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――2018年3月
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「うぉらぁああああああっ!!」
「ひぃぃいいいいいいいい!!」
高専敷地内のグラウンドに轟くは真希と乙骨の声。
もちろん前者が真希だった。
いつも通り無茶苦茶に投げ飛ばされる乙骨。
しかし以前より受け身も上手くとることができており、そもそもの戦闘力も跳ね上がっているのだが――
「あ」
「おかか」
乙骨が投げ飛ばされた場所にパンダと狗巻の視線が向く。
グラウンドの端に置かれたベンチ。2年メンバーの私物が置かれていたその場所に、今日に限って"とんでもないもの"が置いてあった。
そして"それ"は乙骨が飛ばされたと同時にベンチごと破損。刀身が"それ"に運悪く当たってしまう。
「イタタタタ…………
……"あ"」
乙骨の足元に転がる紙袋。
見事に裂け目が入っていることを確認すると顔面が真っ青になっていく。
「"それ"、やっちまったんじゃねーのか?」
「しゃけしゃけ。」
「コレ洸のだよな?伊地知が預けていったやつ。」
乙骨の元に集まる3人。
無言で震える乙骨をよそに真希がそれを拾い上げると白い長袖Tシャツに汚れやら裂け目が確認できた。
さすがの真希も表情を曇らせる。
「マジか……やっべ。」
「ど、ど、ど、ど!!どうしよう!破れちゃってる!!」
刀を投げ出し破れたTシャツを広げる乙骨。
しかもよりによって洸のものだ。誤魔化しようもないだろう。
「――どっちが悪い?」
真希は冷静にその場に立ち尽くす。
そして問いかけた。
①クリーニング済のTシャツを私らに任せて置いていった伊地知さん。
②なりふり構わず乙骨を投げ飛ばした真希(間接的に乙骨が破ったともいえるし避けるときに起点を働かせなかった狗巻とパンダ……とも言える。)
しばらく沈黙する4人。
ゆっくりと申し訳なさそうに正座をし、そっと右手を挙げるのは乙骨。
「咄嗟に刀を使って受身をとった僕が悪いです。」
そして続けてパンダ、狗巻。
「……真希だな。」
「ツナツナ!」
「あぁん!?私のせいにすんのかよ!」
「僕は真希さんだなんて言ってないよ!!」
破壊されたベンチの前で揉め合う4人。
しかしいくら揉めても現実は変わるはずもない。何とか手を打たなければと再び冷静さを取り戻す。
「とりあえず!パンダ!縫え!」
「おうよ!任せろ!」
「え!?どこから裁縫セット出したの!?」
「ツナマヨ!」
パンダの胴体から裁縫セットらしき小さなポーチが現れると器用にそれを縫い上げていくパンダ。慣れた手捌きに3人は真剣に見いっているとあっという間に破れたTシャツが縫われていく。
真っ白なシンプルなTシャツ。それは全く別物へと変化していた。
「……なんか……アレだな。」
「ひと癖ありそうな高級ブランド……っぽい、ですね。」
「なかなか悪くない出来だろ?」
「…………こんぶ。」
"悪くは無い"
しかし全くの別物。誰がどう見ても2度見してしまうようなデザイン。パンダの独特なセンスも取り入れられたTシャツは恐らく受け入れられないだろう。
「まあ洸の事だしどーせ安モンだろ?憂太。タグのブランド調べろ。」
「うん!」
「最悪同じモン買うしかねぇな〜」
「ツナツナ!明太子!」
となれば同じものを買い直せばいい。
なぜこの考えに早く行き着かなかったのだろうか?と4人が口を揃え、乙骨はスマートフォンでタグを調べる。
何度かスマートフォンをタップした乙骨。
しばらくするとその指先が小刻みに震え始め僅かに瞳が揺らぐ。
「……真希さん、パンダ君、狗巻君……」
「あ?」
「どうした?」
「おかか?」
破れたTシャツと全く同じ画像が表示される画面。それを3人に向けると全員がギョッと目を見開く。
「じゅ……13万5000円……」
「「「――ッ!!!!!」」」
某高級ブランドの商品詳細ページ。
"在庫あり"という表示に安堵する間もなく羅列された数字の桁数に驚きを隠せなかった。
「待て、税込みか?」
「税抜きです!ていうかそこ重要ですか!?」
「こんなただのTシャツが!?真ん中にワンポイントでマークがあるだけだろ!?」
「僕に言われても!!」
洸と同じ性別の真希ですら理解できない内容だ。ただのTシャツなのだ。ファストファッションブランドにも十分にありそうなデザインなのに何故ここまで価格がぶっ飛んでいるのか?と。
「ただの白いTシャツに何十万も……確か悟のシャツもそれくらいの値段がするって聞いたことがあるが人間ってのはよく分からんな。」
「……高菜……」
確か悟のシャツは25万だと風の噂で聞いたことがある。ならばまだ不幸中の幸いかもしれない。悟のシャツよりは安上がりで済む。そう思えば少しはマシな気がしてきた。
「っ……仕方ねぇな。
私が5万出す。お前らは3万ずつ出せ。」
「えぇっ!?僕3万でいいんですか!?」
「お前まだそんなに給料もらってねぇだろ?それに特級様には今のうちに貸しを作っとかねぇとな。」
それぞれの意見がまとまり"じゃあなんとか適当に口実作ってバレないようにして新しいものを用意しよう"としたその時。
「"おはよー!伊地知から私のTシャツ預かって……"」
片手を上げ意気揚々と現れるは噂の五条洸。
洸の声にぎくりと肩を揺らした4人。そんな時、真希が咄嗟に行動を起こすのだが……
「……ん?どうしたの?憂太?」
乙骨を見た瞬間ポカンと口を開ける洸。
「えっ!いやっ!あの!!コレは!!」
必死に胸元の前を隠すように手を振るうも真希の"咄嗟の悪戯"は隠せなかった。
乙骨の胸もとが妙に膨らんでいる。何か入れられたのだほうか、
「くっ……」
「ッ…ぷぷ…」
「つなっ……明太子ッ……」
グラウンドに轟く笑い声。
幸せなあの時。
幸せを、光を、暖かさを、喜びを――
掴み始めた洸の記憶。
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渋谷事変―閉門―弐
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――23:28
渋谷ストリーム前――
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崩れたビル、荒れた街並み。
場所によっては真っ直ぐ歩くことは愚か、立ち入ることさえ困難な場所も増えていた。
虎杖――宿儺の暴走。
それは全てを破壊したのだ。
「………非術師の気配は……ほとんど無いな。」
道無き道を歩くのはパンダ。
時たま瓦礫を持ち上げ気配を確認するも人の姿は無い。
しかし微かに術師の気配は感じる。
「((……悟……いや、今は違う。
洸の気配がまた近くなったな。))」
先程から悟(洸)の気配が現れては消える。何故そのような状況なのか分からないが一先ず洸は生きている。
「((京都校の連中の気配。他にもいくつか呪力を感じる。……アイツらは大丈夫そうだな。))」
嫌な気配もするが急に誰かの呪力が消えたような気配は感じなかった。
感じ取れないのは冥冥に憂憂(恐らく2人は離脱)。そして禪院直毘人の気配のみ。親しい仲間たちの気配は消えていない。パンダにとってそれが一番の喜びだった。
「――日下部〜!」
そしてパンダの1番近い距離に感じた気配の元へ。渋谷の異変が始まってから共に行動し、宿儺の暴走によって割かれた時は心配していたが"やはり生きていた"。
「お!見ーーっけ!」
「…………」
パンダが瓦礫をひっくり返すと寝そべる日下部の姿があった。まるで棺桶に入れられているかのように両手を組み合い、静かに夜空を見上げていたのだった。
「……パンダよ。随分と話が違うじゃねえかよ。」
「?」
「虎杖だよ。」
日下部の口調と声色から鑑みて不機嫌なのは分かる。腑に落ちないと言わんばかりの顔をしていた。
「いや、あれは宿儺……」
「肉体の主導権は虎杖にある。そういう話だったろ?」
「…………」
虎杖の中で生きる宿儺。
一時的に肉体を乗っ取られ街を破壊し、非力な人間を惨殺した憎き呪い。
そもそも虎杖をさっさと死刑すればこんなことは起こっていない。
死刑を取り消したのは五条悟だ。
「パンダ、先に言っとくぞ。五条悟が消え五条洸が居るにせよ……今後虎杖にどんな処分が下ろうと――」
むくりと体を起こす日下部。
「俺が
その瞳は真っ直ぐとパンダを捉えた。対してパンダは悲しげに表情を固くし何も言い返せなかった。
「そもそも洸は虎杖悠仁の死刑に関しては肯定も否定もしていない。兄貴と違ってなんやかんや妹の方が現実的に物事を考えてる。」
「でも"悟の妹"だぞ。」
「…………はぁ。言われんでも分かってる。」
"やれやれ"と乱れた服装を軽く整えると気怠げに再び歩き始める日下部。パンダも同じくその後をついて行く。
「洸は俺たちの担任だ。一度は離反した身だが今は仲間だ。……洸が言うことに、洸がやろうとすることに俺は反対はしない。」
「…………」
「それに悟の封印と洸の力が本当なら今は洸につくべきだと俺は思う。現にこの状況で術師側に大きな被害は出てない。」
術師側の被害は最小限に抑えられている事実。それは恐らく洸の力があってこそだった。
虎杖側につくであろう洸。
果たしてそれに反するのは現実的だろうか?
あの妹が――今更"虎杖を殺す"という事はまず考えられないと日下部も考えていないわけがなかった。
「……はぁ………あんなでも兄貴と同じ血が流れてんだよな。」
悟よりかは現実的な考えを持つ洸とて同じ血が流れている。多分逆らえないし、その方が面倒なのは明白だ。
日下部は葛藤する。
虎杖側にはつかないとは言ったものの……どうなのか?
「((……めんどくせえ。))」
2人は一定の距離を保ちつつ、妙な空気感を保ちながらも呪力が集まる方へと向かうのだった。
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――23:36
渋谷警察署宇田川交番跡――
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――黒閃を経て真人が理解した自らの魂の本質、その剥き出しの姿。
凶悪で凶暴な呪いそのものの怪物の姿。
虎杖や東堂葵を追い詰めていくが後に合流した東堂のブラフに騙され、直で虎杖の最大呪力出力の黒閃を食らう。
同時に遍殺即霊体の変身の解除。
虎杖、五条、釘崎、東堂、七海ら呪術師との連戦に次ぐ連戦により、改造人間のストックも尽きてしまい正に絶体絶命――
更に真人を追い詰める虎杖。
"認めるよ真人。俺はオマエだ"
俺はオマエを否定したかった。お前の言ったことなんて知らねえよ――って。
今は違う。ただオマエを殺す。また新しい呪いとして生まれたら、ソイツも殺す。名前を変えても、姿を変えても、何度でも殺す。
もう意味も理由もいらない。
この行いに意味が生まれるのは 俺が死んで何百年も経った後なのかもしれない。
きっと俺は大きな…… 何かの歯車の一つに過ぎないんだと思う。
"錆び付くまで呪いを殺し続ける。それがこの戦いの俺の役割なんだ"
虎杖の強大な気迫に圧される真人は必死に逃げた。何度も足がもつれようとも、転んでも――真人はボロボロになりながら走り抜けた。
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遮断する建物も障害物も何一つない場所。
その真ん中に追い詰めた時。虎杖にとって全く見慣れない人物の影が真人の目の前に現れた。
「"助けてあげようか。真人。"」
「……"夏油"…」
真人は地面に這いつくばったまま袈裟の男を見上げる。そして虎杖は嫌な予感を察知すると咄嗟に足を踏み出した。
「((今"ゲトウ"って言ったな!?袈裟に額の傷……ここにいるってことは……!!))」
悟を封印した諜報人。
その人物が今目の前に現れた。
「返せ……っ!五条先生を返せ!!!」
虎杖は必死に手を伸ばす。ボロボロの肉体に鞭を打つように全身の力を振り絞り駆け抜ける。しかし男は嘲笑うばかり。余裕の笑みを浮かべるのみだ。
「――
夏油の左手から何かがこぼれ落ちる。
それは間違いなく呪い。
「なっ……!!」
虎杖の真下に大穴が開いた。それは地面を裂き、空間そのものが抜け落ちるように広がる。
――落ちる、穴に落ちる。
落ちる感覚が虎杖に襲いかかる。
「ッ!?」
しかし何故か虎杖の体は地面にあった。
落ちる感覚、体が地面に叩きつけられるような感覚。
実際"落ちていない"のだ。
「((何が起こった!?))」
「落ちたと思っただろう?傍から見れば君が勝手にひっくり返っただけなんだがね。」
夏油は混乱する虎杖をよそに余裕の表情を浮かべながら更に近づく。そして再び手もとで呪いを発生させ、虎杖を目掛けて放出した。
「呪霊躁術の強みは手数の多さだ。準一級以上の呪霊を複数使役し術式を解明、攻略されようとまた新しい呪霊を放てばいい。」
足元から伸びる黒い影。
「もちろんその間を与えずに畳み掛けるのもいいだろう。」
その影から無数の蜈蚣のような虫が湧き出ると容赦なく虎杖を畳み掛ける。
「くっ……!ンなもん!!」
"パキパキパキ"と嫌な音ともに虎杖へと絡みつく無数の足。鋭い毒針が虎杖を何度も傷つけ、そして更に足元に再び大穴が開く。
「――去年の百鬼夜行。新宿と京都に戦力を分散させなければ勝っていたのは乙骨ではなく"彼だった"だろう。」
「あー……でも違う。そもそも"彼女"がいたから無理な話だったかな?」
「彼女はとても残念だった。本当に。まさか裏切られるなんて思っていなかっただろうね。」
「だが彼は分かっていたようだね。彼女の思考……彼女の全てを分かっていたんだ。」
「でも未だにこの肉体が抵抗していてね?彼女の情報をもっと知っているはずなのになかなか教えてくれないんだ。……実にくだらない。"愛"だの"心"だの……理解できない感情ばかり。」
夏油の口から次々と溢れる台詞。
彼、彼女――夏油傑と五条洸。
くだらないと発するは夏油が洸に対して抱いていた感情の数々……
「まあ、君には関係の無い話だけども。」
一通り話を終えた夏油。その足元に血まみれで蹲る虎杖。呪いの攻撃に圧倒されても肉体は保ち続けていた。虫の息のように苦しげだがまだ生きている。
「…ッ…返せ!!」
「我ながら流石というべきか。宿儺の器、タフだね。」
「五条先生を返せ!!」
「ハハハッ。それしか言えないのかい?」
夏油はその場にしゃがみこむと虎杖をじっと見据える。
「心配ないよ。君たちには洸ちゃんがいるだろう?」
「お前は……ヒカルンを」
「無限の可能性を秘めている五条洸。アレは素晴らしい。五条家の出来損ない、汚点……だがアレはまだ使えるよ。」
ニッコリと不気味な笑みを頬に浮かべ再び立ちあがる夏油。そしてその瞬間、夏油は直ぐに身を交し横からの攻撃に睨みをきかせた。
「……何のつもりかな?真人。」
「すっとぼけなくても知ってたさ……だって俺は――」
真人の最後の足掻き。
「"
真人は分かっていた。
人間から生まれた呪いだからこそ人間の悪意を誰よりも理解することが出来る。
この男が……この計画のために自分を利用しようとしていたことも遠の昔に気づいていたこと――
「――ァァァァァァ……アァアアアアアアアア!!!」
真人の肉体が、呪いがあっという間に夏油の手により吸い込まれていく。必死に抗おうとするも呪霊躁術を前に為す術は無い。
真人の魂が手のひらで収まるほどの塊へと形を変える。それは夏油の手元で妖しく光を放ち、美しささえ感じてしまうほど異様な空気を放っていた。
男は妖しく笑った。
呪いを口元に近づけ、縹渺とした瞳が虎杖を見すえる。
「――続けようか。これからの世界の話を。」
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洸は京都の仲間たちに指示を振った後別行動を起こしていた。そしてその先に……予想外の人物と遭遇をする。
「――まさか、本当にこの気配が"君"だったなんて。正直驚いたよ。」
「こちらこそ。まさか貴女が来てくださっていたなんて。」「随分と他人行儀だね?等級認定が保留になっていようとも君は間違いなく特級だ。」
「……」
「同じ特級同士、仲良くしようじゃないか?」
金髪の美女が髪を靡かせ得意げに頬を緩めた。
「ところで……ずっと君に聞いてみたかったんだが良いかな?」
女は洸へと更に近づくとこれでもかと言うほどに顔を寄せる。
「"どんな男が好みだい?"」
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