五条兄妹   作:鈴夢

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閉門―了―

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「"随分と辛気臭い顔をしているね "」

「……」

「"五条洸"」

 

荒れ果てた渋谷の街

破壊されたビルの瓦礫の上に現れる1人の女性

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです

 

 

 

 

 

――"九十九由基"さん」

 

 

 

 

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――2006年 7月

呪術高専東京校――

 

 

 

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"青葉の色も目にしみる初夏のころ"

 

校内の廊下の窓から差し込む陽の光

真っ青な空には広大な入道雲

風が吹く度に香る夏のにおい

夏が始まるこの時期特有の空気

 

全てが心地いい

まさに青春だった

 

 

呪術高専での2回目の夏が始まる

昨年に比べ洸の表情は更に希望に充ちあふれ、日々の喜びを身体中に纏っていたのだった。

 

 

┈┈

 

 

「あーー!遅くなっちゃった…」

 

廊下を猛スピードで駆け抜ける洸。

やってしまったと言わんばかりに彼女は表情に焦りを浮かばせていた。

 

不運にも任務が長引いてしまったせいで"大好きな2人"との約束の時間に守れず今に至る。

 

「((全部あの呪霊のせい!3級が数体って聞いてたのに!まさかの分裂するタイプで最後の最後に準1級レベルのボスが出てくるなんて思わないでしょ!))」

 

タンタンタンっ!と勢いよく階段を昇る。今だからこそ術式なりなんなり使って瞬間移動でもしてしまえばいいはずなのに洸はその技を何故か使わなかった、

 

この時間が、自分の足で2人の元に向かう今の瞬間が、なぜかたまらなく幸せだったからだ。

校舎のにおいも、廊下に響く足音も、すれ違う補助監督たちとのちょっとした声掛けも。

そんな一瞬一瞬をかみしめたかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ぅわっ!!」

「ん!?」

 

階段を昇ったその先、出合い頭にて。

洸は何者かとぶつかりそうになるも俊敏に身を翻し接触することなく手前で立ち止まる。

 

「すみません!突然私が飛び出し…」

「"おっ!!君が噂の五条悟君の妹かな?"」

「…え…?」

 

目の前に現れたのは金髪の女性だった。

黒のリブのタンクトップとジーンズにブーツ。骨格もしっりとし、目鼻立ちも綺麗な人だ。まるで海外の雑誌から飛び出したかのような出立ち。

第一印象はかっこよくて強そうな女性だった。

 

これが 五条洸と九十九由基の出会いだった。

 

驚くことに"君が噂の――"と自分の存在をある程度知っていたようだ。…まあ、一部界隈では自分のことを知っている人間が多いのは理解している。

"特級"ともなればかなりの情報を有しているに違いないのだから。

 

 

「……あの…どちら様でしょうか。」

「え!?私の事知らないの!?」

「はい 申し訳ございません。存じ上げなくて…」

「うそ!!」

 

わざとらしくリアクションする女性を目の前に洸はキョトンと目をまん丸と開く。見た目に沿わず子供のよう身振り手振りをする相手に洸は立ち尽くすのみ。

 

それ以上何も話さない洸を前に女性は体勢を整えると小さく息をつく。そして腰に手を当て、改めて堂々と口を開いた。

 

 

「"特級呪術師 九十九由基"」

 

「…特級」

 

九十九由基。名前は聞いたことは無いが特級の存在はある程度知っていた。のらりくらりと自由奔放な女性の特級術師がいると耳にしたことがある。

 

「へえ〜!本当に赤い目をしているね?"緋眼の洸"の異名通りだ。」

「…………」

「その様子だと"そう"呼ばれるのは好きじゃないみたいだね?」

「……別にそういう訳では無いですけど…」

 

九十九はグイッと腰を折り 前のめりになると洸の顔に自身の顔を近づけた。目のことに触れると洸の表情が一瞬曇ることに気づく。少女にとってそれはきっと禁句なのだと九十九はすぐに悟った。

 

「っ」

「…"綺麗な瞳"をしているね。」

「………」

「万華鏡のような…なんて喩えればいいかな。その赤の中に無数の光がある。」

「………綺麗…」

 

自分の目が好きか嫌いかと問われたら迷わず嫌いだと答える。鏡で自分の目を見る度に忌まわしき赤が嫌でたまらない。みんな綺麗だという。だが自分はそうとは思わない。

兄の蒼――六眼とは違うのだから。

 

「立ち話もなんだし 良かったら…」

 

「"洸さん ここにいましたか"。」

 

九十九が手を差し伸べた瞬間、洸の背後から低い艶のある男の声がした。九十九はその存在に気づくと洸の背後の人物に視線を移す。同じく洸も振り向くと数メートル先に立つ"七海建人"の姿をしっかり捉えた。

 

「あ……建人、ごめん。」

 

「いえ。むしろお取り込み中でしたら申し訳ありませんでした。」

「いいや、全くもって問題ないよ。むしろこちらが無理に呼び止めてしまってね。」

 

九十九は手を引くと優しく笑う。

洸の友人だと気づけば逆に申し訳ないと声を曇らせた。

 

「洸さん、先に灰原と図書室に居ます。洸さんが来ないとなかなか勉強会が進まないのでお早めに。」

「うん。わかった。」

 

"失礼します"と丁寧に頭を下げ立ち去る青年。年相応に思えない言動に九十九は目をぱちくりとさせると再び洸に向き直る。

 

「悪かったね、お友達を待たせてしまって。」

「いえ 大丈夫です。」

 

赤が九十九も見つめる。

洸は"まだ何かあるのだろうか"なんて疑問を浮かべながら立ち去るタイミングを伺う。

 

「君、本当に呪力も何も感じないね。」

「はい。昔からそういう体質なので。」

「それでも実兄の五条悟と同じ相伝の無下限呪術を持つ。聞けば妹の君が唯一兄の無下限を無効化できるとか。」

「はい。」

「よく兄妹喧嘩で大暴れしては兄をコテンパンにしてるとか?」

「……なんで知ってるんですか。」

「ちょっと小耳に挟んでね、ハハハッ!」

 

なんでそんな情報まで……問い詰めたいところだが相手が相手だ。色々聞いてみたいことはあるが変に関わりを持つのも何となく嫌だった。

 

 

「「……」」

 

それから2人は瞳を見つめ合う。

何も言わず、ただただ互いの存在を見合う。

 

 

 

 

 

 

 

「五条洸。君の力は今後の呪術界において中心柱となるだろうね。」

「……そうでしょうか?」

「そう思わないのかな?」

 

九十九の真剣な声と眼差し。

しかし洸は目をそらすと口元を僅かに緩ませ呆れ笑いに近い表情を見せた。

 

「この世界は……五条悟()が居れば平穏です。」

「……」

「私は何の力にもなりませんよ。」

「……」

 

"五条家の汚点、出来損ない、禁忌"

所詮、ただの緋眼の持ち主。

兄のような六眼を持ち合わせている訳では無い。

 

 

 

…そう……"だって 私は"――

 

 

 

 

「ハハハハハハッ!!随分と捻くれ者だね?君は!」

「え?」

「美人がずっとムスッとしていたら勿体ないよ?ほらほら!」

「うーーーー!?にゃにしゅるんれしゅか(なにするんですか)ー!!」

 

 

呑気に大笑いをかます九十九は容赦なく洸の頬を掴む。柔らかな頬がマヌケに伸びると洸は突然の出来事に既視感を覚えた。

この(ひと)、兄とタイプが似ている。相手の気持ちを分かっているのか分かっていないのか、そもそも分かろうとしてないのか興味が無いのか。

シリアスな場面なのにそんなことをされると逆に怒りさえも感じない。

 

 

「私は君が無力だと思わない。むしろ君の存在は大きな歯車と成る。」

「……?」

「私はそう信じているよ。私は、ね?」

 

頬から離れる手。

念じるように優しく九十九はそう言うと長い髪を翻し 洸に向けて手を振りながら微笑む。

 

「呼び止めて悪かったね。――また いつか会った時には手合わせ願おうかな。」

「え、あ……はい…」

 

嵐のように現れ、嵐のように去って……

あっという間に洸の前から姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

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渋谷事変―閉門―了

 

 

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氷の術で冷気が漂う場に希望の灯火が光る。

傷を負い、戦意喪失しかけた手前に強力な術師が2人現れたのだった。

 

 

「ヒカルン!!…と知らん人!」

「ナイスタイミングだ!洸!」

「((…助かった…))」

 

希望に安堵する虎杖とパンダは思わず声を上げた。ガクりと項垂れているのは日下部、疲労困憊だった。

 

 

「もう!来るのが遅いのよ!兄妹揃って自由なんだから!」

「……漸くか……」

 

"やっちゃいなさいよー!"なんて声を上げる歌姫。その傍らでは加茂が安心しきった声質で本音を漏らす。

 

 

「…洸。」

「……」

 

洸は隣に立つ九十九にこくりと頷く。

 

「下手をすれば面倒だ。少し様子を伺うよ。」

「はい。」

 

 

轟々と風が吹き抜ける。

双方にただならぬ空気がまとわりついていた。

 

 

「…覚えているかな?世界から呪霊をなくす方法。どんな手段をとるにしろ 人類をひとつ上の段階へと進めることになる。」

「((…ラルゥが動く時間を今は稼ぐ。負傷者の救出……))」

 

九十九は偽夏油と対話を始めた。洸は傍で静かに待つ。これはあくまでもこちら側の作戦。ラルゥに後方支援を依頼していたのだった。

 

「人類の未来(ネクストステージ)…それは――呪力からの"脱却"だよ。」

 

九十九の台詞に間を空けることなく被せる男

 

「違う 呪力の"最適化"だ。」

 

訳の分からない会話に虎杖は眉を顰め"俺にはどちらもサッパリ"だと呟く。というより洸と共に現れたこの女性は何者なのかとそちらに気が向いていた。

 

脱却(その)プランは12年前 禪院甚爾が死んだ時点で捨てたと思っていたよ。」

「夏油君に話しかけたんだけどね…まあいいか 初心に還ったのさ。それに最適化のプランには大きな穴がある。」

 

九十九は指で2を表し 冷静に言葉を続ける。

 

「海外では日本に比べて呪術師や呪霊の発生が極端に少ない。最適化プランには天元の結界が必要不可欠なハズだ。天元を利用するということは呪力が最適化され、術師となるのはこの国の人間限定。呪力というエネルギーをほぼ日本が独占することになる。」

 

非術師は魂と肉体が完全に一体化していない、器に穴があるがゆえに魂の代謝たる感情、すなわち呪いを漏らしてしまう。術師にも穴はあるが、呪力をコントロールする術を持っているために漏れることはまず有り得ない。

 

完全な一体化は器から穴をなくすことで呪力の漏洩を防ぐ。

優れた術師の素質を持ちながらも完全な一体化によって呪力が常に身体強化に使われているが故の超人的な身体能力です。完全な一体化は呪力を効率よく作れない非術師にはほぼ影響はない。

 

――そして何より、日本が呪力を独占するとなれば…

 

「かの国は勿論、中東諸国は黙ってないでしょうね。」

「ああ、洸の言う通りだよ。…生身の人間がエネルギー源なんだ。どんな不幸が生まれるかは想像に易いだろう。」

「……そんな世界線は誰も望んでない。理想とは大きくかけ離れた世界です。」

 

洸は瞳に力を入れた。茈が鋭く男を睨みつける。対して男は砕けた笑いを零す。

 

「ハッハッ!それがなんだ。そもそも目的が違うんだ。私は呪霊のいない世界も牧歌的な平和も望んじゃいない。非術師、術師、呪霊――これらは全て"可能性"なんた。人間という呪力の形のね。」

 

男の思惑を根底から理解はできない。しかし善悪を言うならばやはり間違いなく悪。数多の人間を容赦なく殺しておいて善を語れるわけはなかった。

 

「だがまだまだ。こんなものではないはずだ 人間の可能性は。それを自ら生み出そうともした。…だがそれでは駄目なんだ。私から生まれるモノは私の可能性の域を出ない。」

 

「っ!」

 

男の妖しい笑みに洸は即座に刀の柄の部分に手をかける。鞘から今にでも妖刀を抜こうと動いた。

 

「…九十九さん」

「待て洸。」

 

九十九は洸を抑えるように手のひらを向ける。

そして同時に男の手には真っ黒な呪霊玉。呪力が更に濃くなっていくのが分かる。

 

「答えはいつだって混沌の中で黒く輝いているものだ。…分かるかい?私が創るべきは私の手から離れた混沌だったんだ――

 

 

 

 

 

 

――"既に術式の抽出は済ませてある"」

 

 

 

「ッ!!」

 

刹那、洸は刀を抜くと男に襲いかかる。あまりのスピードに驚いた男は展開しようとした術式を止め、身を翻し戦闘に備えた。

 

地場が激しく揺れた。砂埃が混じった暴風が吹き荒れ激しい戦闘が始まる。

 

 

「ッ!洸!」

 

九十九は戦闘を目で追うも声は届かない。しかし危なかった、洸が動かなければあの男は術を発動していたに違いない。

 

「君!真人とかいう呪霊がいるだろう!魂に干渉できる術式を持ったやつ!!そいつはどこに!?」

「さっきアイツが取り込んたけど?」

「マジんが〜〜〜〜!?」

 

虎杖はキョトンと答えると九十九は素っ頓狂な声を上げ頭を抱える。

そしてその背後では轟音が鳴り響く。地形が変化し、戦闘中の2人は空中戦とも言える高所で激しく戦い続けていた。

 

洸が容赦なく男を追い込んでいく。優勢だ。

男の焦りの顔が見えた時、洸は勝機を感じる。

 

妖刀は男を貫き、真っ赤な鮮血が洸の衣服に飛び散る。洸に一切の攻撃は無意味。五条悟と同じ術式が彼女を守る。

 

 

地上でその光景を目の当たりにする仲間たち。洸の本気は幾度となく見てきた気がしたが今は少し状況が違う。

 

最強の兄と同じ呪力、それをたった数時間でモノにした洸は更に強者へと上り詰めていた。彼女を覆う呪いが悟の力を得ることによって正に"水を得た魚"。

このままいけば勝てる。全員が洸に期待していた。

 

 

 

「…ヒカルン…すげえ」

「いつもは悟にフォーカスされがちだけど元々洸はめちゃくちゃ強いからな。」

 

虎杖とパンダは目の前で繰り広げられる戦闘にに呆気にとられていた。戦闘のレベルが違いすぎる。呪力の濃さも地面につたう振動も、全てが規格外なのだ。

 

「……動きが完全に兄貴そのままだ。呪力も何もかも……何が起こってるか未だに分からんが 」

 

日下部も思わず息を飲む。無意識に手元が震えていたのだった。

 

「洸ーー!このままやっちゃいなさいよ!」

「歌姫先生、治安悪…」

 

歌姫の呑気な台詞に若干引き気味の西宮――

待機する他の呪術師たちも皆唖然と洸の動きを追う。

 

「((…五条洸……なんて力))」

「((五条家はやはり侮れない))」

 

真依と加茂は彼女の隠された力に恐怖さえ感じていた。

 

 

 

 

――勝敗のつかない戦い

洸は次々と攻撃を仕掛ける。

 

 

「ッはははっ!すばらしい!その力!」

「さっきから逃げてばかりだけど?ビビってるの?」

「まさか。愉しくてたまらないだけさ。」

 

海洋生物のエイのような呪霊に乗り浮遊する男。既視感のある光景だった。かの夏油がこよなく愛していた浮遊型の呪霊。偽物といえど完全に夏油のガワを纏った男が目の前にいると不思議な感覚だった。

 

「……もうお遊びは終わりよ。」

「っ!?」

 

洸は隙をついて男に飛び掛る。

エイの呪霊は破壊され、洸は男の首を掴むと上空から地面に向けて強く叩き落とした。

 

――がしかし、致命傷さえも負わないのだが。

 

 

 

「ねえ、獄門疆さっさと返してくれる?」

「……ケホッケホッ……はぁ……」

「さっきから"視えてる"。私が無理やり奪う前に大人しく返して。」

 

洸の目は獄門疆をしっかりと映していた。

 

「それは無理な話しだ。」

「私も正直なところ 兄が封印されたままでもそれはそれで構わない……"けど"――」

 

洸は男に乗りかかった状態で男の襟を両手で掴みかかる。そして顔をさらに近づけると芯のある声でハッキリと口にした。

 

 

「……"皆が待ってる"。兄を……五条悟を。」

 

瞳がさらに鋭さを増す。

男は咄嗟に嫌な予感を感じた。

 

「――っ!!」

 

再び現れるのは無数の雑魚呪霊。

洸の背後に現れるとほんの一瞬の隙を見つけ男は洸の手から離れる。

 

……だが、洸が追いつけないわけが無い。

 

「チッ!!」

 

次の呪霊を出す隙を与えず洸の猛攻撃が男に襲いかかる。避けるのに手一杯だった。

 

「((…"速い"。先程と格段に違う…!))」

 

更に上がるスピード。振り下ろされる刀身の速さも先ほどと大きく変化していた。

 

研磨される洸の力。兄の力を付与されて更に磨きがかかる。恐るべき適応力。数刻前に渋谷の駅構内で襲いかかった時とは全くの別人だった。

 

「((……すばらしいっ!本当に……あの五条悟がここに居る!))」

 

獄門疆に封印する前、地下鉄のホームで対峙しあったあの時。容赦なく呪霊たちを追い詰めた悟の姿と洸がハッキリと重なる。

 

 

 

「――捕まえた。」

「ぐっ!?」

 

洸の手が再び男に掴みかかる。

その場に妖刀を投げ捨て、逃がさまいと真正面から男に抱きつくと洸は耳元で術を唱えた。

 

「術式反転…赫。」

「くっ!離せ!」

「術式順転ッ……蒼!」

 

ゼロ距離での攻撃

 

 

 

「虚式――"茈"!!」

 

 

洸がそう唱えた瞬間、地上で大爆発が起こる。

九十九が予め張っておいた結界がなければ仲間たち諸共吹き飛んでいただろう。

 

「……やったか。」

 

九十九は爆発源へと視線を向け眉を顰める。もくもくと立ち込める煙の中から気配は感じる。状況はまだ分からない。

 

 

「っ……ヒカルン」

「生きててくれよ、洸」

 

虎杖とパンダは固唾を呑んだ。

先程までの乱闘が嘘のように静まり返る。風の音と煙が舞い上がる音だけが空間に漂う。

 

 

 

 

 

 

 

「――――はぁ……はぁ……」

 

砂煙の先に立つ影。

酷く汗を流し、何故か身体中に傷を負う洸。

 

「洸……!?」

「どういうこと?術式で攻撃は一切効かないんでしょ?」

 

歌姫と西宮は目を見開いた。

明らかに負傷している洸の姿に困惑の色をみせる。

 

 

「ッ……」

 

洸は深く息を吐く。ドクドクと酷く波打つ心臓を落ち着かせようと何度も深呼吸した。

そして僅かに残った力で自己治癒を行う。

 

「((……反転術式の感覚は戻ってきた……自己治癒は大丈夫そう…))」

 

しかし呪力が上手くまとまらない。ようやく馴染んできたと思えば再び乱れ始める。扱いきれない兄の力に適応しようともがいては打ちのめされる。

 

「((獄門疆は奪い返せた。……あとは――))」

 

洸の手のひらには不気味な獄門疆。

目的は達成した。

 

――そして残るはあの男の……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――"は?"」

 

洸は呆然と立ち尽くし力の抜けた声を漏らす。

薄れていく砂埃の先にハッキリと人影が立っていたのだ。

ぐちゃぐちゃと嫌な音が僅かに聞こえる。恐らく万全な肉体を保てていないのは事実。影の向こう側で自己治癒を行い肉体が再生する男の姿を捉えた。

 

 

「ケホッケホッ……はぁ……危なかった。」

 

全てを破壊するほどの力だ。四肢を潰し、頭部も手応えがあった。治癒など施す間もない状態にしてやったはずだ。

 

「久方ぶりに生命の危険を感じたよ。さすが腐っても五条家の術師だ。」

「……待って……ゼロ距離で茈を喰らったのに…なんで生きてる?…」

「ん?よく見たら君もボロボロだ。……ああそうか、最大火力を引き出すために無限の力を放棄したのかな?」

 

驚きを隠せない洸。

ポカンと目を見開き"信じられない"と言わんばかりの表情。男は再び既視感を覚える。親友の姿を久しぶりに目にした時の五条悟そのままの反応におかしくてたまらなかった。

 

「……その様子だと違うようだね。またボロが出始めたみたいだ。何らかの影響で最強の鎧である無下限が解除された……そうだね?」

 

最大火力の茈。

もちろんまだ調整もきくはずが無い。洸はとにかく呪力を込めた。凝縮させた正と負のエネルギーを一気にぶつけた。

 

"だが問題ない。獄門疆は戻ってきたのだから。"

 

 

 

「"ねえ、洸ちゃん"。」

 

傷を再生しながら男はゆっくりとこちらへ歩み寄る。

洸は獄門疆をしっかりと握りしめると僅かに後退した。

 

「……"洸"」

 

偽物の夏油がまるで本物のように語りかけてくる。

 

「君、死ぬ気ないでしょ?」

「…………」

「"死ねないんだ"。そうだよね?」

 

人のいい笑みを浮かべ 男は洸の心柱を揺さぶるように続ける。

 

「何言っ」

「あー、無敵だとかそういう意味じゃないよ?べつに他者が君を殺せる力があるなら君は死ぬ。……だが、そうじゃない。」

 

"うーん"とわざとらしく考え込むような仕草をみせ天を仰いだ。洸は憎むように男を見上げる。

 

「もう少しでその答えに辿り着けそうなんだが……邪魔をされてね。」

 

本物の夏油は知っていた。

彼女の秘密を――だが探れない。肉体が邪魔をするのだ。

 

「五条悟……"兄との縛りのようなもの"が君にはある。」

「……」

「だから君は意地でも死ねない。"死ぬ訳には行かないんだ"。」

 

ピクリと洸の瞼が動く。

男はさらに不気味に笑った。

 

「当たりかな?」

「……さあ。」

 

洸は再び後退する。獄門疆はスカートのポケットへ収め 地面に落下していた刀を拾い 構え直す。

なかなか体の傷が癒えない。残された体力は残りわずか。

 

 

「……"裏梅"」

「……ッ!」

「何を呆けているんだい?」

 

その時、傍らで静かに様子を伺っていた裏梅に男は視線を移す。明らかに様子がおかしい裏梅は肩をビクッと揺らすと明らかな動揺を見せていた。

 

 

 

「((……姿も声も……あの瞳も……!))」

 

裏梅の脳裏に"あの娘"が浮かぶ

 

 

┈┈┈┈┈

 

 

屋敷の大木の周りを走り回る白髪の娘。

娘が自分を見つけるとすぐさま駆け寄ってくる。

 

 

"――裏梅!"

 

可憐に笑うあの娘が――

 

 

 

┈┈┈┈┈

 

 

目の前に――

 

 

 

 

 

「((小娘……っ!))」

 

 

裏梅は術式を展開する。

洸に襲いかかる無数の氷。それは洸の体にまとわりつくと動きを封じ込めるように固定した。

 

 

 

「……この程度で私を止められるとでも?」

 

「((何!?その傷で動けるだと!?))」

 

 

まとわりつく氷を一掃し再び無限の力で防御。

洸の身体は再び強力な呪力に覆われる。

 

力が戻ってきた。誰しもがそう思い洸の勝機に安堵する。……が、九十九だけは違った。

僅かにブレる洸の呪力にいち早く気づく。

 

「引け!五条洸!一旦下がるんだ!」

「ここで引き下がるわけにはいきません!!」

 

九十九の制止の声に洸は反応を見せた。

 

「((終わらせる……もう……これで終わりッ!))」

 

裏梅の攻撃を避け 偽夏油の元へと一気に駆け抜ける。大きく刀を振りかぶる。その刀身は男の頭頂部をしっかりと捉え――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『"ヒカル"』

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい声。

"また" あの少年が現れた。

 

 

 

 

「ぁあっ!?」

 

 

"灰原の偶像"

わかっているのに体は無意識に反応する――

 

 

 

 

「ハハハハハハッ!!馬鹿め!!2度も引っかかるか!?」

 

男は声高らかに笑う。

刀身を振り下ろすのを躊躇った瞬間、真っ赤な血飛沫が舞う。

 

 

「……ぅ…ぐっ…」

 

 

ボタボタと地面に落ちる血液。

その血液は洸の目元からとめどなく溢れ落ちていた。

 

 

「「!?」」

 

後方で待機する一同は酷く動揺する。

目元を抑え、必死に相手の攻撃を交わし続ける洸の動きにただならぬ不安をおぼえた。

 

 

「洸!!……チッ!!」

「行かせるとでも?」

 

裏梅が九十九たちの動きをさらに封じこめる。

 

「ヒカルン!!!」

「洸!!!!」

 

虎杖とパンダも救出しようと必死に体を動かすが危険だった。氷は更に強力な力を発揮し 無理して動けば体が崩れるのは間違いない。

 

 

「くっ……ぐ」

「ほう。目を割いても視えてるのかい?」

「((……霞む……回復が追いつかない!))」

 

必死に相手の攻撃から逃げる。そのせいもあり治癒に集中できない。

そして"また"彼の姿に動揺した自分を心底恨んだ。

 

「((……違うのに……違う!!違うのに!なんで私は…………))」

 

灰原を……死んでいる人間に未だ希望を持つ?

 

 

「ハァ…ハァ……」

「その様子だと 術式を無理に使い過ぎたね。」

「…ッ……ン…」

「最大出力を遥かに超えた"蒼と赫"、そして"茈"。」

「ぐ……」

「今の君の体には負荷が強大すぎた。分からないかい?今の今まで どれだけ無理をして術式を使っているのか――」

 

男の手から不気味な形状をした刀が現れる。それは黒いオーラを纏い、洸の体を目掛け押し込まれた。

 

「ほら。隙だらけだ。」

「が…っ!」

 

洸の胸に貫通する刃。

 

 

「"出来損ないの娘"」

「はぁ……ッ……」

「"五条家の汚点、禁忌"」

「ぅ……ううっ…」

「たとえ実兄の五条悟の力を得たとしても……君は超えることは出来ないんだよ。」

 

弱い。五条悟と五条洸。同じ血を分け合った2人。

しかし根本的に人間が違うのだ。どんなに力を得ても、悟の力を手に入れたとしても――私は弱い。

 

「((……違う…………私は……))」

 

ジリジリと男を睨み据えた。目元を切られているせいで眼球は見えない、が その茈の光りの強烈さ。罪人を見下す神様のような厳粛さ――怒った猛獣かと思われる凄じさ。

 

 

「っ……」

「さあ。どうする?五条洸。」

 

洸は体を貫く刀身を素手で掴む。

必死に抜こうと、そして同時に治癒を始める。

 

「((さっきのとは比べ物にならない痛み!術の負荷…!?頭が割れるッ…目の前が……どうなって…!?))」

 

他者から見れば目元は抉られ酷い有様。

白かった上着は真っ赤に染まり 生きていることが不思議なくらいだ。

 

 

「"緋眼"については私も昔から知ってはいるんだが……なんせ五条家は昔から隠したがりでね?ほとんどの情報は残っていない。……というより"抹消されている"という言葉が正しいかな?」

「……ンッ……ん゛ン!」

「もう会話もできないみたいだね。残念だ。」

 

男は洸のスカートのポケットから獄門疆を奪い返す。洸は焦った。しかし体が言うことを聞かない。

 

「五条洸。君は――」

 

 

男が言葉を続けようとしたその瞬間。

黒い影が猛スピードで抜け去った。それは一瞬で洸を抱え込み、胸に刺さったままの呪具もろとも姿を消す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!起きろ阿呆!!」

「……ッ……くさ、……か」

「意識があるなら喋らなくていい!……このど阿呆が……」

 

「洸!!」

「……う…………ひめ」

 

日下部と歌姫が洸を救う。

直ぐに歌姫が特殊な結界を張ると3人は外界と遮断された。

 

 

「…洸。お前はもう動くな。」

「……くさ、…かべ、さ」

「五条の莫大な力がお前の体にこの短時間で入り込んだようなモンなんだろ。順応するには時間がかかる。」

「……」

「引く時は引け。じゃないと死ぬ。いくらお前でもな。」

 

日下部と歌姫は洸の状態を確認した。

酷い外傷だ。長い髪の毛も一部が焼け落ち、眼球は原型を留めていない。微かに自己治癒を行っているのは分かるが時間を要するのは確実だろう。

 

「((胸に刺さった呪具は下手に抜けねえ。……さっさと家入の所に――))」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"無為転変"」

 

 

 

 

刹那、空は闇へと堕ちていく。

呪印のような不気味なものが空を包むと一同は絶望の淵に。

 

 

 

 

 

「"はじまるよ"」

 

 

 

 

「再び 呪術全盛平安の世が……!」

 

 

 

 

 

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「"虎杖悠仁は僕が殺します"」

 

 

 

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呪術総監部より通達――

 

一、夏油傑生存の事実を確認。同人に対し再度の死刑を宣告する。

二、五条悟及び五条洸を渋谷事変共同正犯として呪術界から永久追放。かつ五条悟の封印を解く行為も罪と決定する。

三、夜蛾正道を五条悟、五条洸、夏油傑を唆し渋谷事変を起こしたとして死罪を認定する。

四、虎杖悠仁の死刑執行猶予を取り消し速やかな死刑の執行を決定する。

 

 

 

 

五、虎杖悠仁の死刑執行役として特級術師乙骨憂太を任命する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――渋谷事変 閉門――

 

 

 

 

 

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