メジロラモーヌ「面白くない男」   作:お話下手

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お人好し

 

 

 『どうして此処に…』

 

 シンボリルドルフの姿を見た彼から絞り出すような言葉が出た。元々接触することを避けていた相手が突然現れたことに驚きを隠せないのだろう。シリウスは男の様子を逐一逃さぬよう眺めた。

 

 『寮の窓から血相変えて、君が必死に走っているのが見えてね。今まで君のあんな姿は見たことがないから、つい好奇心が勝ってしまったよ』

 

 シリウスは気付いた。この許可証に皺がよっていたことに。急ぎ足で握り締めていたせいで、くしゃくしゃになったのだろう。だが、この男…まさか本当に自分達の為に駆けつけたとでもいうのか。

 

 『副主任の声が聞こえた時は、どうしたものかと悩んだが…。まさか君がシリウスを助けるとは思わなかった』

 

 『っ…』

 

 彼は何か言わなければならないと口を動かそうとしたが、溢れる感情に上手く言葉が思い付かず、口をパクパクさせることしか出来ない。しかし、ルドルフは彼の異変に気付いていないようだった。

 

 『おっと。すまない、そういえば挨拶がまだだった。知っているかもしれないが初めまして、私の名前のシンボリルドルフ』

 

 そう言って右手を差し出す彼女。彼は初めましてという言葉にハッすると、額に手を当て独り言を呟く。

 

 『なにやってんだ、俺は…』

 

 誰にも気付かれないよう自分を嘲笑った。自身の右手を見つめ、ルドルフの手を握り返すか思案したが、残念ながら彼女の人当たりに答えることは出来なかった。

 

 『ふむ』

 

 握手を拒否され、困り顔をしたルドルフだが無理強いすることはない。一人納得した様子で頷くと右手を引っ込めた。

 

 『で、それだけってわけじゃないだろ?』

 

 シリウスが前に出る。こんな時間、許可証をこの男が用意したとはいえ学園の門限を過ぎ、副主任との取引、あまりにも悪質な要素が多すぎた。

 

 『生徒会長が盗み聞きってのは、お行儀が悪いな』

 

 『盗み聞き? さて、何のことかな』

 

 しかし、ルドルフはその小さな頭をわざとらしく傾げ知らぬふりをする。いつもの彼女らしからぬその行動に皆、困惑してしまう。

 

 『どういうつもりだ』

 

 『この時間帯に施設の許可を出したのは理事長だ。なら私がこれ以上追及することは出来ない。況してや今の私も寮から抜け出した身でね。…副主任の件も生徒会長としてではなく"シンボリルドルフ"として聞いていたにすぎないと思ってほしい」

 

 口元に人差し指を当て内緒にしてほしいとジェスチャーした。普段の清廉な彼女とは違い、年相応の可愛らしさがある。

 

 シンボリルドルフ。彼女の夢は生徒会長としての責務を全うすることでもなく、レースに勝つことでもない。全てのウマ娘を導き、救う。それが彼女の原点たる願いだ。

 担当を想う副主任、ここにいる各々事情を抱えるウマ娘達。彼女達を蔑ろにするのは果たして正しいことなのか。

 

 『残念ながら未熟者では、今この場における最適な答えを導き出せない』

 

 故にシンボリルドルフとしての感情に従い、この場は見なかったことにする。悔しいがそうするしかなかった。

 

 『…それとも、君はこうなると予想していたのかな。私が手を出せないように』

 

 男に目線を向けるが逸らされてしまう。やはり目を合わせようとしない。

 シリウス達はまだ良い。だが彼が副主任を脅す際、ウマ娘のことを敢えて出しにした。他にも何かやらかしている可能性もあり、叩けば埃が出る相手である。雑務を任されているこの男ならばもっと強い弱味を握っているに違いないが、彼は副主任にもルドルフが手を出しにくいようしていた。

 

 『買い被りすぎだ。俺は其処までお人好しじゃない』

 

 『なら、そういうことにしておこうか』

 

 嬉しそうに笑うルドルフにシリウスは不機嫌そうに言う。

 

 『もう満足か? コイツに用があるのはお前だけじゃない。部外者はさっさと退出していただけると助かるが』

 

 『おっと。前々から話したかったせいかな。つい長話だったね。ではシリウス、君と彼の仲が上手くいくことを祈っているよ』

 

 『はぁ!?』

 

 突然のことに叫び声を上げた。コイツとはそんな関係ないと歯を剥き出しにするがルドルフは知らぬ顔。幼なじみ故に、彼女はとっくに気付いていた。シリウスがこの男を気に入りかけていることに。問題は互いに素直ではないところだが、まぁ時間がそれを解決するに違いないと。

 ルドルフは軽く手を上げ、室内から出ていく。肩から力が抜けたのか男から大きな溜め息が溢れた。

 

 『さっきルドルフのことをルナと呼んだな。ありゃ一体どういうことだ』

 

 ルナ。それはルドルフが幼い頃使用されていた愛称だ。身内でも限られた者しか使わず、成長した今ではもう使う者すらいない。

 

 『聞こえちゃった? 君、耳良いねぇ。まぁ、ウマ娘だから―――『話を逸らすな』―――はいはい』

 

 この男は本心をとことん隠そうとする。これまでの付き合いでそれがよーーーくわかった。この場所に訪れたのもシリウスにただ借りを返しに来たのではない。ルドルフの言ったことが本当ならば、最初からコイツは自分達を助けるためにやってきたのだと。

 

 『ただ、此処だと人が多いからね。今からトレーナー寮に帰るし、君さえ良ければ帰りがてら話をしよう』

 

 まだトレーニングを続けていたウマ娘達に戸締まりをお願いして、両者鞄を抱えると廊下に出る。真っ暗闇、蒸し暑さが残る中を静かに歩いた。

 

 『さて、どう話したものかね』

 

 頭を掻きながら考え込む。シリウスはもう誤魔化すんじゃないと釘を差した。

 

 『わかってる、もう嘘はつかないよ。シンボリルドルフと話してちょっと正気になったというか、なんというか…』

 

 ある意味諦めにも見えるその表情。

 

 『あの子は…そうだな。昔の恋人に"似ている"んだよ』

 

 『恋人?』

 

 『姿や声、雰囲気から性格。全部が』

 

 嘘をついているようには見えない。彼の横顔があまりにも真剣だった。どこか懐かしむようなその姿をとても偽りだとは言えなかった。其処まで似ているのだとしたらルドルフを目で追ってしまうのも当然だろう。だが。

 

 『教え子に恋人の影を追ってんじゃねぇよ』

 

 『そうだね。彼女はあの彼女とは違う、俺がどうかしてた…』

 

 苦い顔をする。自分でも良くないと思っていたか、いや…或いはやはり、ルドルフと話をして嫌でも気付いてしまったのか。

 肩を落とす彼に見かねたのか、シリウスはニヤリと笑ってその肩に手を回した。

 

 『あんな奴、この世に一人しかいないと思っていたがな。なかなか興味深い。どんな感じにフラれたんだよ。浮気か?』

 

 『君、俺に嫌がらせ出来るとわかった途端、楽しそうだね…』

 

 それもあるがルドルフはシリウスの幼なじみである。傲慢でギャグのセンスもなく、堅物の化身のようなあのウマ娘に似た人物の色恋沙汰には非常に興味を沸いた。

 

 『此方はお前の良いように振り回されてんだ。面白くなかった』

 

 『まぁ、浮気ってわけじゃないけど俺が悪いのは概ね合ってるよ』

 

 別れた原因に関しては詳細を語らなかった。代わりにその後も恋人は出来たが、同じように別れたらしい。しかもその二番目の恋人に似ているのがシービーであり、最後の恋人がクリスエスにとても似ているというのである。

 

 『クリス―――じゃなくて、彼女とは結婚までいきそうだったんだけど、まぁ色々あってね…』

 

 『お前、甲斐性なしだな』

 

 呆れたシリウスの様子に彼は声を上げて笑った。自分でも自覚しているのだろう。嘘つきでやる気もない。何を考えているのかわからない男など、結婚しても不安しかないと。言葉にする。

 

 『しかも女々しいときた』

 

 『確かに。あ、何か飲む?』

 

 自販機の前を通りかけた時、財布を取り出して好きな物を選べと進めてきた。外は蒸し暑いが喉はまだ渇いていなかったため、断ると彼は小銭を入れて缶コーヒーを購入する。しかもブラック。

 

 『今から飲むのか? 眠れなくなるだろ』

 

 『夜寝ると変な夢見ちゃうんだよ。どうせ明日は暇だし、昼寝する』

 

 だからこの前も昼寝していたのかと思ったが、それをサボりの理由にするのもどうかと思ってしまう。部屋に帰ってから飲むのか、取り出した缶コーヒーは未だ封を切られていない。

 暫く歩いてトレーナー寮前にたどり着き、此処で別れとなった。

 

 『じゃ、お休み』

 

 のほほんとした顔で手を上げたが、此処で良いことを思い付くシリウス。

 

 『おい、明日はグラウンドの使用許可を持ってこい。時間は夜の八時から九時まで』

 

 『え、何…急に』

 

 『どうせ暇人なんだ。お前は理事長に気に入られているらしいからな。使える駒は手元に置いておきたい、簡単だろ?』

 

 『簡単って君ねぇ。あれだって交換条件飲んだから貰った物でそうホイホイ貰える物じゃないの』

 

 『ならまた何か差し出せば良い』

 

 俺の人権を雑に扱わないで、やっぱり面倒なことになった、とぶつくさ呟くが知ったことではない。

 

 『業腹だが、お前は使える。その立場と能力を他の奴等の雑用に使わせるのはもったいない。そっちとしても私達が上の者に目をつけられたくないだろ』

 

 この男はお人好しなヤツだった。昼寝するなどとほざいていたが、どうせ心配になり何処かで此方の様子を伺うのは予想出来る。

 シリウスは素早い動きで男の手から缶コーヒーを奪い取った。

 

 『コイツは預かる。だから今夜はさっさと寝るんだな』

 

 『えぇ…』

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 翌日。シリウスの言う通り、許可を取ってきた。今回は理事長からではなく正式な手続きを組んで貰ったらしい。

 理事長に借りを作るのは怖いと言っていたが、前回の交換条件について尋ねたところ、とある知人に会ってほしいとだけで詳しい内容は彼自身も知らないようだ。

 

 柵によりかかりながらウマ娘達の様子を見守っているだけの彼だが、時折何か言いたげな表情をする。大方、走法に指摘したいところがあるのだろう。

 シリウスは背中を小突いて、さっさとアドバイスに行けと促した。本人は気まずそうだが、実際彼に指導を受けてウマ娘達が嬉しそうに返事をしている。彼もそんな彼女達を見て、少し目に光が宿っていたことにシリウスは勘づいた。

 

 『ほう…』

 

 試しに自分が走っているところを見せたが、特にそれが顕著に出た。淀みきったその瞳が晴れ渡る空のように済み渡る。

 何故か妙に気分が良い。此方などまるで眼中に無かったあの男が、目を子供のようにキラキラさせ自分へ夢中になるその姿が。

 

 そうだ、もっと私を見ろ、と。心の中で叫ぶ。

 

 そんな関係が一週間続いた。

 

 『何故、担当を持たない』

 

 夕方。もう既に日が沈み始めた翌日。シリウスと彼はターフを走るウマ娘達を眺めながら話を続けていた。

 内容は誰しもが思ったこと。口では面倒だから担当なんて持ちたくないと言う彼だが、嘘つきであることは知っている。問題児ばかりに気を遣って、自身のトレーナーとして本懐は遂げたくないのか。

 

 『俺はトレーナーに向いてない…』

 

 『ハッ。仮とはいえ、お前を認めている私はどうなる』

 

 『実力の話じゃないんだ。それに俺はズルをしているからね。本当なら俺の実力なんて凡庸でしかない』

 

 『ズル?』

 

 『長い年月掛ければ、どんな人でもベテランになるでしょ?』

 

 『………』

 

 どうにも話が噛み合わない。目の前の青年はどうみても二十代前半にしか見えないのだ。顔色は悪いが肌の張りは良く、皺は一つも見えない。

 交際相手の話ではとっかえひっかえかと思っていたが、よくよく考えれば本当にそんな短い期間で恋人が出来るものなのか。

 シリウスの眉を潜めた表情に男は苦笑する。

 

 『この間はゴメンね』

 

 『あ? 何のことだ』

 

 『君に何故トレーナーになったのか問われた。その時、君に不快な想いをさせて、それを…前から謝りたかった』

 

 シリウスの顔が見れないのか、自分の腕の中に顔を埋める。あの時確か、女にモテるとか金銭面とか言ったうえに担当なんて面倒だと嫌そうだった。

 

 『自分に腹が立つ。さっさと学園から去るべきだったのに、未だにこうしてしがみついてる』

 

 そう言って、ターフを走っていたウマ娘達のもとへ近づくとフォームの修正を行う。いつも見せていた悲壮感ある顔ではない、やはりイキイキとしていた。

 その顔を見れば面倒は嘘だったのだとわかる。この男は、本当はずっとトレーナーをやりたかったのだ。だが、それを挫いてしまう何かを受け、負い目を感じている。自分はトレーナーに向いていないと思うくらいに。

 

 『そういえば、アイツ…』

 

 思い出した。薬を持ち歩いていたことに。

 

 本人は安定剤と言っていたが、精神的に何かしらのトラウマを抱えているのか。夜には変な夢を見るとも言っていた。そして昔の恋人との破局。

 

 『まさか…』

 

 線と線が繋がったような感覚があった。恋人達が全員ウマ娘ならば辻褄が合う。だが最後に一つだけわからないことがあった。

 

 そのタイミングである。

 

 あの男は学園に赴任してから一年しか経っていないと聞いていた。まだ担当を持っていない。ならばクラブの指導員としてならとも思ったが、相手は小学生の子供。それはありえない。

 なんとも歯痒さに思い耽っていると、背後から声をかけられた。

 

 『やぁ、シリウス』

 

 帰宅途中だったのか、鞄を下げているルドルフがやってきた。

 

 『…なんのようだ』

 

 『ははっ。そう怖い顔をしないでくれ、君と君のトレーナーの様子を見に来ただけだ』

 

 『アイツはトレーナーじゃない』

 

 『おや、まだ契約していなかったとは。あまり悠長にしていると盗られるかもしれないよ』

 

 最近は彼もやる気を見せてきた。こうしてウマ娘達に指導する機会も増え、シリウスの舎弟の中には、自分のトレーナーになってほしいと志願する言葉も小耳に挟む。

 今はシリウスが唾を付けていると知っているため、皆手を出そうとしないがそれもいつまで続くか。皆、勝つために必死だ。この状況はいずれ時間の問題だろう。面白くないとこを突いてくるルドルフだ。

 

 『ん? 生徒会長さんか』

 

 一段落したのか彼が指導から戻ってきた。ルドルフを見てほんの一瞬目を見開いたが、すぐに無表情になる。シリウスは気づいたが、ルドルフの方は気付いていない。

 

 『精が出るな。君が彼女達の面倒を見てくれるのは私として喜ばしい』

 

 『君に喜んで貰えるなら俺としても嬉しいよ』

 

 彼はシリウスには一度も見せたことがない、穏やかな優しい顔でルドルフに微笑む。自分に対しては嫌そうな顔しかしないものを、全くムカつくところだ。

 その後も二人で他愛ない話を続けた。普段は何をしているのか、学園のことについて。終いには寒いギャグまで言い合う。

 

 『この前、寝ぼけて百円を口に含んでしまってね。流石にひゃーくえんと叫んだよ』

 

 『おお…!』

 

 『お茶とかけまして、ピンチとときます。その心は…万事きゅうす(急須)』

 

 『なんと…!』

 

 二人で意気投合している。あまりのくだらなさに溜め息が出た。

 

 『シリウス、君のトレーナー君は凄いじゃないか!』

 

 いつもの整然たる姿は何処へやら。子供のように目をキラキラさせている。馬鹿らしい、この男の凄いところはそんなもんではないと口に出そうになったが、ギリギリのところで踏みとどまった。

 

 『シリウスは面倒見が良いが、人当たりが強いせいか誤解されやすい。やはり君のような温柔敦厚な人が"パートナー"に相応しい』

 

 『HAHAHA、生徒会長さん勘弁してください』

 

 彼はシリウスに吊り天井固めを喰らった。

 

 『なんでーーー!?』

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 それから二週間が過ぎた。トレーニングルームでいつも通りの舎弟達とシリウス、そして男が集まって鍛えている時、一人のウマ娘が突然踞ってしまう。

 

 『どうした』 

 

 『シリウス先輩…』

 

 恥ずかしそうな顔で此方を見つめる後輩ウマ娘だが、突然お腹から大きな音を発てる。空腹の合図だった。

 

 『君、昼御飯食べなかったの?』

 

 『昼は宿題やってて…。カフェテリアに行ったらもう閉まってました…』

 

 男がジト目でウマ娘を睨むと気まずそうに顔を逸らす。エネルギー切れなのか上手くチカラが入らないらしい。

 このウマ娘は妹弟が多く、あまり裕福ではない家庭と聞いた。放課後はアルバイトを勤しみ帰りが遅く、時間が取れない。更に昨晩は忙しかったせいかまともに食事を取れず、朝食は食べたそうだが、昼は宿題を終わらせていたため間に合わなかった。

 ウマ娘は人間よりも身体エネルギーの消費が激しい。ましてやアスリートである彼女達にしてみれば、動けなくなるのは当然である。

 

 『時間頂戴』

 

 男がそれだけ言うとダッシュで走り出す。間食のお菓子を持っていた子達がウマ娘に分け与えていたが、やはり全く足りない。

 あの男は何をやっているのだと待ち兼ねていると一時間後、シリウスのスマホに着信が入ると見覚えない番号が。迷惑電話の類いかと思ったが、念のために出てみると先程の男の声がした。

 

 今すぐ家庭科室にみんなで来てほしい。それだけ伝えて切られる。

 何事かと訪れるとそこには汗だくで青い顔をした彼が、ヒーヒー鳴きながら床に倒れていた。

 

 『なにやってんだ。お前…』

 

 家庭科室のテーブルには大量のパスタが馬鹿デカイ鍋にこんもりと出来上がっている。

 

 『た、食べて…』

 

 相当急いだのだろう。死にそうな声でなんとか声を絞りだすとそのまま動かなくなった。

 皆、遠慮しているのか誰も手を付けようとしないが、シリウスが一言押してあげるとそれぞれお皿に取り分けていく。特にご飯を食べていなかった子には沢山盛られた。

 

 シリウスは未だに倒れている彼の首根っこを掴むと、椅子に無理矢理座らせる。

 

 『何故私の番号を知ってる』

 

 『せ、生徒…会長さんに…電話して…聞いて…』

 

 『ちっ、ルドルフか…』

 

 白目を剥きながら息も絶え絶えな彼。確かにルドルフならばシリウスの番号を知っているが、他人に教えるとは無用心。

 しかも何故お前は私の連絡先を知らないのに、ルドルフの連絡先は知っているのか、それがとても面白くない。

 

 『お前、料理出来たのか。いつもはコンビニ弁当しか食わないくせに』

 

 『お、俺は別に食べれば何でも構わないからさ…。君達と違ってアスリートじゃないし、シー…じゃなくて昔の恋人にも…よく作ってやったよ…』

 

 『そうかい』

 

 惚気を聞かされて肩を竦めた。シリウスも小腹が空いたので、味見も兼ねて小皿に盛り付ける。彼が作ったのは普通のミートソースパスタだ。市販のソースを使用した本当に即席物。

 

 『美味しい?』

 

 『ギリ食えるな』

 

 お嬢様で舌が肥えているシリウスからしてみれば雑味が多いらしい。評価は低いが彼女は残さず綺麗に食べきってくれた。

 

 『今度はもっと手の込んだ物を作ってあげる』

 

 今まで不愉快な表情しか見せなかった彼が、初めて優しく笑いかけた。ルドルフ達にしか見ることが許されない景色。こういう顔をする男だったのかと。

 

 男は約束通りその後も彼女達の為に食事を作り続けた。和食から洋食、中華まで。今回みたいな即席ではなく彼女達に必要な栄養バランスを考えたメニュー。食費はどうしたかと尋ねたら全て彼の自腹だった。本人が言うにはそれなりに貰っていると発言しており、無趣味なせいか自分に金を使うことはほぼ無いらしい。

 

 料理の腕も確かな物で下拵えや時間をかけた料理はシリウスでさえ唸らせたが、一つだけ気に入らない点が。

 

 『私好みの味付けにしろ』

 

 残念ながら既にいない女の好みを出されるのは、気に入らないようだった。

 

 

 




シリウス編は記憶を取り戻せた一番特殊な状況ですので、もう少し続きます。
次回の更新は10月19日を予定してます。
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