認めたくない現実など世の中にたくさん溢れている。瀬里奈も何度もそんなことに遭遇してきたが、今回は少し違う。10年間やってきたゲームの終了祭。いつもと何ら変わりのない風景、ギルドの仲間たち。そしてついに終わりを知らせる鐘が鳴り響く。心から終わりを悲しみ、瞳を閉じていた。目を開けるといつもの部屋が映る……はずだった。目を開けると、誰もいないギルドの部屋が映りこんだ。あまりの出来事に声も出ず、ただただ、目の前の出来事から目を逸らそうということしかできなかった。頬を抓ってもしっかりと痛みを感じ、これが夢でないと証明している。視界の端には見慣れたメニュー欄がある。上から『ステータス』『持ち物』『スキル』『ショートカット』『装備』そこでふと気がついた。『システム設定』の項目がないのである。通常ログアウトするにはシステム設定からログアウトするのだが、今はそれがない。あたりを見回すと、試着室が目に入った。ギルドには装備品の試着のための姿見が置いてある。瀬里奈は意を決して姿見を覗き込む。鏡の中には白銀の髪と瞳をもち、少し幼さは残るが非常に整った顔。すらっと高く、出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいる体。髪型はポニーテールで、腰の所くらいまである。一言で言えば美女がそこには居た。瀬里奈はその顔に覚えがあった。セイカレスで常時使っていたキャラクター「劉娜」である。顔を触れると、鏡の中の美女も同じように頬を触る。体を動かすと、鏡の中の美女も動く。
「う……嘘でしょ……」
それは紛れもなく自分が作ったキャラであり、そして自分自身でもある。頭を整理しようとしても、もう何がなんだかわからなすぎて目が涙でかすんできた。しばらくの間泣いて、少し落ち着いたところで外の様子を確認するため、ギルドから出ることにした。扉を開けると街灯に照らされ、仕事帰りの人々で賑わっている店が多数見受けられた。もうこれを現実と受け入れた劉娜はNPCが動いていることに気にしない。ここはセイカレスの世界で、何らかの理由でこの世界に留まってしまった。そんなの小説の中でしかありえないと思っていたが、現に起こってしまった。
「……とりあいず泊まれるとこを探さなきゃ……」
そう言いながら、宿屋の方向に向かった。宿屋の場所はゲーム内と全く一緒だった。
「あら、いらっしゃい。1人かい?」
木造りのドアを開けると女将が出迎えてくれた。劉娜は小さく頷くと女将は笑顔で鍵を渡してくれた。
「1泊10Gだよ。朝食は6時から、夕食は7時からだから忘れないでね」
お金はゲーム内と一緒だったので安堵する。劉娜は100G渡すと部屋へと向かった。部屋は、それなりに広くベッドと簡易的な椅子と机、壁には小さな時計がかかっている。窓も小さいながらついてお
り、月明かりが差し込んでいた。時計を見ると23時を指しているにも関わらず、街は活気だっている。しばらく街の外を眺めていると、ノック音が聞こえた。ドアを開けると、10代後半ぐらいの少女が立っていた。
「夕食はどうしますか?まだ食べれますが」
どうやら女将の娘のようだ。よく見ると似ているとこが多い。しばらく考えていると不意にお腹が鳴ってしまった。あまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になるのがわかる。少女はクスッと笑い、劉娜の手を取った。
「ほーら!早く行きましょ♪」
ここの宿屋は酒場も兼ねているため、1階は喧騒で満ちている。劉娜はカウンター部分に座り、先程の少女が料理を持ってくるというので待っていた。あたりを見回すと、商人らしき人が商談をしていたり、剣を下げた人たちが酔いつぶれていたりと様々である。ふと壁を見ると、メニューがかけてあった。それた全てが劉娜の見たことのある文字だった。具体的には日本語である。
「ん?なにか食べたいものでもある?」
声がした方を振り向くと、先ほどの少女が立っていた。劉娜は首を振ると、目の前に出されたシチューらしきものを一口食べる。
「……美味しい……」
「それは良かった♪それはあたしの父さんの自信作だよ」
劉娜はあまりの美味しさにすぐさま完食し、喉を潤すために水を飲んだ。少女はお皿をキッチンに持っていき、また劉娜のもとに戻ってきた。
「あたしはミレイって言うの。あなたは?」
「私はせり……劉娜よ」
瀬里奈と言いかけて慌てて言い直す。もうここにいるのは、瀬里奈ではなく劉娜なのだから。その後はたわいもない会話で盛り上がり、寝る頃にはさっきまでの不安や悲しみもなくなっていた。翌朝目を覚ますと、まだ見慣れていない天井が目に映る。窓を開けて朝日を肌で感じる。外はまだ開店の準備をしている人たちしかいなく、少しさみしい感じがする。時計を見ると、7時前を指していた。
「確か朝食は6時からだったかな」そう思いながらも少しやることがあるので、それを先に終わらすことにした。視界の端にあるコマンドからアイテムを選択し、アイテムボックスを開く。手を出てきたアイテムボックスのもとに持っていくと、空間が歪み手がその中に飲み込まれていく。傍から見ればかなりのホラーだ。アイテム欄は武器・防具・消費アイテム・装飾品・素材アイテム・イベントアイテムと各項目ごとに分かれている。各項目ごとに6*8のセルが6個設けられている。1スタックは100個。劉娜のアイテムボックスには所狭しとアイテムが並んでいる。武器欄には超レア武器からイベントで配布されたネタ武器までもが入ってある。消費アイテム欄はHP回復ポーションが2セル分あり、MP回復ポーションに至っては4セルちょっとある。ガンマーはオールマイティーな職業で、近距離・中距離・遠距離全てをカバーする職業である。しかし、劉娜は基本中~遠距離型なので、必然的にMP回復ポーションが必要となってくる。ポーション系は下級・中級・上級と分かれており、更に錬金術などのスキルを使い、+10まで強化できる。劉娜が持っているポーションは基本的に上級ポーション+9である。+10にするには、魔術師に強化してもらうか、お金を払って専用NPCに強化してもらうかである。NPCに強化してもらうと10万Gもかかるため、基本は魔術師に。しかし、フレンドでないと戻ってこなかったりする場合が多々ある。劉娜的には+9でも十分事足りたため、あえて+10にしなかったのである。
「お金も十分あるし、ポーションもまだまだ余裕がありそう……」
劉娜には二つ考えが思い浮かんだ。一つはこの王都でなにか仕事を見つけ暮らしていく。もう一つは旅をして、他のプレイヤーを探すという案だ。ただ、ほかのプレイヤーがいるとは限らないため、あんまり気乗りしないのも確かである。
グー
しばらく考えていると、腹の虫が鳴いた。そういえばご飯を食べてないことを思い出し、食堂へと向かう。食堂は数人の人がいるだけで、少し寂しい感じがする。
「あ、やっときた。昨日は良く眠れた?」
「うん。お陰様でね」
カウンターに座るとすぐさまミレイが出てきた。軽く挨拶すると、ミレイはキッチンに戻り、朝食を取って戻って来た。朝食の献立は温かいシチューとパン、それとサラダである。シチューを一口すすると、あまりの美味しさに頬が緩む。ミレイは相変わらず笑顔で劉娜が食べている姿を見ている。
「そういえばリューナ、そんな装備してるけど冒険者なの?」
「冒険者?」
劉娜は聞き覚えのない単語にハテナマークを浮かべる。
「あれ?違った?」
「うん。その冒険者ってどんなことするの?」
「うーん、魔物を討伐したり、素材を回収したり……あ、あと雑用なんかもしてるかな」
魔物の討伐や素材回収などはゲームでもやっていたことなので、案外馴染みのあるもので良かった。やることもないし、なんせ他のプレイヤーを探すのにもちょうどいい。
「冒険者ってどこでなれるの?」
「ここを出て直ぐにある冒険者ギルドでできるよ。あたしの名前出したら直ぐに登録できるよ♪」
「え゛?」
「ギルドマスターがね、ここの常連さんなの♪」
眩しいほどの笑顔でミレイは答える。どうやら昨日は来ていなかったようだ。そこから少しギルドの掟やちょっとした雑談をして部屋に戻り、少し準備してからギルドへ向かう。ミレイの言う通り、ギルドは直ぐそこにあった。看板が掛かっており『ボウケンシャギルド』と書いてある。いくら王都といえども字の習得率は非常に低く、一部の貴族のみが漢字まで使えるようだ。なので、基本は平仮名と片仮名を使うらしい。扉を開けると、目の前には紙が貼られている掲示板がある。あたりを見回すと、十数人ほどが休憩所のようなところでくつろいでいる。掲示板よりさらに奥に受付がある。劉娜が受付に向かうと20代前半ぐらいのヒューマンの女性が対応してくれた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどういったご要件ですか?」
「登録したいんですが」
「はい、ではこちらに必要事項を記入してください。誰かから紹介などは受けておられますか?」
「あ、はい。すぐそこの宿屋のミレイから」
劉娜がミレイの名前を出すと、さっきまで緊張感のある顔は崩れ、素の表情へともどる。
「なんだ、ミレイさんの紹介ですかー」
あまりもの態度の変化についていけず、劉娜は首をかしげ頭の上にハテナマークを浮かべる。
「最近軽いノリでギルドに入られる方が多いんですよ。その点、ミレイさんは見る目がありますしギルドマスターも一目おいておられるんですよー?」
「へーそうなんですか」と相槌をうちながら書類に必要事項を書いていく。名前・種族・バトルスタイル etc.など十個ほどある空欄を埋めていく。その間にも受付嬢は普段の愚痴を言ってくるので堪ったもんじゃない。ギルドマスターがあんまし仕事をしないだとか、男性冒険者によるセクハラがひどいだとか、彼氏ができないだとか、もうなんでもありといった感じである。
「……書けました」
「あ、はい。少々お待ちください。…………はい大丈夫ですね。では、こちらの内容で登録させていただきます。最後にこちらの水晶の方に手をかざしてもらってもいいですか?」
受付嬢の手には握りこぶしくらいの水晶が持たれていた。劉娜が手をかざし、しばらくすると水晶が白銀色に輝く。
「もう少しかざしていてくださいねー」
更にしばらくかざしていると、水晶のなかから『とうろくかんりょう』という文字が浮かび上がってきた。
「はい、これで全ての登録が完了致しました。カードの方はしばらくしたら発行されますので、待っていただくか明日取りに来てください。……ってあれ?どうかされましたか?」
「いや、あの今のはなんですか?」
「ああ、そうでしたね。今のはリューナさんの魔力属性と魔力パターンの登録です。このデータをカードに登録しますので、使えるのはリューナさんのみとなるんです。先程白銀色に光りましたので、リューナさんは氷属性になりますね」
(あれ?と言ってもあたし、他の属性使ってるよね?)
「魔力属性は一人に一つなんですか?」
「いえ、この装置は最も強い属性を示すんです。大抵の人は3~5個属性を持っていますね」
因みにセイカレスに存在していたのは、地・風・火・水の基本四属性に加え、氷・闇・光・時の上位四属性である。ある特定の種族以外は、多少差はあるが全てこの八属性を使える。それに加え、属性を含んだスキルを使うと、少しずつだが上がる仕組みになっている。
「成程ねー。あ、カードが出来る前に依頼って受けれますか?」
「はい、受けれますよ。ただしリューナさんはFランクなので、そこから選んでくださいね」
劉娜は「了解」とつぶやき、掲示板の方へ向かう。掲示板には上からSS・S+・S・A+・A・B・C・D・E・Fとなっている。SSの依頼を少し見ると、セイカレスでも上級種に指定されている魔物の討伐や、レア度の高い薬草・素材の収集まである。Fランクの依頼に目をやると一気に脱力感がこみ上げてきた。なんせそのほとんどが雑用だからである。例えば、家の引越しをしたいので手伝ってくれとか、午後のペットの散歩をして欲しいなどといった依頼である。しかし、その中に一つ興味を引くものがあった。
「『ポーションをください』か。これってHPかMPどっちなんだろ……まあ受付さんに聞けばいいか」
そう言いながら依頼書を掲示板から剥がし、先程登録を行った女性のもとへと向かう。
「すいませーん、このポーションってどっちですか?」
劉娜は机の上にHP回復ポーションとMP回復ポーションを置いた。
「こちらの赤い方ですね。というかこんなに高価なものいいんですか?」
「え?これってそんなに高いものなんですか?」
「はい……ここまで純度の高いものになると一万Gはくだらないかと」
因みに今劉娜が出したのは、たまたまアイテムボックスにあった下級HP回復ポーションである。下級で一万Gだと上級はどうなるのか想像もつかない。
「知り合いからもらったんです。あたしが持ってても宝の持ち腐れなんで」
アハハと苦笑いしながら誤魔化す。受付の女性はポーションを丁寧に包み、依頼書に判を押す。
「はい……これで依頼完了となります。次のEランクへはあと2つ依頼をこなしてくださいね。あ、あとカードの方ができました……はい、これがリューナさんのギルドカードです。紛失なされた場合は、1000G払って頂ければ再発行いたしますので」
劉娜はギルドカードを受け取る。カードには名前、種族、バトルスタイルとIDらしき数字が書かれている。
「分かりました。これから宜しくお願いします」
「はい!こちらこそよろしくお願いしますね♪」