五条兄妹   作:鈴夢

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──繋がり

 

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"棣鄂(ていがく)の情"

――仲睦まじい兄妹の情愛。

 

私にとって、君たち兄妹は羨ましかったのかもしれない。

 

兄の一方的な愛情、それを拒む妹。

 

呪術界では知らぬ者はいない御三家の長男と長女。

 

どんなにいがみ合い、間を裂こうとしたとしても―――血の繋がりというものが2人を引き合せる。

 

 

 

―――"嗚呼、憎い"

自分が荒んでいく度に壊したくなった。

 

 

 

擬似でもいい、偽りでもいい。私も"そうでありたかった"。

 

 

 

 

 

 

 

だから奪った。

だから壊した。

 

 

だから……

 

 

 

 

 

 

 

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――2006年4月20日(木)

午後17時11分―――

 

 

長野県軽井沢町"八風山麓"

 

 

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「夏油先輩、次は右手を……」

 

橙色に染る空の下、麓に放置された空き家の玄関口にに2つの影。青年はかなり疲れた様子で地面に座り、隣の少女は膝をつき、特殊な力を発揮していた。

 

 

「…ん。頼むよ。」

 

少女の指示通りに右手を差し出す青年――呪術高専2年、一級術師"夏油傑"。そして真剣な顔付きで彼を手当する少女。つい先日、呪術高専に入学したばかりの準一級術師"五条洸"。

 

 

何故、こんな辺鄙なところに2人で居るのか?しかも怪我を負い血に塗れ、誰がどう見ても"ありえない光景―――"

 

 

だが彼らは"東京都立 呪術高等専門学校"の生徒でもあり同時に呪術師なのだ。

 

 

改めて―――"呪術高等専門学校"とは。

 

呪術師たちの育成機関と事実上の総本山を兼ねた東京と京都に一校ずつ存在する"組織"。

 

“高等専門学校”の名の通り、表向きには私立で全寮制の宗教系高等学校として運営されている。実際に高等学校に相当する授業も行われており、三年間過ごせば高等学校の卒業資格が得る事も可能だ。あくまでも呪術師となる道を"断念した者"が、就職や大学進学などの一般的な進路も選べるようにする為。

 

入学条件は"呪術師として才能を認められた者"。要するに"視えない"普通の人間はまず入学はできない。よって生徒数も圧倒的に少ないのだ。

 

そして特殊なのが在学中の実力に応じて与えられる任務―――

 

 

 

「今回の"任務"。思っていたよりもなかなかの相手だったね?」

「はい。私もこの数週間で何度か任務に着きましたが…ここまで手強かったのは初めてです。」

 

 

"授業の一環"。生徒にも呪術師としての"任務"が言い渡される。生徒の実力に見合った呪霊退治から呪術絡みの事件の調査―――内容は多種多様。

生徒それぞれの"等級"に見合った任務を言い渡される事がベター。単体で任務を熟すのはそれなりの強さを持つ者のみ。今回の洸と夏油のようにペアで行動を共にするのが殆どだ。

 

 

「これは報酬が楽しみだね?洸ちゃんは報酬の使い道は決まってるのかい?」

「……呑気なこと言わないでください先輩。結構傷も深いですし―――集中…集中……」

 

反転術式を使い夏油の傷を治癒する洸。傍らで呑気に笑みを零し、報酬について口にする相手に目もくれず洸は小さく息を漏らした。

 

 

 

 

夏油が発した"報酬"とは――生徒とはいえ任務を達成すれば、その危険性に応じて相応の報酬が支払われるのだ。ただし呪霊の強さを見誤って任務中の生徒が死亡するケースも決して珍しいことではない。

 

実際、戦い慣れている一級術師の夏油でさえ今回は大怪我を負っていた。

 

常に死と隣り合わせの術師。それは入学したての若人関係なく全員平等なのだ。

 

 

 

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「申し訳ありませんでした。私を庇ったせいで先輩が大怪我を…」

「洸ちゃんのせいじゃないさ。寧ろ私は救われたんだ。ありがとう。」

 

夏油の優しい笑顔。そして穏やかな言葉に洸は安堵の笑みを浮かべる―――

 

 

 

 

 

 

 

人気のない"ド田舎"の麓から移動する為、1日に数本しかないバスに乗り込む2人。バスの最後部座席に座る洸と夏油、そして運転手しか居ないバスの車内にふたりの会話が流れた。

 

 

「それにしても、やっぱり"悟の妹"だ。勘も良いし、立ち回りに無駄が無い。"圧倒的頭脳派"だね。」

「夏油先輩に少しでもそう思って貰えたなら良かったです。」

「でも無茶しすぎはダメだよ?いくら勝機が見えたとしても懐に突っ込むのは危険だ。反転術式を使える貴重な人材だからこそ、自分の身を守ることも考えないとね。」

「はい。気をつけます。」

 

隣に座る夏油を見上げこくりと素直に頷く洸。そんな彼女の素直な様子は"兄"とは大違いだ。

 

「((……誰かさんと違って素直に聞き入れるし……やはり兄妹でも"異母兄妹"なんだね。))」

 

過ちを犯したとしてもひとつの経験として消化し、成長するための糧とする―――そんな洸の日頃の行動に、まだ出会って短期間ではありながらも夏油は信頼を寄せていたのだった。

 

 

 

「「…………」」

 

 

 

移ろいでいく自然豊かな景観。

気づけば外は更に暗くなっていき、点在している街灯が規則的に2人の視界に映る。

 

 

あと少しで少し栄えた町に辿り着く。しかし時間的にも今日高専に戻ることは―――

 

 

 

 

「……今日高専に戻るのは現実的に厳しそうだ。」

「確かに、予定だと今の時間には高専到着予定でしたよね?」

「そうだね。そもそも今回の任務は八風山の調査のみだったんだ。呪霊と戦うことも想定していたけど、まさか一級、二級レベルの呪霊がわんさか湧いて出て来るなんてね。妙な結界で外には出られないし、私の呪霊も一部混乱する始末―――」

 

長野県八風山で原因不明の行方不明事故が多発。結論、呪霊の仕業だったのだが思いの外、強力なものばかりだった。夏油はともかく、あまり任務に慣れていない洸には難易度が少々高いものだったと改めて夏油は感じていた。

 

 

「気になってたんだけど"洸ちゃんの術式"。五条家相伝の無下限呪術…やっぱり悟とは少し違うんだね。」

「あの人の場合"六眼"がありますから。そもそも五条家相伝の無下限呪術を十全に扱うには"あの眼"が必要不可欠です。」

「それとなくその事については悟からは聞いたことがあるけど。」

「私の場合は……まあ、見ての通り六眼ではないですから。無下限呪術を完全体で扱う事は不可能です。」

 

自分の赤い瞳を指すように右手の人差し指でとんとんと目の下を叩く洸。そんな彼女の真っ赤な澄んだ瞳をじっと見据える夏油…

 

 

 

「―――ですが、幸いにも私は反転術式を扱えます。だから脳を器用に修復しながら術を使う。……反転術式を修得せず無下限を使ったら直ぐに脳が壊れて死んじゃいます。」

「…器用だね―――」

 

 

 

五条家相伝の術式"無下限呪術(むかげんじゅじゅつ)"

 

そして特異体質"六眼(りくがん)"

 

 

どちらも単体で十分強力なものではあるものの、兄の五条悟はその両方を合わせ持つ非常に稀有な存在だった。無下限呪術と六眼の両方を併せ持った術師は"数百年"前に遡らなければ存在しない。

 

洸の言う通り"無下限呪術を十全に扱うにはあの眼が必要不可欠"。そもそも六眼を持つ人間は"同時に2人"存在しない事実。五条悟が死なない限り、次の六眼持ちはこの世に誕生しないのだった。

 

 

「無下限を扱いきれない者は弱者……なんて、五条家では言われてます。なので五条家はあの人のワンマンチームみたいなものです。六眼を持たない五条家の術師達は"単純な無限を発生させ、守る事しか出来ず呪力だけが減っていく"微妙な感じになっちゃうんです。」

 

「だけど、洸ちゃんは反転術式を開花させ"それとなく"無下限呪術を使うことが出来てる……」

「はい。そういう事です。……あとはひたすら体術を家で仕込まれたのでそれなりに戦えるんです。」

 

"グッ"と腕を挙げ、力こぶを見せつけるようなポーズをとる洸。夏油は微かに口元に弧を描くと彼女の子供らしい行動に再び笑顔を見せるのだった。

 

 

しかし、夏油には引っかかることがあった。

 

 

 

「((……だが、彼女の力はそんなものじゃない。恐らくは―――))」

 

 

 

先日、高専の授業で行われた1,2年合同のトレーニングの時のことを思い出す。

 

 

 

 

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「はいはーい、注目!今日は俺たち大先輩が特別授業―――」

 

 

「ガァァァッデム!!悟は下がれ!」

 

頭上に落ちるゲンコツ。

それをモロに食らった悟は頭を押えながら夏油と家入の背後へと身を隠す。

 

 

 

 

 

 

 

 

気持ちいい程に広がる青空。春らしい陽気に涼しい風。そんな昼過ぎのとある時、グラウンドにはトレーニング着に着替えた6人と夜蛾正道の姿があった。

 

 

「今日は体術メインのトレーニングだ。用意した"クジ"を使って同じ色の棒を引いた者同士が戦う。呪具の使用は禁止。あくまでも己の体のみを使って戦う―――」

 

夜蛾はそう説明すると6本の棒を取り出す。色が塗られているであろう棒先は手で隠され、それぞれ引くようにと促す。

 

特に1年、2年と分けられる様子もない。

 

ただ洸は最悪の状況だけは絶対に免れたいと心の底で何度も唱えると夜蛾が握る棒へと手を伸ばす。

 

そして、6人同時にそれを引くと直ぐに棒先の色を確認する。自分が誰とペアになるのか。……出来れば1年の誰か―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は〜い!洸!喜べ!俺とお前でタイマンな?」

「………………」

 

握っている棒先の色は黒。そして同じ黒の棒を持っていたのは最悪な人物だった。

 

 

 

「あ!僕は家入さんとだ!」

「ワンパン即KOしてやるよ、灰原。」

 

家入・灰原ペア――

 

 

 

「よろしくお願いします。」

「こちらこそ。手加減はしないからね?」

 

夏油・七海ペア――

 

 

 

「ボッコボコのズッタズタにしてやんよ。」

「……最悪だ…。」

「最悪ぅ?光栄の間違いだろ?あぁん?」

 

五条家 箱入り凸凹コンビ――

 

 

 

 

「…………」

 

夜蛾はそんな兄妹を静かに見据え、何かを考えている様子だった。

 

 

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「―――ッ!」

 

 

広いグラウンドのど真ん中で繰り広げられる勝負。早速1回戦目から五条兄妹は本気でぶつかり合っていた。

 

そしてそれを興味深そうに離れた場所で見守る生徒達と教師――

 

 

 

 

「まさか、こんな早くに五条兄妹の一騎打ちが見れるなんてねー。こっわー」

「いつもは口喧嘩してるけど今回は本気の殴り合い……しかも悟の動きを見る限り、全く手を抜いてないね?」

「……動きが早すぎて……ついていけない。洸ちゃんってあんなに動けたんだね?」

「彼女も名門五条家の術師ですからね。それなりに訓練は受けてきているはずです。」

 

 

 

「……((無下限呪術を持った者同士がぶつかっても勝負はつかない。だが六眼持ちの悟の方が優勢か―――))……」

 

 

"コワイコワイ"なんて呟きながら観覧する4人。静かに腕を組み、脳裏で呟く夜蛾。

 

動きを止めない2人のスピード、ひとつひとつの打撃の重さ―――並外れた動きは異常だ。

 

そもそも"あの五条悟"の打撃を容易に"いなせる"妹が恐ろしい。

 

 

 

「ッ……お前…!…」

「……はぁ……はぁ……」

 

 

蹴りを入れようとも殴ろうとも相手に上手く入らない。近づくほどに動きが遅くなる―――"無下限呪術"。悟は常時それを発動はできないが相手の動きを見れば防ぐことは容易だ。

 

しかし洸は反転術式が使える。上手く器用に使いこなせば常時無下限の発動は可能。だがそれは容易なことではない。

 

 

「無理すると脳みそ焼きキレっぞ?」

「反転術式で……回復してるから…大丈夫。」

「息キレてんじゃん?ギブ?無限発動に反転術式の自己治癒…さすがにガキンチョにはキツイっしょ?」

「……まさか?……なわけない!」

「ッ!!」

 

洸の見た目からは想像できない馬鹿力。そして柔軟な体はするりと悟の攻撃を軽々と交わしてしまう。

 

 

「((……チッ……やっぱり"視えねぇ"―――))」

 

 

悟の表情が歪んでいく。余裕がなくなっていく。攻撃は入らない上に予想以上に立ち回りが早ければスタミナも切れない。

 

そもそも、六眼を通しても洸の呪力の動きが上手く視えないのだ。

 

 

「((最後に兄妹喧嘩したのはいつだ?2年前……?あの時も全く洸の呪力を感じ―――))」

 

脳内でぐるぐると様々な考えを掻き回す悟。

 

しかしそれが仇となった。

微かに生じた隙を洸は見落とさない。

 

 

 

 

「…… もらった!!」

「――がァっ!!」

 

 

「「「!?」」」

 

 

洸の拳が悟の左頬にヒット。

まるで漫画のように体が吹っ飛ぶと夏油や家入達は意外で突然すぎる光景に目をまん丸とさせていた。

 

 

 

「悟の顔面に……」

「クリティカルヒット。痛そー……てか"ざまぁ"だね。」

「えっ、え?どうなってんの?七海!」

「……よく分かりません。」

 

 

 

静まり返るグラウンド。

地面に仰向けになり、ピクリとも動かない悟を静かにじっと見下ろす洸。目を開けたまま呆然とする兄を心配しているのか面白がっているのかは不明だが、妹はその傍らでしゃがみ込み、つんつんと指で殴った頬を突く。

 

 

そして……それを遠目で見守る夜蛾。有り得ない光景を目の当たりにするも表情一つ変えずにただただ2人を見据えていた。

 

 

「((……悟は間違いなく"無限"を使った。だがそれをいとも簡単に洸は壊した……いや、違う……介入したのか、―――))」

 

 

悟のチート能力を難無くすり抜けた洸。

 

 

「((―――無下限呪術を洸の無下限呪術で突き破った……という事なのか……))」

 

 

 

 

 

 

「いってえええええぇぇぇ!!死んだかと思った!」

「大袈裟すぎ。てか大丈夫?歯とか折れてない?直ぐに治して……」

「お前!俺のご尊顔を殴りやがったな!この美形を!国宝級のこのイケメンの顔を!」

「悟兄だって私の顔狙ってたじゃん!"いなせた"けど。」

「ッぐ……。クッソオオオオーーーっ!!ムカつく!クソガキ!」

「ちょっ!イッターー!!やめへよ!はほるにい(さとるにい)!」

「お前のその顔、俺が引き伸ばしてやるよ!」

 

 

形勢逆転。勝負は先程のクリティカルヒットでついたはずなのだが悟は容赦なく洸に乗りかかり、両頬を強引に指で引き伸ばす。

 

 

そして呆れ顔の5人…

 

 

「オイ!悟!勝負はついただろう!!洸の勝ちだ!」

「ああなったら手が付けられないですよー先生?……まーた始まった、世界一くだらない兄妹喧嘩。」

「……止めてきます。」

「悪いね?七海。」

「僕も手伝うよ!」

 

1年ズが2人の元へと駆け寄り必死に止める。うるさいほどに騒ぎ立てる兄妹に七海は盛大な呆れ顔、そして灰原は何故か楽しそうだった。

 

 

 

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「((―――悟の六眼とは違う、洸ちゃんの赤い瞳。それに今までの悟の様子から鑑みて、彼女の術式を本当に理解していないようにも見えた。))」

 

 

 

 

多分、いや、ほぼ確実、

彼女は六眼に相当する何かを持ってる。

 

だがそれを知る者は殆ど居ない。

五条家の一部の人間、もしくは悟は実はそれを把握している……のかもしれない。

 

私達に明かさないだけで―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はこのまま市内のホテルに泊まろう。無理して戻ったところでお互い疲れも取れないし。それに私も洸ちゃんも明日は任務は無いしね。」

「でも明日通常通り授業は…」

「大丈夫大丈夫。適当に理由つけて遅れていけば問題ないよ。」

「…はい…((…夏油先輩って、真面目そうだけど意外と適当……なんだよね。))」

 

 

終点に辿り着くバス。

2人は料金を支払い、あまり人気のない街中へと消えていく。

 

 

 

 

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午後21時8分―――

―――市内 某ビジネスホテル

 

 

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「大丈夫大丈夫。報告書は私が書いておくから。」

「いえ!今回は私が…」

「洸ちゃんの反転術式のお陰で私はピンピンなんだ。」

「でも…」

「慣れない遠出の任務で疲れてるだろう?ゆっくり休みなよ?」

「…………」

 

 

お互い食事や入浴を適当に済ませ、あとは眠るだけ。部屋はもちろん別々。だが、別々だからこそ気を使うこともある。

 

それは新人からしてみれば苦痛でしかない"任務報告書"。

事細かな日時や場所、現れた呪霊の種類や数。そして対処した術師の特記事項など―――

 

それを夏油"大先輩"に全て委ねるのは後輩として許せない(兄なら良いが、そもそも兄は全て投げ出すのだが……)

 

 

 

 

「あの…もしご迷惑でなければ、折角なので夏油先輩の報告書の書き方を教えて貰っても良いですか?」

「それは勿論。私の報告書の作成方法が参考になるかは分からないけど…」

「七海と灰原が夏油先輩の報告書が一番簡潔で分かりやすくて、凄く参考になるって言ってたんです。」

「へぇ。あの二人が?」

 

部屋の扉にもたれ掛かり腕を組む夏油。自分は普通に今まで報告書を作成していたつもりだが、まさかそこまで後輩たちに絶賛されているとは驚きだった。

 

 

「はい。あの人(五条)の報告書とは天と地の差だと……これは七海の台詞ですが…」

「そもそも、いつも悟は報告書の提出期限守らないし、雑だからね?」

「やっぱり……。この前一緒に任務に行った時の報告書だって、"俺がサクッと書いて出しとくから心配すんな"って言ったくせに全く手をつけてなかったし。挙句の果てには私が夜蛾先生に怒られるし最悪で…」

「はははっ。悟はできる奴なのかできない奴なのか――そんな兄を持つのも大変だね?」

 

人の良いケラケラとした夏油らしい笑い声。それが廊下に響くと洸もつられるように笑みを零す。笑い事では無いのだが……

 

 

 

「一先ず入りなよ。時間も時間だし、できるだけ簡潔に教えてあげる―――」

 

"おいで"と部屋へと招き入れる。穏やかな表情と穏やかな口調。歳はひとつしか離れていないはずなのにもっと上に感じてしまうほどに彼は大人だった。

 

洸もまた、夏油に対し尊敬の眼差しを向けていたのだった。

 

 

 

 

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「―――うん、そう。それで大丈夫。」

「でもこれだと分かりにくいんじゃ…」

「いや、こっちの方が纏まりが良い。……それなら下の備考欄に―――」

 

部屋のテーブルで向かい合う2人。丁寧に、細かく、尚且つ分かりやすく――まるで教師のようにひとつひとつの項目を添削する夏油の姿は失礼ながら"あの人(五条)"とは大違いだった。

 

 

同年代の男性といえば……

兄をはじめ禪院の男たちしか知らない洸。まあ"クソ"である。

 

それに比べ、七海と灰原もキャラは大きく違えど優しいし、同期生として頼りになる存在だ。

 

あまりまともな男たちと関わりの無かった洸から見て、夏油は仏のようだった。

 

 

 

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報告書作成を終え、ホテルに備えられていた紅茶を嗜む2人。今回、夏油と洸での任務は初めてだ。2人きりでしか話せないことや聞けないことが山々だった。

 

 

「ところで、洸ちゃんはお兄さんの事は好きかい?」

「嫌いです。」

「………即答。」

 

 

紅茶を啜り、予想以上にとんでもない速さで即答する光に半ば呆れ顔の夏油。しかし、ティーカップをそっとテーブルに置いた時、洸の顔が微かに哀しい色を感じさせたのだった。

 

 

 

 

 

「……というより、あまりあの人の事を知らないんです。」

「兄妹なのに?」

「兄妹でも異母兄弟ですから。それに同じ家でも私は離れに住んでいました。あの人に会うのは多いときで週に1、2回。数ヶ月以上顔を合わせないこともざらでした。」

「…………」

「よく私の住んでいた離れに勝手に来ては怒られて、連れ戻されてはまた懲りずに来て……」

「悟らしいね?容易に想像がつくよ。」

 

六眼を持つ五条家の長男。

六眼を持たない五条家の長女。

当主となる人間とそうでは無い人間。しかも洸は女性、やはり御三家と呼ばれるほどの家系では差別的なものもあったのかもしれない。

 

血が繋がっていて兄妹と呼ばれていても、住居は別々……となれば安易に会うことも、一緒に楽しい幼少期を過ごしたとは思えなかった。

 

 

「……あのお喋りな兄から聞いたことがあると思いますけど、私たち兄妹は懸賞金が掛けられていたんです。まあ、今も恐らく掛けられてますけど。」

「それは聞いたことがあるね……冗談かと思ったけど、億単位で掛けられてたって?」

「その通りです。兄に関しては億単位のとんでもない額が。」

「洸ちゃんは?」

「私は噂程度ですけど数千万くらいだって。ウソかホントかは正直分かりません。」

 

 

再びティーカップに手を伸ばし口縁を指でなぞる仕草を見せる。悩ましげに、どこか闇さえも感じる曇った様子を夏油は見逃さなかった。

 

 

「……五条家の長女。五条の血を持つ子を産むことが出来る。皮肉ですが、六眼は無くても利用価値は有るんですよね。」

「…………」

「呪術師の家系に生まれた。それは避けることの出来ない事実。―――ってごめんなさい、こんな話。何言ってるんだろう、私。」

「構わない。寧ろ、私に話してくれるなんて。」

「夏油先輩だからこそです。悟兄の1番近くにいる唯一のご友人で……私自身もこの数週間、まだ出会ったばかりですけど先輩の優しさに救われましたから。」

 

嘘偽りのない真っ直ぐとした赤い瞳。年頃の少女らしい爛漫な笑顔とその言葉からは洸の本心が垣間見えていた。

 

 

 

「……でも、ふと思うんです。もしこの世に呪いが"なかったら""なくなったら"……私は普通の女の子だったのかなーなんて……

―――そんな世界線を考えた事もあります。」

 

 

新しい世界。

五条家の屋敷から殆ど出たことの無い洸にとってそれは眩しすぎる現実だった。自分が今まで囲われていた事を悔いるほどに今が楽しい。

 

正直、兄のことは嫌いだがこの世界に連れ出してくれたことは感謝している。本来、呪術師の家系に生まれた洸は学校に通う必要はないのだが、兄が五条家に掛け合ってくれたのだ。

 

最初は"今更外の世界なんて"と兄の行動に半ば嫌気がさしていたが、結果今の生活を心底幸せに感じていたのだった。

 

 

 

「洸ちゃんは普通だよ。普通の女の子だ。」

「……え?」

 

突然何を言い出すかと思えば……。

夏油はテーブルに肘を乗せ手のひらで顎を気怠そうに支える体勢になると、儚げに物悲しげに微笑む。そんな相手を、洸は驚いたように目を丸くしてじっと見据えた。

 

 

「取り敢えず、呪力が有る無しは置いておいて。洸ちゃんは私たちにとって"普通の可愛い後輩"で、悟にとっても"普通の妹"で、七海や灰原にとっても"普通の同級生"だ。」

「……普通の……」

 

 

様々な"普通"という言葉に見え方が変わってくる。脳裏で家入をはじめ高専の人物達の顔が思い浮かぶと、ふつふつと違う感情が沸き立って来る気がした。

 

 

「普通で少し"変わってるだけ"。呪力を持つ私たちは皆同じで"普通"なんだ。それに君は強い、だからこそ君という存在は尊いものなんだ。」

 

あくまでも呪術師というものは普通では無い。御三家の生まれだからこそ、重くのしかかる重圧があるだろう。だがそんなものは夏油含め他の仲間たちは何も思っていない。

 

 

五条洸という、ただの普通の仲間なのだ。

 

 

「これは……あくまで私の持論だが"呪術は非術師を守るために存在する"、私はそう思ってる。」

「……非術師を守る。」

「そう。"弱きを助け強気を挫く"。呪術師として生まれたことを忌み嫌う事もあると思うけど、私たちを必要としている人達が沢山いることを忘れてはいけないよ。」

「…………ッ……」

 

何も言い返せない。夏油の言葉は洸の心の奥深くに光を灯す。他の人間のとは違う呪術師、自分は周りとは違うんだと幼少期から思わされてきたことに疑いを持つことができる気がした。

 

 

 

「―――って、私も少し話を逸らしてしまったけど……洸ちゃんにこの事をいつか話したいと思っていたんだ。」

「何故です?」

「日頃、君の様子を見ていたけど"心ここに在らず"って感じがした。」

「そんな事…ないと思いますけど?」

「時たま見せる"微細な心情"。第三者だからこそ分かるものなんだよ?」

 

夏油の脳裏に五条兄妹が浮かぶ。

廊下で口喧嘩をする姿、くだらない事で半殴り合いに発展するほどの大喧嘩。ガミガミと妹に対して文句を言う姿まで―――

 

 

洸はその度に苦りきった顔をしていたが、第三者の夏油には分かっていた。

 

 

"この兄妹は何だかんだお互いを分かってる、忌み嫌っていても繋がっている―――"

 

 

 

 

「私は、君たち五条兄妹が羨ましいよ―――」

 

 

 

自らの描く遠い夢をうっとりと見やるような表情。

 

羨む理由は分からない。微かに浮かぶ法悦に、洸はただただ静かに見遣ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

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