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――23:??
渋谷駅構内――
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「はっ、はっ、はっ、はっ!!」
「うっ…ぐっ!!」
「美々子!左!」
渋谷駅構内に轟くは無数の呪霊の不気味な音と二人の少女の声。洸に救われた後、無数に湧き出る呪霊によって地上に出ることが出来ずひたすら渋谷駅構内をさ迷い続けていた。
「なんなのコイツら!次々と沸いて出て来やがって!!!」
「どうする!?やっぱり姉様のところに…」
「ダメ!これ以上洸姉に迷惑――」
菜々子が声を荒あげたその時、彼女の背後に大きな影が現れた。それが視界に入った瞬間美々子は恐怖に怯えた視線を呪霊に向けたのだった。
「菜々子!後ろ!!」
「っ!!」
美々子は庇うように菜々子を強く抱きしめた。歪んだ奇妙な呪霊の叫び声に怯む。既に二人は疲れ果て、まともに呪霊を相手にする力さえ残っていなかった。
"もうここまでか――"姉妹は胸中でそう呟くとただただ瞼を閉じる――
「ぇ……」
「……菜々子……ツ…」
「生き…てる…?」
呪霊に襲われたはずだ。
しかし痛みも何も感じない。
「グエェェェエ……ナンデェエエエ」
苦しげにその場に倒れ込む呪霊。不気味な声は消えてなくなり気配さえも消失した。
「何で……」
「…ねぇ、何か転がってる…」
息絶えた呪霊の傍に転がる"何か"。
変わった模様の布に包まれた"鉈"のような呪具。
姉妹は何となくその柄に見覚えがあった。
…確か一年前、高専に宣戦布告に向かったあの時。
"洸姉と対峙していた金髪の男がこんな柄のネクタイをしたいた"と。
「――"ここは危険です。速やかに避難を。"」
脳が痺れるような低音。
「「!?」」
姉妹の横を通り過ぎる男の影。
男は転がっている自身の呪具を拾い上げると振り返ることなく前へと歩みを進めた。
顔は見えない。だが左上半身は酷く火傷を負っているのはハッキリと確認できる。
ゆらゆらと揺れる体。常人であれば死んでいるであろう大きな火傷。
ゾッとするような後ろ姿に姉妹は恐怖さえ感じたのだった。
「…何…アイツ」
「あの武器から間違いなく呪力を感じる。……呪術師…だよね?」
「あのデカイ呪霊をたった一撃で……なんて馬鹿力…」
男からかんじる呪力は凄まじいものだった。二級、三級どころではない。恐らくは一級以上の力を持つ呪術師だろう。
金髪にセンタープレスの入ったスーツパンツ。あの大きな体格に艶のある低い声――美々子は記憶の片隅にあった映像を脳内で再生させた。
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"……建人。"
"洸さん。"
呪具と呪具をぶつけ合い睨み合う二人。
恐ろしい二人の気迫に圧され、反射的に美々子はお気に入りの人形を強く抱きしめたのを覚えている。
"…お願い。今は下がって。"
"貴女を此処で逃がすとでも?"
"今ここで闘いたくない……建人。"
微かに聞こえた洸の悲痛な声。
あんな姉様を見たのは初めてだと…衝撃を受けたあの時――
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きっと大切な人に違いない。
夏油にも悟という親友がいたように洸にも"そういう人"が居てもおかしくない。
美々子も菜々子もその存在について洸から聞いたことは無かった。…だが…分かる。
「あの人…確か姉様の…」
「洸姉の?何?」
「………」
男の背中をジッと見つめ続ける美々子。
そんな相手に不思議そうに首をかしげる菜々子。
「ていうかあの怪我だよ?多分長くはもたないでしょ。」
「………」
「行こう美々子。私たちはラルゥ達と合流。直ぐに洸姉のこと伝え――」
菜々子が踵を返そうとしたその時。美々子はそんな彼女の腕を掴み何かを訴えた。
「…美々子?」
「………」
真剣な眼差しだった。
というより不思議な目をしていた。
美々子の視線に龍った、か細い白金のような感情の輝線――
「…菜々子――」
美々子は懇願するように声を上げる。
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渋谷事変 ―救済(壱)―
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――23:05
道玄坂 109前――
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青黒い夜の色が変わらず空に広がる。
静まり返った街。人の気配を感じない道玄坂付近。
普段は人々でごった返すスクランブル交差点を伏黒は苦しみながら抜け、背後から迫る重面はのらりくらりとそんな彼を追っていた。
「さっきの女の子もだけど皆すごく強いね?若いのに。」
「……ッ…」
重面は先刻の出来事を口にした。
伏黒に鉢合わせる前、彼は釘崎と補助監督の新田に遭遇していたのだ。
しかし後に現れた七海によって半殺しにされたのだが重面は何とか生き長らえていた。たまたまなのか彼の持つ"運"なのか――
「そんな君もボロボロなのに俺に近寄る隙を見せない。でもその出血じゃ俺が何もしなくたって――」
刹那、深手を負った伏黒はその場に倒れ込む。生々しい血の跡を残したまま…
「…ほら。…あーあ……くくっ…」
109前の交差点にうつ伏せで倒れ込む。呼吸のリズムを見る限りかなり危険らしい。呼吸をしているだけでも奇跡に近い。放っておけば彼は間違いなく死ぬだろう。
重面は酷く興奮した。
つい先程まで七海の手によって死の淵に追いやられたものの"運良く生きていた"。
昔からそうだ、自分は本当に運がいいと。
哀れな呪術師が今目の前て苦しんで死のうとしている。
不気味な笑みが止まらない。
なんて最高な瞬間なのだと。
重面は勝利を確信した――――
――"が"。
「……"調伏はな…複数人でもできるんだ"」
うつ伏せに倒れていた伏黒が喉奥から必死に声を押し出す。
「…ん?」
「"だが複数人での調伏はその後無効になる。"」
伏黒は地面に手を付き必死に体を起こす。
腹部と頭部からは真っ赤な血液が垂れ落ち続け、自分の命のリミットが近いことに本人も感じ取っていた。
しかし伏黒は最後まで力を振りしぼる。
「は?なんの話し…」
「つまり当の術師にとっては意味の無い儀式になる。…でもな、意味は無いなりに使い方があるんだ。」
重面は未だに伏黒の意味不明な台詞に理解をしていなかった。対して伏黒は覚悟を決めていた。"アレをやるしかない"と。
それは過去の悟の台詞から抽出されたものだった。
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――約半年前
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とある日、悟の自宅にて。
広い自室の一部で椅子を揺らしながら優雅に過ごす悟。オフモードなのかカジュアルなサングラスをかけ、楽なルームウェア姿。そしてその横では伏黒の姿があった。
「なんで五条家と禪院家が昔から仲悪いか知ってる?」
突然の問い。
しかし伏黒は表情ひとつ変えることなくじっと悟を見つめ冷静に言葉を返した。
「…そもそもそんなに仲悪かったんですか?」
「もーバチバチよ?」
なんとなく不仲であることは知っていた。
しかし"昔から"というワードには引っ掛かりがあった。不仲であるきっかけ――多分それは洸も関係しているのだろうが昔からと言えば話が変わってくる。
「洸先生の件があるからじゃないんですか?」
「んー、まあそれもあるけど昔から仲悪いのはそれがきっかけじゃないんだよね。」
「じゃあ一体何故なんです?」
禪院家はやたらと洸という存在に執着していた。彼女の体に流れている五条家の血を欲している。より強い家系にする為にも、より禪院家が繁栄の道を辿る為にも。昔から洸に向けられていた視線が酷く穢れていたものだと理解していた。
しかしそれが"理由ではない理由"で昔から五条家と禪院家はバチバチらしい。
「江戸時代?慶長?忘れたけどそんときの当主同士がね、御前試合で本気で殺りあって両方死んだの。」
「その時の当主って…」
「僕と同じ六眼持ちの無下限呪術使い。」
悟の青い瞳がサングラスから微かに漏れる。
「…ちなみに相手の術式は恵と同じ
「ッ……!」
恵はハッと目を見開く。
すると悟はサングラスを意図してずらすとそんな彼をじっと見上げた。
「僕の言いたいこと…分かる?」
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"無理に決まってる"
五条悟に俺が勝てるわけない。
分かってることだ。
「――だからって…アンタに勝てる術師になれるかよ…」
いくら条件が同じだろうが"あの五条悟を俺が越えられるわけがない"
だが方法は思いつく。
「((その当主も…"こういう使い方"をしたんだろうな。))」
ニヤリと口元に弧を描く伏黒。
額から流れる鮮血が赤黒く瞳の横の皮膚を染め、顎からポタリと血液が落ちた。
「なあに?ブツブツブツブツ……もういいね?」
重面はトドメを刺そうと呪具に力を込めた。しかし同時に体に大きな衝撃が加わると思わず片膝を着く。
「…ツ!!」
建物は揺れ傾きそうな程に強い地鳴り。轟然たる大音響が大地を劈いた。
「地震?……なんだよ…派手だなあ…」
重面は大きな呪力の源へと視線を向ける。
夜の暗闇に染まる渋谷の一部が真っ赤に光っていたのだ。強力な熱波さえ感じるその力は漏瑚と宿儺のものに違いない。どうやら派手にやり合っているそうだ。
「コワイコワイ…本当に物騒…」
「"続きだ。"要は式神は調伏しないと使えないが――」
重面の台詞を遮るは伏黒の声。
「調伏するためならいつでも呼び出せるんだ。」
伏黒はいつの間にか体を起こし手印を構えていた。同時に感じる強い呪力。重面は直ぐにその異変に気づく。
「((…なんだ?この呪力は…))」
嫌に強い呪力だ。
今まで幾度となく強力な呪力には遭遇してきたが"このような感覚"は初めてだった。
あたりの空気も酔うように重く沈む。少しずつ現実とは違った世界に足を踏み入れているような気配。ゾッと背筋が凍るような、嫌な汗が無意識に流れるような――
「歴代十種影法術師の中にコイツを調伏出来た奴は一人もいない。」
伏黒は重面を見据え"手印"を構えた。
両腕をまっすぐ前に伸ばし、両手の拳を強く握り締め呪力を込める。
「っ!?待て!!!」
重面の本能が伏黒の行動に警鐘を鳴らす。
しかしもう遅い。
「――"
覚悟を決めたと言わんばかりの真剣な伏黒の声。とてつもない大きな呪力と共に式神たちが声を上げた。
玉犬の凛とした不気味な遠吠え。蝦蟇や脱兎、大蛇や満象に鵺の影――"それ"を呼び起こす準備は整った。
万を期して"それ"は現れる。
「"
伏黒の背後に佇む異形の存在。
姿は頭部がおぞましい形をした人型。背には特殊な法陣を背負い"退魔の剣"という長い剣を持った武人だ。背丈はかなり大きく6〜7mは確実にあるだろう。
「あ………ぁあ…」
重面は恐怖のあまり身体を震わせた。
声にならない叫びを喉に詰まらせ、ゆっくりと後退する。
「((ッ!やられた!制御不能なほど強力な式神!その調伏の儀式を二人で強制的に始めやがった!…今から俺とあの術師で…))」
"この化け物を倒さなければならない"
「ッ……ふ……」
「オイ…クソ野郎…ッ……」
伏黒はやってやったと言わんばかりに満足気に嘲笑う。
「先に逝く。せいぜい頑張れ――」
刹那、式神"摩虎羅"の手によって伏黒の体が吹き飛ぶ。嫌な音が街に響いた。人間の体が吹き飛び傍らのビルに叩きつけられる形容し難い音。
同時に伏黒は意識を半ば手放すとゆっくりと瞼を閉じる。重面は何かを叫んでいるが既にその声が耳に入ることはなかった。
「((――ごめん…"洸先生"))」
脳内に映る洸の後ろ姿。
その先には悟の姿もあった。
「((…結局この前先生が言った言葉を最後まで聞くことも出来なかった。))」
洸が真剣な表情をして何かを伝えようとしたあの時。虎杖と釘崎に遮られ結局聞くことが出来なかった。
「((五条家の……洸先生の秘密も…))」
俺なら先生の助けになれると。
先生の傍で。隣じゃなくていいから……傍に――
"恵"
……先生――
洸の姿も悟の姿も消えていく。
自分の名を呼ぶ洸の優しい声だけが最後に残るとそのまま完全に意識を手放したのだった。
「…え………待って……」
重面に迫る摩虎羅。
「待て待て待て待て!!!」
あの伏黒でさえたった一撃で意識を手放した。適うわけが無い。今からこの式神を自分一人で倒す事など絶対に不可能だ。
「ふざけんなよ!こんな…クッソ!!」
無意識に身体中から汗が吹き出る。脚がガクガクと震え、恐怖の色に染まった顔は懇願するように伏黒に視線を向ける。
「起きろよ!クソ術師!」
ほとんど叫喚に似た奇声だった。
しかし伏黒に届くことはない。
重面はただただ迫り来る摩虎羅の存在に恐れをなし、後退することしかできなかった。
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――23:07
渋谷ストリーム前――
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変わり果てた渋谷の一部。
辺りは焼け野原となり地面は赤く燃えている。
その中心に佇むは呪いの王"宿儺"
そしてその傍で膝をつき頭を垂れるは袈裟を纏った従者らしき人物。
壮絶な戦いが繰り広げられた。それは漏瑚と宿儺の一騎打ち。
"火力勝負"の結果――敗北したのは漏瑚だった。
「……」
「宿儺様?」
久しぶりに再会したふたり。
しかしその時間は呆気なく"妙な気配"に遮られる。
「"急用だ。"」
「……左様で。」
宿儺は感じ取っていた。
"伏黒恵の膨大な呪力"――そしてその気配は薄れ、新たに別の強大な力を感じる。
ここで伏黒放っておく訳にはいかない。
宿儺には計画があったからだ。
「……俺が自由になるのもそう遠い話では無い。」
「……」
「ゆめ準備を怠るな。」
「御意に……
――ッ!?」
宿儺の言葉を最後まで聞き落とさまいと神経を研ぎ澄ませ頭を垂らしたままの人物。
男か女かハッキリと分からない美しい容姿を持つその人物は"ある気配"を感じ取った後に大きく目を見開くと思わず傍らの宿儺を見上げたのだった。
「…なっ…!…宿儺様、この気配は…ッ」
「"裏梅"、気づいたか?」
宿儺はその人物の名を呼ぶ。
約千年も前から仕えていたかつての従者――"裏梅"
昔と変わらず外見は袈裟を着た未成年に見える程に小柄な体格。赤が混ざった白髪のおかっぱ頭が特徴だ。氷を扱う呪術師。その面影は千年の時を経ても尚、変わらず"美しい"。
「……まさか……」
「ケヒッ、面白いだろう?」
裏梅の瞳に困惑の色がうつる。
それは微かに揺れ、何か想いを秘めているようにも見えた。
「まるで……"あの小娘の"…」
"小娘"
大昔、とある娘をそう呼んでいた。
"いい加減名前を口にして欲しい"なんて何度も何度も口酸っぱく本人に言われていたが裏梅は最後の最後まで名を口にすることは無かった。
屋敷に侵入しては宿儺に近づき、ものともせず笑みを向け語りかける小娘。台所で夕餉を作っていれば"ひょいっ"と娘の手が伸び、作りかけのお浸しを何度も摘み食いしては喝を入れ続けた。
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"裏梅ったらいつも怒ってばかり!"
――煩い小娘!貴様が怒らせるようなことをするからだ!
"べーーー!"
"ねえ裏梅。あの花の名前は何というの?"
――あれはユキノシタだ。
"さすが裏梅!なんでも知ってるのね!"
"はいコレ!裏梅への贈り物。綺麗な柄の櫛でしょう?"
――なぜ私に?
"いつも私の髪の毛、綺麗に解いてくれるでしょう?だから今日からは私もこの櫛で裏梅の髪の毛……"
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……あの小娘の声が、顔が、指先が――
"裏梅!"
脳内で何度も蘇れば再生される。
「吃驚するぞ。あの娘と瓜二つだ。」
「っ…」
「もし会った時は敵対関係かもしれんが…」
「……」
「そんな顔をするな。あの時とは違う。」
「…それは…わかっております……故。」
裏梅の心情を容易に読み取った宿儺は神妙な面持ちを向け見下ろした。そんな宿儺の様子を敏感に察知し再び頭を垂らす裏梅。
やけに心音が鼓膜を刺激していた。
嫌な記憶だった。
"この気配は……あの娘が命を落とす瞬間の……あの時のものに酷似している"と
「ッ……」
血に塗れた小娘。
宿儺の腕の中で息絶え、茈の瞳は徐々に漆黒へと変化していったあの光景――
「"またな裏梅"」
「っ……御意に。お待ち申しております。」
宿儺はそれ以上語ること無く姿を消す。
そして残された裏梅は項垂れたまま唇をかみ締め、拳に力を込めたのだった。
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――23:07
首都高速3号渋谷線 Cタワー前――
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Cタワー周辺で動きを止める一般人達。その傍では既に息絶えた呪霊の姿。
その群れの中に佇むのは洸と狗巻だった。
「なっ…!?」
「こんぶ!?」
察知した嫌な気配。
二人は即座に動きを止めると同じ方向に視線を向け、驚愕の表情を浮かべていた。
「……棘。ここは任せて大丈夫?」
「ツナ!」
伏黒の呪力。
しかしそれは徐々に薄れていく。
そして同時に現れる大きな力。
"伏黒に危険が迫っている"と二人は直ぐに理解した。
「この辺りの呪霊は全滅。あとは一般人をできるだけ遠くに誘導して。」
「ツナ。」
「あとは棘の判断に任せるよ。出来れば学長のところに合流して欲しいかも。」
「ツナ。」
洸の指示にこくこくと頷く狗巻。
そんな頼りになる生徒の姿に自然と洸も笑みを向けた。
「ありがとう棘。……でも無理はしな」
「高菜!」
「ん?」
洸が刀を納め踵を返そうとしたその時。狗巻はメガホンを持っていない方の左手を洸へと伸ばすと腕を強く掴む。
そしてどこか不安そうに、彼女の身を案じるような面持ちで口を開く。
「…高菜。」
「……棘。」
「…………ッ……」
洸は狗巻をじっと見つめる。
彼の手を振り払うようなことをする訳でもなく、静かにじっと見つめた。
茈の瞳
悟と同じ気配
怪我を負った姿
……なんとなく、洸の背中に伸し掛っている重圧のようなもの。
それは哀しくも、儚くも、恐怖さえ感じる。
優しい心を持つ狗巻だからこそ、そんな洸の様子に敏感に気づいたのだろう。
「…………"動く"」
「大丈夫だよ。棘が心配することない。」
「っ……」
「"動かない"わけにはいかないよ。」
「…………」
「五条悟が居ない今……私がやるしかないの。」
洸の強い声色。信念をも感じるそれ。
狗巻は呪言を放とうとしたが意味はなかった。容赦なく遮られ、もう彼女を止められるものは誰もいない。
「行ってくるね。」
「……しゃけ。」
「頼んだよ。棘。」
洸の手が狗巻の手に触れた瞬間、その姿は瞬く間に消え去る。
その場に残るのは洸の甘い匂い。
若干汗と血液の香りが混じったその匂いは棘の心情をより混乱させたのだった。
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――同時刻
道玄坂 109前――
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「ァッ……あアッ!……ぁあああっ!!」
恐怖に塗れた間抜けな声が轟く。
地盤が酷く揺れるほど大きな足音と巨体が重面に更に迫りつつあった。
「待てっ…死ぬ……死ぬ!!!」
摩虎羅の手が刀を片手に振りかぶられた。
標的は間違いなく足元で腰を抜かしている重面。
「うあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
死を覚悟した。
もう終わりだ。
いままで何度も窮地に陥っては生き残ったが――
"もう運を使い切ったに違いない"
「あああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
咄嗟に体を隠すように両手を上げ身構える。
「…っ…?」
宙に浮く感覚。
再び瞼を上げた時、目の前の景色がガラッと変わっていた。
「なっ……なッ!!」
制服姿の青年……"ではない"。
気配からして宿儺だろう。重面の体は宿儺に抱えられ、目の前には洸が立っていた。
「ほう。少し"遅かったな"。」
「ほぼ同じだった。あなたが彼を抱え込んだ姿が見えたから、私は"
「阿吽の呼吸というやつか。やはり俺たちの相性は悪くないようだな。」
「相性最悪でしょ。絶対。」
「減らず口が。」
「そんなこと話してる場合じゃないでしょう。」
テンポのいい二人の会話。
重面ほぽかんと口を開け、何も発することなく宿儺に抱えられたままだ。
そして洸は身を翻すと伏黒の元へと向かい、傍らで膝をつく。
「恵!……恵!!」
「…………」
「ッ……」
反応のない伏黒を前に洸は苦しそうに表情を歪めた。
「死んだか?」
「馬鹿なこと言わないで。」
「ケヒッ……やはり弱いな、人間は。」
心拍を確認する洸。
なんとか息はある。だが長くは持たないだろう。
「仮死状態だな。貸せ。」
宿儺は重面を乱雑に傍に放り、洸の隣に並び腰を下ろした。そして伏黒の胸元に手を当てると呪力を込め、術式を解放し回復させていく。
「……来るぞ。」
「分かってる。」
息をつく間もないまま、摩虎羅は容赦なく四人に襲いかかる。しかし洸の呪力で吹き飛ばされ複数の建造物を破壊しながら距離を広げていく。
だがこちらも時間の問題だ。あの強力な式神は簡単には倒せない。それは宿儺も洸も理解していたのだった。
「…あれって」
「伏黒恵の調伏の儀に間違いない。意図して"アレ"を呼び出したな。」
「ということはその男も死んだら」
「察しがいいな?そのゴミも死んだら調伏の儀は終了。伏黒恵恵の死も確定だ。」
洸と宿儺の鋭い視線が重面へと向けられる。
咄嗟とはいえ重面を救ったのは間違いではなかったらしい。洸にとって重面は完全に敵対する相手。過去に東京校に殴り込んできた呪詛師。本来であれば救うべく人間でないが今回はそうはいかないらしい。
「どうする小娘。伏黒恵を助けるには異分子の俺がこの式神を倒さねばならん。」
「それなら私も」
「お前は下がれ。」
「!?」
宿儺はそう口にすると伏黒と洸を背に隠すように立ち上がった。
「邪魔だ。俺一人で十分だ。」
「……」
「お前は伏黒恵を連れて離れろ。反転術式が使える術師が居るなら直ぐに連れて行け。」
「……」
流れる不穏な空気。
洸は宿儺のせに視線を向け息を飲む。
「……ん?"何を企んでいる"…と言いたげな顔だな?」
背を向けたまま、宿儺は背後に視線を向ける。
「"死ぬな"」
そして再び宿儺の視線は再び現れた摩虎羅へと向けられた。
「"お前たちにはやってもらわねばならん事があるからな。"」
「…………ッ」
洸は伏黒を抱き留め唇を噛む。
どうやらもたついている場合ではない。
男の胸中は不明だが先ず今は伏黒の命が最優先だ。
「一旦今は救済といったところか。」
「…………」
「"助けてやる"と言っているんだ。」
宿儺の言葉からも、声色からも何も読めない。
「去ね。」
「ッ!」
言葉が鼓膜の網の目を通り抜けられないまま、いつまでも耳の途中で淀んでいるような感覚。
冷たさも優しさも感じるような"去ね"という言葉。
背中から感じる形容し難い気配。
「…………分かった。」
洸は伏黒を抱き抱え立ち上がる。
そして最後に茈眼に宿儺の背後をもう一度映した。
「((……宿儺……あなたは一体――))」
そして消えるふたつの影。
離れていく気配に宿儺はニヤリと笑みを浮かべていたのだった。
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"ねぇ、宿儺"
――何だ。
"背中に触れていい?"
――何故だ。
"へへっ、秘密"
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――人間に背を向けるなど。幾年ぶりか――
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