五条兄妹   作:鈴夢

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――また、貴女と見ることが出来ました。








残暑の夜、打上花火

 

 

 

 

 

 

 

 

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――2018年 7月

??????――

 

 

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ドアノブに手を伸ばす。

それをゆっくりと回し、扉を押し開けたと同時に爽やかな潮風が流れ込むと"男"の長い髪の毛を揺らした――

 

 

 

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「――随分と賑やかな領域だね?」

 

 

扉の先の"生得領域"

それはまるで南国のビーチリゾートのようだった。

 

 

美しい海と砂浜、潮風、磯の香り、波の音……この広大な領域は"陀艮(だごん)"という呪霊のものだった。

 

 

 

「…実に…穏やかだ。」

 

 

笑みを浮かべたまま砂浜を歩く男――

 

長い黒髪

五条袈裟

大きな体格

感情が読めない不敵な笑み

 

"額には縫い跡の文様"

 

男は砂浜を歩み進むとビーチチェアに体を預ける人物へと視線を落とした。

 

 

 

「や。真人(まひと)。」

「……あれ?漏瑚(じょうご)はどうしたの?"夏油"。」

 

その人物はビーチチェアから体を起こすと微かに首を傾げた。

 

 

"夏油"と呼んだ人物……男。寧ろ人と例えるのは間違いだ。正しくは呪い。

 

見た目は皮膚が継ぎ接ぎだらけ。青年とも例えられる容姿だろう。身体を黒いローブで覆っており、肌の色も血色も良くない。"人間らしくない"。

 

その青年は人が人を恐れ憎む負の感情から生まれた"特級呪霊"だった。

 

 

 

 

 

「漏瑚は瀕死。花御(はなみ)が助けに入ったから多分大丈夫じゃないかな?」

 

薄ら笑いさえ浮かべる"夏油"と思われる男。どうやら仲間が瀕死状態らしい。だが呑気に笑っていた。

 

 

「無責任だな〜。君が焚き付けたんだろ?」

「とんでもない。私は止めたんだよ。」

「五条悟……てか五条洸も現れたんでしょ?あと宿儺の器も。」

 

 

昨夜、漏瑚とやらが五条悟に勝負を挑んだらしい。無鉄砲にも程がある。そして運悪く、特別授業と題して瞬間移動で実の妹とと宿儺の器をその場に連れてきたとか。

 

 

 

「情報が早いね?」

「興味深いからね。次は俺にやらせてよ?」

「別に構わないけど……漏瑚のような結果にならない事を祈っておくよ。」

 

結果は惨敗。夏油はそうなることを分かりきっていたらしい。五条悟、ましてや"あの兄妹"に1人で挑むなんて馬鹿馬鹿しい。負けは確実。自ら死にに行くようなものだ。

 

 

 

「………」

 

 

刹那、先程夏油が入ってきた扉が開く。大きな淀んだ呪力が2つ。明らかに瀕死状態の漏瑚とそれを支える花御の姿だった。

 

 

 

「…へぇ、噂をすれば……」

「漏瑚、花御。"無事で何より"。」

 

 

真人と夏油は心配する様子もなく小馬鹿にするような笑みを浮かべ2人を出迎えた。

 

 

「……ッ……どこをどう見て言っている?」

 

 

漏瑚の首と胴体は切断されていた。人間であれば死んでいただろう。彼らもまた人間ではなく呪霊だ。瀕死状態であるのは確かだが人間よりはタフだ。

 

 

「それで済んだだけマシだろ?」

「ッ…」

「ま、運が悪かったね?まさか"妹"まで現れるとは予想外だった事だし。」

「貴様…夏油!傍観していたのなら何故手を貸さなかった!?」

「高専関係者に顔を見られる訳にはいかないからね。ましてやあの"兄妹"は尚更。」

 

 

特級呪霊"漏瑚"

現代最強の術師、五条悟に不意に襲いかかるも完敗。圧倒的力によって彼に触れることさえできなかった。

 

しかもよりによって"例の妹"も現れた。夏油から五条洸がどんな人物であるか小耳には挟んでいたが"それ以上"だった。力も、立ち回りも、性格も口の悪さも。自身の領域内で兄妹が目の前に並んだ時には絶望すらした。

 

 

"このままだとこの兄妹に祓われる"と――

 

 

 

「……これで分かったと思うけど。五条悟は然るべき時然るべき場所…こちらのアドバンテージを確立した上で"封印"に臨む。」

 

 

一変して夏油の口調が真剣なものへと変化した。そして何やら怪しげな会話が始まる。

 

 

「決行は10月31日、渋谷。……詳細は追って連絡するよ?」

 

 

"10月31日 渋谷"

彼が考えている企みは分からない。

 

 

「いいね?真人?」

「異論ないよ。狡猾にいこう…呪いらしく、人間らしく。」

 

 

真人の表情が高揚していた。いよいよかと言わんばかりの興奮。そもそも真人の目的は呪いが人間を駆逐して繁栄する新世界の創造。それと何か関係があるのだろう。

 

 

 

「待て夏油。"あの女"はどうするつもりだ?」

 

その時漏瑚が口を開く。花御の手元で動く切断された首が不気味にガクガクと蠢き始めた。

 

「どうするつもりって?」

「五条悟の妹。…仮に五条悟(アレ)を封印したとてあの女が邪魔だ。」

 

実際に戦闘した漏瑚だからこそ感じていたものがあった。五条悟だけを戦闘不能にしたとしても問題はもう1人存在する。

 

不気味な"兄妹"。きっとあのふたりには何かがあると勘が働く。

 

 

そんな漏瑚の言葉に対し、夏油は改めて腕を組み直すと微かに眉を顰ませた。

 

 

 

「………五条洸が"更なる脅威"に成る…か。」

「何?」

 

「いいや。実は私も迷っていてね?

――"獄門疆"に封印すべきは五条悟か。はたまた五条洸か。」

 

 

"獄門疆"

"封印"

"五条悟か五条洸か"――

 

「だけどさすがに五条洸を封印する条件が揃わないか……うーん、悩ましいね。」

 

 

せめて、"あの青年の体"があれば可能だったかもしれない――

 

 

「ん?どういうことー夏油?話がよくわかんないんだけど?」

「賭けだよ?コレに関してはもう少し精査する必要があるね。」

 

 

夏油の猜疑深い表情に真人達は顔を見合わせた。夏油の心境がいまいち掴めなかったのだ。

 

 

 

「…しかしあの女、恐ろしく奇妙だ。五条悟よりも…奇妙だった。」

「へえ〜。漏瑚がそこまで言うなんてよっぽどだね?どんな感じだったの?俺はまだ戦ったことないし。」

 

 

真人は興味深そうに漏瑚を見つめる。彼の様子はまるで子供が玩具を貰った時のような、楽しみで嬉しくて堪らないような表情だった。そんな真人を相手に漏瑚は花御に抱えられたまま淡々と話し始める。

 

 

 

「あの女、呪力を全く感じん。だがしかし五条悟と同じ無下限呪術とやらを使う。加えて目に見えぬスピードに馬鹿力、優れた洞察力……アレは何なのだ。"夏油"」

 

「………」

 

「碧眼と緋眼。血を分けた兄妹。無下限呪術…」

 

「………」

 

「貴様なら何か知っておるのだろう?」

 

 

夏油であれば洸の事は十分に知り尽くしているだろう。なんせ彼女と離反し、何年も共に過ごしてきた。

 

 

 

 

 

"――五条洸との記憶。彼女の能力は?性格は?……何を隠している?"

 

 

 

 

 

 

「……さあ?どうだろうね?」

 

 

夏油は微かに頬に笑みを浮かべるのみ。口調からしてはっきりと何を考えているのか、彼女について何を思っているのかは全くもって理解できなかった。

 

 

 

"この男の脳内にある記憶。見つけ出せない彼女の本音――"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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――分からない。

 

 

 

"この女"の記憶が――

 

 

 

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――2018年9月

午後16時頃――

 

 

 

 

 

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まだまだ暑い日は続いていたが猛暑酷暑は過ぎ去った今日この頃。

 

晴れやかな青空と空気の元、高専内の入口付近では浴衣を纏った1年と2年、そして彼らの教員の姿があった。

 

 

 

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「――へぇ。恵の浴衣良いね?いい柄だ。」

 

 

 

悟は伏黒の浴衣に触れ嬉しそうに笑みをこぼす。特に何も反応を見せない伏黒の傍らでは興奮冷めやらぬ様子の虎杖の姿があった。

 

 

 

「五条先生もそう思うっしょ!?俺が選んだんだよな!伏黒?」

「別に。俺はなんでもいいんで。」

「冷た!せっかく俺が選んだのによー!」

 

虎杖が伏黒に選んだという浴衣。

古くから世界各地で伝わる絞り染めの中でも、雪の結晶を表現する板締め絞りの"雪花絞り"というものだった。大胆でインパクトのある柄で染められており、普段の伏黒だと絶対に選ばない派手な浴衣。深い青が伏黒の白い肌をより一層引き立てる。

 

 

 

「本当は嬉しいくせに〜悠二に選んでもらえてさ?素直になりなよ〜。」

「…だから…別に……てか触んないでくださいよ……」

「へへへ〜」

「マジで洸先生は俺の事子供扱いし過ぎなんですよ。」

「だって子供だもん。」

「っ!!」

 

グシャグシャと伏黒の髪の毛に触れ、雑な絡みを見せたと思えば今度は虎杖の元へ。パッと明るい橙色の浴衣を纏った虎杖らしい姿に洸は嬉しそうに反応を見せていた。

 

そんな洸の姿をどこか恥ずかしそうに見つめていた伏黒。暫くすると直ぐに視線を逸らす。

 

 

 

 

 

「"夏祭り"。…もう時期的に夏は過ぎてるようなもんだけど、雨が続いて運良く今日まで開催が伸びるなんて不幸中の幸いだねー。」

「きっと皆が交流会頑張ったからだよ?…色々あったけどとりあえずやっと落ち着いたし、ご褒美みたいなものじゃないかな?」

「ん。そうだね。」

 

 

悟と洸の会話。

浴衣を纏い、嬉しそうにはしゃぐ生徒たちを前に最強兄妹の頬が無意識に綻ぶ。ふたりの会話にもあったように"色々あった"数日間。

 

死んだと思われていた虎杖が"実は生きてました!オッパッピ〜☆"なんてふざけたサプライズから始まり、京都校との交流戦では宿儺の器である虎杖は殺されかけるし(東堂葵によってその計画は見事打ち壊されたが)。

 

しまいには未登録の特級呪霊達に襲われ、何故か五条兄妹だけは特殊な帳に弾かれてしまい直ぐに生徒たちを助けに行くことも出来ず――――だが元々高専の生徒たちは強い。悟と洸が直ぐに助けに入らずとも、彼らは無事だったのだ。

 

 

"未登録の特級呪霊達、及び呪詛師と思われる人間による強襲"

 

死人が出なかったことは不幸中の幸いだった。しかしその代わり高専内で保管していた特級呪物"呪胎九相図"。そして宿儺の指を数本奪われてしまったのだ。

 

 

本当に"色々あった"この数日。

しかし、今この時くらい忘れよう。彼らの青春を、輝かしい今を、何人たりとも奪われてはならない――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁああああ!!サイッアク!!せっかく可愛い浴衣買ったのに帰りに呪霊に遭遇して喰われちゃったの!!!」

 

一足遅れて合流したのは釘崎だった。

最悪なことに任務が伸びてしまい慌てて戻ってきたのだが着るはずだった浴衣を呪霊に丸のみされたらしい。

 

 

「別にいーだろ?浴衣じゃなくても。」

「……明太子。」

「まあ元気出せって〜。野薔薇は何着ても似合うんだから浴衣じゃなくても〜…」

 

絶望する釘崎を慰める2年ズ。

しかしその言葉が今の釘崎に刺さるわけがなかった。

 

「何言ってんのよ!夏祭りは絶対に浴衣でしょ!!しかも私だけ浴衣じゃないなんて!真希さんだって着てるし!」

「別に私の浴衣貸してもいいけどよ。脱ぐのがメンドイ。」

「皆で浴衣揃えたかったのに〜〜!」

 

その場に膝をつき、両手を地面に付けると項垂れる釘崎。あまりの絶望っぷりに生徒たちは呆然とそれを眺めることしか出来なかった。

 

 

「……さすがに今から買いに行くとか…もう間に合わないし……ホント最悪…」

 

 

交流会を終え、任務を終え、ようやく夏らしいことを楽しめる!なんて期待に溢れていたであろう釘崎。彼女の心が折れ始めていく。"浴衣着れないなら夏祭り行く必要ない……皆と浴衣着たかったのに……"と呟かれたその時。

 

 

「「…………」」

 

 

何やら目配せする兄妹。

悟がニッと口角を上げると洸は小さく頷いた。

 

 

 

 

「野薔薇、こっち来て?」

「え?何……」

「いーから。」

 

洸は釘崎の腕を引き、何やら足早に校舎の方へと消えていく。突然の行動に呆気に取られる生徒達は不思議そうにそれを見据えたのだった。

 

 

「ん?ヒカルン?釘崎?」

 

「まーまー。僕達はここで待ってよーよ?まだまだ時間はあるし。」

 

釘崎を連れ、走り去っていく洸の背中。悟はどこか嬉しそうだった。

 

 

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洸に手を引かれ、たどり着いたのは彼女の教員室。部屋に入るなり不思議そうに立ち尽くす釘崎。そして部屋のテーブルに置かれた"たとう紙"に手を伸ばす洸。

 

 

「――洸先生?」

 

 

釘崎は洸の背中に声をかける。カサカサと紙が擦れる音が響くと同時に洸の手には白地の淡い浴衣が乗せられる。

 

 

「はいコレ。私の浴衣使って?」

「洸先生の浴衣?」

「そ。こんなこともあろうかとちゃんと用意しといたの。」

「え?マジで!?いいの?」

「勿論。今日のお祭りはどっちみち任務で行けないし、そもそも浴衣はもう着ないかなー…」

 

 

"着ないくせに、何で浴衣があるの?"という言葉はさて置き、野薔薇は洸から浴衣を受け取ると例えようのないトキメキを感じていた。今日のために新調した浴衣。呪霊によってボロボロに喰われ絶望していた。1人だけ私服参加になるはずだった夏祭り――だが、今自分の手元には綺麗な浴衣か有る。ドキドキと不思議な高揚感が釘崎を包み込む。

 

 

「はい!制服脱いでー?パパっと着せちゃうから。みんな待ってるし?」

 

 

両手をパンっ!と勢いよく叩くと釘崎を誘導する洸。窓のカーテンを閉め、部屋の隅のスペースへと連れ、手際よく帯締めなどを並べていく。

 

その動きはまさに職人のような…所作一つ一つに手馴れたものがあった。普段洸の和装姿などもちろん見た事がない釘崎にとってその光景に驚きを隠せない。

 

 

「ねえ、御三家って皆着付けできるの?真希さんも自分で着付けしたって言ってたし。虎杖と伏黒の着付けは五条先生がやったんでしょ?」

「ま、実家だといつも着物生活だったし…悟兄(あの人)もいつも着物着てたからね。」

「恐るべし御三家……貴族…」

「はははっ、何よそれ。…はい、両腕少しあげてー。」

 

 

つい先程、真希の浴衣姿を見たばかりだった。服装にあまり興味を示さない真希がわざわざ浴衣を来ているということ。それ程に生徒たちは今日という日を楽しみにしていた。だからこそ、洸は釘崎にも浴衣をどうしても着せつけたかったのだ。

 

室内に響く衣擦れの音。

真剣な紅い眼差し。

 

釘崎は無意識にゴクリと息を飲んでいた。

 

 

 

「……うん。裄が心配だったけど問題なさそう。汚れもないし色も褪せてない…

 

 

…はい!完成!」

 

 

洸は釘崎の両肩をトンっと叩くと鏡替わりにスマートフォンのカメラで彼女の全身写真を撮った。そしてそれを嬉しそうに釘崎に見せると嬉しそうな笑顔が緋眼に映る。

 

 

 

 

「うわぁ…めちゃくちゃ可愛い!ていうかよく見ると高そう…」

「私のお下がりだけどゴメンね?」

「寧ろ良いの?こんな良い浴衣。白地だし…たこ焼きのソースとか零しちゃったら…」

 

 

以前、悟の白いシャツにコーヒーをぶちまけた事があった。"たかが白シャツだ、大した額のものじゃないだろう…"なんて思っていたがとんでもない額のシャツだったって話。なんとなくその二の舞になってしまいそうで恐ろしい。

 

 

 

「洸先生ぶっちゃけ聞いていい?お幾らデスカ?」

「うーん……幾らだったかなー」

「高級車買えるくらいとか?」

「そんなわけないよ?せいぜい中古車買えるくらいの値段じゃない?」

「浴衣で!?冗談で言ったんだけど!?」

 

浴衣を購入した時は学生だった洸。あの時は学生ながらも十分すぎる金額の給料の振込があったし、基本的に散財生活を送っていた。今は無給なのだが。

 

 

「やっ、やっぱ無理!!私の給料じゃ無理!」

「だーかーら!いいんだよ?汚そうが破れようが呪霊に喰われようが好きにしてよ。」

「でも…」

「遠慮しないの。どうせ今後袖を通すことも無かっただろうし着てくれる方が良いでしょ?寧ろ野薔薇が良いなら譲るよ?」

 

 

綺麗な白地の浴衣。

洸はそっと柄部分に手を添え、撫でる仕草を見せると微かに頬を緩ませた。

 

 

「実はこの浴衣、悟兄(あの人)が処分してなくてずっと持ってたんだよね。」

「…五条先生が?」

「そ。もう10年以上前のものなのに。シミひとつ無いんだよね。」

 

 

嬉しそうに布を撫でる洸の横顔は綺麗だった。懐かしむような、慈しむような、愛でるような。様々な優しい感情が洸の口調と表情から漏れる。そんな洸を横目に、釘崎は帯にそっと手を添えた。

 

 

「よく見たらこの帯もめちゃくちゃ可愛いし、柄もウサギと月とか…なんかハイセンス、オシャレ。」

「私も野薔薇くらいの時はそれなりにオシャレに気を配ってたんだよー。」

「今は無頓着よね。」

「まあそうだね。ていうかお給料無いから自由に買い物も出来ないし。」

「でもブラックカードあるじゃない。五条先生の最強カード。」

「それなりに気も使ってるんだよ。兄妹でもね?」

「……ふーん…」

 

「髪型は簡単にまとめちゃっていい?」

「先生にお任せしまーす!」

「オーケー。任せてね。」

 

 

 

今度は椅子に誘導される釘崎。

どこから取りだしたのか、傍らのテーブルには髪ゴムやヘアピンが現れると手際よく髪の毛が結われていくのが分かった。洸は器用だ。そういえば"生け花"が得意だということも小耳に挟んだことがある。普段は兄の悟と同じく適当で大雑把な面が多く見受けられるが実は繊細なのだろう。

 

 

そんな洸に対してふと疑問がよぎる。虎杖達と最近話題になっていた"あのこと"について。

 

 

「…ねぇ、洸先生。」

「ん?何?」

「七海さんと付き合ってるってマジ?」

「うん。マジ。」

「即答!」

 

 

否定することなくストレートに回答する洸に驚きを隠せなかった。多分彼女なら誤魔化すだろうな〜なんて予想していたからだろう。

 

 

「実は私知らなくて。虎杖に"え?マジで知らんかったん?"って反応されて。」

「野薔薇にしては珍しいね?そういうの一番勘が働くと思ってた。」

 

 

虎杖が洸と七海が付き合っていると知ったのはかなり前のことだ。そもそも京都校交流会とは別で虎杖が"死んでいた"とされていた時も"色々あった"。

 

特級呪霊(改造人間)との接触。吉野順平という青年との出会い。長い話になる為割愛するがこの半月ほどで予想以上の出来事に襲われていた。

その際に虎杖と戦闘を共にしたのが七海と洸。洸は関わる予定はあまり無かったのだが(なんせ生徒たちの育成を任されていたから)兄の気まぐれで虎杖と七海と行動を共にしたのだった。

 

だからこそ虎杖は気づいていた。

"ナナミンとヒカルンはただの関係性じゃないと"。

戦い方も接し方も、何も言わずとも分かりあっているような関係性――

 

 

 

 

「……いや……ていうか、なんか不思議で。」

「ん?」

「付き合うって変な意味とかじゃないんだけど、違和感っていうか……洸先生らしくない……というか。」

 

……前言撤回。やっぱり野薔薇の勘は誰よりも鋭い。

 

お互いに相思相愛です。健全なお付き合い、結婚を前提に――なんていう普通の付き合いでは無い。

 

勿論普通の恋人のように日々接している。想い合ってはいるものの"何か歪"だ。きっとその感覚値は当の本人達にしか分からないものなのだが鋭い釘崎は微かに察していたのだった。

 

 

 

 

「ていうかそういう野薔薇は?恵も悠二も居るし紅一点じゃない。彼氏候補…」

「いや、アイツらはナイナイ。マジでムリ。」

「はははっ!ストレートだねぇ〜」

 

"コトン"と櫛をテーブルへ置くと髪ゴムで結いていく。

 

「先生が学生の時ってどんな感じだったの?」

「どんな感じって……別に普通だよ?野薔薇達と同じように過ごしてたけど?」

「……"普通"……」

 

 

 

 

 

 

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"洸先生に昔のことはあまり聞くなよ。とくに学生時代の話は――"

 

 

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脳裏で再生される伏黒の台詞。

以前洸の過去について虎杖と伏黒と話題が持ち上がった時、伏黒だけは真剣にそのように口にしていたのをはっきりと覚えていた。

 

洸が元離反者であること。兄の悟を半殺しにしかけたこと。秘匿死刑対象者であったこともある程度は知っていた。しかし唯一把握していないことは彼女の学生時代のことだ。この前の京都校との交流会の際 "私の時は京都で交流会があって、相手をフルボッコにした――"なんてことは口にしていた。しかし当時の人間関係の話などなほとんど口にすることは無い。同期生に七海が居た。そしてもう1人男子生徒が居たとか。

 

毎度毎度、なんとなく聞いてはいけない雰囲気が漂う。釘崎でも聞くことを躊躇するほどの空気感にビビっているのかもしれない。

 

 

「……((七海さんと映ってた3人の写真。隣に写ってたあの人…))」

 

釘崎はふとテーブルへと視線を向ける。古びた木製の写真立てに飾られた洸の青春時代の写真。

 

 

 

 

――あの写真に写る、天真爛漫に笑顔を向ける青年は誰だろうか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あとは……この簪………」

 

 

シンプルな赤いとんぼ玉が付いた簪を最後に挿す。その赤は白い浴衣をより引き立たせ、まるで洸の瞳のようにキラキラと異彩な輝きを放っていた。

 

 

 

 

「……うん!すごく似合ってるよ野薔薇。」

「手際良すぎ!可愛い!!」

 

 

"マジでどうやって結ったの?私そんなに髪長くないのに……"と手渡された手鏡に映った自分の姿を見て驚きを隠せない。本当に(この人)は兄と同じくなんでも出来るのだろうと改めて実感していた。

 

 

 

 

「楽しんでおいでね?花火大会。」

 

"足のサイズはほぼ同じだよね?下駄はこれね?"と釘崎の足元に下駄をそっと置く洸。

 

 

 

「あの花火大会は場所取りが肝だからね?早くに河川敷で待機しておくが吉!」

「え?行ったことあるの?洸先生。」

「そりゃ私も青春時代があったからね?」

「…………」

 

 

それ以上は話さない洸。

釘崎も空気を読んでそれ以上聞くことは無かった。

 

 

 

 

 

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「おーー!釘崎!めっちゃいい!」

「馬子にも衣装ってやつだな。」

「アァん!?もう1回言ってみな!伏黒!」

 

 

カランカランと下駄を鳴らしながら現れた釘崎。相変わらず虎杖と伏黒の予想通りの反応に洸は思わず笑みをこぼしていた。

 

 

 

「おら、さっさと行くぞ?」

「しゃけしゃけ!」

「パンダ。土産楽しみにしとけよ?」

「はいよ〜。楽しんでこいよ〜。」

 

 

「んじゃ!五条先生!ヒカルン!パンダ先輩!行ってきマース!」

「お土産いっぱい買ってきマース!」

「コイツらが悪さしないように俺がちゃんと見張ります。」

「んだとー!伏黒!俺たちは健全に!ルールを守って楽しむぜ!」

「そうよそうよ!あんたこそ迷子にならないようにしっかり私と虎杖にしがみついておきなさい!」

「ならねぇよ。」

 

 

 

虎杖、伏黒、釘崎、真希、狗巻。5人は嬉しそうに正門へと歩き向かう。時たまこちらを向いては手を振り、悟と洸とパンダはそれに応えるように手を振り返す。楽しげな笑い声が遠くなり、姿が見えなくなったその時。3人は小さく息を吐き、なんとも言えない柔らかな表情を浮かべていたのだった。

 

 

 

 

「うーん!いいねぇ〜。青春青春!」

「アイツらが楽しそうにしてるの見るだけで俺は十分だ。」

「あんなにはしゃいでるの久しぶりに見たかも。みんな可愛い。」

 

 

洸の両隣に立つ悟とパンダ。洸はそれぞれを見上げるように視線を送ると更に笑みを見せた。

 

 

「――んじゃ悟、洸。俺は正道に呼ばれてるからまたなー。」

「ん。またねパンダ。」

 

 

仲間たちを見送ったパンダは用事があるらしく足早にその場を去っていく。悟と洸も踵を返すと校舎方面へと歩き始めた。

 

2人を包み込む爽やかな晩夏の風。洸は高く聳え立つ木々をふと見上げたその時、隣で歩調を合わせて歩く兄に向かって口を開いた。

 

 

 

「…ていうかみんな一緒にオフなんて凄いね?悟兄が伊地知に無理言ったんでしょ。」

「ご名答。」

「伊地知には申し訳ないけど、なかなか粋なことやるね?見直した。」

「若人の青春の為なら何でもするよ?今しかないんだし、交流会も頑張ってくれたし……」

 

 

刹那、悟の足がピタリと止まる。そして再び校門がある方向へと視線を向け、何か懐かしむような様子で語り始めた。

 

 

「……にしても懐かしいね?"あの浴衣"。野薔薇が着てる姿見た時、何となくお前の学生時代を思い出したよ。」

「何言ってんの悟兄。あれ着てるの見たことないでしょ?」

「え?あるよ?」

「嘘だ。だってアレ着たの1回きりだし。建人と雄と花火大会行った時……確か悟兄は任務だったでしょ?」

 

 

"またこの人は適当なことを……"なんて洸は胸中で呟いた。洸の記憶内で、あの浴衣を着て兄の前に立ったことはない。写真も特に残していない。浴衣姿を見せたのは七海と灰原。送迎をしてくれた補助監督。

 

 

あとは――

 

 

 

 

 

 

「"傑"が送ってきてくれたんだよ。」

「……え?」

 

そうだ。あの時夏油にも見せた記憶があった。"回って見せて?"なんて言われた気もする。カランカランと下駄の音がエントランスに響いて、何となく恥ずかしい気分になった事も思い出した。

 

 

「あの時期。僕めちゃくちゃ忙しかったでしょ?お前に会うこともなかなか出来なくてさ。色々心配だったわけよ。」

「…………そっか。」

 

 

別に兄に見せる必要なんてないと思っていた。それはもちろん今でもそうだろう。だが"兄"は妹の姿を見たかったらしい。当時、適当に自分をあしらっていたのは事実だが間違いなくいつも気にかけてはくれていた。

 

確かにあの時期は本当に忙しかった。夏油が日に日に窶れていったのも覚えているし。洸自身の単独任務も圧倒的に増えた。

 

 

 

そして親友の灰原が死んだのもその直後だった。

 

 

「お前が夏祭りから帰ってきた時もさ、"洸ちゃん達、夏祭り楽しんだみたいだよ"ってわざわざ帰ってきたことも連絡入れたり。」

「……夏油。そんな事してたんだ。」

「アイツ、そーいうところあったよね。なんだかんだ優しいヤツだからさ。」

 

 

悟は校門に視線を向けたまま、じっと立ち尽くしていた。洸はそんな酸いも甘いも噛み分けたような例えようのない表情をする兄の横顔をじっと見据え、同じように校門へと視線を向ける。

 

 

 

 

 

┈┈┈

 

 

 

 

――"洸ちゃん"

 

 

 

 

 

┈┈┈

 

 

 

ふと夏油の声が脳裏を過った。

高専の制服を纏った彼が校門で手招きをしていた気がした。

学生の時、任務のペアは圧倒的に夏油とが多かったっけ?いつも先に待ち合わせ場所である校門の前で先に待っていてくれた記憶がある。

 

 

しかし、少しずつ彼の表情が思い出せなくなってきてしまった。まるで黒いマジックでぐちゃぐちゃと塗りつぶされていくかのように少しずつ消えていく夏油の記憶――

 

 

……もうあまり思い出せなくなってしまった。

夏油という人物。大切な先輩だった。離反して歪んでしまったかもしれないが洸は彼のことを信頼していた。

 

しかし裏切ったのは自分だ。

それは事実だ。

 

 

 

 

――なんて、感傷に浸っている暇は無い。なんせ今から2件も任務があるのだから。

 

 

 

 

「じゃ、私は任務だから。そろそろ行く……」

「は?花火大会なのに?」

「…はい?」

 

 

"何言ってんだこの人"。というかどういう意味でその言葉を口にしているのだろうか?

 

任務の事を放り出すのは兄の十八番だがさすがに自分はそんなことは起こさない。絶対に。

 

 

「行くでしょ?"一緒に"花火大会。」

「行かないよ。そもそも悟兄と行きたくないし。」

「え、何その台詞。傷つくんだけどー。」

「とにもかくにも、私は花火大会なんて……」

 

 

踵を返し校舎の方へと再び歩き出そうとしたその時。ある人物の姿が目に入った。

 

 

 

 

こちらをじっと見据える男。

いつもと変わらず金色に輝く髪の毛は整えられていた。しかしトレードマークであるサングラスは外されており、優しい穏やかな瞳が目に入る。

 

 

「"七海"は行く気満々みたいだけど?」

「……え……」

 

 

カラン、コロン――

下駄の音を鳴らしながら、ゆっくりとこちらへと近づく浴衣姿の七海。

シンプルで落ち着いた紺色の麻素材の浴衣、芥子色の帯。そんな七海の姿は不思議と目を引く雰囲気を漂わせていたのだった。

 

 

「どう?似合うでしょ?ちなみに僕の浴衣ね〜?」

「余りくっつかないでください、暑いので。」

 

 

悟は七海の肩に腕を回すとわざとらしく擦り寄り、予想通り鬱陶しがられる始末。

そんな2人を目の前に洸は目を見開いた。

 

「建人、花火大会行くの?」

「そうじゃなければ浴衣なんて着ませんよ。」

「…………誰と?」

 

 

生徒たちの引率?

そもそも自分はこの後任務だ。……ていうか、彼も任務のはずでは?

 

 

 

「はははっ!お前、相変わらず疎いね?」

「な、何よ」

「僕がわざわざ七海と洸の代わりに今から任務に行くってのに。伊地知にもスケジュール調整お願いしたんだけどー?」

「………」

「"一緒に"ってのは僕とじゃなくて七海の事ね?」

 

 

無意識に洸の掌に力が篭もる。ドキドキと何故か胸が高鳴るような奇妙な気分だった。

 

昔、学生時代のあの時。

浴衣を纏って皆に見せたあの時。

七海と灰原の腕に手を回し、夏祭り会場を駆け回ったあの時。

 

もう昔のように高々夏祭りを楽しむような年齢では無い。だが過去の美しい青春が蘇るとなんとも言えない多幸感に包まれた。

 

 

「行ってきなよ。任務なんてどーにでもなる。」

「や、でも、……」

「洸の浴衣は野薔薇が持ってったけど、可愛い生徒達のために念には念をと思って色々浴衣持って来といたんだよね〜。さすが僕デキる男〜。」

 

"トンっ"と悟に肩を叩かれ背中を押される洸。

 

伊地知に迷惑を掛けてるだろうな〜とか、兄に貸しを作ってしまう悔しさとか……目の前で浴衣を着こなす気品ある七海の姿に緊張してるとか……

 

上手く言葉が出ないまま固まってしまう。

 

 

「ほーら。突っ立ってないでさっさと浴衣に着替えろっての。下駄とか一式、僕の教員室にあるから。」

「え……っと……」

「それともGLG(グッドルッキングガイ)悟お兄様と2人で行く?」

「絶対嫌。着替える。」

「即答!辛っ!!」

 

 

悟の言葉に即答し、打って変わってテキパキと動き始める。そそくさと言われた通り、洸は悟の教員室へと向かうのだった。

 

 

そんな彼女の背中を追うふたりの視線。

 

すると悟が七海に口を開いた。

 

 

 

「七海。」

「はい。」

 

「洸を頼んだよ。」

「言われなくても分かってますよ。」

 

「アイツと上手くやれてる?」

「はい。問題なく。」

 

「疎くて生意気な妹だけど七海なら安心だ。」

「それは本心ですか?」

 

「えー?何でよ?」

「五条さんは基本的に軽薄なので。全ての発言において嘘っぽいんですよ。」

 

 

テンポのよく弾む悟と七海の会話。

 

 

「軽薄と言えど、一応妹の死刑執行を退けたのは僕なんだけど?」

「それは勿論理解してますよ。」

「"それは"って?何だか嫌な言い方するね〜七海。」

 

 

まっすぐと背筋を伸ばし、視線をゆらがせることなくその場に立つ七海の顔をのぞき込むように悟が屈む。すると七海の視線と悟の視線が交わった時、どこか疑念を感じさせる雰囲気を纏った七海の瞳が彼を捉えた。

 

 

 

「いい加減、洸さんの術式について教えて貰えませんか。」

「何で?ていうかこのタイミング?」

「…………」

 

腕を組み、じっと悟を見据え続ける。

 

「だから、僕もわかんないんだよ〜。」

「…………」

「怖いよ七海。今から洸とデートなんだからさ?今はそんなこと考えなくていいって。」

 

悟にこれ以上問い詰めてもやはり無意味だ。きっとこの人は知っていたとしても、知らなかったとしてもこのような思わせぶるような態度を取るのがベターだ。

 

余計な詮索は今はやめよう。

またいずれ問い詰める。

 

 

「……では私は洸さんをここで待ちます。五条さんはせいぜい任務頑張ってください。日頃の罰だと思って。」

「何、罰って。」

「任務の放棄、伊地知君をいつも振り回して挙句の果てに貴方の尻拭いをしているのは妹の洸さんですから。その分しっかり働いてきてください。」

「あーーハイハイ。分かってますよ…………ハイハイ……」

 

 

"べーーっ"とわざとらしく舌を出しその場から立ち去る悟。

 

そんな彼の後ろ姿を未だに疑いの目を向けながら追い、洸が現れるのを待ち続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

""繰り返される御祭り特有の囃子。同じ旋律の執拗な繰り返しは気分を高揚させた。

 

白熱灯をぶらさげた所狭しと並んだ屋台からは威勢のいい呼び声と、美味しそうな匂いがあふれている。

いつもは夜に飲み込まれているこの街が、この日だけは闇に逆らって光を放ち続け、人々の浮かれた笑い声が響き渡っていた""

 

 

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

「((―――あの時と同じ。……懐かしい。))」

 

 

人混みを縫うように歩く2人。久しぶりの懐かしい光景にあちらこちらに目を奪われ、時たますれ違う人々と肩をぶつけては"すみません"と声を上げる洸。無下限を使えば話は早いのだがオートマで使うことが出来ない洸にとっては大きな呪力消費を伴う。余計な疲れをここで出したくない。

 

 

 

「…………」

 

 

ふと前を歩く七海へと視線を向ける。

 

大きな背中、逞しい体。

昔とは全く違う雰囲気。

あの時は七海と灰原が自分の前を歩いていた。その時のふたりの背中も十分に大きかった。だが改めて七海の背中を見た時、"逞しくなったな"なんて呑気なことを考える。身長も一気に伸びているし、周りの人達が振り返るほどに目を引く容姿。

 

 

「……あ…っ、すみません……」

 

 

ぼんやりとそんなことを考え続けていると再び人とすれ違いざまに肩をぶつけてしまった。そろそろ七海に怒られそうだ。"前を見て真っ直ぐ歩いてください"なんて――

 

 

 

「……ッ……」

「手がかかるところは昔から変わりませんね。」

 

七海の大きな手が洸の細い腕を掴んだ。そしてその手は徐々に手へと降りていくとガッチリと包み込まれるように手を握られる。

 

「建、人……別に大丈夫……」

「すみません。私も気が利きませんでした。最初から手を握っていれば良かったですね。」

「…………」

「かなり人が多い……"昔"とは大違いですね。」

 

七海はそう言うとゆっくりと洸へと振り向く。屋台の光に照らされた彼の表情はとても優しく見えた。同時に"昔"と口にした時、微かに悲しさも見えた気がした。

 

きっと七海も"あの時のこと"が脳裏に浮かんでいるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何食べます?」

「えっ…と…」

「たこ焼きに焼きそば。串焼き、フライドポテト…1周します?」

「勿論そのつもりだけど?あと"おさ"…」

「今日は飲酒禁止です。明日早いのは理解していますよね?伊地知君をこれ以上困らせないように。」

「……ケチ。」

「貴女の体のことも考えて言っているのですが。」

 

七海は屋台を巡っては次々と買い込んでいく。物珍しい食べ物を大食いするのが洸のお決まりのパターンでもある。昔は灰原と屋台を何周もしていた。見ているだけの七海でさえも気持ち悪くなるくらい食べ尽くす2人の姿に唖然としていたのを覚えている。

 

 

「かき氷は…"ブルーハワイ"でしたよね?」

「へぇ〜よく覚えてるね?」

「"あの時"、悔しかったんですよ。」

「何?あの時って……」

 

 

「私は知らなかったので。洸さんがかき氷を食べる時、ブルーハワイを選ぶことに関して。」

 

 

……ああ、あの時だ。

灰原が洸にかき氷を買ってきた時。何も言わずとも灰原は洸の好きなものを分かっていた。

 

2人だけで共有されているような話。自分は知らなかったことを彼は知っていた。単純に妬いた。それだけだ。

 

 

 

 

「……ふふっ。」

「何です。」

「建人って意外と可愛いところあるよね?」

「はい?」

「可愛いというか……いつもはクールで大人びてるのに案外子供っぽいんだよね。」

 

ツンっと彼の肩を指で弾いてみた。"可愛い"だなんて、30手前の男性に言うことは失礼かもしれない。だが七海はどこか可笑しそうに口角を持ち上げていた。

 

 

「貴女にしか見せませんよ。」

 

 

その時、青いシロップで染められたかき氷を手渡される。ひんやりとした感覚が紙カップ越しに手に伝わってくる。だが彼の珍しい優しい微笑みを目の前に洸の体温が上昇していく。

 

 

そんな姿の七海がかっこいいとか、優しいとか、そういう事じゃない。

 

 

とにかく嬉しかった。

自分に向けられるその瞳が、声が、自分だけのものだと思うと更に熱くなっていく。

 

 

 

┈┈┈┈

┈┈┈┈

┈┈┈┈

 

 

 

 

河川敷に集まる人々。

洸と七海は中でも人気の少ない場所に腰を下ろすと肩を並べ、花火の打ち上げを待っていた。

 

 

┈┈┈┈┈

 

 

┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――何か現実じゃないみたい。」

 

洸は夜空を見上げ、ぽとりと呟く。

 

 

「こうやって昔みたいにかき氷食べながら河川敷に座って…花火が打ち上がるのを楽しみにしてる自分。」

「……はい。」

 

「…それに

……"隣には建人が居る"。」

 

 

赤い瞳が七海の瞳を捉えた。薄暗い闇夜の中でも一際輝く瞳は美しかった。

 

 

 

「はい。確かに居ますよ。」

「ありがと。建人。」

「はい。」

「帰ったらお兄ちゃんにも伝えなきゃね、ありがとうって。」

「そうですね。私からも伝えておきます。」

「……うん。」

 

そして2人は静かに空を見上げた。

"昔"と同じように、特にそれ以上会話を交わすことなく。静かに夜空を見上げるだけ。

 

 

それだけで心地好い――

 

 

┈┈┈

┈┈┈

 

 

 

 

 

 

コソコソと物陰から覗き込む生徒たち――

 

 

 

 

┈┈┈┈

 

 

 

 

「…な…あれってナナミンとヒカルン…だよな?」

「え!嘘でしょ!だって任務だって言ってたじゃない!」

「…………」

 

虎杖、釘崎、伏黒。

3人は消え入りそうなほど小さな声で様子を伺っていた。

 

 

 

「おいオマエら、何コソコソして………」

「明太子…」

 

 

両手にたこ焼きと焼きそばを抱え込む真希と狗巻。不審な様子を見せる3人の背後からひょっこりと同じように覗き込むと驚いたように声を上げた。

 

 

 

「なっ!洸と七海さんじゃねーかよ!」

「高菜!?」

「ちょっ!しーーっ!真希さん!狗巻先輩!声大きいってば!」

 

 

慌てて2人に呼びかける釘崎。空気を読んだ2人は物陰に同じく屈むと洸と七海を静かに見守る。

 

 

「「「………」」」

 

 

2人の様子を見守る生徒達。

どう見ても、後ろ姿を見る限り洸と七海だ。洸はともかく、七海らしき人物から放たれている微細な呪力は絶対に、間違いなく、確実に七海のもの。

 

釘崎はゆっくりとバレないように2人の表情が見える位置へと移動する。そしてそれについて行く虎杖と伏黒。

 

 

 

「……洸先生もあんな顔するのね。」

「それはナナミンもだろ?そもそもサングラス外してる時点で違和感…」

「………は…」

 

 

どうやら会話は無い。ただ静かに夜空を見上げる2人。

 

すると抜けたような声を上げたのは伏黒だった。

 

 

 

 

「ん?伏黒?どしたん?」

「は?…何だよアレ。」

「何って……ん?」

 

 

何やら状況を理解出来ていない伏黒。しかも様子も変だ。洸と七海の妙な距離感に疑念を浮かべるような、しかも何故か"何だよ"なんて半ばキレてるような口調。

 

 

「あの2人、付き合ってんのよ?」

「………付き合う?」

 

「この前その話俺としたよな?」

「冗談だろ。………あ」

 

 

虎杖と釘崎は瞬時に状況を理解する。同時にバツが悪そうに目を逸らし、ヤバイと言わんばかりに口元を手で隠す伏黒。

 

 

「ちょ、待っ…伏黒まさか!」

「アンタまさか…」

 

 

実際の感情以上に大げさな表情を浮かべ、わざとらしくニヤニヤと笑みをこぼす虎杖と釘崎。そしてその1年達の会話と様子を即座に理解した2年の2人も同じような表情を浮かべると伏黒は絶望したのだった。

 

 

「あっはっはっはっは!!恵〜!お前まさか洸…」

「…真希さん。」

「ッ…たかな…っツナマヨ。」

「狗巻先輩も何なんですかその笑い。」

 

"本当に最悪だ"

というか状況も状況だし、突きつけられた現実に感情がぐちゃぐちゃだった。

 

 

「洸はやめとけよー?そもそも歳離れすぎだし、兄貴はあの悟だぞー?」

「しゃけしゃけ。」

「だから違」

 

「いや…でもまだ可能性はあるわよ伏黒。アンタには年上を唸らせるギャップっていう武器があるわ。」

「釘崎の言う通り!歳なんて関係ねえって!運悪く宿敵がナナミンっていうだけ…」

「釘崎、虎杖…お前らな…」

 

 

どいつもこいつも話が通じない。勝手に話を大きくするし勘違いするヤツらばかりだ。

 

伏黒はとんでもない羞恥心に駆られていた。出来るなら記憶を全て改竄してやりたい。コイツらの。――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ん?この声に呪力……」

 

 

やけに騒がしい声。そして覚えのある複数の呪力。

 

ぼんやりと空を見上げていた洸と七海は背後の茂みへと視線を向けたのだった。

 

 

 

「あ!!そこに居るのは可愛い生徒たち!」

「皆さんこんばんは。」

 

 

洸は手を振り、七海は頭を下げる。

すると茂みから身を乗り出す5人(尚、伏黒は釘崎に無理やり腕を引かれている状況)。

 

 

「ヒッカルーーン!ナナミーーン!!」

「……いいわね伏黒。こうなったらとことん2人の邪魔を」

「釘崎。マジでその話を洸先生の前で出すんじゃねえぞ。」

 

 

「仕方ねぇなー。私が一肌脱いでやってもいいぞ恵。洸の事は大体分かってる。」

「真希さん。マジで止め…」

「しゃけ!いくら!明太子!!」

「棘も任せろってさ。」

 

 

「だから人の話を――」

 

 

"マジで人の話を聞け"――なんてそんな言葉さえ彼らには既に届かず時すでに遅し。ぞろぞろと洸と七海の元に向かう一同。伏黒はそんな彼らの背後に視線を向けたまま立ち尽くすのだった。

 

 

 

「しっつれいしまーーす!」

「めちゃくちゃいい場所〜!人も少ないし知る人ぞ知る場所ね?」

「確かに悪くないな?」

「しゃけ!」

 

洸の左隣に少し隙間を開けて座る釘崎、その隣に虎杖。そして七海の右隣には真希と狗巻が腰を下ろした。

 

 

 

「ふふっ。賑やかになったね?」

「そうですね。」

 

 

まさかの生徒たちの登場に洸は嬉しそうに胸を弾ませていた。この花火大会の会場はかなり広い。彼らも来ていることは百も承知ではあったがまさか本当に会えるとは思ってもみなかった。

 

 

 

「――ん?恵も突っ立ってないでこっちおいでよ?」

「ッ……」

「ほら。皆で花火見ようよ?ね??」

 

ボーっと立ち尽くす伏黒に手招きする洸。すると釘崎が自分と洸とのスペースを指さすと意地悪そうな表情を浮かべていたのだった。その様子に虎杖をはじめ2年の2人も同じく面白がるようにニヤリと口角を持ち上げた。

 

 

 

「伏黒く〜ん?先生の隣空いてるわよ〜?本当は私が洸先生の隣に座りたかったけど譲ってあげるわ〜。」

 

「ん?野薔薇?」

 

 

"どういうこと?"と首を傾げたその時。瞬時に割って入り込む伏黒。これ以上余計なことを言わせる訳にもいかないと思った伏黒は無言で釘崎と洸の間に腰を下ろした。

 

 

 

「てかスゲー量!焼きそばとか串焼き……2人分…だよな?」

「悠二残念!正解は私の〜。ちなみに1周目。」

「「"1周目"?」」

 

洸の手元にはかき氷。傍らにはたこ焼きや焼きそば、フランクフルトが収められた食品トレイ。そして七海の手元には見た目にそぐわない綿あめが握られていたのだった。

 

「洸さんはまだまだ食べますよ。もう少ししたら私が調達に行く予定です。"2周目の"。」

「なにそのサイクル。しかもそれをあたかも当たり前かのように理解してる七海さんが怖いんですけど。」

「"昔からそうなので"。」

 

「「"昔から"……」」

 

 

わざわざ2人のワードを繰り返す虎杖と釘崎。

 

ただならぬ洸と七海の深い関係性に諦めたような盛大なめ息を漏らすと同時に2人はボソッと伏黒の耳元で言葉を呟いた。

 

 

「…伏黒…」

「"昔から知ってる"ってのは最強の武器よ…」

 

 

 

「オマエら、帰ったら覚えとけよ。」

 

 

妙に刺々しい冷めきった表情と視線。そんな伏黒の恐ろしさを纏った様子に恐怖を感じた2人は"スミマセンデシタ"と呟き急に大人しくなる。

 

全く状況が理解できない洸。

何となく理解し、特に何も口にしない七海。

一端の様子を傍観し、クスクスと面白がる真希と狗巻。

 

 

 

そんな何気ない"平和な日常"。

 

幸せだった。

昔と同じ。大好きな人達と過ごすこの時間。

 

 

 

深く隠された感情がひらめくような緋眼。それはきらきらと光輝く。

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

打ち上がる花火――

 

 

空に飛び上がる口笛じみた音と破裂する短い音。それからあられが散らばるような音が続けて鳴った。

 

それは耳を聾する炸裂の音と一緒に、夢のように儚く一瞬の花を開いて空の中に消えて行く。

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、皆!」

 

 

 

打ち上がる花火の音に負けない虎杖の大きな声。

 

 

 

「来年も絶対見に来ような?」

 

 

 

そんな彼の言葉に生徒たちは期待に満ち溢れた笑顔を浮かべ、応える。

 

 

 

「はぁ?当たり前でしょ?」

「ああ。」

「来年はパンダも連れてくるか。」

「しゃけしゃけ。」

 

 

こだまする若人の声。

 

 

 

「「…………」」

 

 

 

七海と洸は無意識に笑を零し、視線を重ね合わせた。

 

 

 

「((どうか。彼らがまた来年ここで、みんな揃って――))」

 

 

 

 

 

 

「((――この景色を見られますように。))」

 

 

 

 

"その為に、私ができることを成す"。

 

"彼らの未来のために、私たちは有る"。

 

 

決意を固めるように、洸と七海はそれぞれ胸中で呟いたのだった。

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

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┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"――お願い。お兄ちゃん。"

 

 

 

 

"どうか彼らを救って――"

 

 

 

 

 

 

"その為に、私は存在する。"

 

 

 

 

 

"貴方の為に。私は――"

 

 

 

 

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