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2007年――
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「ぁ……あ……」
声が出ない――
「はぁ……はぁ……あ…」
胸が苦しい、
意識的に呼吸しないと、息ができないほどに――
「ゆ、…ぅ……う……ッ……!」
必死に"彼"の名前を呼んだ。
だが不思議な程に吃驚する程に声が出ないのだ。喉に、胸に、肺に、何かが詰まっているような感覚。
ガクガクと手足が震え、まるで自分の体じゃないようだ。
"彼"の頬に手を伸ばすも異常な冷たさに思わず手を引っ込めてしまう。その瞬間、無意識に体から一気に力が抜ける。無機質で冷たい床が自分の脚に染み込むと改めて夢ではないという事実に気を失いそうになる――
「「………」」
そんな"異常で異様"に狂った彼女の様子を傍らに、二人の男は苦しそうに顔を歪めた。
「…洸――」
「七海。」
"台"のすぐ側で腰を抜かし、口をパクパクと震わせながら床に力なく座り込む洸。七海はそんな彼女に手を伸ばそうとした瞬間、それを夏油が阻止した。
眉を引き寄せ、恐ろしく厳粛した顔の夏油。それを目の前に七海は手を引っ込め、再びパイプ椅子へと腰を下ろし頭を抱え込む。
「ゆう……ッ…ぅ……あぁッ……ああぁあっ……
――雄ぅぅぅうう!!!!!」
台の上に転がった"屍"
受け入れられない現実を突きつけられた少女の顔は酷く青ざめ、発狂したのであった。
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ずっと、ずっと、ずっと――
恋をしていた
これでさよなら
あなたのことが
何よりも大切でした
望み通りの終わりじゃなかった
あなたはどうですか?
友達にすら 戻れないから
私 空を見ていました
最後くらいまた春めくような
綺麗なさようならしましょう
――米津玄師 "Pale Blue"
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2006年6月4日 日曜日――
――午後10時35分
"東京都新宿区 新宿駅"
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週末で賑わうファッションビル。
可愛らしい雑貨を取り扱う店内に2人の高校生の姿があった。
「ねぇ!コレどうかな?」
「………」
「可愛いと思うし、きっと喜…」
「却下、変、センスない。」
「えぇぇえー!酷い!」
"年頃"の女の子が好みそうな雑貨品を次々と吟味するもそれを見事に却下されてしまう少年の姿。
そしてその度に面白そうにクスクスと笑みをこぼす少女――
五条洸、灰原雄。
もう1人の同期生である七海は任務の為、残念ながらこの場には居らず。珍しく"この2人"だけで外出をしていたのだった。
しかし、今日は2人で出掛けるのが目的では無い。
洸は灰原の"大切な日"である今日の為に買い物に付き合っていたのだった。
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「昨日まで遠方の任務で忙しかったのに、付き合ってくれてありがとう。洸。」
ニコニコせずには居られないと言わんばかりに満面の笑顔を浮かべ、礼を述べる灰原。そんな眩しいキラキラと輝く笑顔に対し、洸はどこか恥ずかしそうに顔を逸らしながら応える。
「…全然。私も気分転換に買い物したかったし、丁度良かった。」
「へへっ!ていうか洸もすっごい買い物したね?見てて気持ちよかったよ!そっちの紙袋持つよ、貸して?」
「いーよ!自分で持てるから!」
「僕!力は負けないからね!任せなよ!!」
「…あ…ありがと…」
新宿の街を歩く2人の姿。
肩を並べ、仲睦まじい様子はまるで"高校生、出来たてホヤホヤカップル"…なんて見えてしまいそうだがそうではない。
まだ出会って2ヶ月程だがそれを感じさせないほどの関係性。親友とまで言うには早いかもしれないがお互いにとってそれに近いものがあった。
「………」
都会特有の微かな羽音のような、途切れることのない騒音が延々と2人の鼓膜を叩く。
洸は灰原の左手に握られている紙袋に視線を落とす。先程、洸と一緒に選んだ雑貨が収められた淡いピンク色のオシャレな紙袋――
灰原は今から大切な人に会いに行くのだった。
「――家族に会うのはいつぶりなの?」
「うーん…高専に入学してから会ってないから2ヶ月くらいかな?」
「そうだったんだね?もっと会ってるのかと思った…、妹さん、きっと楽しみにしてるだろうなあ。」
会ったことも無い彼の家族を脳内で想像してみる。きっと明るい家庭なのだろう。なんせ"彼"がこんなにも天真爛漫なのだから――
「…洸、もし良かったら僕の家族に会ってみない?」
「え?」
「せっかくここまで一緒に来てくれたんだし。洸さえ良ければ!"妹"も絶対喜ぶと思うんだ!」
「いや…私は大丈夫。」
「えー?何で?きっと"友達"だって連れていったら皆んな喜ぶのに。」
"友達"
灰原の擽ったい言葉に反射的に唇を窄め、顔を逸らす。おもむろに空いた右手でスカートの裾を握りしめると右手のショーウィンドウに映った自分の姿に視線を向けた。
「…この髪の色と赤い目…見たらビックリするでしょ?」
「別になんとも思わないよ?七海だって金髪だし、ビックリなんてしないよ?」
同じ呪術師だとは認識されるだろうが洸は少し恐れも抱いていた。それは過去の経験からかもしれない。
自分の異様な姿を不思議そうに見る人達。五条家の長女だと特別視され、異色の視線を向けられる感覚――
「…まあとにかく…今日は久しぶりの家族水入らずの時間なんだし、私は他で時間潰してるから予定通り駅で待ち合わせしようよ。」
「残念だな〜。ま、また機会はあるだろうし!その時は会ってよ!」
「はいはい。」
「約束ね?」
「わかったよ、約束――」
ピタリと足を止め灰原は小指を洸に差し出す。"指切りげんまん"……。洸は呆れたような笑みを零すと自身の小指を絡めるのであった。
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灰原の家族は非術師のごく普通の一般家庭。だが妹は灰原と同じで"見える"というのだ。
七海も含め、あまりお互いの家庭事情は多く語ったことは無いが灰原家の関係性は良好のようだった。洸にとって羨ましくも思う――
今日はそんな灰原家の久しぶりの団欒の日。新宿付近で外食をするらしく、数日前から彼は楽しみにしていたのだった。
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「((――家族、ね。))」
灰原と一旦別れ、洸は駅近くのカフェで1人過ごしていた。目の前のガラス窓をぼんやりと見つめ、行き交う人々を何の気なしにただただ目で追っていた。
家族といえば……"何も思いつかない"――というのは嘘になるが少なくとも普通の家族がどういうものか分からない。
とくに高専に来て、任務へ出ることも増えた事から"家族"というものを様々なシーンで見ることも多くなり、自分の家族はやはり変なのだと、普通とは違うのだと思い知らされていた。
――両親と手を握り、楽しそうに歩く子供の姿。駅のホームで口喧嘩をする父と娘。息子を学習塾へ車で送迎する母。広場で行われていた少年野球の試合の応援をする家族たち。ファミレスで楽しそうに和気藹々と食事をする4人家族――
「((これが家族。…私の知らない"普通"。))」
グラスに注がれたブラックコーヒーをストローで飲み込み喉を潤すと、疲れたような小さなため息を漏らした。
――父と母の記憶は殆ど無い。
乳母に育てられ、母は記憶の無いうちに死んだと告げられ、父は滅多に姿を現すことも無い。
兄の悟が住んでいた屋敷、自分が住んでいた離れにも家事使用人が複数人おり、殆どの世話は血の繋がりがない人間たちが行っていた。仲の良い家事使用人も居たが基本的にはあまり心を開いた覚えもなく、懐いた記憶もない。
それには理由がある。洸にとって"他者から向けられる視線"がとにかく苦手で苦痛だったからだ。
"五条家の長女"
"六眼持ちの兄を持つ妹"
"五条の血筋を繋げる貴重な女人"
品定めするような粘っこい視線
常に監視されている気配
好奇の目――
価値ある人間だと言われているようなものだが、誰も自分の事を"五条洸"として、ひとりの人間として見てくれたことは無い。どんなに心を開いた家事使用人が居たとしても、ある程度の一線は敷かれる現実。
そんな環境で"家族"を感じる事など出来るはずもなかった。
…まあ"ひとりだけ"例外は居たが――
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「洸ーー?世界一優しいイケメンハイスペックお兄様の帰還……」
「………」
「おーい。もしもーーし。聞こえてるー?見えてるー?」
「………」
とある日の昼下がり。
離れの屋敷で生け花を嗜んでいた洸の元に腹違いの兄が突然現れた。
白いTシャツに細身の黒いパンツ…この屋敷にそぐわないラフな服装に、チャラチャラとした丸いサングラス……
俗に言う"高校デビュー"的なものなのだろうか?
「わざわざお前に会いに帰ってきてやったのに、その態度ナクナーイ?」
「頼んでない。」
「はぁあ?んだとォ?クソガキ。」
「茶化しに来ただけなら帰ってよ。」
「おうおうおうおう!相変わらずツンツンしてんねぇ〜、可愛くねぇな〜性格ブス。」
「………」
怠そうに傍に腰を下ろす兄には視線を向けることなく、目の前の円形の剣山に初夏を感じさせるトリトマの花を生ける。まるでその場に居ることを否定するかのように表情すら変えないのであった。
「あ、そーだ。お前来年から高専に入学する事決まったから。」
「………は?」
「だーかーら。前連絡した時に言っただろ?呪術高専。」
「勝手に決めないでよ。私行くって言ってな…」
"言ってない"という台詞を遮るように兄は言葉を遮る。
「俺からの電話連絡完全無視、メールも返信しねぇくせに……"行かない"って言葉すら言わないお前が悪い。」
「……ッ……」
「自業自得だっての。お前ももうガキじゃねぇんだから"それくらい"ちゃんとしろ。」
「………はぁ…」
花を活ける手は止まらない。
ため息を漏らしながらも、次々と夏の花々を手に取る。
「――勿論、京都校だよね?」
「は?ンなわけねーだろ?東京だ、東京。」
「え、絶対無理。それじゃあ悟兄と同じ…」
「ワガママ言うんじゃねーよ、クソガキ。」
「全部勝手に決めないでよ!私絶対嫌だから!悟兄と同じなんて…絶対…」
刹那、花を生け続ける洸の手を半ば強引に掴む。そして強く体を引き寄せ目の前に現れるのは美しい兄の顔。いつの間にかサングラスは外されており、美しく澄んだ青い瞳が洸の緋色の瞳を捕らえたのだった。
「お前さ、自分の立場分かってんの?」
「っ…!」
生真面目な口調、そして昔から苦手だった艶気を含んだ低い声。
いつもはふざけている癖に"こういう時"は人が変わったように全ての色が変わる兄――
じっとこちらを見据える"六眼"からは不思議と目をそらす事が出来なかった。
「ただでさえ
「…なんとなく、は…」
「
「………」
「血筋を重んじるヤツらが"五条の血"を真っ向から受け入れると思うか?」
「………」
「お前を攫おうとした野蛮なヤツらの目的。…それ以上兄ちゃんが言わなくても分かるだろ。」
"利用されるだけ"
優秀な五条の血を持つ女に禪院の血が混ざった子を産ませる。一体それがどう転じるかは誰しも予測がつかないが"異端児"が誕生する可能性は十分にあるだろう。それに五条家の長女を娶れば切る事の出来ない繋がりも出来てしまう。もしかすると洸を人質に、何かよからぬ事を仕出かすことも十分に考えられる。
そして、洸は間違いなく幸せにはなれない。
"100%有り得ない"
「"禪院家に非ずんば呪術師に非ず…呪術師に非ずんば人に非ず"――この言葉、聞いたことくらいあんだろ?」
「………」
「んで、しまいには"男尊女卑"……古臭ぇイカれた思想を未だに持ってるクソ集団だ。」
呪術界の御三家の一つである禪院家――
御三家というだけあってエリート思考が高く、兄の言う通り未だに現代でも古臭い思想を持ち続けていた。
”禪院家に非ずんば”という時点から基本的には他の呪術師を見下し、呪術師として能力が高ければ禪院家でも幸せな人生を歩むことができるが呪術師として能力が無ければ差別を受けてしまうのが禪院家の"闇"。
禪院家は差別が多くクズな思想であるというのは呪術界隈でも有名なのである。
「前、禪院直哉にされた事も忘れたのか?」
「………」
「お前をかっ攫おうとした事を有耶無耶にして、懲りずに俺たちと関わりを持とうとしてるクソ野郎だ。」
「………」
「それでもお前はこのまま"
ゆっくりと自分の手を掴んでいた兄の手が離れる。そして苦しそうに眉を顰める、目を逸らす洸は唇を強く噛み締める。
揺れる緋色の瞳。
生まれてから今まで翻弄され続ける妹のその姿。
腹違いとはいえ血の繋がりのある"妹"。
兄は見放すことなど出来なかった。
「――なーんて、暗い話はさておき。呪術高専東京校、意外といい所なんだよねー。」
「……行かない。」
「授業とか任務とかだりぃ事もあるけど、他にも楽しいことがあんのよー」
「人の話聞いて――」
「お前にも、そういう経験して欲しいんだよね。俺はさ。」
兄の大きな手が洸の頭を覆うように撫でる。サラサラとした白銀の長い髪の毛に指を通し、微かな笑みを覗かせた。
「入学する前に髪切っとけよ?」
「はぁ?」
「お前とそっくりで面白いやつが居てさ?まぁ酒も飲むわ煙草も吸うわでとんでもねぇ女なんだけど…お前と見た目は"色違いポケモン"的な?」
「((…酒に煙草……本当にその学校大丈夫なの?))」
頭部から手が離れると半ば迷惑そうに洸は乱れた髪の毛を整える。
そして兄はその場から立ち上がり、和室の障子に手を伸ばすと"ニヤッ"と意地悪そうに口元に笑みを浮かべ洸に言葉を投げかける。
「――というわけで、俺の独断で呪術高専東京校入学確定。お前に拒否権は無し、逃げたら死ぬまで追いかけるからな?――――」
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「((…とんでもない人だけど、私という存在を認識してくれた人―――))」
家族という概念がそもそも希薄だった五条家で唯一"妹"として"五条洸"として鬱陶しい程に関わりを持ってくれていた悟。
……まさか今、あの時のことを思い出すなんて。
灰原に触発されて今更"家族"というものに興味が湧くなんて。
――私らしくない。本当に。
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――午後17時30分過ぎ
新宿 アルタ前――
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日は西の地平に傾き、宵闇がすぐそこに迫りつつあった。
学生たちの取り留めのない声の束、若者達の楽しそうな笑い声。そんな人々のざわめきや車の音がひとつに入り混じって、都会特有の開放的な音を作り上げていた。
待ち合わせ場所に時間通りに訪れた洸。
キョロキョロと辺りを見回すと直ぐに見慣れた人物が目に入り、勝手に脚が動き出した、
「雄!」
洸の明るい声が響くと応えるように反応を見せる灰原。手を大きく振り、こちらへと走ってくる洸に満面の笑みを見せる。
「洸、ただいま!」
「うん。おかえり。…雄――。」
たったの数時間ぶりの再会なのに気恥しいような嬉しいような――不思議な気持ちが込み上げる洸。
何故か分からないが灰原の顔を見ると泣き出してしまいそうだった。本当に"訳が分からない"のだが…
「え?どうしたの?」
「……へ?」
「何か辛そうだから。…もしかして何かあった!?」
"大丈夫!?"と洸の両腕を優しく掴む灰原。触れられた事にさえドキッと心臓が跳ねると無意識に顔が強ばり、再び形容できない不可思議な表情を浮かべる洸。
「…別に何でもないよ?目にゴミでも入ったのかなー?なんか痛くて…」
「目薬ある?僕持ってなくて……無かったら薬局寄って帰ろう?」
「大丈夫!そんなに酷いわけじゃないから……」
ゴシゴシと目元を擦り、何ともないと言い張る洸。若干心配そうに灰原は視線を向けるも
「そうだ。これ渡したかったんだ。今日付き合ってくれたお礼に。」
「私に?」
「洸以外誰が居るの?」
「……開けてみていい?」
「勿論!」
青いシンプルな紙袋。
その中に入っていた不織布の包みに手を伸ばす。
「いつも激辛のお菓子とかだし、今日はいつもと違うものをって選んだんだけど――」
包みを開け、中に入っていたものを手に取ると"可愛らしいもの"に目を光らせる洸。
「洸ってよく本読んでるし、使えるかな〜って思って。」
「……綺麗な"栞"」
白い毛に覆われた星型の花が押し花にされている半透明の栞。薄いプラ板のような素材で光に反射するとキラキラと輝く。
「本物の花を使ってるんだって!……確か"ウスユキソウ"?って店員さんが言ってたかな。」
「……"エーデルワイス"」
「ん?何?」
「あっ……いや、何でもない。」
"ウスユキソウ"
花に詳しい洸はウスユキソウからエーデルワイスの花をすぐに連想させた。
花言葉を脳裏に浮かばせたその時
「白くて可愛い形の花だから直ぐ目に入ったんだ。直感だけど洸らしいなって思って。」
「こんなに華奢で可愛い花、私らしいかな?」
「もしかして好きじゃなかった?」
「ううん!そうじゃなくて……意外だったから……」
「洸は可愛いよ!……華奢……では無いかもしれないけど。」
「何それ、どういう意味?」
「えーーーーーっと……まあとにかく!可愛いんだよ、洸は!」
刹那、灰原の手が洸の手を握ると駅の方面へと歩き出す。突然の動きに戸惑いを見せるも、洸は灰原の背を追うように歩き出した。
「じゃ!帰ろっか?洸。」
「えっ、ちょっ……手……」
「この時間 人も多いし、はぐれたら大変だからさ。ね?」
「…………ッ……」
握られた手が熱い。まるで体全身が心臓になったかのように大きく脈打ち、胸の高鳴りが何故か止まらない。
「洸。今日は本当にありがとう。」
「別にお礼を言われるようなことしてないよ?」
「本当に感謝してるんだ。」
灰原の顔は見えない。見えるのは彼の後ろ姿だけ。
そして珍しく、抑揚の少ない落ち着いた声色と口調――
「洸と友達になれて……僕、本当に嬉しい。」
「……雄。」
新宿の街はうるさいはずなのに彼の声だけはハッキリと聞こえていた。
「"これからも友達でいてね。洸。"」
こちらへと振り向く灰原。
洸はそんな彼に目を奪われてしまう。
「((……灰原。あなたの微笑みはどんな言葉より多くを語る……))」
穏やかな明るい笑顔。
洸にとって灰原は"光"そのものだった。
向けられる視線が、声が、手の温度が――全てが心地よくて擽ったくて恥ずかしい。
自分が持っていない"陽"の部分を持っている灰原は眩しくて仕方がない。
「((――嗚呼、これが――――))」
友達という関係。それがどこかの時点で性質を変え、それはほのかな恋心へと――
「((……好き、という感情なのか))」
生まれて初めての恋。初恋。
洸は恋という言葉を知っていたが、恋という感情は知らなかった。しかし今、その恋に思い悩むのであった。
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それは
水もやらず枯れたエーデルワイス
黒ずみ出す耳飾り
こんなつまらない映画などもうおしまい
なのにエンドロールの途中で
悲しくなった
ねぇ、この想いは何?
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