五条兄妹   作:鈴夢

30 / 52
その少女、曖昧につき

 

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2018年 6月中旬――

 

 

 

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朝の校庭の空気は新鮮且つ澄んで清らか。あと少しで夏に差し掛かる時期と言えど山奥に佇むこの場所はやけに寒く感じる。

 

 

気温も新鮮なこの空気も心地いい。

可能であればこんな日はゆっくりと温かいコーヒーを片手に散歩にでも繰り出したいところなのだが――

 

 

 

 

 

「――うぉおおおおおおぉぉぉぉお!!!!」

 

 

 

校庭に轟く少女の渾身の雄叫びと辺りの空気を震わすほどの斬撃。山々の静寂とは打って変わって物騒なものだった。

 

 

 

 

暁の爽やかな薄明が東の空に星々のまどろみを消し去り、空が不気味な赤みを帯びて明るみ始める早朝。

 

 

東京都立呪術高等専門学校 2年担任――五条洸

 

そしてその生徒――禪院真希

 

2人の影がとめどなくぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い。」

「んっ……ぐっ!!!」

「呪具に体持ってかれてるよ?もっと脚に力入れて。」

「言われなくても分かって――」

 

 

真希は無我夢中で長物の呪具を振り回す。的確に洸の動きを見抜き呪具を振るっているのだが全くもって"かすりもしない"。段々と苛立ちさえ感じてしまうほど、洸の完璧な立ち回りに徐々に体力を奪われていく。

 

 

「((クソっ!!ビクともしねぇ!マジでいつになったら一発入るんだよ!))」

 

 

自分の額を流れる汗、乱れる心拍――反面、目の前の担任は腰に差している"妖刀"の鞘に触れることも無く、明らかに息も切らしていない。それどころか自分の打撃を交わすだけでなく、次の一手を見越したかのように時たま鋭い拳を叩きつけてくる。

 

しかもその一手さえも手を抜かれているのは明白だった。いっその事本気で殴ってくれれば"マジでこっちもガチギレして本気を出せる気がする"のに――

 

 

 

とことん(アイツ)の妹だと実感させられた。

 

 

 

 

「……はーい!真希!ちょっと休憩!」

「っはぁ……ッ……はぁ……はぁ」

「ふふふ」

「あぁ!?何笑って――」

 

 

洸は真希の腕を掴みニッコリと微笑む。呑気そうにへらへらとしたその空気は正に五条悟と同じ雰囲気。……とするならば、嫌な予感しかしない。というより完全にその嫌な予感か当たってしまった。

 

 

 

「〜〜〜〜ッ!!いってぇぇぇぇぇ!!」

「気い抜いたでしょ?珍しいね?今回も私の勝ち。」

 

"休憩"と言われて珍しく気を抜いてしまった真希。それほどに体ば休息を求めていた事実。まんまとその策にのってしまったが故に真希の眉間に洸のデコピンが炸裂したのだった。

 

 

 

「今のはナシだろ!?その前に腕掴まれた時点で私の負け……」

「"痛みがあるのと無いので違う"んでしょ?」

「〜〜〜ッ……クソがっ!!!次はぜってぇボコる!」

 

 

 

以前、真希が乙骨に放った台詞をそのまま洸に言い返されてしまった。これ以上屈辱的なものがあるのだろうか。

 

 

「休憩なんて必要ねーよ!」

「ダメだよ。もうずっと動きっぱなしだし、続けたとしても意味ないよ?ほらー……立ち上がるのもしんどいでしょ?」

「っ……」

「とりあえず休憩ね?授業が始まる前まで真希に付き合ってあげるからさ?焦らない焦らない。」

 

 

ガクガクと脚が震える真希の手を掴み、ゆっくりと引き上げる。疲労感に襲われている真希はそれ以上何も言えず、ただただ大人しく洸について行くのだった。

 

 

 

 

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校庭のベンチに腰掛ける2人。

暖かい朝日に照らされるその姿は数ヶ月前では考えられないほどの距離感だった。

 

 

「…………」

「真希。梅のおにぎりも美味しいよ?食べる?」

「食う。」

「はい、どーぞ。お味噌汁も入れたげるね。」

「……今日のコレも洸が作ったのか。」

 

 

ラップに包まれたいくつものおにぎり。そしてスープジャーには洸が作った白味噌の特製味噌汁。綺麗に包まれ、ご丁寧に味噌汁用のカップまで用意してくるところ……悟とは正反対で几帳面で気が利く人だと真希は改めて感じていた。

 

 

「そうだよ?ていうか今までのも作ってたのに今更?」

「いや……だって昨日帰ってきたの遅かっただろ?作る暇なんて無いだろうし。」

「慣れだよ、慣れ。」

「……しかも二日酔い……だよな?七海さんが抱えて連れ帰ってきたの知ってるし。」

「えーー!?何で知ってるの?」

「部屋が隣なんだから普通分かるだろ?物音とかで。」

「あ、そっか。」

「…………((……こういう所は天然なのか何なのか……悟と腹違いってのも分かるよな……))」

 

 

実兄の悟と重なる部分も有り。しかし洸特有の性格も有り。あべこべとは言わないが似たり寄ったりの兄妹。異母兄妹だから多少はそれくらいはあるだろうとは理解していたが、本当にその通りで笑ってしまう。

 

頭脳明晰、体術も申し分ない実力。全てにおいての理解力も吸収力も桁違い。見事な洞察力や察知力はあの悟と全く同じなのだから――

 

 

自分の姓"禪院"も同じ御三家ではあるものの……やはり"五条家"は恐ろしい。

 

 

 

「そういえば、今日は久しぶりに2年はオフなんだよね?授業終わったらどこか行くの?」

「どこも行かねぇよ。終わったらパンダと棘と3人でガチ勝負するって約束してんだ。」

「たまには出かけたらいいのに。」

「あのなぁー担任のくせに分かんねぇのかよ。パンダ連れてどっか行けるわけねぇだろ?」

「そう?案外行けそうじゃない?仮装してるって事で。」

「……仮装扱いしてんじゃねぇよ。ボケ。」

「へへへ」

 

 

呑気におにぎりに食いつく洸。真希はそれを横目で見据え小さく呆れたようなため息を漏らした。自分より遥かに年上なのにあまり感じない。会話の内容や話し方、まるで同級生と話している感覚だ。しかも半年前は敵でもあった相手なのに、今はこうして隣に座り、どうでもいい事を言い合える仲。

 

悟もそうだが"距離感の縮め方がバグっている"。

 

多分この五条洸という人物は良い意味でも悪い意味でも人たらしだ。人の心の奥底を見透かし、のらりくらりと関わればあっという間にこの距離感。これこそが五条洸の魅力とも言える。同時に気味悪ささえも感じてしまう。

 

この人は敵味方関係なく自分の手中に収めてしまうような人間だろう。

 

 

 

「――で?洸は?今日は任務はねぇの?」

「任務は無いんだけど泊まりで京都校に行くんだ。今年の交流会の打ち合わせでね?」

「今年は東京校(ウチ)でやるんだよな?去年圧勝だったし。」

「そ。……まあその前に、もっと面倒なことが有るんだけど。」

「ん?面倒?」

 

 

洸はおにぎりの最後の一口をパクっと口に放り咀嚼を繰り返す。そしてわざとらしく口を尖らせ両腕を組み、真希へと視線を向けた。

 

 

「……真希の実家に行くの。」

「実家って……私の!?」

「そうだよ。禪院家ね?」

 

「…………」

「ん?何?」

「まさかあの直哉(バカ)との縁談とかじゃねぇよな?」

「さあ?どうでしょー?」

「はぁ!?」

 

 

 

美人で人たらしで頭がいい。

あの直哉が惚れるのも分かる気がした。

 

 

 

 

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――同日 午後14時過ぎ

京都某所 "禪院家"――

 

 

 

 

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古き良き、和を感じさせる大きな屋敷。

立派な木造の門構えは何年経っても変わらない――

 

 

 

 

 

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「洸〜、待っとったで。」

「お出迎えありがとう。直哉。」

 

 

タクシーが立ち去った時、重厚な門が開いたと同時に直哉が現れた。洸が来るのを待っていたと言わんばかりに嬉しそうに笑みを零し、数年前からは考えれないほどに"丸くなった(洸だけに)"と言えるだろう。

 

 

「あれ?今日和装じゃないんだね。珍しい。」

「カッコええやろ〜?惚れ直した?」

「いや、元々惚れてないし。」

「冷た!たまには褒めてくれてもええやん!LINEもガン無視やし冷たすぎるやろ!」

「あーもう、五月蝿い。」

 

白シャツに黒いパンツ、パンツと同じ素材のベストを纏った直哉。恐らく"炳"か何かの会合があるのだろう。見るのは2度目だ。言っておくが全く惹かれないし、惚れてもない。

 

 

 

「てか遠慮せんでも駅まで迎え行ったったのに。」

「別に大丈夫だよ。タクシー捕まったし。……あ、そうだ――」

 

 

門を潜り、石畳の長い道を歩く2人。

すると洸は思い出したかのように持っていた3つのうちの紙袋を1つ直哉へと手渡した。

 

 

 

「はい、お土産。」

「おっ!なんやろなぁ〜」

「"東京ばな奈"。」

「はぁ?もっと他にあるやろ!?とらやの羊羹とか!前も東京ばな奈持ってきて飽きたってゆーたやろ。」

「おこちゃま直哉君にはそれで十分でしょ。」

「……ま、ええわ。オレのこと想って選んでくれたと思えばそれだけで果報者や。」

「……………」

「なっ、なんやねん!そのブッサイクな顔!」

「引くわぁ、相変わらず。」

 

 

直哉はいつまでこの調子なのだろうか。さすがにこの先が不安すぎる。適当人間で最低なのは百も承知だがこの好意は偽りではないと感じてはいた。会う度にベタベタと引っ付かれるし、LINEも鬱陶しい程に通知は来るし……決して直哉とくっつく予定もそのつもりも洸には無い。だが諦めないこの男がなんだか可愛く見えてきた。

 

 

「そうだコレ見てよ。直毘人さんと扇さんのお土産。」

「ん……って重っ!瓶?1個は桐箱に入っとるし……」

 

洸が手にしていた残りの紙袋をゴソゴソと漁ると酒瓶と酒瓶が入っているであろう桐箱に手を伸ばす。そこに記されていたラベルをそのまま読み上げた。

 

 

 

 

「"最低野郎"……"おんな泣かせ"…」

「人気な日本酒なんだって。悟兄が持っていけっていうから。にしてもネーミングセンス……」

「ホンマにぶっ飛ばすでクソ兄妹。」

 

 

どちらも土産にはうってつけの酒だろう。悟のセンスの良さに洸は拍手喝采だ。無意識に笑みがこぼれるほどに。

 

そんな洸を相手に直哉はコツンと頭を突く。普段は"触れられない"のに間違いなく今自分の指は洸の白銀の髪の毛に滑らせた。解かれている術式。直哉はその一瞬を逃さず洸の腰に手を回した。

 

 

 

「…無限解いとるやん。珍しな〜。」

「急いでるからあんまりベタベタしないでよ。」

「えーやん、ゆっくりしていき?……あ!せや!晩飯どっか行かん?」

「悪いけど用事が終わったら直ぐに京都校に行くの。」

「時間的に泊まりやろ?宿ならウチ使いー。」

「絶対嫌。今日は歌姫先輩の家に泊まるの。明日昼前には東京戻んなきゃだし。」

「洸先生は大忙しやなぁ〜。」

「おかげさまでね。」

 

歌姫の家に泊まるというワード。それに対し直哉は舌打ちをすると残念そうに更に腰を引き寄せた。しかし洸の脚は止まることなく屋敷の入口へとさらに歩を進める。

 

 

――柔い女の体つき。細い腰に甘い匂い。サラサラと揺れる白銀の髪の毛に直哉は無意識に顔を埋めた。こんな可愛らしい女が"あんなに恐ろしい程に強い"なんて。だがそれが逆にコントラストとなって歳を重ねる度に惚れてしまう。

 

そんな彼女に"自分は利用されている"。分かっている、そんな事。だけどそれでいい。……でも願わくば――

 

 

 

 

「なあ、洸。」

「ん?何?」

 

 

屋敷の玄関前に着いたその時。ピタリと止まる2人の脚。

 

 

 

 

 

 

 

「……禪院(ウチ)、ホンマに来んの?」

 

 

 

突然の台詞。普段からは考えられないほどの優しい声。というか初めて聞いた気がする。このチャラ男がこんなに弱くて優しい声を出せるのかと疑うほどだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……DV夫は嫌です。」

「もうそんなことするわけないやろ?てか逆にオレが殴られる側やろ!」

「殴られたいの?」

「洸にならボッコボコにされるのが本望や。馬乗りになって毎日調教されるのも悪ないなぁ〜。」

「…………((引く))……」

「だからやめろやその顔。」

 

昔はその逆の行為を"された側"だ。何を言っているんだこの男は。性癖がグチャグチャすぎる。

 

 

 

「ていうか縁談は既に何年も前に破談してるでしょ。それに"元離反者""五条家の出来損ない"…私は禪院に相応しくない。」

「そんなん関係ないやろ。」

「関係あるでしょ。」

「ほんならそれが無かったら来とったんか?」

「どうだろ。(あの人)次第だけど。」

 

 

禪院での一件があってから即縁談の話は無くなった。正直、あの時の父親の真意は分からないままだ。何とかしてでも洸を五条家から引き離そうとした最終手段だったのかもしれないし、もしかすると本当に邪魔で全然に売ったのか……分からないのだ。

 

真希の母親に救われ、得体の知れない男に救われ――洸が自力で東京へと戻ったあの時。

 

……何度も言うが私は直哉にボコボコにされた身なのだ。よく考えれば今のこの状況も普通の感覚なら有り得ない。かつて精神を病むほどに傷つけられたのに、今私はその男と普通に接している。考えれば考えるほど不思議だった。

 

 

「残念やなあ。洸が禪院来たらえっらい様変わりしそうなんやけど。」

「へぇー。その言い方だと変えて欲しいの?禪院家」

「…………」

「……ま、私は誰かと"くっつく"とかは無いだろうし。暫くはそんなことも考える暇もないよ。」

 

 

あまり考えたことは無かった。禪院に嫁入りということも、今後自分が誰かと結婚することも。気づけば結婚適齢期にも差し掛かっているのだろうが考えられない。"恋愛感情"というものは勿論分かっているが……

 

 

「…………」

 

 

10年前の青い春。

恋をしていたあの時。

もうこの世に居ない、大好きだった彼――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんや洸。これからずっと独り身で居るつもりなんか?」

「そのつもりだよ?他に縁談がない限り。そもそも私は五条家の長女だし全ての権限は当主五条悟に有る。選択権なんて無い。あの人性格悪いの知ってるでしょ?逆らったら死刑だし。」

「……悟君ねぇ。」

 

彼女は"あの五条悟の妹"。

たまに忘れてしまいそうになるが洸は間違いなく五条家の人間であり、現代最強の術師の妹でもある。

 

"謎に満ちた洸の全て"――呪術界の人間達、総監部の老耄たちも恐るほどに全てが謎なのだ。それは実の兄も含めて。

 

 

 

「……なぁ、ひか――」

 

「「直哉様!そろそろご準備を!」」

 

 

 

刹那、直哉を呼ぶ男の声が辺りに響き渡った。恐らくは炳の人間だろう。

 

 

「あ゛ぁー!うっさいわァ!邪魔すんなや!ボケカス!」

「「しっ……しかし時間になったら呼べと……」」

「分かっとるわ!さっさと去ね!空気も読めれん奴はぶっ殺したるわ!!!」

 

 

 

「((……さっきまでの穏やかな直哉はどこへやら。変わってないじゃない……))」

 

自分に対しての態度、その他大勢へ対しての態度が違いすぎる。……どっちが本当の直哉なのか相変わらず分からない。

 

 

 

 

「はァ……んならな?洸。またいつでも遊びにおいでな。」

「うん。」

「次はとらやの羊羹頼むで?」

「ハイハイ。次があればね。」

 

 

鬼のような形相からコロッと穏やかな微笑みに変わる直哉。優しく頭を撫で、見つめられるとどうもモヤッと胸が痛む。恋愛感情ではないのだが……この男はロクデナシなのだが……本当に……本当に本当に根は悪くない奴なのかもしれないと。

 

そんな安易なことを考えてしまう自分がたいそう憎かった。

 

 

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無限に続く長い廊下。

かつて父と歩いたこの道が大嫌いだった。

 

 

 

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禪院家 本家邸宅 "松の間"

 

 

 

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豪華絢爛な和室……例えるのが下手かもしれないが、とにかく無駄に広く無駄に豪華なこの部屋。

かつて自分が父親に"売り飛ばされたも同然"の場所、兄が必死に護ってくれたこの場所。

 

昔に比べて、微かに酒の匂いが強くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相も変わらず元気そうだな。」

「直毘人さんも相変わらずですね?お昼からお酒なんて、少し控えたらどうです?」

「老耄から楽しみを奪うな。」

「心配してあげてるのに……」

 

大広間の上段の間に佇むのは禪院家当主――"禪院直毘人"

 

よく時代劇などで目にするような広間。大名が家臣と、あるいは将軍が大名に対面するシーンを思い出させるような光景が洸の目の前に広がっていたのだった。時代劇と大きく違うのは上座に転がる酒瓶くらいだろう。

 

 

 

「で?今回は何の用だったかのう。」

「――はい。」

 

 

直毘人は脇息に肘をかけ、酒瓶をそのまま口に運び続ける。洸は背筋をピンと伸ばし真剣な眼差しを相手へと向ける。

 

 

 

「……五条家の人間としてでも、呪術高専の関係者としてでもなく"私本人"としてお願いに参りました。」

「願い?……ほう。因みに悟は知っておるのか?」

「いえ。此処に訪れる事は知っていますが内容は伝えてません。」

「もしや直哉との縁談か?」

「その話は既に破談してますよね?父と兄にマジ喧嘩されたくなければその話は二度と出さないことです。」

 

 

酔いが回りすぎているのかそんな事も覚えていないのか?この老耄は。だが腐っても禪院家の当主。あまり大きな口は叩けない。

 

洸は改めて深呼吸すると顔色を再び真剣なものへと変え、口を開く。

 

 

「――呪術連及び高専との関係です。禪院家は五条家、加茂家と並ぶ御三家のひとつ。今後の呪術界において禪院家の協力も再度考えて頂きたく……」

 

 

呪術連と禪院家の希薄な関係性。

かつて百鬼夜行を実行するために関係者たちを全員洗い出したのは洸だった。その時に分かったことは1つ――禪院家は呪術連や総監部との関係性はあまり良くない。というより希薄なのだ、その一言に尽きる。

 

呪具などを貸し出しているのもそれが理由なのだろう。"御三家として全く手を貸さない訳にはいかない。だが面倒ごとは避けたい。せめて武器くらいは使ってくれ"と言わんばかりの関係性だ。

 

事実、百鬼夜行では一切手を貸していない。洸が直哉に依頼したのは"家族を守るためだけの手段"。ただそれだけ。"高専側の人間と共に戦おう!"なんて気はそもそも持ち合わせていないのだから。

 

 

――しかし、今後は彼らの力も必要になるかもしれない。ならば先手を打つ。

 

 

 

「何だ。今後禪院の力が必要になるほどの大事件でも起こるのかのう?」

「念には念をです。戦力は多くあった方が対処出来ますから。」

「…………」

「それに、これ以上孤立するのも禪院家にとってかなり不利益だと思います。このままでは総監部もあまりいい顔はしないかと。」

 

ただでさえ禪院家は呪術界でも"クソ"だと言われているのだ。五条家とも折り合いは悪く、加茂家とも良いとは言えない。炳や躯倶留隊(くくるたい)のような禪院家独自の戦闘集団を構えてはいるが組織としてはそこまで大きなものでもない。禪院家にとって危機的状況が万が一起こった時、そんな危険な非協力的な家系に呪術界の人間たちが手を貸すとも到底思えなかった。

 

 

 

 

「それはそうと洸。お前にひとつ確認したいんだが。」

「はい。」

「……"あの宿儺"が復活したとか――それは事実なのか?」

「はい。事実です。」

 

直毘人の表情がかすかに揺れた気がした。それは恐れに近いかもしれない。

 

 

「……よもやよもや……恐ろしい時代の幕開けよのう。」

「で、どうです?私の話。」

「………」

 

 

話を誤魔化そうとも無駄だ。

それに自分には時間が無い。さっさと話を詰めて立ち去りたい。

 

 

 

 

 

 

「洸が禪院に嫁入りするという約束ならば即決なんだがなぁ。」

「だからそれは有り得ません。その交渉はナシですよ。」

「そんなカッカするな冗談だ。今更お前を禪院に嫁入りすることが出来ないことは分かっておる。悟が居る限り無理な話だ。」

 

 

"だったら今のこの話の流れは何だったんだ"と胸中で呟く洸。だから酔っぱらいの相手は嫌なのだ。話が一転二転と変わり面倒だ。

 

 

「……ふー……む。」

 

 

暫く考え込む素振りを見せる。時たま体を仰け反らせたりわざとらしい行動を見せるも、洸は姿勢を1ミリも崩すことなく静かに返答を待ち続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――分かった。ただし条件がある。」

「何でしょう。」

「協力をするのはワシだけだ。扇、直哉……アイツらを強制はしない。」

「何故です。」

「直哉は言わずともお前にだけは従順だ。呪術連に協力しろと言わずとも緊急時には駆けつけるだろう。」

「……さあ、どうだか。」

 

「それと"扇"。アレは止めておけ。下手に仰げばお前にとって弊害になるかもしれん。お前のことを心底嫌っておるからな。」

「……真希と真依……ですよね?」

 

 

"禪院扇"――禪院直毘人の弟であり、真希と真依の実の父親。

 

昔は嫌われていなかった。というより都合のいい女だと認識されていたし、嫌われる要因も無かった――が、今は違う。

 

 

"真希と真依に関わる面倒な教師"だと思われているのはあくまでも推測だが多分合っている。

 

 

 

 

 

「分かっておるならそれ以上は言うまい。」

「((……どこまで毒親なんだか…禪院扇……))」

「話はこれで終わりだ。……一杯飲んで……」

「帰ります。お時間ありがとうございました。」

「なっ……酌くらいしていけ!洸!」

 

深深と頭を下げ、さっさと立ち去ろうと立ち上がる洸。

 

用は済んだ、言質もとった。十分すぎる収穫。1秒でも早くこの屋敷から出るのだ。

 

 

 

「それじゃ、また来ますね?直毘人さん。」

 

 

有無を言わさず出ていく洸。禪院家当主相手に多少荒っぽい言動なのだが"これがベター"だ。

 

 

「……全く。相も変わらず人を弄ぶのが上手い娘だ。」

 

 

憎みきれないあの"少女"。

本当に娘ならば……どれだけ愉しいことだろうか。

 

酒を口に運びながら、直毘人は微かに頬を緩ませた。

 

 

 

 

 

 

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「――何用だ。」

「……こんにちは。」

 

 

次から次へと。この屋敷に来るとろくな事がない。

 

さっさと屋敷から出ようと玄関まで猛ダッシュしたのに――目の前に現れた……いや明らかに待ち構えられていただろう。

 

洸の前に、今一番遭遇したくない"禪院扇"が立っていたのだった。

 

 

 

 

「"当主様"に用事があったもので。……ですがもう帰ります。お邪魔しました。」

「…………」

 

洸はわざと"当主"という言葉を強めた。悟と同じく性格が悪い。扇にとってその言葉は苦痛でしかない。

 

――当主になれなかった男なのだから。

 

 

 

 

 

 

「そういえば……"真希"。更に強くなりましたよ。」

「…………」

「呪力は無くとも、元のポテンシャルもスタンスも遥かに高い。誰よりも……もしかすると貴方よりも――」

 

 

刹那、洸の服の襟ぐりが大きく歪む。

扇の大きな手と力が容赦なく掴みかかってきたのだった。

 

 

「口を慎め!五条洸!」

「…………」

 

 

恐ろしい程に怒りに満ちた顔。それもそのはずだ、この父親はクソ中のクソ。実の娘たちに愛情のひとつも無ければ足枷としか思っていない。

自分が当主に成れなかったのは"出来の悪い娘達のせいだと――"

 

 

 

 

 

 

「……私、昔からこの家の事が大嫌いでした。」

「…………」

「男尊女卑……呪力がなければ蔑まされ酷い扱いを受ける地獄のようなこの家が……本当に嫌いだった。」

 

 

この家での扱い。それは最低最悪なものだ。

 

 

「ですが私は貴方の奥様に救われました。理由はともあれ……あの方が居なければ私はきっと死んでいた。」

 

 

暗闇に指した光明。

あの姉妹の実の母親。救われた事実。

 

 

「当主の直毘人さん、そして直哉……当時はとんでもない扱いをされましたがあれは過去です。ムカつきますが私は許します。現に半年前に助けてもらいましたから。」

 

 

襟を掴む扇の手に洸は重ねるように手をのせる。

 

 

「ですが……私は貴方だけは許せない。過去を未だに引き摺る貴方を尊敬できないんです。」

 

 

真っ赤に染った瞳は炯々と光を放ち、男をじっと見すえ続ける。

 

 

 

「"全ての非は他人にある"と責任転嫁する異常なほど強い自己愛、自己憐憫の精神の持ち主。当主になれなかったのを娘のせいにして、未だにその執着は続いている。……いい加減認めたらどうです?貴方の娘は強い。」

 

扇の表情が悔しさに満ちていく。洸が放つひとつひとつの言葉が全てピンポイントに刺さり続け何も言い返すことが出来ない。

 

 

 

 

 

 

「……扇さん。あの双子は化けます。」

「ッ……何を」

「意地を張らず、さっさと2級にでも上げたらどうです?」

 

生まれつき呪力を持たない真希。

呪力はあるものの呪力量が少ない真依。

 

"禪院家の落ちこぼれ"――

 

だからなんだと言うのだ。彼女たちは必ず這い上がってくる。

 

 

 

 

 

「いつ何時でも……真希と真依の後ろに私がいることをお忘れなく。」

 

 

低くドスの効いた冷徹な声。心の臓を掴まれるかのような苦しさと恐怖を感じる程に赤い瞳が不気味に光る。

 

扇はそんな洸の様子に驚く様子を見せ、慌てて手を離したのだった。

 

 

 

 

「――あ!そうだ!お土産!渡しそびれたので扇さんに渡しますね?直毘人さんと召し上がってください。」

「なっ……」

「私と兄から……純米吟醸酒"最低野郎"、純米大吟醸酒"女なかせ"。あと肴を少々。」

「……洸…」

「では!また!」

 

紙袋を半ば押し付けるように扇に渡し、玄関から飛び出す洸。扇に一切言葉を放たせる瞬間さえ作ることなく、強引に出ていくのだった。

 

 

扇の表情が悔しさに歪んでいく。言い表せない憤り、悔しさ……様々な感情がぐるぐると巡る。胸糞が悪いとはこういうことか。

 

 

「((……五条家の出来損ないめが……))」

 

 

扇は洸の後ろ姿を見えなくなるまで追い続けたのだった。

 

 

 

 

 

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――同日 午後16時過ぎ

京都府立呪術高等専門学校 ――

 

 

 

 

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コツコツと足音を鳴らしながら廊下を歩く人物。任務後なのか手には報告書が有り、向かう先は職員室。

 

そんな時、ふと来客用の部屋の扉が開いていることに気づく。通り過ぎようとしたその時、視界に映りこんだ白銀と赤い光に"禪院真依"は慌てて立ち止まった。

 

 

 

「――洸?」

「ん?……あ、真依。」

 

 

部屋のソファに腰を掛けたまま"よっ"と手を挙げ、真依に向かって満面の笑みを向ける洸。真依は予想外の人物の登場に微かに胸躍らせ、部屋に洸以外の人物が居ないことを確認すると足を踏み入れたのだった。

 

 

「――そういえば打ち合わせがどーのこーのって歌姫先生が言ってたわね。」

「そう今年の交流会の打ち合わせに来たの。」

「1人で?」

「うん、1人。」

「((……"あの事件"を起こして約半年。元離反者とはいえ、それなりの信頼は回復してきたのか……))」

 

百鬼夜行(あの事件)。死刑執行を免れた元離反者。まさかたった半年で京都まで単独行動を許されるなんて稀だろう。普通放任しないだろうし、せめて数年は信頼回復までに時間はかかる。

 

背後に五条悟という存在があるからなのだろうか?しかし、噂によれば五条洸は現代最強の術師と謳われている兄に致命傷を負わせたこともあるらしい。だとすれば、兄に無理して従うこともしなくていいはずだ。

 

……昔から洸の存在はして言ったが、気味が悪いほどに不可思議なことが多すぎる人だった。

 

 

「……ねぇ、真希は元気?」

「元気だよ。今日も朝から一緒にトレーニングしてきたし。」

「そう、相変わらずね。」

「毎日毎日トレーニングに付き合えってうるさいの。たまにはゆっくり眠りたいんだけど……」

 

 

刹那、真依の制服の懐からスマートフォンの通知音らしい音が鳴り響く。"ちょっとごめんなさい"と一言口にすると真依はスマートフォンの通知を確認し、半ば呆れたように眉を引き寄せた。

 

 

「……ねぇ。もしかしてウチに寄ったの?」

「そうだけど何で?」

直哉(あの人)から連絡が来たから。"洸は京都校に着いてるか"って。」

 

画面を洸に見せる真依。

スマートフォンにはお馴染みのLINEのトーク画面が開かれていた。"禪院直哉"とのトークルームには次々と洸の身を按じるような文面が送られている。

 

 

「あー、私が通知オフにしてて返信してないからだと思う。」

「いい迷惑よ本当に。」

「ごめんね?真依。」

 

両手をパチンッ!と勢いよく合わせ頭を下げる洸。軽いノリで言われている気もするがこれが洸のベースだ。

 

 

 

「……ていうかずっと気になってたんだけど……」

「ん?何?」

 

 

真依は急に改まるように声色を変えた。少し疑念を抱くような、不安気にも感じる声。

 

そして真依はしばらく間を置くと、ゆっくりと口を開く。

 

「洸……、昔酷いことをされてたのに何で普通に付き合えるの。」

「酷いこと?」

「殴られたり踏みつけられたり……私と真希を助けてくれた時だって――」

 

 

┈┈┈

 

 

 

殴られ蹴られ、屋敷内の庭で直哉に折檻されていた2人。幼いふたりは直哉を相手に抗うことも出来ず、それを目視していた女中達も手を出せないまま。

 

必死に姉の真希の名を呼ぶ妹の真依。"早く逃げろ"と真希は何度も妹に促す。しかし姉を置いて逃げる事など思いつきもしなかった。

 

 

 

――"直哉!止めてっ!!"

 

 

刹那、履物も履かず足袋のみで庭へと駆け下りた1人の少女。白銀の髪に赤い瞳、矯正された美しい顔を持つ五条家の人間。

 

禪院の人間が誰1人逆らわなかった直哉を相手に、五条洸は容赦なく食いかかったあの時――

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

「…真依さ、"将を射んと欲すれば先ず馬を射よ"って諺知ってる?」

 

 

過去の出来事を少しだけ脳裏にめぐらせていたその時、ソファに腰掛けたままの洸が不意に真依へと問いかけた。

 

 

「……何となく?大きな目標を達成するためには、周辺のものから手にいれろ……みたいな?」

「そ。まあ簡単に言えば"外堀を埋めろ"って事。」

「それが洸と禪院に何か関係あるの?」

「大アリだよ。」

「でも、洸には五条悟が居るじゃない。外堀なんて埋めなくても十分過ぎるでしょ?」

「五条悟が"居れば"の話しね。」

「居ればって……何よそれ、不吉すぎ……」

 

 

不吉な話だがそれはきっと訪れない。

あの五条悟が"居なくなる"ということはまず無いだろう。ただの洸の悪い冗談だ。

 

 

「知っての通り、五条家は五条悟のワンマンプレーで成り立ってる。私は大した力はないし寧ろ離反した人間……万が一が起こった時、助けてくれる人が多ければ多いほどいいでしょ?」

 

 

今の洸には後ろ盾が少なすぎる。半年前よりかは周りの人間から信頼を取り戻せてはいるが"助けてくれる"かは話が別だ。

 

しかし禪院家なら……あくまでも歪んではいるが"それなりの関係性"は保たれている。所謂、腐れ縁的なやつだろう。

 

 

「……だから直哉を手懐けたの?」

「そう。あと、あなた達姉妹もね?」

「ッ……」

 

 

穏やかだった微笑みは一瞬で真依を嘲笑うような冷ややかな表情へと一変する。全てが洸の計画通りだと言わんばかりの怪しさに、真依は無意識に息を呑む。

 

……いや、こんなことを口にするのも納得だ。人当たりが良い洸に、関わった人間たちはすぐに心を開いていく。良くも悪くも生粋の善人なのは間違いないが、完璧すぎるその部分が逆に不快に思わせることもある。だが誰も洸に楯突くようなことは安易に起こさない。理由は後が恐ろしいからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なーんてね?言い方が悪かったね?心配しなくても真希と真依を私情で操ったりなんてしないよ?2人は全く別。」

「…………」

「そんな顔しないでよ?ほら冗談冗談――」

 

 

浮かない表情をする真依の腕に手を伸ばそうとした時、部屋の扉が開かれるとふたつの影が現れた。

 

 

 

「あら、真依。」

「…………」

 

「……歌姫先生、楽巌寺学長。」

 

 

京都校教員、庵歌姫。そして学長の楽巌寺嘉伸。そういえば打ち合わせがこの部屋で行われるのだった。真依は一歩後退する。

 

 

「今から交流会の打ち合わせじゃ。悪いが退いて貰うぞ。」

「……真依?どうかした?もしかして(この子)に何か言われた?」

「人聞きが悪いですよ?別に何もしてないです、歌姫先輩。」

 

 

"嫌だな〜"なんて呑気に口にしながらコロコロと変わる表情。真依は少し恐ろしかった、五条洸という人間が。全く読めない人間性、二転三転する表情。昔からそれは変わらなかった。

 

 

 

「真依。」

「……」

「またね?東京校で待ってるよ?」

 

頭を下げ、無言で去っていく真依に手を振るう洸。特に返答することなく、真依は部屋から去ると静かに扉を閉めた。

 

 

 

 

「――洸。」

 

 

 

真依は何とも得心のいかないような、惑うような表情を浮かべながら廊下を突き進む。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

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┈┈┈┈┈

 

 

 

――午後21時過ぎ

京都 "四条河原" 繁華街――

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

夜な夜な壁も砕けんばかりの大合唱で煮えくり返る居酒屋にて――

 

 

 

「あんた、ますます五条悟(アイツ)に似てきたわね。」

 

 

一際冷静で落ち着いた歌姫の声が響く。対面では生ビールを飲み干す洸の姿。完全にオフモードの2人は私服姿で、味のある昭和のポスターのレプリカ、提灯でレトロ間を演出した居酒屋で過ごしていた。

 

 

 

 

 

「……え?そうですか?」

「昔は……なんていうかもっとこう……」

「可愛げがあった?」

「そう!それ!……ていうか自分で可愛」

「すみませーーん!生ひとつ追加で!」

「((……こういう…人の話を遮るところとかね……))」

 

 

洸と再会して約半年。そして洸との空白の10年――あの頃はまだ彼女も10代でまだ可愛げがあったのに今は酒を嗜む年齢に。容姿はさほど変わらないが、兄である五条悟に更に似てきた気がしてならない。

 

 

 

「ていうか本当に30手前?肌も綺麗だし髪もツヤツヤ。どう見ても未だ20代前半……ギリ18、9って言っても納得できるわ。恐るべし五条家の血。」

「そんなに褒めても何も出ませんよ?でも今日はあの人の奢りです……"ブラックカード"。」

「よっしゃ!飲み明かすわよ〜!片っ端から高い酒出しなさーい!!」

「了解です。――すみませーん!1番高い日本酒を瓶ごと――」

 

 

 

 

 

 

次から次へと運ばれる酒、肴。

2人は空白の時間を埋めるかのようにとにかく語り合った。

 

 

 

初めて出会った京都校での交流会の時の事。時たま任務で共に行動することもあり、兄の気配を感じさせるような無駄のない立ち回りに呆気にとられていた事。東京校に行った際には五条兄妹にムカつくほどに弄ばれ"いい加減歳上を敬いなさい!"なんてしょっちゅう口にしていた事も……

 

離反した時は驚きを隠せなかった。まさかあの五条洸が姿を消すなんて想像すらできなかった。だが今思えば想像できなかったにせよ、その予兆はあったのかもしれない。

 

何を考えているか分からない赤い瞳。ニコニコと笑みを零し、人の心をいい意味でも悪い意味でも弄ぶ魅惑を感じる女の子。笑顔の裏にとんでもない真っ黒なものを隠しているような雰囲気。

 

一体どれだけの数の人間が五条洸に振り回されたのやら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そういえば、洸は七海と付き合ってないの?」

「いきなりどうしたんです?もう酔いました?」

「さすがにまだ酔っ払ってないわよ。……こういう時しか"こういう話"できないでしょ?」

 

暫く語り合ったその時、歌姫はふと思い出したかのように話しを切り出した。

 

"七海と洸の関係"――それは時が経つにつれて、ましてや洸が戻ってきてから様々な術師や補助監督が密かに気にかけていたことだった。

 

 

同期、親友……1度はお互いに離れたものの再び戻ってきた。以前、夏油一派と高専に宣戦布告に訪れた際には七海と洸は刃と刃をぶつけ合った事も。……だがその時の2人の様子を見てもただの関係性ではないと一部の人間はすぐに察したはずだ。

 

今となっては共に東京校の関係者となり、任務も時たま2人でこなしている。自由に動けない洸を気にかけるように七海はいつも洸と行動しているとか。その情報は本当かは不明だが京都校の歌姫の耳に入るほどに呪術界隈ではかなりホットな情報でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「付き合ってないです。」

 

洸は真っ向から否定するように言葉を呟く。

 

「え?本当に?」

「本当ですよ?ていうか何を根拠に付き合ってるとか思ったんです?」

「……いや……だってこの前、私が東京出張の時あんたベロベロに酔っ払ったの覚えてるでしょ?」

「はい。観光がてら、昼から浅草で死ぬほど飲んで私が身動き取れなかった時のことですよね?」

「そうよ!しかも未だあの時寒くて、私だけじゃ洸をどうにか出来なくて困ってた時――」

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈

 

 

 

まだまだ夜は酷く冷え込む2月下旬頃。浅草の大通り沿いで歌姫に肩を支えられ、完全に酔いが回り動けない状態の洸。そんな2人が立ち尽くしていたところ一台の車が道路脇に止まると困り果てたように七海が呟く。

 

 

 

「……全く、この人は……」

 

 

歌姫から洸を受け取る七海。ゆらゆらと覚束無い脚で立つ彼女を大きな体は容易に支える。胸元では頬を赤く染め、微かに笑みを零す洸。どうやらかなり酔っ払っているらしい。それもそのはず、久しぶりの歌姫との外食に羽目を外すのも何となく理解していた。

 

 

 

「悪いわね七海。」

「いえ、寧ろご迷惑をお掛けしました。……歌姫さんも、もし宜しければホテルまで送りますが。」

「私は大丈夫。この辺のホテルだし歩いて帰れるから。」

「……分かりました。」

 

歌姫もかなりの酒豪だ。しかしこの日は洸が早めに潰れると分かっていたのかあまり酒を口にしなかったらしい。ほんとうに2人とも酔いつぶれて行方不明扱いにされたら元も子もない。というより、洸は再び離反の疑いをかけられて死刑対象になってしまうかもしれない。それも絶対にゴメンだ。

 

 

 

「……へへ……建人……」

「洸さん。しっかりしてください。」

「…………くかーーー……」

「…………」

 

 

立ったまま七海に体を預け、眠ってしまった洸。無限も解除し、あまりにも油断しすぎているこの状況に七海もため息を漏らしていた。

 

 

だが……微かに感じる安堵感。

洸を見下ろす七海の優しい表情。

それは歌姫の脳裏に焼き付いて離れなかった。

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

「――七海。あの時二つ返事で直ぐに駆けつけてくれたじゃない。」

 

 

あんな真夜中にすぐに駆けつけてくれるなんて"ただの友人関係"ではないと誰でもわかる事だ。あの優しい眼差しも、普段はサングラスをかけて分からなかったが七海は洸を見つめるとき、あんなに優しい瞳をしているのだと驚くほどだった。

 

 

 

「…………うん。」

「いい加減素直になりなさいよ。」

「拗らせてるつもりはありません。」

「七海の気持ちくらい分かってるんでしょ?分からないフリしてるみたいだけど。」

「…………」

 

 

「学生時代から私は分かってたわよ。……あの時は……灰原も居たけどね――」

 

 

東京校の1年。当時は"あの五条悟の妹"か入学したぞ、なんて話題が持ち切りになるほど。今年の東京校の1年は強いらしい――ひとつ上の学年の3人と並ぶほどにいいチームワークを発揮するスリーマンセルだ……なんて。

 

 

明るく、向日葵のような青年。

知的で物静か。誰よりも優しい青年。

……そして、その2人の真ん中でいつも眩しい笑顔を浮かべる少女――

 

それほどに"彼ら"は魅力的だった。

もし、1人の青年が命を落としていなかったら――どんな未来が待っていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、洸。」

「はい。」

 

 

 

 

 

 

 

「"何に脅えてるの"。」

 

 

酔いが覚めるほどの冷静な声質。ドキッと脈打つような、隙をつくようなその言葉に洸は僅かに笑うだけ。

 

 

「……私が?」

「そ。あんた。」

 

 

お猪口をテーブルに戻す歌姫。心做しか表情が少しだけ不安の色を滲ませていた。

 

 

 

「離反して、戻ってきて……素直に教師やって都合よく働かされて……人の心を弄んで。」

「弄ぶなんて心外です。」

「あんたら兄妹が何考えてるのか不気味なのよ。」

 

 

昔からこの兄妹は歪だ。

兄妹らしからぬ雰囲気をたまに感じることが多々あった。

 

 

「五条も五条よ。平気で洸に裏切られて殺されかけた癖に、二言目には"僕の妹だから"って何でもかんでもあんたを許しちゃうし。」

「…………」

「洸が離反した時なんて"俺の責任、いつでも妹を祓う覚悟はあります"……って言ってた癖に。」

 

 

離反した当時の悟の後ろ姿が浮かび上がる。

 

 

「五条が洸を見ていた時の視線、態度……何となく感じる影……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あんたたち兄妹。何を考えてるの。」

 

 

 

 

笑顔の中に苦い色が見える。

 

 

洸は歌姫の問に、ただただ空白の笑顔を見せ、手元のお猪口に再び手を伸ばすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五条兄妹の不思議な関係。

それは誰も知る由もなかった。

 

 

 

 

だが近い将来、兄妹の全ては明らかになる。

 

そう遠くない未来に――

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

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