┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
記録―――2018年 10月31日 19時
東急百貨店東急東横店を中心に
半径およそ400mの"帳"が降ろされる
┈┈┈┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈
2018年10月31日―――
―――午後20時38分
"渋谷ヒカリエShinQs B1F"
┈┈┈┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈
駅構内に敷き詰められた非術師達。
ハロウィンということもあり渋谷はいつも以上に人で溢れ、異様な光景が広がっていた。
「こりゃひどい。」
「無茶苦茶だね。·····集められた非術師、しかも特殊な帳。」
それを見下ろす五条兄妹。
数々の帳を潜り抜け漸くここまで辿り着いたのだが·····
「·····洸。お前はやっぱりここでストップ。」
「え?ここまで来て何言ってるの。」
「いいから。」
悟の大きな手が洸の腕を強引に掴む。目隠しをされた瞳はどのような表情をしているのか分からないが本気で身を按じているように感じる。
辺りに漂う異様な呪力。兄妹にとって大したことでは無いが"嫌な予感"を誰よりも察していたのは五条悟だった。
そんな兄に妹の洸は苦言そうに眉を顰める。
「·····何が"いるか"分かんないよ?」
「問題ない。」
「上の人たちは"兄妹で向かえ"って言ってたけど?」
「とにかく洸はここまで。」
「··········」
「んで、張られてる帳から抜けるんだ。できるだけ早く。」
「今更過ぎるよ·····私も―――」
刹那、悟の指が洸の目元を優しく摩った。撫でるように親指で瞼に触れると洸は大きく目を見開く。
「っ·····」
「いいな?洸。万一、兄ちゃんに何かあったら頼んだ。」
真剣な声色だった。
底にはいつもの皮肉ったような冗談さえ感じない。生真面目で悟らしくない台詞。"何かあったら"なんて随分弱気だ。おそらく生まれて初めて口にした台詞かもしれない。
「何?フラグ?そんな万一が起こるなんて微塵も思ってないくせに。らしくない。」
「まっ!そうなんだけどね?最強の僕なら"万一"は起こらないさ―――」
先程とは打って変わって明るい口調で言葉を呟くと、悟背を向け群衆を見下ろす。洸は大きな背中を見据え兄の言葉を待った。
"らしくない"兄の様子に洸もまた焦りの様な苦しさを浮かべる。
「頼んだよ。洸。」
「頼んだって·····」
「"僕の身に何かが起こった場合"·····キーマンになるのはオマエだ。」
「その言い方·····もしかして私の術式……ッ·····」
相手の言葉に引っ掛かりを覚えた洸。瞬時にその言葉の意味を理解すると声を詰まらせた。
「·····頼んだ。洸。」
兄の口元がどこか寂しさを感じるような弧を描いた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈
2006年7月3日 月曜日―――
―――午前10時
"京都府立呪術高等専門学校"
┈┈┈┈┈┈┈
┈┈┈┈┈
空は雲一つなく冴え渡っていた。
東京校と何ら変わりない自然豊かな環境に澄んだ空気。夏の香りが微かに漂う山中――
「ゲッ!噂の"五条妹"·····」
巫女服姿の女性が白髪の少女を目の前に怪訝そうに表情を歪め、声を上げた。
明らかにその五条妹とやらは巫女服姿の女性とは初対面·····にも関わらず初対面らしからぬ相手の表情と台詞に同じく怪訝そうに眉を顰め、隣に立つ兄と共に女性を睨みつける。
「ンだとぉ?"歌姫"。俺の世界一可愛い妹に"ゲッ"てなんだよ?ゲッて。」
「初対面でその反応は失礼かと思います。」
「そーだそーだ!!言ったれ洸!」
無駄に面が良い兄妹。
黙っていれば良いものの口を開けば残念なもの……
「なっ·····なんなのこの兄妹!」
「洸様に謝れ歌姫。シバくぞ。」
「あのねぇ!先輩!!先輩を付けなさいよ!!」
周りの目を気にすること無く静かな山中で言い合う男女。東京校2年の五条悟と京都校の新任教員として在籍する庵歌姫。
その光景に呆れた視線を向けるのは同じく東京校2年の夏油傑、家入硝子。そして一体何が起こっているのか未だに理解できない1年の3人組。
"五条洸、七海建人、灰原雄"
「――夏油先輩。もしかしてあの女性は
「よく分かったね?その通りだよ。彼女は悟の·····」
「ちょっ!アンタもよ夏油!何ウソ吹き込んでんの!?」
「相変わらずうちのクズどもがすみません、歌姫先輩。」
「うぅ、硝子。·····アンタだけよ私の味方は·····」
先輩3人組と歌姫の関係性をこの短時間で理解した後輩3人組(尚、灰原に関しては本当に理解しているかは不明。)
何となく空気が和んだであろう今、3人は改まって自己紹介をすることに。
「はじめまして!東京校1年の灰原雄です!」
「七海建人です。」
「五条洸で―――」
洸が礼儀正しく一礼しようとしたその瞬間。体が吹き飛ぶのでは無いのか?と思うくらいに背後から強い衝撃が加わる。そして肩に回される長い腕に大きな体格。もう既に慣れていることなのだがやはり不快だった。ベッタリと実の兄の体がまとわりつくなんて寒気がする……
「見てよ見てよ〜歌姫〜!ついに俺の妹も高専入って"交流会"初参加ってワケ。」
「……近い、暑い、離して…」
「あのねぇ!だ、か、ら!私の方が!先輩なの!」
「……離れ……」
「俺と同じで見た目は良いし強い。だけど生意気なんだよね〜、ということで宜しくね?」
「「人の話を聞け!!!!」」
山中に轟く2つの声。
洸と歌姫の容赦ない怒号が悟に向けられるとつまらなさそうに身を引くのであった。
初対面なのに不思議な程にリンクした2人の台詞に洸と歌姫はキョトンと顔を見合わせる。特にそこから会話を広げる訳ではなかったものの"五条悟に対していけ好かない部分"が一致していることは2人は理解し合った様子だった。
「……ていうかさー?去年は俺と傑と使えねぇパイセン共で参加したんだけど。全員ボコボコにしてやったのになんでわざわざ京都でやるワケ?前年に勝った方の学校が開催校だろ?」
「ま、そういう事もあるんだろう。そもそも開催月も例年通りなら9月のはずだ。だけど今年は7月·····」
「何か意図でもあるのかもね?…どう思う?1年坊主達。」
硝子がタバコを片手に後輩3人組へと視線を移す。
「自分はよく分かりませんが楽しい行事なら何でも!!個人的には皆で新幹線に乗れたので大満足です!」
「灰原。これは交流会ですよ。遊びに来たんじゃない。そうですよね?洸さん。」
「私もご当地駅弁食べたかったし、観光して帰れるから何でも良い。明日は地主神社に寄って縁結びの御守りも欲しい。御朱印も集めたい。今日のためにオシャレな御朱印帳も用意して――」
キラキラと目を輝かせ、あれやこれやと愉しげに会話を弾ませる洸と灰原。
「········お2人とも。何しに来たんです本当に。」
呆れ返って、棒のように突っ立ったまま左右に立つ洸と灰原を見据える七海。先行き不安とはこういうことを言うのだろう。まともに会話ができないと絶望すると七海は深いため息を漏らしたのであった。
「で?お相手さんはまだ現れないってか?余裕だねー。全員フルボッコにしてやるのに。」
「悟。あまり調子に乗らない方がいい。」
「いやー余裕でしょ?まさかビビってんの?傑―――」
呑気に会話を弾ませる東京校の6人。
しかし悟の言葉が止まると一気に空気が変わったかのように全員が言葉を止めた。
一点を見据える青い瞳。
その先に現れた"人物達"――
「…お揃いですやん。東京校の皆々様―――」
薄笑いを浮かべ、関西弁で言葉を放った男を先頭に、黒い制服姿の"対戦相手"の京都校生徒達が現れたのだった。
先頭に立つ金髪の男。
睫毛がバサバサと日本人離れした正統派美形の悟とは異なるタイプの美形。金髪ピアス、顔立ちはツリ目で狐を思わせるような和風タイプ。
"五条兄妹"がよく知る人物だったのだ。
「ちょっと!あんた達!集合時間とっくに過ぎてるんだけど?」
「堪忍堪忍。ちょっと作戦会議しとったんやって。怒らんといてやー歌姫さん。」
ピタリと足を止める京都校一行。
金髪の男は悟の目の前に立つと、変わらず薄気味悪い笑みを浮かべていたのだった。
「·····何でオマエが
「何でって見たまんまじゃあないですか?
この男が高専に居るはずがない。悟でさえ把握していなかったのだ。
「…ん?五条知り合い?金髪と。」
「まさか。京都校に知り合いなんて悟に居るはずないだろう?友達すら居ない悟が。」
「だよねー。仲のいい知り合いって感じじゃ··········ん?」
中半小馬鹿にしたような夏油と家入の会話。あの悟にこんな派手な知り合いなんているはずも無いだろう、なんて。
しかし硝子がふと視線を泳がせたその時。悟の妹も微かに金髪の男に反応を示していることに気がつくと不思議そうに首を傾げたのだった。
そして同じく、同期生の七海と灰原も直ぐに異変に気づく。
「洸?」
「洸さん?」
表情に大きく現れている訳では無いが微かに感じる。
拳を握り手を震わせ、赤い瞳からは憎悪や怒りさえ滲み出ている。兄と同じく色彩を持った瞳が炯々と光っていたのだった。
「·····"禪院直哉"。」
洸の台詞に一同の視線が一気に金髪の男へと向けられた。呪術師ならば誰でも知っているであろう御三家の一つ"禪院家"。まさかその苗字が今この場所で轟くとは予想外だった。
「エラいべっぴんさんが居る思ったら·····許嫁の洸ちゃんやないの。」
「"元"ね?もう今はアンタの許嫁じゃないから。」
「ずっと会いたかってん。嬉しいわぁー。」
「··········」
緊迫感も無く、のらりくらりとした声色。希薄な感情が垣間見える台詞は相変わらずだった。
「ま……宜しゅう頼んますわ。東京校の皆様。どうぞお手柔らかに――」
ニヤッと曲がる口角。厭らしくこちらを見据えるツリ目。いつにも増して関西弁が歪んで聞こえた。
┈┈┈
┈┈┈
これから行われるのは呪術高専・東京校と京都校の学生同士で競い合う恒例行事。通称"交流会"。
2日間の戦いの中で、仲間を知り己を知ることを目的とした呪術合戦である。
相手に再起不能の怪我を負わせること及び殺害以外は何でもあり。
呪術師にとっての繁忙期が過ぎ、落ち着いてくる毎年9月に行われるはずなのだが今年は異例の7月開催。東京校・京都校それぞれの学長が提案した勝負方法が1日ずつ2日間かけて実施される。
……といってもそれは建前で、初日に団体戦、2日目に個人戦が行われるのが通例。
基本的に2、3年生がメインのイベントだが、数合わせで1年が参加する場合も有り、今年は3年は不参加のため1年の3人が駆り出されることになったのだった(どうやら上が使えないとやらの悟の文句が何故か通ったらしい)。
なお、最終学年の4年は参加できない。
縦の繋がりのない呪術師にも交流会の話は伝わりやすく、ここで活躍した学生には在学中の昇級のチャンスが多く与えられる。そのため昇級を望む学生にとって交流会は実力をアピールするには最適の行事となっていた。
尚、現時点で有力候補は五条洸。
一級推薦の声が既に持ち上がっていたのだった。
┈┈┈
┈┈┈
――1回戦
団体戦――
┈┈┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈
「ハイ雑魚。弱すぎ。」
「悟。言い方。」
「いつかバチが当たるぞ、五条。」
「当たんねーよ!それに雑魚なのは事実だろ?」
「「··········」」
団体戦が始まって約20分。
既に複数の呪霊の討伐。そして数人の京都校の生徒を棄権に追い込むのは東京校2年の3人組。
「てかマズイねー。作戦だと1年とペアで行動する予定だったのに·····みんなバラバラだよ。」
「今年入った京都校の1年。なかなか上手い結界術と簡易封印術を使う術師がいるみたいだね?興味深いよ。」
煙草を片手に樹木に寄りかかる家入。ふと空を見上げると変わらず綺麗な青空が広がり、正に交流会日和――なんて呑気に考えている場合では無さそうだ。明らかに敵の手中に堕ちているらしい。
「気づいたらそれぞれが意図しない場所に飛ばされる·····明らかに罠だな?」
「何故か私ら3人はたまたまなのか何なのか分かんないけど集まってるし……」
「これも相手の策だろうね?面倒な人間は1箇所に集めて散り散りにならないようにする――」
少し変わった結界術。
結界術というと"帳"や"領域展開"、"簡易領域"などを指す。しかし"これ"に関しては珍しい。どちらかというと自由度の高い"空性結界"に近いのかもしれない。
「((予め向こうの結界術に長けた奴が仕掛けていたのか。……スタート時点で既に結界に巻き込まれた可能性が高いな。))」
スタート位置は6人一緒のはずだった。同時に森林を駆け抜け、できるだけまとまって行動をしていた。だが妙な結界術によって1年の3人と引き離されていたのだった。そして恐らく1年の3人は散り散りだろう。
「灰原と七海の場所は呪力を辿れば分かる。·····だけど洸ちゃんだけは辿れない。」
「……やられた。」
「1年を先に潰して残りは私らってワケかな――」
"ふぅ〜"と気怠そうに煙を吐くと足元に短くなった煙草を落とし足で踏み付ける。悟と夏油はそれを無表情で見据えると閃いたかのように目を見開けば互いに視線を合わせる。
「·····もしくは··········"そうだよね"?悟。」
「さすが!勘がいーじゃねぇの?傑。」
「私も気づいてるよ、五条。」
「「さっすが硝子〜」」
打って変わって呑気な声が森林に響いた。
そして3人は再び踵を返す。
「狙いは"洸"だ。」
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈
――京都高専内 山中
┈┈┈┈┈┈┈
青々と生い茂る木々の間を駆け抜ける白銀。しかし永遠に終わらない迷路を走らされている気分だった、
「((先輩達の気配は愚か呪力さえ辿れない。さっきまで近くにいた建人と雄とも離された―――))」
よく出来た結界術だ。
既に敵の手中に堕ちているのは間違いない……京都側に腕の立つ術師が居る事も。
そもそもこの交流会。殺す以外のことは基本的に何でもありだ。結界なり何なりやりたい放題。去年は悟と傑は無茶をしたらしいし報復なんてことも有り得るかもしれない――
「·····この団体戦。鍵になってるのは不可思議な結界術··········それと…………
洸は突如足を止め、背後へと視線を向けると瞬時に現れた人影に拳を向ける。赤い瞳は間違いなく相手を捉え、隙すら与えなかった。
「―――チッ!!!」
現れたオトコは慌てて身を翻す。少しでも反応が遅れていればあの拳で吹っ飛ばされていただろう。
「お得意の術式。私が知らないとでも?」
「……褒めたるわ――」
禪院家相伝"投射呪法"。
自らの視界を画角として"1秒間の動きを24の瞬間に分割したイメージ"を予め頭の中で作り、その後それを実際に自身の体でトレースする術。
禪院家26代 現当主、禪院直毘人と同じ生得術式を持って生まれた直哉―――
攻撃的で強力なポテンシャルを秘めた術式であり、御三家相伝の肩書きに恥じない力を持っているのは間違いない。
このようにして闘うのは初めてのことだが御三家相伝の術式に関してはある程度知識はあった。しかしそれは逆もしかり。直哉も同じく五条家の術式に関して知識を持っているのは当たり前―――
「·····ハハッ·····俺が近づいてるってよぉ分かったなあ。」
「ッ!!」
刹那、洸の左手首に巻き付く黒い縄。それと同時に力が抜けるかのような間隔に陥る洸。
「……残念やなあ。」
「((この縄··········確か·····))」
「見覚えあるよなあ?この呪具。」
「((呪力が乱される黒い縄―――))」
「遠い"異国の術師"が大昔に作ってくれてん。何十年も
グイッと強く縄を引き寄せられると"嫌な男"の狐面が目の前に現れる。鼻がぶつかりそうな程の近距離、抵抗するも上手く呪力を操作できず相手の思うがままになってしまった。
「昔、キミのお兄さんに回収されたんやけど律儀に返しに来はったんや。破壊すればよかったのになあ·····」
昔とは"あの時"の事だろう。
目の前のこの男が自分を追いやり、かっ攫おうとしたであろうあの時。
男が言う通り、案外自分の兄は律儀だった。不気味な呪具なんてさっさと葬ってしまえばよかったものの……本当に詰めが甘い。
もし律儀に返してなければ今頃こんな事には――
「へぇー……制服姿の洸ちゃんも悪ないなあ。」
「近い、離れて。」
「でもやっぱり着物姿が一番しっくりくるなあ。真っ白い肌と深紅の瞳がよう合ってん。」
「聞こえない?離れてって言ってるの。」
「ホンマに昔から変わらへん。奇麗や。」
首筋に厭らしく指を這わせ、赤い瞳と視線を交ぜる。ニヤニヤとした不気味な笑みは消え去り、珍しく真剣な面持ちを見せていた。
「……ていうかアンタ、何で高専に入ったの?禪院家出身なら高専に入る必要は無いはずでしょ?」
「そんなん洸ちゃんも同じやん。御三家、五条家出身ならそっちも必要ないやろ?」
「··········」
「京都校に入れば交流会で会える。···ずっと五条家出禁食らって、御三家の会合でもずーーーーっと"お兄さん"が俺を警戒してベッタリ。連絡してもガン無視。だったらこうして会うしかないやん?」
直哉は洸から黒縄を解くとゆっくり離れる。解かれたと同時に左手首を軽く払うと洸は男を警戒し始めた。
「俺以外が東京校を足止めしてる間に、俺は洸ちゃんを独り占めってワケ。」
「無理だと思うけど。東京校の皆、強いよ?」
「封印術を使う同期生がおってな。それがまた使えるんや。」
「封印術?」
「せや。……そりゃあ もちろんただのお遊びの交流会やから永遠に封印するような事はせーへん。」
冷ややかな、意地の悪い微笑みを口元に浮かべると直哉は体勢を整える。そして掌印らしきものを手元で構え、じっと洸を見据えたのだった。
「…真剣勝負や、洸ちゃん。」
「··········」
「死ぬ寸前までボコボコにして、今まで俺を適当にあしらった事後悔させたる。」
「できるもんなら。」
洸の赤い瞳が力を帯びる。
同じく戦闘態勢に入ると小さく息を吐いた。
「――俺に泣きながら土下座せぇ、"洸"。」
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈
┈┈┈┈
2003年 8月――
――禪院家 本家邸宅
五条洸 "13歳"
┈┈┈
和を感じさせる立派な門構え。
回廊のめぐる古い屋敷、辺りを囲う高い塀。
五条家と似ているようでどこか違う雰囲気を纏うの禪院家の邸宅。
閉鎖的で彩が無いでも例えよう。
私はこの雰囲気が訪れる度に苦手で嫌いだった。
「…………」
門を見上げ、父の手を強く握り締める。
今日此の場所に"兄は居なかった"。
┈┈┈
┈┈┈
父も悪意があった訳では無い。ただ私を不憫に思っていたのかもしれない。……いや、六眼を持った兄を按じての行動なのかもしれない。結局のところ父の真意は分からないままだ。
"禪院家と五条家の関係"
加茂家とはそこまで対立をしているイメージは持っていないが昔から禪院家とは折り合いが良くないことは分かっていた。
これまでに数々のエリート呪術師たちを輩出してきた名門・禪院家。名門というだけあって呪力には厳しく、"禪院家に非ずんば呪術師に非ず、呪術師に非ずんば人に非ず"と口にするほど呪術師であることに誇りと強い拘りを持ち、女性や非術師は酷い扱いを受ける――父はそんな禪院家を好いては居なかったのは確かだ。
禪院家は"術式をもつ呪術師を積極的に家系に取り込むことで発展してきた"という歴史、事実。
私は上手いこと使われるのだろう。
無下限呪術……そして"女"として産まれたこの私を――
┈┈┈┈
┈┈┈┈
┈┈┈┈
「逃げんといてや〜·····ちょっとお話するだけやで?」
「嫌、来ないで。」
「今日はお兄さんおらんのやろ?珍しなあ〜」
「だから付いてこないでって!」
長い回廊を無我夢中で歩き回る。背後にはいけ好かない少年の姿。最近染めたとかいう金髪が余計にチャラさを増して更に嫌いになった。
「何回掴もうとしても触られへん。さすが"無限"。
「…………」
「でもお兄さんみたいに優秀やないから辛いやろ?まだまだキミは使いこなせてない――」
直哉は何度も何度も諦めることなく洸に手を伸ばすが触れることは出来なかった。無下限呪術の効果。触れることは出来ないのは当たり前だ。
だがそれは永遠には続かない。洸はまだ幼かった。
「ハハッ…………オラァッ!」
「うアッ――!!」
無下限の力が消えた瞬間、直哉の強い蹴りが洸を容赦なくなぎ飛ばす。たまたま開いていた障子、その先には立派な客間。床が畳だった事が幸いだった。強く腰を打ち付け、洸は微かに顔を歪ませる。
直哉はそれを満足気に見下ろすと不気味な笑みと共に客間へと足を踏み入れた。
すると刹那、部屋の外から禪院家の女中の震えた声が響くのだった。
「直哉様……そちらの方は五条家の……」
「下がれ。殺すぞ。」
「ですが……直哉さ――」
切れ長の目元が背後の女中を睨む。
「邪魔すんなやボケカス。直ぐ下がらんのやったら今ここで内蔵抉り出すで。」
「ッ!!!」
女中は恐怖のあまり急ぎ足で立ち去る。あし音が遠のく度に洸の表情は更に険しいものへと変化していた。
昔からこの男はそうだ。男という生物に生まれたことを心底悦んでいるのだろう。吐き気がする。
「……最低…」
「"三歩後ろを歩かれへん女は背中刺されて死んだらええ"――楯突くヤツは以ての外や。」
"クズ野郎"
男尊女卑もここまで来たか。
「……綺麗な肌やなーホンマに……」
「触らないで!……ちょっと……ぅぐっ……」
「孕ませたる。」
「ッ!!」
「禪院の血と五条の血。オモロいこと起こりそうやん?」
「((コイツ……何言ってんの……))」
首を掴む右手、着物の襟から忍び込む左手。肌を撫でられる度に不快感が増していく。
「禪院に来たら、洸ちゃんは一生俺のモンや。」
「ぅ……ハぁっ……((息が――))」
「悪い扱いはせえへんで?幸いな事に洸ちゃんは生まれ持った呪力がある。」
「········ッ·」
「"禪院家に非ずんば呪術師に非ず 呪術師に非ずんば人に非ず"―――聞いた事あるやろ?」
無駄に矯正されたムカつく狐顔。
それが顔の前に更に寄ると洸は赤い瞳で強く睨みつけた。
「六眼を持たん出来損ないの五条家長女。生まれてきた理由は子孫を遺すことや。それはキミが一番わかっとる事やろ?」
「ぅう……ッ……」
「五条家が何を考えとるかは分からんけど·····血を繋ぐためにお兄さんと"近親相姦"したりせんの?めっちゃヤバい子が生まれそうやん?」
どこまで頭のネジがイかれてるのだろうか。兄の悟との近親相姦……そんなこと考えたことも無い。どこまで歪んだ創造力が働くのだろうか。
「·····何·····ッ……言って·····」
「あー·····ちなみにウチに出来損ないの双子の姉妹がおるんやけど·····アレは使えん。"女としてなら使える"んやけどなあー·····」
やはりクズ過ぎる。
禪院家もこの男もクズなのは百も承知なのだが。
「((……双子の姉妹))」
直哉が口にした出来損ないとやらの双子の姉妹。実はほんの少しだけ目にした事がある。
まるで一線を引かれ、孤立している和装姿の幼すぎる少女2人、歳の頃は2歳〜3歳辺りだろう。2人で手を繋いで冷めきった瞳でこちらを見ていた――
確か·····名前は"真希"と"真依"。
禪院家に当主の姪として生まれたが、その姉妹は相伝の術式を引き継いでいなかったとか·····。
術式至上主義の禪院家にとって呪力を持たない人間の扱いは酷いものだ。他にも禪院家には後暗い様々な事情がある事を知っている。
もう既に出奔しているらしい現当主"禪院直毘人の兄の息子"。その息子も生まれつき呪力が無く、噂によると子供の頃から呪霊の群れの中に放り込まれたりと酷い扱いを受けたとか。
そんな家系で呪力を持ち、次期当主と言われているこの男は鼻高々だろう。彼もまた、可哀想な人間だとも思うが―――
「ここでキミが禪院との間を取り持つきっかけを作ればいい。そうすれば多少は利用価値があるって示せるやろ?」
「···············」
「しかも俺は次期当主。ちゃんと扱ったるで?洸ちゃんべっぴんさんやし、愛玩物としては十分すぎる。」
首から手が離れると同時に今度はその右手が洸の項を撫でる。そして直哉の唇が首元に吸い付くと洸は盛大なため息を漏らした。
「ッ……はぁ··········」
「·····あ?」
首元から離れる男の顔、微かに感じる呪力、女の恐ろしい炯々と光る赤い瞳。
「下衆が。」
「躾が必要みたいやなあ。」
「何があっても私はアンタに靡かない。組み敷かれようが、例え殺され"かけ"ようが――」
┈┈┈┈┈┈┈
┈┈┈┈
┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈
「((―――なんや·····目の色が変わっ·····))」
蘇る過去の記憶。
そして突如、洸の瞳の色が変化した。
「((
「ボコボコにしてあげる。直哉――」
直哉のスピードに合わせるように洸の身体が動く。
"まるで全てを視ているかのように"
「グハぁあッ!!!」
直哉の腹部のど真ん中にクリティカルヒットする拳。猛烈な力の強さと反応の良さに表情が歪み、口からは鮮血が飛び出した。
「土下座して乞うのはアンタだよ、直哉。」
「クッソボケがあああああああぁああ!!!」
「この交流会、絶対東京校が勝つ――」
洸の台詞を皮切りに森林に激しい戦闘音が轟く。
時たま砂煙を上げ、木々は呆気なく倒れ、地面には大きく割れ目が入った。
「((……この感じ……呪力が湧いてくる――))」
両手の平を開いたり閉じたり、まるで感触を感じるかのように視線を落とす。
「((……ん?あれ?……また力が、抜け……))」
刹那、直哉の制服のポケットに収まっていた携帯電話が呑気なチャイム音を鳴らした。直ぐに携帯を取りだし、直哉は応答するのだった。
「なんや!今こっちは――」
『直哉!一瞬だけあの3人を封じ込める事はできたけど無理だ!』
「あぁん!?どういうことや!」
『簡易封印がすぐ解かれた·····ッ·····そっちの膨大な呪力を読まれて·····ゲホッ·····"あの3人"が既にそっちに―――』
「はーーーい、お疲れ」
聞こえないはずの男の声。
電話口では無い。間違いなく耳元で男の声が聞こえる。
「チッ……五条悟!!」
「み、皆さん!?」
洸の前に現れたのは見慣れた背中。
同じ白銀の髪を持つ実の兄――
「大丈夫かい?洸ちゃん。」
「ウチの可愛い後輩に手を出したクソ男は君かな?金髪野郎。」
背後から現れる2人の先輩。夏油と家入。
男の大きな手のひらが頭をポンッと撫で、家入の腕が肩に絡みつく。
「あ!いたいた!洸!!」
「京都校で残ってるのは貴方だけですね、禪院直哉さん。」
直哉の背後に現れた同期の2人。灰原と七海。
ニコニコとこちらに笑顔を向け手を振り、それとは対称的に呪具を片手に険しい顔つきの男――
「クソ·····ダボカスが·····」
直哉は鼻から垂れ落ちる血液を指で拭うと眉を顰めた。諦めたつもりは無いがどう考えても不利な状況だろう。
「……ん?洸。」
「危ないよ。洸ちゃんは背に隠れて……」
「やってやんなー洸。」
「ダメだよ!洸は動いたら……」
「((……まさか洸さん――))」
洸は夏油と家入の手をやんわりと外し、目の前に立つ悟の真横を通り、敗北寸前の直哉の目の前へと歩み寄る。
「なんや洸ちゃん。慰めてくれるん?さすが俺の許嫁……」
「トドメの一発。」
洸のグーパンが容赦なく直哉の顔面にヒットした。
「ガハッッ!!!」
「「「………………」」」
その場に力なく倒れ込む。
それを見守る東京校一同は心の奥底で、ほんの少しだけ、本当に本当にほんの少しだけ直哉を可哀想だなんて思ってしまった。
「·····ッ····クソ、がぁ··········」
「あーあ。それなりに整ったご尊顔に拳イレテモウタワア…」
「((この女……こんな力·····目の色は戻っとるし、呪力もカス程度…なのに――))」
「スンマヘーン。カンニンしてやー·····」
わざとらしい関西弁。そしてニヤッと意地悪な笑みを浮かべ足元に転がる直哉の傍にしゃがみこむ。兄の悟と瓜二つの綺麗な顔立ちはどうしても憎めない。"やっぱり奇麗だ"なんて見惚れてしまうほどに。
「ダメでしょー?か弱い女の子のグーパン1発で倒れるなんてよー?男尊女卑とかいう古い思想をお持ちの禪院家には俺の妹は相応しくないんじゃねーの?」
「洸ちゃんにはもっと強い男じゃないと相応しくないね。」
「箱入りお坊ちゃんには"私らの"可愛い妹は渡せないねー。」
「うん!洸は渡せないね!」
「……皆さん。もう勝負はついてるんですから程々に。」
"禪院直哉"戦闘不能により棄権。
「――ねえ、直哉。」
「·····洸··········ぅっ!」
洸の手が直哉の乱れた制服の襟に伸び、容赦なくそれを引きあげた。表情から笑みは消え、冷酷さを増す"らしくない"真剣な顔。直哉は思わずゴクリと息を飲み込む。
「"男の三歩後ろ"を歩き続けるなんて私の性に合わないの。悪いけど私は背中を刺されるつもりも無いし、アンタに飼い慣らされるつもりもない。」
「··········何ゆーて―――ッんっ!」
さらに引き寄せられる身体。
鼻と鼻がくっつくほどに迫る距離に今度は言葉さえ飲み込んでしまった。
「私はね、一緒に隣を歩いてくれる人がいいの。」
「ぁ…………」
「直哉。アンタには一生無理そうだね?」
┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈
団体戦結果
―――勝者 東京校
尚、翌日行われた個人戦に関しても東京校の圧勝。運悪く洸と組まれた直哉は再びボコボコにされ、それをきっかけに直哉は洸に対して"謎の偏愛"を抱くようになったとか―――
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈