メジロラモーヌ「面白くない男」   作:お話下手

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あれ

 

 『やぁ。君、ここの生徒だったんだ』

 

 メジロラモーヌは学園のターフを走っていると見知らぬ男に話し掛けられた。全身包帯まみれの死んだ目をした男だったが、覚えがない。

 

 『貴方、誰?』

 

 『誰!? 昨日君と一緒に病院へ行ったじゃないか!』

 

 物腰の柔らかい男だったが、彼女の疑問の声に化けの皮が剥がれ、幼い少年のようにプリプリ怒った。

 

 『昨日―――あぁ…思い出したわ』

 

 メジロラモーヌにとって日常のちょっとした騒ぎはただの些末事にすぎない。少し時間が過ぎればすぐに忘れてしまうが、流石に昨日の今日、彼の言葉により思い出す。

 

 『軟派男だったかしら』

 

 『違うよ!? 君に軟派してないから!』

 

 『そう。それで…?』

 

 興味無さそうに男へ視界すら収めない彼女。彼は無愛想もそこまでいくと逸そ清々しいと感心してしまう。

 

 『お礼を言いに来たんだよ』

 

 見ず知らずの相手に自分が汚れようと駆け寄ってくれた彼女。無理矢理とはいえ病院まで送ってくれたのである。一言礼を言いたかった。

 しかし、送迎に用意された車がリムジンで彼女が良いとこのお嬢様とわかった時は驚いたものである。

 

 『いらないわ』

 

 『君、本当にドライな性格してるね…。人の好意は有り難く受け取らないと』

 

 やれやれと呆れた様子で肩を竦めるが、彼女から言わせればありがた迷惑。おまけに今日は足の調子が頗る悪く、思うような走りを出来ない彼女にとって今の彼は苛立ちの対象でしかない。さっさと何処かへ行ってほしいと思う。

 

 『………』

 

 足の痛みが振り返してきた。少し本気を出そうと走ればすぐこれだ。高揚感はいつまでも沸き上がらず、デビュー戦までもう間もないというのに焦りのみが募る。

 メジロラモーヌは男を無視してその場を立ち去ろうとしたが、やはりまだ痛みが残っており。

 

 『っ!』

 

 思わず顔が歪み、硬直してしまう。

 

 『―――――』

 

 男はそんな彼女の僅かな変化を見逃さなかった。文字通り"目の色"が変わる。泥のように濁った瞳が黒曜石のように光が差し、真剣な眼差しを向けた。

 

 『成程、足を故障しているのか。見せてくれないか?』

 

 『お断りよ』

 

 見ず知らずの相手に自身の命である足をそう易々と触らせるわけがない。見れば男の胸元にトレーナーバッジが付けられており、知識はあるかも知れないが、これまで多くの医者に見せ、匙を投げる結果に終わったこの足である。とても一介のトレーナーにどうこう出来るモノとは思えなかったが…。

 

 『まーまー、モノは試しって言うじゃない? 俺としてはこの前の借りを返せるし、やることやったらすぐに消えて君の前に二度と現れないからさ』

 

 『………』

 

 一石二鳥だよねと、ふざけたことを抜かすが一々指摘する気力ももう無い。上手く乗せられたようで癪に触るが目障りなこの男が二度と現れないと言うのなら、悪い話ではなかった。

 

 何も言わずにその辺りで腰を下ろそうとすると、男はポケットからハンカチを取り出し、ラモーヌが汚れないよう下に敷いてくれる。

 

 『さぁさぁ。どうぞ、お嬢さん』

 

 『気が利くのね』

 

 わざとらしい紳士的な行為に嫌味を込めて答えたが男は素知らぬ顔。特に気にした様子もなく彼女のシューズを脱がすと優しく触れた。

 気の抜けた顔つきが変わり、目を見開く。

 

 『…凄い足だ。速筋と遅筋の配分が完璧だが…そうか、強すぎてズレるのか。面白いな…。神経系に―――通常の配置だと…圧迫…』

 

 男はブツブツ何かを呟きながら足を眺めていたが、突然足首と足の裏を握ると思いっきり捻る。

 

 『!?』

 

 『どうかな』

 

 あまりに突然だったので反応出来ず、中々の衝撃が足に来たが不思議と痛みはなかった。いや…逆にこれは。

 

 『痛みが引いた…』

 

 『君よくこの状態で走れたね。普通ならまともに走れないし、痛みで他の筋肉がカバーしてしまうから大変だったでしょ』

 

 懐からケース取り出し、中を開けるとかなり細い針が個別に梱包された状態で綺麗に収められていた。更にはガーゼに小瓶も。小瓶には消毒液のラベルが貼られている。

 

 『それを刺すつもり…?』

 

 ラモーヌの顔が強ばる。流石に鍼灸針が出てくるとは思わなかったのだろう。人間の皮膚、表皮の下にある真皮を傷付けることで内部で創傷治癒力を働かせる施術だが…。

 

 『んー、この辺だったかな?』

 

 ブスリ。男はラモーヌの言葉を無視して不安そうなことを言いながら躊躇わず足の甲に針を刺していく。太さが0.2ミリしかないそれは身体の痛点を避け、痛みは殆ど無く血も出てこない。

 

 男は続けて二本三本とドンドン刺していき、最終的には十本の鍼灸針が刺され、足はハリネズミのようになってしまう。

 

 『これで良しっ―――そんなに睨まれると怖いんだけど…』

 

 其方は満足げだが、彼女としては好き勝手されてあまり良い気分ではない。無言で圧をかけていた。

 

 『あとは待とうか』

 

 男は針を刺したままラモーヌの横に座ると、無言でターフを走る他のウマ娘達をジッと見ていた。あの中に彼の担当ウマ娘がいるのだろう。

 

 『担当をそのままにして私の相手をしている場合かしら』

 

 『担当?』

 

 『貴方の契約ウマ娘よ』

 

 『いないよ?』

 

 聞けばこの男、学園に来てから一度もウマ娘と契約していないらしい。確かに、時折達観した雰囲気を纏うためつい忘れてしまいそうになるが、実際の容姿はかなり年若いため恐らく新人なのだろう。しかし、ラモーヌの異変と原因を一瞬で見抜き、対応した様子から何かチグハグな印象がある。

 

 『さて、そろそろかな』

 

 男は腰を上げるとラモーヌの足に刺していた針を抜いていき、ゴミ袋に次々と投げ入れていく。

 

 『どうかな、あくまでも応急処置だから完治にはもっと時間掛けないとだけど…』

 

 痛みは既に引いている。立ち上がり、足の感覚を確かめるとまるで憑き物が落ちたかのように軽やかに動くのだ。

 

 『貴方、何をしたの?』

 

 信じられなかった。この痛みとは一生付き合うことになると言われたのに今では全くそれがない。

 ラモーヌの疑問の声に男はポカンとしていたが、子供のように笑うと人差し指を口元に持っていき小さく呟いた。

 

 『内緒』

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 「すまない、トレーナー君。折角の休日に付き合ってもらって」

 

 「構わないよ。どうせ暇だったし」

 

 休日の土曜日。学園内の散歩ぐらいしかやることがなかった。生徒会長である彼女とは都合が合わない時が多く、最近は一緒に過ごすことが少なくなっていた。ぶらぶらと彷徨いていたところをルドルフに拾われて、たまには一緒にどうかと訪ねられたが。

 

 「こうして共に歩いていると昔を思い出すよ。あの頃の君は私に何かしてほしいことはないかと、よく訪ねられたものだ」

 

 「ふーん」

 

 記憶が無い頃の話し。昔って…一体何年前の話しだろうか。今のルドルフの年齢は十六歳だが、その口振りに古い内容に思える。まだ幼い彼女に付きまとって手伝いをせがむ自分、なかなかに気持ち悪いのでは…。

 

 「い、いや…そんな子供の頃の話しではない。君が記憶喪失になる前の話しだ。言い方が悪かったね」

 

 慌てて訂正する彼女。だとしたら俺とルドルフの付き合いは一体何れ程の期間なのだろう。

 

 「あの頃に比べて君も忙しい身だ。私だけの相手をするわけにもいかなくなったが…今日は君を独り占め出来る」

 

 気恥ずかしさに顔から熱が籠る。嬉しそうに目を細める彼女は更に此方へ近寄ると、手を握り締めた。心臓が飛び出そうになったが、ルドルフの細くて柔らかい指の感触が心地好く、離したいとは思わない。

 普段は凛々しい彼女がこうして自分に甘えてくれる、それが嬉しくてしかたない。

 

 買い物を続けている間も彼女は手を離すことはなかった。勿論俺も。何故か不思議と懐かしい感覚がある。ずっとこうしていたようなおかしな感覚。昔のことを思い出そうとすると頭痛による不快感が襲うが、この時はそれが全くなかった。

 

 購入する物を済ませ、ゆっくりと学園へ戻ろうとした時だった。

 

 「くっ!中身はカスタードかチョコレートで迷いますわね…やはりここは王道のアンコ―――しかし、昨日は抹茶アイスでしたし…今日は洋風で…」

 

 路上の屋台にブツブツ独り言を呟いているウマ娘が一人。紫がかった芦毛のロングヘアー。右耳にはシンプルな緑のリボンが付けられているトレセン学園中等部、メジロマックイーンが苦い表情で立ち尽くしていた。

 確かあの子、沖野さんが担当している子だったな。何か困っているようだし、話しかけようと近づいたら先に彼方が気がついた。

 

 「はぅあ!?」

 

 俺とルドルフの顔を見た瞬間、驚いて変なポーズを取る。何…その、キツネみたいな両手は…。ラモーヌがメジロ家の中でもマックイーンが一番面白いと口にしていたが、何となくわかった気がする。彼女はすぐに気を取り直して咳払いをすると、背筋を伸ばして丁寧にお辞儀をした。

 

 「んっ、んんっ! こ、これは生徒会長にラモーヌさんのトレーナーさん。奇遇ですわね」

 

 「やぁ、メジロマックイーン」

 

 にこやかにルドルフも挨拶を返し、俺も隣で手を振る。俺のこと知ってるんだ。話したことあったかな?

 

 「貴方のお話は沖野トレーナーとラモーヌさんからよくお聞きしますわ。それに学園内で貴方ことを知らぬ方はいないかと」

 

 なるほど。沖野さんと俺…昔は仲が良かったみたいだし、その影響か。ラモーヌがメジロの人に俺のことを話すのは意外だな。担当ウマ娘もシンボリ家にメジロ家と良家が揃っていれば噂のひとつにもなるだろう。

 

 「ところでメジロマックイーン。先程から悩んでいたがどうしたのだろう。私で良ければ相談に乗るが」

 

 「い、いえ…そんな大した問題ではありませんわ」

 

 ルドルフの親切心に挙動不審になるマックイーン。目線が右往左往しているが……俺はもうわかってしまった。原因は隣の屋台に売られている焼き菓子だ。地域や家族構成で呼び名が変わる、アレである。今川焼、大判焼き、回転焼き、おやき、などなど…あげればキリがないあのお菓子を前に彼女は迷っていた。

 

 「ルドルフ、マックイーンはどの中身にするか迷っているんだよ」

 

 「なるほど」

 

 ルドルフはそうだったのかと顔を明るくする。お嬢様である彼女は世間ずれがあり、達観しているせいか時折庶民的な問題に行き着かない時がある。…ラモーヌも似たようなところがあるが、同じメジロ家であるマックイーンは何故か此方側に近いらしい。

 

 「なら全部を選ぶと良い。君が金銭的問題があるとは思えないが、私からも幾らか出そう」

 

 「けけけ結構ですわ!お小遣いならあります!」

 

 恥ずかしそうに顔を赤くして断りをいれるマックイーン。迷うならとりあえず全部取るという選択が真っ先に出るルドルフ凄いな。実際マックイーンにお小遣いが足りない、などということは無いに違いない。では何に対して迷っているのか。ラモーヌの体調管理をしている俺にはすぐに理解出来た。

 

 「カロリーが気になるんだよね」

 

 「がっ!?」

 

 その声どうやって出してるの。マックイーンは俺の一言に硬直してしまう。

 

 「なんと…すまない、メジロマックイーン。未熟な私を許してほしい」

 

 ラモーヌもだが、メジロ家はどうやら太りやすい体質であり、少し前にも間食しすぎたラモーヌの体重が激増して彼女と喧嘩してしまったことがある。ラモーヌ、口では自分は完璧だと言っているが目を離すとバクバク食べているので本当に自覚してるか疑問だ。

 逆にシンボリ家の三人は太り難い体質なのか気にしたことは一度もない。特にクリスエスは身体作りに注意を払っているため完璧な体型維持だ。

 

 「実は先日も体重超過してしまい、トレーナーとメンバーからおちょくられてしまいまして…」

 

 しょぼんと耳を絞るマックイーン。沖野さんのところは賑やかなウマ娘が多い、容易に想像が出来るな。

 

 「なら、半分ずつってのはどう?」

 

 「半分、ですか?」

 

 「俺達も食べるからさ、別々の味を分けようよ」

 

 これなら違う味を楽しめてカロリーも抑えられる。

 

 「流石トレーナー君。私ではそのような発想は出来なかった」

 

 「ええ。ええ!良いですわね!分け合いましょう!」

 

 マックイーンは嬉しそうである。ルドルフは…というよりお嬢様はだいたいパワー系で解決する傾向があるから、単純に庶民的である此方の考えと違うからなぁ。

 

 「アンコとカスタード、チョコ各々一個ずつお願いします」

 

 威勢の良い店員さんに注文して待つことになる三人。その間、何故かマックイーンは気まずそうに俺とルドルフをチラチラ見ていた。

 

 「どうしたのかな。メジロマックイーン」

 

 「い、いえ…その…」

 

 気になったルドルフが訪ねるがマックイーンは言いにくそうに口ごもる。若干顔が赤いのは気のせいだろうか。

 

 「…先程までは気付きませんでしたが…御二人は…その、お付き合いをなさっているのでしょうか」

 

 「「え」」

 

 彼女が目を向けるのは俺達の両手。しまった、ルドルフと手を繋いでいたままだったのを忘れていた。

 慌てて互いに手を離す。ルドルフもすっかり忘れていたようで耳まで真っ赤である。

 

 「私から何か言いたいことがあるというわけでは御座いませんが、前に…その、ラモーヌさんから貴方が婚約者だと言う話をお聞きしておりましたので、まさか…浮気ではないかと」

 

 「婚約者ぁ!?」

 

 初耳である。ラモーヌと俺が婚姻を結んだ仲とは聞いたこともない。そもそも彼女と俺はトレーナーと担当の関係性であり、身分が違いすぎる!

 

 「ほう」

 

 隣にいたルドルフも此方を見る。目が笑っていないので凄く怖い。帰ったらお仕置きされるかもしれん。

 

 「そそそそもそも彼女とはそんな関係じゃないよ」

 

 「まぁ、そうですの。それなら問題ありませんが」

 

 前に抱き付かれたり、色々スキンシップされたことあるけど余計なことを言わない方が良い。冷や汗が止まらない。

 

 「あ、出来たみたい」

 

 話を逸らす。店員さんから出来立てのお菓子を受け取り、皆それぞれ料金を払う。何処か座る場所を探そうとしたがルドルフはこのまま立ったまま食べようと口にした。

 珍しい。いつもの彼女ならば同じように何処か腰掛けるところが無いか探す筈だが。

 

 「こういうモノは立ったまま食べるのが旨い。前にトレーナー君が教えてくれたじゃないか」

 

 どうやら俺の入れ知恵だったらしい。勿論、言った覚えはない。記憶喪失になる前の俺が言っていたのだろう。録なことを教えていないか不安になる。

 ルドルフの手で綺麗に三等分される焼菓子。気持ち大きめサイズをマックイーンに渡してあげるのは彼女らしい。

 

 「んー!堪りませんわー!」

 

 満面の笑みで頬張るマックイーン。そんなに喜んでくれるなら分けたモノもあげたいところだが、それは本末転倒になるためこのまま俺も食した。

 

 「ところでこれ。マックイーンはなんて呼んでいるだい」

 

 様々な呼び名がある焼菓子。ふと気になって聞いてみた。

 

 「実は私の家では"おやき"と呼ばれておりますの」

 

 おやき。確か東北、青森や北海道あたりはそう呼ばれていた筈。

 

 「メジロ家は元々北海道で生まれた家系ですので、その影響かと」

 

 「へー」

 

 「因みにトレーナーさんは何とお呼びしているのでしょう」

 

 よくよく考えたら知らないな。まぁこれも勿論、記憶喪失のせいだが。

 

 「トレーナー君から昔教えられたことがある」

 

 「そうなの?」

 

 意外や意外。なんと昔の俺がルドルフに教えていたと言うのだ。彼女、本当に俺のこと何でも知ってるな。

 

 「確か…今川焼と呼べばおやきと呼ぶ時もあると言っていた」

 

 「えぇ…。二つの呼び名使っていたの…」

 

 まためんどくさいことをする男である。どちらか絞るようなことをしなかったのだろうか。

 

 「ご両親の影響らしい。父親が今川焼、母親がおやきと呼んでいたからと」

 

 「成る程ね」

 

 そういえば俺の両親、幼い頃に亡くなっているって聞いたな。親との思い出の為にわざわざ二つの呼び名を使っていたのだろう。今とは違い、殊勝な男だ。

 

 




次回の更新は12月9日の予定です。



本編と関係ありませんが、感想と評価ありがとうございます。とても嬉しいです。

そして誤字脱字報告も嬉しいです。Bruuさん、MWKURAYUKIさん、minotaurosさん、アイムチキンさん、安喜夫さん、尾張のらねこさん、寒苦鳥さん、第三クジラ号さん、weekendさん、魚傘さん本当にありがとうございます。
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