五条兄妹   作:鈴夢

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Beautiful Dreamer

 

 

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―――2017年 7月

ハビナ商店街―――

 

 

 

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「しゃけ!!」

「うん!お疲れ!!」

 

緊張が緩んだ青年2人の清々しい声。

 

満足気に笑みを浮かばせ、互いに手のひらをぶつけ合いハイタッチをすると2人は変わらず嬉しそうに会話を弾ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

「「…………」」

 

そんな彼らを見下ろす2つの怪しい影。

仏教の修行僧が身につける袈裟を纏う"夏油傑"。黒いTシャツに黒いショートパンツ姿。白銀の長い髪、緋色の目を持つ"五条洸"。

 

 

 

「――さすがにあの程度の呪霊なら簡単に祓われて当然、かな。」

「……あの等級の呪霊を使うなんて聞いてなかったけど。」

「ん?不満かい?」

「別に。」

 

まだ若い青年たち相手に"あの呪霊"を使うなんて容赦ない男だ。正直、見物していたこちらはハラハラしていた。そんなことを口が裂けてもこの男の前で言えるわけが無いのだが……

 

 

「にしても残念…噂の"里香ちゃん"を見に来たのに。」

 

夏油の目的はただ1つ。

あの黒髪の青年に憑いてる呪霊だ。しかし今回のこの件であの青年は呪霊を使うことなく自身の力で薙ぎ倒した。

 

 

 

「呪禁師の末裔"狗巻棘"。そして特級被呪者"乙骨憂太"。」

「どちらもなかなかの強者だね。ま、私たちには及ばないが―――」

 

 

夏油の鋭い瞳が乙骨憂太へと向けられる。

 

 

「…同じ"特級"。早く挨拶したいなあ。」

「………」

「ね?洸。」

「私は興味無いよ。」

 

淡々とした無愛想な口調。

"随分と可愛げが無くなってしまった"……そんな言葉を夏油は心の中で呟く。

 

冷えきった赤い瞳に感情というものが一切見えなかった。

天真爛漫だった彼女の姿は何処へいってしまったのか。消えてしまったのか。

 

 

 

――嗚呼、そうだった。

私が消してやったんだ――

 

 

 

 

「洸も"あのまま高専に居たら"間違いなく特級に昇格しただろうね?冥さんも学長も君を推していたし、京都校との交流会も圧倒的だった……そもそも1年の途中から一級に昇格した事自体凄いことだからね。」

 

「別に等級なんて興味無いし所詮肩書きに過ぎない。」

「…ふーん……」

 

「階級はあくまで術師としての能力を判定したもの。階級が上がったとしても呪術師の世界で強い権力を持ってる訳じゃない……」

 

 

 

焦点の合わないぼんやりとした話し方。洸が口にした言葉には考えさせられるものがあった。

 

"五条"の姓を持つエリート家系に生まれた洸。そんな彼女にとって階級なんてどうでもよかった。

特級が与えられたとて、特別な能力が与えられる訳でもない。……あの兄に優ることなど――

 

 

 

 

「さーてと…そろそろ行こうか。直に商店街に高専関係者が現れるだろうし見つかると厄介だ。」

「……コレ、どうするの。」

「あぁ、それは"また今度"。洸が持っておいてよ。」

「学生証なんて捨てちゃえばいいのに。」

 

"乙骨憂太"の学生証。

顔写真の横にはハッキリと"特"の文字が記されていた。洸はそれを指で挟んだままじっと見据え、小さく息を吐いた。

 

 

「ま、今度高専に赴く理由になるだろう?落し物は届けなきゃだし。」

 

 

夏油は洸の腕を引き穏やかに微笑んだ。大切なものを扱うように、丁寧に、丁寧に――

 

 

 

 

 

 

 

「行こう。洸。」

 

 

夏油の大きな掌が洸の頬を撫でる。

柔い表情で見据えるその瞳は昔と同じく穏やかだった。

 

 

しかし、

 

 

 

―――緋い瞳は相変わらず冷徹だった。

 

 

 

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―――2006年 9月上旬

廉直(れんちょく)女学院――

 

 

 

 

 

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「一体何をさせるつもりなんでしょうか?」

 

 

 

都内、某ミッションスクール"廉直女学院"校門前。

 

不服そうに表情を曇らせ、纏ったセーラー服のスカートの裾を握りしめる白髪の少女。

 

そしてそれを"面白いもの"を見るように呑気に笑みを浮かべる2人の男。申し訳なさそうに眉を顰めるメイド服を纏った女性―――

 

 

 

 

「うんいいね、とても似合ってるよ。可愛い。」

「さっっっすが俺の妹!美少女は何着てもイイねぇ。」

「ちょっと待って2人とも。そういうことはどうでもよくて―――」

 

最強コンビ"五条と夏油"

2人は"天元の指名で任務に出ている"と夜蛾から聞いていた。

 

"呪術界の要"と言われている不死の術式を持つ天元に指名されるほどの任務。なぜ自分も彼らと此処に居るのだろう?というより、先程呼び出されたばかりなのだが……もしかして"大怪我をして反転術式が必要だから自分を呼んだのでは?"なんて半ば焦りながら急いで此処に来たというのに…

 

 

会って早々にセーラー服に着替えろと言われ今に至る。

 

 

 

「中学生に扮するなんてさすがに無理があるでしょ!」

「イけるって。お前童顔だし、背は高いけど何とかなるっしょ。」

「無理!!」

 

言うのは簡単だ。だが実際にコスプレをさせられているようなこの状況。見た目とかはともかく羞恥心というものがあって――

 

 

 

 

 

「あの…こちらの方は?」

「俺の妹!ほら、そっくりっしょ?」

 

「離して、暑苦しい……」

 

悟の色んな意味で"アツすぎる"抱擁。ピタリと頬と頬がくっつくと余計に洸の表情が歪んでいく。

 

 

「((赤と青の瞳。白いまつ毛まで全く同じ――))」

 

メイド服を纏った女性"黒井美里"

突如として現れた異才を放つ白銀の少女を前に黒井はまじまじと相手を見つめていた。

 

 

「五条様の妹…さん」

 

 

同じ白髪、整った顔、悟とは非対称の赤い瞳。纏う空気は全く同じ、兄妹と言われて疑うはずもなかった。

 

 

 

 

「おらっ!さっさと行けって。」

「待って!私部外者だし絶対バレるって!」

「別にバレねぇよ!お前が不審者扱いされようが、とにかくガキんちょの安全さえ確保すりゃいーんだっての。」

「無理無理無理無理!こんなに人多くて女の子ばっかりは余計に無理!」

「うるせぇクソ陰キャ!」

「陰キャじゃない!そもそも悟兄―――…」

 

 

校門で言い合う2人に呆れ顔の黒井と夏油。次々と喧嘩の種になりそうな言葉が兄妹から飛び交うとあと少しで殴り合いに発展するのでは?なんて心配するほどだ。

 

 

その光景を前に黒井はどこか申し訳なさそうに眉を顰め、隣に立つ夏油に視線を向け口を開く。

 

 

 

「――あの…宜しいのでしょうか…?」

 

 

"お嬢様"の我儘でこんなことになってしまった。内心、黒井の心境は明るいものではなかった。

 

そんな黒井の気持ちは十分理解していた夏油。困ったように眉を下げ、いつもの穏やかな笑みを浮かばせると黒井の肩に手を添え、応える。

 

 

「"天内理子の要望には全て答えよ"――なんて天元様に言われたら、私達もそれなりに対処しますよ。」

「……夏油様。」

「それに、あなたは理子ちゃんの唯一の家族だ。理子ちゃんの希望をできる限り叶えてあげたいという気持ちは十分に理解してます。悟も、洸ちゃんもね?」

 

 

黒井は微かに頬を染め、今にでも泣き出してしまいそうな顔をしていた。"唯一の家族"という言葉に様々な思いを走らせたのだ。

 

そして彼らの優しさは大きく黒井の心を緩ませる。

 

 

 

「まっ、1人で校内ウロウロされるよりかはマシだろ?こいつが学校に潜入して、中からガキンチョを護衛する。」

「私と悟は外から護衛を。既に理子ちゃんの近くに私の呪霊も張らせてます。心配ないですよ。」

 

「……なんとお礼を申し上げたら良いか……本当にありがとうございます。」

 

 

 

 

洸は夜蛾から受け取った写真をポケットから取り出すと"対象者"の容姿を再び頭に叩き込む。

 

セーラー服。みつあみ。ヘアバンド。

どこからどう見ても普通の女の子。

 

しかし彼女は大きな使命を背負って生きている。

 

全く別物だが微かに自分と重ねてしまう。

 

 

 

「…"星漿体"」

 

 

写真に映る無邪気に微笑む少女を見つめ、ぽとりと雫のように呟いた。

 

 

――"星漿体"とは……

天元と適合する人間のことを差す。その使命を全うすべく、幼少期より要人として育てられるのがベターだ。

 

同化のタイミングは500年に一度。"呪術界の存続のため"、天内理子は自身の生涯を捧げるのだ。

 

しかしその同化のタイミングを見計らって"ある勢力"が天内の命を狙っていた。その勢力から彼女を護るのが悟や夏油、洸の役目なのだ。

 

 

 

――"星漿体"の命を狙う勢力は主に2つの集団。

"呪詛師集団「Q」"

"盤星教「時の器の会」"

 

前者は天元の暴走による現呪術界の転覆を目論んでいるが為に同化を阻止し、天元の力を弱めよう……なんて考えているのだろう。

 

後者の盤星教は、天元を信仰・崇拝する宗教団体であり、非術師からなる集団。単純に"天元"を崇拝する彼らからして、天内理子という別の物が交わる事を嫌っているのだろう。

 

どちらにせよ放っておけば面倒なことになる。大した力を持っている訳でないというのは分かっている事だ。(実際、数刻前に悟と夏油は"Q"の奇襲を容易に退け、幹部らしき術師を圧倒したらしい。)

 

そしてあとの問題は単身で"天内理子"の殺害を企てているであろう術師の存在。懸賞金が掛けられているという情報も手に入れている為、警戒は怠れない。

 

 

 

「――大体概要は聞いてるよね?」

「はい。ここに来る前に夜蛾先生から一通りお話は。」

「頼りにしてるよ、洸ちゃん。」

「………夏油先輩。」

 

"頼りにしているよ"……なんて、たった一言なのに。夏油がそれを口にするのは重みが違う。この前の京都校との交流会、そして日々の任務。

洸は他の誰よりも夏油と組むことが非常に多く、先輩後輩というより師弟関係というか……言い表せられない関係性へと変化していた。

 

"夏油と役に立ちたいと、洸は心底思っていた。"

 

 

 

 

「うーーっし!ここでお前がひと肌脱げば次は"特級"に昇格するチャンスだぜ?あとはそれ相応の任務で認められさえすれば……」

「別にそれはどうでもいいんだけど。そもそも一級に上がったばっかりだし、そもそも私が特級なんて荷が重すぎる……」

「お前は向上心っていうものはねぇの?現状満足タイプ?つまんねー」

 

「……行ってきます。」

 

 

「何かあったら直ぐに連絡を入れるんだよ?」

「お嬢様をよろしくお願いします!」

 

 

 

ムカつく兄からさっさと離れるには潔く校内で護衛任務に着くしかない。

 

洸は半ば渋々、不機嫌そうな表情を浮かべながら校内へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

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たまたま休憩時間ということもあり校内はザワザワと少女たちの声で賑わっていた。洸にとって全く見慣れない景色。恐らくこれが"普通"の日常。仲の良い友人たちと語らい、冗談を言い合い笑みをこぼし合う。好きな芸能人、好きな音楽、ドラマ、放課後の約束、心弾む恋愛話――

 

どれも自分に縁がなかったものばかり。だが不思議と羨ましいとも思わないし、自分が不幸だとは思わない。……縁談の話は除いて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「((――あの子が天内理子。))」

 

 

目的の教室にたどり着くと廊下から写真と同一人物の相手をじっと見据える。

 

護衛対象の天内理子。

セーラー服にヘアバンドとみつあみスタイル。間違いない、あの写真と全く同じ。

パッと見どこにでも居る可愛らしい女子中学生だ。

 

 

「りーーこ!やっと来た〜!」

「今日も休みかと思って残念……なんて思ってたら遅刻〜!?」

「せっかく一限目体育だったのに!理子とバレーしたかった!」

「ねぇ!理子!今日の放課後――」

 

 

天内の周りを取り囲む友人達。様子を見る限り、彼女は"人気者"なのだろう。そしてそれに元気に応える天内の笑顔は天真爛漫で見ているだけでこちらも笑顔になってしまいそうだった。

 

 

「((…同化まで残り僅か。なのに本人はあのお転婆ぶり。悟兄と夏油先輩の話を聞く限り、センチメンタルにもなってなければ案外アグレッシブというか―――))」

 

 

悟も天内の事を"アグレッシブなガキんちょ"と例えていた。本当にその通りだった。

 

 

 

 

 

「((今のところ呪詛師の気配はナシ。夏油先輩の呪霊も祓われていないようだし、問題な――))」

 

 

 

「はーーい!次は教会で合唱よ!そろそろ移動しなさい!」

 

平和な状況に満足気な様子。しかし刹那、背後から気配を感じると反射的に体を振り向かせた。

 

 

 

 

「ヒッ!!!」

「あなた転入生?見ない顔だけど。」

「あー…えっと……ソウナンデス…」

「やっぱり!なら先生と一緒に礼拝堂に行きましょう?案内するわ。」

 

白シャツにシンプルなパンツ姿の女性教諭。グイグイと迫り来る相手に圧される状態。洸は緊張しきったぎこちない動きで現れた女性教諭と共に礼拝堂へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ぐっ!――ぁあっ!!」

 

幼い体が容赦無い相手の打撃によって吹き飛ぶ。自分の背丈より遥かに長身の呪具も呆気なく折れてしまい使い物にならなくなってしまった。

 

それに屋敷の敷地内に有る訓練用の道場の床は古くて硬くて冷たくて……寒い時期はいつも体に堪える。足の感覚が既に無くなってしまうほどに。

 

 

「遅い。」

 

 

 

吐き捨てるような台詞。

少女を冷たく見下ろす"父"。

 

 

「ッ……ぅ……うぅ…っ…。」

「泣くな。」

「ぁ……うぅっ、う……」

 

 

身体中が痛かった。

上手く"無下限"を使いこなせない。使う度に脳が焼き切れそうになるほど痛くて熱い。鼻腔の奥から生暖かい血液が迫り上がる気持ちの悪い感覚が未だに忘れられない。

 

膝をつき、必死に痛みに耐えるように床に両手を押付け、ぽたぽたと床を濡らす赤い斑点と瞳から零れる涙を悔しそうに見つめた。

 

 

「父様っ…ぅ………わたしは……」

「立て。」

「もう……ッ……いやです、…わたしは"兄"とは違――」

 

「立て。"洸"。」

 

 

"あれは私だ"

あの幼い少女は、私。

 

弱すぎて笑ってしまいそうだ。

 

 

 

「外に出れば"お前たち兄妹"を狙う輩がわんさかと現れる。」

「…………っ……」

 

 

「護れ。」

「無理です……」

「護るんだ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"お前は悟を護れ"」

 

 

 

 

 

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こちらを見下ろすマリア像と赤い瞳が交わった。

オルガンで奏でられる音楽は幻想的で、それに加わる少女たちの歌声。

 

――まるで回想のように、洸の脳裏に過去の記憶が呼び起こされていた。

 

 

 

 

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『美しき夢見よ―――』

 

 

 

天井の高い建物に少女たちの美しい歌声が響き渡る。

 

洸は後方列の端に立ち、宙を見るような目で音楽に聴き惚れていた。

 

 

 

 

――Beautiful Dreamer

夢路より、夢見る人

 

"廃れていく自分の人生を美しい旋律に昇華させる"

 

綺麗な言葉の羅列、歌詞の意味。

独特なオルガンの音。平坦な音色なのに何故か心奪われる。

 

 

 

 

 

「((……センチメンタルになってるのは私の方か……))」

 

 

せっかくの美しい歌声を聴いているというのに私は一体何を思い出したのか。旋律にのせられて、酷く歪んだ過去が蘇ってしまったのか。

 

 

 

 

『星の光と露の雫――』

 

 

 

泣き叫びたくなるような過去、現実。それは歌声に融かされ柔らかくなっていく。不安や苦しさややるせなさで覆われそうだった心に、音が広がり隙間を開けてくれる――

 

 

 

 

『我の為に目覚めよ―――』

 

 

ぼんやりと宙を見ていた洸。

そしてその赤い瞳はゆっくりと動き、6列ほど前に立つ天内へと移動した。

 

斜め後ろから見える彼女の横顔。

真っ直ぐと、凛とした真剣な顔をしていた。

 

 

 

「((……天内理子))」

 

 

星漿体。

天元と同化する使命の為に生きている、"生きてきた"少女。自分の人生と被る天内の存在。

 

 

人は皆、道はたくさんあって、自分で選ぶことができる――と"思っている"。それを選ぶ瞬間を夢見ていると言ったほうが近いかもしれない。

 

私もそうだ。だけど知った。

決して運命論的な意味ではなくて、道はいつも決まっている。毎日の呼吸が、眼差しが、繰り返し訪れる日々が自然と道を決めていく。

 

だがその道が一本道だったら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!?」

 

 

 

 

ぼんやりと思いふけていたその時。

建物が揺れ傾くような地響きが少女たちを襲った。歌声は消え、代わりに少女たちの悲鳴が礼拝堂に響き渡った。

 

 

 

「キャーーーッ!!」

「何!?地震!?」

「とりあえず外に出ようよ!!」

 

 

混乱する少女達は出口へ一気に駆け出す。

そんな時、洸は誰よりも険しい表情を浮かべると周辺の気配を探ったのだった。

 

 

 

 

「((悟兄達は遠い……それに複数の怪しい呪力の気配。))」

 

"間違いなく何者かの攻撃"

狙いは天内。確実だろう。

 

 

「((早くここから離れないと…そうしなければ関係の無い人達が巻き込まれる――))」

 

 

洸は混乱に逆らうように逃げ惑う少女達とは逆方向へお駆け出した。そして洸と同じく"地震とは違う異変"に気がついた様子の天内の元へと向かい、咄嗟に彼女の腕を掴む。

 

 

「天内さん!こっちに!」

「なっ!?何者じゃっ!?」

「あなたを守るように言われた呪術師です!」

「そんなの信用出来ん!貴様も妾を狙っておるんじゃろう!?」

 

当たり前の反応だろう。

どう考えても怪しすぎる登場だ。警戒されて当然。

 

しかしここで諦めて彼女を残していけば計画は全て打ち砕かれてしまう。なんとかして信じてもらわなければ……この場から逃げ出さなければ……

 

 

「違う!…あーー……えーーっと、ほら!変なサングラスかけた私と同じ髪の色した男がいたでしょ!?それの妹!」

「嘘じゃ!信じ―――」

 

天内の台詞を遮る破壊音。

人気が疎らになった教会のガラス窓が次々と割れ、破片が星屑のように舞い上がった。

 

 

 

「ッ!!」

 

「お友達が巻き込まれたくないなら言うことを聞いて!ここからとにかく離れないと!」

「えっ!?はっ!?離せ!」

「しっかり捕まってて!」

 

 

 

洸の長身が小柄な天内を軽々と抱き上げる。反射的に天内は相手の首に腕を回すと突然の浮遊感に大声を上げたのだった。

 

 

 

「いいいぃぃ〜〜やああああぁぁぁぁ〜っ!!!!!」

「((……軽っ……))」

 

 

割れたガラス窓から余裕な様子で飛び出す洸。

そしてそれを追う危険な"影達"。

 

洸は直ぐにその存在に気づくとニヤリと口角を上げ駆け抜ける――

 

 

 

 

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――同刻

 

 

 

 

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女学園周辺に約震度5程度の地震。

逃げ惑う生徒達とは別に対処する3人の術師。

 

 

目の前には予め用意されていたであろう呪霊や呪詛師が続々と現れ始めた。

 

 

 

「チッ!雑魚が次から次へと湧きやがって!」

「一体この方々は!?」

「理子ちゃんを狙う悪党共ですよ。恐らく"Q"と"盤星教"とは無関係の呪詛師…」

 

 

常識的な物差しから逸脱する人間達。金のため、己の理のためだけに呪力を扱う呪詛師。

 

夏油は一際険しい顔をするとため息を吐いた。

 

 

 

「賞金に釣られた馬鹿共。ったく、笑えるぜ。」

「賞金ですか?」

「呪詛師御用達の裏サイト。そのサイトに期限付きで理子ちゃんが賭けられていました。」

 

「額はざっと3000万。あんなガキんちょに3000万だぜ?ありえねーー。」

 

 

 

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――"天内理子"

廉直女学院 中等部2年 "生死問わず"

残り時間 47時間40分

$250,000…――

 

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「悟。一先ず洸ちゃんに連絡を」

「言われなくても分かってるっての!」

 

悟は制服のポケットから携帯電話を取り出し、湧き出る呪霊や呪詛師の攻撃を器用に避けながら連絡を図る。

 

 

 

「…洸ーーー生きてるー?」

『生きてるに決まってるじゃない。』

 

 

悟の呑気な口調と巫山戯た台詞に呆れ口調の洸が応える。

 

 

 

「んで?ガキんちょは?」

『天内さんは私と一緒。今は呪詛師に追われてる。しかも4人。』

「4人?」

『式神とかじゃないんだけど…分身?頭に変な麻袋被ってる変人。』

 

 

電話口からは追われている様子は一切感じない。淡々としゃべり続ける様子から本当に呪詛師に追いかけられているのか?と疑う程に。どうやらかなり余裕はあるようだ。

 

 

 

「そのままガキんちょ連れて逃げ切れ。オレらも片付けたらお前を追い掛ける。」

『了解。』

 

 

 

テンポの良い兄妹の会話を横目に夏油は得意気な表情へと変化する。

 

 

 

 

「洸ちゃんを呼んで正解だったね。」

「だろ?あいつは賢い。頭の回転もずば抜けてる。なんせ…」

 

「"俺の妹"―――だからね?悟。」

「ヘヘッ。分かってんじゃねーの、傑。」

 

携帯電話を再びポケットへと戻すとまるで準備運動を行うかのように体を伸ばす悟。その隣へ黒井、そして夏油が並ぶとそれぞれが頬に挑むような笑みを浮かべた。

 

 

「じゃ、私達も頑張ろう。悟、黒井さん。」

「はい!お嬢様の為に!」

「やってやんよ。最弱野郎共。」

 

 

3人は突風の如く飛びかかった。

 

 

 

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女学院から天内を抱えたまま走り続ける洸。緑が生い茂っていた郊外から徐々にビル群が立ち並ぶ街中へと景色が変化していく。

 

 

"いい加減諦めればいいものの――"

 

麻袋を被った呪詛師は洸と天内を追い続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「((これ以上先へ行けば完全に繁華街。……だとしたらこの辺りが妥当か……))」

 

 

ピタリと足を止める洸。

とある中層ビルの屋上で立ち止まるとそれに合わせるかのように呪詛師の男は分身で四方八方を塞ぐのであった。

 

 

 

 

「2、3…4人?皆同じ背格好じゃ。式神か?」

「式神とは少し違う気がする。全く別もの――」

 

 

天内の体をゆっくりと降ろし、式神らしきものを一つ一つ確認するように目を向ける。式神とは明らかに違う"気配"。洸は脳内で呪詛師を堕とす為の策を練り始めた。

 

 

 

 

「…はぁ……呪術師は年中人手不足なのに。転職するなら大歓迎ですよ?オジサン。」

「いやぁ〜職安も楽じゃねえだろ?」

「あなたみたいな人を相手にするのは疲れるけど、お給料は悪くないよ?」

「ハッ!そのガキ譲ってくれればそれでいい。それで暫く食っていける。」

「譲るわけないでしょ。」

「その余裕もどこまで持つか―――」

 

男が拳印を構えると同時に式神がもう1人増えた。5対1という状況に勝利を確信した男は不気味に笑い声を漏らした。

 

しかし洸はピクリとも動かずじっと男の様子を疑う。その横で天内は敵の動きに敏感に反応を示す。

 

 

 

「増えた!5人じゃ!」

「…か弱い女の子をそんな大人数で襲うなんて、クソ野郎だね。」

「まずい…どうするんじゃ!この状きょ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ!?うおおぉぉおおっ!?」

 

 

 

 

刹那、洸が右腕を振り上げた瞬間。式神の2体が中央に引き寄せられ、派手に体と体がぶつかり合った。明らかに骨が折れたような鈍い嫌な音が聞こえるとその後分身は地面へと強く打ち付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

「な…何だ今のは…」

 

 

男は唖然とする他なかった。

一体あの女が何をしたのか、何が起こったのか理解が追いつかない。

 

 

 

 

 

 

 

「式神が消えん!どれが本体じゃ?」

 

 

明らかに攻撃は食らったはずだ。なのに"式神"は消えず、まるで生身の本物の人間のように傍らでグタリと倒れていた。

それによって洸は確信をつく。

 

 

「……やっぱり式神じゃない。分身です。」

「どういうことじゃ!?」

「全部が"本体"なんですよ。」

 

「―――ックソガキ!なめんじゃねぇぞ!!」

 

 

"全部が本体"という台詞に敏感に反応を見せる男。今度は自らが攻撃を仕掛けようと洸と天内を目掛けて2人の分身が襲いかかる。

 

 

「来るぞ!対処せんか!!」

「大丈夫。任せてください。」

 

 

洸は天内の右腕を咄嗟に掴み呪力を込める。

 

前と後ろに分身の気配。

2つの分身が拳を握り、洸の頭部目掛けて殴りかかろうとするのだが――

 

 

 

 

 

「んだ?コレ!」

 

 

 

 

 

洸の前頭部と後頭部、そのギリギリ手前でピタリと停止する男の拳。慌てる男と余裕な笑みを零す洸、2人の視線が交わる。

 

 

 

"触れることが出来ない"

 

 

 

 

 

 

 

 

「"無限"。アキレスと亀ですよ?」

「あぁ!?」

「勉強は大事って話です。」

 

「ぐぁっ!」

「うぁぁ!?」

 

 

"ひょいっ"と人差し指で円を描くように顔の横で動かすと再び離れ飛ぶ2体の分身。派手にビルに衝突するも分身は消えない。大してダメージも受けている様子も見えない……とすれば――

 

"間違いない"

 

 

 

 

 

 

 

「――本体を含めて最大5体の分身術式ってところですかね。しかもどれが本体か自由に選択出来て、本体が危うくなったら安全な分身を本体にする。……いい術式持ってますね?オジサン。」

 

「((……この女))」

 

 

自分の手の内をそこまで明かしたつもりは無い。戦闘時間もまだたったの数分だ。

よほどキレる頭を持っているのか……それとも別の能力をこの女は持っているのか……理由は分からない。ただ唯一分かることは"只者では無い"ということだ。

 

 

 

「…なぜ俺の術式を知っている。」

「なんとなくです。」

「ハ?なんとなく?」

「はい。戦術をはじめ微細な言動、間合いの詰め方、ちょっとした些細な動きで察しただけです。人って知らず知らずに小さなサインを出してるんですよ?…それにあなたは認めました……"私が勝手に予測した術式の内容"を。"俺の術式"って。」

「…チッ……」

「私の口車に乗せられただけですよ?」

「クソ…小娘が――!!!!」

 

 

 

洸の余裕ぶりに苛立ちを見せる男は容赦なく攻撃を繰り返した。しかし当たるはずもなく、呆気なく弾き返されては引き寄せられ、完全に洸のペースにのせられてしまう。

 

「チッ!」

 

「……私の兄だったらあなたを見ただけで言い当てられるでしょうけど。私は生憎、そこまで"眼は良くない"ので。――眼は良くなくても頭は良いんです。私。」

 

 

冷ややかな意地の悪い微笑みを浮かべ、人差し指を赤い瞳に向け、そのまま顬へと移動させる。

 

異彩を放つ美しい白髪の少女の傍らに立つ天内。彼女もまた、洸の様子に目を奪われていた。

 

 

「((なんなんじゃ……こいつ。本当に五条悟(あの男)の妹――))」

 

 

体格差のある相手をいとも簡単に捩じ伏せる余裕。凛とした佇まい――しかしどこか闇を感じる赤い瞳。

 

 

 

 

 

「((あの赤い目の女、どこかで見た覚えがあると思ったら――))」

 

男の脳裏に一昔前の呪詛師御用達の裏サイトの画面が浮かぶ。

 

 

 

 

 

"五条洸 賞金額――○○○○○○○○○"

 

隠し撮りされたような一枚の"幼女"の写真。白髪、緋眼、矯正された美しい顔。

 

 

 

"碧眼の悟"―"緋眼の洸"

 

 

 

 

「((ハハッ……間違いねぇ。一昔前の話だが"アレ"は上物だ。))」

 

 

男の体に強い緊迫と興奮が迫り上がる。心は激昂し、無意識に汗が滲み出ていた。

 

目の前の女を殺せば"一生の食い扶持"が手に入る――

 

 

「へへっ……ククッ……ラッキー。」

「何を笑ってるんです。随分余裕ですね?」

「3000万のガキとお前も一緒に片付ける。」

「…………」

「手足もがれようが関係ねぇ!!殺してやる!!」

 

 

分身5体が一気に迫り来る。

洸は続けて対処するも昂った相手に自身の力が徐々に奪われていくのが分かっていた。

 

 

――六眼を持たない無下限呪術使いは無能――

 

誰かの声と共に脳裏を駆け巡った。

 

 

 

 

「((…頭が焼き切れそう。でも、まだいける。))」

 

 

余裕表情は少しずつ変化する。当惑の眉を顰め、額からは一筋の汗が流れた。

 

――いける、まだまだだ。

私は強くなった。証明しろ。

私はただの使い物じゃない。五条の姓を持つ人間だ――

 

 

 

 

 

私は五条洸――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、そこまで。」

「――ぐっ!?」

 

 

 

平坦な低い声、だが微かに艶を感じる声色が鼓膜を叩く。

 

同時に分身3体が派手に吹き飛び、その衝撃音とともに洸と天内は目の前に現れた大きな背中を見上げたのであった。

 

 

「悟…に」

「よくやったな洸。それとガキンチョも。」

「お主……お主もこいつと同じ力を――」

 

 

白髪に碧眼。

六眼を持つ最強の無下限呪術を扱う実の兄――五条悟。

 

 

 

 

 

「おっ!残りの分身は2体。対等対等。」

「……ならちょうどいいね。」

「ああ。同時にぶちかまそうぜ?洸?お前が余裕なら。」

「バカにしないでよね。余裕だよ、余裕……」

 

 

 

 

2人は同時に右手を前へ突き出し、人差し指と中指を向け、 特殊な掌印を作る。

 

 

「なっ!……止め――」

 

込められる呪力に恐怖を見せる呪詛師の男は呆気にとられ動くことさえできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「術式反転―――"赫"」」

 

「――!!!!」

 

 

 

 

真っ赤に染まる周辺の空気。

とてつもない鋭い空気に瞼を閉じ、少しでも衝撃を和らげようと体を丸ませる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「しっぱーーい!!!!」」

 

 

刹那、呑気な声が兄妹の口から漏れる。それぞれの分身に勢いのある拳が打ち込まれ、ひとたまりもなく男の体が吹き飛んだ。

 

 

 

「グガアアアアァァァァァッ!!!――」

 

 

 

 

「((……哀れじゃの、あの分身男……))」

 

 

天内は目の前に立ち塞がる白髪の兄妹を半ばジト目で見据えていた。

強いのは間違いないが"口も悪くて性格も悪い"兄妹。

 

絶対に敵に回すべきでは無い2人組だ。

 

 

 

 

 

 

「はい終了。おつー、洸。」

「……お疲れ。」

「よくやったじゃん?ガキンチョも無事で、お前も無傷。」

「当たり前。」

「悟お兄様が褒めて進ぜよう!」

「ちょ!だから止めてって!触んないで、よ!!」

 

 

ひと仕事終えた2人は先程の緊迫した雰囲気を打ち消し"普通の兄妹"らしく振舞っていた。天内はそれを静かに見つめていたがポケットで揺れる携帯電話を取り出すと焦った様子で声を荒あげた。

 

 

 

 

「おい!お主ら!!」

 

「ん?」

「んだ?ガキンチョ!!せっかくの兄妹の再開――」

 

「黒井が!!黒井がッ!!」

 

 

天内の携帯画面に映し出された一枚の画像。

 

そこには捕縛された黒井の姿がハッキリと映し出されていたのだった――

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

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