五条兄妹   作:鈴夢

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不撓

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――22:57

"帳"内 渋谷道玄坂二丁目――

 

 

 

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「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

腹部に負った傷口を手で押さえ、痛みに耐えつつ大きく肩を揺らすのは伏黒恵。

額からはぽたぽたと汗を垂らし、たった今目の前で起こった出来事に困惑していた。

 

 

 

「((顔が変わってる!?自害したことといい何だったんだコイツは……))」

 

 

"謎の男"

特級呪霊"陀艮"の領域に侵入した後、この男はたった一人で呪霊を祓った。

呪力も何も感じない不気味な男。敵か味方か分からない状況。窮地を救ってくれたのかと思いきや今度は自身へと狙いを定め襲いかかってきたのだ。

 

息つくまもない攻撃の数々。渋谷の街を駆け抜け、必死に攻防戦に耐えた後、伏黒はなんとか子の男の動きを止めることに成功した――だが……

 

 

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"お前、名前は"

 

"……伏黒……恵"

 

"……禪院じゃねぇのか……よかったな"

 

 

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まるで自分のことを知っていたかのような口ぶり。笑っていた気もする。真意は全く分からない。

男はそう言い放つと自身の頭部に尖った游雲の先を貫かせ自害した。

 

 

不気味だった、不思議だった。

……だが何故だろうか。あの謎の男の存在が脳内で何度も……

 

 

 

 

「((……いや……今考えるのはよそう。早く洸先生のところへ……その前に真希さん達の無事を確認す――))」

 

 

じっくりと考えたいところだが今はそんなことをしている場合では無い。渋谷の街で嫌な気配がうようよと漂っていた。宿儺の気配や大きな呪力の動き。今この場所はとてつもなく混沌と――

 

 

 

 

「……ッ……ン……が……」

 

 

刹那、伏黒の全身に強い電流が流れるようなとてつもない痛みが走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「"ハハハッ!これこれ!!こーいうのよ!!!"」

 

 

変に甲高い大きな声。

人を馬鹿にするような、まるで子供のように燥ぐ男の声だ。

 

 

「ッが……は…………」

 

 

背中を切りつけられた伏黒はバランスを崩し、僅かに前のめりになり痛みに耐えた。ふと背後に視線を向けた時、見慣れないサイドテールに結い上げた金髪の男が嬉しそうに歪んだ笑みを浮かべていたのだった。

 

 

 

「はははっ!!こーいうのが向いてんのよ!!」

 

 

呪詛師"重面春太(しげもはるた)"

あの偽夏油に協力し、以前東京校に奇襲をしかけた一人でもある危険な人物だった。

 

 

「((……しまっ……た……))」

 

 

ふらつく足に何とか力を込め歩き続ける伏黒。

 

先の戦闘で既に体力を使い、且つ左手には重症を負っていた。出血量から考えても長くは持たない。だとすれば距離を開けつつ策を練るしかないだろう。

 

 

 

「((……洸……先生……))」

 

 

 

 

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渋谷事変―不撓―

 

 

 

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――23:01

"帳"内 渋谷ストリーム前――

 

 

 

 

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人払いが済んだ街のど真ん中。

静まり返ったこの場所で二人は未だにさまよい続ける。

 

 

 

 

 

「日下部〜。もう建物内を調べるのはよくないか〜」

「…………」

 

 

日下部、パンダ。

二人は帳内に入ったものの特に大きな動きは見せることなく取り残されているかもしれない一般人の捜索にあたっていた。

 

しかしそれはあくまでも建前。

それに気づかないパンダは日下部の指示通りに行動し、とくにこれといった収穫がないままとにかく歩き続けた。

 

 

「"帳"の外には出せなかったけど棘のおかげで一般人の避難は粗方済んだし……洸と合流して悟のところに向かおうぜ!副都心線の地下五階ってどう行けばいいんだ?」

「…………」

「まあ洸もいれば分かることか?棘も封印はマジって言ってたし急ごーぜ!」

「…………」

「ひかる〜!どこだ〜!」

 

 

呑気なパンダの声色。

そしてその口から発される"五条"に纏わるワードたち。

 

"五条悟"

"五条洸"

 

"五条兄妹"

"悟" "洸"

 

"五条――五条、五条"

 

"五条五条五条五条五条五条五条五条五条五条五条五条五条五条五条五条――"

 

 

 

「…どいつもこいつも五条、五条…"五条兄妹"って!」

「ん?どうした?日下…」

「世の中の人間は五条だけじゃないでしょーが!!」

 

日下部の叫び声が渋谷の街に轟く。

その隣では呆気に取られたパンダが若干引いたような様子で日下部を見つめていた。

 

 

「いいかパンダァ!今まさにこの瞬間、渋谷の片隅で震えている命があるかもしれん。具体的には小学校低学年女児で想像してくれ。」

「オ……オウ」

「それを見落としてでも見ろ!儚い未来を摘み取るのに俺たちが加担したと言っても過言ではないっちゅー話よ!」

 

パンダの脳内にランドセルを背負った"小学生低学年女児"の姿が映された。

 

呪霊という名の怪物に襲われる力なき子供たち。為す術なく命を落とす弱気物に対し、パンダは更に複雑な表情を浮かべると僅かに声をふるわせ答えた。

 

「…そ、そうかも……」

「分かったら各建物各階便座の裏まで調べろバカヤロー。」

 

パンダが納得した様子に満足したのか日下部は再び歩き始めた。もちろん"行くあては無い"。目的とすべき場所は理解しているが日下部自身は全くもってその場所に向かう気などサラサラなかったのだった。

 

 

「((絶対に……俺は絶対に地下五階なんて行きたくない。このままダラダラと時間を潰していたい……何故なら"死にたくないから"!!))」

 

情報によると地下五階に位置する駅のホームで悟は封印された。それからどうなっているかは理解できない。もしかすれば悟を救い出すことができるかもしれないがきっとそれには大きなリスクを伴うだろう。悟が封印されたのが事実であるなら"あの五条悟を封印したであろう強者が近くに居る"のだから。

 

 

「((…人がはけてパンダの鼻が利きはじめたらコイツ一人で地下五階に行っちまう。それも避けたい!何故なら今の渋谷で"一人になりたくないから"!!))」

 

今の渋谷で一人になるのは危険すぎる。

できるだけ単独行動は避けたい。戦闘沙汰になったとして相手が複数いたとすれば勝機はほぼないだろう。

 

 

「((…いや、寧ろ洸と合流することを優先するか?アイツがいれば怖いものは無い。…いいや…だがしかし!アイツもパンダと同じで俺以上に人の心があるからな。))」

 

渋谷には洸も居るのは間違いない。いっその事合流してしまえば都合がいいのでは?なんて日下部は考え始める。なんせ"あの五条洸"だ。強靭な鉄壁になるだろう。危険な呪霊が出ようが、不利になろうが、彼女がいれば基本なんとかなる。

 

だが懸念すべき点は"兄の悟に比べて人の心が有る"という事だ。しかも多分、あくまでも憶測に過ぎないが洸は自分のことを多少なりとも信頼している。…となれば、多分何かしら任されることになるのはほぼ確実だろう。

 

「(("日下部さんはあっちへ、パンダは反対側、私は――"なんて散り散りになるような指示を振られてみろ!それこそ最悪だ!かと言って俺は洸に逆らえねぇ。……やっぱり合流は止めだ。ナシナシ!!))」

 

 

とにかく一人になりたくない。

地下五階にも行きたくない。

 

…そういうのは七海とか…一年のぶっ飛んだ奴らに振ればいい。

 

 

「やってられるか、アホらしい……」

 

とにかく状況がはっきり分かるまで上手くパンダを誤魔化しつつのらりくらりと移動のみを行おう。暫くすれば洸が何とかしてくれるだろう、なんて日下部はぼーっと夜空を見上げながら胸中で呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― ―― ――静寂に包まれる渋谷

 

日下部は呑気に夜空を見上げながら

パンダは辺りに精神を研ぎ澄ませながら

 

ひたすら街中を歩いて―― ―― ――

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……!?」」

 

 

刹那、呪力を持つものの気配を感じる二人。

自分たちよりも数十m高い位置にあるビルの上に二つの影が現れた。

 

二つ…いや三つ……四つ

背後からも複数の気配を感じる。

"何者かに囲まれてしまった"

 

 

 

 

「――"高専の術師だな"。」

 

凛とした落ち着きを持った男の声が静寂を打ち破る。それを皮切りに日下部とパンダはそれぞれ身構えると今日一番の鋭い目付きを見せた。

 

 

 

「…日下部、アイツらって…」

「ああ…確か"洸"の……」

 

月明かりに照らされる二つの影

 

 

祢木利久(ねぎとしひさ)

菅田真奈美(すだまなみ)

 

現れたのはかつて洸も身を置いていた呪詛師集団、"夏油一派"の元仲間たちだった。

 

 

 

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――同刻

渋谷駅 B4F ――

 

 

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「…ッ!!…」

「ケヒッ!!やるなァ小娘!!」

 

外の静寂とはうってかわり轟音が響く地下。

つい先程は虎杖と脹相の戦闘が繰り広げられたこの場所。まるでそこに上書きするかのように更に斬撃があらゆる箇所へと加わっていた。

 

「くっ……」

「ン?どうしたどうした?」

「……はぁっ!」

「その刀は飾りか?」

 

凄まじいスピードで互いを追い詰める洸と宿儺。しかし"何かがおかしい"。膨大な力を洸から感じるというのに"大したことがない"。宿儺は妖刀を手に殺気立つ洸をじっと見据えた。

 

「((……ダメだ……村正()に呪力を込めると変に力が抜ける。というより未だに順応できてない。さっきの仮想怨霊の時に比べたらまだマシになってるけど。))」

 

思い通りの動きが100%出し切れないことに苦し気な表情を一瞬滲ませる。目の前に宿儺がいると言うのに。大切な生徒が苦しんでいるというのに何も出来ないことに胸を痛ませた。

 

 

 

「ケヒッ……フフ……ハハハハハッ!!」

 

その時、皮肉混じりの歪んだ嗤いを零す宿儺。地下に轟く不気味な笑い声に傍らで様子を伺っていた漏瑚は無意識に背筋を凍らせたのだった。

 

 

「…何がおかしいの。」

「ヒヒッ……ヒヒヒっ……」

 

 

 

 

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「――"宿儺"」

 

 

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脳裏に浮かぶは"あの娘"。

洸と同じ容姿、同じ能力を持つであろう過去の人間。

 

桜の木の下で穏やかに微笑む娘の姿がほんの一瞬だけ宿儺に笑みを向けたのだった。

 

 

 

「……"◯◯"」

「ん?何?」

 

ボソリと呟かれた人名らしきもの。しかし洸は聞き取れない。

 

「やはり"よく似ているな"。不気味な程に。」

「……」

「"あの娘の方が"まだ可愛げがあったがな。」

 

訳の分からない宿儺の台詞。

洸は再び刀を構え直すと小さく深呼吸した。

 

何を考えているのか

何をしようとしているのか

他者に対して何の感情を抱いているのか

 

全てが分からない。

目の前のこの男の考えが……今は恐ろしい。

 

 

「((宿儺…一体何を企んでる?悠二は目覚めないし。……この状況からして悠仁はここにいない第三者に半殺しにされた可能性が高い。不気味な残穢が残ってる。さっきの嫌な気配も"指"が関係してる。多分何本か取り込んだわね。))」

 

「何を考えている?小娘。」

 

「((ここで私が宿儺を倒す。……いや、それは現実的じゃない。まだ悟兄の力に適応できてない状態で危険すぎる。それに中の悠二も……渋谷にいる高専関係者の状況も分かっていないし……))」

 

洸のいつもの美しい眼と唇は定まらぬ考えを反映するようにぼやけて見える。それを即座に読み取った宿儺は未だに不気味に嗤っていた。

 

 

 

「((――それとあとひとつ気になること……))」

 

洸は目の前の宿儺を警戒しつつ、傍らで静かに様子を伺う漏瑚に意識を移した。視線は宿儺に向けたまま、声は漏瑚へと放たれる。

 

「……ねえ。そこの火山頭。」

「何だ。」

「さっきから……アンタから妙な呪力の残穢を感じる。」

「……」

「何か知ってるんじゃないの、ここまでのコト。」

 

常人では感じ取ることの出来ない微細"残穢"。しかし今の洸はそれを感じ取ることが出来た。

漏瑚から感じる嫌な気配。異様な感覚。形容できない"ソレ"。

 

「……てか、私の仲間に何かした?」

 

ギロリと尖った光を放つ茈の瞳。宿儺へと向けられていた視線が左に立つ漏瑚に突き刺さる。

 

「ッ……」

 

殺気。目が眩む程に恐ろしい殺気だった。

つい数刻前にホームで殺りあった時の"五条悟"と同じ気配だった。何をしても敵わない。絶対強者の気配。宿儺とはまた違う重圧的な空気に飲まれそうになるが漏瑚は平然を装った。

 

「……ハハッ……ハハハハハッ!!焼き尽くしてやったわい!」

「………」

「どいつもこいつも軟弱な連中よ。……あ〜、アレは貴様の生徒だったか?眼鏡の女。それと老耄が一人……そして―――」

 

 

 

 

 

 

「……"金髪の男"」

「ッ!?」

 

核心を突くような一撃が洸の胸に突き刺さった。

その瞬間、研ぎ澄まされていた洸の力が気抜けするように揺れる。

 

明らかな動揺

恐怖

後悔

 

あらゆる負の感情が荒波のように洸に襲い掛かると刀を握る手元が小さく緩む。

 

 

その瞬間を宿儺は見逃さなかった。

 

 

 

「"解"」

「んッ!?」

 

 

宿儺の斬撃が洸を襲う。

反応が少し遅れた洸は左腕に斬撃を食らってしまった。真っ赤な鮮血が周辺にべたりと貼り付き、血が滴る生々しい音が嫌に響いた。

 

 

「よく交わしたな?小娘。」

「……不意打ちなんてらしくないね?宿儺。」

「たわけ。オマエこそ得意の無限とやらはどうした?」

 

ジクジクと痛む左腕を押さえる。

とめどなく滴り落ちる血液は白い服をあっという間に赤く染めていく。

 

……あとほんの少しでも反応が遅れていたら……

 

「((危なかった。下手をしたら今の一撃をまともに食らってたら……真っ二つ……))」

 

 

宿儺は完全に狙っていた。

無下限の乱れと洸の心情の乱れ。

ほんの一瞬の弱い所をこの男は容赦なく突いた。

 

 

「どうしたどうした小娘。力を手に入れたものの以前よりも軟弱に見えるぞ?」

「…………」

「無限やらもまともに使えておらん。」

「…………」

「その様子だと反転術式での治癒もできんらしいな。……五条悟そのままの能力を得た、そしてそれ以上は当の本人も未知数といったところか?」

 

洸の呪力、得た力。

反面失った力さえも全てを理解した宿儺。

 

最強であるはずが未だに適応できていない。しかしそれは仕方の無いことだ。寧ろ急に適応できる方がおかしい。

 

"あの五条悟"を

……アレと同じ力が与えられたとて、成り代わるにはそれなりの時間を要する。

 

さて……どうするか。

茈の瞳のその先……この小娘は何を見せてくれる?

 

「……クク……ヒヒヒ……ッ」

 

強い緊迫と興奮を感じた。

腹の底に湧き上がってくる妙な興奮。

それは次第に快活な気分へと変化していく。

 

 

 

「……小娘、ここは停戦だ。」

「…は」

「さっさと去ね。仲間とやらが心配なんだろう?」

「………」

 

宿儺の突然の提案に洸は困惑した。

先程から男の意図が一切読み込めないのだ。

 

しかし口調や雰囲気からして嘘では無いらしい。停戦というのは割と本当らしい。

 

「呪力のブレに安定しない力。無下限も何故か解けた。お前の身体で何かが起こっているな。」

「……ッ……」

「百の力が出し切れん弱者に今は興味は無い。去ね。」

「…………」

 

気迫のある"去ね"という台詞。

その言葉を受けた洸はゆっくりと刀身を下ろすと警戒を解く。

 

 

「((何故……私を逃がす?))」

「聞こえなかったのか?さっさと去ねと。」

「…………」

「お前に死なれたら困るからな。……まだ"仮案"だが……」

 

顎に指を添え、わざとらしく考え込むような仕草を見せた。まるで幼子のように、悪戯を企んでいるような仕草。

 

「((……今真正面から戦っても…………確かに意味は無い。それよりもみんなの安否を……))」

 

「…………」

「…………」

 

じっと見つめ合うふたり。

それ以上の言葉を交わす気はないのか、まるで視線だけで会話をしているようにも見て取れた。

 

 

「((…………ここまで似るとは…………皮肉なものだな。))」

 

僅かに揺れる宿儺の瞳。

映るのは洸ではなく重ねられた"あの娘"の姿。

 

白い髪の毛を可憐に揺らし、無垢な笑みを零すあの娘。

 

 

「…………っ」

 

 

刹那、洸は宿儺と漏瑚の前から姿を消す。

追いかけることも無く、消えていった方向へ視線を向けることも無く、ただただ離れていく呪力に宿儺は薄らと笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

「……さて呪霊。次はオマエだ。邪魔も消えた。」

「……」

「オマエは俺に何の用だ。」

 

宿儺は漏瑚へとようやく視線を向ける。

そして怯むことなく漏瑚は宿儺を見上げたのだった。

 

「用は……無い」

「何?」

「我々の目的は宿儺……"貴様の完全復活"だ。」

「…………」

「今は虎杖の適応が追いつかず一時的に自由を得ているに過ぎない。それは自身がいちばん分かっているはずだ。」

 

漏瑚の言葉に微動だにする事無く真っ直ぐと見据える宿儺。

 

「((宿儺の反転術式が他人をも治癒可能なものだとしても真人の"無為転変"で変えられた魂の形は反転術式でどうこうできるものではない。……宿儺らあの時"縛り"を作らなかったのでは無い、作れなかったのだ!))」

 

宿儺を目の前に、まるで全てを見通していると言わんばかりに漏瑚は単眼を光らせた。

 

「虎杖悠仁が戻る前にやつとの間に"縛り"を作れ!肉体の主導権を永劫得るための"縛り"を!」

「……」

「虎杖の仲間が渋谷(ここ)に大勢来ている。やり方はいくらでもある!!」

「……」

 

半ば声を荒らげ、肩を揺らし提案を投げた漏瑚。興奮を帯びる相手に未だなお宿儺は眉ひとつ動かさない。翻弄されることなく男は既に意志を固めていたのだった。

 

「"必要ない"。」

「……ッ」

「俺には俺の"計画"がある。」

「なっ……」

 

自信のある頑固そうな目つき。

余裕そうに薄ら笑いをも浮かべていた。

 

 

「……だがそうか……ククッ……必死なのだな?呪霊も。」

 

一歩一歩、宿儺は漏瑚へとさらに近づく。相手の気迫に若干押されながらも引き下がる訳にはいかないと漏瑚も挑むようにじっと相手を睨みつける。

 

 

「指の礼だ。かかってこい。俺に一撃でも入れられたら呪霊の下についてやる。…手始めに――

 

 

 

 

 

――渋谷(ここ)の人間を皆殺しにしてやろう。……一人……いや"二人"を除いてな?」

 

ふたりの間にこの世ならざる雰囲気が渦巻いた。

 

そしてそれは更に強まり、膨大な呪力と呪力がぶつかり合う。

 

 

 

「……二言はないな?宿儺。」

「ケヒッ……」

 

 

目を火のように光らせるふたり。

そして瞬く間にその場に轟音が鳴り響いた。

 

 

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――井の頭線 渋谷駅前アベニュー口

"明日の神話"壁画前――

 

 

 

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月が追いつけないほど速度を上げ、渋谷を駆ける茈。

 

その表情は徐々に徐々に余裕を失っていく。

 

変化していく街

次々と状況は暗転し、洸の胸にじわりじわりと例えようの無い嫌な感触が染みていく。

 

 

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「……ッ!」

 

壁画前の割れた大窓から黒い影が侵入する。

それは目の前の光景を写した瞬間、苦しげに眉を顰めた。

 

 

「((まさか……真希と直毘人さん!?))」

 

 

柱を背に力なく座り込むやけどを負った女性。

その傍に倒れ込む人らしき塊。

 

辛うじて感じることが出来る気配と呪力。

 

呪力は感じないが"自分の生徒"だと即座に感じ取った洸はそれが真希だと理解する。

そして弱々しい呼吸を繰り返すやけどを負った男は呪力からして直毘人だと分かったのだった。

 

 

「……洸……?」

「…………」

 

洸は直ぐにふたりに駆け寄る。

 

「真希ッ!!直毘人さん!!」

 

僅かに残る"火山頭の呪霊の残穢"。肉を焼いたような嫌な臭い。ふたりの酷い状況に洸は珍しく焦りを見せた。

 

 

「この火傷……やっぱりあの呪霊…ッ…」

「…っ……く」

「真希!」

「……ジジイのが……ヤバい、」

「ッ……」

「私は……後でいい……反転術式で…ッ……ジジイを先に……」

 

真希は直毘人が寝転ぶ方向へと視線を向け苦しげに息を漏らしていた。しかし真希も酷い怪我を負っている。反転術式が今は使えない以上、直ぐに家入の元へ連れていかなければ命の危険を伴うだろう。

 

 

「……ッ……直毘人さん」

 

洸は真希に背を向け、ゆっくりと傍らに腰を下ろした。ギリギリ人の形を保っているその姿。恐らくはもう助からない。それほどに直毘人の状態は絶望的だった。

 

「……っ………"ひ……かる"……か…」

「はい、洸です。」

「ハ……ッ……まさ……最期……あえる、とはな」

「……」

「ワシは……もう、もたん…………真希を……頼む……」

 

洸は直毘人の口元に耳を近づけ、どんな微細な言葉や音を逃さまいと必死に声を鼓膜に取り込む。いつものような"ガハハハハッ!"と陽気に笑う男はもう居ない。正に禪院家当主の威厳ある最期だった。

 

 

「……"洸"」

「ッ……」

 

刹那、動かないはずの直毘人の焦げた手が洸の手を強く掴む。最後の最後に振り絞る最大の力だろう。

 

 

「………"禪院家を"――」

 

洸の耳に流れる最期の言葉。

洸にしか聞こえない声の音量。

その最後の台詞に洸は息をあげると大きく目を見開いた。

 

 

 

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"儂はお前が禪院家に来るのを死ぬまで待っておるからな!!"

 

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「…………」

 

息絶える禪院家当主。

力をなくし焼け焦げた手は床に落ち、呪力も徐々に消えていく。

 

洸は頭を垂らし、再び息を吐く。

真希はその背中をじっと静かに見つめるも表情は見えない。その表情に予想すらつかなかった。

 

 

 

「……真希。遅くなってゴメン。」

 

しばらくすると洸は立ち上がり、真希の元へと歩み寄る。表情は先程と何ら変わらない。"いつもの五条洸"だった。

 

「…………洸」

「ん?何?」

「その目……色…………」

 

真希は座り込んだまま洸を見上げると直ぐに違和感に気づく。明らかに変化した瞳の色。そして何となくだが雰囲気が違う。

 

以前よりも"悟"に近い何かを感じた。

 

 

「ああ……これね?別に何ともないよ?」

「…………」

「それよりも状況を教えて欲しいの。しばらく"帳"に閉じ込められていたせいで把握できてなくて……」

 

洸はその場に片膝をつき、真希と視線を合わせる。交わる瞳、真剣な眼差し。美しい茈の瞳に吸い込まれそうになりそうだった。しかし今はそんなことを考えている場合では無さそうだ。

 

「……野薔薇は新田さんと別行動……七海さんは……家入さんに連絡した後…直ぐにどこかに。」

「…………」

「私らを助ける為に動いてくれてた。……既にジジイは手遅れだったみたいだけどよ。」

 

真希は微かに表情を曇らせると僅かに視線を落とした。こんな状況になるまでの出来事は事細かに聞いてはいないが真希の状態を見れば一目瞭然だった。この場に残る微かな呪力を鑑みても激しい戦闘が繰り広げられていたのは誰でも理解できるだろう。あの直毘人でさえ助からなかったのだ。七海の単独行動さえも―――嫌な予感しかしない。

 

 

「色々教えてくれてありがとう。……それより今はとにかく、真希を硝子先輩のところに連れてくよ。」

「……ンだよ……そんなもん洸が反転術式で……」

「…………」

「……洸?」

 

洸は軽々と真希を抱え込む。

 

……しかし変だった。飯店術式を使えるのにも関わらず、何故すぐ治癒を行わない?いつもならちょっとしたかすり傷程度でも心配そうに治してくれるのに……と。

 

真希の視界に映る洸の表情。

悔しそうに唇を噛むその姿は"らしくない光景"だった。

 

 

 

「……私は……治せないの。」

「は……?」

「……」

「どういう事だよ?」

 

 

訳のわからない言葉に声を失いかける真希。

 

だがそれは事実らしい。

表情が全てを物語っていたのだから。

 

 

「――ごめん。」

 

 

失望が込められた洸の謝罪。

消え入るようの弱いその声は静かな空間に哀しく響くのだった。

 

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――首都高速3号渋谷線

渋谷料金所――

 

 

 

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呪骸たちが守りを固める料金所前。

その頭上から負傷した真希を抱き抱えた白髪の女が静かに降り立った。

 

 

 

「ッ!!」

「洸!?」

 

即座に反応を魅せるのは待機していた夜蛾と家入。ふたりは何やら忙しなく準備をしているように見えたが洸の登場によってその手を止める。

 

 

「学長!硝子先輩!」

 

呪骸たちのバリケードを抜け、足早にふたりの元へと駆ける洸。

 

激しく負傷し、自身で歩くこともままならない真希の姿。そして左腕に斬撃らしき傷を受けている洸の状態を目の前に夜蛾と家入はただ事ではないと直ぐに察する。

 

「洸!真希をこっちのテントに運んで!」

「はい!」

 

「真希……」

「……すみません学長……」

 

家入はふたつ並んだテントのうちひとつを指さし負傷者を受け入れるため準備を始める。夜蛾は真希を支え、洸と共にテントへと向かった。

 

 

「……ちょうど七海から連絡があってそっちに向かう準備をしてたところだったのよ。……猪野と伊地知を置いていかずに済んだわ。」

「皆に何があったんです!?」

「大丈夫。負傷者は多いけど一命は取り留めてる。……だけど猪野に関しては片目がね……反転術式でも治せないくらい酷い状態なの。」

「……ッ…」

 

テント内の担架に真希を降ろすともう片方のテントに視線を向ける洸。間違いなくそこからふたりの呪力を察知していた。

 

立て続けに襲い掛かる仲間たちの負傷の知らせ。その度に胸が抉られるような気分だった。

 

 

「にしても真希……酷い火傷よ。一体どうしたらこんな状態に。」

「例の特級呪霊です。真希の話によると一緒にいた建人も負傷。……あと……直毘人さんは――」

「「…………」」

 

言葉を詰まらせる洸に全てを察した夜蛾と家入。それ以上口にしなくていいと言わんばかりの優しい夜蛾の大きな手が洸の肩に添えられた。

 

 

「そして今、私は反転術式が使えません。…感覚が……ないんです。使い方は分かるはずなのに……"体が反応してくれない"。」

 

目の前で両手を広げ小さく震わせる。

受け入れ難い現実に一番絶望しているのは当の本人だ。

 

今この渋谷で他者を治す事が出来る反転術式を持つものは家入のみとなってしまった。明らかに高専側が窮地に立たされている。そんな危機的状況に悔やみきれないほどの焦りを見せるのは洸だった。

 

 

「……学長、洸。真希は任せて。直ぐに治療するわ。」

 

「ああ。頼んだ硝子。」

「……よろしくお願いします。硝子先輩。」

 

その会話を皮切りにテントから抜け出す洸と夜蛾。

 

気味が悪いほど静まり返った周辺を見回し、夜蛾は洸に問いかけた。

 

 

「洸。何があった。」

「……」

「その目……その呪力……」

「……」

「"まるで悟だ"。」

 

夜蛾の隣にいるのは間違いなく五条洸。しかし目を瞑り、呪力だけを察すると隣に立つのは"五条悟"なのだ。全ての気配が最強五条悟。摩訶不思議な状況に理解が追いつかなかった。

 

「……これが私のカラクリです。学長。」

「……」

「これで全てが繋がったでしょう?……兄が私を頑なに殺さなかった理由。」

「……」

「多分"それだけじゃない"んですけどね。」

 

意味深な台詞たち。

洸でさえも未だに全てを理解していない様子だ。

 

 

「私のことはさておき学長に報告が。先刻、夏油傑に遭遇しました。」

「……あれはやはりそうなのか?気配が全く同じだった。」

 

数刻前に感じた違和感。

それは既に死んだとされていた人物の強い呪力。

 

「気配も見てくれも間違いなく夏油傑です。だけどアレは夏油傑じゃない別物です。」

「ん?どういう意味だ?」

「姿も呪力も何もかもが夏油傑。だけど違う。」

「……」

「兄はその人物によって封印された。特級呪物"獄門疆"……何とか奪い返さないとマズイ。」

 

夏油傑として暗躍する危険人物の存在。

封印された五条悟。

渋谷を闊歩する呪霊に呪詛師。

――そして倒れていく仲間たち。

 

五条悟が居ない今。代打とも言える洸の存在。この状況を左右するのは彼女の存在だろう。

 

「……では、私は街に戻り…」

「待て!お前も傷が!」

「私の傷は大したことないので大丈夫です。それよりも……皆の状況を把握しないと危険です。」

 

赤く染った左腕。

完全に塞がっていない傷口はかなり深手だ。

 

そんな相手を引き止める夜蛾。しかし洸はそれを聞入れるはずもなかった。

 

「それは俺が行く。お前は硝子とここに残るんだ。真希と猪野達をお前に任せる。」

「何言ってるんです。学長は云わばうちの大将みたいなものでしょ?大将を易々と前線に向かわせるおバカさんがどこにいるんです?」

「……ッ……」

 

踵を返そうと背を向ける洸に手を伸ばす。

そして引き留めようとする夜蛾に振り向くと茈の瞳は鋭く光り、それは既視感をおぼえる。

 

「きっと兄もそう言いますよ。"先生"。」

「………」

 

悟と同じ顔つき、雰囲気。

 

「大丈夫ですよ。まだこの力に順応できていませんが以前よりも体が軽い。……コレが"最強の感覚"ってやつですかね?」

 

ゾッと背筋が凍りついた気がした。

目の前にいるのは五条悟ではないのに"五条悟なのだ"。

 

「一先ず残りの安否不明者と接触します。補助監督達は勿論のこと。建人、野薔薇、恵。悠二は実質今は"居ない"けど宿儺が居る。一時的な乗っ取りだと思いますし死の危険までは無いと私は考えてます。」

 

バリケードから渋谷の街を見渡す。

 

「……日下部さんとパンダ……恐らくですが近くに私の"昔の仲間"が近くにいます。大して問題は無いと思います。そして棘……補助監督たちと一般人の避難をしてくれてるし位置的にもさほど危険は無い。」

 

昔の仲間の気配。恐らくそれは脅威とはならないはずだ。それに美々子と菜々子の生存も確認できていた。上手くいけば呪詛師達を高専側に引入れることも出来るかもしれない。

 

「負傷者は見つけ次第こちらに連れてきます。今他者を治せるのは硝子先輩しかいない。絶対、今この場所を失う訳にはいきません。」

 

洸は刀の鞘に手を伸ばし夜蛾に笑みを向けたのだった。久しぶりに見るその笑顔に夜蛾は苦しささえをも感じてしまう。

 

苦しいが今は洸の言う通りだろう。

彼女を頼るしかないと、悔しそうに眉を顰めた。

 

 

「――では、また後ほど。」

 

その言葉を最後に姿を消す洸。

残された悟の残穢に小さくため息を漏らし、手すりに両手を伸ばし頭を垂らした。

 

 

 

「((……洸……お前は――))」

 

 

手すりが曲がるほどに夜蛾は力を込めて唇を噛み締めた。

 

生温い夜風が流れる渋谷の深夜。

 

 

渋谷の混乱――これはまだ序章に過ぎなかった。

 

 

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