五条兄妹   作:鈴夢

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兄妹の秘密















正体

 

 

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――2018年 12月23日

 

 

 

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「――洸先生。」

 

薄暗い空間に乙骨の声が響く。

 

「ん?」

 

それに応える洸。

 

二人の目の前には"明日の決戦"に備え、モニターが複数設置された柱がそびえ立つ。今この空間には二人しかいない。

 

「…………」

「何?どうしたの?憂太。」

 

乙骨は目の前の柱を静かに見据えたまま何かを考えている様子だった。隣に立つ洸は不思議そうに彼を見つめ、微かに首を傾げる、

 

「…教えてください。」

 

交わる視線。

感情が読めない乙骨の表情は真剣なものだった。しかし何を考えているのかは分からない。無表情に近いものの中に、様々な疑念を浮かべているような……そんな顔だ。

 

 

 

「"洸先生の秘密について"。」

「秘密?」

「はい。洸先生と五条先生のカラクリとは"別の秘密"です。」

 

 

乙骨は元から勘がいい。

まさか"今日このタイミング"で彼に問われるとは予想外ではあったが……。

 

「へぇ。…別の、か。」

 

 

彼は基本的には温厚で心優しく人情深い性格だ。当初は里香の顕現で人を傷つけてしまうことから人との関わりを避けており、気弱そうで暗い印象が強かった。がしかし呪術高専に入学後は様々な経験を経て前向きになり、本来の芯の強さを見せるようになった――

 

しかし今は違う。この1年で彼は大きく成長した。

 

兄の悟からは"自らと並ぶ術師になる"と評され、洸自身も乙骨について"私たち兄妹に次ぐ現代の異能"と思うほどに。

だがそれはあくまでも能力値の話だ。勘の良さ、人に対しての観察力―――きっとそれは誰よりも才がある。

 

だから彼は"気づいてしまった"。

私たち兄妹のもうひとつの秘密に。

 

 

 

 

「……"洸先生は"――」

 

 

 

 

 

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渋谷事変―正体―

 

 

 

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――愛される為に

愛するは悲劇――

 

 

 

 

 

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2018年10月31日――

――20:38

 

 

"渋谷ヒカリエShinQs B1F"

 

 

 

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駅構内に敷き詰められた非術師達。

 

ハロウィンということもあり、いつも以上に人で溢れ、異様な光景が広がっていた。しかし妙だ、なぜこの場所にこんなにも人が敷き詰められているのか――

 

 

 

「……こりゃひどい。」

「無茶苦茶だね。集められた非術師、しかも特殊な帳。」

 

 

駅構内の高所の足場に姿を現した二人。そしてそれを見下ろすのは五条兄妹。数々の帳を潜り抜け漸くここまで辿り着いたのだが異様すぎる。

 

この下を中心に外と同じ一般非術師を閉じ込める"帳"が降ろされていた。副都心線へと繋がる吹き抜け――

 

 

 

 

「洸。お前はやっぱりここでストップ。」

 

ふと悟の長い腕が洸の行く手を阻んだ。

その行動に疑問を浮かべると、洸はじっと兄を見上げるのだった。

 

「え?ここまで来て何言ってるの。」

「いいから。」

 

 

今度は悟の大きな手が洸の腕を強引に掴む。目隠しをされた瞳はどのような表情をしているのか分からないが本気で身を按じているように感じる。

 

辺りに漂う異様な呪力。兄妹にとって大したことでは無いが"嫌な予感"を誰よりも察していたのは五条悟だった。

 

そんな兄に妹の洸は苦言そうに眉を顰める。

 

「·····何が"いるか"分かんないよ?」

「問題ない。」

「上の人たちは"兄妹で向かえ"って言ってたけど?」

「とにかく洸はここまで。」

「··········」

「んで、降りてる帳から抜けるんだ。できるだけ早く。」

「今更過ぎるよ·····私も―――」

 

刹那、悟の指が洸の目元を優しく摩った。撫でるように親指で瞼に触れると洸は大きく目を見開く。

 

 

「っ·····」

「いいな?洸。万一"お兄ちゃんに何かあったら"頼んだ。」

 

真剣な声色だった。

底にはいつもの皮肉ったような冗談さえ感じない。生真面目で悟らしくない台詞。"何かあったら"なんて随分弱気だ。おそらく生まれて初めて口にした台詞かもしれない。

 

 

「へぇ〜何?フラグ?そんな万一が起こるなんて微塵も思ってないくせに。らしくない。」

「まっ!そうなんだけどね?最強の僕なら"万一"は起こらないさ―――」

 

 

先程とは打って変わって明るい口調で言葉を呟くと、悟背を向け群衆を見下ろす。洸は大きな背中を見据え兄の言葉を待った。

 

"らしくない"兄の様子に洸もまた焦りの様な苦しさを浮かべる。

 

 

「頼んだよ。洸。」

「頼んだって……」

「"僕の身に何かが起こった場合"キーマンになるのはオマエだ。」

 

悟の言い回しに何かを察した洸。

相変わらず表情は分からない。ただただ大きな背中がこちらに向けられ、嫌な空気を纏う。

 

 

「その言い方……もしかして私の…」

 

 

相手の言葉に更に引っ掛かりを覚えた洸。瞬時にその言葉の意味を理解すると声を詰まらせた。

 

 

 

 

 

「――頼んだ。洸。」

 

 

 

兄の口元がどこか寂しさを感じるような弧を描く。

 

 

 

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――20:39

青山霊園――

 

 

 

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「五条先生とヒカルンふたりだけにやらせるぅ!?」

 

夜露に濡れる墓地。

そんな薄気味悪いこの場所に青年の声が響いた。

 

 

「理屈はわかるけどさ!俺たちにもできることはあるでしょ!バックアップとか!」

「うん。だからそれをしに今から渋谷へ行くんだよ。」

「あ、そーなの?」

 

状況を耳にした青年を落ち着かせるような艶のある女の声。その女は墓石に腰を下ろし傍らに立つ"弟"へと視線を向けた。

 

「……"姉様"にバックアップをさせるなんて贅沢な兄妹ですね。」

「あの兄妹をその辺の人間と同レベルで考えてはいけないよ。」

「姉様もその辺の女とは違いますっ!…僕たち姉弟(きょうだい)もそこらの姉弟とは違いますっ!」

「あぁ"憂憂(ういうい)"…オマエは本当に愛い奴♡」

 

 

姉は弟を愛おしそうに抱きしめ、弟は歓喜の声を上げる。

そしてそれを呆れ顔で見据える青年――

 

 

 

"冥冥班"

冥冥(1級術師)

憂憂

虎杖悠仁(1級査定保留中)

 

 

冥冥班も他の班と同じく待機を命じられていた。

しかし場所が悪すぎる。よりによって墓だとは。

 

 

「ん?冥さん!電話鳴ってね?」

 

虎杖が言葉を発した後、懐から冥冥はスマートフォンを取り出した。相手は"補助監督"だった。

 

 

「――"はい、冥冥……へぇ……"」

 

何かの指示だろうか?もしくは悪い報告か……

虎杖を含め今の状況は全く共有もされておらず分からない事だらけだった。

 

補助監督との通話。

そして暫くすると通話が終わったのかスマートフォンを懐に収め、虎杖に視線を向け直す。

 

 

 

「虎杖君。行先変更だ。」

「変更って?どこに?」

「明治神宮前駅に渋谷と同様の"帳"が降りた。私たちはそちらに向かう。」

 

降ろされた新たな"帳"。

どうやら事は更に進んでしまっているらしい。

 

行先は地獄か……天国か――

 

 

 

「走るよ、ついておいで。」

「押忍!!」

「姉様〜!!」

 

 

三人は渋谷方面へと踵を返した。

 

 

 

 

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――20:40 東京メトロ渋谷駅

B5F 副都心線ホーム――

 

 

 

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「……"そっち"が来たか。」

 

 

副都心線ホームの丸い吹き抜けから降り立ったのは五条悟。線路のど真ん中で待ち構える特級呪霊達は"そっち"と例えた。

 

 

「クックックッ……へぇ〜準備バッチリって訳だ。」

 

 

悟も同じく線路へと足をつけた。駅のホームには大量の非術師達。恐らく消えた人間たちは全てここに集められたのだろうか。

 

そして目の前には以前やり合った特級呪霊"漏瑚"。そして交流会にて現れた"花御"。そしてもう一人……見慣れない人物が立っていた――名は"脹相"。

 

外見は茫洋とした態度。無気力で浮世離れした雰囲気を醸している端正な顔立ちの男。二つ結びのパンクとすら言えるような独特な髪型と鼻の横一線の刺青のような模様が特徴的だ。

 

しかしどう考えても味方では無さそうだ。

 

 

 

「これで負けたら言い訳できないよ?」

「貴様こそ。初めての言い訳は考えてきたか?」

 

 

その瞬間、天井から気味の悪い音が流れ込む。木の幹のようなものが現れると吹き抜けが塞がったのだった。

 

 

「んな事しなくたって逃げないよ。」

 

自分一人と非術師を閉じ込めるのにかなり大掛かりなことをするものだ。

悟は気だるそうにため息混じりの台詞を吐くも目の前の漏瑚は未だに警戒を見せる。

 

 

「…妹はどうした?」

「別に僕だけで十分でしょ。」

「…………」

「なんだよ〜。可愛い妹の方が都合良かった?」

 

特級相手に余裕な悟。

ホームドア前に群がる非術師を横目に笑みを貫く。

 

 

「で?何?いまから何かおっぱじめるのかな?非術師もわんさか居るし……僕がここから逃げたとしたらオマエらここに居る人間全員殺すだろ?」

「…………」

「だから来てやったんだよ。僕だけでね。」

 

 

 

 

 

 

「…あの二人、何喋ってんだ?」

「は?四人だろ?」

「一人でしょ?」

 

ざわめく非術師達。

見えるものと見えないもの――理解が追いつくわけも無い。

 

 

「……逃げたら、か。回答は――」

 

 

漏瑚は不敵な笑みを見せた。

するとその時―――

 

「えっ!?」

「ちょ……」

 

 

ホームドアが一斉に開くと同時に線路内になだれ込む非術師達。

 

 

「"逃げずともだ"」

 

 

 

 

 

 

 

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時は遡り――

 

 

 

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青空が広がる昼下がり。広い空き地には"袈裟の男"と呪霊が三体――

 

袈裟の男はシャボン玉を膨らませ、空へと放つ。

 

 

 

「"五条兄妹"が一番力を発揮するのはどんな時かわかるかい?」

 

男は傍らで腰掛ける漏瑚に問いかけた。

 

 

「……勿体ぶるな、話せ。」

「それはね"一人の時だよ"。」

 

"ふうっ"と息を吐くと再びシャボン玉が空へと弾ける。そのシャボン玉を追うように真人と花御は広場へと掛け出す。

 

 

「どんな術師でも彼らの前では基本足でまといだ。だからまずその更に下の非術師で周囲を固める。」

「…………」

「術式反転の最低出力は順転のソレの二倍。非術師を巻き込まずに使うのはほぼ不可能だ。"蒼"も同様に君達に有効な出力まで上げることは出来ないだろう。」

 

五条兄妹の力。それは異常なものだった。ほかの術師たちも圧倒される能力。あの兄妹と共に行動を起こしたとしても彼らに合わせるのがどれだけ困難なものなのか全員が理解していた。

 

 

「"蒼"を使った高速移動も難しいハズだ。非術師にとってはダンプみたいなものだからね。ぶつかったら即死、この状況では五条兄妹はただ守りに徹するしかない。」

 

そしてそれは同時に非術師にとっても危険なもの。彼らの力をモロに受けてしまえば間違いなく死ぬ。

 

 

「……ならば"無量空処"はどうする?夏油。」

 

 

厄介なのは五条悟の無量空処。

領域展開されてしまえばそこで試合終了なのは確定だろう。

 

 

「五条悟の領域展開"無量空処"の影響を受けないのは五条悟本人と彼が触れている者だけだろう。……そしてその条件は恐らく五条洸も同じだ。彼女が領域展開を使用したのを目にしたことがないからあくまでも仮説だけどね?」

 

引っかかるのは妹の"五条洸"の能力、術式。悟と同じ無下限呪術を持つのであれば可能性として妹も無量空処が使えるのではないのか?

 

恐らくそれは神のみぞ知る。

彼女が領域を展開している瞬間を目にしたものはいなかった。

 

 

「…仮に彼らに雑踏の中から君達だけを領域内に閉じ込める技量があったとしてかなりの非術師が"無量空処"と"帳"の間で圧死する。九割九分、あの兄妹は領域を展開しない。」

 

非術師が居る狭い空間で領域を展開した場合。夏油の言う通り間違いなく非術師は巻き込み事故を食らうのが落ちだ。

 

「逆に君たちも領域を展開しちゃいけないよ?大量の非術師を領域に入れたら彼らも諦めて領域を展開せざるを得ない。領域の押し合いで勝ち目がないのは知っているだろう?」

 

漏瑚は以前 悟に敗北している。となれば花御や真人も押し合いで勝てるわけが無い。

 

「かくにも"五条兄妹"……どちらかを集中させるんだ。"呪霊攻略、非術師救出"。最低でも20分は欲しい。

その後は……私と"獄門疆"の出番だ。」

 

 

五条兄妹、どちらかを攻略する準備は整った。そして夏油の頬に微かに笑みが浮かぶ。

 

「あくまでも私の予想だが五条悟は妹を逃がす。」

「何故そう思うのだ。」

「勘だよ。"私の記憶"を鑑みる限りそうなる可能性が高い。となれば有利なのはこちら側だ。なんせ"私が居るからね"」

 

獄門疆への封印の条件。

対象者が五条悟であれば"夏油"であることが有利だ。

 

五条洸にも有効かもしれないがリスクが高い。夏油はそう考える。

 

「どちらにせよ、五条兄妹二人を相手にするのは現実的じゃないからね。まずは戦力を削ぎ落とすんだよ。」

 

「だが夏油。五条洸、アレの力がわからん以上 獄門疆に封印すべきは五条悟ではないのではないか?」

 

漏瑚の言葉に対し、夏油は表情一つ変えない。寧ろ口元に更なる妖しい笑みを浮かべ、シャボン玉をさらに空へと放った。

 

「フフ……これは博打だ。今回は"賭け"に出るしかないんだよ。」

 

 

 

 

「あの兄妹を攻略するにはね。それなりの覚悟が必要だよ。」

 

 

 

 

 

 

 

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――21:15東京メトロ渋谷駅

B3F 渋谷ヒカリエ2 改札前――

 

 

 

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「……んーー、吹き抜けも塞がれたし。やっぱり"下"がハズレだったかな。」

 

 

木の幹で覆われてしまった吹き抜け。

嫌な呪力を感じる。きっと下は地獄だろう。だがその場所にいるのは悟だ。何が起こってもきっと大丈夫だろう。最強なのだから。

 

 

「とりあえずこの辺りで待機してよう。帳から抜けろって言われたけど…悟兄を放っておくのもどうかと思うし。」

 

あくまでも兄妹で行動しろと上からの指示だ。ここで単独行動を起こすことも可能だができるだけ指示には従いたい。また死刑だと言われるのは御免だ。

 

 

付近を散策するように歩き始める洸。

するとその時、見えない壁にぶつかる。

 

 

「………ん?」

 

 

手を伸ばしても弾かれてしまう壁。

何度触れても目の前の空間が波打つように見えるだけ

 

 

「これって……新しい"帳"?」

 

新たに現れた"帳"だった。

先程までは存在しなかったものなのだが、なぜこのタイミングで?

 

 

「これじゃあ悟兄の所にも外にも出られない……もしかして私、閉じ込められた?」

 

四方八方、改めて様々なところを確認するもやはり閉じ込められてしまった。

半径20mほどだろうか。完全に洸を閉じ込める為のだけに張られた"帳"。

 

「((……私たち兄妹を分断。そして互いに身動きが取れないようにするのが目的……ってところかな。))」

 

相手はなかなかの策士らしい。まあそれもそうだろう。まとめて兄妹を相手にしようなんて誰も考えない。

 

だが……何故だろうか。

嫌な予感がする。

 

 

 

 

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――21:16

 

 

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0.2秒の領域展開。

299秒で1000体の呪霊を鏖殺。

 

特級呪霊"花御"は呆気なく悟によって祓われ、今現在このホームにいるのは無量空処を受けた非術師と残りの特級呪霊達。

全員ぼんやりとした様子でただただ立ち尽くすことしか出来ない。

 

 

「……はぁ……はぁ……はぁー……」

 

できるだけ非術師への影響を最小限に。

正直苦しかった。この状況下での戦闘は悟にとっても不利益な事が多い――

 

 

「((一先ずここまでか……早く洸と合流――))」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――"獄門疆、開門"」

 

 

背後から懐かしい親友の声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、悟。」

「……は?」

 

 

背後から突如現れたのは袈裟姿の"夏油傑"だった。

 

 

「久しいね。」

 

 

自らの手で去年殺した"親友"。

 

なぜ……ここに居る?

 

 

 

「((……偽物?変身の術式?))」

 

全ての可能性を六眼が否定する。

 

「((本物……!!))」

 

 

そして五条悟の脳内に溢れ出す

3年間の青い春。

 

 

親友との楽しい日々。

苦しい事も悲しい事も。

あの時……あの瞬間、彼の背中――

 

 

 

 

"全ての記憶が蘇る"

 

 

 

「―――ッ!!」

 

 

刹那、彼の手元にあった立方体の箱は巨大な目が中心にあるアメーバのような形状へと変化し、悟の身体から箱のパーツらしきものが生える。

 

 

「ダメじゃないか悟。戦闘中に考え事なんて。」

 

「((呪力が感じられない。体に力も入らん。……詰みか。))」

 

全くもって動きが取れない。

呪力を込めることもできなければ対処法が見つからない。

 

 

悟は全てを理解し、これ以上為す術ないと理解すると呆れ笑いを浮かべ、目の前の袈裟の男を見上げた。

 

「"で。誰だよオマエ"。」

「夏油傑だよ。忘れたのかい?悲しいね。」

「肉体も呪力も"六眼(この目)"に映る情報はオマエを夏油傑だと言っている……」

 

悟の青い瞳は間違いなく相手を夏油傑だと認識していた。しかし悟はそれを拒否する。

 

 

「だが"俺"の魂がそれを否定してんだよ!さっさと答えろ!!」

 

ホームに轟く悟の叫び。

 

「オマエは誰だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……キッショ……」

 

袈裟の男の額の縫い目。

それを解いていくと綺麗に頭部の一部が外れ、脳味噌が顕になった。

 

 

「……"なんで分かるんだよ"。」

 

不気味な笑み。

この男は"夏油傑"ではない。悟が感じた違和感の通り、別の"何か"だったのだ。

 

 

「そういう術式でね?脳を入れ替えれば肉体を転々とできるんだ。勿論、肉体に刻まれた術式も使えるよ。夏油(かれ)の呪霊操術とこの状況が欲しくてね。……君さぁ "夏油傑の遺体の処理を家入硝子にさせなかっただろう?"」

「ッ……」

 

男の台詞に表情を歪める悟。

先日 洸に言われた言葉が脳裏に過ぎると小さくため息を漏らした。

 

「変なところで気を使うね?ま、お陰で楽にこの体が手に入った。」

 

恐らく"別の処理"を行えばこの男に夏油の死体が乗っ取られることは無かったのかもしれない。

 

「心配しなくても封印はそのうち解くさ。……百年、いや千年後かな?」

「………」

「君強すぎるんだよ。私の目的に邪魔なの。」

 

光栄とも取れる男の発言。

強すぎるからと封印されるのは癪だが微かに悟の頬に余裕の笑みが浮かばれた。

 

 

「ハッ……忘れたのか?僕に殺される前、その体は誰にボコられた?」

 

一年前の百鬼夜行―――夏油傑は乙骨憂太によって瀕死状態に陥った。となれば天敵は悟だけではない。

 

「"乙骨憂太"か。私はあの子にそこまで魅力を感じないね。無条件の術式模倣(コピー)、底なしの呪力。」

 

特級呪術師 "乙骨憂太"

そして"リカ"の存在。

 

「どちらも最愛の人の魂を抑留する縛りで成り立っていたに過ぎない。残念ながら乙骨憂太は"君にはなれないよ"。」

 

袈裟の男は五条悟を越えるものは居ないと言い放つ。五条悟に成れる人間はこの世に居ない。

 

……そう、誰一人として――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ククッ……」

 

 

刹那、静まり返ったホームに悟の笑い声が響く。その顔は恐怖さえ感じるほどに変に不気味なものだ。

 

 

 

「…ハッ……ハハッ……"僕には成れない"か。」

「……何がおかしい?」

 

「"もう一人"……忘れてない?」

 

 

ギロリと光を放つ六眼が男を睨む。

 

 

「僕の妹。」

「……何?」

「いいのー?僕の事 封印しちゃって。後悔しない?」

「……」

「ククッ……まあいいけど。それがオマエの選択ってワケだ。」

「……」

「どーぞどーぞ。続けて?」

 

のらりくらりと呑気な台詞。

声色と表情。

 

それを目の前にほんの一瞬だけ男の手元が揺れた。しかしここで引き下がるわけにもいかない。

 

これは賭けなのだから。

 

 

 

 

「……おやすみ五条悟。新しい世界でまた会おう。」

 

「僕はな?オマエはそろそろ起きろよ。いつまでいい様にされてんだ……"傑"。」

 

 

六眼と男の視線が合わさった刹那。

自分の意思とは真逆に動く男の腕。そしてそれは容赦なく首へと掴みかかり、男は苦しさに表情を歪めた。

 

"夏油傑"の意思。

肉体を奪ったものの、未だに抗う魂。

 

 

 

「…アッハッハッハ!凄いな!初めてだよこんなの!」

 

男は興奮に塗れ声高らかに喜びを見せた。

すると背後から無量空処から開放された真人が駆け寄る。

 

 

「夏油〜!」

「……真人……見てごらん。」

「んー?」

「君は魂は肉体の先にあると述べたが やはり肉体は魂であり魂は肉体なんだよ。でなければこの現象にも入れ替え後の私の脳に肉体の記憶が流れてくるのは説明がつかない。」

「それって一貫してないといけないこと?俺と夏油の術式では世界が違うんじゃないかな?」

 

真人は男の言葉を一刀した。

そして呪いである真人の言葉に何かを感じたのか一瞬瞳の揺れが止まり、暫くして不敵な笑みを浮かべ始めた。

 

「術式は世界か……」

「?」

「フフ……いいね、素敵だ。」

 

不敵な笑みは生真面目な表情へと変化する。

そして再び男の視線は悟へと向けられた。

 

 

 

 

「おーーい。やるならさっさとしてくれ。ムサ苦しい上 眺めも悪い。」

「こちらとしてはもう少し眺めていたいが……そうだね、何かあっても嫌だし。」

 

 

呪力も湧かず、オマケに一切体が動かない。この詰みの状況の上にこの光景。悟としては一刻も早く"やってくれ"と言わんばかりの気だるげな声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――"閉門"」

 

男の言葉と共に悟の体は立方体へと封印される。呪力も何もかもがこの現実世界から消え去った。完全なる五条悟の封印だ。

 

手のひらに乗るほどの立方体。

真人はそれを興味深そうに見つめる。

 

 

「"それ"、もう使えないんだけっけ?」

「ああ、定員一名。中の人間が自死しない限り使用不可だ。」

 

特級呪物 "獄門疆"

生きた結界と呼ばれた源信なる人物の成れの果ての姿とされており、あらゆるものを封印する力を持つ。

自身が特級呪霊である漏瑚からも"忌み物"と呼ばれる程の呪物だった。

 

 

 

「ふーーん。つまんな。……ま、何はともあれ……」

 

 

 

 

""封印完了""

 

 

 

 

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"あとは頼んだよ、洸"

 

 

 

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「ぅ……あ……ッ……」

 

 

突如、洸は両手で目元を覆いその場に膝を着く。

 

焼き切れるほどに熱い感覚が両目に襲いかかった。似た感覚を過去にも味わったことがあるが今回は全くもって違いすぎる――

 

 

 

 

 

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――10月29日

五条家――

 

 

 

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「オイ、クソジジイ。」

 

屋敷の書斎に響く悟の声。

 

 

 

 

「相も変わらず無作法だな。悟。」

 

応える父親の声。

 

 

 

悟はその応えに反応することなく書斎の扉を乱雑に開けたまま室内へと足を踏み入れた。

明らかに"怒っている"悟を前に父親は変わらず涼し気な表情をしていた。息子に視線を向けることなく書物に触れる指が一頁一頁紙を捲る。

 

「あぁん?何言ってんだっての。そっちこそコソコソ高専に来て何企んでんだ。」

「………真希か。」

「真希を責めんなよ?ジジイ。」

 

高専に赴いた事について知っているのは夜蛾と真希。となれば悟に話したのは真希だと直ぐに理解した。

 

 

「僕と洸を引き離そうとしても無駄だよ?」

「……」

「はっ、無視かよ。そーいうところは洸とそっくりだよね。」

 

悟は父親の手元にあった書物を奪うと背後へと投げ捨てる。目の行き場を無くした父親は仕方なく自分を見下ろす息子へと視線を向ける。交わる瞳と瞳。サングラスは外されており嫌に美しく光る六眼に捉えられた。

 

 

「"で"、何コソコソやってんの。」

「………」

「おい。まじで殺…」

「"お前たち兄妹の正体"。」

 

"正体"というワードに動きを止める悟。

豆鉄砲を食らったようなキョトンとした表情に対し、父親は面白そうにクスクスと笑う。

 

 

「フッ……悟。お前はやはり俺に似ているな。」

「……」

「性悪、個人主義、軽薄。」

「なんだよ、自分でもわかってんじゃねえの。」

「加えてお前は馬鹿だ。救いようのないな。」

「うるせーよ。」

 

 

悟は呆れ顔を浮かべため息を漏らすと父親の向かい側へと腰をおろした。胡座をかき両腕を組み、未だ睨みつけるように父親を見据える。

 

対し父親は傍らの湯呑みに手を伸ばし、茶を口に含み喉を潤す。

沈黙する空間。そして暫くすると再び父親は口を開いた。

 

「……洸は断った。」

「何を。」

「"お前と共に居る"……だそうだ。」

 

主語が無く、一体なんの話をしているのか傍から見れば理解できないだろう。しかし親子は理解する。

 

「へぇー。ウケる。アイツ僕のこと殺そうとしたくせに〜。」

「昔、洸に勝負を挑んで屋敷の一部を破壊した事を覚えているか?」

「さあ。そんなことあったっけ?」

「ワザとだろう。」

「何が?」

「ワザと洸に負けたな。」

「…………」

 

 

過去、あれはいくつの時だろうか。

まだお互いに幼かったあの時、洸に反転術式の"コツ"を教えろと詰め寄った時だ。

 

生意気な妹との兄妹喧嘩。屋敷は一部半壊し、悟は血を流し意識を失った。一方洸は制限無しで容赦なく兄に喰いかかった結果、大事に発展したことにより絶望したことも。

 

「その時だけじゃない。お前は何度も洸と対峙する場面があった。しかしお前は一度も勝ったことがない。」

「……」

「洸はお前の無下限を貫通する力を持っている。だが対処法はいくらでもあった。そうだろう?」

 

学生時代の度重なる大喧嘩。

洸離反後の高専での負傷事件。

 

細かい喧嘩も重ねれば数え切れないほどぶつかり合ってきた兄妹。

 

しかし父親は考えていた。

あの悟が容易に負けるわけが無いと。

 

悟の無下限を突き破るとはいえ全くもって洸に歯が立たないという訳では無い。

 

兄は意図して妹の手に堕ちていた。

そしてその理由――

 

 

「……悲劇だな。」

「は?」

 

歪な関係。

 

 

「"愛されるためにお前は妹を愛した"。」

「……はっ。」

「そして試し続けた。」

「だったら何だよ。文句あんの?」

「悲劇だと…そう言っているだろう。」

 

たった一人の妹を手にかけなかった悟。容赦なく自身を貫こうとする刀身を防ぐことも無く、死刑執行も揉み消し"妹を守り続けた"。

 

そしてずっと試していた。

兄という唯一無二の存在である自分に向けられる愛が本物なのか。薄れていた愛情を自分に向けさせるために意図して試していた。

 

「……ははっ…………はぁー……」

「…………」

「いつから気づいてた。」

「さあな。」

「マジでないわー。人に興味無さそうな態度取るくせに……。」

 

悟の手が父親の着流しの襟に伸びる。

それを容赦なく引っ張ると互いによく似た顔が目の前に現れ、青と漆黒がぶつかる。

 

 

「悲劇なんかじゃないよ。"これは愛だ"。」

「………愛?」

「兄妹にしか分からない。この歪な関係が…縛りが……"僕と洸の愛"だよ。」

 

 

刹那離される悟の手。

"マジでうぜぇー"なんて言葉を吐き散らし悟は項垂れる。それを横目に父親は落ち着いた口調で台詞を吐いた。

 

 

「それがお前たち六眼と緋眼をもつ兄妹の"正体"か。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そうだよ。クソジジイ。」

 

 

父親に向けわざとらしく舌を出し中指を立てる。

そんな息子を目の前に、悩ましいと言わんばかりに項垂れる父親だった。

 

 

 

 

 

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"……お兄ちゃん……"

 

 

 

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――21:22

五条悟封印後 副都心線ホーム――

 

 

 

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ホームの床に落下する獄門疆。

床は無惨にもひび割れ、やはり五条悟は"なんて奴"だと袈裟の男をはじめ戸惑いを見せていた。

 

 

 

そしてそれと同時に……感じる"気配"。

 

 

 

 

 

「……ほら、感じないかい。」

「「!?」」

「"やはり"。そういうカラクリだったみたいだね。」

 

 

男の笑みに反応する漏瑚と真人。

真人は呑気に首を傾げ、漏瑚は怒りを滲ませた。

 

 

「ねぇ、夏油。どういうこと?」

「説明しろ!"五条悟は封印した"はずではないか!?」

「そうだよねー?"これ"じゃあまるで…」

「おい貴様!!花御までの犠牲を払って何を考えておるんだ!?」

 

"話が違う"と言わんばかりに声を荒あげる漏瑚。対し男はその場に座り込むと考え込むような仕草をみせ、床に転がる獄門疆へと視線を落とす。

 

 

「"僕に成れない"……やはりそういう事か。」

 

 

封印間際に彼はそう言った。

まるで"僕に成ることが出来る人間が居る"と匂わせるような発言。余裕の笑み。

 

 

 

 

「……これが"五条洸"の正体だ。五条洸は五条悟に成る事が出来る。」

 

 

感じる呪力。

それは五条悟そのもの。

 

 

 

「但し"それだけじゃあないね"。五条悟と同等の力を得るとしても必ず何かしらのデメリットがある筈。そうじゃないとさすがにチートすぎる。都合が良すぎるからね。」

 

 

隠された秘密。

 

 

『そして……まだ何かある。』

 

一転、疑うような自分を冷笑(あざわら)うような冷ややかな表情をして眉を寄せた。

 

 

 

「あの()はまだ何か隠しているはずだ。」

 

 

 

そしてゆっくりと瞼を閉じ、元の肉体の持ち主の魂に呼び掛ける。

 

 

 

 

「……"この肉体がそう言ってるんだ"。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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"……洸ちゃん…"

 

 

 

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――同刻 東京メトロ渋谷駅

B3F 渋谷ヒカリエ2 改札前――

 

 

 

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込み上げる苦しみ。

それはまるで…頭の中で脳が風船のように膨張し、そのままはちきれそうになるような感覚。

 

 

 

「はぁ……はぁ……ッ……」

 

 

身体に沸きあがる例えようのない強い力。全身に滾る溢れる呪力。まるで炎に巻かれているような熱を感じる。

 

 

「……これが……"あの人"の力。」

 

 

この現象に陥るのは学生時代の京都校での交流会以来の事だった。あの時はほんの一瞬、確か悟が高度な結界術、封印術に数秒間閉じ込められた時の事だ。

 

 

「…"眼"も――」

 

 

目元に慣れない熱が籠っているようだった。いつも見ている景色にプラスして高解像度サーモグラフィーのような、呪力の流れも確認できる。自身の手のひらに視線を落とし、その光景を目の当たりにするのだった、

 

 

 

 

 

……そういえば、兄はいつも言っていた。

 

 

"目、覆ってないと疲れるんだよね〜"

 

 

 

悟の声が脳裏に響く。

本当にその通りだ。実際今、洸は目に映る情報量に脳が着いていかない。

 

悟はほとんどの場面で目隠しか、普通の人では真っ暗でほとんど見えないような濃い色のサングラスをしていた。別に見えるんだったらそのままにしておいて常に情報をインプットしていればいいのに、なんて考えていたが前言撤回しよう。

 

 

"無理だ、あまりにも疲れる"。

 

 

 

 

「……"帳"を何とかしないと…」

 

 

四方八方を塞がれ行き場がない。

自分自身もここで詰むわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

「((多分、悟兄は高度な封印術によって動けなくなってる。その証拠が私のこの現象だ。))」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私が……何とかしないと―――」

 

 

 

洸は目を手で覆いながらゆっくりと歩き始める。

 

 

 

 

炯々と熱を帯びる彼女の瞳。

 

 

 

 

それは"茈"に染っていた。

 

 

 

 

 

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