五条兄妹   作:鈴夢

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希願

 

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強大な呪力と呪力がぶつかり混沌とする空間。そこには無数の桜の花弁が舞い落ちていた。

 

その場に仰向けに倒れる洸の頬に

一枚の花弁がそっと寄り添う――

 

 

 

 

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――2007年 4月

香川県 琴弾(ことひき)公園

 

 

 

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とある呪霊討伐任務の為、地方に派遣された"新生二年ズ"

 

久しぶりに三人揃っての遠方任務ということもあり一人を除き、まるで旅行気分で楽しんでいた。

 

 

 

「「ふんふふふ〜ん♩」」

 

無数に建ち並ぶ桜の木々。晴れ晴れとした青空。洸と灰原は先を歩く七海の背後に引っ付き、何やら鼻歌を歌っていた。

 

 

広い公園内では"桜まつり"が開催されており、いつにも増して賑やかだった。任務がなければ今頃自分たちも祭りに参加出来ていたのに…なんて悔やみきれない気持ちをなんとか隠す。

 

 

 

「…何してるんです。二人とも。」

「「ぶっ」」

 

ピタリと脚を止めるのは不機嫌そうな七海。突然停止した相手の動きについていけず七海の体にワンテンポ遅れて追突する二人の同期の姿、洸と灰原。

 

 

「バレちゃったか〜、さすが七海!」

「ちょっと!いきなり止まらないでよー!」

「質問に答えてください"何をしてるんです"と。」

 

「「……」」

 

二人が七海の背後に引っ付いていたのには理由があった。七海が背負っている呪具が収められているケース。二人はそれに桜の花を乗せていたのだった。

 

「…飾り付け。」

「七海に花乗っけようゲーム。」

 

まるで子供に説教をする母親のような視線を向ける七海。きっと何かしら文句を言われる、と二人は悟るとどことなく表情が強ばる。

 

「これから任務だと言うのに呑気過ぎますよ。いいですか?遊びに来たんじゃないんです。私たちは準一級相当の任務…」

「だって!!こーーんなに満開の桜がいっぱい並んでるのに!しかもお祭りもしてるんだよ!?お花見もできないなんて悪!しかも三人揃って地方任務なんてレアでしょ!」

 

両腕をめいっぱい広げ猛アピールする洸。それに続くように灰原も同じく腕を広げた。

 

「そうそう!だからこそこうやって移動時間も楽しむためにもこうやって彩りを」

「勝手にケースの上に花弁を乗せないでください。中身は呪具ですよ?」

 

"全く"と言わんばかりの呆れ顔。

深いため息とともに頭を抱え込む七海を前にしても二人には何も通じていないようだ。

 

高専に入学して約一年。正に凸凹トリオといっても過言では無い程にそれぞれの性格が違いすぎる。洸と灰原は似たようなものだが常に落ち着いている七海とは大違いだった。

 

だがそれでも不思議とこの関係性が苦ではない。三人はそうお互いを想っていたのだった。

 

「ずっとピリピリしてたらストレス溜まるよ?」

「そうだよ七海。洸の言う通り!」

「……((どこの誰のせいでストレスを被って要るのか分かっていませんね、この二人は。))」

 

三年の先輩達もそうだが皆自由が過ぎる。

悟は言わずともあの性格。夏油に至っては"一番マトモ"だと当初は考えていた七海。しかし気づいてしまった。真面目そうな雰囲気を漂わせているが意外と悟に近い奔放さを兼ね揃えている。…家入に関しては飲酒に喫煙……

 

"呪術師にまともな人間はいないのか?"

 

 

 

 

「ねえ建人。雄。私の頭に桜の花飾ってよ。」

 

そして最強の妹、五条洸。

自由奔放という言葉が一番しっくり来るのかもしれない。彼女こそ夏油と同じく入学当初は真面目で落ち着いている…と思ったが全く違った。さすが悟と同じ血を引いているということもある。腹違いといえど兄妹は兄妹。希薄で適当、少し抜けているようなところも。…だが"強い"。それは否めなかった。

 

 

「うん!いいよ!」

「……何故です。しかもいきなり。」

 

「んもー!建人ってばノリ悪い!」

「………」

 

"つまんない!"なんて口を尖らせる。ノリが悪いなんて言われると七海もムッと眉を顰ませた。遊びに来ているのではないと何度も口にしているがやはり通じない様子だ。

 

冗談そうに啀み合う二人。その傍らではそんな二人の様子を気に止めることも無く"洸の為に桜さんごめんね〜"なんて口にしつつ、楽しそうに桜の花を選び、洸の側へと駆け寄る灰原。

 

「……はい!」

「どう?イイ感じ?」

「うん!似合ってるよ!洸は美人さんだから何でも似合うよ?」

「へへ〜。」

 

洸に桜の花を飾る灰原は嬉しそうだった。それに応える彼女も嬉しそうに顔を輝かせ息を弾ませていた。

 

「……」

 

その光景を前に、七海は心の中の嫉妬を鮮明に感じていた。何故かは分からない。楽しそうに二人だけで向け合う笑顔や言動に胸が苦しくなる瞬間がここ最近頻繁に起きてしまう。

 

この感情が何なのかは分からない。憎しみといったような感情では無い。……これは嫉妬なのか?

 

 

「……分かりました。その代わり寄り道せずに真っ直ぐ向かうと約束してください。」

 

するとその時、改まったかのような口調で七海が口を開く。まさかあの真面目な七海が洸の我儘に付き合うとは驚きだ。二人は目を点にして七海を見つめる。

 

「…ハーイ。」

「適当な返事ですね。」

「すみません。約束シマス。」

 

わざとらしい洸の口調と台詞。灰原はくすくすと面白がるように笑みを浮かべる。

 

そして七海も灰原と同じように桜の木を見上げ、綺麗に色づく花に手を伸ばす。それを優しく枝から取ると、傍らで嬉しそうに笑顔を零す洸へと視線を落とした。

 

 

「……っ…」

 

 

艶のある白銀の髪の毛は絹糸のように美しかった。耳に髪の毛を掛ける仕草を見せたその時、彼女の儚げで綺麗は横顔が覗く。伏せ目がちの赤い瞳、長い白いまつ毛は一本一本が造形品のように美しい。何故かその姿を目にした七海の心臓が大きく脈打った。

 

"憎たらしいほどに綺麗"だと。

 

 

「………」

「どう?似合ってる?」

「………似合ってますよ。」

「その間は何?なんか適当だし!」

 

 

洸から視線を外す七海。

厳密に言うと"見ていられない"のだ。

 

切り揃えられた毛先が肩上でふわっと揺れ動く度に白い首が顕になる。年頃の青年には刺激が強い光景だ。

 

触れてみたい――だなんて。嫌な欲が溢れてしまいそうで凝視できなかった。

 

「七海は照れ屋さんだからね?許してあげて?洸。」

「照れる意味がわかんないんだけど…」

「…ン…コホンッ……ほら行きますよ。依頼者との待ち合わせの時間に間に合わなくなります。」

 

咳払いでなんとか誤魔化す七海。

そして歩き出そうとしたその時、七海の袖に洸の手が伸びる。

 

「…建人、やっぱり少し散歩していきた」

「洸さん。」

「スミマセン。ウソです。」

 

七海の"本気(マジ)顔"にこれ以上は逆らえないと察した洸は大人しく従うことに。

 

 

「ほら。おふたりとも先を急ぎますよ。」

「「……」」

「返事は。」

「「ハイ。」」

 

まるでこれはコントか?ツッコミどころ満載のここまでの出来事に思わず笑ってしまいそうだが七海は必死に堪える。

 

そして再び七海を先頭に歩き出す三人。後ろには洸、灰原と並びそれぞれが再び桜の花弁を使って遊び始める。七海の呪具ケースに次々と花びらを載せる洸。その後ろでは洸の頭に花弁を器用に乗せる灰原。

 

 

「ねえ、帰るのは明日だし、任務が滞りなく終わったらやっぱりお花見しようよ!」

「賛成!桜まつり明日もやってるみたいだし!」

「近くに遠浅の海岸もあるんだって!道の駅もあるし!琴弾八幡宮も行きたい!」

「行こう行こう!」

「よーーっし!三級か二級か準一級か知らないけどサクッと呪霊倒しちゃお!」

「応!」

 

「………はぁ。」

 

"二人の呑気な様子から任務概要もまともに読んでないだろう"なんて胸中で呟き、疲れのため息を漏らす七海。

 

 

「((…本当に…何を言っても懲りないですね…))」

 

 

ため息を漏らすのは今日だけで何度目だろうか。何度か数えてみよう、だなんて考えたことがあるがいつも忘れてしまう。

 

 

「((まあ別に……心地は悪くない。))」

 

 

ふと空を見上げる七海。

視界の端には美しい桜が映る。

 

 

「((…悪くない――))」

 

 

 

美しく舞い落ちる桜吹雪。暖かい風に山々の香り。新緑漂う幻想的な光景が未だに脳裏に焼き付いて――

 

 

 

 

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渋谷事変―希願―

 

 

 

 

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――22:??

東京メトロ渋谷駅

B3F 渋谷ヒカリエ2 改札前――

 

 

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「ッ…!」

 

 

持ち上がる瞼。

目を覚ます茈眼。

 

ぼんやりと映る景色は微かにボヤけていた。

 

 

「…………」

 

 

懐かしい夢を見た気がした。

だけど思い出せない。でも幸せな夢だった気がした。

 

 

「…私……いつの間に。…ていうか領域は?あの呪霊は――」

 

洸はゆっくりと上半身を持ち上げ、何度か目元を擦る。長い夢から覚めた時のような、なんとも言えない倦怠感。しかしそれは目の前の光景が飛び込んだ時、一気に現実へと引き戻される。

 

 

「……ッ!?」

 

視線を向けた先の屍が目に映った時。洸は大きく目を見開いた。

 

着物を纏った呪霊の屍。その腹部には妖刀村正の刀身が垂直に刺さっていた。呪力は感じない。どうやら無事"祓った"らしい。

 

 

 

「((…かなり体力消費しちゃったかも。外傷は大したことないけど体が重い、それに頭も痛い…))」

 

眩暈を感じる程の酷い頭痛は引き続き洸を苦しめる。この眩暈は頭痛からきているのか、もしくはこの瞳のせいなのか…まだ理解しきれていない。

 

 

「((それに…やっぱり反転術式が使えない。感覚を思い出そうにも思い出せない…))」

 

 

"ヒューとやってひょいっだよ?"と言う家入の声が脳裏を掠めた。自分もそんな感覚で扱っていたのだが上手く呪力が扱えないのだ。

 

あれほどに兄は最強なのに繊細な反転術式は上手く操作できない。それほどに力が大きすぎるのだろうか?何にせよ何を試しても自身を治癒することさえ不可能であった。

 

 

「…う……よいしょ、…」

 

 

まだ休んでいたいところだがのんびりと考えている場合では無い。先程まで起こっていたことを思い出すと洸はその場から立ち上がり倒れる呪霊の元へと向かう。

 

 

「ごめん。痛かったよね。…返してもらうよ?」

 

村正の刀身を呪霊の体から抜き切る。するとその呪霊の体は塵のように消えていき、全てが消滅する。

微かに残るのは残穢のみ。警戒するように辺りを見回すがどうやら他に脅威は存在しない。

 

塵は宙を舞い、消えてゆく。

洸はそれを静かに見上げると違和感に気づいた。

 

 

 

 

「…っ!!!」

 

 

洸を覆っていた、閉じ込めていた"帳"。

 

「"帳"…無くなってる?」

 

複数の改札機が建ち並ぶ先。その先へと腕を伸ばすと既に壁がないことに気づいた。

 

そして直感で帳が解除されていると気づいた理由。

それは大小様々な呪力だった。

 

感じ慣れた人物達の呪力、中には"家族"と呼んでいた呪詛師達の呪力をも感じ取ることが出来る。

 

茈の瞳に映る世界―――まさかここまで明白に視れるとは。

 

 

「((…私がこの中に居た間に渋谷はどうなってるの!?))」

 

 

ふとスカートのポケットからスマートフォンを取り出した。ここにきてまさかの充電切れ、当たりを見回して時計を探すも見つからない。…時間感覚的に22時は過ぎている気がする。もしくは23時手前か…眠っている間にどれだけ時間が経過したかハッキリと掴めない。

 

 

すると洸は深呼吸するとゆっくりと瞼を閉じる。集中力を高め渋谷周辺も含めそれぞれの呪力の在り処を探るのだった。

 

 

「…宿儺…の指?…悠二……美々と菜々…呪霊の気配」

 

宿儺の指の気配。その最も近くにいるのは美々子と菜々子、虎杖。…そして力の大きさからして"火山頭の呪霊"だろうか。

 

 

「直毘人さんに真希…傍には建人………」

 

元々禪院チームには釘崎も含まれていた。だがその三人の近くに気配を感じず、何故か七海の呪力を感じる。

 

「……恵…?」

 

先程からやけに伏黒の呪力に波がある。戦闘中なのかは不明だ。

 

「日下部さんとパンダ…棘の呪力も。それに夜蛾学長も硝子先輩も来てる。」

 

他にも感じる呪力。

呪霊らしきものや呪詛師のものも。渋谷は戦場と化しているのだろうか。

 

 

「"最も優先すべきは"――」

 

 

刹那、瞼を持ち上げ茈眼が露になる。

最も嫌な予感がする"あの人物"たちの元へ向かうと決めた。その方向へと視線を向けるとグラりと大きく視界が歪んだ。

 

 

「…く…ッ…」

 

 

必死に両目を手のひらで押さえる。

まるで眼球が心臓になったかのようにドクドクと脈打つ。

 

 

「((いい加減慣れろ、私。))」

 

「((絶対に誰も死なせない。そのために私はここに居る。))」

 

「((……祓え。この力を持って全力で……))」

 

 

一歩一歩前へと足を踏み出す。

先程より感覚が掴みやすくなってきた。悟の呪力を、茈眼を。順応していくしかない。

 

 

――"こんな時、兄ならどのように動くだろうか。"

 

 

ふと自分の隣に視線を向けた。

兄が立っている気がした。本当に隣に居るならば問いかけたい。"貴方ならどうする?"と。

 

今更ながらやはり兄の存在は大きすぎた。

今までは隣にいて、この世界に居るのが当たり前だった。それはきっと全員が思っている事だろう。

 

 

「…ッ……」

 

無意識に左手に力が籠った。

刀の鞘を強く掴み、眉を顰める。

 

 

――今は自分で考えるしかない。

最強の身体を手にした自分が――

 

 

 

「((…どうかみんな無事でいて――))」

 

 

"茈の閃光が渋谷を駆ける"

 

 

 

 

 

 

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――22:51

首都高速3号渋谷線

渋谷料金所――

 

 

 

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夜も深け、渋谷の中心地からは不気味な複数の呪力が絶え間なく弾ける。その中に感じた"悟"らしき呪力。二人はそれを既に察しており、任せるしかないと微かに胸中で呟く。

 

 

「学長〜」

 

 

料金所に急遽設営された救護テントに家入の声が響いた。付近には複数の呪骸が武器を手に取り兵士さながら警備を行う。

 

 

「ん?なんだ。」

「呪骸もいるし私一人でいいですよ。」

「そうはいくか。ここがバレれば敵は真っ先にお前を()りにくるぞ、硝子。」

「大袈裟ですよ。」

「大袈裟なものか。反転術式で他人を治す、悟にもできない事だ。」

 

ここに家入を派遣すると決定したのは言わずとも夜蛾なのだ。しかし家入は疑問を浮かべる。何故ならば他者を治すことが出来る人物は今この場所にもう一人居るのだから。

 

「でも今渋谷には洸も居ますよ。位置が分からないだけで。……今は一年前とは違う、彼女は味方。あの子がいれば百人力でしょ。しかも前線向きですし。」

「………」

「五条が封印されたとか……だけど洸がいる。七海曰く洸が五条に成り代わった。最強がさらに最強に成った。大丈夫でしょ。」

「………」

「学長?」

「…いいや…なんでもない。」

「………」

 

サングラスのせいもあり夜蛾の表情が分からない。家入は横目で表情を探ろうとするもやはり"分からない"。どこか不穏な雰囲気は漂う気がするが理由は分からなかった。

 

「…だが現に、猪野も伊地知もお前がいなければ死んでいた。」

「それは学長のおかげですよ。七海に呼ばれてからじゃ間に合わなかった。その七海をフリーにできたのも大きい。アイツに電話番をさせるなんて有り得ないですもん。」

 

その時、家入は持っていた煙草を手すりにトントンと当て灰を落とす。そして直ぐに煙を肺にたっぷりと吸い込み、気だるそうに吐き出した。

 

「……煙草、やめたんじゃなかったのか。」

「………」

「また洸に言われるぞ?」

「ハハッ…そうですね。だから秘密にしておいてくださいよ。」

 

煙草を吸っている姿を見るのは家入が学生の時以来だった。それはそれで大問題なのだが…

夜蛾はどこか落ち着かない家入に向かって口を開く。

 

 

「どうした。」

「……まあ…少し…。学生時代を思い出しまして。」

 

 

再びトントンと灰を落とす。

 

そして上へ上へと消えていく煙を追うように家入は夜空を見上げたのだった。

 

 

 

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――2007年 4月 15:40

呪術高専東京校 女子寮――

 

 

 

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軽快なノック音が部屋に響く。ノックの音だけで誰が部屋を訪れたのか家入は直ぐに理解していた。

 

そもそもノックもせず部屋に侵入するのが悟。ノック音が2回で間が広いのが夏油。"家入先輩居ますかー!?"とノックどころか声で分かるのが灰原。部屋に訪れる前に必ず前もってメールでアポを取るのが七海、且つノック音は静かだ。

 

…この軽快なノック音は――

 

 

「硝子せーんぱい♪」

 

 

扉を開けると可愛い後輩の姿。

制服姿で紙袋を片手に嬉しそうに笑顔を零す"愛すべき後輩"。

 

「洸、お帰り。」

「ただいま戻りました!」

「地方任務お疲れ様。」

 

"入んなよ"と手招きする家入。洸は靴を脱ぐと続くようについて行った。

 

「……もしかして寝てました?」

「ちょっとウトウトしてただけだよ。オフだけどやること無くて本読んでたんだよね。」

 

ローテーブルに乱雑に置かれた医学書。洸はそれにちらっと視線をやるも内容が難しそうで読む気にはならない。そういえば家入はいずれ医学部に進学したいと話していた…なんて洸は考える。

 

「…あ、用事があって来たんですけど。」

「ん?」

「お土産です。」

「へぇ、アリガト。」

 

家入は紙袋を受け取り、ずっしりと重みのある感覚に容易に中身が想像できた。簡易的に包装されている酒瓶。包装紙をその場で解くと"讃美"と書かれたラベルが目に付いた。

 

「四国で有名なお酒らしいですよ?たまたま見つけて買えたんですけどかなりレアだとか。」

「今回もいつもの決まり文句で買えたの?」

「はい。父へのお土産、というのを理由に。」

「わざわざありがと。洸。」

「どういたしまして。」

 

家入の目元が上機嫌に細くなった。喜ぶ先輩の表情を見ると洸もつられて笑顔を見せる。

 

わざわざ任務の先でいつもご当地銘酒を選んでは帰ってくる洸。限られた時間で、しかも未成年が容易に買えない酒瓶。家入は洸が自分のことを考えながら選んでくれていると思うと益々嬉しくなった。

 

 

「で?任務はどうだった?」

 

酒瓶を袋に戻し、煙草に火をつけると正面に姿勢よく座る洸へと問いかけた。

 

「超余裕でした。」

「さすが一級術師。」

「私だけじゃなかったからですよ?建人も雄も居たし、逆に沢山助けてもらいました。」

 

洸が任務で倒れたことは一度もない。過去に兄の悟と一級案件に向かった時は腹部をグッサリとやられてしまった事件はあったが反転術式を使える彼女にとって即死でない限り大した問題では無い。

 

しかし"余裕だった"とは言っているものの表情がどこか固い気がした。

 

「……でも今回の任務。実はあの二人がかなり怪我しちゃって。」

「マジ?私医務室行った方がいい?」

「いえ!怪我は私が直ぐに反転術式で対応したので。翌日にはピンピンしてました。」

「なーーんだ。…で、観光して帰ってきたと。」

「正解です。」

 

任務に多少の怪我はつきものだ。しかし洸の様子を見る限りそれだけでは無いらしい。家入はそれを敏感に察知すると洸の顔をじっと見すえた。

 

「…なーにシケたツラしてんの?」

 

"トンっ"と洸の額を指で突く。

驚いたように額に手を添え苦笑を浮かべる彼女。その表情は少しずつ沈んでいた。

 

「……今回の任務…何か反省点が多かったな…なんて。」

「洸ってマジで五条の妹?同じ血が流れてる人間、五条の妹から"反省"なんて言葉が出るなんて。」

「そりゃ!悟兄ほどそんな完璧じゃないですし!…ていうか少しディスってません?」

「ハハハッ!」

 

そんな洸の気持ちを少しでも明るくしようと家入は軽く冗談を口にした。呑気な軽い笑い声に洸もつられるように小さく笑みをこぼす。すると再び改まったような様子で洸は言葉を続ける。

 

「反転術式って……とくに私と硝子先輩みたいに他者を治せる反転術式って…便利で重宝されてるけど"怖いな"って思っちゃったんですよね。」

「怖い?」

「はい。怪我しても何とかなるとか。それ前提で二人とも突っ込んじゃうし。逆に私は前に出るなで護られる側になっちゃうし。」

「だろうね。七海と灰原なら尚更。」

 

家入も似たような経験が何度もあった。

悟と夏油。あの二人も決して家入を前衛には立たせない。

 

"硝子、オマエはここで見学なー?"

"硝子は何もしなくていいからね?"

 

いつもあの二人の背中を目の前に立ち尽くしていた。

 

ただただ、彼らが傷つくのを見ているだけ――

 

 

「…そもそも私は無下限が使えます。悟兄みたいに強固な無下限ではないですが…自分の体を守ることは出来ます。」

「……」

「二人が怪我を負ってそれを私が治癒する。高専(ここ)に来てそんな場面なんていくらでもありましたが、今回は何だか怖くて。」

 

そう思うのも仕方ない。

仲間との絆が深まれば深まるほど、当たり前だが傷つくのを見るのが恐ろしくなる。

 

例えそれが最強コンビのクズ共でも。…傷つくことは恐ろしい。

 

 

「もし…目の前で大怪我を負って、それを助けられなくなったら…なんて考えると。」

「……」

「考えるだけでもゾッとします。」

 

目の前で死んでいく人々。救うことが出来ず息絶える者。それが……仲間たちだとすれば尚更――

 

 

 

「…ふぅーーーー」

「わっ!煙!」

 

家入は重苦しい空気を割くように煙を吐く。

 

「んな事今更考えたって仕方ないでしょ。私たちは救えるんだから大丈夫。」

「もう!真面目な話してたのに!――ていうか硝子先輩!煙草やめましょうよ!」

「"いつか"やめるよ。」

 

 

 

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「――!?」

 

 

ふと過去に思いふけていた時。

家入と夜蛾は大きく目を見開いた。

 

 

「……この気配…」

「間違いなく宿儺だ。」

「その近くに五条…いや…多分洸の呪力。」

 

嫌な空気が全身にまとわりつくみたいだ。救護テントを取り囲む呪骸たちもただならぬ空気に警戒を見せる。

 

 

 

「……どうします?学長。」

「作戦に変わりない。全術師で総力を挙げて対応するのみ――」

 

 

不思議なくらい外の物音が聞こえない。感じるのは大小様々な呪力、そして宿儺の気配。

 

都市の上空を覆った厚い綿のような雲が、余計な音を吸収してしまっているようだった。

 

 

 

 

 

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※※※※※※※※※※※※

 

 

 

前半の過去のお話は

原作100話の扉絵をベースに創作してみました。

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