メジロラモーヌ「面白くない男」   作:お話下手

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惚れ薬

 「ははは!遂に、遂に完成した!」

 

 「おおお!」

 

 理科室。白衣を身に纏うマッドサイエンティストウマ娘、アグネスタキオンと共に人類の夢を作成していた。テーブルには訳のわからない薬品や草花が散らばっており、両者共に疲労で顔が窶れている。

 完成した薬品は毒々しい色とコポコポと泡立っているが大丈夫だろうか。超不味そう。

 

 「安心したまえ。これは私も服薬するからねぇ、飲みやすいようミックスフルーツ味にしておいた」

 

 「ミックスフルーツ俺大好き」

 

 この怪しげな薬は惚れ薬である。アグネスタキオンが言うには生物学的に異性を魅力するフェロモンを分泌させるという、前々から彼女に作ってほしいと頼んでいたモノ。

 いつもの彼女から飲まされようとする薬は身体光り、何が入っているのか信用出来ないため断り続けていたのだが、今回は彼女も使用するということで、死なばもろとも。同じものならばこれが惚れ薬であるのは間違いないだろう。

 

 「でもタキオンも何で惚れ薬が欲しかったの?」

 

 「別に私は異性にモテたいわけではない。興味もないしねぇ」

 

 理由は彼女のトレーナーにあった。

 

 「最近のモルモットくんはカフェやポッケ君ばかりに構って、私のお世話を疎かにしているのさ」

 

 「あぁ、モルモットくんにヤキモチか」

 

 脇腹にチョップを喰らった。痛い!

 

 タキオンのトレーナー。つまり俺の後輩にあたる人物だが、彼は風変わりな人間が多いこの学園の中でもかなり変わった人物で、成人男性複数人をボコボコにするくらい強いが、お化けも怖くないという肉体的にもメンタル的にも化け物みたいな男である。俺も不良にカツアゲされた時に助けられた覚えがあった。

 

 しかし、タキオンに対してだけは下手に出ることが常で、献身的に彼女の作る怪しげな薬を躊躇いもなく飲む異常な姿から、周りからもモルモットくんと呼ばれていた。

 

 「勘違いしているようだが、私は別にモルモットに好意を抱いているわけではない。彼は研究データを取るのに必要なだけの身体能力を持ち都合が良いからにすぎないのだよ。…だというのに、最近はカフェや妹のポッケ君の相手ばかりで!昨日なんて私にお弁当を作ってくれなかったんだぞ!」

 

 「さ、さいで」

 

 床に倒れ混むと駄々っ子のように手足をバタつかせるアグネスタキオン。彼も大変だなぁ。

 

 「では早速飲んでみよう」

 

 これでたづなさんをメロメロに…いやそれどころか異性全員にモテモテ…グフフ。

 

 「あれ? ちょっと待てよ…」

 

 惚れ薬の効果。具体的に何れ程の効果と効果範囲、制限時間があるのか全然聞いてない。

 

 「アグネスタキオン。これ、何れくらい効果があるんだい」

 

 「それなら―――もう飲んでしまったのかい!?」

 

 アグネスタキオンはこの人マジかと驚いた表情をすると、俺を掴みあげ、そのまま廊下に放り出した。

 

 「全く。話を最後まで聞かないのはモルモットくんと同じだねぇ」

 

 どうやらこの薬、効果範囲は異性と目が合った瞬間に発動するらしい。あのままタキオンと目が合っていれば悲惨なことになっていただろう。いや…それだと今、俺の状況もかなりまずくないか?

 ほぼ女子しかいないこの学園で惚れ薬を使用すれば、モテモテどころか不特定多数の未成年と不純交際に発展してしまう。そうなれば、たづなさんをメロメロどころかボコボコにされてしまうのだが。

 

 「バカだねぇ。精々逃げ回れることを祈っているよ」

 

 「ちょっと待って!解除する方法教えて!くそ、開かねぇ!」

 

 「解除方法はないが、効果時間は丁度二十四時間にしてある」

 

 頑張りたまえと、高笑いしながらアグネスタキオンは扉の鍵を閉めてしまう。ようは目線を合わせなければ良い、ならば俯いたまま移動すれば無差別に惚れ薬の効果を発揮しないのだから、このままトレーナー寮に籠れば事なき得る。

 たづなさんとイチャイチャ出来ないのは残念だが、背に腹は変えられない。惚れ薬の調合には漕ぎ着けたので、後日また日を改めて使えば良いだけの話。そう思ったが。

 

 「おい、駄目犬。こんなとこで何やってる、もうミーティングの時間だぞ」

 

 よりにもよって厄介な相手が来た。何故このタイミングでシリウスが現れる!?

 

 「…ちょっと寝違えたら首が痛くてさ」

 

 担当の中でも特に厳しい彼女。惚れ薬なんてモノを使用していると聞けば罵詈雑言が飛んで、最悪惚れ薬の効果を発揮させてしまったら大変だ。

 明日には効果が切れ、正気に戻った彼女からボコボコにされるに違いない。

 

 「何故顔を逸らす」

 

 「そそそそそんなことないよ」

 

 「怪しい…。お前何か隠しているな」

 

 「むぐっ」

 

 顎を掴まれ、真っ正面に向き合う。まずい、このままでは…。切れ長の美しい彼女の睫毛が目に入る。わー、凄い長ーい。改めて見るとメチャクチャ美人だな、この子。そりゃモテるわ。

 

 「額に汗。瞳孔が僅かに揺らいでいる…」

 

 「あれ?」

 

 シリウスはいつも通りの仏頂面である。てっきりデレ顔でも見せてくれるのかと思ったが全く変化がない。これはまさか。

 

 「全く効果出てないのでは?」

 

 「あ?」

 

 「いや、何でもない…」

 

 どうやら失敗作を作ってしまったようだ。アグネスタキオンは視線を合わせるだけで効果を発揮すると言っていたが、こうしていくら目を見てもシリウスに変化は訪れない。

 

 「ごめんごめん、ミーティングだったね。丁度良かった、一緒にトレーナー室に行こう」

 

 惚れ薬は残念な結果に終わってしまったが、何事も成功までには失敗の繰り返しである。今回のデータもアグネスタキオンならば無駄にすることもないだろうし、楽しみは次の機会に取っておこう。そう思い、シリウスと共にトレーナー室へ向かっていた時だった。

 

 「あ、シリウス先輩!こんにちは!」

 

 「よぉ」

 

 淡い鹿毛の姫カットのロングヘア、前髪には名前の由来となったダイヤモンドの形の星がある、おっとりとした表情の色白な令嬢。中等部一年生のサトノダイヤモンドが曲がり角から現れた。

 あまりよく知らないが彼女もまたサトノ家と呼ばれる資産家の娘…つまりお嬢様だが、同じお嬢様であるシリウスともそれなりの付き合いがあるらしい。どちらかというと、ラモーヌのメジロ家と一番関係が深いと有名らしいが、記憶がない俺にはあまりピンとこない。

 

 「こんにちは、サトノダイヤモンドさん」

 

 サトノダイヤモンドはまさにお嬢様を体現したような風貌である。シリウスはどちらかというと、マフィアのボスみたいなーーー脚踏んづけてるの止めて。

 

 「はい!トレーナーさんもこんにち―――」

 

 元気良く返事をしながらも丁寧に御辞儀をしたサトノダイヤモンドだったが、此方と目を合わせた瞬間硬直してしまう。一体どうしたというのか。

 彼女は頬を赤らめると恥ずかしそうに此方へ近寄り、視線を逸らしながら小さく呟いた。

 

 「―――婚姻を前提にお付き合いください」

 

 「え」

 

 「は?」

 

 俺は一瞬で全てを察して変な声が出る。隣にいたシリウスからは困惑の声が上がり、突然殺気が膨れ上がった。これ死んだわ。

 

 「おい、駄目犬。これは一体どういうことだ」

 

 「痛い痛い痛い痛い痛い」

 

 アイアンクローで持ち上げられる。頭蓋骨がミシミシと音を発て、シリウスは壮絶な笑みを浮かべていた。

 

 「シリウス先輩!トレーナーさんに酷いことなさらないでください!」

 

 サトノダイヤモンドさん。気持ちは有難いのですが、君がそうして俺を庇う度にシリウスの握る手がドンドン強くなっているのです。お願いです、大切な人とか婚約者とか言わないでください死んでしまいます。

 

 数分後、漸く解放されたがサトノダイヤモンドは俺にくっついたまま離れようとはしない。それどころか腕を回している。シリウスから痛い程、視線が刺さるが正直に話さねばならぬ。

 

 「実は―――」

 

 かくかくしかじか。たづなさんにモテたくてアグネスタキオンと共に惚れ薬を作成した流れを簡潔に伝える。その間、他の生徒達が現れては第二サトノダイヤモンドが生まれる可能性があったので、理科準備室に避難した三人。当然ながらシリウスには呆れられた。

 

 「お前なぁ…」

 

 「だからサトノダイヤモンドさん、君の恋心は惚れ薬のせいなんだよ」

 

 「いえ!このトキメキは本物です!仮に惚れ薬のせいならば、逆に本物の恋心にしてしまうのです!そうすれば真実になります!ねっ!」

 

 おしとやかなお嬢様かと思ったが、かなりの頑固者だ。眩い笑顔でお転婆なところも見せられ、おまけに反骨心も強いとみた。立ち塞がる壁が大きければ大きい程、燃えるタイプらしい。将来はかなり強いウマ娘になりそうだな。

 

 「とりあえずトレーナー室に向かおう。此処にいると危険だ」

 

 主に俺の命がシリウスに絶たれる。

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 「どうしてこうなってしまったのだろう…」

 

 アグネスタキオンは自分のモルモットが待つトレーナー室へと向かったが、其処には誰もいなかった。このままでは惚れ薬を使用出来ないので、彼の端末にメールを送り呼び出すと一瞬で返事が来た。要件は書いてないというのにすぐに向かうと答えがきたが、モルモットとして殊勝な心構えだと、にやついてしまう。

 

 最近はカフェやポケットに付きっきりで、全く相手をしてくれなかったことに彼方も思うところがあったのだろう。今は頗る気分が良かった。毎日こんな調子であればこのようなモノを頼る必要はないというのに、今後同じことが起きないと限らない。今のうちに飲んでおこう。

 

 「んー、味にもう少し改良が必要みたいだねぇ」

 

 甘味が足りない。

 

 トレーナー室にノック音が響く。ずいぶん速い。ウキウキでドアを開けると其処には―――。

 

 「やぁやぁモルモット君、よく来た………あっ」

 

 物凄い不機嫌そうなマンハッタンカフェとのほほんとした我がトレーナー、そして彼の実妹、ジャングルポケットが目の前に現れた。

 

 「タキオンさん、今は私とトレーナーさんの時間だと前から言っていたではありませんか。あまり彼を呼び出されるのは困るのですが」

 

 「あわわ」

 

 「タキオンさん?―――――んっ」

 

 数分後、アグネスタキオンの両サイドには熱っぽい目を向けるマンハッタンカフェとジャングルポケットが陣取っていた。

 

 「トレーナーくーん。助けておくれよー」

 

 「いや、僕にそう言われてもな」

 

 涙目で身動きが取れない彼女は自身のトレーナーに助けを求めるが、対処してくれない。相手は担当に実の妹だ、手荒なマネはしたくないのだろう。

 

 「だいたい、なんで君には惚れ薬の効果が現れないんだい!? 化け物じみた耐性があるとはいえ、ウマ娘に効果がある薬なのに!」

 

 「な、なんでだろうな…」

 

 苦笑いを浮かべてはぐらかされる。このモルモット、ヒトのくせにウマ娘以上の身体能力を持っており、本来ヒトに対して使用出来ない強力な試験薬も身体が光るという副作用以外発動しない怪物だが、今回の薬はそんな彼にも効果があるように強力なモノにしている。

 

 「タキオンさん、どうして此方を見てくれないのですか」

 

 「なぁ、タキオン。俺のこと好きか?」

 

 「ひぇぇぇ!怖いよぉー!」

 

 赤、青、赤と三つの色が綺麗に並んでおり、モルモットは爆笑する。最初は実妹の女の顔を見た時は気まずかったが、これはこれで後々弄れると悪い顔をした。

 しかし、アグネスタキオンにとっては死活問題だ。効果は二十四時間で消えてしまう。明日になればどんな仕打ちを受けるか怖くて仕方なかった。

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 「でも何でシリウスには効かないんだろう」

 

 何とかトレーナー室に辿り着いたが、疑問が残る。耐性がある人と無い人があるのだろうか。サトノダイヤモンドは中等部になったばかりで身体も本格化していない。まさか身体能力の差か。

 サトノダイヤモンドはトレーナー室に辿り着くまでも、辿り着いた後も此方から離れるようなことは一切しなかった。これほど懐かれると、惚れ薬なんてモノを使用したことに罪悪感が募る。もう頼るのは止めよう。

 

 「今日のミーティングに集まるのは誰だ」

 

 「えっと、マルゼンスキーにシービーだよ」

 

 「なるほど。私の予想が正しければその二人も。いや、恐らくエース以外は惚れ薬の効果が効かない筈だ」

 

 凄いな、もう効果範囲を理解している。うちのメンバーは全員最強クラスだから惚れ薬の耐性は持っているとでもいうのか、それとも何かしらの違いがあるのだろうか。

 

 「二人が来るまでまだ時間あるし、紅茶でも飲む? サトノダイヤモンドさんは何か好みがあったりするかな」

 

 「私のことはダイヤとお呼びくださいな。トレーナーさん」

 

 「あ、あはは」

 

 笑って誤魔化すしかない。サトノダイヤモンドはムゥ…と膨れ面をしているが、このままでは流石にまずい。資産家の娘にこのような仕打ち、最悪俺の首が飛んだりしないだろうか。

 紅茶葉とポットを用意しようとしたが、彼女は未だに離れてくれない。

 

 「あのー、サトノダイヤモンドさん?」

 

 「つーん」

 

 他人行儀は止めろということなのだろう。サトノダイヤモンドはむくれたまま、そっぽを向いてしまう。

 

 「サトノダイヤモンド?」

 

 「つ、つーん」

 

 今、ちょっと動揺したな。

 

 「ダ、ダイヤ…?」

 

 「はい!ダイヤです!」

 

 満面の笑みで返事を返してくれたが、罪悪感がー!

 シリウスに助けを求め顔を向けたが、彼女は全く素知らぬ顔。興味無さそうにマルゼンスキー達が戻るまで本を読んでいるつもりだ。

 

 「ダイヤはどんな紅茶が好みなんだい。産地や等級に拘りがあるかな」

 

 「私はウバが一番好きです。等級はDですね」

 

 ウバは芳醇な香りが特徴の茶葉だ。しかも等級がD(ダスト)は一番細かい茶葉で強い香りを放ち、抽出も早い。味よりも香りを楽しみたいとは上流階級らしいが、メチャクチャ高いんだよなぁ、あれ。

 

 「流石に俺の資産では厳しいかな…。俺も飲んでみたいけど」

 

 「トレーナーさんは紅茶が御趣味なのですか?」

 

 趣味ではないと思う。別に飲めさえすれば何でも構わないし。紅茶の知識なぞ勉強したことないが、頭の中にいつの間にか入っていた内容である。記憶喪失になる前は好きだったのだろうか。

 

 「コイツ、無趣味なんだよ」

 

 本を読み続けたシリウスが此方を見ることなく答える。…聞いてはいたんだな。だけど助ける気はないと。

 

 「サトノダイヤモンド。この男はやめておけ、録な男じゃないぞ」

 

 「まぁ。どうしてです」

 

 それならば契約を結んでいる其方はどうなのかと疑問視した彼女。いやまぁ…女好きで記憶喪失。こんな怪しい要素しかない男なんぞ、親御さんが怒り狂うに違いない。

 

 「メジロラモーヌに莫大な借金を負ってる。ついでに記憶喪失だ」

 

 そういえばそうだったー!俺、借金持ちだったー!あと記憶喪失がついでとか、シリウスにとっては別に大した問題ではないというのか!

 

 「記憶喪失に…借金ですか…」

 

 「そうだ。中等部のお嬢様には手に負えない、だからさっさと諦めて―――――「いくら必要なのですか?」―――――は?」

 

 シリウスが本を落とした。俺はポットを落とした。

 

 え? この子何を言っているのだろうか?

 

 「記憶喪失は置いておきまして、借金を此方で処理すればトレーナーさんは私の担当になってくれます?」

 

 「いやいや!待て待て!数千万の借金だ!」

 

 あのシリウスが慌てふためいて立ち上がる。非常に珍しい光景だが、俺もあまりのぶっ飛びように言葉を失ってしまった。もしかしてこの子、実はとんでもない子なのでは?

 

 「数千万…一億あれば足りますね!」

 

 怖い怖い怖い怖い怖いこの子、ラモーヌやシリウスとは違うベクトルで怖い!笑顔で、一億という大金で俺を買い上げようとしている!

 

 「くそ!そういえばサトノダイヤモンドはこういう奴だと忘れていた!―――待ってろ駄目犬!今、おじい様に連絡して一億用意してやる!」

 

 落ち着いて!君も混乱して俺を買い上げようとしているから!俺の人権どうなってるの!?

 

 「なんか面白いことになってるね」

 

 「あらあら」

 

 サトノダイヤモンドとシリウスが互いにどちらが先に購入するか言い合っていると、トレーナー室の扉が開かれる。用事を済ませたシービーとマルゼンスキーがミーティングにやってきた。

 とりあえず二人に軽く事情を説明し、「私が先でした!」「お子様が一億用意出来るわけねぇだろ!」とヒートアップが止まらないシリウス達を宥める。君も一億用意出来るわけないでしょ!

 

 「やだもう、トレーナー君ったら!あたしは惚れ薬なんて使わなくてもトレーナー君にメロメロだゾ♪」

 

 ウインクをしながらバッチグーのポーズを取るマルゼンスキー。シリウスの言った通り、彼女が惚れ薬の効果を受けている様子はない。対してシービーは。

 

 「はは、面白いね」

 

 目が笑っていなかった。絶対面白くないと思っている。彼女もまた惚れ薬の効果が無いが、苛立ちを内に押さえつけているようにも見えた。俺に甘いマルゼンスキーならまだしも、シービーがここまで怒っているのだ。

 此処に来たのがルドルフやラモーヌではなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。

 

 「ダイヤ…その、そろそろ離れてくれないかな?」

 

 「トレーナーさんが私の担当になってくれるなら構いませんよ!」

 

 にこやかだが、腕は締め付けられている。まだ幼い彼女。ウマ娘のパワーコントロールが上手く出来ないようで、俺の右腕は骨がミシミシと音を発てていた。折れそう。

 

 「駄目よー、ダイヤちゃん。もうちょっと加減をしないと」

 

 マルゼンスキーはメッと注意すると、サトノダイヤモンドとは反対側に座り、彼女もまた俺の腕を掴むと抱き締めた。

 

 「トレーナー君にくっつきたいのはわかるけど、優しくね? こうやって…きゃー!トレーナーくーん!」

 

 お手本を見せながら、はしゃぐマルゼンスキー。お姉さん役として活躍する彼女だが、この時は年相応に甘えてきた。確かに腕へかかるチカラは弱めだが、代わりに柔らかいモノがまともに当たっているのでこれはこれで困る。

 

 「さ、三人には悪いけど今日は俺、外に出ることが出来ないからさ。自主トレにしてくれないかな」

 

 我ながら自業自得だが、担当の世話を出来ないのは酷いことである。この埋め合わせはどこかでしなければならない。

 

 「じゃあ、あたしと今度ドライブ行きましょう!」

 

 「私は部屋の家具買い換えたいから手伝ってほしいな」

 

 「私はシンボリ家で調べ物がある。付き合え」

 

 ど、ドライブかぁー。マルゼンスキーはつい最近免許取得出来たが、運転が少し粗っぽいところがあるので怖い。シービーはまた家具を買い換えるのか。この前もソファを大きいモノに変えたが大きめにするのにハマっているかな。シリウスはシンボリ家、一見一番ラクそうだが…。

 

 「彼処苦手なんだよね…」

 

 シンボリ家のウマ娘を三人も担当しているせいか、やたら家の人達にジロジロ顔を見られる。シリウスが言う、おじい様…現当主にも寄ったら必ず顔を見せろって約束されて、しかもメチャクチャ顔が怖い。

 いずれシンボリ家の当主になるかもしれない、ルドルフとシリウス。或いは血は繋がってないがクリスエスもいる。下手なことをしていないか目を光らせたいのだろう。

 

 文句を言うなと、一言注意されて三人はトレーナー室を後にした。

 一気にいなくなった室内はシンとしたが、こうなったのも何かの縁である。時間潰しになるかわからないが、今サトノダイヤモンドにトレーニングや選抜レースに関して相談がないか聞いてみよう。

 

 「どう。そろそろ良いトレーナーさんは見つかった?」

 

 「はい!私は貴方が良いです!―――と、言いたいところですが、実際のところなかなか上手くいっておりません」

 

 元気良く此方を指名した彼女だが、すぐにウマ耳を垂れ下げると小さく呟いた。何でもサトノ家は代々資産家としてウマ娘界を支えてきたが、今まで一度もサトノ家のウマ娘達はG1を取ったことがないらしい。わりと有名な話とのことだが、残念ながら記憶喪失である俺にはピンと来ていない。

 

 サトノダイヤモンドはまだ本格化していないにも関わらず潜在的能力が高いと評価されており、ご両親のみならずサトノ家全員から期待されているようだ。この子ならG1を取れるに違いないと。

 

 「そのため、トライアルを行い。私にふさわしいトレーナーさんを選抜することにしたのです」

 

 当然ながらご両親の審査も入る。相当なプレッシャー、そして厳しい試験になるだろう。既に受けているトレーナー達も多いが、なかなかこれといった相手が見つからないようだ。単純に優秀な人間じゃ駄目なのかな。

 

 「そんなに重要視する必要があるの? 俺達トレーナーは所詮縁の下の力持ち、一番大切なのはウマ娘自身だと思うけど」

 

 「いいえ、トレーナー選びも大切なことです。二十年以上前の話になりますが、とある良家同士でトレーナーとウマ娘を各々輩出し契約させたところ、互いの評点を潰してしまう結果に終わってしまったようです」

 

 「ふーん」

 

 なるほど。優れた者同士だからといって最良の結果にはなりえない。逃げが得意なウマ娘に追込の知識が豊富なトレーナーがついたところで、何の意味もありはしないということなのだろう。

 

 「トレーナーさんが得意な脚質は何ですか?」

 

 「俺は差しと先行かな。追込もまあ知識はあるけど…逃げは今、勉強中」

 

 うちのメンバーで逃げはエースとマルゼンスキーだ。勉強は沖野さんに教えてもらうことが多い。黒沼さんも確か逃げのウマ娘を指導していたか。そのうちあの人にも頼ることになるだろう。

 

 「君も大変だね。期待されるとプレッシャー凄いでしょ」

 

 「ですが、それだけ私に能力がある証拠でもあります。重圧よりもそれに答えたい気持ちが大きいですね」

 

 こんなに小さいのに立派なものだ。能力もだが、サトノ家のウマ娘としての品格も備え付けている。

 

 「なら、俺が君の脚を見てみようかな」

 

 「宜しいのですか?」

 

 軽くである。精々何処か痛みがないか確認する程度で、目に余る問題があれば少し弄るかもしれないが。

 サトノダイヤモンドの脚は確かに素晴らしいモノだった。遅筋線維の割合が多く持久力の高さが伺えるが、足の裏には速筋繊維が多い。更に随所に瞬発力が欲しい部分に速筋が備えられており、ステイヤーとしては完璧な比率である。

 

 「凄いな」

 

 まさに金剛の原石だ。これを仕上げれば彼女はその名にふさわしいダイヤモンドになれるに違いない。

 

 「見るだけでわかるのですか」

 

 「ん? まぁね…」

 

 実際に走る姿を見たり、触ればもっと深いところまでわかるだろう。ちょっと自分の中にある職業病みたいなモノが沸き上がり、触れてみたいと思うが幸いにも問題はないし、そのままにしておこう。ちょい残念。

 

 「なんだか、先程と雰囲気が違いますね」

 

 「そう?」

 

 仕事モードになっているからだろうか。記憶喪失でも仕事が出来るのだから、前の俺は此方が正しい姿なのかもしれない。まぁどうでもいいんだけど。

 

 「うん、問題なさそうだ。もし不安なことがあったら訪ねなさい、チカラになってあげるよ。此処には先輩も沢山いるしね」

 

 「はい!」 

 

 話し終わったその時、トレーナー室にノック音が。マズイ、誰か来てしまったのか。このまま居留守を使うわけにもいかないし、ドア越しに対応しなければならない。

 

 「はーい、どちら様ですか?」

 

 「トレーナーさん。私です、駿川たづなです。今度の模擬レースで確認したいことがありまして…」

 

 げぇえええ!よりによってこのタイミングにたづなさんだと!当初の予定を止めると思った瞬間に本人が来るなど、酷い話である!

 しかも今、此方にはくっついて離れないサトノダイヤモンドと二人っきり。此処で部屋の中を見られてでもしたら―――殺される…!

 

 「ちょ、ちょっと待ってください!すぐに開けます!………ダイヤ、少しの間隠れてくれない?」

 

 「嫌です!トレーナーさんと離れたくありません!」

 

 声が大きくて宜しい!

 

 「その声、サトノさんですか?」

 

 ドア越し。たづなさんの声から抑揚が無くなる。此方を伺うような、はりつめた空気が辺りを支配した。このままではマズイ、急いで窓から逃げなければ。そう思い、無理矢理立ち上がると。

 

 「あっ…トレーナーさん…そんなに動かないでください…」

 

 変なところに触れたらしい。艶っぽい彼女の声が響き渡り、廊下からゴゴゴと音を発てるように殺意のオーラが見えた。

 

 「サトノさん!今助けますね!」

 

 これは俺が悪い。本当に悪い。だけどまだ此方も死ぬつもりはないので逃げるしかない。サトノダイヤモンドは離れてくれないので抱えよう。トレーナー室の鍵は並みのウマ娘でさえ破壊出来ない、とんでもなく頑丈な物だ。ソイツが時間が稼ぎしているあいだに―――「えいっ」―――えええええ!?

 

 たづなさんの可愛らしい掛け声と共にバキィ!っと大きな音を発てて鍵がぶっ飛ぶ。嘘だろ!? どんだけ強いんだこの人!

 

 「さぁ観念してください!」

 

 「たづなさーん!違いまーす!俺のせいだけど俺のせいじゃないです!」

 

 たづなさんの目に映るのは幼い少女を抱える男、即ち俺。最早言い訳も出来まい。バッチリと目が合い、神速で此方に突っ込んでくる彼女。ば、バカな…動きが見え―――。

 

 「結局こうなるのかー!」

 

 一瞬でサトノダイヤモンドを引き剥がしたたづなさんは、俺の腰に腕を回し床に叩きつける。完璧なパイルドライバーが決まった。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 「な、なるほど…そういうことでしたか」

 

 トレーナー室の簡易ベッドで気絶している彼。日が沈みかけた室内でサトノダイヤモンドから事情を聞いた駿川たづなは、申し訳なさそうに沈みこんでいた。

 

 「はい、なのでトレーナーさんは悪くありませんよ」

 

 サトノダイヤモンド自身も申し訳なさそうでチラリと眠るトレーナーの顔を見た。普段死にそうな顔をしているくせに黙っているその姿だけは綺麗だった。いつも女性を見かけてはナンパし、学園の教員には隙あらば食事に誘う男である。職場恋愛は禁止と言っても聞かない彼にしばしば物理で止めることが多い。

 とうとう未成年に手を出したのかと早とちりしたが、そういえば彼は子供には絶対手を出さないと口を酸っぱく言われていたのを思い出した。

 

 「でもよくよく考えたら惚れ薬を使ったこの人が悪いのでは?」

 

 「それは…あはは」

 

 普段ふざけてばかりで、此方のことを好き好き言ってくるが本気なのか疑問になる。もっと真面目に生きてほしい。

 

 「惚れ薬の効果はもう切れているのでしょうか」

 

 「いえ、明日の午前中まで効果があるようですよ」

 

 「え…」

 

 「どうしました?」

 

 「い、いえ…なんでもありません」

 

 効果時間を聞いて硬直してしまう、たづな。話によれば目を合わせるだけで効果が発揮するらしいが、これに関してはあまり考えないようにしよう。

 

 「サトノさん、今日はもう門限も近いですしそろそろ寮に帰りましょう」

 

 「トレーナーさんはどうします?」

 

 この男のことである。明日にはケロッとした顔でいるに違いない、そしてまたいつもみたいにナンパしてくるのである。たづなの言葉に思わず笑い声をあげ、サトノダイヤモンドは言う。

 

 「たった一日の恋でしたが、とっても楽しかったです」

 

 寂しいことに明日にはこの恋心は消えるのだろう。しかし、思い出は消えない。面倒見の良いお姉さんや先輩、賑やかな空間。優しくて頼りがいのあるトレーナー。自分も逸かこんなメンバーに囲まれ、唯一のトレーナーを見つけたいとより強く願った。

 

 「見つかると良いですね」

 

 「はい!」

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 「腰めっちゃ痛い」

 

 翌日。早朝の廊下をへっぴり腰で歩いているトレーナー。周りのウマ娘達は何事かと胡乱げな目で見てくる。どうやら惚れ薬の効果はちゃんと切れたようだ。誰と目を合わせても、昨日のサトノダイヤモンドみたいにはならない。

 

 「何をやってるのかしら」

 

 呆れた顔でラモーヌが話しかけてきた。自身のトレーナーの情けない姿に腰を軽く叩くが、それだけの衝撃で彼は絶叫をあげ飛び上がる。

 

 「あ、おはようございます!トレーナーさん!」

 

 死に体で痙攣していた彼に元気よく挨拶をしてくれるウマ娘が一人、サトノダイヤモンドが昨日ぶりに現れた。

 

 「お、おはよう。ダイ―――サトノダイヤモンドさん」

 

 思わずダイヤと言いそうになったが、隣にラモーヌが見え慌てて言い直す。惚れ薬が効いていた彼女なら、他人行儀は止めてほしいとねだってきたが。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 「大丈夫、大丈夫。このまま横になってれば痛みが引くから」

 

 どうやらタキオンの言った通り、確かに効果が切れたようだ。此方に訂正を求めるようなことはしなかった。しかし…。

 

 「トレーナーさん、今度またトライアルがありますので是非とも来てくださいね」

 

 「え」

 

 これまで一切干渉が無かったサトノダイヤモンドからお誘いがきた。いや、きっと挨拶代わりみたいなモノに違いない。相手は淑女、流石である。

 

 「ふぅん」

 

 「な、なに」

 

 ラモーヌが無表情で彼を見下ろす。何か言いたげな溜め息だが、それ以上何も言わず、表情も変えることがない。たまに見せる何を考えているか全くわからない姿だ。

 

 「なんでもないわ」

  

 一言、それだけを告げるとラモーヌは男の背中を踏みつけて自分の教室へと向かっていく。

 

 「いってぇえええええ!?」

 

 激痛に悶える彼の叫び声がおかしくて、サトノダイヤモンドは人知れず小さく笑っていた。

 

 「フフッ」

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 一方その頃、アグネスタキオンにより惚れ薬の効果を受けてしまったジャングルポケットとマンハッタンカフェだが、正気を取り戻すと両者顔を真っ赤にしてタキオンの研究室に突撃し、怒り狂った姿で惚れ薬の研究データを全て破壊した。

   

 




最初はサトノダイヤモンドではなくマックイーンのつもりでしたが、道頓堀川に飛び込んだらしいんでボツりました。

次回の更新は11月18日の予定です。
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