五条兄妹   作:鈴夢

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血と緋眼

 

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「――悟兄」

 

 

洸の手が血に濡れた悟の頬に触れる――

 

 

 

 

 

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――2018年 10月下旬

呪術高等専門学校 駐車場にて――

 

 

 

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「……ねえ、悟兄。」

「ん?なーに??」

 

 

洸は隣に立つ兄を怪訝そうに見上げる。

対して悟は何やら嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 

 

「なんで"この子達"も居るの。」

 

 

洸の指す"この子達"とは……

 

 

「やっほー!ヒカルン!」

「でっかい車……これが噂のベンツの四駆?」

「……」

 

通称"一年ズ"

虎杖、釘崎、伏黒。

 

私服姿の彼らはワクワクと嬉しそうな様子で(伏黒を除き)悟の愛車の傍らに寄り、洸を待っていた様子だった。

 

「ちょうどみーんな休みだったしさ?別にいいでしょ?」

「だからってなんで"実家"に…」

「あー!うるさい!たまにはこうやって出かけもいいでしょ〜?はい、みんな乗った乗った!」

 

洸のぼやきを遮るように悟は勢いよく両手を叩く。乾いた音が辺りにこだますると言われた通りに虎杖と釘崎は後部座席へと乗り込む。

 

「おなしゃーーす!!」

「おっ邪魔しまーす!」

 

彼らにとっては貴重な休みだ。しかし、どこか曇った表情を浮かべる洸に対して彼らは嬉しそうだ。それは恐らく"興味"というものもあるのだろう。

 

悟が何故かこの三人も"実家"に連れていくというのだ。全くもって理解できないが五条家が一体どんな所なのか?という好奇心の方が彼らは強いらしい。

 

「ていうかみんな一級術師の査定中でしょ?任務続きだったし、休める時に休まないと。」

「息抜きよ!息抜き〜!ね?伏黒?」

「…俺に振るな。」

 

開かられた後部座席の扉から釘崎が身を乗り出してはいつものように伏黒を弄ぶ。そんな伏黒はアウターのポケットに両手を突っ込んだまま、未だ車に乗り込まず洸の隣に立っていたのだった。

 

「途中コンビニ寄るからね〜。……あ!尚、お昼ご飯は我が家で振る舞いまーす!」

 

「え!?マジで!?五条先生ん家で食べられんの!?」

「絶対ヤバいじゃない!真希さん曰くマジで五条家はヤバいって言ってたし!」

「五条先生達ってインスタントラーメンさえ知らなかったって家入先生言ってたし……どんな食生活なん?」

「もしかして懐石料理!?それとも豪華な肉料理!?」

 

呑気な悟の台詞と反応する生徒二人。

賑やかなその光景を洸と伏黒は静かに見据える。

 

 

「…………」

 

ふと、伏黒は隣の洸を横目で伺う。

微かに口角を上げ笑顔を浮かべているように見えるが多分偽りだ。本心だと笑っていない。なんとなく重苦しい空気を纏う彼女に敏感に気づいていたのだった。

 

 

「洸先生。」

「……ほら、恵も乗りなよ。」

「………はい…」

 

伏黒は何か言いかけるも口には出さなかった。空元気を無理やり演じる洸に本当は色んな言葉をかけたかったがなかなか難しい。今は静かに洸の様子を伺おうと密かに誓ったのだった。

 

 

「……ふぅ〜ん。相変わらず優しいね恵は。洸にだけ。」

 

伏黒も後部座席に乗り込むと閉められる扉。五条兄妹は車の外からその様子を伺いつつ会話を交わす。

 

「ねえ悟兄。本当に何考えてんのか分かんない。何でこの子達も連れてくの?あんな息苦しいところ。」

 

洸にとって実家は楽しいところでは無い。今日も自ら望んで帰省するわけでなく、父親と悟に促されての事だった。できるなら帰りたくない。帰ったところで気まずいだけだ。

 

 

 

「"何で"って…その方がお前も気楽じゃない?」

「何で?」

「僕と二人で実家に帰るよりもさ。こうやって騒がしい方が気が紛れるでしょ?」

 

サングラス越しに青い瞳が光る。洸は悟から視線を外すと騒がしい車内に視線を向けた。

 

……まあ確かに、二人っきりで帰るよりかはマシかもしれない。今は彼らの笑い声がある意味特効薬のようなものだ。

 

 

「ほら。早く乗りなよ。」

 

悟の手が洸の背を優しく押す。

それに促され、洸は助手席へと乗り込むのだった。

 

 

 

 

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――賑やかな車内。

楽しい生徒たちの笑い声、悟のお気に入りの曲が車内に響き渡る。

 

洸も時たまその調子に乗るも、なんとなく気分は晴れない。車窓から見える景色に視線を向け、都会の景色から自然豊かな山々の景色に移り変わるにつれて口数も少なくなっていく。

 

橙色に染まる山々の木々たち。降りかかる木漏れ日。生徒たちの弾んだ声。それは心地いいものだった。

 

しかし……やはり気分は晴れそうにはない。

 

こんなにも素晴らしい景観が、音が視覚と聴覚を刺激しているはずなのに。洸の気分は晴れなかった。

 

 

 

 

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「「――デッ……」」

 

 

 

豪華な門構えを見上げる虎杖と釘崎。

 

 

 

「「デッカーーーーー!」」

 

 

辺りに轟く二人の大きな声。

その後ろでは相変わらず笑顔を浮かべる悟と無表情の伏黒、そして微かに口角を持ち上げる洸。

 

 

「…煩い、お前ら。」

「声も大きくなるわよ!この景観を見たら!……ていうか、なんであんたはそんなに冷静なのよ!!」

「だいたい想像できるだろ。五条家。」

 

「「想像以上なんだって!!」」

 

ここは時代劇か何かの撮影スタジオなのか?と思うほどに由緒ある雰囲気を纏う和風家屋。大きな木製の門に高い塀。風が吹く度に紅葉した木々の葉がゆらゆらと揺らめき落ち幻想的光景が広がる。

 

「……五条家……ここが……五条先生とヒカルンの……」

「そ、僕と洸の実家だよ?正真正銘ね?」

 

「"The 日本の御屋敷"って感じね。周りは塀で囲まれてるし。めちゃくちゃ古そうだけどいつの時代からあんの?」

「うーん、いつからあるんだろーね?平安?もっと前?」

 

 

"僕あんまりわかんなーい!"と呑気に響く悟の声。当主らしからぬ言動にドン引きするも、その瞬間門が開き、中から和装の女性が複数名現れた。

 

 

「――"悟様、洸様"。」

 

丁寧なお辞儀、所作。

二人の名を呼ぶ女性たちは五条家に仕える女中だった。

 

「「お帰りなさいませ。」」

 

頭を下げる女性たちの表情は無だった。感情を感じとれないその様子に、心から出迎えているのかも分からないほどに感情が分からなかった。

 

「ん!ただいま〜!」

「…………」

 

手をヒラヒラと揺らし先頭を歩く悟。そしてその後ろを歩く洸は生徒三人に手招きをすると、ワンテンポ遅れて彼らもゆっくりと歩き出した。

 

門を潜る五人。

迷いのない足取りで突き進む悟。その後ろを隠れるように静かに歩く洸。

 

その様子に虎杖は首を傾げると釘崎と伏黒にそっと耳打ちをした。

 

 

「……なあ、伏黒、釘崎。」

「ん?」

「何だ?」

 

伏黒と釘崎も静かに耳を傾ける。

 

 

「ヒカルン、なんか様子が変だよな?」

「あー……確かに言われてみれば。いつもより口数少ないし。」

 

三人は前を歩く兄妹へと改めて視線を向けた。いつもと変わりなく堂々と歩く悟。そしていつもと様子が全く違う洸。その背中は寂しげだった。実家に帰ってきたのだからもう少し喜びなどを浮かべるのかと思いきや真逆。今すぐにでも立ち去りたいと思わせるほどに洸の背中は弱々しかった。

 

何故?と不思議そうにする虎杖と釘崎。しかし伏黒は分かっていた。

 

「……そりゃそうだろ。」

「何?なんか知ってんのか?伏黒。」

「さっすが伏黒ね。洸先生の事はなんでもお見通し!ってわけ?」

 

冷静な伏黒の言葉。対して二人は未だに"理解していない様子"。

 

 

「…そういうのじゃない。呪術界における"御三家"……その意味、分かんねえのか。」

 

ため息混じりの台詞。呪術界、御三家。そのふたつのワードを耳にした二人は微かに表情が変わる。

 

 

「そもそも非術師、術師は置いといて一般家庭とは大きく違う。……真希さん見てたら大体分かるだろ。」

 

「「…………」」

 

「真希さん曰く、五条家は禪院家よりかは色々マシだとは思うが立ち位置は殆ど同じだ。御三家の血を引く人間がこれ迄の人生で何も悩みなく過ごしてきたとは到底思えない。」

 

そもそも一度呪術界から通報されたような身だ。寧ろ本来であれば秘匿死刑で死んでいた。余計に肩身も狭ければ洸の立ち位置はかなり複雑なものだろう。

 

「それに洸先生の実の兄は"あの五条先生"だ。何も無いわけが無い。」

 

現代最強とうたわれる兄の存在。五条家当主、六眼と無下限呪術を持つ絶対的存在。そんな人物が血の繋がった兄なのだ。自分に置き換えてみると色んな意味で恐ろしいとも思う。

 

五条洸も決して弱くない。それは分かっている事だ。しかし呪術界でも五条家内でも好奇の目に晒されていた可能性も有る。劣等感、例えようのない無常感。

 

あくまで全て想像でしかないが様々な憶測が立てられる。それ程に複雑な環境で育ってきたのは明白だった。

 

 

「……やっぱりヒカルンの事になると色々詳しいよな、伏黒。」

「そりゃそうでしょ。むっつりスケベなんだから。」

「……ッオマエらな…帰ったら覚えとけよ。」

 

 

門から屋敷へと繋がる石畳の道を歩く五人。

 

生徒三人の視線は美しい屋敷内でもなければ五条悟でもない。晴れ晴れとした秋空でも無い。

いつにも増して小さく見える五条洸の背へと向けられていたのだった。

 

 

 

 

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「…………」

 

「「…………」」

 

 

向かい合う五人と一人。

生徒三人は今までにない緊張感の元、姿勢正しく正座で座布団に腰掛け"白髪"の男をじっと静かに見つめる。

 

 

 

 

 

 

「はい!!ちゅうもーーーーく!!この人が僕と洸のお父さん!五条家"前"当主!五条――」

「悟。」

「…………」

 

"煩い、黙れ"と言わんばかりの空気感。漆黒の瞳が容赦なく悟をねじ伏せるように食い掛かる。その声の主は悟と洸の父親だった。

 

紺色無地のシンプルな着流しを纏い、同じく姿勢よく正座をし彼らを見据える。

 

 

「「……((さすが父親。))」」

 

 

あの五条悟が黙り込むほどだ。最強を相手に視線だけでねじ伏せる事が出来るのは後にも先にも前当主の父親だけかもしれない。

 

 

「こっ!ここここ!コノタビハ!おっ、…オマネキイタダキ……」

「バカ!虎杖!別に私たち招いてもらったわけじゃないでしょ!先生の気紛れ!」

「…………((マジでうるさい。))」

 

「でも挨拶はちゃんとしねーと……」

「そういうのは私らじゃなくて伏黒が抜擢なのよ!」

「…お前ら少し黙れ。」

 

ド緊張で声が裏返る虎杖の頭上に釘崎の拳が落ちる。そんな2人の隣で伏黒は一人静かに前を見据える。

 

 

広間に広がる虎杖と釘崎の騒ぎ声。

父親は無表情のまま三人をじっと見据えていると漸く口を開いた。

 

 

「――君たちが悟と洸の生徒か。」

 

静かな低音の品位のある声。

聞き覚えがあると思ったら悟の声とよく似ている。落ち着きのある、冷静沈着な時の悟の声のそれと同じだ。やはり親子。纏う全てが悟そのものだった。

 

 

「ゆっくりしていくといい。満足に饗すことは出来ないが……」

 

ちらりと漆黒の瞳が悟へと向けられた。

こんな緊張する場にこれ以上彼らを置いておくのも不憫だとも思ったのだろう。挨拶はもういいから早く出ていけ、と言わんばかりの視線に悟は敏感に察する。

 

 

「はーいはい!挨拶も終わったしもういいよね?昼飯食べて適当に帰るからヨロシク〜♪」

 

"ほらほら〜"と虎杖と釘崎の腕を引く悟。伏黒もそれについて行くように立ち上がると悟の父親に頭を下げる。

 

そして遅れて洸も立ち上がる。特に目を合わせないまま、表情は緊張に包まれ麻痺しているように動かない。

 

 

 

「…"洸"。」

 

 

刹那、父親は娘の名を呼んだ。

広間に響くその声にビクリと肩を揺らせば足を止め、ゆっくりと振り返る。

 

 

「……はい、父様。」

「お前は残れ。」

 

間髪入れず洸の言葉に被さる父の声。

洸は漸く視線を合わせ、再び座布団へと腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

部屋を立ち去る四人。

悟は部屋を出る寸前に横目で二人の様子を伺うと妹の身を密かに按じたのだった。

 

 

 

 

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広間を出た四人は屋敷内の長い廊下を歩く。すれ違う女中達は会釈をし、改めて"五条悟"が凄い人物なのだと生徒たちは実感していたのだった。

 

 

「――先生のお父さんめっちゃイケメン!どこぞの俳優?五条家って本当にムカつくくらい美形揃いなのね?しかも髪の毛も真っ白だし!……しかも年齢不詳。」

「釘崎の言う通りだよな?なんか分からんけど全部が異次元っつーか。でも目の色は普通だったよな?」

「五条兄妹が特殊なだけだ。六眼と緋眼――」

 

 

伏黒が言葉を続けようとしたその時、ピタリと虎杖が脚を止めた。遅れて三人も脚を止めると不思議そうに虎杖を見つめる。

 

「…なあ、五条先生。向こうに見える建物ってなんなん?」

 

長い廊下の窓から見える光景。虎杖はそれを指差すと釘崎が身を乗り出し目を細める。

 

「よく見えたわねー虎杖。……木に埋もれて見にくいけど…確かになんかあるわね。蔵ってやつ?」

「なんかやけに気になるっていうか……」

 

木々に埋もれている建物。よく目を凝らさなければ見逃してしまいそうなほどに隠されたように佇む"それ"。幽霊屋敷までとは言わないが雰囲気は近い。

 

興味深そうに覗き込む生徒三人。

悟はそんな彼らの背後に視線を向け、ゆっくりと落ち着いた口調で口を開いた。

 

 

「あれは洸が住んでた"離れ"だよ。」

 

"洸が住んでいた"と言うワードに引かれるように振り返る三人。しかし不思議だ。住んでいたという言葉に違和感を覚える。

 

 

「住んでたって……にしては離れすぎというか、なんか雰囲気違うわよね?」

「一緒に住んでたんだよな?ヒカルンと。」

 

「うーん。まあ同じ敷地内には居たけど、正確に言うと"一緒には住んでない"かな。」

 

「住んでないって、でも同じ五条家内じゃない?」

「兄妹だろ?普通一緒だと……」

 

虎杖と釘崎はそれぞれ疑問を投げかけるも納得いくような回答は得られない。

 

 

「僕は屋敷の母屋。あいつは離れ。寝食を共にしていた訳じゃないよ。」

 

「「…………」」

 

 

"なんとなく"。虎杖と釘崎の脳裏に先程の伏黒の台詞が思い浮かんだ。

御三家、五条家、由緒ある血筋の家系――そして兄は現代最強の術師"五条悟"。

 

格差なのか、それともほかの理由があるからなのか。それを聞くのも恐ろしい気がした。

 

 

「此処にいた頃は……どうだったかなー。週に一度会えるか会えないかだったし。」

「それが当たり前だったの?」

「当時はそれが僕達兄妹にとっては当たり前だったかな。今思えばマジで意味不明だけど。」

 

悟ののらりくらりとした回答の後、再び三人の視線は遠く離れた家屋へと向けられた。ただ単に不気味だった。それに不思議だった。あの洸が何故、五条兄妹は何故、そのような生活を送っていたのか。

 

 

すると虎杖が悟に疑問を投げたのだった。

 

 

「なあ先生。質問!」

「何かな?虎杖悠仁くん。」

 

「ヒカルンってさ、"何か"あんの?」

「ん?」

「先生と同じ"無下限"扱えるのは知ってるけど、他のことは何も知らんし。そもそも何で目が赤いのか……とか。」

 

明らかになっていない"五条洸"の能力。

触れられない無限を扱うことも、術式も悟とほぼ同じ。それに加えて悟を相手に戦えるチートを持っているような人間だ。不思議なことが多すぎる。

 

 

「……ていうか、僕も知らないよ?」

「知らないってそんなわけないでしょ?妹なんだし、お父さんからなにか聞かされてもおかしくないじゃない?」

 

「いやいやマジで。僕と同じ無下限呪術扱いなのは知ってるけどそれ以外は知らないよ?」

 

半ば呆れ顔を浮かべ彼らの質問に答える悟。その様子を見る限り本当に何も知らないように見えるのだが……

 

「まあ強いて言うなら僕の無下限を無条件で唯一貫通できる存在……くらいかな?」

「……そっか。そういえば五条先生って洸先生に倒されかけたとか……先輩たちが言ってた気がする。」

「そ。だから厄介なんだよね〜。一番敵に回したくないタイプ。」

 

今更だが一年前は敵同士だった兄妹。本気で殴りあって悟は妖刀で貫かれて大惨事になったとか。建物が吹っ飛ぶ程の喧嘩をしたとかしてないとか……

 

しかし今では二年の話が嘘のようだ。全てが良好とは言えないが決して仲が悪い兄妹とも思えない。共に助け合って、時には悟の無理難題に憤怒する洸……というパターンを目にすることもあるが大きな争いが起こるような雰囲気には出くわしたことは無い。

 

やはり五条兄妹は不思議な存在だった。

 

 

「さ!昼ご飯出来るまでまだ時間かかるみたいだし、少し散歩でもしてきたら?僕もちょっとやることがあるからさ。」

 

「え!?マジで!?」

「いいの!?」

「……お前らあんまり勝手に色んなとこ行くなよ?あくまでも人の家だからな。」

 

重い空気が一転。悟の提案に目を輝かせる虎杖と釘崎。それを背後から呆れ顔でため息をつく伏黒。

 

 

「私はひっろーーい中庭探索させて!!川流れてるし!映えスポット!」

「んじゃ俺も探索〜!」

 

「うんうん!別に入っちゃいけないとことか無いし、好きに探索しちゃって〜!……あ!一応向こうの山もうちの敷地だからどうぞ!熊とか出るかもだけど。」

 

「「いや、さすがにそこまでは結構です。」」

 

一端の会話を終え、早速探索へと向かった二人。まるで宝探しに参加する子供のようにはしゃぐ姿に伏黒は変わらずため息を吐いた。

 

長い廊下から消える二人の姿。

そしてその場に残っていた伏黒と悟は暫く沈黙すると、伏黒が口を開いた。

 

 

「……五条先生。」

「ほーら、恵も探検してきなよ?洸の離れも別に入って問題な…」

「洸先生。"様子が変でした"。」

 

伏黒は真面目な瞳でそういった。

サングラスの奥に隠された青い瞳を捕らえて離さないと言わんばかりに、それは力強いものだった。

 

「さっすが!気がつく男は違う!」

「……アンタ、何考えてるんです。」

「ん?」

 

「――"五条兄妹"。マジでアンタら何なんです。」

 

疑念を感じさせる口調と空気。

適当な返しをする悟に怒りを感じているようにも見て取れた。

 

妹の事を常に考えているようで、想っているようで……しかし何かが欠如しているようにも感じていた。伏黒は分かっていた。五条悟という人間は軽薄で個人主義者で適当な人間だと。

 

だからこそ"あのような"洸を目の前にすると苛苛とした気持ちが湧き上がる。

 

「ははっ!何って……ただの兄妹だけど?」

「違う。何かがおかしい。」

「何よ〜恵〜。そんな怖い顔してさ〜……」

 

悟は恵を廊下の壁に追いやるように迫る。何となく感じる悟の嫌な雰囲気に恵は気づくも既に遅かった。背中に感じる硬い壁の感触。顔の横に悟の手が伸びれば逃げ場は無い。

 

「……なら、洸を僕から引き離してみなよ。」

「ッ……」

「洸は僕の妹だよ。」

「ちょっ……マジで……」

「七海のものでも恵のものでもない。父親のものでもない――"俺"のものだ。」

 

サングラスを頭にずらすと炯々と光る六眼が伏黒を捉えた。

 

「僕は最愛の妹の為なら何だってしてきたよ?禪院との件も秘匿死刑も――僕がいなかったらアイツは既に死んでるよ。」

 

伏黒の顔に更に迫る美しい顔。

しかしその表情は恐怖を感じるほどに冷徹だった。

 

「それでも恵は"おかしい"って思うのかな?」

「……だからこそですよ。…ッ…洸先生に対して何――」

 

「僕は妹を愛してる。それだけだよ?恵。」

 

悟の口角が妖しげに持ち上がる。

意地の悪いその表情はいつもと同じだった。今は恐怖を感じない。しかし"怖かった"。

 

「……なーんて。ビビりすぎでしょ?恵。」

 

ほんの一瞬伏黒の前に現れた冷徹な悟の姿が伏黒の脳内に刻まれ、より一層"兄妹"の謎が深まるのだった。

 

 

 

 

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「マジででっけぇ〜!家ん中に橋はあるし――」

 

呑気な虎杖の声。

その名の通り探索する彼は興味津々で屋敷内を歩き回っていた。時たますれ違う女中に頭を下げられる度に律儀にお辞儀を返す虎杖。異次元なその空間に最初は感動していたが徐々に息苦しさに似たものを感じる。

 

そして彼の足は"洸のかつての住まい"へと向けられた。

 

 

 

 

 

「……お邪魔しまーす。」

 

 

光が絶たれたような建物。

日当たりは決していいとは言えず、いざ中に入ってみると正に幽霊屋敷のようだった。

 

「…………」

 

鼻を擽る畳の匂い。まるで世界から孤立した、寂しげな雰囲気のこの部屋にさらに足を踏み入れる。

 

「……すっご!!本の数……」

 

奥へ進むと本棚が並べられた部屋へとたどり着いた。壁一面に後付けされたような本棚。そしてそこに敷きつめられた大小さまざまな本の数々。

そういえば洸の教員室にも本が沢山並べられていた。博学な理由が分かる。

 

「にしても外から見るとアレだったけど……手入れされてるし綺麗な部屋だな。」

 

長く住んでいない部屋。しかし埃っぽさを感じない。こまめに女中が掃除でもしているのだろうか。

 

「……だけど……何か……なんつーか……」

 

"孤独"を感じる部屋。

それなりに生活感もあるし、嗜好品らしきものもある。不自由は無さそうな部屋ではあるが例えようのない陰の部分を感じてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……"探検"?」

 

刹那、背後から女の声が飛び込んできた。

虎杖は驚いたように肩を跳ねさせ、背後に立つ声の主へと振り返る。

 

 

 

「うおっ!ヒカルン!ビックリした…」

「ごめんごめん。驚かせるつもりは無かったんだけど。」

「お父さんと話は終わったん?」

「うん。じゃないとここに居ないでしょーが。」

 

いつも通りの笑みを零す五条洸の姿。何ら様子はおかしいところもなく、彼女は虎杖の横へと歩み寄ると部屋を見渡した。

 

 

「私の部屋。薄暗くて不気味じゃない?」

「不気味というか、なんか寂しい感じはするかも。」

「んー……木で隠れて日当たり悪いけど、唯一中庭が見えるのが不幸中の幸いかな?」

 

部屋の一角にある窓。

洸は外に向けて指を指すとその先にある中庭へと虎杖は視線を向けた。

 

「あそこの"桜の木"。春になると凄いんだよ?」

 

樹齢何百年と言われても納得いく大木。

全ての時代でこの屋敷を見守ってきたと言わんばかりの貫禄あるもの。

 

「なんかわかんないけど……桜の木って妙に惹き付けられるんだよね。」

 

ぼんやりとした赤い瞳は真っ直ぐと大木を捉えた。今は秋らしく染まっているが春には美しい桃色に染る。その光景を懐かしむように脳裏に浮かべ、小さく息を吐いた。

 

 

「…………」

 

黄昏れる洸。その横でふと虎杖は壁一面に敷き詰められた本棚を見上げた。

 

 

「……本の数、すごいでしょ?」

「これ全部ヒカルンの?」

「うん。そ。」

 

本棚の傍らの棚に並んだ道具にも視線を落とす。

 

「これは?なんかの道具?」

「"華道具"だよ。変わった形の鋏は"花鋏"って言って、そっちの針山みたいなのは"剣山"って言うんだ。生け花をする時に使う道具ね?」

「へぇ〜。……これは茶道で使うやつ?見たことある。」

「そう。もうかなり傷んでるけど……」

 

所狭しと収納されている道具の数々。

華道に茶道。正にこの家の人間が嗜むようなものばかりだ。しかし洸はどうやらそれを楽しんでいたらしい。古びた道具に大切そうに手を伸ばすと優しく撫で上げた。

 

虎杖はそんな彼女に対し微かに笑みをこぼした。息苦しさを感じるこの屋敷の中でも、洸にとって何かしら楽しめるものはあったらしい。先程耳にした洸と悟の過去の話を聞いた後だったからか、よけいに安心感が増す。

 

 

「……さっき五条先生に聞いたんだけどさ。この場所で一人でいたって。」

「ん。そうだね。」

「…………」

 

優しく道具を撫でていた手が止まる。まるで何かを考えているようで沈黙が続くも、ふと洸は隣の虎杖へと視線を向けた。

 

 

「…"寂しくなかった"?とか?」

「え?」

「別に独りでも寂しくなかったよ?父親はあんな感じだし、母親は記憶に無いし……」

 

虎杖の様子から考えていることを理解した洸。彼は優しい。きっとこの部屋で一人で過ごしていて寂しくなかったのか?なんて思っていたのだろう。

そんな心配の色を生徒に感じさせるのも洸は嫌だった。だからこそ素直に応える。

 

「女中さんもいたし……あとは悟兄。離れに来たらダメって言われても何度も侵入して……いつも連れ戻されてたかな。」

「めちゃくちゃ想像がつく…」

 

あの悟の事だ。幼少期から生意気だろうし、言うことも聞かないだろう。日々の溺愛っぷりを見る限り、妹を放置するとは思えなかった。

 

「てか学校は?ヒカルン頭良いし。勉強はどうしてたん?」

「私も悟兄も高専以外学校には通ってないよ。家庭教師って言えばいいのかな?五条家にそういう専属の人が居て勉強とかは全部見てもらったよ。」

「すげ〜、まじで貴族。」

「貴族って…大袈裟だよ?あとは呪術の鍛錬もあったから。体術とか?それも教えてくれる"そういう"人が居たり、実際に父親が相手になってくれたり……」

 

漫画や小説で見るような貴族の生活。インスタントラーメンを知らなかった兄妹と言われても納得だ。

 

「……まあこの屋敷内で全部完結するし。それに、私がちゃんと外に出たのは高専に入学してからなんだよね。」

「え!?マジ!?」

「うん。悟兄は出てたけど私は何か行事がある時しか出させて貰えなかったかな。――まあ外に出たいとか思わなかったし、好きなことさせて貰えたし……不自由には感じなかったよ」

 

不自由のない生活。

しかしその中で感じる闇。

 

虎杖はそれ以上返す言葉が見つからず、ふと視線を泳がせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…"小僧"。』

「わっ!いきなり出てくるなよ……」

 

突如、虎杖からもう一人の声が轟いた。

目の下にぱっくりと現れた"宿儺"の瞳。ギョロりと蠢くそれは見慣れたものだった。

 

『三分でいい。体を渡せ。』

「はぁ!?何言って……」

『別に何もせん。少しこの娘と二人で話がしたいだけだ。』

 

宿儺の予想外の言葉に洸と虎杖は目を合わせる。キョトンと特に何も考えていなさそうな洸に対し、虎杖は険しい表情を浮かべた。

 

 

「そんなの信じられるワケ…」

『ハァ……考えてみろ。例え俺が暴れたとて今ここには五条悟とこの小娘が居るだろう。併せて五条家の敷地内。前当主も揃っている状況で俺に勝ち目は無い。』

「…………」

 

一体何を考えていのか。相変わらず予測不能な呪いだ。

 

判断に戸惑う虎杖。宿儺が話したいだなんて珍しい事だ。

 

 

「……いいよ悠二。三分だけ。」

「でも!」

「大丈夫。何かあったとしても私も悟兄も居る。それにこの屋敷が吹き飛ぼうが実際どうでもいいし。」

「………………分かった。」

 

虎杖は心配そうに眉を顰めるも余裕そうな笑顔をこぼす相手に少しだけ安心していた。

 

そしてゆっくりと瞼を閉じ、全精神を宿儺へと明け渡す。

 

徐々に現れる特徴的な文様。

僅かに感じる宿儺の呪力。下手をすればこの呪力を悟られ、第三者が現れるのも時間の問題なのだが……

 

それでもこの男は"娘と話したい"と言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どうも、宿儺。」

 

交わる視線。

にやりと持ち上がる気味の悪い表情は正に宿儺のソレだった。

 

「ケヒッ。小僧との話を聞く限り"相変わらず"野暮なことばかりをお前に強いていたんだな。この家は。」

「…………」

 

まるで五条家を知っているような発言。洸はあえて何も返さず、宿儺の言葉を静かに聞き入れる。

 

「小娘。昔、禪院と五条の当主同士で御前試合があった。其れについて知っているな?」

「何となく知ってるよ。相打ちだったとか?」

 

詳しくは知らないが悟が言っていた。時代も時代であるし、まるで伽話だが。

 

「当時、五条家の当主は五条悟と同じ六眼と無下限呪術の抱き合わせ。対して禪院家の当主は伏黒恵と同じ十種影法術を扱う術師。」

「へぇ色々知ってるんだね。無駄に年は食ってないって訳?」

「……相変わらず生意気で無礼な小娘だ。」

 

口が達者な小娘――宿儺の脳裏に浮かぶあの少女と同じだ。

 

「俺は大昔の五条家について粗方調べていてな。」

「…………」

「加え、当時の五条家の"家系図"を持ち出したことがある。…確かアレは御前試合の翌日の話だ。」

 

宿儺は顎に手を添え思い出すような仕草を見せた。洸はそれを見上げると微かに興味を持つ。何百年も前から生きている呪い。その呪いが見てきた景色とは一体どんなものなのか。たとえ伽話でも興味深い。

 

 

「家系図の一部が黒く塗り潰されているものがあった。当時のものを見る限り……それは確か"二箇所"。」

 

二箇所――ということは二人の人間について潰されているという事だろう。

 

「五条家が二人の人間を事実上消し去っていた。記録として残らぬ様にか……意図は不明だ。」

「その家系図は今何処にあるの?」

「俺が焼き尽くした。別に返す必要も無かろう?」

「…………」

 

"別に焼くことまでないだろう"なんて胸中で呟き、手元にないことを残念に思う。しかしわざわざ奪ったものを自らの手で焼き尽くすなんて、余程その家系図とやらが気に入らなかったのだろうか?宿儺の意図は分からない。

 

「で、ここからが本題だ。五条悟と同じ六眼持ちは何度かこの世に誕生していた。生後間もなく殺された者、六眼は開眼していたが無下限呪術の抱き合わせが居ない者……其れについてはある程度"記録が有る"。」

「確かにそうだね。それは私も知ってる。」

「だが……お前のような緋眼を持つ人間についての"記録は無い"。」

 

その通りだ。六眼の記録はあっても緋眼についての記録は皆無。洸もそれについては不思議に思っていたが深堀はしたことは無い。むしろそれから遠ざけるように父親は一切触れてこなかったのだから。必然的に洸自身も触れようとはなかった。禁忌にも感じる。

 

 

「実は緋眼の人間はこの世に"何度も誕生"していた。しかし何かしらの理由があって"無かったこと"にされていた可能性か……もしくは全く緋眼を持つものが生まれなかった可能性。どちらも考えられる。」

 

自分と同じ緋眼の存在。

 

「はたまた六眼を持つものと緋眼を持つ者が同時に存在したタイミングに何か有るのか。………"五条家は謎が多い"。」

 

宿儺の言う通り謎だらけだ。

それに異様だ。考えれば考えるほど違和感を感じる。洸は今まであまり考えように生きてきた。考えたところで無駄だし、運命を変えることも出来ない。

 

 

 

 

「そして…俺はこの目で"見ている"。」

「見ているって?」

「緋眼を持つ五条家の人間を。過去に一人だけ。」

「…………」

 

 

 

┈┈┈┈┈

 

 

"俺はお前を知っている"

 

"正確に言うと"お前では無い"……が"

 

 

┈┈┈┈┈

 

 

宿儺が虎杖に受肉したあの日。確かにそう話していた。

 

呪いの王がくだらない嘘をつくとも思えない。嘘をつく理由も無いだろうし、きっと事実なのだろう。

 

過去に自分と同じ緋眼の存在が居た。それは間違いない。だから母は死んだ。理由は不明だが悟と同じく懸賞金も掛けられた。外に出ることも出来なかった――

 

 

 

「お前の母親が自害した理由。お前が囲われて育てられた理由。その訳は一体何なのだろうな?」

 

"謎"

 

「記録上一切残されてこなかった緋眼の人間を……何故お前の父親は生かしているのか?」

 

 

ふと、宿儺は洸に手を伸ばした。

 

 

「……ん?」

「…………」

 

 

頭部に乗せられた大きな手。

……"触れる事ができる"?

 

 

「ケヒッ!何故、無下限を"解いた"?…ん?」

「別に害はないし。暴れる気は無いんでしょ?」

「俺を相手に十分余裕みたいだなァ。下手をすればこの小さな頭を容易に潰す事が出来る。」

「だろうね?」

「…………何のつもりだ?」

 

宿儺は白銀の髪を撫でた。するりと指を通る絹のような柔い艶のある感覚は昔と全く同じだった。

 

自らの膝に頭を乗せ、暖かい陽の光を浴び午睡する姿。その度にあの娘の頭を撫でてやった記憶が有る。気持ちよさそうな寝息、柔い肌――

 

 

 

「――"宿儺"……。」

 

 

「……ッ……」

 

洸は男を見上げたまま名を呼んだ。

 

 

 

┈┈┈┈┈

 

 

 

 

"――宿儺"

 

"貴方に喰い殺されるなら本望。"

 

"――私、宿儺のことが好きだよ。"

 

"貴方は優しい。不器用だけど……優しい人。"

 

 

 

 

"……だいすき。"

 

 

 

 

┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

「――"◯◯"」

「え?何…宿儺?」

 

聞いた事のない名を呼んだ。

しかしハッキリと聞き取れない。

 

「その声で、その目で……俺を呼ぶな、見るな――」

「……ッく……」

 

 

刹那、宿儺の手が洸の首を掴む。

冷い手が容易に呼吸を塞ぐように力が込められる。

 

 

 

「……ぁ……あ゛」

 

「……何故避けない。振り払え。」

 

「…さん……ッ……に……っ……」

 

 

三、二……――

 

体を委ねた時間は三分。

洸は脳内で時間をカウントしていた。

 

 

 

 

一……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じわりと消える宿儺の刻印。

瞳に戻るのは虎杖の色。宿儺の表情は消え、目の前には虎杖が戻ってきた。

 

 

「ぁ………はぁ!?ヒカルン!?」

「……けホッ……はぁ……おかえり"悠二"。重い……」

「ごっ、ごめん!!てか何してんだよ!直ぐに離れ…ッ……」

 

 

刹那、部屋の戸が勢いよく開くとふたつの影が現れる。

 

 

「"玉犬"!!!」

 

 

伏黒の切羽詰まった声とともに二匹の犬の式神が虎杖を目掛けて飛びかかる。容易に虎杖の体が洸から引き離されると直ぐに釘崎に体を引かれるのだった。

 

 

「洸先生!無事!?」

「嫌な気配がしたんで急いでここに来たんです。」

「…………」

 

二人の生徒の背後に悟の姿も現れる。特に言葉を発さぬまま、釘崎に支えられていた洸に視線を落とす。

 

「大丈夫大丈夫。……ていうか悠二を助けてあげて?」

「そうだよ!俺だっての!俺!!!」

 

玉犬、白と黒にそれぞれ腕を噛み付かれたまま虎杖はその場で体を揺らす。どうやら宿儺の気配は完全に消えたらしい。もう害は無さそうだ。

 

 

「首、跡残ってるわよ?」

「ちょっと挑発し過ぎたかな。私の落ち度だよ。」

 

「アンタ何考えてるんですか!?こんな所で宿儺と一体一なんて。」

「制限かけたから大丈夫。それに万一何かあってもみんなが居たし……」

 

"あー苦しかった"と呑気に呟くと首に触れる洸。かなり強く掴まれたらしくハッキリと跡が残っており、ため息を漏らした。

 

 

同時に何かを考えている洸。

赤い瞳がかすかに揺れ、それは敏感に悟が察知した。

 

 

 

「……悠二、恵、野薔薇。」

 

「ん?」

「何?」

「何です?」

 

 

いつもより真面目なトーンで悟が三人に呼びかける。

 

 

「お昼ご飯。用意できたみたいだから先に居間に行ってて。」

「「…………」」

 

「"僕達"も直ぐ向かうから。……ね?」

 

 

洸と二人になりたい。

遠回しにそう言われていた。

 

三人は素直にそれを聞き入ると何も発することなく部屋から出ていく。

 

 

 

静まり返った部屋に残る二人。兄と妹。

悟は部屋に足を踏み入れると戸をゆっくりと閉める。

 

 

 

 

 

「――宿儺と二人っきりで何話したの?」

 

喜怒哀楽を感じない平坦な声。

悟が何を考えているのか洸は理解できなかった。

 

 

「ちょっと"昔のこと"を。」

「へえ〜妬いちゃうな〜。僕には殆ど話してくれないくせに。宿儺も照れ屋さんだね?」

「貴方に昔のこと話したって何も無いでしょ。」

「有るよ。」

「……同情なら要らないよ。」

 

 

洸は悟に背を向けると本棚を見上げた。

 

その背中は今までで一番弱く見えた。強い妹の弱い部分が垣間見えた気がした。

 

薄暗い部屋。

過去、この建物には行くなと言われては何度も訪れ、その度に連れ戻されては女中に叱られ、母親にも叱られ、父親には無言の圧を喰らったこともある。

 

年子の妹。

たったひとつしか変わらない歳。自分と似ているようで少し違うところがあり、やはりそこは腹違いという事がハッキリと分かる。

 

一緒に過ごした時間は決して多くは無い。唯一長く過ごせたのは高専時代の1年と半年余り。毎日のように妹と顔を合わせるのはあの時が初めてで全てが新鮮で楽しかった。血の繋がりのある実の妹と関われることがこんなにも幸せなことなのだと実感した日々でもあった。

 

しかしまた妹は消えた。親友と共に消え、十年の長い時を経て再び再会することが出来た。

 

そして"今"。妹は目の前にいる。

自分に背を向け、弱々しく立ち尽くしている。

 

 

愛しい妹。――同じ血が流れる唯一無二の存在。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……僕は…お前が妹で良かったと思ってるよ。」

 

 

悟は洸を優しく背後から抱き締めた。

初めての事だった。実の兄にまさか抱擁されるなど想像すらしたことが無い。

 

 

「……本当に意地が悪いよ。」

「何で?本音を言ったまでだけど?」

「"嘘つき"。」

 

ふわりと悟の匂いが鼻を掠める。もちろん胸が高鳴る訳もなく、突然の行動に少し驚いているくらいだろうか。

 

だがなんとも言えない感覚が有る。血の繋がった兄の抱擁、微かに腕に力が籠るのを感じる。互いに顔は見えない。兄がどんな表情をしているのか、妹がどんな表情をしているのか。想像すら湧かない。

 

 

「洸は……僕が兄で良かった?」

「…………」

「無視すんなっての。……冷たいねー、本当に。」

 

耳に悟のため息が掛かる。どうやら本当に落胆しているようだ。

 

「……悟兄。」

「ん?」

「私、後悔しないよ。」

 

その声は落ち着いていて、予言や予告に近いものに聞こえた。いつもよりワンオクターブ低く、冷めた声は悟の胸を少し締め付ける。

 

 

「え?なんの事?」

「ま、そういう事で。……暑いから離してよ?なんか香水臭いし。移るの嫌。」

「え〜?女子ウケいい香水なんだけど?歌姫とかも案外イける匂いだって言ってくれたよ?」

「社交辞令でしょ、精一杯の。」

「カーーッ!冷た!!」

 

洸は鬱陶しそうに悟の腕を払うと体を思いっきり伸ばす。固まった体を解すように屈伸し、悟の目を見ないまま部屋の出口へと向かった。

 

 

 

「あ〜お腹空いた!久しぶりの実家ご飯!楽しみ楽しみ……」

 

 

閉まる戸。再び沈黙する室内。

 

悟は盛大なため息を漏らすと天井を見上げ、豪華な木彫りの装飾をぼんやりと見据えると独り言のようにボソリと呟く。

 

 

 

「――"後悔しない"ね。」

 

 

 

 

 

 

 

「……僕は……正直わかんなくなってきたよ。洸。」

 

 

 

窓から見える桜の大木。

それは哀しげに木枯らしとなり、まるで惑う悟の心情を映しているようにも見えたのだった。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 









いよいよ次話から渋谷事変当日へ。
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