この世界に残されて既にひと月が経とうとしていた。流石にこっちの生活にもなれ、冒険者ランクもDランクに上がった劉娜。コツコツと雑用をこなし、昇格試験にもすんなりと合格した。これには受付嬢達もさぞ驚いたことだろう。さて、Dランクに上がったということで、いよいよ劉娜が待ち望んでいた依頼が受注できるようになった。言わずもがな討伐依頼である。討伐依頼は基本3〜5人のパーティを組む必要がある。しかし、この世界の住民……というか冒険者達は基本的にレベルが低い。劉娜が数日前に見たA+ランクの冒険者でおおよそ30レベルだった。恐らくSSランクでも、平均70レベルが関の山だろう。しかし、上位種(200〜300レベル)の討伐依頼があるということは、やはりチームでの強さによるとこが大きいのだろう。単純計算で70レベルが5人いたとすると、70*5で350レベルになる。後はチームでの役割分担をしっかりすれば苦労をすれども討伐はできる。その為かDランクになり、討伐任務を受けている人は大抵パーティを組んでいる。しかし、劉娜のレベルを考えると足手纏いになるのが目に見えている。それにこの世界では
「うーん……パーティねぇ……」
現在劉娜が見つめている依頼表。内容はウルフの討伐なのだが、受注条件に“2人以上のパーティ”と言うのがあった。ゲーム時代のウルフといえば、その異常なまでに発達した嗅覚により遠くからでも発見され、1匹がアクティブ化すると周りもアクティブ化状態になる為、初心者がまず最初に心を折られるモンスターである。
「あ……あの……貴女もこの依頼……受けられるん……ですか?」
「ん?」
掲示板の前でうんうん唸っていると後ろから声をかけられる。劉娜が後ろを向くと、そこには剣を腰に下げた女の子が立っていた。顔は非常に整っており、くすんだ桃色の髪は後ろで結ばれている。身長は劉娜より少し低いくらいで、纏っている皮装備はまだ新しい。
「うーん……受けたいのは山々なんだけど……私パーティ組んでなくって、受けれないんだよねー」
「あ、あの……よかったら一緒に……パーティ組みません……か?」
「え?」
「あの……えっと……その……私……Dランクに成り立てで……友達もいないし……人見知りだし……その……」
女の子の声はどんどんと小さくなり、最終的には涙目になりながら俯いてしまった。そんな仕草が小動物ぽく、劉娜の保護欲にダイレクトアタックをかました。
「大丈夫だよ。私がお友達になってあげるから……ね?泣かないで?」
女の子はその可愛らしい目に涙を蓄えながら、劉娜に抱きつく。因みに、掲示板があるのはギルドの中央。いくら昼間で人が少ないとはいえ、幾人かの人はいる。劉娜達に気付いた人は全員、微笑ましい目で見ていたそうな。
閑話休題
「うう……申し訳ないです……」
劉娜達は現在依頼書を取って、休憩所に座っている。劉娜は苦笑いをしながらも、女の子の頭を撫でている。
「あはは……大丈夫だよ。それよりも、折角パーティ組んだんだし、先に自己紹介しちゃいましょう?」
「あ、はい。私はアリーシャと言います」
アリーシャは先程までのオドオドした雰囲気ではなく、ピシッとした顔立ちで自己紹介をする。
「よろしくねアリーシャ。私は劉娜よ。それよりも友達なんだから敬語はやめない?」
「え?あの……その……リューナ……さん……」
「劉娜」
「リュ………リューナ」
「うん♪それでよろしい♪」
顔を真っ赤にして、劉娜の名前を呼ぶアリーシャ。その姿があまりにも可愛すぎて、劉娜はまたしても頭を撫でる。髪を慣らすように撫でてあげると、気持ちいいのかアリーシャは目を細める。
(なーんかこの娘見てると弄りたくなっちゃうんだよなー)
「さて、そろそろ依頼受けちゃいましょうか」
そう言うと、劉娜は撫でてる手を戻し、依頼書を持って受付の元へと向かう。アリーシャは残念そうな顔をしながらも、劉娜の後へ続く。
「リンシアさーん。この依頼受けたいんですけどー?」
リンシアとは、最初の手続きをした受付嬢で、今では友達同然の付き合いをしている。
「ウルフ討伐ですか……此方は2人以上のパーティ必須になっていますが、相方さんは……ふふ……いるようですね♪」
「はい♪アリーシャが今後の私のパートナーです♪」
リンシアは劉娜の背後にいるアリーシャを見つけ、微笑ましそうな見、劉娜は嬉しそうにアリーシャを紹介する。当のアリーシャは恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしながら俯いているが。
「えーとアリーシャさんは……はい、大丈夫ですね。リューナさんと同じく先週Dランクになっていますね」
「あ、はい……そうで……す」
「ふふ……可愛らしいですね♪さて、リューナさんはともかく、アリーシャさんは討伐依頼の規則についてはご存知ですか?」
「い、いえ……知りません……」
アリーシャは小さく首を振る。
「では、説明しますので此方にお座りください」
そう言い、リンシアは目の前にある椅子に腰掛けるよう促す。アリーシャはちょこんと椅子に座り、パートナーである劉娜もアリーシャの横に立つ。
「さて、此方が討伐任務の規約になります」
アリーシャの目の前には文字がびっしりと書かれた羊皮紙があった。因みに全部ひらがなで、劉娜的には読みづらい。
「まずは討伐任務における注意事項からです。討伐任務は、原則ご自身のランクにあったものからしか選べません。討伐任務の際に負った傷や死亡にギルドは一切責任を取りません。もし途中で依頼を放棄なされる場合は、償金額の倍払ってもらうことになりますのでご注意下さい。何か質問事項はありますか?」
「大丈夫……です」
「では次に討伐任務の達成条件についてです。討伐任務は対象を討伐すれば終了になりますが、その証拠として対象の体の一部を納品してください。部位に関しては此方をご参照下さい」
そう言い、リンシアは机の引き出しから羊皮紙を取り出し、アリーシャに渡す。
「其方に書かれている部位をギルドに納品していただければ、直ぐに手続きを致します。此方に関してなにかご質問はありますか?」
「換金素材とかはあるんですか?」
先程まで静かに聞いていた劉娜が口を開く。因みに劉娜は、宿屋でミレイから討伐任務については聞いている。
「あ、はいありますよ。今回のウルフであれば、毛皮が換金素材になります」
「毛皮かー……アリーシャは剥いだりはできる?」
「え?あの……その……できないです……」
申し訳なさそうに顔を俯かせるアリーシャ。劉娜は「この娘は直ぐに謝る癖があるのかな」と考えながらも、優しく頭を撫でてあげる。
「大丈夫。私がなんとかするから」
事実劉娜……いや瀬里菜の叔父は猟師をやっており、幼い頃から家事を手伝っていた瀬里菜にとって、皮剥など朝飯前なのだ。
「すみません……何から何まで……」
「気にしなくていいのよ。初めから全てをできる人間なんていないんだし、少しづつ慣れていけばいいのよ」
アリーシャは「はい」と小さく呟やく。その光景を、あいも変わらず周りは微笑ましく見ていた。
「では、受けられるということで宜しいですね?」
「はい」
「期間は今日を含めて1週間になります。もし期限内に終わらなかった場合も賠償金が発生致しますのでご注意下さい」
そう言い、リンシアは依頼書に受注の判を押した。
「さて、アリーシャは剣士ってことでいいわね?」
「うん……お父さんから教わった護身術だから、役に立つかは分からないけど……」
劉娜はアリーシャの装備を見直す。全身は皮装備でおおい、剣は恐らく鉄製のショートソード。ウルフのレベルを考えるとこの装備でも充分なのだが、道中なにが起こるかわからない。という事なので、劉娜は一旦ギルド……シルバープリンセスに立ち寄り、装備を見繕う事にした。
「あの……ここって開かずの家で有名なとこですよね?」
ギルドの前に着いた瞬間、アリーシャの顔が青ざめたのでどうしたのかと聞くと、驚くべき答えが返ってきた。曰く、ここは100年もの間朽ちず、侵入しようにも扉は打ち付けられたかのように硬く閉ざされているらしい。まあそれもそのはず。ギルドには他プレイヤーが侵入できないように扉には魔力パターンを認証させる機能を持たせているのである。それはともかく、劉娜が一番驚いたのは、この建物ご“100年前のもの”ということだ。なにせ、街自体が少しの変化はあれど、ゲームの時代と相違しているのだ。ミレイの話を聞く限り、周辺国家も変わらず存在している。
「……取り敢えず中に入ってみなきゃ……」
情報の整理はいつでも出来るので、取り敢えずはアリーシャの武器を見繕うため、扉を解錠する。
「さあ、入って」
「え?なんで開いたの?」
「話はあとあと。先ずは装備を見繕いましょ」
劉娜はアリーシャの手を引き、部屋に招き入れる。ギルドの中は以前と変わらず、終了祭用にカスタマイズした部屋になっている。ゲーム内ではカスタマイズを幾つか保存でき、気分によって変えることができるのだ。
「えーっと……通常パターンはっと……」
劉娜は部屋の一角にある制御パネルを弄る。すると先程までパーティセットだったのが、一瞬にして豪華な玄関先に変わる。床は黒大理石で覆われ、天井からは豪華なシャンデリアが、壁にも精巧な意匠が施された、蝋燭立てが無数に並んでいる。
「うーん……こーゆうとこはゲームと一緒なのよねー」
ツッコミを入れてはいけないと分かってても、つい口に出てしまう。後ろでは口をあんぐり開けたアリーシャがいた。
「ん?アリーシャどうしたの?」
「……ここってリューナの家……なの?」
「んーどっちかというと“私達の家だった”かな」
劉娜の悲しそうな表情を読み取ったアリーシャは特に追求はしないことにした。
「さて、武器庫はこっちだったかな」
そう言い、劉娜は目的地へと歩き出す。アリーシャも劉娜の後を追う様についていく。壁に掛けられた無数の蝋燭が大理石に反射され、幻想的な雰囲気を作り出し、通るものの心を奪う。また、廊下の幅も大人3人が両手を広げて歩いても余裕があるほど広い。1階層の広さが約東京ドーム3個分。それが上に3階、地下に8階の合計11階にもなる巨大な建物こそ、セイカレスでもトップランカーのギルド“シルバープリンセス”なのだ。因みに上層は闘技場やアイテム倉庫があり、地下にはギルドメンバーの居住区や、NPCの詰所となっている。
(そう言えばNPCメイドとかはどうなってるんだろ……)
そんな事を考えながらも、やっとの事で武器庫に着く。
「さて……此処が武器庫よ……ってどうしたの?」
劉娜が後ろを振り返ると、心ここに在らずといった感じのアリーシャが立っていた。
「いや……何というか……あまりにも綺麗過ぎて……」
劉娜は「そう?」と呟くと、武器庫の扉を開ける。中には所狭しと武器が並べられている。アリーシャは近くにあったブロードソードを手に取ろうとするが、実体がないかの様にすり抜ける。実際に、此処に表示されているのは武器そのものではなく、所謂ホログラムの様なものだ。取り出すには管理者権限のあるもの……つまりシルバープリンセスのメンバーにしか取り出せない。劉娜は徐に管理パネルを開くと、色々と操作を始める。
「えーっと……剣士系の武器はっと。確かブライトさんが昔使ってた……低級装備があったはず……っと」
そう呟きながら劉娜は一本の剣を取り出す。劉娜は【技能:サーチ】を使い、武器のデータ値を見る。
『名前:鉄のショートソード+10 攻撃力:30 符呪:火属性+3 重量軽減+30%』
「あはは……ブライトさん、これは流石に強化させ過ぎだよ……」
その昔、武器強化に関しては一切妥協をしないメンバーの1人を思い出し、苦笑いが出る。因み、武器強化は最大で+15まであり、通常は+5くらいまで強化すれば充分なのである。それに加え、鉄のショートソードは序盤に手に入る武器だが、此処まで強化と符呪をしているとストーリー中盤までは使えるだろう。
「アリーシャ、これ使ってみて?」
「う、うん………ってこれ凄く軽い⁉︎」
それもそのはず、このショートソードは重量軽減+30%が付いてるのだ。
「リューナ⁉︎これ勝手に借りちゃっていいの⁉︎」
「うん……多分もう使わないだろうし、結成記念としてあげるよ」
もう、あの頃には戻れないと分かっているからこそ、悲しみが込み上げてくる。
(吹っ切ったと思ったのに……やっぱり駄目ね……)
あと日を思い出しながら劉娜達はギルドをあとにするのだった。