メジロラモーヌ「面白くない男」   作:お話下手

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一悶着

 放課後。カツラギエースがトレーナー室に入ると既に他のメンバーは全て揃っていた。来月のトレーニングメニューが完成した為、トレーナーの指示により此処へ集合したのだが。

 

 「♪」

 

 みんなに紅茶を注いでいたトレーナーは鼻歌交じりでやけに機嫌が良い。各個人にそれぞれメニューを渡され、内容を確認する。マルゼンスキーを除けば皆、中距離が得意だがそこからマイル、長距離、短距離と細分され、更には脚質が異なるのでかなり細かく調整されている。特にカツラギエースのメニューは他のウマ娘よりも細かいが、それ以上にこなすトレーニング量も明らかに多かった。

 

 「うわ、エースのかなりキツくない?」

 

 シービーが後ろから覗き混んでくる。確かにハードだが、これはトレーナーとエースが契約する際、既に合意した結果によるものである。厳しい話、彼女のポテンシャルはウマ娘の中では並みという判断が出ていた。そんなエースに更なる実力を付ける為にもギリギリを見極めた量となる。

 

 「いや、あたしはこれで良いんだ」

 

 同期はシンボリ家とメジロ家、更にシービーとマルゼンスキーという最強クラスが揃っている。生半可なことでは勝利するのは難しい。

 

 「と言ってもまだまだ調整が必要だけどね。とりあえずエースの身体能力に合わせたメニューだから実際にやってみて、より調整を重ねていくよ」

 

 そう言い、再びトレーナーは鼻歌を歌いながら作業を再開したが、気持ち悪い程機嫌が良いのでシリウスは顔をしかめる。

 

 「おい駄目犬」

 

 「あれ? もしかして気になる? 知りたい?」

 

 まだ何も言ってないが、本人は言いたくて仕方ないらしい。 

 

 「違う。その気味が悪い鼻歌止めろ」

 

 右手で顔を掴み、握力にものをいわせて笑顔を握り潰した。トレーナーが痛いと呻いたので気持ち悪い鼻歌が止む。拘束を解除され、顎がずれてないか確認するよう撫でていた。

 

 「でもよ、トレーナーさんがここまで機嫌が良いのは見たことがないぜ。よっぽど良いことがあったんだろ!」

 

 エースの屈託の無い笑顔にシリウスはしまったと顔をした。長年の付き合いがあるルドルフ、クリスエス、シリウス、シービー、ラモーヌには大体録でもないことだと理解している為無視をしていたが、エースとそしてマルゼンスキーは気になって仕方ないようだった。

 

 実際、録でもない話ではある。

 

 トレーナーはウキウキとポケットからスマホを取り出すと待ち受け画面を見せる。其処には見たことがない、綺麗な女の人が写っていた。

 

 「実は昨日彼女が出来たんだよ!」

 

 「―――――」

 

 トレーナー室が凍り付いた。

 

 シリウスとエースはコイツ…マジか…と呆れているような恐ろしいことを聞いてしまったというような複雑な表情をする。

 

 「へー、見せて見せて」

 

 意外なことに一番最初に動き出したのはミスターシービーだった。興味津々といった様子で彼からスマホを奪い取ると、待ち受けに写る女性をジッと見た。

 

 「ウマ娘じゃないんだ。着てる服も上品というか…」

 

 成人している。髪型もボリュームのあるロングで緩めにウェーブが入っており、マルゼンスキーに近いだろう。服装もカジュアルだがどことなく気品があった。

 

 「この間、美術館に行った時に意気投合して連絡先貰ってさ。がははは!」

 

 「美術館?」

 

 トレーナーの言葉に聞き覚えがあったのか、ラモーヌが反応する。その美術館に彼が訪れたのも、元々は招待されたラモーヌの付き添いだったのだ。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 休日。二週間前。重鎮の令嬢の作品が展示されていると知らせが入り、付き合いの為訪れたのだがラモーヌは退屈であった。これといって目を引く作品は見つからず、令嬢を探して適当に対応した後さっさと帰る予定だった。

 軟派避けも兼ねてトレーナーを誘ったのだが、途中ではぐれてしまう。危なっかしいのでいつも目の入る場所にいろと言うが、素直に聞くような男ではない。

 暫く館内を彷徨いていると、一組の男女が談笑しているのが見える。

 

 それこそ、はぐれたトレーナーと招待した令嬢だった。

 

 「君の話、もっと聞かせてくれないか」

 

 「そんな、わたくしばかり語ってお恥ずかしいです…」

 

 軟派していたのである。

 

 男の顔立ちは良い方だ。服装もブラウンのセットアップ。美術館の景観を損なわない派手さを抑え品があり、堅苦しさがないようデザインはカジュアル。足元は実用性のあるスニーカー。悪くない出で立ちだった。美術館の中は意外と歩き回る。

 

 ラモーヌも訪れる際は音を発てないようヒールは控えるがこの男もまた礼節を身に付けており、おまけに口が巧かった。他者の警戒心を解くのが得意で、令嬢も社交場では出逢えない色男に満更ではなかったのだろう。

 

 「君の絵、とても好きだ。綺麗で優しくて。デザインの元となったのはイベリスの花だね」

 

 「まぁ!抽象的な表現でしたのに見抜けるなんて流石ですわ。わたくしの御父様なんて花であることさえわかりませんでしたのに」

 

 「イベリスはこれからの季節に咲く花だ。可憐なのに力強さがあって俺の好きな花の一つでもある」

 

 「わたくしもです。それにイベリスの花言葉も好きで…その…あの…」

 

 甘い言葉を吐く男の尻を蹴り飛ばしたくなった。

 

 令嬢が恥ずかしげにトレーナーに目配せしていた。男を知らぬ高嶺の花が、初恋を実らせたのだろう。このままではメジロ家のトレーナーに娘が誑かされたと言われては堪らないので、割ってはいることにした。

 

 「本日はお招き頂き感謝します」

 

 「げ!」

 

 微笑みながら話しかけると、トレーナーは怪物を見つけたような反応をする。

 

 「まぁ!ラモーヌ、今日は来てくれて有り難う!」

 

 探していたのは相手側も同じらしい。男とは対象に満面の笑みを浮かべると近寄ってきた。

 

 「紹介するわラモーヌ。此方はトレセン学園…「知っております」…あら!お知り合いでしたの?」

 

 令嬢には既に自分の職種を教えていたようだ。彼女もまさか招待した相手の担当とは思うまい。トレーナーは令嬢の後ろで青い顔をしながら冷や汗を滝のように流していた。

 

 「ねぇ、トレーナー?」

 

 鋭いナイフのような目で笑顔を向けられる。蛇に睨まれた蛙の如く動けなくなり、ラモーヌはその隙をついて流れるような動きで腕を絡ませた。

 

 「そうでしたのね。世間は広いようで狭いと聞きましたが本当のことでしたわ」

 

 ギリギリと絡ませた腕が締め付けられる。痛みに震えながらもトレーナーはなんとか笑みを保っていた。令嬢は二人が身体を寄せても特に反応はしない。

 

 「トレーナー業務は狭き門とお訊きしましたが、それでなおメジロ家を担当なさるとは…トレーナー様は嘸や優秀なお方ですのね」

 

 「いえいえ、其れ程でもござ―――いっ!?」

 

 それ以上調子に乗って喋るなということなのだろう。ラモーヌの踵が爪先を踏みつけている。ヒールでなかっただけでもマシだ。

 

 「本日は顔を見せに来ただけです。本当はゆっくりとお話をしたいのですが、デビュー間近ですので」

 

 「そうでしたの…。残念ですわ。それではトレーナー様、また御会いできるのを楽しみにしております」

 

 令嬢は名残惜しそうにトレーナーに目配せすると彼の脇をスルリと避けてその場を後にした。

 

 「そ、そんな…」

 

 トレーナーは涙目で膝をつく。情けない男の姿に冷ややかな視線を送るラモーヌだが、やがて飽いたのかそのまま放ったらかしにして同じようにその場を去って行ったのである。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 「貴方。あの一瞬で連絡先を渡されたわね…」

 

 「鋭すぎて怖いな!」

 

 そう。令嬢がトレーナーの脇を通った瞬間、ラモーヌとトレーナーに気付かれないように自身の連絡先を書き記したメモがポケットの中に入っていたのである。世間知らずな御嬢様かと思ったが意外にも強かな性格だったようだ。

 

 「まだメールでのやり取りだけど、今度デートするんだ」

 

 だらしない顔をしているが、シリウスとエースとしてはヒヤヒヤで仕方ない。ラモーヌは怒り狂うかと思ったが意外にも落ち着いており、呆れている様子。問題は残りのメンバーだったが。

 

 「クリスエス…おーい? …駄目だ全然動かねぇ」

 

 飼い主に置いていかれた大型犬のように縮こまってピクリとも動かなくなる。顔は無表情だが、耳としっぽは悄々に垂れ下がっていた。

 マルゼンスキーはうつ伏せ倒れ混み、同じように耳としっぽはチカラ失く下がっている。

 

 「皇帝様もさぞかし残念だったな」

 

 シリウスがイタズラっぽくルドルフの顔を伺う。平等が基本であるルドルフだが、この男が関わると例外であり異常な執着を見せる。シリウスとしては嬉しい反応であり、楽しみにしていたのだが。

 

 「やれやれ。困ったものだね」

 

 苦笑いを浮かべている。思っていた反応と違っていたが、そうではない。ルドルフは紅茶を飲もうとしたが、動揺のあまり手が震えすぎてソーサーからカップを持ち上げる際、ガチャガチャガチャガチャガチャガチャとけたたましい音を鳴らし続けた。

 

 「おいおい…」

 

 「トレーナー君のバカ!浮気者!」

 

 先程まで倒れていたマルゼンスキーが突然飛び上がる。自身に用意され紅茶をそのままグイッと一気飲みするとトレーナー室から飛び出した。

 

 「あんなにあたしのこと好きって言ったくせにっ!あたしとは遊びだったのね!うわーん!」

 

 「え、いや。それ誤解というか…誇張が凄い!?」

 

 「せいっ」

 

 トレーナーがマルゼンスキーに気をそらしている隙をついて、シービーは手に持っていた彼のスマホを豪速球で窓から投げ飛ばした。

 

 「あああああ!?」

 

 叫び声をあげるなか、シービーは走ってくると軽く返事をして何事も無かったかのように出ていく。出ていったマルゼンスキーかスマホを取りに行くか二択を迫られたが、彼は迷うことなくマルゼンスキーを追いかけた。

 

 「マルゼンスキー!待ってくれー!俺が悪かったーーー!」

 

 トレーナーが出ていったことにより、室内が急に静かになる。残されたシリウスは取り敢えず席に座り直し紅茶を口に含んだ。傍らにはトレーニングメニューをパラパラと捲って軽く目を通すラモーヌが。やはりその様子は落ち着いている。

 

 「意外だな。あんたもあの駄目犬に執着しているから、てっきり取り乱すかと思ったんだが」

 

 シリウスの言葉に反応したラモーヌは手にしたメニューを閉じるとジッと彼女の顔を見つめた。いつもの何を考えているかわからない無表情。

 

 「なんだよ」

 

 「貴女。意外と鈍感なのね」

 

 「何?」

 

 これまで数え切れない程の相手を魅了してきたシリウス。恋愛感情ならば誰よりも理解しているつもりだが、ラモーヌはそんな彼女を鈍感と決め付けたのである。それは聞き捨てならないとラモーヌに発言の意味を問うたが、答えることはない。

 

 「あと一週間かしら…」

 

 「は?」

 

 嬉しそうにポツリと呟くラモーヌ。またしても意味深な言葉にシリウスは戸惑うが、彼女はそれ以上何も言うことはなくトレーナー室を後にした。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 そして一週間後。いつも通りにトレーナー室に集合したメンバー。其処で彼女達が目にしたのは、隅っこで丸くなり陰鬱なオーラを纏っていたトレーナーがいた。

 

 「ははは!コイツは傑作だ!」

 

 事情を聞いたシリウスは腹を抱えて笑う。トレーナーがここまで落ち込んでいる理由、それは交際期間、僅か三週間にも満たない彼女から早くもフラれてしまったのであった。

 

 理由は四つある。

 

 一つ目は彼がトレーナーであること。デビュー前が近いメンバー、特にラモーヌの調整が忙しくデートする時間がない。

 二つ目は金銭の問題。彼はラモーヌに莫大な借金をしており、給与の殆どは彼女に没収されていた。男女交際には金がいる。無一文に近い彼に交通費すらないのは死活問題。

 三つ目がマルゼンスキー。彼女の機嫌を損ねてしまったので暫くは彼女に付きっきりで相手をしていた。一緒に買い物へ行ったり、食事をしたり。特に最近のマルゼンスキーは免許を取る勉強をしているため、その相手もしていた。

 

 そのおかげもあり、無事彼女の調子は絶好調。

 

 しかし、そこで問題点四つ目が出てくる。メールでのやり取りで彼女からデートのお誘いが来てもこの多忙の中、約束を取り付けることが出来なかった。それも何度もである。

 ここまでくると相手側もご立腹であり「わたくしとウマ娘、どちらが大切ですの!?」…と怒られた。

 

 「おいおい、まさか…」

 

 話しを聞いていたエースはこのあとの展開に嫌な予感がする。その予感は見事に的中した。

 

 「この駄目犬はあろうことか、ウマ娘と答えやがった!」

 

 「うわ…」

 

 その場しのぎに嘘でもつけば良かったものの条件反射だったのか、はたまたただの馬鹿正直だったのか。

 

 「私はトレーナー君のそういうところ、好ましいと思っているよ」

 

 ルドルフが近寄って肩を手を置く。表情は悲しげに同情しているように見えるが、その尻尾は御機嫌な様子で揺らめいていた。

 

 「大丈夫ーーーお前には私が…いる」

 

 「さぁさぁ!早く練習にいきましょー!」

 

 クリスエスとマルゼンスキーも続けて慰める。綿が抜けたぬいぐるみ状態の彼を胴上げのように持ち上げると、そのままターフへと駆けて行ったのだった。

 

 「ラモーヌ。お前はこうなると予想していたのか」

 

 「昔からこの男にとっての最優先はウマ娘よ。軟派はただのコミュニケーションにすぎないわ」

 

 実際、トレーナーは男相手にも似たような対応を取る。社交界で相手の警戒心を取り、親睦を深める為にやっているようなものだ。それにただの遊びである。変なことは仕出かさないよう、金銭は此方で縛っているのである程度抑えていた。

 

 「なるほどな。なら、遊びじゃなくなったらどうするんだ」

 

 「そんなこと決まっているじゃない」

 

 遊びが本気になってしまう。それもまた男女関係でよくあることだ。その点で言えば利用することしか考えていなかったラモーヌが、彼に本気になってしまったのも同じことと言えるだろう。シリウスはそれが気になってしまったが、ラモーヌの彼に対する執着は想像を遥かに越えていた。

 

 「あの男を殺して私も死ぬわ」

 

 いつもの魔性めいた氷の笑みではない。年相応の十六歳少女の、可愛らしい笑顔を見せたのだ。それが逆に本気度を感じる。

 室内の空気が重苦しいモノに変わり、シリウスとエースは昼ドラのようなラモーヌの言葉に引いてしまった。此処にルドルフ達がいなくて本当に良かっただろう。

 

 尤もラモーヌにしてみれば四十年以上も地獄の苦しみを味わわされた憎しみと、愛情が入り交じった複雑な想いがある。それを何処の誰ともわからぬような、本気ですらない者に奪われてしまったとなれば、まともではいられないのかもしれない。

 

 「お前、本当に未成年か…?」

 

 

 




感想と評価、ありがとうございます
凄く嬉しいです

次回の更新は9月23日0時の予定です
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