五条兄妹   作:鈴夢

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嚆矢

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「――ねぇ、メカ丸。今度お見舞い行ってもいい?」

 

部屋に響く儚い少女の声。

 

 

 

「交流会…野球した後から皆との距離がぐっと縮まった気がするの。」

 

返答の無い隣の"彼"に言葉を続ける。

 

 

 

 

「呪術師って職業柄なのかな?それまではお互い仲良しでもどこか一線を引いてた。――

 

……仲良くなりすぎると"いなくなった時"辛いもんね。」

 

 

 

 

 

 

 

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渋谷事変 ―嚆矢―

 

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記録――2018年 10月31日 19:00

東急百貨店 東急東横店を中心に

半径およそ400mの"帳"が降ろされる

 

 

 

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「"一般人のみが閉じ込められる帳"です。一般人は侵入のみ。"窓"には個人差が。術師は補助監督役含め出入りが可能です。」

「…電波は?」

「断たれています。なので連絡は"帳"を出て行うか補助監督(われわれ)の足を使ってください。」

 

 

 

――20:14 東京メトロ渋谷駅

13番出口側("帳"外)――

 

 

補助監督の伊地知は今の渋谷の状況を一通り彼らに共有。都度、この場の範囲の七海班のリーダーでもある七海建人が状況を整理するように伊地知に問いかける。

 

状況は最悪だ。既に"事が"起こってしまっている。

 

 

 

 

 

「随分と面倒な事になってますね。」

「そうッスね。」

「………はい。」

 

 

"七海班"

七海建人(1級術師)

猪野琢真(2級術師)(昇級査定中)

伏黒恵(2級術師)(昇級査定中)

 

彼らは歩道橋の上から街を見渡す。

既に"帳"外の一般人は避難している様子で人の姿は無い。まるで一年前の百鬼夜行のようだった。

 

 

「なっ!伏黒、伏黒っ!」

「……何ですか、猪野さん。」

「"帳"……結界の効力の足し引きに使える条件っていのはな、基本"呪力にまつわるモノ"だけなんだ。ざっくり言うと人間・呪霊・呪物だな!」

「…………」

「だから電波妨害とかは"帳"が降りたことによる副次的効果であって"帳"の結界術式そのものには電波の要否は組み込めないんだぜ?」

 

「あ、はい。知ってます。」

 

ノリノリで嬉しそうに、先輩らしく帳について語る猪野。そんな彼を一途両断するかのように冷静かつ無表情で伏黒は応えた。

 

「……猪野君、彼は優秀です。先輩風は程々に。」

「どーいう意味っスか!七海サン!!」

 

この状況でこの呑気な様。七海班に抜擢されたのは正解かもしれない。重苦しい空気を断つように猪野の声が轟くのは案外悪くない。

 

しかし七海は決して笑みを浮かべるわけでもなく、頬を僅かに緩ませることも無かった。……理由はひとつ。

 

 

「……それで

"五条兄妹"は?」

 

七海は真っ直ぐと伊地知を見据えると伏黒と猪野も空気がピリつくように真剣な眼差しを見せた。

 

 

 

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――同刻 渋谷マークシティ

レストランアベニュー入口 ("帳"外)――

 

 

 

渋谷マークシティの道玄坂方面エントランス。キラリと光る近未来的なアーチ。どうやら有名なアメリカのアーティストの作品らしく……なんて、今は考えている場合では無いらしい。

 

 

 

 

「はぁ!?人がいない!?駅前のスクランブル交差点に?ハロウィンの渋谷よ!?」

 

 

釘崎の驚く声がアーチ内に響き渡った。

 

こちらも同じく一般人の姿は皆無。

居るのは七海班と同じく呪術師と補助監督の姿のみ――

 

 

「そこで何かがあったみたいッス。皆ちりじりに"帳"の縁まで逃げてこう訴えてます――」

 

 

補助監督、新田明が神妙な面持ちで言葉を続ける。

 

 

 

「……"五条兄妹を連れて来い"と。」

 

 

新田の言葉に目を見開く釘崎と真希。

 

「何だと?」

「何で先生達が?」

 

"訳が分からない"

なぜあの二人を指名しているのか?寧ろそれが一般人の非術師。彼らを知るはずがないのだ。

 

 

「フッ。非術師があの兄妹を知っているわけがない。"言わされているな"。」

 

二人の背後で分かりきったようにそう答えたのは"禪院直毘人"。いつもの和装姿に片手には酒瓶を持っており、僅かに口角を持ち上げては余裕の笑みを含ませていた。

 

 

"禪院班"

禪院直毘人(特別1級術師)

禪院真希(4級術師)(昇級査定中)

釘崎野薔薇(3級術師)(昇級査定中)

 

酒瓶を片手にする特別1級術師を前に怪訝な顔をうかべる釘崎と真希。酔っ払っているくせに案外頭は回っているのか直毘人は冷静な様子で新田に問い質す。

 

 

「"帳"は壊せんのか?」

「難航してるっス。なにせ"帳"自体は術師を両側から拒絶していない。」

「フン……奇妙なものだな。」

「はい。力技でどうこうできそうにない。"帳"を降ろしている呪詛師を探してとっちめた方が早そうッス。」

 

 

一筋縄ではいかない"帳"の存在。

交流会でも今回のものに近い手の込んだ"帳"が降ろされていた。

 

"五条兄妹のみが侵入することの出来ない帳"

 

今回の件について。交流会の時に現れた呪詛師が噛んでいる可能性がさらに濃厚になる。

 

「じゃ、私らはその手伝いだな?」

「さっさとその呪詛師を見つけましょ?私達だけで余裕……」

 

真希と釘崎が足を踏み出した次の瞬間。新田は両手を突き出し、二人の行動を止めるように立ち塞がった。

 

「いいえ!皆さんはここで待機ッス!状況がわかり次第動くように指示が出てますから!」

 

その言動に仕方なく足を止める二人。なんせ今回は大所帯での行動だ。勝手に計画外のことを起こせば更なる驚異にみまわれる可能性もある。ここは大人しく従っておくのが正しいだろう。

 

 

「……つーか…何で此処に来たんだよ。禪院家はこういう事に疎いだろ?」

 

真希は直毘人に視線を向けた。

非常事態だというのに酒を飲むのはどうかと思うが、それより異常なのは直毘人がこの場にいるという事だ。

 

直哉や他の禪院家の人間は誰一人居ない。元々関係性も希薄だりしかしわざわざ禪院家"当主様"がこの場にいる。

 

 

「"洸"と約束をしていてのう。」

「相変わらず洸にだけは従順なんだな。一体いくら詰まれたんだよ?」

「そのような無粋なやり取りをする訳がないだろう?」

「……直哉は?」

「言うと面倒だ。何も言わず出てきたわい。」

 

真希は微かに眉を顰め小さく息を漏らした。やはり洸は機転が働く。油断も隙もなければ人をいい意味でも悪い意味でも動かすのが得意だ。

 

 

「……コレが終わったら、もう一度嫁入りの話をしてみるかのう。」

 

惚気けるようなぼんやりとした表情で夜空を見上げ再び酒瓶に口をつける。

 

そんな呑気な男の傍らで真希と釘崎はじっと指示を待ち続けるのだった。

 

 

 

 

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「――高度な結界術に、五条兄妹を指名したこと。これは交流会を襲撃した連中と同一犯だ。」

 

気怠そうにコートのポケットに手を突っ込む男。じっと夜空を見上げ、道路のガードレールに腰を下ろす。タバコの代わりにと棒付きキャンディを口内で転がしつつ、他の班と同じように班員と共に指示を待っていた。

 

 

 

 

 

――同刻 JR渋谷駅

新南口("帳"外)――

 

 

 

 

 

「上は被害を最小限に抑えるために"五条悟"と"五条洸"二名での渋谷平定を決定したっちゅーワケだ。」

 

「なるほどな。」

 

男の隣で同じくガードレールに腰を下ろす二足歩行の"パンダ"。珍しい二人の組み合わせだが男は二年の副担任ということもあり、この組み合わせに難を感じることは無かった。

 

"寧ろ"好都合"だなんて日下部は考えるほど"。

最悪何かが起こった場合自分たちはさっさと渋谷から立ち去ろう。パンダは土地勘もない、上手く行けば離脱もできる――なんて案外臆病な日下部は脳裏でそんなことを考えていた。

 

 

 

"日下部班"

日下部篤也(1級術師)(東京校二年副担任)

パンダ(準2級術師)(昇級査定保留中)

 

 

 

 

 

「俺たちと七海、禪院家のジジイ……それと冥冥だな。みーーんな"帳"の外で待機。五条兄妹のこぼれ球を拾うってワケだ。」

「悟と洸ならこぼれ球も飛んでこないだろ?」

「いや、案外あの兄妹は無計画に突っ込むこともあるからな。何があるか分からんだろーが。」

「ま、確かに一理あるな。」

 

日下部と悟は教員関係が長いが洸とは別だった。二年の担任を受け持ってくれるという話になった時、胸中で日下部は"面倒事を引き受ける必要が無くなった"なんて考えていたことは口が裂けても言えない。教員は拘束時間も多い、副担任くらいがちょうどいい――と思っていたが意外と担任の洸と接すことも多く、仕事を任せられ事も多かった。

 

 

 

 

 

"日下部さん、真希の体術指導を私の代わりに――"

 

"日下部さん、棘の任務の同行を。呪霊の等級が高い可能性が――"

 

"日下部さん、パンダの好きなカルパスを買いに――"

 

――"日下部さん……日下部さん、日下部さん。"

 

 

 

 

 

事ある事に"日下部さん"と声を掛けられるのが最初はストレスだったが今は慣れてしまった。

一年前に百鬼夜行を起こした夏油と離反していた時は"厄介な奴"だなんて嫌っていたが見方は大きく変わった。

 

"あの面倒な兄貴を相手によくやってる小娘"とたまに彼女の身を按じることもあった。

 

 

 

 

 

「…ところで日下部。被害を最小限って術師の被害の事だよな?一般人の被害はお構い無しか?」

「そうつっかかんなよ。去年の"百鬼夜行"と違ってもう事が起こっちまってる。俺もこれが最善だと思う。」

 

ガードレールから腰を持ち上げ歩き出す二人。ふと渋谷に降ろされた"帳"に視線を向けると嫌そうに眉を顰める。

 

「それにさっき"帳"の内側を見てきたが平和なもんだったぜ。一般人がパニクっちゃいたが呪霊や呪詛師が殺し回っている訳でもない。現状、ただ一般人が閉じ込められているだけだ。」

 

"帳"の内側は混乱していたものの殺戮が行われている訳では無い。だからこそ意図が不明で不気味なのだが現段階では大きな問題は生じていない。

 

しかし日下部が感じた別の気配。それを考えるとこのまま何も起こらないとは考えにくいことが分かっていた。

 

 

「……ただ、俺はもう中に入んのは正直ごめんだね。」

「ん?何でだ?」

「…あれは多分……ヒカリエかなぁ……」

 

ふとヒカリエの方向へと視線を向けるとパンダもつられるように視線を動かす。

 

「おそらく地下に"特級呪霊"がゴロゴロいる。」

 

「……イヤなもんだな。」

 

指示がない以上動くことも出来ない。嫌な気配を感じるも動けない事にもどかしさを覚えるパンダ。好都合だと考える日下部。対比する二人。

 

しかし"帳"内部にはあの兄妹が向かう。

大丈夫だろうと二人は密かに考える。

 

「ま。名門五条家の兄妹ならどーにかしてくれるだろ。俺たちは指示が出るまで待機だ。」

 

"ほら、こっち行くぞ――"と踵を返し反対方向へと歩み始める日下部。

パンダはそんな日下部に視線を送ったあと、兄妹が居るであろう方向に再び目を動かし心配の色を見せた。

 

 

「…悟、洸――」

 

 

 

 

 

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――同刻 文化村通り

道玄坂2丁目東("帳"内)――

 

 

 

 

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"帳"の縁に群がる一般人。

ハロウィンということもあり奇妙な仮装に身を包んだ者もいれば普段より人の数が多い。

 

 

 

 

「っ!!早く"五条兄妹"を連れて来い!!」

 

何度も何度も縁を拳で叩く男。

見えない壁に覆われ、脱出することが出来ず焦り散らしていた。そして何故か"知らない兄妹"の名を何度も口に出しては繰り返す。

 

 

「はぁ!?五条兄妹って何もんだよ!?」

「知らねぇよ!でもそいつらが来ねえと出らんねぇって言われたんだよ!」

 

「誰に!?」

「知らねぇよ!皆だよ!」

 

男は冷や汗を額から流し続け呼吸を酷く荒らげた。意味不明、摩訶不思議なこの状況に他の一般人達もつられるように焦り始める。

 

しかしその傍らでは"別に大したことない"なんて様子を見せながらスマホに視線を落とす一般人の姿も有る。

 

「……こういう時冷静じゃない男ってどうよ?」

「まぁ通れないのはホラーではあるけどそこまで困ってないのよね?そのうち助けが来るでしょ?」

「あ!でも圏外!」

「うそ!マジ!?」

「大掛かりなドッキリとかじゃない?」

「だとしたらウケる〜!」

 

呑気な女たちの声。

その様を目にした男は声を震わせ、その場にいる全ての一般人に向けてとある現象を口にした。

 

 

「お前ら…マジで………見てなかったのか?"吸い込まれた"んだよ!」

 

取り乱し続ける男が一点を指差し声をさらに上げる。

 

「交差点にウジャウジャいた人間が駅ん中に!!栓を抜いた風呂の水みてぇによぉ!じゃなきゃ俺らだって電車で帰るっつーの!!考えりゃ分かるだろ!低学歴がよ!!」

 

「はぁ!?じゃあ学歴でそこ通れるようにしろや!!」

 

更に大きくなる混乱。

揉め合う男たちは胸ぐらを掴み合い、正に一触即発――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――トプっ……

 

 

 

 

 

 

 

 

薄い海面を掠めるように"帳"の外から人間の手が伸びる。出られないはず壁、その外から侵入者が現れたというのだ。

 

 

 

「おわっ!!」

 

取り乱す男の体に二人の人物の体が当たると、その場によろけ倒れてしまう。

 

白髪、男女、似た雰囲気を醸し出す"二人組"

 

そしてその二人は声を揃え、倒れた男に声をかけた。

 

 

 

「「……あ、ゴメン。」」

 

 

 

 

 

 

――20:31 "五条兄妹"現着

 

 

 

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"帳"内を歩く二人の呪術師。

侵入した姿を見た一般人たちはその二人の雰囲気に圧され、コソコソと小さなざわめきを響かせていた。

 

 

「……異様だね。」

結われた白髪、緋眼、腰に差された妖刀、白いトップスに黒のミニスカート、黒いブーツ姿――

 

 

「てかわざわざ僕たちを指名してくれるなんて敵さんも随分余裕だよね?」

白髪、隠された目元、黒い上下の服を纏う――

 

 

「僕たち"兄妹"に敵う筈なんて無いのに〜。」

 

 

呑気な男の声が街中に響き渡った。

 

 

"五条班"

五条悟(特級術師)(東京校一年担任)

五条洸(1級(特級)術師)(東京校二年担任)

 

 

 

「……過信。」

「事実でしょ〜?」

「はぁ……とにかく行こう。早く終わらせて帰ってお風呂入りたい。」

「ん!そーだねっ!」

「暑いから引っ付かないで。」

「え〜!いいでしょ?洸と一緒の任務なんて仙台の宿儺の時ぶりだし?」

「……」

「あ!狡っ!」

 

 

腰に手を回されグイグイと強引に悟の体が密着すると、洸は渾身の力を込め無下限で押し返す。

 

触れられなくなると悟はわざとらしく口を尖らせパンツのポケットに両手を突っ込む。対し、洸は左手を刀の鞘に添えると兄と肩を並べ静かに歩き続けた。

 

一般人の視線が二人に集中するも兄妹は気に止める様子もない。

 

 

「……ところで洸。」

ふと悟が呟く。

 

「ん?何?」

「今回の件。交流会の奴らは置いといて、一年前にお前が逃がした呪詛師が絡んでる可能性は?」

 

"お前が逃がした呪詛師"――それは即ち"夏油一派"

 

「……正直わかんないけど……違うと思う。」

 

美々子、菜々子、ラルゥ――彼らがここまで大きな事態を引き起こすとは思えない。万一、関わっていたとしても上にほかの指示者がいると考えられる。きっと単独で行動を起こすことは不可能だと洸は考えていた。

 

 

「わかんないよ〜?復讐とかワンチャンあるんじゃない?」

「……だとしてもそうなれば私を相手にすることになる。彼らがそれを踏まえて行動を起こしたとしたなら無謀でしょ。」

「過信。」

「うるさい。」

 

だが正直"全てを否定しきれなかった"。

悟の言う通り復讐も有り得る。

 

夏油を裏切り、今は傍から見ればのらりくらりと高専の教員と呪術師をしてる。死刑が取り消され、生き延びていること。それを彼らが知らないはずがない。

 

…特に……"美々子と菜々子"。

彼女たちはまだ子供だ。考えも何もかもが未熟だ。

 

きっと夏油の件を知っているとすれば悟を憎んでいるだろう。そして裏切った洸を憎んでいるだろう。夏油と洸を父と母のように慕っていた彼女たち。しかし洸は完全に高専側の人間になっている事実。

 

憎まれても仕方がない。悪いのは自分だ――

 

 

 

 

 

「…ま!とりあえずヒカリエの方行ってみようか?何かあの辺がにおうよね。」

「うん。そうだね。」

 

二人はそんな会話を交わしつつ、目的地へと向かうのだった。

 

 

 

 

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――"数刻前"

 

 

 

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『――"建人とは別行動みたいだね"。』

 

 

スマートフォンの電話口から聞こえる彼女の声。非常事態が起こっている最中でもいつもと何ら変わらない彼女の声色に微かに安堵する。

 

 

「はい。そのようで。」

『しかも時間的に多分会えないし。残念。』

 

突如渋谷に降りた"帳"。

それを知らされた呪術師達は一斉に現場へと向かっていた。

 

七海ももちろんその一人。地方の任務を片付け、ようやく帰路に着くと言ったところに入った緊急連絡。行動を共にしていた伊地知の運転で現場へと直行しているのであった。

 

 

 

「五条さんに振り回されないように気をつけてください。あの人はいつも貴女に無茶をさせますから。」

『ふふっ……気をつけるね?』

 

都内近郊で任務にあたっていた洸は一度高専に戻り現場に向かうらしい。しかも今回は非常事態ということで滅多にない"兄妹"での行動だと伊地知から既に聞いていた。悟の事だから無茶を要するに決まっている。それにいつも振り回される洸の姿は出来れば見たくなかった。

 

 

 

「……」

『ん?どうしたの?建人。』

「………いえ。声を聞くと余計に貴女の顔が見たくなりました。」

『またまた〜、何言ってんの?らしくないね。』

 

"建人が珍しい"。なんて胸中で呟く洸。よっぽど地方の任務が疲れたのだろうか。思えばここ数週間、七海は地方任務に駆り出されていた。そしてやっと終わったと思えばまた任務。彼の言動からして時間外労働も限界に近づいているのだろう。

 

 

「顔を見れないのが残念です。」

『別にまた後で会えるでしょ?』

「……そうですね。」

 

やはり元気がない。疲れ果てている。

かすかに聞こえる疲労の籠ったため息が聞こえると洸はいても立っても居られない。どうにか彼が元気にならないかと必死に考えをめぐらせた。

 

 

 

『――ねぇ建人。画面見てみて?あとスピーカーにして!』

「はい?」

 

七海は疑問に思いつつもスマホを耳元から離し、彼女の指示に従った。

 

 

 

『じゃーん!テレビ電話〜!!』

 

いつも通りの彼女が画面に現れる。

結い上げられた白銀の髪の毛は夕日に照らされ艶を放ち、シワひとつないハイネックの白いトップス。下は見えないが何度言っても変わらない黒のミニスカートだろう。

 

"もう少し丈を長くした方がいい"なんて何万回も口にしたがカスタムしたのはあの悟だ。しかも着用している本人も案外気に入っているらしく七海の言葉を聞き入れそうにはなかった。

 

 

「…………」

『何その顔?"そういう事じゃない"って顔してる。』

「テレビ電話は日常的に使っていますが。」

『そりゃそうだけど?建人にそんなこと言われたらいてもたっても居られないでしょ?』

 

画面に映る彼女が健気に笑う。

それにつられるように七海も微かに口角を持ち上げると、照れ隠しのように眼鏡にそっと手を添えた。

 

「……無性に貴女に会いたくなってしまいました。」

 

電話ではなく、直接彼女に会いたい。触れたい――

 

 

 

『暫く会ってないもんね?ここ2、3週間くらい……私はたまたま東京(こっち)メインで動いてたし。建人は日本全国動き回ってたし。』

「業務過多でさすがに疲れました。……それなのに、まさか今度はこのまま渋谷に行けと。」

『本当に上も鬼だよね。』

「同感です。」

 

ここまでの長期間会えないのは久しぶりの事だった。というより、洸が高専に戻ってきてから初めてのことだ。

 

昔は離反者として10年近く姿を消していたがあの時とは話が全く違う。

今はお互いを想い、愛し合っている仲だ。会えない期間が長い程苦痛で仕方がない。今どこで何をしているのか。怪我は?任務は滞りなく完了したのか?自分の知らないところで、洸が苦しんでいないだろうか?悟は?生徒たちは?――

 

会えなければ会えない程苦しい。

 

しかしそれを全て口にするような七海ではない。その思いを全て飲み込み、話題を切りかえた。

 

 

「……お土産、楽しみにしておいて下さい。」

『もしかして頼んだやつ買ってくれてるの?』

「はい。」

『やったー!楽しみにしてるね?』

 

後部座席の隣に積まれた紙袋の数々。全て彼女の為に用意した地方のお土産だ。

 

相変わらず味覚が狂っているとしか思えない珍味ばかり。洸以外食べないだろうと思うものを要求してきたのだがそんなところも愛おしい。

 

昔と全く変わらない。

全てが愛おしかった。

 

早く会いたい。

 

画面を通してではなく、自分の目で彼女の姿を直接捉えたい。

 

嬉しそうに傍で跳ねる彼女の姿を想像するだけで幸福だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……洸さん。」

『ん?なに?』

 

改まる七海の声。

サングラスをしていて目元は見えないが真剣そのものな表情に変わったのは十分に理解できた。

 

 

 

 

「………いえ、やはり直接会った時に伝えます。」

『えー!何それ。そこまで言われたら気になるでしょ?』

「電話ではなく直接伝えたいので。」

『………んー…………』

 

 

こういうパターンは苦手だ。だって普通気になって仕方ないじゃないか?しかも"あの建人"が珍しい。勿体ぶって話しをするタイプでもないし、直ぐにテキパキと物事をストレートに伝えてくるタイプだ。

 

実際過去、七海は自分の思いを洸に直ぐに伝えていた。"帰ってから話すよ"と口にした灰原とは違い、突拍子もないことをなんの前触れもなく告白してきた。

 

そんな彼が今回は"直接伝えたい"と口にする。

 

きっとただ事ではない。重要なことなのだろう。

 

 

 

――しかし、別れ話だったらどうしよう。

それはそれで仕方ないのだが……考えられることはそれくらいだろうか?

 

 

 

 

『ん…分かった。この件が終わったら教えてね。』

 

しかしここで問いつめる訳にもいかない。洸は素直に七海の言葉に従うとそれ以上何も聞くことは無かった。

 

 

「……はい。」

 

 

 

 

 

――"伝えることを後回しにするのはやめた方がいいです。私達に必ず明日が来るという確約は無いのですから。"――

 

 

過去に灰原にそういった癖に、今度は自分が同じことをしているではないか。滑稽だ。

 

 

 

だが……"もう大丈夫"。私たちはあの時とは違う。

彼女は元より…私も強くなった。

 

 

 

 

 

『……それじゃ私もそろそろ準備しないと。渋谷に直で向かって悟兄と合流なんだ。』

「はい。そちらも気をつけて。」

『建人もね?』

 

手を振るう彼女の姿が画面に映る。

その姿を目の前に穏やかに笑みをこぼす七海。通話終了のマークに指を乗せようとしたその時、それを静止するように洸は手を真っ直ぐと上げ"ちょっと待った!"とストップをかけた。

 

 

 

『あ!ちょっと待った!』

「どうかしましたか?」

 

『……再会した時、久しぶりに抱きついていい?』

「それはこっちの台詞です。」

 

 

彼女の可愛らしい珍しいセリフに思わず頬を綻ばせる。

 

 

『あ!建人ニヤけてる。変態。』

「…切りま」

『嘘!ゴメンってば!』

 

 

「本当に貴女は人たらしだ。」

『……ふふっ、"また後でね"。』

「はい。"また後程"。」

 

 

普通の恋人同士の会話。

しかも洸と七海だ。

こんなレアな生電話を聞ける人間など居ない――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……"伊地知"君。今のは全て聞かなかったことに。」

「…と言われましても……」

 

ハンドルを握り、運転に集中していた伊地知。しかしスピーカーになってからの会話は全て耳に飛び込んでいた。聞かなかったことにはできなくは無いが、実際に二人の会話を耳にすると何とも言えない恥ずかしさが込み上げる。

 

 

 

「昔から変わらず、本当におふたりは仲がいいですね。」

「…………」

「あっ……いえ……"聞いていなかった"……ですね。」

 

伊地知の本音。

仲睦まじい会話は昔と変わらない。というよりか、昔よりも更に仲良くなっているのは間違いないのだが。

 

 

「目的地まであとどれくらいです?」

「あと1時間半程でしょうか。渋滞も無さそうですし。」

「猪野君と伏黒君は?」

「彼らはそれよりも早く着く予定です。担当の補助監督からもそのように連絡が入ってます。」

 

そして切り替わる業務連絡。

生真面目な七海だ。先程まで彼女と仲睦まじい会話をしていたのに、あっという間に仕事の話。しかしそんな所が彼のいいところでもある。今は非常事態への対処を優先しなければならない。

 

 

だが……"気になる"。

七海が洸に何かを話そうとしていることについて。

 

 

「……そういえば、聞いてもいいですか?」

「なんでしょう。」

「洸さんに何を話そうとしたんです?」

 

僅かに沈黙する車内。

伊地知は密かに冷や汗を垂らすと"聞いてはいけないこと、余計なことに口出しをしてしまった"と僅かに焦っていた。

 

 

「――"全て聞かなかった事に"と言ったはずですが?」

「あっ……いや……気になったので。つい……」

 

伊地知がここまで食いつくのも珍しい。

大人しく従順である伊地知が"気になったので、つい"と言うまでも。

 

七海はミラー越しに伊地知の姿をじっと捉えた。彼の顔はどこか緊張していて、唇をすぼめていた。

 

――現場に到着するまで約1時間半。

しかも向かう先は何が起こっているかもはっきりと分かっていない非常事態、渋谷。

 

何も起こらない、そう思いたいが何が起こるかわからない。

 

七海自身がずっと胸の内に秘めていた考えを"伊地知()"になら打ち明けても良いだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう、彼女を楽にしてあげたいんです。」

「と……言いますと?」

 

「五条さんの采配次第ですが……"彼女をこの世界から遠ざけたいんです"。」

「……えっ……!?」

 

刹那、あまりの動揺にハンドルを握る手が乱れる伊地知。車が大きく揺れるも何とか再び軌道に戻り、伊地知ほ再び冷や汗を垂らした。

 

「すっ、すみません!……あまりにも驚いてしまって……」

「……伊地知君。」

「私のことは構わず!どうぞ続けてください。」

 

あの七海が自分に向けて真剣に打ち明けてくれている。伊地知はそんな思いを胸に留め、再び真剣に前を見据えた。

七海はその様子を静かに悟ると視線を外へと動かし、変わりゆく景色を瞳に映しながら再び言葉を続けた。

 

 

 

「……今日で百鬼夜行(あの日)からまる一年。もう十分だと思います。」

 

昨年の今日。彼女は戻ってきた。

 

「彼女は……十分やりました。」

 

死刑を免れた彼女。

必死で救い出そうとした自分の行動を思い出すと滑稽だ。

 

 

 

「……残りの償いは"私が代わりに担う"。もう何も洸さんに背負わせたくないんです。」

 

 

"らしくない"台詞だ。

一度過ちを犯した洸。その償い。

それを七海が代わりに引き受けるというのだ。

 

 

 

 

「…なのでここ数週間、洸さんの遠方任務を代わりに引き受けていたんです?」

「…………」

「実は補助監督の間でもその話が上がったんです。洸さんに充てられた無茶苦茶な任務を意図して七海さんが対応していると。」

「たまたまですよ。」

「……そうとは思えません。」

 

無理難題なスケジュール。

"上"はきっと隙さえあれば彼女をどうにか処分しようとしているのは明白だった。

しかしそれを邪魔する"五条悟"の存在。できるだけ兄妹を引き離し、洸に難癖を入れるのが魂胆なのかもしれない。あくまで憶測に過ぎないが。

 

 

「……五条さん達のルートに寄ることも可能です。洸さんに少しだけでも会われますか?」

 

伊地知なりの気遣いだった。七海の様子を見るも心配の色しか浮かばない。少しだけでも七海の為にと提案するも彼は縦に頷くことは無かった。

 

 

「いえ、それは不要です。先に到着予定の猪野君と伏黒君を待たせるのは一社会人として許せません。」

「…………」

 

さすがと言ったところだろう。私利私欲の為に勝手な行動は起こさない。

 

やはり"彼らしい"。

 

 

「……伊地知君。」

「はい?」

「ありがとうございます。」

「礼を言われるようなことは何もしていませんよ。」

 

朗らかに微笑む伊地知。

ミラー越しに視線が合うと、心做しか七海も頬が緩んでいた。

 

 

「彼女にはまた会えます。それを糧に……今は時間外労働に集中するとしましょう――」

 

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ」

「ん?どーしたの?」

 

 

渋谷ヒカリエの手前。

洸はふとポケットからスマホを取り出すとその場にて足を止めた。

 

 

「そっか、圏外……」

 

画面右上のマークには電波が入っていないことを知らせる表記が。

 

 

「どったのー?」

「あ……ううん!なんでもない。」

 

 

慌ててスマホをポケットへと戻す。

そして再び歩き始めると少し先を行く悟の背中に視線を向け、ぼそりと呟く。

 

 

「……建人」

 

 

"直接、会った時に伝えます"

あの言葉が、あの声が――

 

 

 

嫌に耳に残ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"僕も洸に伝えたい事があるんだ!"

 

"電話で話せないこと!"

 

"僕たちの帰り、いつもの様に待っててね?"

 

 

……彼、……"雄"もそう言って居なくなってしまった。

 

伝えたかったことが伝えられず。

聞きたかったことが聞けないまま。

 

彼は逝ってしまった。

 

 

 

 

「"後で会えるよね"。」

 

 

 

 

洸の心の中の拭き切れぬ影が雨雲のようにひろがる。

 

 

 

 

┈┈┈┈┈









対句、
※2024.3.11


とある読者の方がドンピシャで洸の能力についてコメントを下さいました!(ネタバレを回避するために消させて頂きましたが、、)
本当に皆さん、数々の考察をありがとうございます!
まだまだいつでも考察コメントなど受け付けております〜!
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