が居るのでその気持ち分かります!」

 

 

「((存外、普通の人で安心しました。五条洸。))」

 

彼女の隣に立つ七海。彼も洸の予想外の人物像に顔には出さずとも安心した様子だった。

 

 

 

 

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「七海以外、全員表に出ろ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜な夜な歓迎会を楽しんだ6人。

七海以外、明らかな寝不足の様子で夜蛾の前に現れた時、見事にゲンコツを喰らい指導を受けたとか受けなかったとか―――

 

 

 

 

 

 

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