五条兄妹   作:鈴夢

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渋谷事変
そういうこと


 

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2018年 10月中旬

 

 

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人々で賑わう街中。週末ということもあってか普段よりも人の数は多く、ファミリー層やカップルなども目立つ。

 

空は清々しいほどに気分のいい秋空が広がっていた。気候も悪くない。今年の夏は連日酷暑だった。10月に入ってからは羽織りも持ち合わせていないと外では過ごせないほどに涼しい。

 

 

――そんな中、五条兄妹は久しぶりにふたりの時間を楽しんでいた。正確に言うと心の底から楽しんでいるのは兄だけなのかもしれないが…

 

 

 

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「ね!見て見てあの人!めっちゃカッコよくなかった!?」

 

あちらこちから聞こえる歓声――

 

 

「なっ、あの女のコめっちゃ可愛くない?」

 

こちらも負けじと声が上がる――

 

 

 

 

 

 

「ヤバいよね〜!てか身長高っ!!」

「髪の毛真っ白。キレ〜。」

「隣の女の人もめちゃくちゃ美人さんだし、モデル?芸能人?」

「ていうか多分"あの二人"日本人じゃなくない?目の色赤かったし。男の人はサングラスで見えなかったけど――」

 

 

すれ違う度に聞こえる男女のどよめきに近いもの。別に目立ちたいだなんて専ら考えてなどいない。できるだけ目立たず、静かに過ごしたいのに……それを打ち砕くのは隣を歩く"兄"なのだが。

 

190越えの身長。胸から下が股下ですか?レベルの脚の長さ。タダの黒のパンツにTシャツスタイルなのにやけに目を引くルックス。…ていうか、自分も意識はしていないが似たような服装だった。唯一違うのは目の色と髪の長さと身長くらいだろうか?

 

しかし…やはり想像通りというか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……帰りたい。」

「は?何言ってんの今更。」

「目立つんだよ。無駄にあなたが。」

「無駄とは失礼なー。」

「……」

「てか洸といると便利だね?逆ナンされないし。」

「私は女避けの道具?」

「洸もイイでしょ?変な輩が来ないし?七海もあーんしん♪」

 

そもそも事の発端はいつもの事ながら悟だった。たまには二人で出掛けようよ?と連絡が来た後に部屋に押しかけられる始末。今日ほど"建人の家に泊まっておけばよかった"と思った日は無かっただろう。よりによって高専の寮でごろごろしていた時に来られてはこちらとしても言い訳はできない。"暇でしょ?出掛けるよ?"と半ば無理やり連れ出された挙句、買い物に付き合わされる羽目になったのだった。

 

「てかマジで何も要らないの?服は?鞄は?靴は?」

「悟兄の買い物に付き合ってるだけでおなかいっぱいです。」

「たまにはお前も何か買いなよ。気なんか遣わなくていいし。」

「…ランチ。美味しい中華食べれただけで大満足だよ。ありがとう。」

 

満面…とは言わないが微かに笑顔を向ける洸。そんな健気な妹の姿を悟は密かに悦んでいた。前よりも自分に対して素直になった気もするし(マジでほんの少しだけ)、表情も以前に比べてバリエーションが増えてきた。食事なんて誘っても来なかったような洸が今はこうやって一日買い物に付き合ってくれている。

 

まるで昔に戻ったようだった。学生時代はよく出掛けたし、ワガママで世間知らずだった当時の洸を連れ回すのは楽しくて仕方なかった。

 

悟は妹の変化に胸を高鳴らせる。

やっとここまで来ることが出来た、と。

 

 

「洸。そろそろお茶でもしよーか?僕甘い物食べたい気分だし。」

「もう3時か。確かに私もコーヒー飲みたいかも。」

「うーーっし!じゃあスタバ行こ!スタバ!」

 

ガッシリと肩に腕を回され悟の胸にグイグイと押さえつけられるような体勢に。多分周りの人達から見たら謎すぎる二人組だろう。兄妹にしては近すぎる距離感だし、カップルにしては片方が明らかに嫌そうだ。だが特別な関係性というのは明白に感じるものがあった。

 

 

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「えーっと…

ダークモカチップフラペチーノのトールサイズをひとつ。それにキャラメルソースとチョコレートソース追加…あ!ソースは両方多めで!んでチョコレートチップも追加でホイップクリーム増量でお願い。あとチョコドーナツを。それもホイップつけてくれる?」

 

「……うわぁ…甘そ。((味覚どうなってんのこの人。))」

 

"馬鹿舌"過ぎないか?一気に虫歯になりそうなオーダーに隣でドン引きする洸。レジで注文をとるスタッフも"え?こんなかっこいいお兄さんが?"なんて心做しか考えてそうな表情だ。

 

 

「ほら、オマエは?」

「ブラックコーヒーのホットを。サイズはトールでお願いします。」

「…え?そんだけ?ケーキとかは?限定のモンブランとかもあるよ?」

「私が甘いの苦手なの知ってるでしょ?コーヒーだけで十分だよ。ていうか悟兄が食べたいだけでしょ?」

「え〜つまんな〜。七海もつまんないって絶対思ってるでしょ。デートの時とか。」

「…以上でお願いします。((…ムカつくな相変わらず。))」

 

まるで子供のように口を尖らせ、洸のオーダーに文句をつける悟。ていうかマジで余計だ。七海とのデート云々、本当に無駄にムカつく言葉が多い。

 

「((別に建人とどーのこーのとか…本当にデリカシーが無いこの人。そもそも建人は私の事ちゃんと分かってるし、悟兄より優しいですから――))」

 

 

本当に…本当に本当に!この人に一生彼女なんてできませんように。まあ多分言わずとも出来ないだろうけど?性格悪いし。

 

…なんてそんな文句を胸中で呟いていた洸。悟に背を向け不機嫌そうに眉を顰ませていると会計を終えた悟の手が洸の両肩に添えられる。

 

 

「はーい。洸は座ってな?僕が席まで持っていくから。」

「…ん。ありがと。」

「変な輩が来たら直ぐに兄ちゃん呼ぶんだぞー。」

「別に大丈夫だし!」

 

…まあ、こういう所はちゃんとしてると思うけども。それなりに女性の扱いは大丈夫そうだが…

 

 

「………」

 

 

奥のテーブル席に腰を下ろす洸。傍らに置かれた荷物を整理しつつ、ドリンクとフードを待つ悟に視線を向ける。

 

相変わらず店員や周りの客の視線を奪っているし、なんか調子に乗って声掛けてきた女の子二人組と喋ってるし。……ま、あの人あたりの良さはいい所だな、なんて思ってしまう。

 

最強で最恐の兄。

どんな時も助けてくれる兄。

 

離れていた10年は置いといて何だかんだ長く一緒に居るし、兄がどんな人なのかはだいたい理解している。

 

馬鹿で軽薄、自己中心的個人主義。だけど間違いなく最強。

 

昔はそんな兄が本当に大嫌いで自分の劣等感の塊でもあった。だけど…"今は違う"。

 

この人の為に出来ることはやろうって思うようになってきた。

 

というより"それが私の役割"だと実感するようになってきた。

 

 

……本当に、この人は人を"その気に"させるのが上手いんだから。

 

 

 

 

 

「洸〜!おっまた〜!!」

 

ボーッと彼を眺めていたその時。呑気な声と共にテーブルに舞い戻る悟。ニコニコと笑顔を向けられると何故かこっちもつられて笑ってしまう。

 

「ふふっ、すごいハイテンションだね?そんなにそれ飲みたかったの?」

「久しぶりに可愛い妹を独り占めできて嬉しいんだよ。最近は七海と生徒たちに取られちゃうし。」

「なーに言ってるんだか。」

「ね、ね!てかさ!さっき僕の事じっと見てたよね?やっぱりかっこいい?」

「ハイハイ、カッコイイカッコイイ。」

「棒読みかよ。」

 

 

対面側に腰掛ける悟。

受け取ったコーヒーを口に運ぶと香ばしい匂いが広がり疲れが飛んでいく。目の前ではカスタムを施した激甘フラペチーノを優雅に飲む兄。

暫くそれぞれが肩の力を抜くような時間を過ごす。時たま外の景色に目を向けてみたり、どうでもいい会話を交わしたり。

 

そんな何ともない普通の静かな時間を過ごしていた時、悟は空気を変えるような話題を切り出した。

 

 

「そういえば、一昨日の特級呪霊について聞きたいんだけど。」

「…本題はそれでしょ?だから私をわざわざ街まで引っ張り出した。」

「なーんか様子がおかしかったからね。買い物中も上の空だし。七海も珍しく僕に相談しにくるし?"洸さんがいつにも増して疲れてるようです"って。」

 

 

洸の表情が少しだけ歪む。

その瞬間を悟が逃すはずもなかった。

 

明らかに何かあったと言わんばかりの様子。

 

 

そして"あの日の任務"のことを洸はコーヒーを片手に語り始めた。

 

 

 

 

 

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――数日前 深夜未明

静岡県 旧天城トンネル――

 

 

 

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「…あ、伊地知?今終わったよ。」

 

全長445mのトンネルに洸の声が響き渡る。

 

『お疲れ様です。』

「ん。等級は準一級ってところだったかな。人的被害も多かったみたいだし……ていうかよく肝試しでこんな場所に来るよね。」

『SNSでも話題らしいですよ。』

「…理解出来ないわ……この前の八十八橋もそうだけど。橋やらトンネルやら、最近の若人はこーいうのが好きなのね。」

 

 

足元に転がる呪霊。その体液が付着した妖刀を振るうと壁に赤紫色の液体がべったりと張り付く。なまぐさい嫌な匂い。真夏じゃないことが不幸中の幸いだろう。

 

「じゃ、さっさとトンネル抜けるね?合流地点に出たら私が帳を上げるから何もしなくていいよ。」

『了解しました。お気をつけて。』

「ん。伊地知も。」

 

スマートフォンをポケットに戻し再び歩き出す。

 

 

洸が歩く"この場所"はかなり有名な日本有数の心霊スポットだ。

明治38年に竣工され、平成13年には国の重要文化財にも指定されている。

 

そんな文化財に指定されたこのトンネルでここ最近行方不明者が続出しているという報告があり出向いた迄。噂や出任せ、面白半分でここに来ると命を落とす。それはそのはずだ、だって呪霊が居たのだから。

 

「………」

 

帳も降ろされ、今はトンネル内に人っ子一人居ない。

洸の足音がただただ響くのみ。9月下旬のこの時間のトンネルは嫌に冷い。短いスカートから覗く白い生脚に冷たい風が突き刺さる。

 

 

 

 

 

 

「――っ!」

 

 

 

刹那、背後から嫌な気配がした。

何者かの手が伸びる感覚。しかしオートマではないにせよ、無下限を扱う洸を相手に"触れられるわけが無かった"。

 

 

 

「あーあ。不意打ちもダメか〜!残念!」

「…あなた、この前の"ツギハギ"。」

 

 

皮膚がツギハギされた特級呪霊、見た目は青年だ。確か名前は真人だった気がする。あまり覚えていない。

 

 

「久しぶりだね〜。今日は七三術師はいないの?」

「いないのって、いない時を狙ってきたんでしょーが。」

「まあね。君がここに来るって分かってから潜んでたんだよね。」

 

あれはいつだろうか。確か2,3ヶ月前だろうか?虎杖と吉野順平。そして七海。彼らが戦っている時に洸も応戦した時のこと。

 

短時間だったからあまり覚えていないのだ。

 

 

 

「…なるほどね。やけに変な呪霊が多いって思ったけど、アレはあなたの能力で作った元人間の呪霊か。」

「正解!!肝試しで次々と人間が転がり込んでくるから面白かったよ〜!脅かすのも楽しかったな〜!」

「………」

 

 

彼の能力は不気味なものだった。

 

"相手の魂に触れ、魂の形状を操作することで対象の肉体を形状と質量を無視して思うがままに変形、改造する術式"

 

人型状態の変形させていない素手で触れなければ効果はないが「自身の魂の形を知覚した上で魂を呪力で覆う」以外防御手段がなく、魂を守れなければ強力な呪術師であろうと意のままに改造、変形され、改造された者は二度と元に戻れず遅かれ早かれ死ぬ――

 

それに術式の性質上、その肉体は変幻自在。どれだけ肉体を破壊されようと、呪力があれば魂に直接干渉されない限り即座に再生できる事実上の不死身。

 

ただし彼にも天敵は居る。それは両面宿儺の器である虎杖だ。彼は魂の輪郭を無意識に把握しているため、真人の魂に直接攻撃できる。宿儺は魂の干渉を跳ね除けられるばかりか宿儺側からカウンターを行うことができる。虎杖の魂に触れようとすると,同時に宿儺の魂にも触れてしまうため真人にとって虎杖は攻防共に相性が悪い。

 

まあ、もしくは呪力が尽きるまでダメージを与え続けたり、全身を一撃で粉々に吹き飛ばすような超火力があれば誰にでも勝機はあるのだろう。だが洸も分かっていた。こいつは一筋縄ではいかないと――

 

 

「ていうかキミも酷いね?変だなって気づいてたのにぜーーんぶ殺ったんでしょ?呪霊。」

「悪いけど私は悠二みたいに優しくないからね。」

「………ふ〜ん。そっか。」

 

実はこのトンネル内に準一級以外にも複数の呪霊が存在していた。それは洸にとって雑魚レベルの呪霊。最初は違和感を感じ無かったが妙な気分だった。そしてそれは真人が現れたことによって確実なものとなる。

 

私は真人によって魂を書き換えられた元人間を殺しまくっていたのだと。

気分は良くない。だがここで悲しみに昏れるわけには行かない。

 

 

 

「…で?私に何の用?」

「ちょっと頼まれごとをね。」

「へえ。頼まれたってことはやっぱりまだ他に誰かかいるんだ。火山頭と花畑のやつ、それとは別の誰か?あなたに指示してる"何か"。」

「…………」

 

目の前の真人の表情が一際真面目なものへと変化した。どうやら何かを考えている様子。洸は右手で鞘に触れるとかすかに警戒を見せた。

 

 

「((……"夏油"が言ってた未完全の無下限呪術。…"他に何かある"。))」

 

「…何?じっと見て。」

 

「((オマケにあの"妖刀"。呪力を纏わせるのがベターなんだろうけど、あの娘の呪力を纏わせてるのか何も感じない……やっぱり兄妹揃って危険だね――))」

 

 

"――アレを試してみようかな。"

 

 

真人の真面目な表情が一瞬にして不気味なニヤケ顔へと変化した。何かを企んでいるような嫌な顔だった。

 

 

 

「呪力探知もできない。触れることの出来ない無下限呪術。で、その妖刀!」

「私の事、分析でもしてるの?」

「凄く興味があるんだよねぇ〜!いたぶり甲斐が有ってさぁ!ハハハッ!!」

 

 

甲高い笑い声がトンネル内に轟く。それと同時に洸は改めて刀身を鞘から抜き出すと真人に向けて刃を光らせた。

 

 

「この前、悠二と野薔薇を呪霊に襲わせたのはあなたでしょ。」

「え?何で?」

「"呪胎九相図"……分かるよね?」

「…へぇ〜…勘もイイんだ。」

 

 

この前の交流会を襲った混乱の中。特級呪物である呪胎九相図の一部が奪われてしまっていた。

 

そして"この前"の八十八橋での件。

九相図の2番と3番。"壊相と血塗"が受肉された状態で現れ虎杖と釘崎を襲った。結果は生徒二人が勝利を収めたのだが九相図の1番"脹相"は不明のままだ。

 

きっと他になにか企みがあると洸は予想していた。

 

 

「高専から盗んだ呪胎九相図を使って何を企んでるの?お祭りでも始めるつもり?」

「はははっ!…ヒ・ミ・ツ♡」

 

刹那、洸の刃が真人を貫く。

しかしそれが真っ向に届いている手応えは無い。手を抜いている訳では無いが真人もそれなりのスピードの持ち主だ。特級呪霊という呼び名は間違っていないらしい。

 

 

 

そんな真人の目の前から姿が消えたと思えば、再び背後へと姿を現す。

 

 

「いったいなぁ〜、グサッと来たんだけど?」

「トンネルは条件が悪いね。外出ない?ぶっ飛ばしてあげるから。」

「怖っわ!やっぱり帰ろうかなぁ〜、殺られちゃいそう〜……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なーーーんてね?」

 

 

 

ニヤリと持ち上がる口角。かすかに感じる余裕。洸は再び刀を構え直すも続けて吐き出された真人からの台詞に大きく目を見開くことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、"ハイバラユウ"って知ってる?」

 

 

呪霊ごときの口から彼の名前が吐き出されるなんて。ほんの一瞬だけ洸の思考が停止したかのように赤い瞳が濁る。

 

 

「!?」

「ハハッ!その顔最高だね!!ビンゴ!!!!」

 

まるで洸の反応を弄び、楽しむかのように跳ね回る真人。そして容赦なく洸の体目掛けて手を伸ばすも、無慈悲に無下限に遮られる。

 

赤い瞳は狂気に満ち溢れ、怒り狂っていた。

 

 

 

 

 

「……何故…あなたが知ってるの?」

「へへへっ」

「聞いてるんだけど。何故あなたがその名前を知ってるの?」

「ひぃ〜みぃ〜つ♡はははははっ!!!!」

 

洸の無下限に吹き飛ばされる真人。

明らかに"キレている"洸を目の前に何故か真人は余裕の色を見せていた。

 

そして二人の間を数メートルの距離を挟む中、真人の不気味な低音がトンネルに響く。

 

 

 

 

「――"無為転変(むいてんぺん)"」

 

 

真人の口から人間のストックが現れ、それに呪力を込める。小さく微弱だった塊は徐々に大きく膨らみ、それは人の形と成る――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"それはかつて、洸が愛していた人"

 

 

 

「……"雄"」

『洸。』

 

しかし"下半身がない"。

ズルズルと地面を這い蹲る彼は真っ直ぐと洸を見上げ、手を伸ばす。

 

 

『ひか、る…』

 

嫌な光景だった。あの時の……冷たくなった彼の体――

 

 

 

 

「………」

『…痛いんだ……洸。…俺を助けて……』

「………」

『助けて…お願いだ……ヒカル…。タスケテ…タスケテ、…』

 

 

懐かしい彼の声。

脳裏に浮かぶは"あの時の記憶"。

 

 

「ハハッ!ひひひひっ!!最高!その顔!

…"ユウは死んでない〜"なんつって?」

 

夏油と七海が見守る中、冷たい台の上で寝転ぶ屍。その傍らで泣き叫ぶ時分の姿。

 

 

「"ユウは私が助けるから〜"」

 

真人のふざけた演技。不思議とすべて既視感があった。

 

…何故だ?なんでそう思う――

 

 

 

 

 

 

こちらに伸びる手。

泣き顔で自分を見上げる彼。

失われた下半身、跡をつける鮮血。

 

 

助けてあげられるものなら――

 

 

 

 

 

 

「……なんて。私がそんな作り物に騙されるとでも?」

 

偽物の灰原と頭部に突き刺さる洸の刃。

汚い呪霊の悲鳴とともに消え去る偽物。

 

しかし偽物と分かっていても気分が悪い。まるでフラッシュバックのように記憶が蘇ると吐き気さえも感じる。

 

 

「性格悪いね〜。偽物って分かってても容赦ないじゃん?」

「どうやって彼を知ったの。」

「…ッ…ガハッ!」

 

真人の体がトンネルの壁に打ち付けられ、容赦なく無下限の圧に圧されていく。ビリビリと体に流れる圧。恐怖を感じるほどに狂気に満ちた女の顔。

 

 

「……オイ、クソ呪霊。さっさと話せ、マジで祓うよ?オマエのこと。」

「ハハッ…怖いんだけど…変わりすぎッ…」

「聞かないといけないことが山ほどあるから簡単に祓うわけにはいかないんだけど…イイよね?殺っても。」

 

五条悟を知っている者なら感じただろう。"まんま五条悟だと"。口調も気配もその狂気も、まるで五条洸とは別物だった。本気でキレさせたらとんでもない事になるのだろう。現にあの真人でさえも焦っていた。

 

「((…マズイな。このままじゃ簡単にこの女に殺されるかも。))」

 

しかし君が悪かった。ここまで圧されているのに洸の呪力を感じない。

 

「まあいいや、後で聞くよ。悪いけど一緒に来てもらう…」

「"多重魂(たじゅうこん)"…」

 

 

洸の鼓膜に流れ込む真人の声。

 

 

「"撥体(ばったい)"」

 

 

その瞬間、真人の手元から無数の呪霊の塊が現れ、目の前の洸に襲いかかった。狭いトンネルという不利な状況。洸の体が呪霊達に貫かれる事はまず無かったが標的の姿を完全に見失ってしまう。

 

 

 

「………やられた。」

 

 

急いでトンネルの片側の出口に走り向かうも既に遅かった。鳥のように消えていく真人の影が頭上を舞い、あっという間に姿を消したのだった。

 

 

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「………そっか。」

「ま、そんな感じかな。取り逃しちゃったのは私の落ち度だよ。ゴメン。」

「別にお前が謝ることないでしょ。」

 

立腹と慙愧。珍しく落ち着かない顔付きの洸。そんな妹を横目に悟は激甘ドリンクを口に運ぶ。

 

 

「前に七海と悠二が遭遇した"ツギハギ"ねー。まさかまたオマエに接触してくるなんて。意味不明。」

「"頼まれごと"って言ってたけど…多分他にも私たちが知らない何かがいる。」

「何かって?」

「そこまで言わなくても分かるでしょ?私たちがまだ把握してない特級呪霊か、もしくは呪詛師。はたまた内通者の本星か…」

「……何か、ね。」

 

再び二人の間に沈黙が走る。お互いが何かを考えている様子でその表情は重かった。自分たちがまだ出会っていない強敵か、今現在捜索中の内通者の関係者なのか――

 

 

 

「……ね、悟兄。今更なんだけどさ、」

「ん?」

「夏油の事、」

「傑が何?」

「死体は?どうやって処理したの。」

 

洸の言葉にピクリと反応する悟。まさかそれを聞かれるとは予想外だった。今の今まで殺したことに関しては口にしたことはあったがまさか遺体処理まで聞かれるとは思ってもいなかった。

 

 

「死体は俺一人で処理した。」

「硝子先輩に任せなかったの?」

「任せられるわけないでしょ。」

「…ま、気持ちは分かるけど。呪霊操術の術式を持つあの人を簡単に処理できないのは事実だし。」

「………」

 

悟はそれ以上話す様子は無い。話したくないのか、話せないのかは分からない。しかし洸は引っ掛かりがあった。夏油の死について。何となく嫌な予感さえも感じてしまうほどに。

 

しかしそれを今更悟に言うのも無意味だろう。余計に傷口に手を突っ込みたくもないし、目の前の兄の表情を見ると余計に口にしずらい。

 

「で、それが何かあるっての?」

「………」

「ん?どうなの。」

 

洸はコーヒーに手を伸ばし、僅かに視線を逸らした。

 

 

「((…"あの時のこと"を知ってるのは……夏油と建人。あとは硝子先輩と夜蛾先生…だけのはず。))」

 

自分が過去に灰原の死体を見た時のこと。

高専の地下部屋で泣き叫んだこと。

 

「((あの呪霊は…なぜあの時の事を知っていたの。))」

 

"雄は死んでない、雄は私が助ける"

たまたま選んだワードということも有り得るが違和感がある。

 

「((あの台詞は間違いなく私の――))」

 

あの真人とやらは完全に狙ったかのようにあの時の台詞を口にしていた。

 

 

「………ッ…」

 

 

人を馬鹿にするような嘲笑いを浮かべながら。洸の苦しむ表情を楽しむかのように。

 

 

 

 

 

「洸?おい、どした……」

 

 

異変に気づいた悟。咄嗟に向かい側の洸の手を掴む。互いに見つめ合う青と赤。いつにも増して冗談抜きで心配する兄の姿に洸も何故か反応してしまう。

 

 

 

 

 

 

「五条先生ーーー!ヒッカルーーン!!」

 

 

そんな時、背後から明るく呑気な声が飛び込む。声の主は聞きなれた生徒たちの声。

 

 

 

「五条兄妹。目立つわね〜。」

「……どーも。」

 

虎杖、伏黒、釘崎。私服姿の一年ズが兄妹の前に現れる。二人は瞬時に雰囲気を変えるとニコニコと笑みを浮かべ、突然の来訪者に喜びの色を見せた。

 

「誰かと思ったら僕の可愛い生徒たちじゃん?」

「そっか、皆も今日お休みだもんね?3人でお買い物?」

 

「そうそう!あと"ミミズ人間4"観てきたんだよな〜?」

「終始意味不明な映画だった。」

「そう?私は案外イケたわよ?」

「だよな釘崎!高専戻ったら1から見直し…」

「いや、別にそこまではイイわ。」

 

いつもと変わらない三人の微笑ましい姿。平和で何事もなく、ただただ幸せな青春を謳歌して欲しいと願う五条兄妹にとって、これ程に嬉しい光景は無い。先程までの重苦しい空気も一瞬で吹き飛んでしまった。それほどに三人が輝かしい限り。

 

 

「うっわ!相変わらず甘そうなフラペチーノのカスタム!」

「美味そうでしょ?野薔薇も飲んでみる?」

「いや…さすがに見た目からして吐きそう。」

 

「五条先生、この前も同じようなの飲んでたよな?」

「この人はいつもこういうのしか飲まない。明らかに体に悪そうなやつ。」

「あーウルサイウルサイ。僕はいつも頭使ってるから糖分必須なの〜!!」

 

 

兄と生徒たちの会話をじっと見ていた時、ふと空いた隣の席に視線を向ける洸。

 

 

「ね、隣の席空いてるし皆でお茶しようよ?」

「いいねぇ〜。なら何か頼みに行こうか。みんな着いておいで。」

「え!マジで!?五条先生の奢り!?」

 

財布を片手に席を立ち上がる悟。

すると大喜びで声を上げるのは虎杖と釘崎。大量に持っていた紙袋を席に置くと足早にレジへと向かう。そして遅れて伏黒も向かおうとした時、釘崎に念押しされるように体を押された。

 

「伏黒はここで待ってなさい!洸先生ってば直ぐナンパされるから!」

「釘崎……オマエな……」

 

花火大会の時といい、釘崎は頼んでもいない事を直ぐに行動に起こす。

もちろん洸は伏黒の気持ちなんて知ったこっちゃない。ムスッと口を尖らせ、腕を組んでは視線さえ合わせてくれない伏黒にニッコリと笑顔を向ける。

 

「ボディガードありがとう、恵。」

「……別に洸先生にボディガードなんて必要無いでしょ。」

「いや〜、最近の男の人って強引な人多いし。この前も建人と出かけた時さ、1人になったタイミングで囲まれちゃって……」

「それでどうしたんです?殴ったんですか?」

「そんな物騒なことする訳無いでしょ?建人が直ぐに戻ってきて追い返してくれたの。」

 

 

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あれは確か休みの日に二人で映画を見に行った時だ。

 

その帰りにカフェに寄ろうとしたがどこも人だらけ。仕方なくテイクアウトしようと七海は洸の代わりにコーヒーを買いに行き、洸は外で待っていた時のこと。

 

 

「ねーねー?お姉さん一人?」

「めっちゃ綺麗な人だから思わず声掛けちゃったよ。」

「俺らで飲みに行かない?奢るし。」

 

……チャラい三人組。

ていうか絵に書いたような"あるある"な光景に洸自身も思わず呆れて笑ってしまうほどだ。

 

「残念。一人じゃないよ。」

 

「なら放置されてる間に俺らが連れてっちゃお〜」

「こんな街中で綺麗な子放置するなんてツレも馬鹿でしょ?」

「ほら行こうよ〜?絶対退屈させないし。」

 

「私つまんないよ。ていうか怒られるよ?」

 

洸はわざと無下限を解く。男たちに腕を捕まれ、強引に体ごと持っていかれるも余裕の笑みを浮かべるほどに。

 

「はぁ?怒られるって誰に?」

 

「私の彼。」

 

「いやいや、んなわけないでしょ?」

「てか俺ら三人だし?」

「ヒョイッと彼女かっ攫われる"隙だらけの男"なんかに……」

 

密かに近づく気配に洸は面白くてたまらなくなる。クスクスと変わらず笑みをこぼす洸は意地が悪い。自分を攫おうとする目の前の男たちが怯える姿が容易に想像着く。

 

 

 

「――誰が……隙だらけだと?」

 

 

刹那、洸の体を強引に引く男たちの表情が青ざめ、ピタリと動きを止める。

 

まるで強大な壁が立ちはだかっているようだった。男たちよりも遥かに身長も高く身体も大きい。下ろされた金髪の隙間から覗く鋭い怒りに満ちた瞳に見下ろされれば普通の人間ならひとたまりもないだろう。

 

「あ、建人。コーヒーありがとう。」

 

洸はそんな彼らの気も知らず、嬉しそうに目の前の七海に駆け寄った。

 

「わざと無下限を解きましたね。また私を試してるんです?」

「だって面白いんだもん。"コレ"見るの。」

「本当に兄妹揃って性格が悪い……」

 

淡々と続く二人の会話。その内容も訳が分からず、気味悪ささえ感じる。というより"恐怖を感じた"。

 

「……それで?"退屈させない"でしたっけ?」

 

「「ヒィッ!!」」

 

七海の冷酷な瞳が再び三人を見下ろす。そして怯える男たち。

 

「直ぐに立ち去るか。もしくは"退屈させない"か……3秒時間をあげましょう。」

 

 

ポキポキと七海の指の関節が鳴り響く。

すると男たちは……後は言わなくても分かるだろう。

 

 

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「って事が前あって〜……」

 

「…………((いや、ナンパする方もする方だと思うが。洸先生にも問題あるだろ。やっぱりこの人も性格が悪い。五条先生と同様に。))」

 

何故か嬉しそうに得意気に過去の話を口にする洸。伏黒は隣に座るそんな洸を呆れ混じりのジト目で見据えた。

 

そんなことをわざと仕出かしては七海を出動させ、ひ弱な一般人を脅かすなんて……普通しないだろ、と。

 

そんな分かりやすい洸の意地の悪い行動に付き合う七海。だが容易に想像ができる。それでもそんな五条洸(この人)のことを愛しているのだと。あの冷静沈着でThe・大人な七海も洸を前にすれば嫉妬するただの男になるのだと。

 

なんとなく……もどかしさを感じた。

 

 

 

「で、そんなことより……今日楽しかった?」

「…まあ、普通に。」

「ははっ。素直じゃないねぇ。相変わらず。」

「煩いです。」

 

悟に似た乾いた笑いを漏らす洸はゆっくりと背もたれに体を預け、ぬるくなってきたコーヒーに再び口をつけた。そして全て飲みきるとカップに付着した淡いピンクの口紅跡を指で拭う。

 

どこか重たい雰囲気を纏ったその横顔を静かに横目で覗き込む伏黒。改めて"綺麗"だと思った。笑った顔も怒った顔も、冗談を口にする時も……何もかもが美しい。

 

そして何かに悩まされているときの苦痛混じりの表情でさえも。

 

 

 

「そんなあなたは?何かあったんですか。」

「……さあ。」

「絶対この前の任務で何かありましたよね?」

「別に何も無いよ。」

「嘘つかないでください。分かりますよ、俺。」

 

真っ直ぐとした凛とした声だった。そしてやっと視線が合う。真剣な黒い眼は赤を逃がさまいと捉える。

 

「へぇ〜心強いね、恵。」

「もうガキじゃないんで。」

 

力強い面持ち。睨んでいるというほうが近いかもしれない。

 

「……そうだね。もう恵は子供じゃない。」

「ッ!」

「でも――"まだ守らせてね"?」

 

ツンっと眉間を指で突かれると何故か恥ずかしくなってしまった伏黒。声にならない音を喉から鳴らすと再び視線を逸らし微かに頬を赤らめる。

 

"守らせて"なんて。本当にこの人は人の話を聞いていたのだろうか。

 

それはこちらのセリフだってのに。

 

 

「……洸先生は俺が――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伏黒〜!」

「おっまた〜!」

 

 

伏黒がボソリと呟いたその時、飛び込んでくるのは茶化すような同期二人の声。虎杖が手にしているトレイの上には三人分のドリンクとケーキやドーナツが所狭しと乗せられていた。

 

 

「……チッ……」

「チッて何よ!チッて!」

 

「ほいっ!伏黒は期間限定のさつまいもフラペチーノな!」

「…………」

 

伏黒の返答がない。

なにか気に触ったのかいじけたように眉を顰め、顔を手で隠すと再びため息を漏らしていた。伏黒の機嫌がナナメな理由は虎杖と釘崎はもちろん分かっていたが洸は分かっていない。

 

 

 

 

 

「……あれ?悟兄は?」

「五条先生なら追加でドリンク頼んでて…まだカウンターに居ると思うけど。」

 

そんな時、悟の姿がないことに気づく洸。どうやらついでにまた新たにドリンクをオーダーしたらしいのだが時間がかかり過ぎだ。いったいどんな激甘ドリンクをオーダーしたのやら。

 

席から身を乗り出しカウンターへと視線を向ける。しかし悟の姿はやはり見えない。あんな目立つ人を見失うわけがないのだが。

 

 

「……あ!いたいた!!外で電話してんね?」

 

虎杖が指さす先に佇む悟の姿。カフェのガラス張りの壁に寄りかかり、確かに電話をしている様子だった。

 

「五条先生って本当に忙しいんだな〜」

「そりゃ特級サマだもの。もしくは女関係の縺れか。」

「え!?五条先生って彼女とかいんの!?」

「あくまで予想よ!予想!……あー!ほら!伏黒もさっさと飲みなさいよ!不貞腐れてないで――」

 

バタバタと隣で騒がしい三人組。洸はそれを横に笑みを向けると再び外の悟に視線を移した。

 

こちらに背を向け寄りかかっているため顔は見えない。若干俯き気味でスマホを耳に当てる後ろ姿はどことなく嫌な雰囲気が漂う。普通の人なら分からないだろうが兄妹となれば別だ、何となくで感じ取れる。

 

「…………」

 

妙に自分の心がざわざわと波立つのを感じていたのだった。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

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┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

同日――

――呪術高専東京校

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

「……と言いますと?」

「二度も言う必要が?」

 

夜蛾の自室に響く二人の声。

険しい面持ちで何やら戸惑いを見せる夜蛾。そして着流しを身につけた美しい白髪の男。五条家前当主、悟と洸の父親だった。

 

 

「……それはつまり……貴方は洸を」

「高専での任について全て撤廃して頂きたい。総監部には私から話をつけます。処刑があくまでも保留になっている事も…洸に関すること"全て"。」

 

 

父親の顔は無に近い。淡々と"娘"のことを口にする姿はやはり何年経っても変わらない。冷淡で冷めきった、感情が読めないその姿。

 

 

 

「教えてください。貴方はなぜそこまでして悟と洸を引き離そうとするんです。」

「…………」

「私も詳しく事情を知っている訳ではありません。ですが……"腑に落ちない"んです。」

 

 

過去に禪院家に嫁がせようとした理由

悟と頑なに引き離そうとする理由

 

他にも思い当たる節はあるが、それは年を重ねる程に明白になっていく。

 

現当主である悟がどんな手を使ってでも洸の死刑を保留にした事も。自分の目の届く範囲に洸を置いておく理由も……

 

夜蛾はグルグルと脳内で様々な憶測を立てていた。

 

 

 

 

「……夜蛾学長。私の妻、洸の母親が既に他界していることはご存知ですよね。」

「はい。それは勿論。」

 

父親はテーブルの湯呑みに手を伸ばし喉を潤す。そして気品のある所作でそれを再びテーブルへと戻すと小さく息を漏らした。

 

「彼女は絶望していました。娘を産み落とした時。瞳の色を見た時………それは私も同じですが……」

 

 

 

"六眼"がこの世に生まれたその翌年に"緋眼"が生まれ落ちた――

 

 

それは何百年ぶりの事だろうか。というより"あの話"は伽話に過ぎないなんて勝手に思い込んでいた。

 

あくまでも緋眼のそれが存在する事については"記録"や"伝記"としてしか残ってはいない。

 

 

「……」

「私も歳のせいか…洸に対して情が湧くようになってきたんです。」

「情?」

「…………」

「貴方は何を仰っているんです。」

 

夜蛾の表情は変わらない。

しかし声に挑むような響きが加わった。

 

 

 

「私は洸を何年も見てきました。高専に初めて足を踏み入れた時も。…全く心を開かず、視線さえ合わなかった時も。」

 

10年前、洸が高専に現れた時。そしてその後の日々の様子。

 

「…仲間たちと青春を謳歌する姿も、仲間の死を目の前に崩れ落ちる姿も……」

 

そして哀しみに暮れ、何かが壊れた瞬間も。

 

「恐らく貴方より見てきた。洸が成長を遂げていく全てを。」

 

微かに父親の手元に力が籠った。膝上に置かれていた両手が着流しを掴む。しかし表情は変わらない。ただただ夜蛾を静かに見据えていた。

 

 

 

「呪術高専東京校学長として、私は五条洸をここで手放そうとは思っておりません。」

「………」

「貴方が何を考えているのかは分かりませんが。情だと言うのであれば洸を此処に置いておくべきです。……行先に闇が有ろうが光が有ろうが……

 

 

決めるのは"洸自身"です。……違いますか?」

 

 

 

夜蛾は相手の視線から逸らすことなく真剣に言葉を放った。対し父親も逸らすことは無かった。

きっと恐らく何を言っても夜蛾はすんなりと頷く様子は無かった。

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

「――今日はお忙しい中ありがとうございました。夜蛾正道学長。」

「こちらこそ。どうかお気をつけて。」

 

 

高専の校門前に停まる黒い車。

中から五条家の関係者が現れると後部座席の扉を開け、車内へと誘導する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?……アレって……」

 

その時、校門から感じる気配に勘づいた人物が夜蛾の背後から現れるた。

それは悟の父と面識のある"禪院"の娘。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…真希。」

 

父親の表情が僅かに変化した。まさかここで会うとは、と微かに驚いた様子を見せる。

 

「どうも。…つーか悟と洸の親父がここに来るなんて。」

「少し学長に用があってね。……ケホッ、ケホッ……」

「へぇ。((あんまり状態は宜しくなさそうだけどよ。))」

 

この人ももうそれなりの歳だ。といってもまだ50手前だけども。

 

"僕の親父、少し体悪くてさ〜。早めに選手交代って訳で早めに僕が当主引き継いだの〜"と呑気に口にしていたがあれは本当だったらしい。

 

しかしさすが五条家の血。悟も洸も美形なのは認めるがそれ以上に父親も良い意味でバケモノだ。いくら歳を重ねても"綺麗"という言葉が相応しい。身長も悟より高いか同じくらいだろう。

 

 

「悟と洸は上手くやってるか。」

「ああ…まあ多分?それなりには。」

「そうか。」

 

真希に対しての声色は柔く感じた。夜蛾はその様子を静かに見守る。

 

 

「真依は?」

「元気にしてるよ。この前の交流会でボコボコにしてやったけどな?私が。」

「…フッ、相変わらずだな。」

 

謙虚な笑み。悟と洸のケラケラとした軽い笑い方とは違う。だからこそ真希自身もあまり軽くこの父親だけには関わることが昔から出来なかった。何となく恐ろしさがある。

 

 

 

「もっと話していたいが予定があってね。……では……」

 

小さく頭を下げ、付き人に支えられながら車内に乗り込む父親。

 

「じゃーな。」

「失礼致します。」

 

黒い高級車はあっという間に消えていく。

 

ほんの僅かな呪力の残穢を残したまま――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………さーてと。」

「真希。何してる。」

「悟に電話。」

 

真希は車が見えなくなった瞬間に制服ポケットからスマホを取り出した。どうやら悟に電話をかけるらしい。

 

「どーせ口止めされてんだろ?あの親父に。悟と洸に来たことは言うなとか。」

「……」

 

「止めねーならこのまま連絡するぞー。」

 

夜蛾は真希の行動を止めることはなく、スマホを片手に立ち去る彼女を見送ったのだった。

 

 

 

 

 

┈┈┈┈

 

 

 

「もしもーし。」

『悟。』

「どーしたの?真希から電話なんて珍しいね。」

 

週末の午後。

カフェで追加のオーダーを待っていた時、思わぬ人物から連絡が入った。

 

『近くに洸は居るか?』

「いや、今は居ないよ?」

『ならちょうど良かった。手短に話す。』

「ん、ちょっと待ってね。」

 

悟はカウンターからチラッと席に視線を向ける。洸は虎杖達と楽しそうに会話をしている様子だ。タイミング良く追加オーダーしたドリンクを手渡され、そのままカフェの外へと向かう。

 

「……はい。どーぞ。」

『お前らの親父が高専に来てた。ちょうど今帰ったけどよ。』

「…は?親父が?」

『ああ。学長と校舎から出て来るとこに出くわした。』

 

悟はドリンクを口に運び、ほんの一瞬だけ沈黙を作った。そしてなにか考えるような素振りを見せるも再び会話を繋げる。

 

「真希は?何か話したの?」

『少しだけな?』

「………」

『別に大した話はしてねーよ。"悟と洸は上手くやってるかって"聞かれただけだ。』

「へぇ、なんて答えたの?」

『うぜぇくらい仲良くて毎日ベッタベタって言っといた。』

「はははっ!確かにそうだね〜!」

 

真希も上手く冗談を言うようになったね?なんて呟く。呑気にケラケラと笑い声を上げるも実のところ悟自身は冗談を本気で言えるような状態ではなかった。

 

 

『……五条家前当主サマが高専に来るなんて前代未聞だろ。』

「暇なだけでしょ。隠居生活に嫌気がしてきたのかな〜あのジジイ。」

『真面目に考えろよ。ぜってぇ何かあんだろーが。わざわざオマエら兄妹がいない時に来るなんて。』

「本当に性格悪いよね〜。コソコソしやがって……」

 

理由は分からないが悟と洸に会うのが都合悪かったのだろう。もしくは単純に会いたくないのか、あの父親ならどちらも有り得る。

 

 

「ま、今度実家に顔出してみるよ。最近全く帰ってなかったし?」

『……』

「連絡ありがとね真希――」

 

 

悟はその後通話を切ると壁に寄りかかりため息を漏らした。オーダーしたドリンクは激美味のハズなのに不思議と味がしなかった。

 

 

 

 

「……あのクソジジイ。何か企んでやがんな。」

 

 

ボソリと呟かれた言葉。

それは心の芯まで凍る冷たい言い方だった。

 

 

 

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