久しぶりだね
洸ちゃん、
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『聞こえるカ?虎杖悠仁。』
『よく聞ケ。京都校のメカ丸ダ。時間が無い、一度で聞き分けロ。――"五条悟が封印されタ"』
『そして"もう一つ"―――』
突如 虎杖たちの前に無線機らしき物体として現れたメカ丸――本名"
彼は静かに語り始めた。
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渋谷事変―御影―
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"私は何の為に有る?"
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――21:18
東京メトロ 明治神宮前駅B4F――
"帳"外
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渋谷方面へと向かう冥冥班の三人。
線路上を駆け抜けていたその時、突如として虎杖の耳に現れたのは"京都校のメカ丸"。
"時間が無イ とにかく一度で聞き分けロ"と取り乱したような様子で端的に話す。
それは衝撃的なものだった。
「――ヒカルンが……五条先生に?」
虎杖はゴクリと息を飲み、目の前に立つ冥冥と憂憂に目配せをする。
『あア。理由は分からないが五条洸が居ル付近に妙な呪力が現れた。そしてホームに居ル奴らの会話を聞く限り"五条悟に成った"と。』
「どーいうことだよ。そもそもヒカルンは呪力探知できねえし……五条先生に成るって……しかもあの先生が封印……」
メカ丸の話していることに対し、理解が追いつかない三人。封印という話も全くもって理解できない。あの五条兄妹の身に何が起こっているのだろうか。
「妙だね。そもそも封印という話……あの五条悟だよ?それに兄妹共に行動していた筈だ。洸が一緒に居たなら尚更……何を根拠にそれを信じればいい?」
『悪いが何も無い。あえて言わせてもらえバ俺がここに居ることダ。』
冥冥は口元に指を添え"何を言っているんだい?"と小首を傾げた。五条悟が敵の手に落ちたという内容は全く信じられない。それに兄妹で行動を共にしていたことは術師全員に伝わっていること。誰がいったい信じるというのだろうか。
『俺は既に10月19日に"真人という特殊呪霊に殺されていル。"今の俺は生前の俺が残した保険に過ぎなイ。高度な保険だ。発動条件を五条悟、及び五条洸封印後に限定せざるを得なかっタ。』
淡々と息もつかないままメカ丸は喋り続ける。如何にも本当っぽい話の内容だ。
『不発のリスクを低減するため事前にこの傀儡を忍ばせるのも三箇所までとしタ。虎杖悠仁は高専所属の術師の中で最も内通者の可能性が低イ。……そして冥冥。アンタもこの状況で完全にシロと確信しタ。』
「何故?」
『索敵に長けている人間が渋谷で暗躍せずに明治神宮前に派遣されているからダ。』
噂されていた内通者の存在。
一人はメカ丸だと判明していたがこれは彼の策に過ぎなかった。
そして内通者はもう一人存在すると言われていた。
冥冥、虎杖――その可能性をメカ丸は全否定する。
「俺は?」
『虎杖はそもそも数ヶ月前まで呪術界との繋がりがなかっタ。』
虎杖がもう一人の内通者の可能性は確実に無い。対し冥冥は妖しげに笑みを零すと面白そうに言葉を吐く。
「いやいや。
『では何故。
……アンタを始末するための呪詛師がここに向かっていル?』
メカ丸の言葉に背後へと視線を向ける三人。
微かに感じる強い呪力。それは確実にこちらに近づいていた、
「……一、二……二人かな?
虎杖君。コイツらと君がさっき祓った呪霊、どちらが強い?」
「…………」
少し前、虎杖は飛蝗の呪い――"
詳しくはバッタの大発生に伴う災害"蝗害"への恐れから生まれた二級呪霊だった。
本来は準一級以上の力があるとも思えたが術式を持っておらず、人を貪り食うことしか出来ない邪悪な呪霊。特級未満の呪霊にしては珍しく人語を解し、コミュニケーションを取ることができた。
子どもっぽく思慮に欠ける言動からは全く知性を感じられず、結果虎杖に大敗したのだった。
「多分、さっきのバッタより強い。」
感じる強い呪力。虎杖は無意識に息を飲んだ。
「((……虎杖君が祓った呪霊は拙いながらも人語を操っていたらしいしどんなに少なく見積っても準一級以上。))」
同じく冥冥も強い呪力の元を鋭い目付きで睨みつけた。
「そんな連中がウヨウヨいるのか。今までどこで何をしていたんだろうね。……奇妙だ。」
つい先程までこのような強い力は微塵も感じなかった。しかし何故かこのタイミングで現れた呪力。まさに今の渋谷近辺は摩訶不思議。五条悟の封印、五条洸の足止め、有り得ないことが起こりすぎている。
「虎杖君、呪詛師は無視して先に進もう。まずは五条兄妹の安否確認……」
『駄目ダ!!!』
冥冥の言葉に被せるようにメカ丸は声を荒あげた。
『もう渋谷の状況は変わっていル!相手の結界術はこちらの数段上手ダ。』
計画的に降ろされたであろう結界術――"帳"の存在。渋谷に居る術師達を混乱に陥れている元凶。
『今渋谷には"五枚の帳"が降りていル。A,一般人を閉じ込める帳。B,五条悟を閉じ込める帳。C,五条洸を閉じ込める帳。D,術師を入れない帳。』
「この線路の先もDの"帳"で塞がれていると?」
『そうダ。既に待機していた術師達は"帳"の中だろウ。"帳"の内側では携帯は使えなイ。』
「……それだけじゃないみたいだね。"帳"外にいるハズの補助監督とも繋がらない。」
スマートフォンで帳"外"に居るはずの補助監督へと連絡を試みる冥冥。しかし応答することなく全く繋がらない。事態はより一層、メカ丸の言う通り深刻なものへと変化しているらしい。
『頼む。俺の指示に従ってくレ。俺のこの保険もすぐ消えてしまウ。……頼ム。』
懇願する声。
虎杖と冥冥は互いに視線を合わせると小さく頷く。
「……分かった。言ってごらん。」
こうなれば彼に従うしかない。
どうにかこの事態を脱却せねば より状況は悪化するだろう。
『――虎杖は明治神宮前に戻り地上から渋谷に向かってくレ。五条悟封印、及び呪詛師による五条洸の足止めを術師全体に伝達。五条悟奪還、五条洸合流をコチラの共通目的に据えロ。』
「応!!」
『冥冥は虎杖が抜ける隙を作ってくレ。呪詛師撃退後はとりあえずこの線路を抑えておいて欲しい。だがまだ相手の出方がわからン。』
「臨機応変ね?ところで君の口座はまだ凍結されていないね?」
『……エ?』
漸く目的が一致した。
今はとにかくメカ丸の指示通り動くのが得策だろう。
五条悟、五条洸――五条兄妹が敵の手に堕ちたとなれば行き着く先、恐らくは絶望。
『五条悟……そして唯一の頼みの綱でもある五条洸までもが消えたとすれば呪術界も人間社会もひっくり返る。すまないが命懸けでたのム。』
メカ丸の言葉。それはまるで百の言葉を煮詰めたような重さが込められたものだった。
その真剣な声色に 虎杖、冥冥は頷く。
「僕は!?」
『好きな方につケ。』
「じゃあ姉様!」
憂憂は嬉しそうに跳ねながら姉の冥冥の元へと駆け寄る。どうやらここからは冥冥&憂憂ペア、虎杖単独での行動になるだろう。
皆行先が決まった時、前方から嫌な気配を察する。
「――皆 "来たよ"。」
線路の先――薄暗闇から怪しい影が二つ現れる。
「「"冥冥ダな?"」」
人間と同じ等身と見た目、恐らくは呪詛師。そして傍らには四足歩行の呪霊の姿。
冥冥は巨大な斧のような呪具を構え、その前には微笑む憂憂。そして虎杖は拳を握り、各々が戦闘態勢へと身構える。
「……好きに動いていいよ。合わせるから。」
「押忍!!」
三人の目は、野に住む獣のようにギラギラと闇の中に光る。
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――東京メトロ渋谷駅
B3F 渋谷ヒカリエ2 改札前――
"帳"内
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改札前に立ち尽くすのは五条洸。
すぐ目の前にはヒカリエ2への入口があると言うのに目に見えない帳が邪魔をして抜け出す事はできない。
複数台の自動改札機。それは無音で電光盤だけを光らせている。通過できない改札機。洸はそれを睨みつける。
そして携えている刀の柄に左手を添え、大きなため息を漏らすのだった。
「…はぁ〜〜………"マズった"……。」
兄の言う通り早く帳から抜け出せば良かったと後悔に駆られていた。しかし仕方がない、今更何を考えても事は起こってしまっている。
「((出入不可の"帳"。恐らくコレを壊すには外で"帳"を降ろしてる術師を片付けるしか無い。……にしてもかなり面倒そうだね。交流会の時に降りたものと同格かそれ以上か。))」
"渋谷ヒカリエ2 改札"と表記された黄色い看板を見上げ、半ば諦めるように改札機前から離れ踵を返す。
「((この帳を降ろしてる術師はこの中には居ない。内側から解除できる方法は今のところ見つからないし、外から何かしらの対処が必要……))」
外で待機している七海や伏黒達に託すしか――
"――……サッ……サッ……"
袴の捌けるような音が変に耳をつく。
聞いたことがある"懐かしい音"。
感じる気配――
「"や"。」
踵を返したその先に
片手を上げ、嬉しそうに笑みを浮かべる袈裟の男が現れた。
「……え……?」
"死んだはずのあの人"
「"久しぶりだね"。」
「……は…………。」
理解が追いつかない。
なぜこの人が居る?
「"洸ちゃん"」
「……"夏油"?」
間違いなく"夏油傑"だ。
パッと見違和感があるのは額にある縫い目のような跡。しかしそれ以外は全て夏油傑だった。
姿も声も、呪力さえも――
「んー……目の色……」
洸に容赦なく近づくと顔をのぞき込み手を伸ばす。しかし警戒する洸がそれに応じるわけもなく、夏油の手を無下限で弾くと距離を空けるように後退した。
「ッ!」
「酷いね。触れさせてくれないのかい?」
「ちょっと待って……どういう……」
「"どういう?"って?」
洸は混乱していた。
脱出不可能な"帳"の存在。そして突然現れた死んだはずの夏油。
刀の柄を無意識に掴むとゴクリと息を飲む。
「((何で……死んだはずの夏油が?))」
兄は間違いなく彼を殺したと口にしていた。あの人が嘘をつくわけが無い。
――だが、ずっと引っ掛かっていた事が有る。
「((呪力も何もかも間違いなく夏油傑。この眼にまだ慣れてないけど……何かの術式の効果?変身?ほかの人物が化けているとも思えない。……だけど――))」
先日、再遭遇した真人という特級呪霊が口にした台詞。灰原の亡骸を前に荒れ狂った時。その時に自分が放った台詞は特に違和感を覚えた。
裏で何者かが暗躍しているであろう想定。そしてその人物はあの時の洸を知っているであろう人間。
「((悟兄が夏油と組んでこの事態を引き起こした?……いいや、それは有り得ないか。そもそも悟兄は単独での国家転覆ができる人間。わざわざ夏油を使って行動を起こすのは想像ができない。))」
脳内で様々な憶測を立てていく。しかしどれもこれもピタリと確実に当てはまるものは無い。
その様子を読み取った夏油らしき男はクスクスとおかしそうに笑うと眉を下げ悲しそうに洸を見つめるのだった。
「……洸。君は本当に酷いよ。」
「……」
「家族を裏切って……私の事も裏切った。」
「……」
「私は君を愛していたのに――」
嘆きの声が悲しく響く。
同情的で沈痛な声色、洸自身も微かに戸惑いを見せるがそれは徐々に疑いへと変わっていく。
「((本当に夏油?呪力も何もかも…夏油に間違いは無い……でも……))」
"感じる違和感"
自分の記憶の中にいる彼は"こんなじゃない"。
過去に存在した夏油との会話や風景が脳内再生されると洸は柄に触れていた手を離し、真っ直ぐと立つ。そして目の前の男を鋭い目付きで見据えたのだった。
「………"違う"…」
この違和感は間違いない。
「夏油じゃない。」
「ん?何を言っているんだい?私は夏油傑だよ。」
「違うって言ってるでしょ。」
「…………」
「"あなたは夏油傑じゃない"。」
右手人差し指を真っ直ぐと向ける洸。
そして相変わらず笑みを零す夏油。
夏油は暫く茈の瞳に捉えられた。彼女に向けられている瞳は明らかに疑いそのもの。すると諦めたように盛大なため息を吐くと"夏油らしき笑み"は不気味なモノノ怪のような笑みへと変化する。
「……ハハッ……キショすぎでしょ。なんで分かるのかな?"君たち兄妹は"。」
「へぇ。その言い方だと兄にもバレたんです?」
「ああ。」
「相当演技下手なんですね。あなた。」
男との会話中、洸は再び刀の柄にゆっくりと手を添わせる。そして探りを入れ始めた。
「あなた何者?呪霊?」
「……」
「この渋谷の騒動もあなたの仕業?」
「……」
「目的は何?他に仲間は?」
「……」
「――"兄に何をしたの"?」
「ッ――!?」
刹那、目にも見えないスピードで男に刃を振り下ろす。洸の行動に遅れて動いた男は一瞬表情を歪めた。
「クッ……」
「((…ダメだ浅かった……!))」
男の前身頃に大きく斬撃が入る。傷口から鮮血が垂れ落ち、それは地面を赤く染めていくのだった。
「ッ……なかなかやるね?さすが"五条悟の成り代わり"だ。私の体に斬撃が入るなんて幾年ぶりだろう!」
「……」
「素晴らしい!君から感じる全てが五条悟だ。呪力も……溢れる力も……その瞳も――」
苦痛に歪んでいた表情が再び余裕の笑みへと変化する。寧ろ興奮状態とも捉えられる男の様子は気味悪ささえ感じてしまう程に。
そして傷口はあっという間に塞がっていくと男が反転術式を使用出来ることが理解出来た。
「((嘘でしょ?妖刀の刀傷がこんな簡単に……))」
どうやら一筋縄ではいかないらしい。
「((……考えろ……この男が考えていること。次の一手を……私がここで倒れる訳にはいかな――))」
考えを巡らせていたその時、ほんの一瞬油断を見せた洸。直ぐに距離を詰められると気づけば男の蹴りが腹部に命中したのだった。
「うっ!?ぐぁッ!?」
改札機が並ぶ区画に吹き飛ばされてしまう洸。数台が大きく凹み、その先の帳の壁が僅かに揺れ動いた。
「((……まだ上手く使いこなせない……悟兄……))」
洸を守る無限。僅かにその揺れを見過ごさなかった男は小馬鹿にするように笑い声を上げた。
「ハハハハハッ!未だ"適応"はできてないね?」
「……っ……」
「さすがにあの五条悟の力に適応するにはまだ時間を要する、という事かな。オートマの無下限使用は脳に負担が大きくかかる。"そうだったよね?"」
「…まるで全部知ってるって言い方ね。」
「勿論さ。君の事は特に……誰よりも知っているよ。」
男は改札機前に倒れ込んでいる洸を指さし、まるで懐かしむように語り始めた。
「ああ……懐かしいね。私の脳内には君との思い出が沢山有るよ。高専で初めて出会った時、共に任務に赴く日々……夜な夜な悟の部屋に集まってゲームもしたね?」
「……」
「君の部屋に行くといつも美味しい緑茶を饗された。君とふたりで過ごす時間は堪らなく心地よかった。"夏油先輩"と、顔を合わせる度に向けられる笑顔が忘れられないさ。」
目の前で過去を語る偽物の夏油。
その光景は本当に歪で君が悪かった。間違いなく夏油ではないのに、本当にあの時から一緒に過ごした夏油がそこにいた気がする。洸は唇を噛み締めると冷や汗が額を伝っていく。それほどに異様で気味が悪い。
「そして……共に離反して過ごした十年間。」
男のセリフに互いの脳裏に浮かぶあの時のシーン。
ダボッとしたスウェット上下姿の夏油、そして洸のあの時の後ろ姿が浮かび上がる。
「幸せだった。君の髪を撫で、身体を優しく抱き留めた時、君の甘い匂いがするんだ。」
夏油の大きな手が、長い指が、白銀の髪の毛を優しく撫でる感覚。
「溶けるような柔い肌も私を見上げる赤い瞳も、まるで魂をとろかすような感覚。――"だけど君は裏切った。私から離れ、心を殺した"……」
心を殺した……なんて。
「……フフっ」
「何がおかしい?」
「演技が下手ですね?」
「……」
「気安く過去をベラベラと語らないでもらっていい?ニセモノ。アンタは夏油じゃない"別の誰か"なのは確定なの。」
「…………」
「ヘタクソすぎ。安い恋愛小説でも読んでるの?」
洸は胸部に感じる痛みに一瞬眉を顰めるもゆっくりと立ち上がる。そして呆気に取られたように目を見開く男を嘲笑うように見据える。
「…はっ……兄妹揃ってムカつくよ。本当に君たちは…」
兄にも同じことを言われたのだろうか。さすが兄も性格が悪い、口も悪い。自分はやはりあの人の妹だと再確認した。
「((……笑っちゃうよ。本当に――))」
刹那、洸は小さく息を吐く。
そして続けて気だるげに台詞を呟いた。
「……ねぇ?"夏油先輩"。聞こえますか?」
「…………」
「貴方はそんな事言わないもの。そうですよね?」
「何を」
「"先輩"」
洸の芯のある声が夏油の魂を呼び起こす。
「"心を殺すなんて"……"裏切ったなんて"。絶対に思ってないですよね?」
「さっきから何を」
「だって夏油先輩は誰よりも私のことを理解してるもの。」
もはや挑発とも捉えられる台詞。
洸は真っ直ぐとそれを口にすると余裕の笑みを見せた。
対し男は微かに不機嫌そうに眉を顰ませた。理解しえない彼女の言葉に僅かに"手を震わせる"。
――正確に言えば、震わせているのは"彼の魂、肉体"
親友である五条悟封印時同様に夏油本体の魂が必死に彼女に応えていたのだった。
「本当に往生際が悪い奴だ。……そんなにこの娘が大切か?」
「……」
「しかしこの魂は私には逆らえない。何をしても無駄だよ?」
震える手を押さえつけるようにもう片方の手で封じ込める。暫くすると夏油が抗う力は封じ込められたかのように動きを止めたのだった。
「……さぁて。もう時間もないしお開きにしようか。」
「何言って……」
「"コレ"、なんだか分かるかい?」
"コレ"と言い、男は懐から何かを取りだした。距離もありハッキリと全貌が見える訳では無いが手のひらに収まるサイズの箱が目に付く。
「…箱?」
「この中に、君のお兄さんを封印させてもらったんだ。」
「………やっぱり。何かしらの封印術って訳。」
「察してたのかい?」
「私が"こうなった"時点で可能性としては考えてた。高度な封印術、その可能性をね。」
あの箱をなんとか奪えば悟を助けることが出来る。容易にそれを目の前にチラつかせる男の余裕も癪に障るがそんな事を考えている場合では無さそうだ。
だが"未だに上手く体が動かない"。
ここで無鉄砲に突っ込んだとしても自分の命が危ぶまれる可能性もある。悟の力を100で出し切れない以上、感覚を掴めない以上、無闇矢鱈に行動を起こすのはデメリットが多い。
「まだ適応できない、か。」
「((……体が……素直に動いてくれない。))」
「まあ仕方ないよ。それ程に君のお兄さんは只者じゃあないからね。こちらとしては好都合だ。」
「……そんなの分かって」
「"劣等感"――五条家長女"六眼を持たない出来損ないの娘"。」
洸の言葉を遮る男の台詞。
放たれた台詞のそれぞれのワードに胸を突き刺される気分に陥った。
劣等感
出来損ない
六眼を持たない――
「"やはり"君は出来損ないだよ。五条洸。」
「……」
「弱い……弱いよ。まだまだだ。」
「ッ……」
洸が脚に力を入れたその時、男の背後から大きな黒い大穴が現れる。
「特級仮想怨霊"
「!?」
とてつもなく強大な呪力。
それは正しく夏油の呪霊操術だった。偽物だといえど間違いなく術式は夏油のもの。
『……アァアアアア゛……』
やがて大穴から桜吹雪が現れ、気味の悪い面を付けた桜色の着物を纏う呪霊が続けて姿を見せた。
「遠い昔……ちはやふる神代の頃――」
"木花咲耶姫"――桜の如く華やかに咲いて、桜のように儚く散った神話を生きた絶世の美女。まさに美人薄命を絵に描いたような女性。
「山の神 オオヤマツミの娘。日本神話で最も美しいと誉れ高い女神。子宝、鎮火、火山、縁結、桜木……博覧強記の君なら、この呪霊の大凡の概要は予想が着くだろう?」
「……」
木花咲耶姫は"古事記"や"竹取物語"、"日本書紀"に登場する、日本神話の神。仮想怨霊という名に相応しい呪霊だ。だからこそ能力値は未知数。等級は一級〜特級が妥当か。
「((……やられた))」
洸は妖刀を鞘から抜きゆっくりと構える。桜の花びらがゆらゆらと揺れ落ち、帳内は幻想的風景に包まれた。
不気味でもあり、美しくも儚くもある空間。向かい合う夏油と洸。余裕の表情と苦痛に歪む表情。
「……ウォーミングアップといこうじゃあないか。期待してるよ?洸ちゃん。」
「ッ!待て!!」
「君という存在がこの世界線にどのように影響するかとても楽しみだよ。」
男を追おうと一歩足を踏み出したその時、目元から脳天にかけて激痛が走る。その瞬間、洸は糸が切れたように頭を垂らし、刀を持つ手が酷く痙攣し始めた。
「ぁっ……く……」
同時に先程の男の攻撃によって肋を何本か折ってしまった。内蔵にも傷があるかもしれない。微かに胃液が逆流するような感覚に苦しそうに息を漏らした。
「((……なんで……"使えない"……っ!?))」
右手を腹部に押え、何度も何度も対処しようと試みるも上手くいかない。
使えないと言うより"感覚が思い出せない"……というのが正しいだろう。
「あ、それと。
……君のお得意の"反転術式"。多分使えないでしょ?」
「なっ……」
「成り代わるとはそういう事だよ。……となれば、君は他者を治癒することはできない。仲間たちが倒れてもどうすることも出来ないね。」
"そういう事だよね?"と小首を傾げニコニコと細い目は弧を描く。洸の表情は更に険しいものへと変化した。
「今までそういう意味では最強だった訳だ。寧ろ兄を上回る都合のいいチート技も兼ね揃えていた。だけど今後は……"五条悟の最強"という本当の意味を、苦痛を感じることになるだろうね?」
「ぁ……」
"最強という苦しみ"
自身だけが強いだけ。弱きを救うこと自体、できないという事では無いが"別の意味で救うことはできない"。
倒れていく弱い存在。
今は後手に回ってしまえば仲間を救う事はできない。
「それじゃあね。洸ちゃん。
……活躍を期待しているよ?」
男は背を向け踵を返す。
ユラユラと手を振るい、呪霊の横を通り抜け"帳"の外へと消えていく。
残るは特級仮想怨霊"木花咲耶姫"と洸のみ。試されているようなこの状況下。洸は危険迫る仲間たちの元へと合流しなければならない。
そして何とか今の状況を全体に伝達し、打破しなければ――
「((……悟兄が居ない世界線。そんな最悪な状況が起こってしまった。……私は絶対に倒れる訳にはいかない。))」
必死に痛みに耐え、再び刀を構え直す。
『……ウツクシイ。ソナタハ……ウツクシイ――』
呪霊らしき不気味な声と台詞。同時に手に持っている豪華絢爛な扇を咲耶姫がひと振りした時、景色は一変した。
「領域展開。……か、」
灼熱に燃える空間に不気味なほど光る桜の大木。どうやら先に領域内に閉じ込められてしまった。
「木花咲耶姫、絶世の美女って話だよね。」
『アァ……ウツクシイ……』
「どっちが最強で、どっちが絶世の美女か……白黒ハッキリさせるしかなさそう。」
茈の瞳が炎の光に反射する。そして相手の力を弾ね返すほど生気に
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――21:22
渋谷 各所――
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「……確かに、駅に閉じ込められた分を差し引いたとしても人口密度は低かったな。」
――日下部
「改造され建物内に待機していた人間が今になって非術師を襲い始めたか。」
――直毘人
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「だから我々も待機をやめ突入……仕方の無いことですが対応が後手に回りすぎです。」
――同刻 七海班
「……七海さん。」
「はい。伏黒君が考えていることは分かっていますよ。」
「((……ん、んんん?))」
伏黒、七海、猪野。三人は目の前の"帳"を見上げる。
「一番気がかりなのは」
「同時に降りた"術師を入れない帳"ですね。」
「……同。」
突如新たに降ろされた"帳"の存在。
"五枚の帳"
A,一般人を閉じ込める帳。B,五条悟を閉じ込める帳。C,五条洸を閉じ込める帳。D,術師を入れない帳――
現れたDの帳。後付けで追加されたソレに違和感を抱く。
「五条先生と洸先生が現着してからかなりの時間が経ってる。なぜこのタイミングなんでしょうか?」
「中で何かあったか。戦略上このタイミングである必要があったのか……」
七海の脳裏に"真人"の姿が浮かぶ。
この事態を引き起こした呪いの可能性――
「確実に言えるのは無策で挑んでくるタイプではないということ。」
「確かに、相手が五条兄妹なら尚更ってワケっスね。」
「俺も敵側なら策を練り尽して対処します。なんせ相手が最強兄妹……」
ここまで大掛かりな策を仕掛けるのも当たり前だろう。五条兄妹を真っ向に相手をするなど普通不可能だ。
プラスアルファ、他呪術師も関わるとなれば間違いなく余程事がない限り勝機はない。
恐らく敵側は他にも仕掛けている。
「私は"帳"を降ろしている敵を。二人は片っ端から一般人を保護してください。そして直ぐに五条兄妹と合流を――」
同刻 "日下部班、禪院班、七海班"
――三班突入
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